日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2011年10月

佐川美術館ー歌川国芳展

 浮世絵師歌川国芳が亡くなって150年になる。それを記念した大規模な展覧会が平行して行われている。本年5月に大阪市立美術館で催された「没後150年記念歌川国芳展」で、静岡から東京に回る予定になっているもの、そして東京の太田記念浮世絵美術館から、いま滋賀の佐川美術館にきて、これから福島に回る展覧会である。
 大阪には2度行ったので、地元佐川美術館に国芳がやってきていたのだが、よく似た展示だろうと高をくくって、ゆっくり構えていたため前期展示を見逃してしまった。きょう家人の誘いで佐川美術館にやっと出かけることになった。

  没後150年記念 破天荒の浮世絵師

       『 歌 川 国 芳 展 』

           ー遊び心と西洋の風ー

 会場に入って、もっと早く来れば良かったと臍を噛んだ。前半の「豪快なる武者絵と妖怪」は既に終わっていたし、後半の「遊び心と西洋の風」でも見たことのない作品がいくつもある。

〈人の顔〉
 「人かたまって人になる」…裸の人を合わせて人の顔を作る。四種一度に出てい 
      る。“人おほき人の中にも人ぞなき 人になき人 人になせ人”と。

〈猫好き国芳〉
 「其まゝ地口猫飼好五十三次」…猫好きと言葉遊びの組み合わせ。
   *昨年10月に“にゃんとも猫だらけ”展が美術館「駅」KYOTOであった。

〈顔の表情〉
 「百姓狐に化かされる図」「道外見冨利十二支」…見て面白いが、こんなの売れ 
      たのか知らん。
 「百色面相」…一枚に八人の顔が描かれる。写実的。

〈狸の金玉〉
 狸の金玉八畳敷と言われ、その大きさを利用したパロディが何枚も。
 「狸のえらない:狸のかんばん」

〈風景画〉
 「東都名所」「東都富士見」などいくつか出ている。見慣れた広重や北斎とは一 
      味違う。構図は先輩を受けているが、いわゆる浮世絵の穏やかな色調 
      から一変、多彩な濃い色が目立つ。これも西洋画の影響か。
 「誠忠義士肖像・大星由良之助」など…個性的な表情は近代的という。

 なお国芳が図像の手本にした西洋書:ニューホフ著『東西海陸紀行』という大冊が展示され、本の挿絵と国芳の絵とが対比される。こんな調査をしている奇特な研究者もいるのだなあ。

 それにしても国芳の画業人生は長かったようで、随分と多作である。浮世絵だけでなく、冊子や挿絵もたくさんあり、多様である。

銅鐸博物館ー近江の古墳

 野洲に用があって自転車で出かけた。要件が片付いてので、その近くにあった野洲市銅鐸博物館に寄ってみることにした。ここは久し振りである。

   秋期企画展

     『近江の古墳と大岩山古墳群』

 日本国中を捜せばどこにでも古墳があるようであるが、近現代では破壊された例も多い。古墳は何らかの形で尊崇の対象となっていたのであろう。よくも千数百年も残ったものである。ここ野洲の地では、國史跡「大岩山古墳群」がある。8基の古墳の総称である。今回それらの古墳から出土したものが展示される。
 鳥形埴輪(大塚山古墳)
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 短甲と冑(新開1号墳)
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 武具大刀(甲山古墳)…長大なもので、儀式用か。
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 鍬形石(北谷11号墳)
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 人形埴輪(川田古墳)
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 ガラス玉(甲山古墳)
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 その他
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[大岩山銅鐸]
 大岩山で明治14年8月に銅鐸が12個出土。うち大きな2個が国に買い上げられて、現在東京国立博物館に収まっている(1号鐸は高さ134センチ、45キロある最大のもの)。他は国内外に分散してしまっている。
 ついで同じ大岩山で昭和37年、東海道新幹線工事中に10個新たに出土する。これらは担当者の努力で現地野洲に一括して残され、それが銅鐸博物館として結実している。
 重文の現物とともに、明治期のものも精巧に複製されたものが展示され圧巻であ。
 なおこれらの銅鐸の発掘の経緯、およびその後の変転については、このブログ5月29日の水野正好氏の講演記録を参照されたし。
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打出のコヅチ第六回

滋賀の文化財講座「打出のコヅチ」

   『秘仏開帳ー長浜市・千手院千手観音立像をめぐって』

         長浜市文化財保護センター  秀平文忠さん

 今回は外部講師による講義である。秀平さんは学生時代に琵琶湖文化館で研修し、そして北近江の長浜市に職を得られた。
 長浜市の千手院にはすでに重文の千手観音立像があり、それは秘仏として33年に一度のみ開帳されるものである。その秘仏の御代仏として同じ千手観音立像があるのだが、こちらのほうは身代わりとして軽く考えられていたのか、詳しい調査もされず、それほど古いものではないと思われていた。
 それが滋賀県文化財保護課による梵鐘調査で、千手院の梵鐘が調査されたおり、そのついでに御代仏の拝見となったのだが、それを専門家が一目見て平安仏と喝破したのであった。そこで文化庁直接の調査が行われ、その結果今年の六月に重要文化財指定となったものである。
 この千手観音立像は木造一木造、高さ181センチ、平安前期の作とされた。特にユニークなのは天衣が別材製で上半身裸で、また耳上を隠す鬢髪の姿をとっていることである。
 仏の姿も突然に生まれたものではない。他の仏の姿や時代の影響を受けるものである。近江の他の観音像等との比較検討がなされているところ。そして鶏足寺の「菩薩形立像」も半身裸像で鬢髪なのである。
 とにかく本尊が秘仏であったが故に、廃寺などでこの院にもたらされた千手観音は前立てとして利用されて軽んぜられたのであろう。その来歴はわからないのだが、いまやっとその本来の価値が再発見されたのであると。

鉢開け続く

 ぼちぼち鉢開けを続けていて、ちょっとましな鉢があったので紹介する。
 今年一番の根鉢のようである。その表土を落としたところ。そして取り出し、旧根茎を取り、小芽を外して大きさを揃える。
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彦根城博物館ー多門櫓と馬屋

 彦根城内では、いま重要文化財の「佐和口多聞櫓」と同じく重要文化財の「馬屋」が無料公開されている。
[佐和口多聞櫓]
 彦根城の南、登城道の正面が佐和口でそこに「多聞櫓」が築かれている。江戸中期に再建されたもの。
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 内部の木組では、曲がった丸太材をを巧妙に組み合わせて高さや角度を調節している。たいした道具もなかった時代にうまく配材しているものである。城の木組も同じ。また内部の粗壁は上下に波打って塗られている。
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[馬屋]
 近世城郭に残る大規模な「馬屋」は、ここ彦根のものが唯一といわれる。カギ型に馬房が21作られている。幕藩体制は戦時を想定したものであるので、馬は常備しなければならなかった。平和な時代に馬はどのように取り扱われたのであろうか。
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彦根城博物館

 家人が彦根に用があって出かけるというので、便乗して博物館に行く。
 博物館に着いたもののいつもと様子が違う。展示物の入れ替え作業中で、展示室が半分になっていた。ただそこは工夫して、武具や能装束、それに茶道具なども狭いスペースにうまく納めてあった。
 そこでいつもはパスする再建された御殿を久し振りに拝見する。庭もそれなりに造られているが、どうも樹木が少ない。手入れが大変なので最低限のものしか植えてないようである。
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たとえ藩主の住んだ所とはいえ、冬には寒そうな作りである。

 廊下の隅にはそれとなく花が活けてある。
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〈湖東焼〉の名品
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〈能装束〉
 桜草模様の長絹が出ていた。これは会誌に載せる予定のものだが、公開されているのでしかたがない、見てもらおう。
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〈絵画〉
 彦根城に附設された庭園「玄宮園」を描いた大きな軸がある。その中に、冬の霜よけの屋根の下に収容されている鉢植のところがあったので、そこだけ紹介する。
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〈調度品〉
 小川破笠の「埋木象文象嵌硯箱」…象来致福とある。
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〈刀剣〉
 井伊直弼の指料と伝えられる「粟田口一竿子忠綱」正徳三年(1713)。幕末の生臭い世を感じさせる反りの少ない巾広の刀。
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〈茶道具〉
 「黒柿地炉縁」…黒柿と言っても黒味の少ない縞模様の材が多いが、これはほぼ全体が黒い珍しい品
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 *この博物館は通常展示に限って、フラッシュを使わねば写真をとってもいいということになっている。

不断桜 続

 琵琶湖の西の湖のほとりで、先月末に不断桜が満開であった。それがいまでもその状態が続いている。DSCF1184


 なお安土の町中を走っていると、山茶花の花に出会った。まだ秋の盛りというのにすでに満開である。DSCF1177

京都市美術館ーワシントンナショナルギャラリー展

 先頃までフェルメール展が行われていて、その盛況の影で目立たなかったが、名にし負うアメリカにあるヨーロッパ近代名画がやってきたのである。

   National Gallery of Art, Washington

 印象派・ポスト印象派 奇跡のコレクション

       『ワシントン・ナショナル・ギャラリー展』

[印象派登場まで]

 カミーユ・コロー「うなぎを獲る人々」…木漏れ日の見事な表現。頭上から、そ 
      して川面に光る。

 ジュール・デュプレ「古い樫の木」…厚塗りでこってりと。

 クールベ「ルー川の洞窟」…灰色の寂しさが横溢。

 マネ「牡蠣」…マネの作品が5点来ているが、この「牡蠣」が一番良い。「鉄 
      道」「プラム酒」はもう一つ。

[印象派]

 印象派は1874年のグループ展に始まる。

 ピサロ「ルーヴシエンヌの花咲く果樹園」「麦わら帽子をかぶる農家の少女」
      やはり外の光がいい。

 ドガ「障害競馬ー落馬した騎手」…塗り直しもあり、雑然とした構成ながら、落
      馬した騎手の顔はごく正確に描かれていて、現代的な感じを受ける。

   「アイロンをかける女性」もよい。

 モネは6点も出てる。「サン=タドレス」「アルジャントゥイユ」などしっかり 
      した風景画がよい。「日傘の女性、モネ夫人と息子」は良いとは思わ 
      ない。

 ルノアールも6点ある。「踊り子」「アンリオ夫人」がよい。

[紙の上の印象派]
  *素描、水彩、パステル、銅版画など

 マネ「葉のあるキュウリ」…水墨画と全く同じ。

 カサット「浴女」「入浴」…淡いアールヌーヴォー調で、浮世絵が影響してるか

 ゴーギャン「アウティ・テ・パペ(川岸の女たち)」
      「ノア・ノア(かぐわしい)」…板目木版を二枚使った、刷の妙。

[ポスト印象派以降]

 セザンヌも6点ある。初期のは大作だがもう一つ感心しない。やはり
   「赤いチョッキの少年」「リンゴと桃のある静物」がよい。

 スーラの点描画だが、池大雅の点描がその先行作ではないか。

 ロートレック「犬を抱く女性」…上品ではないが、他の画家にはない才気があ
     る。

 ゴッホ「自画像」…彼にしては穏やかな筆致、力みなし。
    「バラ」…彼らしい力強い筆致。


*近代のヨーロッパ名画というが、各画家の代表作があるわけではない。全体を見通すためには良い展覧会かもしれないが。

清水三年坂美術館ー光雲と光明

 博物館から東山通を上がって五条坂辺りは観光客でいっぱい。ただしこの清水三年坂美術館に入る人は稀である。きょうもまた私一人であった。

  帝室技芸員 series3 彫刻

     『高村光雲と石川光明』

 光雲と光明は同じ子年の生まれで、同時に帝室技芸員に選ばれ、ともに東京美術学校の教授として活躍した。そんな仲の良かった二人の作品展である。二人の名前はよく聞くのだが、その作品を見ることはあまりない。そんな珍しい機会である。
 この美術館はごく狭い展示場しかないので、展示物もほとんどが小品である。

 「還暦記念短冊」がある。木の冊に光雲は「旭」、光明は「鼠」を浅彫してあ 
      り、両者が額に納まっている。

 光雲「観世音菩薩像」…作品を納めたものの、廃仏毀釈で焼却されようとしたた 
      め、引き取って自らの守り本尊としたもの。

 光明「文殊菩薩立像」…牙彫で、細い剣まで一体から彫だしてある。厨子は前田 
      桑明作で、桑材。

[高村光雲]
 光雲は仏像彫刻から出発したので、初期のものはほとんど残っていないという。

 彫刻……「獅子頭一対」「恵比寿大黒」「法師狸」「琴高仙人像」「白狐」

 「西王母(80歳作)」

 額浮彫……「江口の遊君」「岩上の虎」「西行法師」など

[石川光明]

 牙彫……浅く浮彫した煙管筒がいくつもある。品格あり。

  「紅葉図煙草筒」…黒漆地で、紅葉を彫って表すが、そこは木地のままに紅を 
     さす。

 手箱…「文殊菩薩図手箱」…浮彫した菩薩を紫檀の箱に貼付けてある。

 浮彫額…「雁来紅漆彫額」…赤漆の上に黒漆を塗り、雁来紅を浅彫して艶だしせ 
     ず。

京都国立博物館ー細川家の至宝

 京都はいま秋たけなわ、観光客でいっぱい。バスの中では韓国語・中国語がときに聞こえてくる。修学旅行生も多い。博物館にも団体でやってきていた。
 この京都に永青コレクションがやってきた。かねて拝見したいと思っていたが、東京に行く機会の無いまま過ぎていたところ、その渇がいやされることになった。

    『細川家の至宝』

      珠玉の永青コレクション

[細川家の出自と起家]

 重文「細川澄元像」…狩野元信筆。元信は多くの戦国武将の肖像をものしてい 

      る。これもその一つ。少し平板か。

 重文「時雨螺鈿鞍」…全面に螺鈿を散りばめた桃山期の鞍。

   「紫糸素懸威鉢巻形兜」…流行していた変わり兜で、鉄を自在に細工して鉢巻 

      きににしたもの。

 重文「十一面観音立像」勝龍寺…小品だが、鎌倉期の精細な造形。

   「明智光秀覚書」…本能寺のあと一週間後にもたらされたもの。しかし細川 

      幽斎・忠興親子は話にのらなかった。 

   「九州道之記」…「幽斎公道記」とも。九州遠征期の紀行文。

 重文「大原野千句連歌懐紙」…元亀二年(1571)二月五〜七日にかけて催され 

      た連歌会の記録。当時のものそのままに十一帖が残る。

 重文「織田信長感状」…信長自筆の極珍しいもの。

 国宝太刀「豊後國行平」平安〜鎌倉期

      細川幽斎は歌の道を極め、三条西実隆から「古今伝授」を受けてい 

      る。その伝授の場所のしつらえとして備えられていたのがこの太刀と 

      いう。これは幽斎から烏丸光広へ、そして中山大納言家へと伝わった 

      が、のちに後代の護立氏が買い戻したもの。

      実用的で堅牢な皮包太刀拵がつく。

[茶道具]

  瓢花入「顔回」と「添状」…千利休作。瓢箪の上部を切ったもの。

  「茶入茶碗写真帖」…細川家所蔵のものにつき、形状・色合を精密に写し取っ

      たもの。茶入142点(内現存24)茶碗70点(現存15)。展示されて

      いた「浅野尻膨」も描かれていた。

  「呼継茶碗」…織田有楽斎好という。茶筒に染付二片が嵌め込んである。奇抜

[能楽関係]

  縫箔「黒地花霞模様」…全面に・花・花が散らされてある。

 その他、能面・狂言面・装束など。

[伝来美術品]

  白隠「半達磨図」…ユーモアたっぷり。揉紙で表装されている。

  白隠「蛤蜊観音図」…ユニークな御顔立ち。

 国宝 短刀「名物包丁正宗」

 国宝 短刀「則重」…上記とともに柄のエイの皮が白い。

 国宝 刀「光忠」…太刀を磨上げて刀としたもの。

  「歌仙拵」…エイの皮を巻き、黒漆を厚く塗り、研ぎ上げて白点紋としたもの

[護立氏収集品]

 国宝「金銀錯狩猟文鏡」…よいものだが、これが国宝なら、MIHOにある「金銀

      錯円筒形馬車金具」はどうなるのだろう。 

 重文「銀人立像」…よく漢代胡人像と紹介されてある小像

 重文「三彩宝相華文三足盤」…釉が流れず大変美しい。

 重文「白釉黒掻落牡丹文瓶」…磁州窯の名品。

 重文「如来坐像」…唐代大理石製(旧青龍寺のもの)

 重文「如来三尊龕 姚元景銘」…西安宝慶寺にあったもの。十九座の大半は東

     京・奈良・九州の国立博物館に収まっている。

 〈近代絵画〉

   横山大観「山窓無月」

  重文 菱田春草「落葉」…古木の樹肌を淡くしっとりと。

   安井曾太郎「金蓉」…久し振りにこの作品と出会う。

 〈中国書画〉

   明代花鳥画の大作がたくさん出ている。

  重文 黄庭堅「伏波神祠詩巻」…再びこれに出会えて満足。これだけ見に来る 

      価値あり。

   趙孟頫「漢汲黯伝」…丁寧な楷書。

 *明治になってからでも、よくぞこのような名品を集められたものである。大名貸しを踏み倒してのち、藩主から華族になっても高い収入が保証されたのであろうか 。
 
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