日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2013年05月

花後の桜草

 桜草は花も終わり、あとは来年に向けて良い芽が出来るように世話するのみ。
 それでもなお花を咲かせているものがある。
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 花柄を摘まずに放っておくと二番花が咲く事がある。
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〈増土〉は基本的にしない。葉元を覗いてみると新しい根茎が見えている。これくらいなら芽は自然に土に潜っていく。
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 ただ私は絶対にしないわけではない。大きく飛び出している場合は土をかける。今回数百ある鉢で、土を入れたのは一鉢だけである。土から飛び出して身を滅ぼすような自殺行為を植物体がするわけがない。飛び出すのは人為のせいではなかろうか。新芽の飛び出しー増土は浅植と関連しているのかもしれない。

〈元肥〉植えるときに鉢底に元肥としてIB化成を大半の鉢には入れたのだが、入れなかったものもある。較べてみると、品種の差を超えてこうも違う。
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『江戸の花』を見る

 さきに東京の太田記念美術館で『江戸園芸花尽し展』があったのだが、見る機会を逸し、さらにその図録も入手出来なかった。残念に思っていたところ、同様の内容を書籍として企画された『浮世絵をめぐるー江戸の花』(誠文堂新光社)が出版された。
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 かねて案内のあったこの本ををやっと手に入れた。ザット見たところ、私の興味のある桜草では四点の浮世絵がでている。いずれも私の知らないものであった。そのうちの三点は鉢植の点景として描かれているが、ある一点は大変興味のそそられるものであった。

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 豊原国周「三十六花草の内 桜草 斧さた九らう」
 初代河原崎權十郎の斧定九郎である。「三十六花草」続き物で、役者絵の周りに花があしらわれている。他に河原崎三枡の與右衛門ー瞿麦(なでしこ)、坂東彦三郎の天竺徳兵衛ー岩石蘭、市川小団治の御所の五郎蔵ー風車草、河原崎国太郎の於七ー蓮花、大谷友右衛門の土左エ門伝吉ー日巡草(ひまわり)、市村家橘の白瀧佐吉ー百合。役者・役柄と花の種類とはたいした関係はないようであるが。
 ここで解説者は定九郎と桜草の関係について面白い説明をされている。定九郎は「仮名手本忠臣蔵」の五段目の出番で、この五段目と「桜草作伝法」に載る五段の雛壇を関係付けて、ここに桜草が描かれたと。見事な推理なのだが、少々疑問が残る。「桜草作伝法」の写本のなかには飾り方の項のないものがあり(国会図書館の白井本)、「桜草作伝法」が編まれたときには無かった可能性がある、かつ写本が江戸時代に写されたとも限らないのである。
 百歩譲って江戸の後期に雛壇飾りがあったとしても、それは栽培者である直参などの武士の舘のなかに設えられてあり一般に公開されるものではなかったようである。歌舞伎を楽しむ人々が通常見ることが出来たのは野生系振売りの花にすぎない(ただ植木屋の圃場では花時に公開されたようだが)。
 一般の人々にとって桜草と五段を結びつけて考えるのは無理があるように私には思える。
 このあとじっくりと読ませてもらおう。

打出のコヅチ⑴

 滋賀の文化財講座ー打出のコヅチが始まった。昨年は通常勤務に就いたため、夏休み中しか参加出来なかったが、今年は全回出席を目指そうと思う。

  第1回 『平成24年度滋賀県新指定文化財説明会』

[建築物]「弘誓寺大広間及び書院」 18世紀当初建築の真宗寺院の姿をと留める。
         五個荘の真宗大谷派寺院

[美術] 「絹本著色慈恵大師像」  延暦寺
        慈恵大師の彫像はたくさん残されているが、これは肖像画として最も古く
       (鎌倉後期)しかも優品という。
     「木造阿弥陀如来及び両脇時立像」  西教寺
        快慶の一番弟子行快の作。行快6作のうちの一つ。
     「黒漆磬架」   長寿寺
      中世磬架の数少ない遺品。

[歴史資料]「滋賀県行政文書ー慶應四年より昭和20年」
        県政の基本資料ー検索利用の便がなる。

[史跡] 「勝堂古墳群」  八日市
        おから山古墳、行者塚古墳の追加指定
        古墳時代後期の地方酋長墓

[考古資料]「家形石棺部材」 正眼寺  勝堂町
        石材が兵庫県加古川流域の「竜山石(凝灰石)」
[無形文化財]「青磁」 神農巌 大津市和邇北浜
         青磁における堆磁技法
           (磁器土を泥漿にして筆で塗り重ねる)
[無形民俗]「八日市の太鼓踊り」  長浜湖北八日市
        雨乞いの踊で特別なときのみ踊られる。
        大太鼓2名、小太鼓10名、鉦2名、笛・音頭約10名
              (小学生)
        

桜草の油絵

 堺在の洋画家・柾木高さんの細密画。極小さい作品ー8,5×11.5センチ。
 柾木さんの桜草を描いた絵は、浪華さくらそう会のホームページ「桜草の世界へようこそ!」の表紙も飾っている。
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   〈三保の古事〉

桜草の壁掛け

 桜草の花も終わったので、桜草に関して我が家にある美術工芸品を紹介していこう。桜草は他の草花に比して栽培者が少ないこともあって、美術品に取り扱われる数は少ない。そのいくつかは「浪華さくらそう会誌」に載せているが、重複を顧みず取り上げることとする。
 これは型絵染の壁掛けである。近江は甲西町在の工房「四季彩」増田義範氏に作ってもらった。絵から分る通り、私の「流れ星」を写したものである。
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ひつこく楽しむ

 小屋組雛壇を解体する。小屋に入れていると花の保ちもいいようであるが、気温が低めに推移すると老花となってもそのまま落下するが、夏日になると花がそのまま萎れてしまう。
 今年一番の出来はこの「淡墨」である。葉も小振りで、花がきっちり揃い、さらに4花茎とも2段花となっている。
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沙々貴神社のヒトツバタゴ

 今年もまた新聞のニュースで、沙々貴神社の名物ーヒトツバタゴ(ナンジャモンジャ)の花が咲いたと知り、サイクリングがてら拝見しにいく。
 途中、田植えの終わった田んぼの側で、あまり見かけない「杜若」に出会う。そして光琳を思う。
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 沙々貴神社に到着。ナンジャモンジャがお目当ての人が何人も来ている。
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 その他の珍しい花々
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  丁字草                 においつつじ

三大神社の藤

 近江草津にある三大神社は藤で知られる。今年も拝見しに伺った。
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雛壇飾りの終焉

 今年も天候に翻弄された年になった。10・11日と雨が続き気温も低めだったが、12日の日曜日は一気に温度が上がり夏日になってしまう。急激な温度上昇のため水分の蒸散が激しく、何とか保っていた花びらの張りが急速に失われ萎びる。多くの花は老花となっているので、いったん萎れるともう回復しない。予備の鉢もないことはないが、これも少し傷んでいるので、これで規定の段飾りは終了である。あとはなお観賞に堪える鉢を未練たらしく楽しむのみ。
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4倍体品種

 先頃、千葉の歴博の「くらしの植物苑」を訪れて「伝統の桜草展」を拝見した。その折のことはこのブログで報告したところである。その展示では雛壇飾り、時代順、野生種などの区分とともに、茂田井宏氏の肝いりで宮崎三千男氏による現代の実生新花が並べられた。その多様な品種の中で目を引くのは四倍体のものであった。
 四倍体について,宮崎氏以前では「大和神風(「大和神風」は「大和神風」であって、決して「神風」ではなく、恣意的な名前の変更は許されない)」と「緋の重」,それにコルヒチンを作用させて人工的に作られた「テトラ」だけであった。
 そこに宮崎氏によって多くの四倍体が世に送り出されたのは,八重咲種の出現と同じく、桜草界にとってまことに驚くべき事件であった。その育種の経緯は私の知るところではないが、その形・色からして「大和神風」の血が入っていると想像される。
 この四倍体での白色花、切弁・鑼弁などが出来れば面白いのだが。
 これらの品種の一部は何年か前に,宮崎氏から私にも贈られてきていた。ところが置き場所が悪かったのか,私の栽培技術がまずかったのか,作落ちしてなかなか咲いてくれなかった。それが今年は何とか花を見ることが出来たのは幸いであった。来年はなんとか4芽揃にして宮崎氏に報いねば。
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 〈飛鳥の夢〉〈胡蝶の夢〉〈恋衣〉
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