日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2013年11月

美術館「えき」KYOTO

 藤田嗣治の京都伊勢丹での展覧会はいつでも行けると高をくくっていたら、もう終わりになってしまうので、堺からの帰りで遅かったが会場に駆けつける。

  藤田嗣治渡仏100周年記念

      『レオナール・フジタとパリ 1913−1931』

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[第1章 渡仏以前ー画家への道]
 「鶏と卵」…」1901…後年のデッサンのうまい藤田からは想像出来ない幼さ。
 「三保の松原」1912
 「京城の眺め」1913

[第2章 模索の時代ーパリの潮流の中で]
 「レイニャックの眺め」…印象派風の風景画
 「マルザックの城のサロン」水彩1915…格段にうまくなっている感じ
 「ジャン・コクトーの肖像」1916…立体派風の仕上げ
 「煙突のある想像上の風景」1917
 「赤い帆・コンカルノーの港」1917

[第3章 成功への階段ーパリ社交界へのデビュー]
  浮世絵のように平面的で、輪郭を太く、ジャポニスムを意識した形象か。評判を取る。
 「夢想と鳩」、「風景のなかのヴェールの女」1917、「碁を打つ人々」1917、
 「花に水をやる若い女」1917、
 「鶴」1917…琳派風のに

[第4章 栄光の時代ーエコールドパリの寵児]
 「葉巻のある風景」…藤田特有の「白」の時代へ。
 「裸婦」が何点も並ぶ。。全部が良いというわけではない。
 「ロジータ・ド・ガネイ伯爵夫人の肖像」…チラシの表紙にもなっている。まことに上品。
 他に2点の肖像が出ているが、私はあまり買わない。
 「猫」…栖鳳の「猫」見て来た所で、藤田猫の方が可愛げに富む。

[……風に]
   妻ユキのためのプライベート小品集。全て物まねー◯◯風で。
 レジエ風、ゴーギャン風、ユトリロ風、ブラック風、シニャック風、ピサロ風、ディフィ風、
 シスレー風、ヴラマンク風、ヨンキント風、パスキン風、ヴァン・ドンゲン風、ルノワール風
 マティス風、ローランサン風、コクトー風、ザッキン風、ロダン風、レンブラント風、フォラン風
 ドラン風、

[第5章 新たなる旅立ちーマドレーヌとともに]
 「マドレーヌ」のデッサン。あでやかな彼女の肖像は来ていない。

[藤田が交友した芸術家たち]
 ルソー「田園風景」「待ち伏せる虎」
 モディリアーニ「髪を束ねる若い女」…こちらもフジタに劣らず上等。
 ピカソ、ローランサン、パスキン、スゴンザック、パスキン、グラノフスキー、キスリング
 板東敏雄、小柳正、オルロフ、ザッキン
   ←こちらも見どころ多し

  *今回は彼が最も脂ののった頃までの画業をたどったもの、晩年のものはない。
  *2009,9 に名古屋の松坂屋で「レオナール・フジタ展」があった。
  *2006には生誕120年記念の展覧会があった。

晩秋の役員会

 秋の浪華さくらそう会の役員会をひらく。

        於:廣田友重邸
        参加者:竹岡、中島、中村、廣田、山原

  1、会誌の出稿 表紙ー「都の春」竹岡氏実生新花
          桜草栽培史稿(上)
          桜草札記⒄「大力無双」「花の上」の読み方
               「荻の上風」の出典
          私の桜草人生(下)
          裏表紙ー美術工芸品に見る桜草…小盆、平棗
  1、今年の芽の出来や如何
     平年並みのよう。ブログで紹介されている芽を拝見。
  1、江戸東京博物館での『花開く江戸の園芸』の図録紹介。
     神代公園80周年記念冊子も紹介
  1、「殿上人」がden-jyou-bitoと読まれ始めている。如何

 事務局での植替えはかなり進んでいる。
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大阪市立美術館ー大阪の至宝

 昼から堺で桜草の役員会があるので、早めに家を出て天王寺で途中下車して美術館へ。

  特別展

    『再発見! 大 阪 の 至 宝 』
         ーコレクターが愛したたからものー

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 これは、大阪市にある美術館・博物館の主なコレクションと大阪を発祥とする私立美術館の代表作を一堂に展覧する名作展である。
 中心は勿論大阪市立美術館なので、他の美術館の作品は顔見世のマネキのようなものか。
 面白いのは、展示は主題にもとずいて美術館を横断的になされている。

[第一章 中国・韓国美術へのあこがれ]
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 〈阿部コレクションから〉
  「明妃出塞図」…名高い大阪市立美術館の至宝中の至宝。何度も拝見している
       が、今回はケース越しながら眼の下30センチばかりに絵がある。ま
       ことに繊細な線が淀みなく流れるように引かれる。韃靼人の弁髪や
       犬も細かい。
  「東坡詩意図」石濤…渇筆がやさしい。
     その他、中国画の存在感は群を抜く。
  「飛青磁花生」…国宝「油滴天目」は前期展示であった。この青磁の黒点を目
       障りと考える人もいる。ない場合の青磁そのものの方が単純でいい
       かもしれない。鴻池家に伝来。
  「辰砂蓮花文壷」…辰砂の赤色の発色が美しい。

[第二章 日本美術の豊饒]
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  「潮干狩図」葛飾北斎…肉筆の色が美しい。

[大阪市立美術館寄託の国宝]
  六道絵「天道図」聖衆来迎寺…非常に精細。10センチほどの人物の宝冠、衣服
       も丁寧に。下では女人が池で水浴び中。
   同 「優婆塞 戒経説話図」…天秤棒で魚や鳥を運び入れる様子もあり。
  「灌頂大師像」一乗寺
  「毛詩鄭箋残巻」大念仏寺…私の生まれ故郷の平野にこんな重宝があるとは。
  「金銀鍍透彫花籠」神照寺…この寺宝はあちこちに預けられている。
               琵琶湖文化館にも。
  「菊唐草蒔絵手箱」熊野速玉大社
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[第三章 私立美術館に開花したコレクション]

[第四章 大阪近代美術の諸相]
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   佐伯祐三「煉瓦焼」
   島成園「伽羅の薫」
  私立の美術館はほかにもてたくさんあるが、どうしてこの5館だけなのか。久
  保惣などあるのだが。

 *主な出展物は大阪市立美術館のもので、近在の関係館から応援で、他館の同じような企画展示に較べて大人1200円は高い。また文楽への補助を削ったりと、文化果つる都市になりさがるつもりか。大阪市立美術館は行きにくくなっているのは事実である。一方では地下鉄運賃を値下げしょうとしているのに 

泉屋博古館ー木島櫻谷展

 竹内栖鳳展のあと、お昼をどうするか思案したのだが、やはりすぐ近くの「オ・タン・ペルデュ」に行く。そこからバスで泉屋博古館へ。
 
    『 木 島 櫻 谷 』

        ー京都画壇の俊英ー

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 同じ京都画壇の高名な画家の競演である。同じ時期に竹内栖鳳と木島櫻谷がぶつかってしまった。比較して観賞できるのだが、ちょっともったいない気がする。年を置いて開かれればよかった。また泉屋博古館は展示スペースが小さく、展示時期を4期に分けざるを得ないのも残念で、一回足を運ぶだけでは済まない。
 入館者はいつもより少し多い程度で、竹内栖鳳展には較ぶべくもない。
 竹内栖鳳が幸野楳嶺門に対して、木島櫻谷は今尾景年門下であるが、ともに応挙・四条派の流れをくみ、画壇の近代化を進めた人達である。

 「剣の舞」…彼は歴史画から出発する。目の表情が特異。
 「しぐれ」…伝統的な鹿の群を描くが、栖鳳のものと較べると優しい風情。
       四条派の写生を承けるか。
 「和楽」…野良仕事から帰ってきた農婦たち、牛の傍らで乳飲み子を抱く農婦
      表題通り、和やかなゆったりとした空気が漂う。
 「厩」…アメリカでの展示販売を考えて、馬の頭部だけを描いたもの。 
      やはり優しい。
 「獅子」…どうしても栖鳳作の獅子と較べてしまう。櫻谷はたぶん栖鳳のものを
      みているだろう。ここではもの静かで、透徹した雰囲気が漂う。 
 「菊花図」…琳派の装飾的を承けたものか、あでやか。白菊に少し紅菊が混じ
      る。白い花びらは胡粉で盛り上げてある。
 「暮秋」…稲架に止まる烏一羽。文人画。
 「月下遊狸」
 「鶏」…若冲を思う。
 「青竹詩画賛」…浮名何願一時誉 養掘不如眠草廬
         知否箇中幽趣足 焚香日対古人書

  *「寒月」を見たかったが、この期には出ていなかった。

 櫻谷には500冊もの写生帖が残されているという。一部展示。
 なお幻の優品というのが写真で示されてあった。

 別室で昭和5年頃の櫻谷邸での櫻谷や家族の映像(もとは8ミリか)が映されていた。5分。彼はいがぐり頭に小倉の袴。庭には大きな植物用のフレームが設えられていた。女性の着物の着付けはゆったりとした昔風。

京都市美術館ー竹内栖鳳展

 近代日本画の世界で京都画壇を率いた竹内栖鳳の大きな回顧展にやっと出かかることができた。
 会期も終わりに近づくと、平日にも関わらず観覧者は多すぎるほど。なかには幼稚園児の集団観賞も、大人の間を縫うように先生に率いられてウロウロ。何を学ばせようとするのか?

  京都市美術館開館80周年記念

      『 竹 内 栖 鳳 展 』

          近 代 日 本 画 の 巨 人
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[第1章 画家としての出発]
 若くして絵に惹かれ、幸野楳嶺門下で研鑽を積む。円山応挙、呉春の流れを汲むとともに、狩野派など多様に学ぶ。
 「芙蓉」…最初期の水墨小品。
 「龍神渡御の図」…23歳で結婚、それを期に画業で立つ。それを記念して神泉
     苑に奉納した絵馬。  
  *模写や写生に励む。
[第2章 京都から世界へ]
 パリ万博に派遣されて、彼の地の美術事情を視察。
 「観花」…踊る骸骨。本物の骸骨を借りて骨格を学ぶ。生々しすぎたのか展覧を
      拒否されたイワクツキの作品。
 「松虎図」…虎と言えば岸派なのだが、それを越える写生の妙。
 「寒林帰牧図」…薄墨の筆致が冴える。
  獅子図が何点か出ている。ヨーロッパの動物園での写生をもとに。ヨーロッパ
 の細密写生を日本画で再現。これを見た人はびっくりしただろう。評判が良かっ
 たので何点も描いているが、その雰囲気は皆違う。同じ物は描かなかった。
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 「飼われる猿と兎」
 「象図」…薄墨の伸びやかな筆使いが正確な写生を生かす。
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[特集展示1:美術染織の仕事]
 高島屋は京の高名な画家に染織のための原画制作を依頼して、それを元にした染め・刺繍製品を輸出した。栖鳳は高島屋一時勤めたこともあり、長く染織製作に関わった。*難波の高島屋資料館参照。
 「雪中蒼鷹図」…原画と刺繍作品が並ぶ。
[第3章 新たなる試みの時代]
 「絵になる最初」…栖鳳の女人像は3点しかない。これは東本願寺のための天女 
      像モデルが裸体になるのを恥じらう姿を写す。
 「河口」…洋画の雰囲気の風景画
 「斑猫」重要文化財…ものすごい質感。青く光る目が野生の身構える姿を捉える
 「蹴合」…闘鶏図。軍鶏が今にも動き出しそうな迫力。
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[特集展示2:旅]
 イタリア、中国、日本では東海から潮来の風景。
[第4章 新天地を求めて]
 「馬に乗る狐」…大津絵風の絵。
     落人の野分てまとふきつね川
 「雷公」…
     古はいものは見たくて、そっと障子を明れは、雷とのか手水鉢て
     手を洗ふている若し おまえは何をなされますといへは
     於為今あそこて臍を掴みそこなった 恵衣きたない
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 「清閑」…眠る子犬。応挙を越えたか。
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 「風濤」…大きな波を線と面で表す。浮世絵に学んだ西洋風景画の影響か。線と
     面のいいとこ取りを目指したか。
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【下絵を読み解く】
   竹内栖鳳の下絵ばかりの特別展が別室で行われる。
 1、絵を躍動させる要素:動き
    軍鶏の「蹴合」のための激しい動きのを捉える下図。
 2、巧みな構図づくり:モチーフの集合と分散、余白の活用
   鳥や動物を数体組み合わせて全体像を表すと。
 3、組み合わせの妙
   「炎暑」では如雨露に止まる小さな蜂が主人公
 4、空間の広がり
   風景画で空の空気を描く。
 5,京都画壇と下絵…本画と下絵が並べられている。
    西村五雲「園裡即興」…兎と籠。技法は栖鳳から受けたか。
    榊原紫峰「奈良の森」…鹿を描く。2曲一双
    菊池契月「交歓」…時代絵
    土田麦僊「平牀」…朝鮮の女性二人  
    金島桂華「紅蜀葵」
    富田渓仙「伝書鳩」
    中村大三郎「女人像」…美人画の典型、だがシミが。
    野長瀬晩花「海近き所の舞妓」
    村上華岳「聖者の死」…これは下絵のみ
    林司馬「舞妓」

殿上人(再)

 殿上人をden-jyou-bitoと読んでいることに驚いたのだが、これがどうもあちこちに広がっているらしい。
 「肥後六花選」の肥後花菖蒲、肥後朝顔にも「殿上人」という品種がある。ともにden-jyou-bitoと読ませているようである。
 「でんじょうびと」で検索をかけたら、ゴロゴロ出てくる。
 これは困った。古人の常識が覆されつつあるのか。それにしても熊本の学校の古文の授業ではどう教えているのだろうか。den-でもかまわないというのか。大学などの入試問題で「殿上人」の振仮名をden-とすれば間違いなく×になるはずだが。
 あるいはその世界の権威者がden-と読んだので、みんながそれに追随しているだけなのか。
 さらには標準的な発音に収束されて行く日本語の動きなのか。
 これは、常識が常識として通用しなくなりつつある現象なのかもしれない。伝統はひっくり返されて新しい世界を生み出して行くともいわれる。みんながden-と読み出したら、これが常識となってしまうかもしれない。
 世の中の変化は案外こんなところから始まるのかも。

会誌印刷出稿

 よんどころない事情で私が会誌の記事を書かざるを得なくなったのだが、ほんとに筆が進まず数ヶ月も遅れるはめになった。昨日やっと定稿が成ってホッとしているところ。
 内容は以下の通り。
  ・桜草栽培史稿(上)…このブログでも述べて来た事柄を通史としてまとめてみたもの。今までの栽
        培史は資料を無批判に利用していたものが多かったので、今回は歴史を描くことに力を
        注いだつもりである。誤った説が繰り返されるのを何とか止められたらと思う。
  ・桜草札記⒄ 桜草品種名について◆帖崑舂鰐義弌廖峅屬両紂廚瞭匹瀛の是正。
        「ダイリキムソウ」や「ハナノジョウ」と読む人の気が知れない。
        それに「荻の上風」の出典について。
  ・私の桜草人生(下)…前号の続き。特に会誌編集担当となって、様々な情報を提供して来たことを
        述べる。
 それにしても、桜草の世界の情報の先が見えて来たようで、もう限界かもしれない。願わくば50号まではと、欲を描いているのだが。あとは典型的な花の写真を残すことと、栽培法をまとめることぐらいか。

滋賀の文化財講座ー打出のコヅチ第7回

 滋賀の文化財講座

      打出のコヅチ『梵鐘を守れ!』
           ー地域文化財をめぐる戦時下の裏面史ー

                滋賀県教育委員会文化財保護課 井上優さん

 第二次世界大戦が始まるころ、戦争の資材としての金属の供出・回収が行われたことはよく知られている。しかし金属を素材とする歴史資料も多かった。それがどんな運命を辿ったのか、全国の梵鐘の約9割がこの状況のなかで失われていったといわれる。未曾有の国難のなかで、人々は地域は「お国のため」にと喜んで、あるいは耐え忍んで、この事業に応じたのであった。
 滋賀県の文化財保護課に一冊の簿册が残されていた。その経緯は知られていない。
  『昭和十七年至同十九年
     金属回収除外申請
       供出除外を認めた物件の関係書類』

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 回収が行われる過程では、除外規定があったのである。これまた偶然のことで近江八幡のお寺から栗東歴史民俗博物館に寄贈された「回収実施要綱」に載せられていた。
 これにもとずいて除外を申請した書類が先のもので、担当した滋賀県の建築技師の日名子元雄氏とその上司により決済されている。
 その中で、除外決済に横やりが入った例が知られている。新しく再鋳造したものだから回収の応ずべしというものだったが、再調査で再鋳造でなかったことが判明して決済どうり二なったもの、これは今も現存しているという。
 彼日名子元雄氏はさいわい文化財に詳しい人物であったことで、申請のほとんどが受け入れられ、滋賀の歴史的な梵鐘が残されることになったという。
 日名子しはその後応召されたが、無事帰還されのちに滋賀県・奈良県を経て、文化財保護課に転任、最後は文化庁文化財部建造物課長で退官された。我が国の文化財建造物保護の仕組みを作り上げられた人だったのである。
 このようの人が滋賀にいたおかげで助かった梵鐘が多かったのだが、こんな人のいなかった府県ではどうなっていたのだろうか。
 実際回収された金属は、武器その他に使えるようなものではなかったらしい。物ではなく精神の高揚をはかる目的であった。

京都国立博物館ー清朝陶磁

 しばらく博物館通いから足が遠のいていたが、「打出のコヅチ」に出かけるのに合わせて京都に出る。
時間的余裕がないので、今日は京博だけにしぼる。
 京都はまさに観光シーズン、バス乗り場は人が一杯。仕方がないので歩いて行く。帰りは時間の関係でバスの載ったのだが、修学旅行の中学生と乗り合わせる。どこの学校か知らないが、女生徒の羽織る紺のカーディガンもお揃い、足下を見るとズック靴もお揃い。どこぞの私学の有名校でもあるまいに、そこまで子供たちを統制しなければならないのだろうか。

   特別展覧会 『 魅 惑 の 清 朝 陶 磁 』

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 中国当時の最高峰は何と言っても宋白磁・青磁であるが、元染付、明の色絵のにぎわい、そして清官窯の豊かな色彩と研ぎすまされたよな姿形も捨て難い。
 その清朝の陶磁が見られるというので期待して出かける。がちょっと私の思惑は外れた。私は官窯の銘品がずらっと並ぶと思っていたのだが、日本との関係を重視した歴史的な展示になっている。

[第1章 行き交う唐船]
 江戸期の日本は、オランダ・中国と長崎で交易を行っていて、中国の文物もそれなりに日本にはいってきていた。やはり日本人の中国へのあこがれは深まりこそすれ、衰えることはなかった。薬種・書籍等々とともに陶磁器もたくさん舶載されて来ている。日本でも有田で磁器の焼成が出来るようになっても、先進地中国の物がもてはやされたようである。中国の明清の王朝交代の混乱期でも、文物の輸入は続いていたという。
 「唐館蘭館図絵巻」石崎融思筆(1801~04)…記録画としての信用性が非常に高いと解説で。
      唐人屋敷で生活する女性ー「遊女生出替之躰」の場面も
      航海の安全を祀る「天后馬姐堂」も描かれている
 「コンダオ、カーマウ沈没船引き揚げ陶磁」
 「ダイアナ号、テクシン号引き揚げ陶磁」…どちらも東南アジア向け、あるいはバタビアのオランダ
      商館向けの民窯の商品で、精巧というわけではないが、染付けで器体は薄い。

[第2章 出土品が語る江戸・京都・長崎]
  江戸遺跡、京都市内、長崎唐人屋敷跡からの出土品。年代の基準となる。

[第3章 独自の回路]
  京都建仁寺は室町時代より中国との交渉事に関わって来た縁で、その塔頭に中国の陶磁が伝わって  いる例が多い。
 「白磁観音立像」霊洞寺…説明文にいう。
   もともと切支丹の初代末次平蔵の息子が建立した春徳寺の本山建仁寺の山内に伝えられたと。
 「大坂住友銅吹所跡出土中国陶磁」…住友は日本の輸出品である棹銅を製造していた関係で、長崎と
      の独自の繋がりがあったらしい。この銅吹所が火災に逢い、そのときの破損した処分品
      で、年代のきめてとなっている。欠けた品を見事に復元している。

[第4章 日本からの注文]
  18C.末から増え始めたといわれる。すでに日本でも作れたのに、明代末期の器に似せたものをわざ
 わざ作ってもらっている。
 「青花雲鶴文福寿文字散釣瓶形水指」…1775年の注文記録あり。
 「青花茄子文狂歌磁板」…中国人絵付師が仮名を書いている。
 「青花梅樹文詩文芋頭水指」…日本で作られた素焼きを中国に送り、景徳鎮で絵付焼成して日本に送
      り返された品(道光3年)
 「染付雲堂文筒茶碗」永楽保全作…中国物の火入れを写して茶碗としたもの
 「青花雲堂文筒茶碗」…保全が写した本歌の後代のもの

[第5章 旧家伝来の清朝磁器]
  岡山倉敷児島の野崎家(野崎家塩業資料館)…現在資料館で「屏風展と清朝陶磁」を展観中。
 角屋保存会、究理堂、田中本家博物館、
  名物の散り蓮華や小碗などの「十錦手」がいくつも出ている。まことに華やかで、これは使うより
 見せるものだったのではないか。
  旧家は資料の宝庫だという。どこも大切に扱われて来たという。
 
[第6章 江戸時代の中国趣味]
  江戸期の日本の知識人のあいだに煎茶がはやる。そのための道具や部屋の設えが揃えられていっ
 た。そのとき好まれたのが明末の陶磁であった。その写しが求められ輸入された。
 
[第7章 清朝陶磁と近代日本]
  重文「琺瑯彩梅樹文盤」…まことに精緻な作品
  「粉彩百鹿図壷」…多様で鮮やかな色彩を尽くした官窯は、日本の作り手の手本となった。
    今泉今右、清風余平、清水六兵衛、宮川香山など

[終章 影響の双方向性]
  中国・朝鮮からの伝来の技術によって始まった日本の磁器生産も、中国明清の政権交替時の混乱を
 きっかけに、ヨーロッパに輸出がはじまる。景徳鎮の復活した時、ヨーロッパが求めた図柄は日本有
 田のものであった。中国の職人は見たこともない日本の風景を描いたのであった。
  

 *次回は清朝官窯のなかでも、康煕・雍正・乾隆時代の名物を見せてもらいたいものである。

紅葉狩りー談山神社から室生寺

 家人が「談山神社に行こうと思っているのやけど、行く?」。私は二つ返事で「ほな行こか」。
 談山神社についてはよく名前を聞くのだけれど、関西に居てまだ訪ねたことはない。奈良市内からもかなり遠い山のなか。やっとたどり着いたが土曜日のこととて大勢の観楓客でいっぱい。駐車場も満員で、あきらめて帰る道に入ったところ、空きを見付けてセーフ。
 ここは名高い中臣鎌足(藤原鎌足)を祀った神社であるが、江戸時代まではずっと寺で、明治の廃仏毀釈で僧が還俗して生き残りのために神社に衣替えしたものである。そのため境内には本殿はあるものの、大半の建物は佛教寺院そのままである。観光シーズンに合わせ、宝物も寄託された博物館から里帰り展示される。
 華やかな本殿             紅葉と西宝庫
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 西宝庫は校倉作り           最古の十三重の塔
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 嘉吉祭の神饌ー百味の御食       談山神社で著名な蹴鞠に用いられる鞠
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 現代の福禄寿ー齊部哲夫作 (大和七福八宝霊場)
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 少し時間があったので、お昼も取らず室生寺に向かう。山のなかへさらに入って行き、道に迷ったが何とか到着。やはり秋きの観光シーズンで、ここも人が多い、ここは路線バスで来られている方が多い。
  仁王門               境内の紅葉
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  灌頂堂(本堂)           弥勒堂
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 弥勒菩薩像(勿論堂外から写す)    釈迦如来坐像(ボケていてもたいした御像) 
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 平成12年に修復なった五重塔   塔を破損させた杉の大木の切り株
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 切り株から生える小杉      天然記念物室生山暖地性羊歯群落
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    *談山神社とともにここにも巨大な杉が生い茂っている。しかし塔を壊した老杉のように、寿
     命が来て倒木の危険があるように思われる。これらの杉は桃山から徳川初期にかけて植えら
     れたもののようで、更新期にきているのではなかろうか。

 奥の院があるというので、胸突の石段をやっとの思いで昇る。

 位牌堂                この建物は舞台作りになっている
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 *金堂で宝物が公開されていたが、少し疲れて覗く気力を失う。後で考えればもう一度来れるかわか
  らないので、見ておくべきであったと後悔。
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