日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2015年08月

滋賀の文化財講座ー打出のコヅチ⑷

 大津平野神社から、今回の講座のコラボしがへ。JRと京阪電車の間には古い町並みが続く。

  滋賀の文化財講座 打出のコヅチ⑷

    『 山 か ら 下 り た 梵 鐘 』

         菅山寺梵鐘のの移動と保存修理

             滋賀県教育委員会文化財保護課 古川史隆さん
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 湖北は余呉の山中に名刹菅山寺がある。中世には大きく栄え、『宋版一切経』を移入するほどの寺であったのである。この経典(重文)は、現在東京の増上寺に家康の要請で遷されて現存する。
 菅山寺の堂塔は江戸時代に整備されたものだが、明治の神仏分離令により僧侶は山を下り無住と成り現在に至っている。地域の過疎化もありまさに朽ち果てようとしている寺である。多くあった寺宝は、地域のセンターである「弘善館」に保存されている。
 今から3年ほど前、菅山寺の鐘楼が雪で破損したことが伝えられた。その鐘楼には重文の梵鐘が吊られあったので、文化庁他による調査が行われた。そこで、鐘楼よりも梵鐘の方の損傷が大きく、修理の必要が喫緊であると報告された。
 次の年1400万円の予算がついて修理が行われることになる。そんためには梵鐘を山から下ろさねばならない。これが難事業であった。356キロの梵鐘を損なわずに舗装もしていない急で狭い山道を運ばねばならない。運搬のために不整地ダンプ(車輪の代わりにキャタピラーのある自動車)が使われる。まずデモ作業(予行演習)が行われ、凸凹道に土嚢をおいて道をならし、実際に車が通れるように整備された。土嚢の土は先年の土砂崩れで出た土が利用されたのであった。
 無事本番を迎えて下ろされた梵鐘は奈良生駒の元興寺文化財研究所の保存科学センターの持ち込まれ、錆落とし・錆び止めなどの処置がほどこされた。しかし重文の梵鐘をもとの吹きさらしの山の鐘楼に戻すわけにはいかないので、支持台がつくられて地元の弘善館に保管されることになる。
 今安住の地を得た梵鐘だが、もう鐘として鳴らされることはない。楽器ではなく文化財として保存されるのみとなった。仕方がないとはいえ「もの」に成り下がったのである。

 *修理に関わる事業の具体的で生々しい活動の様子が写真とともに語られて、非情に面白い講義 
 であった。もの一つ運ぶにせよ、傷つけないようにするために払われる細心の注意は大変なもので
 ある。

大津平野神社の碑文

 大津に用事があって出かける。まずは腹ごしらえ、県庁前「仲よし」でカレーをいただく。トマトケチャップの酸味の利いたなかなかの味。
 そのあと前から気になっていた平野神社に向かう。そこの鳥居手前の神社名を刻んだ石碑が秀逸。
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 鳥居から境内をみる    この神社は蹴鞠でも知られているという。   
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美術館「えき」KYOTO お化け

 平野からの帰り、大阪で昼食。大阪駅構内にある「ピッコロ」でカレーをいただく。
 せっかくの外出なので、どこか美術館に行こうと、京都駅で途中下車。

   美術館「えき」KYOTO

     奇々怪々 『 お 化 け 』 浮世絵展

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 日本人は「お化け」が大好きである。世界で唯一「お化け屋敷」があり、怖いものを楽しむ文化を持っている。近世以前でも「百鬼夜行図(絵巻)」がたくさんの画家によって描き残されている。現代では水木しげる氏、そして「妖怪ウォッチ」であろう。
 そのお化け・妖怪は庶民も楽しんだ浮世絵に取り上げられ、一つの分野を構成しているくらいである。
 絵は実物を見なければ意味がないのだが、ブログでは致し方ないので、お化けの種類を紹介するだけである。

[幽霊]
 小幡小平次…初代豊国「小平次の亡魂」…尾上松助の当たり狂言
 累…国芳、豊国…後に円朝の「真景累ヶ淵」に
 お岩(四谷怪談)
   豊原国周「四谷怪談」大判三枚組(中紙に貼り足して戸板に)
 更屋敷・お菊
 佐倉宗吾
 清玄(清水寺の僧)
 源平合戦…広重「平清盛怪異を見る図」…雪の築山をドクロと

[妖怪]
 化猫、妖狐
 妖術使い…天竺徳兵衛、国芳「相馬の古内裏」

[百物語]
 北斎の「さらやしき」「笑ひはんにゃ」「小幡小平次」「しうねん」
 北斎以外にもたくさんの画家がこの主題に手を染めている。

[お化け退治]

[肉筆画]
 呉春「春の夜」…春の世やおぼろの中のおぼろかな
   *師匠の応挙にも幽霊の図があった。
  
[その他]
 「納札会幽霊集」…幽霊の絵を集めて小冊子に仕立てたもの
 月岡芳年「新形三十六怪撰」…明治中期のものだが、渋い色使いと肥痩の線が生きる。


 帰宅すると子どもや孫が集まっていて(二人欠けたが)、近くの料理屋さん「天ねん」で会食。
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お盆の墓参り

 毎年 年に2回ほど、檀家寺にある墓に詣っている。その寺は、大阪の平野区(かっては東住吉区)の平野本町筋から少し入ったところにある正業寺さん。
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 居所が何度も変わり、次第にお寺から遠くなり、月参りもしてもらえないが、お寺に墓があるので、一応我が家の檀家寺である。兄が早くに亡くなり、仏壇も我が家でお守りすることになったので、墓参りも私の役目になっている。
 墓花を買って行くが、すでに誰かが先にお詣りした人があり、我が家の花立てに花が生けてあった。そこで母方の親戚の墓にもらってもらう。空模様が怪しいので線香はなし。墓には屋号の〈サツ嘉〉のみ彫られ、我が家の名前がないので他の人には誰の家の墓かわからない。
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 ここには私が生まれる前にすでに戦死した叔父の墓もある。
  故陸軍軍曹 山原四郎之墓
  昭和十五年十二月二十二日 江西省新建県夏家竣張家村附近ノ戦闘ニ於テ戦死ス 享年二十三才
 
 支那事変により日中戦争が勃発、この叔父は無謀な戦線の拡大の犠牲となった一人である。わざわざ日本から中国に何をしに行かされたのか。八人の兄弟姉妹の末っ子で若死にだったので、何も残っていない、墓があるだけである。
 それでも戦死により彼の母、私の婆さんは幾ばくかの遺族年金を得ていたが。

 平野に来ると、我が生家を見に行く。すでに60年以上前に後にした家だが、少し手が入っているものの構造はそのままである。昭和初期の建造なので90年は経っているが表面上はどうもなっていないように見える。そして同じ頃建てられた母方の親戚の家も覗いておく。この頃の住宅はしっかりしている。廻りが建て替えられつつあるなかで、この家だけ孤高を保っている。昭和の住宅建造物として残るといいと思うのだが。

  我が生家           建造時のままの縁戚の家
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 その他平野郷には安土桃山期の南蛮船を操った住吉家がなお現存する。戦災に遭わなかったので古い建物がかなり残っている。
 江戸期の町家か…軒でも本瓦葺
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 帰りにいつものように平野名物の「亀の饅頭」を買う。
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為替相場ー円安の持つ意味は? (頭の体操)

 為替相場は2国間の通貨の交換比率を示す。この2・3年円安に振れていて、輸出産業にとって頼みの綱ともなっている。
 このように円安の効果が言われるのだが、円の価値の変化は貿易の両方向に影響するもので、輸出し易いから「円安が良い」といった単純な問題ではない。逆に輸入に苦しむことになる。今まで80円/ドルで買えたものが、120円/ドル出さなければいけなくなる。輸入品は50%も輸入代金が値上がりしたことになる。日本の貿易赤字が一気に増えたのだが、幸か不幸か原油の価格が半値になったがために、数字上は小さい赤字に止まっている。これがもしもとのように100ドル/バーレルのままだったら貿易赤字はとんでもない数字になっていたはずである。
 円安はUSA経済の堅調の流れの上に、日本の政府日銀が意図的に通貨量の増大を図って円をだぶつかせる円安誘導・株価上昇を狙ったものと言われる。こんな政策がはたして日本経済を支える(国民生活を豊かにする)ことになるのであろうか。
 それにしてもこれだけの大きな率での円安が進行したのに、物価への影響があまり問題にならなかったのはどうしてなのだろうか。その輸入代金の増額分はどこに吸収されたのであろうか。日本の経済力はこれくらいではびくともしないほど懐が深いのだろうか。

人は宇宙で生活できるのか? (頭の体操)

 このところ怠け癖が顔を出し、何もしない日々を続けていた。そこで日頃疑問に思っている事柄を少しまとめて述べてみることにする。社会的に流布している考え方と、私のそれがかなり乖離しているものを取り上げる。

 アメリカの月面旅行以来、宇宙へ人間の活動範囲を広げようとする動きが強まっている。日本でも国際宇宙ステーションでの日本人の宇宙飛行士の活躍もあって、関心が高いようである。
 しかし地球を含めて宇宙の成り立ちを純粋に科学的に探求することの必要性は十分理解しているつもりだが、人が宇宙に出かけて行くことの意味については別に考えておかねばならないことがある。
 その一つは地球が宇宙の星のなかにあって、極めて特殊な存在で、多分同じような星は全宇宙を捜してもないであろうと思われることである。その有り様は、大気(組成・大気圧・引力などなど)一つとっても判るだろう。そこに極めて偶然の所産であろうが生命が誕生した。そして地球の環境条件のなかで進化をとげて今日の人間の姿がある。
 宇宙空間や他の星は地球環境と全く違い、生物・人間は生存できない。宇宙ステーションでも地球から全てのものを莫大な費用をかけて持っていってやっと人間は生きている。しかも無重力空間に生物が適用するためにはどれほどの時間が要するか考えもつかない。さらに地球の生物は相互依存によって成り立っている。それを人間のみひとり切り離して生物社会は存立するのであろうか。
 宇宙開発といったことに費やす莫大な費用があるのなら、地球の全ての生物の生存を保障するような施策に回す方が有用ではないだろうか。
 問題なのはこのようなことが判っているはずの理科系の専門家が何も発言しないことである。
 
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