日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2016年01月

会誌原稿を校了

 浪華さくらそう会誌の平成26年度の会誌をやっと書き上げることが出来た。一年おくれになってしまった。何とも筆が進まなかったのだ。
 桜草に関する情報も枯渇しているようだし、私の桜草に関するまとめもやっと区切りがついたので、誰か私のあとを継いで編集をしてくれなければ、発行を続ける事は難しくなるだろう。

 内容を紹介しておこう。
  表紙⑴写真…牡丹雪(加茂花菖蒲園一江氏作出八重種)

         DSCF3943

  表紙⑵中島満晴氏花壇
  表紙⑶桜草写生図
  表紙⑷浮世絵・桜草う里・坂東蓑助・五渡亭国貞画 
  桜草の栽培について(下)
  仕立てと観賞・訂補
  新刊紹介・竹岡泰通著『桜草栽培の歴史』
  資料訂正・44号の「桜草名寄控」

 さっそくいつもの印刷所にお願いしたのだが、残念ながら廃業されたとのことで、事務局に後事を託すことにする。

玄関先の鉢飾り

 冬は玄関先が殺風景になりがちなので、色のついた鉢で飾ることを思いついた。
 この三つの鉢は中国製で、九華でも植えようかと購入しておいたもの。今まで使わずに庭の肥やしになっていた。

DSCF5822

我が家の猿

 京博の「さるづくし」にちなんで、我が家にある猿を見ていただこう。

 藤井勘介・版画         ささきようこ・今年の干支人形
DSCF5814    DSCF2070

京都文化博物館ー小川千甕展

 京博から平安神宮前に向かう。お昼をオータンヴェルデュでと思ったのだが本日はお休み残念。つぎに京都文化博物館に行く予定なので、河原町三条までいって、アサヒビアレストランでランチ(カキフライ定食)をいただく。フライは衣が厚くイマイチ。でビールで口直し。
 三条通りを西に行って京都文化博物館へ。

   『 小 川 千 甕 』

           縦 横 無 尽 に 生 き る

DSCF5811DSCF5812

〈博物館の解説文〉
 小川千甕(1882〜1971)は、明治末期から昭和期までの長きにわたって、仏画師・洋画家・漫画家・日本画家として活躍しました。
 京都の書肆「柳枝軒」の家に生まれた千甕は、少年時代は仏画を描いていました。その後、浅井忠に洋画を学ぶ一方で、新感覚の日本画も発表し始めます。同じ頃、京都市立陶磁器試験場の絵付け技手となったことをきっかけに「千甕」(せんよう)の雅号を自ら名付けますが、俳画や挿絵の画家としては「ちかめ」の名でも親しまれていました。
 明治末、28歳で東京へ越し、『ホトトギス』などに挿絵、漫画を発表して人気を博します。さらに1913年(大正2)には渡欧し、印象派の巨匠ルノワールにも会っています。帰国後は日本美術院に出品し、本格的な日本画家として活躍しました。その後、少年時代に憧れた富岡鉄斎を思わせるダイナミックな筆遣いの南画(文人画)で愛されました。
 本展は、千甕の初期から晩年に至る仏画、洋画、漫画、日本画約140点とスケッチブック、工芸などの資料を一堂に展示し、その芸術を紹介する初めての回顧展です。


[第一章 京都での修業その壱—仏画と洋画]
 14歳での下絵「釈迦十六羅漢像」
 16歳での下絵「十六羅漢像」…仏画師としての職人仕事
 水彩画がある(浅井忠の指導であろう)

[第二章 京都での修業その弐—日本画とデザイン]
 浅井忠の大津絵の図案の写し

[第三章 東京、そしてヨーロッパへ]
 明るい日本画へ
 西洋風俗大津絵

[第四章 縦横無尽の時代へ—日本画家・洋画家・漫画家として]
[第五章 昭和の「南画家」として]
[第六章 晩年輝く—縦横無尽・放縦遊戯の世界]


 南画家としての彼はやはり富岡鉄斎、冨田渓仙、水越松南の系譜につながる。しかしこれらを越えるのは難しい。

京博のお正月

 ほぼ1ヶ月振りで京都に出る。真冬でも観光客は多く、外国人もよく目につく。バスで韓国の高校生らしき団体と出会う。これだけ反日が叫ばれているのに日本に来るとは、表現と思いは裏腹なのか。それにしても日本の生徒の韓国への修学旅行が減少しているというのに。
 それにしても「さるづくし」展へは最終日一日前になってしまった。

   新春特別陳列

     『 さ る づ く し 』  干 支 を 愛 で る

DSCF5802DSCF5803DSCF5808

DSCF5807DSCF5806DSCF5804DSCF5805

      *写真はクリックすると拡大します

[第1章 猿と神さま・仏さま]
 「十二支像護石拓本」…金庾信の墳墓の周囲に建てられた石像
            ただし朝鮮には猿はいず、中国の写しであろうと。
 「十六羅漢像」高台寺
 「日吉山王垂迹曼荼羅図」…階のところ猿が。

[第2章 舞おどる猿]
 重文「十二類絵巻」…見事な写生力。

[第3章 中世水墨画の「牧谿猿」]
 重文「雪裡三友図・玉畹梵芳賛」…松竹梅を描いた最古の例

  *残念ながら牧谿の国宝「観音猿鶴」は出ていない。
[第4章 個性の絵師たち、猿を描く]
 狩野山楽「太公望・李文長賛」…李文長は朝鮮の役で日本に連れてこられた学者。そんな人が高名
      な画家の賛を書くとは。自分の意志で日本に来たのではなかろうが、日本で学者として
      活動しており、そこそこの待遇を受けていたと思われる。
 曾我蕭白「猿猴図」…上を向いてあごを見せる奇抜な構図。没骨描法で。
 長沢蘆雪・猿二点 岩上の母猿
 
 〈猿描きの名手 森狙仙〉
 森狙仙「親子猿図屏風」…繊細な毛描。母猿は少し固めに、子猿の毛はフワフワ

[第5章 暮らしのなかの猿のかたち]
 斉白石「偸桃図」…可愛い白猿

〈特集陳列 刀剣を楽しむ 名物刀を中心に〉
 京都にある名物を一堂に集めた展示と言う。ただ刀剣は、ガラスを介して見ては、その微妙な表面
 の様子はうかがえないのが残念である。
 名刀というのは製作された段階ですでに名刀であって、実戦には使われることなく美術品となってしまった
 ものである。
DSCF5809DSCF5810

寒波到来

 やっと本格的な冬となった。
 〈昨日〉の初雪。すぐに溶けてなくなる。
DSCF2058

 〈今日〉の雪模様。           外の様子     →     降り続く 
DSCF2061DSCF2060DSCF2064

安土文芸セミナリオーチャリティコンサート

 今回で3回目となる

   『東北支援チャリティコンサート』
 
       〜届けセミナリヨの風・四季の色もよう〜

         DSCF2056


 菊香和千代さんを中心とする和の演奏集団が毎年のようにこの安土のセミナリヨで発表会をされていて、いつも鑑賞させてもらっていた。それが東北大震災をきっかけにチャリティコンサートに衣替えして行われるようになったのである。

[第一部]
 地歌舞「万歳」   立方・古澤侑毘 三絃・菊香和千代 箏・菊紫香千晴
 けしの花      三絃・西野友紀子 箏・山本悦子 尺八・渡辺菊山
 篝火        第一箏・菊紫香千晴 第二箏・藤川敦子 尺八・馬場憲山
 地歌舞「蘆刈」   立方・古澤侑毘 三絃・岡田京子 胡弓・菊香和千代
   *地歌舞の静かで神経の行き届いた所作をきちんと見させてもらった。
    ただしこれはお座敷藝なのだが。

[第二部]
  「福原佐和子」さんがゲストで登場

 平城山       ソプラノ・山本哲子 箏・福原佐和子
 風の花びら     ソプラノ・山本哲子 箏・福原佐和子
 朗読と箏のための
  野分のまたの日〜清少納言「枕草子」第186段〜
           朗読・山本哲子 箏・福原佐和子
  *野分の又の日こそ、いみじう哀におぼゆれ。立蔀、透垣などのふしなみたるに、前栽ども心ぐるしげなり。大なる木ども倒れ、枝など吹き折られたるだに惜しきに、萩女郎花などのうへに、よろぼひ這ひ伏せる、いとおもはずなり。格子のつぼなどに、颯と際を殊更にしたらんやうに、こまごまと吹き入りたるこそ、あらかりつる風のしわざともおぼえね。

 いと濃き衣のうはぐもりたるに、朽葉の織物、羅などの小袿著て、まことしく清げなる人の、夜は風のさわぎにねざめつれば、久しう寐おきたるままに、鏡うち見て、母屋よりすこしゐざり出でたる、髮は風に吹きまよはされて、少しうちふくだみたるが、肩にかかりたるほど、實にめでたし。

 物あはれなる氣色見るほどに、十七八ばかりにやあらん、ちひさくはあらねど、わざと大人などは見えぬが、生絹の單衣のいみじうほころびたる、花もかへり、濡れなどしたる、薄色の宿直物を著て、髮は尾花のやうなるそぎすゑも、長ばかりは衣の裾にはづれて、袴のみあざやかにて、そばより見ゆる。わらはべの、若き人の根籠に吹き折られたる前栽などを取り集め起し立てなどするを、羨しげに推し量りて、つき添ひたるうしろもをかし。



 オルガンと箏のための瞑想曲「里の空」
           箏・福原佐和子 パイプオルガン・城奈緒美
 主よ、人の望みの喜びよBWV147(バッハ) 箏・福原佐和子 パイプオルガン・城奈緒美

[第三部]
 きぬた       高音・山本悦子 低音・西野友紀子
 雪舞        箏・株本勝恵 十七絃・岡田京子 尺八・馬場憲山
 チャイナ・チャイナ・チャイナ
           箏・菊紫香千晴 十七絃・藤川敦子 胡弓・菊香和千代
 宙〜SORA〜    第一箏・岡田京子 第二箏・株本勝恵 尺八・馬場憲山

  *せっかくの演奏会なのに入りは半分ちょっとか。地方都市の音楽人口の少なさよ、
   もったいない。

八日市文化芸術会館ー北村富三展

 東近江市ゆかりの作家シリーズ Vol,7

       リアリズムの画家 『 北 村 富 三 展 』

DSCF5795DSCF2055DSCF2054

 北村富三は近江五個荘出身の洋画家である。明治36年(1903)〜昭和29年(1954)東京に出て画家修業。裸婦のデッサンや油絵が残されている。そのころ安井曾太郎に師事する。
 日本が戦争を拡大している時期と画業と重なり、しかも彼は大きな展覧会での入選経験はなかったようで、新天地を満州に求めた。そこでは知己を得て絵を買い上げてもらっていたが、それらは今どうなっているか知る由もない。
 戦いが苛烈になり故郷に疎開、なす術無く昆虫や草花の写生(見事な描写)で過ごす。
 戦後は地元での肖像画を描く傍ら、新しい表現に挑戦し、背景も一色で線描のない人物像をつくる。
 しかし不幸にして肺結核のため50過ぎでなくなる。
 今彼の画業の大半は近江商人博物館に収蔵されているが、常設展示されてはいないのでみることはかなわない。さて彼の絵は後世に残るか。
DSCF5797DSCF5798DSCF5799DSCF5800

   *写真はクリックすると拡大する

茅葺き屋根とヴォーリス建築

 近江五個荘の中山道沿いを自転車で走っていると、茅葺き屋根の民家が目に留まった。茅葺きは手入れも大変、葺き替えの費用も高価ということで、たいていのお家では茅葺きの上にトタンを被せているのが普通であるのだが……
DSCF2047DSCF2050

 とこの家の斜め前を見ると家が新築中である。これが何と屋根が葦で葺かれつつあるではないか。しかも家のなかでは木舞が掻かれてあり、土壁仕様になるようである。今どきこんな伝統的な建前をするとは、さすが豊かな五個荘である。完工したあかつきにはまた紹介しよう。
DSCF2045DSCF2046


 さてしばらく安土の方に走って行くと、鄙には稀な洋館が目につく。あとで調べると、ヴォーリス事務所が設計した元の五個荘郵便局(松井家住宅)であった。これは現在国の登録有形文化財になっている。
 それにしても、茅葺きの家並のなかによくもこんな洋館を建てたものである。しかしこれもいつまで持ちこたえられるか。
DSCF2053

 

安土城考古博物館ー大湖北展

 安土の「文芸セミナリヨ」で行われるチャリティコンサートの鑑賞券を買いにセミナリヨまで来たので、次いでといっては何だが、博物館に寄ることにする。これが大正解であった。

  第52回企画展  『大湖北展 湖北三郡の風土と遺宝』

DSCF5791DSCF5792


[第吃堯仝佶未凌澄后
 「男神立像」平安時代 山門鳥居堂…神にしては大きい像(4尺)目鼻立ちもくっきり。
 「女神坐像・男神立像 4駆」平安時代…

        DSCF5789

   *この顔立ちはどうも日本人のものではない。かつて中国の雑誌で見た中国宋代の土俑によく
    似たものがあることを思い出す。舶載品かそれともそれを日本で模刻したものではなかろう
    か。

 重文の「狛犬」が出ている。

[第局堯^某畛海斑歙古隋
 「焔魔天曼荼羅図」南北朝 観音寺…こんな図柄ははじめて。
 「不動明王立像」円空仏
 「聖観音立像」平安時代 宝厳寺…非常に優美はお姿。さすが宝厳寺。
 「弁財天坐像」室町時代 宝厳寺…いわゆる弁財天で、オドロシイ道具立ての女神。

[第敬堯ヾ儔餐と佛教文化の展開]
 「千手千足観音立像」江戸時代 正妙寺…千足の観音さんを初めて見た。

[第孤堯\鏐颪慮佶漫
 「浅井長政像」「織田信長像」など

近江の仏像文化は豊かである。比叡山や三井寺のある大津市は言うに及ばず、湖北でも千手観音以外にもこれほどのものがあるとは、たいした企画展である。後期にも期待したい。
Archives
TagCloud
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ