日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2016年06月

本葉の繰り出し

 双葉の展開からすぐに、本葉の繰り出しが始まった。双葉までは時間がかかったが、これからは割に早く成長するようである。今のところ順調。
DSCF6495DSCF6494DSCF6492

 〈実生2年目、昨年の小ささを取り戻すかのように旺盛な成長がなお続く〉
DSCF6502DSCF6503DSCF6505DSCF6507

 〈今ごろ芽生え始めたが? 葉が展開するかどうか〉
DSCF6500DSCF6501

〈仕立鉢 ほとんど葉はなし〉〈ポット植の状況 葉がよく残る〉
DSCF6510DSCF6509

 〈櫓芽のいま〉
DSCF6498

腐葉(土)を作る

 草花を栽培するときの培養土には土の中身としての有機素材が欠かせない。その代表的な物は腐葉(土)である。ただ土化した腐葉土は(水捌け第一の)培養土の目詰まりの原因となるので、鉢物には使わないほうがよい。
 市販の腐葉土は一般的に安かろう悪かろうの代表的な代物である。一方で菊用に売られているものは葉の組織が残っていて上物だが、値段が高い。
 我家には「ウバメガシ」が2本植わっている。五月の新緑の頃に落葉が大量に出る。それをいままではゴミとして処理していたのだが、何とか利用しようと集めておいた。それで「腐葉」作りを試みることにした。落葉そのままを赤玉と混ぜてもいいのだが、葉は大きすぎて使い勝手が悪い。
 *醗酵の進んでいない枯葉を使うと、土なかで醗酵して熱を持ち、根を傷めるという説を唱える向き
  があるようだが、そんなことは絶対にない。堆肥作りでの発酵熱と混同しているようである。
 まずは少し腐熟させた上で、手で揉んで10ミリ以下に砕く。面倒だが暇なおりに作業を少しづつ進める。かなりの量の落葉を集めておいても、出来る腐葉はごく僅かなものになる。
 このようにして手間のかかったごく上等の腐葉を作るのだが、素材がよくとも栽培管理が不十分だと、いい花は咲いてはくれない。
 〈少し腐熟した枯葉そのもの〉  〈10ミリ前後以下に砕いたもの〉
DSCF6481DSCF6482

双葉の展開

 双葉が展開し出した。播種から2週間、桜草の成長は遅い。ただ何の加減か、品種によって成長の遅速が見られる。うまくいけば8月に入ったら、植替えが出来るだろう。

DSCF6487DSCF6484DSCF6486

あじさいーもりやま芦刈園

 この時期になると、毎年この「もりやま芦刈園」の紫陽花を見に出かける。少しづつ整備が進んで見応えのあるあじさい園となっている。喬木が所々に植えられ、その日陰のもとで紫陽花が生育している。

DSCF6477

 〈園内風景〉
DSCF6462DSCF6458

 〈品種ものの数々〉
DSCF6463DSCF6460DSCF6461DSCF6454

DSCF6450DSCF6452DSCF6453DSCF6456

DSCF6466DSCF6469DSCF6467DSCF6470

DSCF6471DSCF6472DSCF6473DSCF6474

 

芽切れ始まる

 桜草の種子の芽切れが始まった。
DSCF6446DSCF6449

打出のコヅチ⑵

 家を早めに出て、大津で食事。せっかく見つけた洋食の「仲よし」が閉店してしまったのだが、先日かっての店の前を通ると、そこに新規の店が出来ていた。そこで今日は新しい店屋に。海老フライのワンプレートを頼むが、まあ味はそこそこ、ただフライは前の方がよかった。ついでにコーヒーもたのんで、ゆっくりする。

 平成28年度 滋賀の文化財講座 打出のコヅチ

      『 第2回 信長文書の世界 』

            滋賀県教育委員会事務局文化財保護課 松下浩さん

DSCF6444

 信長というよく知られた人物に関する講演なので、いつもより出席者が多い、百数十名という。普段は私のような年寄りばかりなのだが、今回は中年のおばさんがチラホラ。
 松下さんの話は、かって安土城考古博物館であった同種の講演をもとに、その後の展開を加味した内容と言う。

 ◯信長文書の紙 使い分け
   戦国大名や公家宛の外交文書………斐紙風料紙(雁皮紙あるいは表面を滑らかにした楮紙)
   家臣などへ……………………………楮紙
   制札……………………………………木札

 ◯手羽の書き方のルール……書札礼
   年月、差出人や宛先の書く位置など

 ◯花押と印章
   花押から印章へ 日本のハンコ社会は中世後半から始まる。
   信長が使い出した「麟」の花押や「天下布武」の印は天下を望む信長の気持ちを表した物と
   考えられてきた。しかし当時一介の戦国大名でしかなかった信長がこんな花押や印章を用いれ
   ば相手から尊大と思われかねない。彼は自身の立場や状況を理性的に判断できる人であって見
   れば、「麟」は足利義昭による将軍家の再興を、「天下」は京都を意図して用いられたのでは
   ないか……と。
    *彼は桶狭間での無謀な戦を除いて、勝てると計算できなければ軍を動かさなかったとい
     う。それでも負ければ、大将こそ生き残らねばと自分だけ逃げ帰った人なのである。

種蒔き

 昨日午后に種蒔きをする予定であったが、用意はしたものの、例によっての怠け心で一日延ばしになってしまった。
 種蒔き容器は蓋の出来るフードパックで、種蒔き用土はサカタの「スーパーミックスA」の3ミリの篩を通したもの単用。
 パックに用土を詰めて十分水を含ませておく。
 種は濡れていると取り扱いにくいので、トイレットペーパーで水気を吸い取る。それを滑りの良い葉書に移し、指で紙を弾きながら散らし落とす。

 〈葉書は二つ折りに〉
DSCF6434

 〈うまく種が散らばった〉
DSCF6440

 〈バットに入れて取り扱う〉
DSCF6441

 〈蓋をして出来上がり〉 直射日光を避けて涼しい場所に置く。
DSCF6443

 蒔いた品種は以下の通り。
  雪野山 白鈴 菅丞相 豊旗雲 標野行 未央宮 新秀美 雲海 公達
  紫雲竜88 紫雲竜99 流れ星09α 標野行12・1 金鵄12α 花飴細工14α 花飴細工14β
   このように古花よりも実生新花のさらなる次世代狙いである。

 昨年は6月29日に作業をしていて、今年は2週間も早い。これが吉と出るや否や。

品名異聞 続々

 紫系の銘花に「紫鑼」がある。すでに幕末の『桜草名寄控』(1860年)に著録されている古花である。150年以上前に世に現れた花ながら、今なお秀花の地位を占めている。

DSCF6169

 この「紫鑼」という名前は普通には「ムラサキカガリ」とは読めない。銅鑼の「鑼」を「カガリ」と読ませているのだが、誰がどんなつもりでこんな文字を使ったのか不明である。
 物の名前というのはその物に関係ある事柄から採る場合がおおいが、全く関係なく記号として役割しかないものもある。
 はたして「紫鑼」はなぜ「紫鑼ムラサキカガリ」なのであろうか。
 日本が中世に入ったころ、大陸から縦挽鋸の「大鋸オオガガリ→オガ」が伝わる。これは現代でも大陸で使われている「框鋸・枠鋸」の形式の鋸である。それまで板は木目の真直ぐな杉や桧を割って製材していたものだが、この鋸の伝来によって木目の変化した松や欅でも板に挽き出すことができるようになったのである。
 この「大鋸」は「オオガガリ」と読まれるのだが、これは製材するときの「ガリガリ」という擬音を用いたものと考えられる。
 この「框鋸」の「大鋸オオガガリ」は中世末には廃れ、代わって日本で生まれた「前挽鋸」が主流となる。そしてこれも「オガ」といった。
 これらの「オオガガリ・オガ」は製材用の道具であるが、木材を加工する場合の縦挽鋸も出現した。日本では一般的に縦挽鋸を「ガガリ」と呼びならわされていたので、これも「ガガリ」と言い、これ専用の漢字として「鑼」の字が当てられた。
 *竹中大工道具館のHPの「鋸」の項を参照。
 なぜ「銅鑼」が鋸の名前に用いられたのかわからないが、これが「紫鑼」の名前の源流のようである。
 「紫鑼」の各列片の周囲には切込みが入っており、それを前挽鋸の「鑼ガガリ」の鋸歯に見立てて、この文字が花の品種名に採用されたと考えられる。
 鋸には横挽鋸も古くからあったが、これは目が細かかったため、「鑼ガガリ」の鋸歯のほうが目立ったのであろう。
 一方で我々は「紫鑼」を「ムラサキカガリ」と読んでいる。「ガガリ」がどうして「カガリ」になったのか。
 「縢る・カガル」という言葉がある。布地の端がほつれないように縫い付ける、その姿ー線の繰り返しが鋸歯を連想させたのだろう。「ガガリ」と「カガリ」が結びついて、優しい物言いである「カガリ」に収束したと考えられる。
 縦挽鋸である「鑼ガガリ」の存在が忘れ去られようとしているいま、それが唯一桜草の「紫鑼ムラサキカガリ」に残されているのである。
 

2016年の実生

 実生は面倒な作業である。だが、世の中にない新しい花を生み出すのは何物にも代え難い楽しみである。もう30数年も続けているが、めぼしい新花は数えるほどしか世に送り出していない。毎年今年こそと意気込むが、たいてい途中で挫折してしまう。生死や生活に直接係わりがないので、つい取り組みが甘くなってしまう。さて今年はうまくいくか。

 〈成熟して種がこぼれ始めている〉 8日に採取(20数品種)
DSCF6421

 〈汽潺蠅砲睨たない種子…直方体〉
DSCF6431

 〈ジベレリン液に浸漬〉 アルミカップを利用
DSCF6426

 〈この状態で一昼夜置く〉 これから蒔床の準備
DSCF6423

 〈我家で一番新しい選抜種〉
DSCF6242

宮川香山展

 きょうは浪華さくらそう会の役員会があるので、せっかく大阪に出るのでどこか美術館に寄ろうと考えた。そこで選んだのが中之島の東洋陶磁美術館である。

  特別展 没後100年  『 宮 川 香 山 』  (世界に“魔術師”と呼ばれた!)

DSCF6412DSCF6411

 宮川香山の名はよく聞くところである。ただその作品をまとまって見る機会はなかった。それが今回の没後100年の全国巡回展でかなえられたのは幸運である。
 「高浮彫」の花瓶が並ぶ。圧倒される細密細工である。豪快さと繊細さが同居している。花瓶の表面に立体的に花や鳥が貼付けられている。焼物は焼くと収縮する、それを考慮してどう貼付けてあるのか、よほど手間がかかっているようである。
 ただ、ゴテゴテと瓶の表面に張り付いているので少し煩わしくはある。美しさを追及するというよりもこんなことも出来るという技術の高さを誇っているようにも見える。こういうのは一度に何十作品とと見るものではない気がする。特に異様だったのは「高浮彫桜盆栽二花鳥花瓶」で、台・鉢・土・幹・花との無茶振りである。
 しかしワタリガニを貼付けた重文の「褐釉高浮彫蟹花瓶」は絶品というべきか。
 この高浮彫の花瓶はすごいものだが、輸出用としては飽きられて10年ほどしか作られなかったという。このあと釉薬やデザインの研究を経て、絵画的表現の花瓶に回帰する。
 様々な釉を用い、清朝陶磁やアールヌーヴォー風の意匠も取り入れた現代風の作品が生みだされていった。作品のなかには板谷波山を思わせるもの、また並河靖之の晩年の七宝作品とも通ずるものがある。
 宮川香山は現代の陶芸家と違って、大勢の職人を抱えた工房での作品作りをおこなっている。

 *この美術館でまことに麗しい女性に出くわした。人間というのはなかなか美しく年寄るのは難しい動物なのだが、フロアーでの案内をされているこの方は多分私と同じくらいの年令だと思われるのだが、立ち居振る舞いは颯爽とされていた。
 

 
Archives
TagCloud
livedoor × FLO:Q
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ