日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2017年07月

近江に孫飯桶があった

 孫を連れてサイクリングがてら博物館へ走る。

 滋賀県立安土城考古博物館 25周年記念 第56回企画展

      『 近 江 の 城 を 掘 る 』

 城跡には人々の生きた証しとしての物が埋まっている。その掘り出された遺物の展示である。その中に、私にとって見過ごせない焼物があった。それを紹介する。

 ◯史跡観音寺城跡出土(近江八幡市安土)…この「寸胴甕」は室町時代後半に使われていたもの。
  内部まで釉がかかっている。鍔が付いていて、一部欠けている。高台はない。

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 ◯大津城遺跡…徳川初期に解体移転された城跡からの出土。この「寸胴甕」には、口辺の下左右
  に、俵状の突起がつく。自然釉が少し乗っているが、Т錣里茲Δ任△襦これも高台なし。

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 ◯特別史跡彦根城跡…武家屋敷跡での発掘調査で出土か。これはもう完全な「孫飯桶」である。内
  部にも釉がかかっており、鍔があり、高台も付いている。ただ底には穴は開けられていない。だ
  からこの「孫飯桶」は文字通り台所の什器として使われていたようである。願わくば幕末のもの
  であってほしいが、明治中期にまで時代は下るかもしれない。彦根から出土したということは、
  瀬戸・美濃・常滑の焼物が広く全国に流通していた証しか。
                      〈事務局廣田氏所蔵の孫飯桶〉
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また花蓮ー早崎内湖

 今年は蓮に縁がある。烏丸半島の蓮が消滅して残念に思っていたら、新たな蓮の自生地のニュースが飛び込んで来た。
 家人が新聞の切り抜きを見せて「ここに行こか」と私を誘う。美しい花を見れるならと二つ返事で、犬に留守を任せて遠出となる。
 行く先は近江長浜である。湖岸道路を長浜を北上、奥びわスポーツの森を少し過ぎたところに「早崎内湖ビオトープ」がある。そこに蓮の花が満開となっている。
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 この地はかつて干拓が行われたところなのだが、その一部の20ヘクタールが内湖に戻される整備実験がなされている。もともと蓮など無かったところなのだが、水が入れられたところに蓮が生えはじめ今では群生地となっている。「ビオトープ」としての実験場なので、観光のための整備は全くなされてはいない。狭い農道が通っているだけで、湖岸道路にも車は止められない。ただ少し下ったところにスポーツの森の駐車場はある。
〈占有面積を広げつつある様子〉
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 それにしても約10年ほどで、群生地に成長したらしい。18世紀の中頃、関東の荒川流域に桜草が群生したのも、こんな風だったのかと想像させられる

近江妙蓮

 近江では今年激変が起こった。烏丸半島の蓮の自生地が忽然と姿を消してしまったのだ。生死は自然の摂理とはいえ、なぜかその理由がわからないまま、拱手傍観せざる得ないのは哀しい。
 一方近江には「近江妙蓮」という特別な蓮がある。ここは安泰だというので拝見しに出かける。「近江妙蓮」は花蓮が突然変異を起した結果、子孫を残すための胚ができず、したがってこの蓮には「果托」もできない。種ができないので蓮根でしか増やせない。
 蕾は通常の蓮の如くして、外皮が数枚はずれると中から数個の花が分化して出てくる。そして無数の花弁が繰り出す。ただその花弁は通常のように散らず、そのまま枯れていく。
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 この「近江妙蓮」は古くから著名であったらしく、先年六百年祭がおこなわれたという。といってもこの地でのこの蓮は一度絶えたものを、例の大賀博士の協力を得て復活させたものという。
 今年の生育の状況は大変良いようにみえる。葉も大きく、茎も高く、花もよく咲いている。
 見に来てよかった。

近江商人博物館ー北村富三展

 東近江市近江商人博物館

       生涯一画家  北村富三展

 北村富三については、昨年の一月に八日市文化芸術会舘で回顧展ともいうべき「北村富三展」があった所である。この展覧会がきっかけであったろうか、遺族から三十数点の作品が寄贈されたこともあって、今回また商人博物館での展覧に結びついたようである。
 北村富三は近江の五箇荘の出身で、生来の病弱から画家として身を立てることにし、京都に出て寺門国太郎の門下生となり、さらに東京に出て安井曾太郎に師事したという。
 戦前は満州に赴いて彼の地の風景をものしたが、それらはその地に残されたままどうなっているかわからない。
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 戦時中は東京から滋賀に疎開する。しばらくして肺結核が進行して昭和31年53歳で亡くなる。
 戦前の堅実な写生から、後半には自己のスタイルを確立した人物像がユニークである。もう少し長生きすればどう展開したかと思われるのだが。
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中路融人記念館

 東近江市近江商人博物館に附設された「中路融人記念館」が開館1周年を迎えた。

      開館1周年記念ー所蔵作品展ー

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 ところがこの最中の18日に亡くなられたという。
 夏休み中の孫と一緒に拝見しに出かける。
 画家にとって自身の画業を公開展示できる場を持つのは夢であろう。それを実現できる人は限られている。中路融人は第2のふるさとの東近江の博物館と手を結んで何とかそれを具現した。場所を提供してもらう代わりに、所蔵自作品を寄贈する形であったろう。日展などに出展した巨大な作品など買手などなく保管も困っていたのが、その行き場ができたのであり、窮屈そうではあるがガラスの向こうに納まっていた。
 高名な画家といえど、全ての作品が秀作というわけではない。駄作をも含めて個人の美術館が百年二百年と経営存続していけるものだろうか。先行き不透明な気がするが。

本の紹介『日本園芸界のパイオニアたち』

 横浜の著名な園芸家である椎野昌宏さんが本を出された。私もほんの少し関わったので紹介したい。ただし書評ではない。

     椎野昌宏楮『日本園芸界のパイオニアたち』   淡交社  1800+税

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 明治以降今日まで、日本の園芸界で活躍された20人の方の評伝である。
  1、鈴木卯兵衛(園芸綜合商社を創業)
  2、辻村常助・伊助(「園芸=芸術」を主張)
  3、井下清(都市型公園を導入、植樹を振興)
  4、石井勇義(園芸雑誌で斯界をリード)
  5、松崎直枝(国際派の園芸家・研究者)
  6、尾崎哲之助(朝顔園芸の極致に到達)
  7、宮澤文吾(先見の明をもつ実践的学者)
  8、伊藤東一(進取の精神、明治人の真骨頂)
  9、吉村幸三郎(「常に夢あれ」と後進を教導)
  10、清水基夫(ユリに捧げた生涯)
  11、龍胆寺雄(サボテンに魅せられた作家)
  12、池田成功(次代へ託す蘭への思い)
  13、中村是好(小品盆栽に投影される俳優の人生)
  14、水野豊造(魂でつくるチューリップ)
  15、小玉三代司(菊作りに一生を捧げる)
  16、平尾秀一(「とびきり良い花を」追い求めて)       
  17、中村長次郎(朝顔とさくらそう園芸の功労者)
  18、御園勇(観葉ベゴニアを日本にひろめる)
  19、桐野秋豊(日本のツバキを世界にアピール)
  20、山本武臣(あじさいになった男)
 これだけで近代日本の園芸界の動きが見てとれる便利な内容となっている。
 私と関わりのある人は二人いる。一人は中村長次郎さんで浪華さくらそう会の先輩である。お逢いしたことはあるのだが、挨拶をしたぐらいで桜草に関して話したことはない。もう一人は平尾秀一さんである。30年以上前、ガーデンライフ誌で、平尾さんがネリネの子球(受粉すると種子ができるのではなく子球ができる)を分けてくれるとの記事が出て、早速送って頂いたものがいまだに我家で毎年咲いている。

佐川美術館ーミュシャ展

 家人を誘って湖岸の佐川美術館へ。
 私は浪華さくらそう会の会合で堺東に行くことがあり、そこにある「堺市立文化館 堺 アルフォンス・ミュシャ館」にも何度か訪問している。

     『 ア ル フ ォ ン ス ・ ミ ュ シ ャ 展 』

           ー麗しきアール・ヌーヴォーー

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 今回の佐川美術館の展示品は堺から来たものではなく「OZAWAコレクション」 「AGATAコレクション」からの出展だという。
 丁度入館して展示会場につくと、OZAWAコレクションの所蔵者である尾形寿行氏によるギャラリートークが始まったばかりで、しばらく同道して話を聞かせてもらう。ポスターは一度に3000枚ほど摺られるのだという。「ジスモンド」のような大きなものは真中で継いであると。その他購入金額なども言われていた。
 当時の印刷の主要なものは石版印刷である。これはやり方は違うとはいえ、日本の浮世絵の影響を受けていると見るべきであろう。輪郭の線描、そして面での色表現。歌麿を横目で見たに違いない。

[第1章 パリ時代の魅力的なポスター]
[第2章 暮しを彩る装飾パネル]
[第3章 装飾資料集・装飾人物集]
[第4章 挿絵の魅力]
[第5章 くらしの中で愛されるミュシャ]
[第6章 ミュシャとアメリカ]
[第7章 我が祖国チェコ]

 「装飾パネル」に「桜草」があった。洋種のポリアンタ系のもののようである。
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あべのハルカス美術館ー北野恒富展

 京都から大阪阿倍野に回る。ハルカス美術館は混んでいると思っていたが割にすいていた。開場してから一ヶ月も経ち、来るべき人は来たからなのか。

      『 北 野 恒 富 展 』  *「ARTことはじめ」のブログへ

             浪花の美人図鑑
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 北野恒富は金沢出身だが、早くに大阪に出て画家として大成した。これは菅楯彦も同様である。
 いかにも大阪的な華やかな画家なのだが、取り上げられることは少ないのは残念である。
 この北野恒富が本格的に取り上げられたのは没後50年を過ぎてからで、平成15年(2003)にやっと大きな展覧会が持たれた。東京、金沢、滋賀と巡回し、私は滋賀近代美術館で拝見したことであった。それから14年して今度は本拠であった大阪での展覧会である。
 北野恒富は美人画家と言われる。残された画業のほとんどは美人像である。しかし明治・大正期のいわゆる美人画は個性の無い類型的な顔立ちで、そうでなければ絵を買う人が承知しなかったのだが、彼の描く娘は個性的な顔立ちが目立つ。彼の力量のなせる技か。

[第一章 「画壇の悪魔派」と呼ばれてー明治末から大正 写実と妖艶さと]
 「道行」…退廃的とも言える男女の姿、そこの写実的な二羽の鴉
 「鏡の前」「暖か」…黒を基調にした生々しい表現が斬新

[第二章 深化する内面表現ー大正期の実験と心の模索]
 「淀君」…恒富の代表作という。
 「仙人」…魯山人の木印「徒祢等微」が捺されている。繊細と大胆の織りなす世界
 「道頓堀」…珍しい風景画。緑の柳が新鮮。

[第三章 大阪モダニズム「はんなり」への到達 昭和の画壇ー清澄にして艶やか]
 「涼み」…13回再興院展出品。まことに丁寧な筆致。ところが全く同じ構図の小品ではざっくりと
      した筆致になっている。これは展覧会へは全精力を傾け、そこでの評判で絵の注文を受
      ける。数をこなすための仕儀であろうか。
 「舞妓」…これも展覧会出品作品と小画面のものとは明らかに手数が違う。
 「いとさんこいさん」…これも彼の代表作か

[第四章 グラフィックデザイナーとして 一世を風靡した小説挿絵とポスターの世界]
 「高島屋キモノの大阪」…今でもその複製が見られる片肌脱ぎの娘の姿
 谷崎潤一郎の「乱菊物語」「盲目物語」など
    彼のデッサン力は卓越している。

[第五章 素描]

[第六章 画塾「白耀社」の画家たちー大阪らしさ、恒富の継承者たち]
  島成園「伽羅の薫」「鉄漿」…成園の代表作
  木谷千草、中村貞以、生田花朝など

[北野恒富関連資料]
  手紙類…谷崎潤一郎、横山大観、安田靫彦、川端龍子、鏑木清方、冨田渓仙
  印章類
  
   島成園

京都国立博物館ー名品ギャラリー

 今日は阿倍野の「北野恒富展」に行く予定なのだが、それだけではもったいないので途中下車して京博を覗く。

 《名品ギャラリー》

[陶磁ー染付の美/日本と東洋のやきもの]
  伝仁清「色絵蓮華香炉」…まことに華やかな色合い
  数々の中国磁器…江戸時代に日本からの注文でつくられたもの。
   「琵琶湖八景図磁板」…15枚作られたものの一枚
  重文「信楽檜垣文壷」
  鍋島窯「染付菊唐草文皿」…墨引き、白抜線文、グラデーションの技がひかる

[絵巻ー兵ー軍記物語と武勇譚]
  重文「騎馬武者像」…かつて尊氏像とされていたもの
  「俵籐太絵巻」

[中世絵画ー霊雲院の障壁画 狩野元信晩年期の名作]
  重文「四季花鳥図(1543)」…この一面に「鶴鳴図」がある。

[近世絵画ー祝いの調度ー祭礼図屏風]
  重文「日吉山王祭礼図屏風」檀王法林寺
      光信周辺の絵師がかかわるかと、明確な人物表現
  重美「加茂競馬図屏風」

[中国絵画ー伝説の画家たちが描いた仏画]
  寧波附近の工房で大量製作されたものが日本にもたらされたという。
  日本の絵師のものとは味わいが違う。

[彫刻ー閻魔と地獄/日本の彫刻]
  国宝「大日如来坐像」「不動明王坐像」金剛寺…巨大な像

特集展示

[書跡 古書画へのまなざし 伴實コレクション]
  光格天皇の宸翰消息があるが、全く分らず。 

[名刀聚英ー永藤一の愛刀]
  日本刀は武器であるのだが、早くから鑑賞の対象となっていて、名刀の数々は使われることなく
  大事に受け継がれてきている。ただ刀の展示ではガラス越しで見るので、刀の表面の細かい変化
  を味わうことができない。もっと展示の工夫ができないものか。刀表面の拡大写真をいっしょに
  見せてもらいたいものである。

山百合

 私は山百合の華やかな花容が好きだ。球根を買っては花を咲かせるのだが、次の年には作落ちして萎縮してしまうのがオチであった。
 昨秋、園芸店で山百合の球根が売られていたので、また挑戦することにした。それが今咲いている。やはり美しい。
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 ところが、ところがである。匂いがほとんどしない。匂いの無い山百合なんて山百合なのであろうか。せっかく咲いてくれたのに楽しくない。
 と山百合に関する記事が眼に入った。今の山百合は、オランダに行って作り易く改良されたものであるという。この間に匂いをどこかに置き忘れたものらしい。西洋人は匂いに敏感だと思っていたのだが、意図的に育て易さだけを求めたようだ。
 これから出回るであろう山百合の球根はこのオランダ種であろうから、百合の匂いは期待できないことを踏まえてこの百合を作らねばならないだろう。
 オランダでさらに匂いの復活した山百合を育種してもらいたいものである。

 [アガパンサス]
 アガパンサスも今ちょうど咲いている。アガパンサスは旺盛な成長力でよく増えるので、地植にすると株が大きくなって始末に困る。そのため我家では鉢植で育てている。小さめの鉢で一本植にしている。そうすると肥料を十分集中できるのか、花数が多くなり花期も随分と長くなる。
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