日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2017年09月

観峯館土曜講座⑶ 十一屋コレクション1

 観峯館での秋期特別展「近江商人・野口家十一屋コレクション展」に合わせての土曜講座である。
 以下講義内容の概略を紹介する。

 展示内要については別項で紹介する予定。

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[十一屋]
 野口家は近江蒲生郡桜川村を本地とする近江商人の家柄である。当主は代々忠蔵を名乗り、現在は七代目である。十一屋は、近江商人の例に漏れず、関東で商機をつかみ成功した商家である。甲斐の甲府で店を張り、米商、質商を営み、後醸造業に転じて事業を拡大したという。
[四代目野口正忠]
 最も盛んであったのは四代目忠蔵である野口正忠の頃である。彼は豪商として名を馳せるととも 
 に、文化人・政治家としても成功し、多くの著名人と交流した。それを縁として彼のもとに多くの
 書画が集まったのである。彼の古稀の祝いの席には多くの名士が参加し、祝いの書画が贈られた。
 富岡鐵齋も馳せ参じているのには驚いた。
[正忠の長男・正章]
 彼も文化人で、関西南画の日根対山に師事。その縁で同門の松村親(野口小蘋)と結婚する。
 最初期のビール製造に挑戦するも、事業としては失敗、家督は弟の正寛に譲る。
 以後は東京に出て野口小蘋を支える。
[野口小蘋]
 日根対山に師事して絵画を学ぶ。野口家に嫁ぐ。夫の廃嫡により東京に暮らす。
 明治37年女性初の帝室技芸員を拝命する。
[野口謙蔵]
 五代目忠蔵の息。東京美術学校で西洋画を学ぶ。洋行せず故郷の蒲生の風景を好んで描く。小澆
 水墨等を学ぶ。
[小蘋の娘・小漾浪莢箸箸覆

 *近江商人は財はなしても、文化に深入りする事は無かったように思うのだが、野口家は別格だったのだろうか。といって住友財閥も泉屋博古館を形成したのだが。

るーぶる愛知川駅ギャラリー 綾井喜一郎展

 長駆、豊郷町まで自転車で走る。しかし「カボチャプリン」は売り切れ。帰りに愛知川に寄る。

     愛知川駅ギャラリー るーぶる愛知川

         『 綾 井 喜 一 郎 展 』

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 小さなギャラリーなので出展数は多くない、13点。それに大きな展覧会の出展作のような巨大な作品も無い。それでも家庭で飾るには大きい作品が並ぶ。

〈深閑〉    〈参道〉        〈和〉         〈水辺〉
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 〈春のときめき〉景観を描くあいしょう絵画展 グランプリ受賞作
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〈伊吹〉    〈浜辺〉    〈夜桜〉     〈雨上がりの散歩〉
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〈家路〉       〈塔〉     〈父母・誕生〉
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 画家にはプロ・アマの違いがあるが、その作品の善し悪しとは別である。
 今回の展覧会では良い作品が並んでいるように私には見受けられる。画面を4倍ほどにして、大きな公募展にでも出せば、(具象の部で)入賞するのではないだろうか。大家といわれる人のマンネリ作より上等かもしれない。

ツバキ(椿)咲く

 椿の花期は非常に長い。やっと秋が本格化したと思ったら、ご近所の垣根の椿が咲きだした。
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 とその横ではなおムクゲが花を付けている。
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 さらに地面を見ると、側溝とアスファルトの隙間にニチニチソウが。
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彼岸花

 他のところでは彼岸花の花の便りが届いているのに、近江では遅れてやっと花が見られた。
 農業用水の土手、田んぼの畦に群がり咲く。ただ今年は花の咲いている場所がどうしてか少ない。
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打出のコヅチ⑸ 朝鮮通信使

 平成29年度滋賀の文化財講座 打出のコヅチ

     『第5回 朝鮮通信使と近江』

             滋賀県教育委員会文化財保護課  井上優氏

 井上さんの熱弁で、講演はまたたくうちに終わってしまった。時に眠りに誘われる昼下がりだが、そんな暇もなし。それにしても大きな大会議場がいっぱいになった。今までの「打出のコッヅチ」で最高の出席者数だという。最初、文化館の一室での講義では20〜30人ほどであったものが、隔世の感がある。老人が増えたのか、いな団塊の世代の隠退でこんな所にも人が流れてきているのだろう。

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 ⑴近江を通った朝鮮通信使 江戸期朝鮮からの外交使節団の来日
    1回〜3回…回答兼刷還使…家康への回答と日本に拉致された人の帰国推進
                大半は職人だが、優遇されて定着した人も多かった。 
    4回〜12回…通信使…「通信」とは文字通り「よしみを通わす」ということ。

    編成…三使、上官、次官、中官、下官(両班から賤民まで大所帯)
   朝鮮人街道 (正式の名称)
    ー小篠原ー八幡ー安土ー能登川ー彦根ー鳥居本ー(中山道へ)
       家康が関ヶ原の後に通った吉例の道
       大規模だったので都市を通る道を
 ⑵雨森芳洲の生涯と外交思想
   雨森芳洲 1668〜1755
     近江伊香郡雨森の人
   修学 木下順庵門下に
       木内五先生…雨森芳洲、新井白石、室鳩巣、祇園南海、榊原篁洲

   対馬藩仕官  唐音稽古
   朝鮮語学習
   通信使正徳度・享保度同行
     通信使との難しい交渉 …正式には漢文文書で応答
     新井白石とも論争
     玄徳潤との友情
      *交渉が難航し長引くと、朝鮮では役人が罪に問われ、杖刑(肉体刑)を受けた人も。
       日本(閉門、蟄居、お役御免)とはまるで違う刑罰体系
   家督を長男に譲り隠居
   藩主の側用人に
   対馬で死去(88歳)
    *誠信と申し候ハ、実意と申す事ニて、互いに欺かず争わず、真実を以て交り候を、誠信
     とは申し候 

 ⑶朝鮮通信使資料
   調査・報告書→重文指定
   朝鮮通信使縁地連絡協議会発足
   ユネスコ記憶遺産登録推進へ
     日本の縁地連絡協議会と釜山文化財団が共同申請中

   

美術館「えき」KYOTOー黒田辰秋展

 久し振りに京都に出る。今日は大津で講演があるので外出。せっかくなので少し足を伸ばした。

 美術館「えき」KYOTO 開館20周年記念

   『 京 の 至 宝    黒 田 辰 秋 展 』

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 黒田辰秋の作品は幾度となく拝見しているが、今回の催しは一応生涯にわたる回顧展ということで、小品から大作まで揃えられている。
 入館するとすぐに彼の代表作が置かれている。
 「金鎌倉四稜捻茶器」は小さいながら、全体の調和がよくとれていて、その存在感はまことに大きい。

 [第一章 河井寛次郎との出会い]
   彼は塗師の家に生まれるが、漆器等の器物は分業によって製造されていて、器胎作り・塗・
   加飾等に分れている。そして加飾師の名で世に出る。これを嫌った彼は器作りからの一貫製作
   にこだわる事に。そして同じ思いの若者と「上加茂民藝協團」を結んで製作発表する。
   このとき出会って大きな影響を受けたのが河井寛次郎であった。
 「卍文状差し」…河井寛次郎記念館
 「拭漆欅真鍮金具三段棚」…朝鮮の棚家具の影響を少し受けているか。
 「朱漆三面鏡」…日本民芸館。まことに堂々とした派手やかな朱の三面鏡で、女性を最も際立たせ
         る紅の着物と対をなすものではなかろうか。

 [第二章 黒田辰秋と京都の注文主]
   祇園の菓匠「鍵善良房」からの注文作品がたくさん並ぶ。
 「螺鈿葛切り用器」「螺鈿八角菓子重箱」…中身がかすんでしまうほどの華やかな器。しかし実際
       につかわれたようで、まことに贅沢の極みであったろう。

 [第三章 人間国宝への歩み]

   *芸術家は氷山のようでなくっちゃいけない。
        百分の一ぐらいをちょっと見せるのだ。
            みんな見せていてはすぐ疲れてしまう。

 「拭漆松衝立」…大きな松材が使われているが、脂がでていない。
 「拭漆文欟木飾棚」…一筋縄ではいかないひねくれた木目の材を何とか押さえ込んで作り上げたよ
       うな作。ひびもそのままに使われている。
    *飾り棚などが美術館に入ってしまうと使われる事はなくもったいない。
 「拭漆楢彫花文椅子」…黒澤明のための「王様の椅子」。まことに堂々として日本らしからぬ
       風采。木の隙間もコクソで埋めてある。
 「乾漆耀貝螺鈿飾筐」…青く複雑に輝く「メキシコアワビ」の貝殻で覆ってある。

  *私が10年ほど前に作ってもらった花梨の葡萄杢の文机がある。近江日野の北川木工さんの作。
   北川さんはこの黒田辰秋の孫弟子にあたる。
    このブログ2014、1、4の「文机を楽しむ」に写真あり。

実生苗の今

 実生え苗の成長がゆっくりだったので、植替えも遅れ、ポットでの苗も大きくならない。
 現在の苗の様子。
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「イラガ」にやられる

 裏庭に大きく育ったウバメガシ(姥目樫)がある。日除け樹にしている。昨年刈り込んだのだが、枝が伸び放題になっているので、軽く整理する。
 不用意に枝葉を切っていたので、イラガ(刺蛾)の幼虫に触れてしまった。痛みが走り、手の甲、そして唇が腫れ上がる。
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 その幼虫を食べるカマキリムシ(蟷螂)*ちょっとピンぼけ
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 ピンク色のイモムシもいた
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「動植綵絵」が八幡に?

 近年とみに評価の高い伊藤若冲である。生誕三百年という事で、生誕の地の京の錦市場で催しがあったところ。

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 また十年ほど前には相国寺の承天閣で、開基である足利義満の六百年遠忌を記念して「動植綵絵」の里帰りが実現し、拝見しに出かけていった事を思い出す。
 その「動植綵絵」が八幡に来るというチラシが入っていた。「ほんまかいな?」とよく見ると、西陣織による複製画という。それでも若冲の代表作の匂いでも嗅げると良いかと、会場に出かける。
 作品は西陣織によるまことに精巧な複製であった。機屋さんが作った売り物である。あまり大きいと値が張るので、大きさは4分1ほどで、39万円という。
 西陣織による絵画作品としては、山口伊太郎による「源氏物語絵巻」があり、これも承天閣での展示を拝見した(2008年春)。

水彩画の発表会

 地元で水彩画を学んでいる人達の作品発表会が、滋賀県立男女共同参画センターで開かれていた。町内の顔見知りの人も出しているという事で、覗きにいかせてもらう。
 私が良いと思う作品をいくつか紹介する。

 DSCF3089〈新緑の八幡堀〉 武田 喬









DSCF3091〈綿向神社〉 村上 眞








DSCF3093〈新玉〉 大内山静子







DSCF3095〈瓦ミュージアム〉 今村 高








DSCF3097〈土蔵〉 西川典義
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