日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2017年12月

腐葉の病気?

 我家の庭に姥目樫が2本ある。かなり大きくなっているので、初夏にはかなりの落葉がある。捨てるのはもったいないので、腐葉にしたり、乾かして砕いて培養土の材料として使っている。
 その腐葉を造っているとき変わった醗酵現象に出会った。普通には水分を含んだ落葉は醗酵して熟成すると黒褐色を呈する。ところがこの場合、葉の精が吸い取られたように「ヘラヘラ」になり、色も黄褐色で黒くならず腐葉として使えない。何か特別なバクテリアが作用するようである。

〈異状の腐葉〉         〈通常の腐葉〉
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元職場の親睦会「茨温会」

 毎年暮の恒例になっている元の職場のOBの親睦・忘年会が茨木であった。新人の加入がほとんどないので高齢化が進み、どこかしこに身体の不調を持っている人が多いので参加人数が減り続け、今回は20人で寂しくなってしまった。このような会に出席できるのを、私はよしとしたい。

茨温会―2912160001DSCF3346

 職場訪問…茨木についたのが早かったので、元の職場に足を向けた。時の流れには抗えず少しずつ町の風景が変わっていく。
 職場のすぐ南には「倍賀春日神社」がある。小さな社があるだけなのだが、ここには何と重要文化財の「石燈籠(鎌倉時代作)」がある。そしてこの神社を象徴するアベマキの巨木が……ない。秋の落葉やドングリの始末に困り遂に伐られてしまったようだ。後から住みついた人間に先住の木の命が奪われてしまった。
 職場の建物は何の装飾もない殺風景なコンクリート造り、しかも灰色。廻りには草花もなく、色取りは皆無。ここでふと?今まで考えたこともなかった思いが浮かぶことに。こんな寒々とした環境で楽しく学べるのだろうかと。色彩環境の教育的効果については知るところはないが、心豊かな情操教育には心を高揚させるような色合いが必用なのではないか。幼稚園や小学校では豊かな色彩で装飾した校舎が造られているのが見られるが、上の学校に行くにつれ色がなくなる。 
 それは色ばかりではない。心和ませる草花もない。生きている実感のない環境では心荒む行動も生まれるのではないか。

 会場に行く途中の街路樹。
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雪・雪が積もる

 雪が降るとの予報が出ていたが、朝起きて外を見ると、数日来植えていた鉢が雪の布団にくるまっている。今年の積雪は例年より早い。

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 私の住む近江中部の気候は極端である。雪が降ればそこらじゅう湿って乾かない。ところが木枯が吹き付けると、今度はカラカラに乾燥する。そのためここ2年ほど、仮植している真冬の間に芽を干上がらせてしまって、多くの品種を失った。今年はその轍を踏まないようにするつもり。

観峯館ー冬の音楽イベント

 観峯館での冬の恒例となっているジャズ演奏会。今年も参加することが出来た。

      『HEARTBEAT DIXIELAND演奏会』

 6人のメンバーが五箇荘にやってきた

      大島一郎 Trombone
       菊地寿人   Cornet
        鈴木孝紀    Clarinet
         かねだたつこ   Vocal Banjo
          片岡耕一   Tuba
           大樋稔    Drums Wash

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 開会が宣せられると、客席の後ろから金管の大きな音を鳴り響かせながら奏者が入場、そのまま演奏へと続く。ディキシーの賑やかな音で溢れかえる。大きくもない会場なのに、なおマイクを使うからなおさら。
 「12 th Street Rag」ではWashという楽器が活躍
   *ふと大阪の漫才の「横山ホットブラザース」のお父さんの「ガラクタ楽器」を思い出す。
 そして「Lover Come Back to Me」が唱われる。

 約20分の休憩。いつものようにコーヒーが振る舞われる。

 後半が始まる。

 珍しくTubaの曲「Maskrat Ramble」が奏される。
 そして「In The Shade of The Old Apple Yree」が唱われる。
 Bluesの紹介があり、世界三大ブルースの三つ目として「伊勢佐木町ブルース」といってお客さんにマイクを向けると、「アハン!」と返ってくる。お年寄りにしか通用しないネタ。
 トロンボーンの大島さんが息継ぎなしの奏法で会場を回る。私が目をつぶっていたので、私の真横に来て「ブパパーン」とやられた。
 最後に「Sing Sing Sing」とアンコールで締めくくり。

 とにかく輝く音色で圧倒される音楽会だった。聴衆は120人ばかり、大ホールでの演奏もしている彼らにとって、少しものたらなかったかもしれない。
 
  

将軍と桜草は関係ない

 徳川家康は大層鷹狩りを好んだという。
 「家康公が浮間ヶ原に鷹狩に出かけて、桜草を見、大層喜んだので、旗本の人々がこれを栽培してお目にかけたら定めしお喜びになるであろうといふようなことで、先ず旗本の間にその栽培が流行しました」         *柴山政愛「桜草の作り方」([都新聞]大正15年3月22日)
 これが徳川家康と桜草を結びつけた最初の記事である。これ以前にはない。
 柴山政愛は明治の終わりにも「桜草の話」という雑誌記事をものしているが、ここにはこのことは言及していない。都新聞の記事に至るまでに、誰も傷つかない罪のない嘘を創作したようである。ものの始まりを偉人に託す話はよくあることながら、それらはたいてい作り話のたぐいといえる。
 ところがこれに接した人々は、彼が斯界の重鎮であることから、この話を信用して次々と受け売りして広めていったのである。
 江戸周辺の桜草自生地が江戸時代中期になって初めて誕生したことがわかっている今となっては、この話の辻褄は合わない。さすがに鈴鹿冬三氏はどの著書にも引用していない。なお近年、竹岡泰通氏が『桜草栽培の歴史』でもこれを否定する論考を載せられた。
 ところがいつまでたっても「家康と桜草」を結びつけたがる人々がいるのである。そこでもう一度私がこの問題の再検証を行うことにする、といってそんな大げさなことではない。私はこの話の基本は「鷹狩」にあり、このあり様を調べることが必用と考えた。そこで過日図書館の日本史の棚を覗いていると以下の本に出会った。
  岡崎寛徳著『鷹と将軍』(講談社選書メチエ)
 まさにこの問題にドンピシャである。ここでは家康の鷹狩りの様子が基本資料にもとずいて描かれている。彼が鷹狩りする季節は、九・十月から翌年の一・二月までで、その狙う獲物は鶴・白鳥・雁・鴨といった冬の渡り鳥なのである。そしてとった獲物は、献上品となる一方下賜品や家臣への饗応に用いられたという。
 家康が鷹狩りで桜草に出会うことはあり得ないことがこれではっきりした。

 つまらない先人のちょっとした嘘を訂正するのに、こんなに労力を費やさねばならなかった。私は頭の体操をさせてもらってよかったのだが、なお「家康と桜草」の思い込みに捕われた人がなくならないことを危懼する。

 

植替続く

 役員会で他の方の話の刺激を受けて、私も植替えを進めることに。

“開け…根が伸び切らず、根鉢が出来ていない。次に根茎をほぐす。
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芽揃え…芽の大きさで分ける。    大きい4芽を選ぶ。
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使う鉢は6寸丹波の香炉鉢(伝市鉢)。正面を手前に据えて培養土を鉢の高さの半分ほど入れる。
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げ蠅鯆匹なえに置く。       芽先がなお見えるまで土を入れて、同じ高さか確認。
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ヅ擇浪蠕莨紕鵜兌紊泙覇れる。    土入れの底で押さえながら表面を均す。
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 [ポット仕立て法]15センチビニールポットの上部1センチを耳を残して切りとる。
          土は上部まで入れる。
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 〈信楽寸胴鉢に挿入〉…浪華の展示会用
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 〈深谷鉢に挿入〉
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図書館で借りた本

 自転車で走っていて、トイレに行きたくなった。と、近くに図書館のあることを思い出し、寄っていくことにした。
 用を済ませたが、せっかく来たので周りを見てみると、何やら標題の下に本が展示されてある。その中に「20年間借りられなかった本」というのがあった。おもしろ半分に覗いてみると、興味をそそられたものがあったので2冊借りてかえる。

  筒井康隆『腹立半分日記』(文春文庫)
    SF作家として著名な人物だが、この本は、そのサラリーマン時代、ものを書きはじめた
    時代、小説家として脂の乗り切った時代などの日記を集めて構成されている。私でも知って
    いる著名人が出ずっぱりである、小松左京、星新一それにタモリまで。
    私は関西人なのでお笑いは大好きなのだが、この日記は文章で笑わせてもらった。

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  『元朝秘史』(岩波文庫)
    モンゴルのジンギスカンとその一族の根本資料である。本当のことを言うと、この本は家に
    もあるのであるが、堅苦しい資料だろうと敬遠して積読のままにしてある。
    ところが読んでみると、訳者の小澤重男先生の苦心の産物であろう、モンゴル帝国の興隆譚
    が素直に頭に入る。


  *さて20年目にして私の目に止まったのだが、これからどうなるか。 
   私のような変りものが現れればいいのだが?

浪華さくらそう会役員会

 浪華さくらそう会の秋の役員会が事務局の廣田邸で開かれる。竹岡・中島・中村・廣田、それに私とで5人しか集まらなかった。

 議事
  ○桜草の生育状況…各自鉢開け作業を始めている
   苗の出来がもう一つという人
   何とか平年作になっているという人
   根の生長がよくなく根鉢が出来ていないという人
    皆早めの植付けを心掛けているようである

  ○次年度の予定
   総会   2月4日 1時より
        サンスクエア堺

   展示会  4月17〜22日  1週間繰り下がる
        花と緑と自然の情報センター

  ○会誌発行なお遅延する模様  (書く主題がみつからない)

  ○会費減額へ
   会誌が発行出来ていないので、暫定的に会費千円/年に減額することに
     後日総会で審議の予定

  ○竹岡泰通氏が『桜草栽培の歴史』の第3版を発行予定とのこと

  ○資料提供
   『さくらそうアラカルト』の正誤表と問題点の指摘
   『園芸の世界(改良園)12月号』に以下の記事が載る
     椎野昌宏氏「鈴鹿冬三」
     平野恵氏「江戸時代の桜草」  
       野生種と園芸種を区別して取扱っていない
       「桜草名寄控」が利用されていない
       資料批判が甘い(「桜草作伝法」の白井本と伊藤本の違い)    
    私の「江戸時代後期の桜草の実像」稿
       平野氏との見解の違いを明確に
       染植重の役割の評価を

 その他雑談
  なかなか議論が噛み合ない。話の前提条件が同じようなレベルでないと議論にならない。栽培を
  論理的に解釈できない人が多い。例えば、芽の飛び出しがどのくらいの頻度で起こるのか確認す
  ることなく「増土」を行っている。水捌けを条件とする鉢植の培養土を調整しておきながら、鉢
  底石をなぜ使うのか。これは増量材だと言い訳する人も。
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