日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

2018年02月

京都国立博物館ー豪商の倉

 せっかく京都まで来たので、もう一館寄ることにする。京博は年寄りに無料なのであり難い。

〈銘品ギャラリー〉 珍しいものがみられる
 日本と東洋のやきもの……何気なく展示されている感あり、もう少し主題を明確にすべきでは。
 日本出土の考古遺物
 弘願本……「法然伝」と「親鸞伝」
 本寺蔵「金字法華経宝塔曼荼羅図」重文…修復後の披露
 室町幕府の唐物奉行・相阿弥
 中国絵画を写す
 雛まつりと人形
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 特別企画 豪商の倉ー美しい暮しの遺産

         貝塚廣海家コレクション受贈記念

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 泉南は貝塚の豪商廣海家、その幕末から戦前にかけての暮しに使われ、四つの倉に収められていた什物が博物館に寄贈された。その記念展示である。
 買いに買い、溜に溜めたが今日となっては使い切れない品物の数々。6年にわたる調査の結果、千点余が博物館に入ることになった。
 そのなかでも特にみるべきものが今回展示されている。といってこれらの品物が次に展示されるのはいつのことだろうか。文化財として高い価値のあるものは、個別に他と組合わさって出てくるであろうが……。当主の金婚式に合わせて調製されたお膳など、使われることなく京博の蔵のなかにしまい込まれるのではないか。
 博物館の文物を保存するという機能が常に働けば、それらは増えていくばかりとなる。しかも出番も少なくなっていく。地方の図書館では読まれない本はどんどん処分されていっているようである。そんためにいざとなると国会図書館まで行かねば埒があかないことになっている現実がある。
 博物館の収蔵問題も悩ましい。

京都国立近代美術館ーコレクション展

 ゴッホ展のあと四階のコレクション展を楽しむ。ここでは館蔵品は写真を撮ってもいいのだが、暗い室内でフラッシュなしなのでボケたものになってしまった。

 〈近代絵画〉
  甲斐庄楠音 「少女」
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  中川紀元  「女性像」
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  里見勝蔵  「女」
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  佐伯祐三  「裏街の広告」
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  〈再現されたゴッホの部屋〉       〈ゴッホに扮した森村泰昌〉
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京都国立近代美術館ーゴッホ展

 久し振りの京都行。駅前は相変わらず人で一杯、外国人観光客で賑わっている。やはり白人系が多い。若者の集団いると思ったらアジア系の言葉が聞こえて来た。
 バスで東山通を通っていると着物姿の娘さんの姿が目につく。但その着物の柄は派手過ぎのようである、京都らしいしっとりとした色模様が好ましいのだが。
 岡崎到着、目に入って来たのは大行列。並ぶのはいやだがしかたがない。館内に入ってもエラベーター待ち。会場に入るとここも人のやま。これではゆっくりみられないと諦めて、人の肩越しに見流していく。
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 「ゴッホ展」というのだが、いわゆるゴッホの代表作が来ているわけではないと思ったら、この展覧会の副題が「巡りゆく日本の夢」となっている。日本とくに浮世絵と関連した特別展なのだ。渓斎英泉や歌川広重の作もたくさん並ぶ。
 今回の目玉は渓斎英泉の「雲龍打掛の花魁」とそれを模写したゴッホの「花魁」が対で見られることだろう。
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 ゴッホの死後、にわかに日本でも彼への関心が高まり、パリのコレクションを拝見する日本人が多くなる。また私が知らなかったのだが、佐伯祐三のパリのアトリエでガシェ夫妻との写真が出ていたことである。佐伯とゴッホ???
 その他ゴッホ関連の文献がたくさん出品されていたが、私の理解を超えているので省略。
 会場を出ると行列はウソのように消えていた。ゴッホへの思いが消えてしまった感なきにしもあらず。

 気を取り直して「オータンベルデュ」で昼食。ここもゴッホ流れのお客さんが多い。室内10数人の内、私以外はみんな女性。男はどこで昼をしているのやら。

年寄りの暇仕事ー落葉の始末

 植替えが終わってホッとしているところ。今年は寒さが続いて芽の出が遅い。
 我家には大きく育った姥目樫2本が裏庭にある。樫類は6月頃新芽の成長に合わせて古い葉を落とす。せっかくなのでそれを集めて取り置いてある。今充分に乾燥しているので鉢用の有機材料として使えるように手をかける。そのままでは大きすぎて使いづらい。
 手で揉んで砕くのだが、よく乾いたものは「パリ!」という音とともに簡単に割れるが、湿気ているものは手でちぎらねばならない。細かくするとかなり量が減る。

 〈乾燥させてあった落葉〉    〈手揉して砕いたもの〉
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 落葉を醗酵させて堆肥を作ればいいのだが、それは家庭園芸ではなかなか手際よくできない。といって落葉を捨てるのはもったいないので、このようにして腐葉と同様に培養土の用材として使っている。
醗酵はしていないのだが、水分を吸って鉢中でゆっくり醗酵分解してバクテリヤの巣となり桜草と共生する。
 手間ひまがかかるので腐葉を買う方が早いのだが、暇に任せての作業である。手を使うのが、脳にとっていいのかもしれない。

モミジ葉

 ポット植では早々と芽が出始めている。しかし気温はさして上がっていない。そこで回りの様子をうかがうように小さな葉をアンテナのように伸ばしているものがみられる。これを私は「モミジ葉」と名付けている。この葉が好しと判断して本葉が出てくるのだ。
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 〈最も成長の早いポットの様子〉
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植替え終了

 やっと今年の植替えを終了することが出来た。昨年の秋からの長丁場であった。

   〈やり終えた裏の栽培場の鉢たち〉
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 昨年一昨年の不作が何とか止まったようなのであるが、芽は増えていない。4芽植えたものがそのまま4芽しか取れない鉢が多かった。そのため今年も大量の鉢が余ったままである。
 それにしても、私は桜草の栽培を40年以上続けている。作落したり、品種が激減しても栽培を止めようとは思わなかった。よくもこんなに長く続けて来れたものである。その原動力はどこにあるのであろうか。自問自答してみよう。
 寒い季節の植替えでは、鼻水をたらしながら手のかじかみをこらえながらの作業となるが、よく出来た根茎が鉢から出てくるとうれしくなりそんなに苦にならない。そしてきれいに植えてやろうという気になる。基本的に土いじりが嫌いではないのだろう(ただし野菜造りはからきしダメ)。私はうまい具合に土を触っても手が荒れない。
 花の季節、「年年歳歳花相似」というのだが、「人が不同」ならばその人が作った花も少しずつ違った姿をとり、より良い花を目指すのは必然である(禅坊主の言も信用ならない)。
 またこの間に私の使う鉢は全く変わっていないが、私の栽培方法は随分と変化があった。培養土の材料、配合、肥料等々。これは今でも進化し続けている。
 そしてたまには実生新花を産み出せて、他の人にも作ってもらえる(私が死んでも花は残る)のは心の安定につながる。
 さらに会誌の編集を担当したことで、様々な情報を集めることが出来て、常に刺激を得たことであろう。
 さあてこの調子が続いて倦まなければ、もう少し栽培を続けることが出来るかもしれない。

芽の萌芽

 今年は寒い日が続き、なかなか暖かくならない。毎日のように霜柱が立ち、まだ植替えていない土が締まっているはずの鉢からも芽が飛び出ている場合がみられる。
 ところが、冷たい風をよそに、日射しは暦通り春の気配をもたらしているようで、我家の鉢置場のなかでも、東南角に置いてあるものにはすでに葉を見せている。いよいよ待ちどうしかった春の到来を告げているようである。
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 このところ、殻付の南京豆を求めて内皮ごと食べている。殻をどうするか、捨てるのは簡単だが、せっかくなので細かく砕いて土に混ぜるようにしている、水捌けの一助になるだろう。そのうち茶殻も入れてみようと思っている。
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観音正寺ー西国観音霊場

 最近家人が西国観音霊場に興味を持ちはじめた。そこでついこないだも札所の石山寺に詣って来たとことである。
 今日は我家から極近い「観音正寺」に誘われる。自動車で10分ほど走ると繖山(きぬがさやま)の麓に着く。そこから急な坂道そして石段が12丁(1丁は109辰曚鼻紡海。普段山登りなどしないので、途中休み休み何とか登り切る。
 観音正寺は西国観音霊場の第三十二番の札所になっている。古刹ではあるが、平成5年(1993)本堂(彦根城の欅御殿を移築したもの)が焼失、住職による全国行脚の喜捨によって平成16年に再建がなる。焼失した本尊にかわって、新たに松本明慶師により像高3,56メートルの巨大な千手観音が作られた。その材は、住職が何度もインドに出向いてインド政府と掛け合い、輸出禁制品であった白檀を特別許可で輸入できたものである(径30センチばかりの丸太・23トン)。
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 本堂の柱材も良いものが選ばれている。その中心部の数本は節のない檜、その他は欅、そして1本は枝をそのままに残したものが据えられている。
 本堂の右横には大きな石が組上げられて偉容を誇る、須弥山を模したものか。
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 いかに人口に膾炙した西国観音霊場とはいえ、冬のさなかではお詣りする人は少ない。石段で二人、境内で二人に出会ったのみ。

 山から見た東近江の姿。
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鳥の来訪

 風もなくおだやかな天気だったので、植替えの作業にとりかかる。鉢開けして芽揃えしてあるものを鉢やポットに植える。培養土は数日前少しだけ作ってあった。それが終わると、手付かずのものの鉢開けに向かう。
 作業が佳境に入って来たところで、目の中に何かチラチラ写る。小鳥がやって来て鉢にとまり、私をじっと見ている。ほん1メートルほどのところにまで近ずき、手を伸ばせば触れられるほどに。顔を向けて注視しても逃げようとしない。野生の小鳥をこんなに眼近で見たのは初めての経験である。
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 何とか写真に収めたいと、カメラをとって戻っても、居てくれていた。
 何と言う小鳥か調べると、ジョウビタキのメスであった。

観峯館土曜講座

 観峯館では冬季企画展「近江仏画めぐり」が開催されている。
 滋賀県は奈良・京都に近接していることもあり、佛教文化が生きずいているところである。仏寺や仏像などの文化財も多く伝えられてきている。それらの中には注目される指定文化財もあるが、広く知られないままに地域で護られて来ているものも多い。
 今まであまり世に出ていないものにも光を当てたいとの試みであると同時に、それらの中には長年の使用で状態の悪いものも多くてその現実を周知したいとの思いが今回の展示の意図であるという。
 この展示の模様は後日報告する予定である。

   観峯館土曜講座

       『東近江地域の文化財』    寺前公基さん

 上記企画展出品作にもとずく講義である。主な作品について詳しい解説を受ける。

 一、石馬寺所蔵「釈迦如来坐像図」
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    石馬寺は古刹であるが近世に入って臨済宗妙心寺派となった寺である。
    この図は何と高麗仏画の遺品である。高麗仏画は全世界に160点しかない貴重なもの、
    それがこの近江にあったのである。その特徴である赤い法衣が美しい。ただ絵具の剥落甚だ
    しく、応急手当の跡も痛々しい。今修復が急がれる仏画である。
    「高麗仏画」については一昨年の冬に泉屋博古館で特別展が持たれ、私も拝見した。高麗文
    化の精華も李朝による排仏で、その多くが日本で保存されることになったものである。

 二、興源寺所蔵「白衣観音図」
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    興源寺の本山は永源寺である。この永源寺の本尊「観音菩薩坐像」の宝冠の中に小さな観音
    像が納められている。その伝でこの「白衣観音」の頭上にも小さな観音が描かれている。

 三、齢仙寺所蔵「十六羅漢像」
    図像は桃山時代の作だが、その箱書きに昭和の補修の経緯が書き残されている。近江商人の
    喜捨によってその費用がまかなわれたという。

 その他省略
   *途中うつらうつらしてしまったせい。


 近江商人博物館でロビーコンサートが行われていたので聴かせてもらう。
  八日市で活躍されている「はなみずき」さんによる春の歌コンサート
  あいにくの雨と寒さのため聴衆が少なかったのはお気の毒であった。
  しかし身近で聞く生の声を十分楽しませてもらった。
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