日本の桜草と美術

桜草の栽培と美術鑑賞

美術工芸

藤居本家ー鉄道風景画

 近江愛知郡の蔵元である藤居本家の「欅の大広間」で絵画展があるというので、家人と出かける。

    鉄道風景画家 松本忠作品展

       『滋賀県と日本の鉄道抒情』

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 日本各地のローカル鉄道にまつわる風景を細密に写し取った小型の絵が並ぶ。展示の中心は、ジグレーと呼ばれる美術印刷したもの。近江鉄道にかかわるものも数点出ている。
 絵は写真とも違う郷愁を呼び起こす。
 展示場となっている会場の建物は総欅造りで、「すごい!」の一言。
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 トイレに飾られた絵

 長居公園に行くため地下鉄長居駅で降り立った。そこでトイレに入った。
 そこに掲げられていた絵を紹介する。ピカピカのトイレが居間のように。
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 *写真をクリックして大きくしてみて下さい。

絵を買う

 「るーぶる愛知川」で催されていた絵画展「にしのあかね展(日本画)」で私の心に響く作品があった。幸い販売されるとのことで、購入希望を伝えにいったところ、一番欲しかったものはすでに予約済み、もう一点良いと思っていたものは滑り込みセーフで予約しておいた。
 展示の最終日の今日、代金の支払いと作品の受け取りにいって来た(自転車だったので店に預けて翌日受け取りに)。作者の笹部紀子さんともお逢いできた。品よくお年の召した女性であった。

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 笹部紀子(画名ーにしのあかね)さんの展示作品群はこのブログ11月14日にのせているので見られたい。とにかく明るく透明感に溢れている。少し軽い感も受けるけれど、その爽やかさは極上である。正月を迎える部屋飾りとする。

「動植綵絵」が八幡に?

 近年とみに評価の高い伊藤若冲である。生誕三百年という事で、生誕の地の京の錦市場で催しがあったところ。

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 また十年ほど前には相国寺の承天閣で、開基である足利義満の六百年遠忌を記念して「動植綵絵」の里帰りが実現し、拝見しに出かけていった事を思い出す。
 その「動植綵絵」が八幡に来るというチラシが入っていた。「ほんまかいな?」とよく見ると、西陣織による複製画という。それでも若冲の代表作の匂いでも嗅げると良いかと、会場に出かける。
 作品は西陣織によるまことに精巧な複製であった。機屋さんが作った売り物である。あまり大きいと値が張るので、大きさは4分1ほどで、39万円という。
 西陣織による絵画作品としては、山口伊太郎による「源氏物語絵巻」があり、これも承天閣での展示を拝見した(2008年春)。

「かんじる比良」へ

 近江は湖西の比良地方の魅力を発信しようと始まった「かんじる比良」の催しがあった。
 地方の掘り起こし事業は各地で行われているが、人も変り地域も変化する中で、継続して粘り強く行うことはなかなかに難しい。しかしここではすでに12回目を数えるという。
 家人の誘いで二つ返事で連れて行ってもらうことに。
 湖西道路の比良ランプで降りて、仮設の駐車場に車を置く。付近一帯は別荘風の家々が立ち並ぶ。
 お昼時だったので、「森のACHA」で、プレートランチをいただく。これがなかなかの上等。特別の日なので、お客さんで満員、家族連れが多いなか、子どもたちの可愛さが目につく。

 ぶらぶら地域を散策するなか、自治会舘「森の家」での『作家と職人展』に行く。
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 「宙」加藤敏雄        「天目釉花器」木村隆  
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 「釈迦如来坐像」安田明玄   「蔵王権現」安田素彩
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 「阿吽」玉川義人
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 帰路、志賀駅前の「青木煮豆店」に寄る。私がどら焼きと昆布巻きを購入、すると家人が看板にあるアイスクリームを食べるという。「黒蜜きなこかけ煮豆入りアイスクリーム」はさすがに絶品。さっそく家人は「煮豆」を御土産に。
 

『河童画巻』展

 みやこメッセの九華展の隣室で水墨画展が開かれていた。せっかくなので拝見する。

      辰馬守拙 『 河 童 画 巻 』

 著書の刊行にあわせた記念の小展覧会である。小さい部屋に10点余の作品が並べられている。
 河童の絵といえば、清水昆そして小島功であり、黄桜酒造のCMでも楠木トシエの唄でおなじみ。
 そんな河童を、詩画一如に水墨の伸びやかな筆に任せて、自在に遊ばせる。ちょっと浮世離れした世界である。
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 外に目をやると、京都市美術館の「モネ展」では館外にまで行列が及んでいる。この「モネ展」には2週間ほど前に来ているのだが、ブログに載せないままになっていた。今回の「モネ展」はモネ本人が所蔵していた自身の絵と彼が収集していた他の画家の作品がもたらされている。だから彼の代表作が来ているというわけではない。死後に遺族がマルモッタン美術館に寄贈した作品なのである。このような特異な作品群にも日本人は飛びつくのである。
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 「モネ展」に行った日は、はじめに京博の「禅」展に寄っている。これも桜草にかまけてブログに書けてないので、個々にちょっとだけ取り上げておく。

  見て感じる禅問答  『 禅 』

         ー 心 を か た ち に ー

 臨済宗と黄檗宗の合同の「禅」に関する展覧会である。臨済宗・黄檗宗ともに権力との結びつきのうちに教勢を広げたということで、宗教的芸術作品も多く存在するようである(ここが曹洞宗との違いか)。
 今回もいつもは書籍でしか見られない作品を見ることが出来たのは幸いであった。
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西の湖すてーしょんー宮谷孝子布絵展(再)

 宮谷孝子さんの布絵展では展示替えがあるというので、桜見物から西の湖すてーしょんに回る。中年を少し過ぎた女性群が押し掛けていた。

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菅楯彦の「天神さん」

 大阪で戦前戦後と活躍した菅楯彦の絵である。歴史画もさることながら、大阪の風俗を写した軽妙洒脱な作風が懐かしい。
 私がこの画家に接したのは、笹部新太郎著『櫻男行状』の装幀画を通してである。はんなりとした大阪の柔らかい雰囲気が漂っている。
  *笹部新太郎氏の櫻コレクションは西宮市に寄贈され、今「白鹿記念酒造博物館」で保管され春には
   特別展が催される。そこではもう使われることのない千代鶴是秀の見事な切り出し小刀を見ること
   が出来る。
 その後関西での「菅楯彦展」があれば、のぞきにいっていた。
 山陰を旅したおり立ち寄った倉吉博物館で思いもかけず菅楯彦の大作に接することが出来た。彼は倉吉の出身で、故郷に作品が寄贈されていたのであった。
 大阪の町人文化を描いた彼の絵が現今あまり取り上げられることがなくなったのは誠に残念である。
 この絵は10年近く前か、京都の河原町の古物商のショウウインドウに掲げられていたもので、思いのほか安かったと記憶している。この絵は、母親がこどもを連れて学問の神様・天満宮にお参りする情景を写したもの。こどもの成長と勉強ができますようにとの祈りを込めて、この正月に掲げさせてもらった。
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鯉の小刀

 私が一番最初に手に入れた小刀である。助丸は新潟三条の鍛冶という。「鮎」の小刀を人に贈るために購入して、ついでにといっては何なのだが、「鯉」のものを私用にとっておいたものである。
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竹の小刀

 男性にとって刃物は魔性のものである。その隙のない単純な姿に魅せられる。それを使ってみたいという気が起こらないわけではないが、眺めているだけでも心が高揚する。
 日本での刃物の代表は日本刀である。刀は実用品としての武器なのだが、はかなり早い段階からよい刀は鑑賞の対象となっていて使われていない。そんな刀が日本国中で保存されている。
 一般の家庭で刃物といえば包丁であり小刀であろう。私は小刀を集める趣味はないが、出会いがあって何本か手元にある。
 かつて岩波新書の村松貞次郎氏の『大工道具の歴史』を読み、さらに進んで彼の『道具曼荼羅』正・続・新の3冊も購入して、美しい機能美を誌上で堪能した。そのなかで「続」に小刀の記事があった。
 「武蔵国水心子藤原良明」作の「竹の小刀」である。鉄を自在に鍛造して竹の節を作ってある。本に取り上げられるくらいなのでたいした作品なのだろうと見入っていた。
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 ところが今からではどこか思い出せないのだが、ある金物店で「武蔵国水心子藤原良明」と彫られた小刀に出会った。これは彼の「竹の小刀」の作者のものである。何とか手に入れた。
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 しばらくして、京都の四条新京極の金物店を覗くと、何と本に出ていた「竹の小刀」一対が額に入れて頭上高く飾ってあるではないか。本に載るぐらいだから高価だろうと、京都に行くたびにその店に寄っては見るだけで楽しんでいた。しかし何度行ってもそのままである。私はおそるおそる値段を聞いてみた。何とか無理すれば買えないことはない。清水の舞台から飛び降りて一本を購入した。
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 もう一本もいずれ買おうと思っていたのだが、やはり一対のものは早く一緒にしてやるべきと件の店に向かった。ところがである、今まで動く気配のなかった商品が一つ売れると、待ってましたとばかりに、残りの一本も出てしまったというのである。もう我が家の「竹の小刀」は相方と出会うことはなくなった。寂しい片割れのままである。
 

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