2008年04月16日

このBlogはこれで最終です。新たなBlogを作りました

コンピュータのトラブルでうまくアクセスができなくなり、新たなBlogを立ち上げました。アドレスは以下の通りです。

日本の桜草と美術 桜草の栽培と美術鑑賞


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2008年04月15日

長居公園での展示始まる

 今年の花は遅いのだが、昨年中に予定が組まれているので、不本意ながらの展示である。約100鉢弱が持ち込

まれたが、まだ四割方咲いていない。会期中にどれだけ開くか期待しょう。

 新しい展示小屋が出来た。事務局の廣田氏の労作である。50鉢ほど段に組めるが、広い会場では少し小さいか

もしれないので、次年度には同じものをもう一台増やしてもらう予定である。

 展示品はビニールポット仕立てで、当地で信楽黒塗寸胴型5.5寸に納めて飾る。こうすると持ち運びに便利な

のだ。終われば鉢からポットを出し育苗箱にいれて管理する。鉢の通気性・通水性など関係ない。要は土の通気

性・通水性の問題である。

 新しい名札を作る。黒の樹脂製で、白のアクリル絵具を水で薄めて字を書く。木の名札もいいが、やはり黒が

いいようで見栄えがする。

 残念ながら今日は平日なので、公園に来てここまで足を伸ばす人は少ない。

 今年出展の主な品種を挙げておこう。

     十二単、錦鶏鳥、桃園蜃気楼、塩煙、還城楽、富士越、朝日潟、淡墨、貴妃の夢

     四季の峰、南京絞、手牡丹、浜名重、思い侭、雪舞、夕暮、雪兎、雪月花、桜小町

     姉娘、空穂猿、龍宮海、藤霞、流れ星、群千鳥、人丸、松の位、初桜、但馬

     浮れ獅子、白鳳、旭日、芙蓉、紅葉川、藤の里、白珠、羅生門、粟津紫、夜の梅2

     宇宙、故郷の空、花霞、神代冠、讃歌、三原台、戦友、舞紅葉、墨染源氏、白鶴

     名残雪、若獅子、浮舟、三田自慢、唐衣、笹鳴、陽春、秋茜、白鷺、凱歌、隠れ蓑
  
     重遊宴、桜三里、涙雨、白汀、三保古事、銀世界、慕情…
 

yamaharasakura at 00:06|PermalinkComments(2)TrackBack(0)clip!桜草の栽培 

2008年04月13日

滋賀県立陶芸の森陶芸館 商家のやきもの

     新名神高速道路開通記念特別

         生誕100年記念『近江商家のくらしとやきもの』

 一、暮らしのやきものー《膳》のもてなしと子どもの遊び

 幕末から明治へと、ちゃんとしたお家ではハレの日のために、さまざまな道具を持つことが一般化したよう

である。漆器や焼物が揃えられた。

 急激な変革をともなった時代ではあったが、一方で産業・経済の発達は暮らし向きを豊かにしたらしい。

 焼物では伊万里・有田の磁器が全国に流通するようになる。ここ近江の商家に備えられたものもやはり食器

は伊万里であった。染付、柿衛門手などの皿・鉢・猪口・蓋物……

 女の子向けのままごとセットも作られてある。瀬戸・京焼。

 特に豊かな商家では、当主の嗜みとしてのお茶・道具趣味も広がり、名のある人の作品も購入されるように

なる。清水六兵衛窯のもの、さらには五代清水六兵衛と山本春挙の合作品、また三代清風与平、三代高橋道

八、永楽善五郎の煎茶碗と続く。

 外国のものもある。中国の呉州赤絵、朝鮮の白磁・青花もある。これらは戦前に入って来たものか。


 二、陶磁器商としての活躍 日野商人(辻惣兵衛家)

  輸出用の洋食器が取り扱われていた。


 三、幅広い交流の中で 五個荘商人(塚本源三郎家)

 趣味として作陶をする人も現れる。内儀の塚本さとの素人離れした作品が並ぶ。「屋形舟香炉」があるが、

隣に四代清水六兵衛の全く同じ形のものが並べられる。さらにここには、大田垣蓮月、楽弘入、永楽正全、初

代宮永東山、五代清水六兵衛がある。単に買ったものではないらしい。


 四、郷土文化への貢献 長浜商人(下郷伝平家)

 近江にも焼物は焼物はある。京焼や伊万里に対抗すべく育てられたのが湖東焼である。彦根藩の御用窯とな

り、質の高い磁器が焼かれた。その庇護を失ってからも民窯として生き延びたが、その伝統技術が長浜に移し

植えられたらしい、それが長浜湖東焼というらしいが、私も初めての知見であった。

 ※近江八幡の森五郎兵衛家の『逢茶来茶』という茶会記の書が出ていた。文政六未年五月二三日の項には、

多くの道具類とともに、客として西川荘六の名があった。大商人ともなるとこんなものまで残している。

                                              (4.12)

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2008年04月12日

MIHO MUSEUM 与謝蕪村展

    2008年春季特別展

      生誕100年記念『与謝蕪村ー翔けめぐる創意』

 与謝蕪村についてはこのところよくお目にかかる。ついこの間、新館建設のため閉館となった「逸翁美術

館」で、その最後を飾ったのが『蕪村・呉春展』であった。琵琶湖文化館でも、昨年6月に『大雅と蕪村ーそ

の門人たち』があり、蕪村の「柳塘山水図」を見ることが出来た。さらに遡れば、2001年4・5月に大阪市

立美術館で『蕪村ーその二つの旅』展があった。このように蕪村への美術界の関心はずっと続いていたようで

ある。

 桜草界でも「月天心」という品種が伊丹清さんによって作出命名されたが、これも「月天心貧しき町を通り

けり」から採られたものものであろう。 

 さて期待していたMIHOの蕪村展へやっと出かけることができた。滋賀に住まいする私にとっても、ここは

遠い。石山駅からバスで50分もかかる。受付棟からの道筋の枝垂桜は咲き初めで、満開までにはもう少しか

かる。

 会場では、月渓(雖呉春)の小さな蕪村座像が迎えてくれる(16センチほど)。

 [第一章 芭蕉へのまなざし]

 「松尾芭蕉図」…芭蕉五十回忌を契機にその再評価の機運が高まり、芭蕉追慕の中で芭蕉図も描かれる。蕪

     村もたくさん描いている中の一つ。

 「奥の細道図巻」…これもいくつも作られたものの一つ。この間、逸翁美術館でも重文の図巻を見ることが

     出来た。


 [第二章 故郷への道行]

 『夜半楽』…安政6年の春興帖。彼畢生の名作とされる「春風馬堤曲」が納められている小冊子。

    やぶいりや浪花を出て長柄川 に始まり

    薮入の寝るやひとりの親の側 に終わる長編詩。

   それまでになかった新しい詩、これもちょっと前に藤田真一著「蕪村」(岩波新書)で味読したばかり

 「澱河歌」扇面・自画賛…絵と字が何ともしっくり溶け合っている。これを受継ぐのが鉄齋か。


 [第三章 放浪の雲水]

 江戸から北関東を経めぐった折に、絵に手を染めている。

 「梅花図」…なお習作といった水墨。

   ※大阪市美に出ていた「追羽根図」板戸著色では、大和絵風のしっかりしたものをすでに描いている。

 「豊干経行図」…上京するもしばらくして丹後に居た頃の作。中国画の題材に特徴のある人物表現が現れて

     いる。


 [第四章 新たなる出発]

 丹後から京に上り、還俗妻帯して、いよいよ落着くことになる。

 「放下鉾下水引」…祇園会の鉾山のための下図を描いている。まことに豪華な刺繍が施されている。琴棋書

     画図、山水図など。

 「松陰品茶図」

 「猛虎飛瀑図」…緊密な中国画法の習得。

 重文「山水図屏風(出光美)」…水墨淡彩。ゆったりした大自然と、細かい家屋。

 「取句法」…絵の世界とともに俳諧師としても「夜半亭二世」を継ぎ宗匠に。そこで

    一、其角之豪壮 嵐雪之高華 去来之真守 素堂之洒落 各可法 素林・支考雖句格賤陋各為家 亦

      有可取者

    一、世有称蕉門 特不知蕉翁之風韻 其所吐句 ◯所論不脱支麦之俗習 称之伊勢流 或美濃流可也

      豈得曰蕉門乎 人号曰田舎蕉門知言哉


 [第五章 蕪村をめぐる人々]

 多くの手紙が出ている。書簡集が編まれるくらいだから、彼の手紙は大事にされたのであろう。


 [第六章 翔毛めぐる創意] 唐土と日本(もろこしとひのもと)

 「移石動雲根図」…石好きの中国人趣味を絵にしたもの。逸翁美にもあった。なお石その物も描いている。

 中国画家の金光、王叔明、米南宮などを倣って勉強している。その成果が「十宜帖」(この日は未展示)で

あり、

 重文「四季山水図」である。これは四画面にさまざまな技法を試みている。

 「武陵・桃源図」…悠々とした雰囲気が漂う。

 重文「竹林茅屋・柳蔭騎路図屏風」…一扇のみ金地で詩を書く。緊密で緊張感有り。 

 [第六章 翔毛めぐる創意] 俳画と俳書

 いかにも軽やかな筆さばき。簡潔な線ながら対象をえぐる。

 酒席の座興であろうか、応挙との合作がある。‘猫は応挙の戯墨也 しゃくしハ蕪村の酔画也’と。

 [第六章 翔けめぐる創意] 晩年の輝き=謝寅時代の作品

 「王維・阿倍仲麻呂図」…金地に詩と人物画。流れるような線がまことに優美。

 「山水図屏風」…新出の作品。銀地に水墨で。銀がなお酸化せず鈍い光を放つ。緻密にあがかれてあり見応

     え有り。
 

      『しら梅に 明る夜ばかりと なりにけり』 


 今回は「鴉・鳶図」や「夜色楼台図」「十宜帖」など見られなかった。最低あと一回は来なければならない

だろうなあ。
 総じて、もっと作品が来ているかと思ったのだが、大物は大阪市立美術館の時より少ないような気がする。



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2008年04月11日

京都市美術館ーコレクション展第一期  

     『うつわ考』

 [「うつわ」のさまざま]

 浅見隆三「「奄」壷」…ごく柔らかい陶土で表面を覆い、上へと梳っている。

 その他さまざまな壷が並ぶ。

 竹内栖鳳・樂惺入「白梅図茶碗」

 五代清水六兵衛(六和)「色絵梅の画茶碗」…絵が煩わしいと感ずる一歩手前で止まっている。

            「赭赫天目茶碗」…よい赤色。 

 山崎覚太郎「蝸牛宝石箪笥」…宝石のような宝石入れ。

 黒田辰秋「屋久杉棚」…選び抜かれた木目の材が使われている。良い作品は良い材料で成り立つ。


 [「うつわ」の耳と口]

 器であるための空洞を示す口と、持ち手である耳、これが用を離れて飾りへと。

 宮下善寿「紫紅窯華花瓶」…青紫の美しい色に仕上がっている。


 [見るための「うつわ」]

 器は用の美であるが、施された釉や彩色を鑑賞する対象ともなっていく。工芸品から美術品へ。

 五代清水六兵衛「大礼磁仙果文花瓶」…薄桃茶の地に、インコと桃を白の浮彫りで。

    同   「青華葡萄栗鼠文花瓶」 


 [「うつわ」とオブジェ、「うつわ」と置物]

 全く用から離れて、焼物で作った表現物となっていく。こうなるとよほどの物でない限り、クズになりかね

ない。

 坪井明日香「パリに残したローブから〜」…三つの衣装を陶で、なかなかに見せる。

 八木一夫の作が5点。天馬空を往く思い付きも、ここまで来るとそれなりにおもしろいか。


 [「うつわ」のある情景]

 堂本印象「婦女」…談笑する婦人のもとに、急須と湯呑み。

 服部喜三「古陶」…まるで写真のような精密描写。

 西山英雄「静物」…朝鮮棚に什物。紙の劣化が甚だしい。

 須田国太郎「陶器のある静物」…服部喜三と違い、陶器だなと分るぐらいだが、独特の色調。


 焼物では五代清水六兵衛の作品を見る機会が多い。彼のものをまとめて見せてくれる企画はないものだろう

か。先だっては京都国立博物館で小さな特集コーナーがあったが…



 追記

 京都市美術館の別の部屋で、『随風會篆刻展』が開かれていたので覗く。

 篆刻だけでなく、詩画一体というのか、篆書と篆刻を会わせて軸に仕立ててある。

 ここで先日の京都国立博物館平常展で、池大雅の「四季山水図」の表題の読めなかったものがそのまま出て

いたので、疑問が氷解した。

 それは東晉の陶淵明の「四時」という著名な詩であった。

     春水満四擇  夏雲多奇峰

     秋月揚明輝  冬嶺秀◯松  ◯には「秀」がはいる。

                                            (4.10)

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2008年04月10日

京都国立近代美術館ー秋野不矩展 

       生誕100年記念『秋野不矩展』

 日本の女性画家は、上村松園・小倉遊亀・片岡球子・秋野不矩と続き、年を重ねても新たな画業を展開し、

文化勲章を授章している。

 戦争を挟んで活躍した人達は、特に大きく画風を一変させている。戦前の線描き、薄描きから、戦後の油絵

に影響されたのか厚描き、重ね描、筆致重視という方向へ。

 秋野不矩もこの例に漏れず、がらっと作柄を変えている。そして小倉遊亀と同じようにそれに成功してい

る。

 出展作を見ていこう。入場して正面にー国立近代美術館ではいつもそうなのだがー代表作二点が掲げられて

いる。

 「帰牛」…河の中を連なって帰る黒い牛。河の水を銀で表す。それが見る人の角度で、実際の河の水のよう

     に反射する。絵にこんな効果を持たせた人はいるだろうか。写生の極致かもしれない。

 「ヴィシュヌプール寺院」…暗い室内から明るい外を見る。平面的なのに奥行きが深い。奥に黒牛2頭。


 [京都時代]

 京都の西山翠嶂塾に入門。本格的な画家修行が始まる。

 「姉妹」…紫の鹿の子絞りの着物。一本一本引いた髪の毛。理知的だ個性的な顔立ち。たいへん爽やかな印

     象を持つ。

 残念ながら京都会場では出展されない「紅裳」は私の好きな一品。五人の若い女性の着物の赤い色が少しず

つ色柄を違えてある。

 その他戦前の作品を見られるのを期待したが、失われたらしい。図録の参考図版でみるしかない。

 「天竜川」…帰省のおり、川・山を俯瞰して描いたもの。青緑の色の変化が楽しい。

     ※支援者への手紙が残されている。巻紙で達者な手である。


 [戦後ー創造美術の結成]

 新しい人体表現をめざして、少年の裸体を太い線描きで表すが、あまり成功しているようには見えないが…


 [インドの土地]

 インドの大学の美術の教師として招聘される。インドの風土に自身の求めるものがあったのであろう、大転

機となる。

 「雨期」…日本と全く違う自然環境の中で、自然と対峙する。これはもうほとんど抽象画。

 「カミの泉2」…鮮やかな紺碧の五つの泉。

 「アフガニスタン風景」…空の深い青色が荒涼たる大地をも圧倒する。   


 [日本の風景]

 京都美山のアトリエから見た風景。

 「初冬」…葉を落とした栗の木、金地で。

 「残雪」…山の雪を銀地で。


 [インドの風景へ帰る]

 「中庭の祈り」…大地に描かれた聖なる文様の側に水牛がいる。よく知られた絵。吸い込まれそうになる。

 「壁を塗る」…インドの強い光は、一方で影を生む。その対比が鮮やか。

    ※彼女の代表作といってもいい「回廊」が来ていない。これも見事な光と影の対比なのだが。


 [旅行つづく]

 「土の家(生命の樹)」…平面的ながら、家が浮かんでこちらに迫ってくる。佐伯祐三の煉瓦工場を思い出

     す。

 「渡河」…まるで水墨のような世界。水から首だけ出して一列で動いている。この構図はよほど気に入った

     ようで、いくつもの作品となっている。

 「沼」…沼で水遊びする水牛10頭を、真上から写す。


 [絵の裏側]

 素描、画材、印、またインドで着たドレスなどが出ている。


 [童話]

 いっすんぼうし(石井桃子)、きんいろのしか(石井桃子再話)

 やまねことにわとり(リフトン・ベティ・ジューン)


 [4階の展示室]

 「オリッサの寺院」…全長7メートルに及ぶ巨大な画面を90歳にして描いている。やはり日本画である、箔

     が効果的に使われている。これも代表作か。

 「砂漠のガイド」…何げなく引かれた風紋が動いている。彼女とガイドの写真もある。


 以上、やはりすごい画家であることを実感する。大地に根ざした画家は年をとってもいささかも衰えない。


 追記

  コレクションギャラリー……コレクションの名品

   安井曾太郎「婦人像」、須田国太郎「鵜」、岸田劉生「麗子弾弦図」

   小出楢重「卓上静物」など

   魯山人、富本憲吉、河井寛次郎、楠部弥弌など                    (4.10)




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2008年04月09日

並河靖之七宝記念館

 開館五周年記念 春季特別展

   『七宝の雅ー世界が認めた並河靖之』

 京の春は桜、ただ昨日(7日)の風雨でソメイヨシノは花吹雪、一方枝垂は花盛り。さらに京を彩るのは、着

物の女性に出会えること。

 その京の雅の世界に会いにに七宝記念館に行く。何度見ても、掌の乗るほどの小品に、とんでもない細工が

施されている。

 今までに見ない作品がある。

 「葵祭図花瓶一対」…上下は藍色、間は薄茶、そこに行列が往く。この花瓶は、ハーバード・G・ポンディ

     ング著『In Lotus Land Japan』1910に載る作業風景写真にあるという。

 「四季花鳥花瓶」…これでもかと山桜が描かれる。色合いが絶妙に変化している。

 いつものように可愛い「桜文小箱」がある。以前この絵が桜ではなく桜草と指摘したのだが、「桜文」のま

ま。人間というのは思い込んだら、よほどのことがない限り他人の言をいれないようである。ここでその理由

を説明しておこう。

 一つは咲き方である。桜は花芽から花梗が伸びて花となる。桜草は花茎を伸ばし、その上から花梗をだす。

つまり花茎の有無が決めてとなる。

 二つには色である。小箱の花の色は白と桃色。桜の花で白色は極めて珍しい。しかし桜草では普通にある。

桜は桜色であろう。

 ここは庭園も見所であるものの、狭い庭に木を植えすぎと思っていたが、逆に言えば、よくもこれだけの種

類の植物を詰め込んだものでもある。泉水に水が心地よく流れている。

 記念館の西隣の二階部分に目が往くと、屋根が朽ちて片面がない。せっかくの町家が放置してあるようであ

る。どうなるか。                                   (4.8)

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2008年04月08日

京都国立博物館ー河鍋暁斎展

 特別展覧会 没後120年記念

     絵画の冒険者 『 暁 斎 Kyosai 』 近代へ架ける橋

 河鍋暁斎展はかなり前から予告があって期待していたので、初日に出かける。

 暁斎については、岩波文庫のジョサイア・コンドル著『河鍋暁斎』を読んでいて、その人となりについては

ある程度わかっていた。このコンドルの著書は明治44(1911)年発行の、およそ百年前の書物である。

‘こんな古い’というと語弊もあるが、今どき出版してもと思いつつ手にすると、これがなかなかにおもしろか

った。暁斎の生涯については、これが基本文献になっている。また外国人が学んだ日本画ということで、画材

や技法についても、専門機関や専門書によって学び得ない素人にとって、取っ付き易いようになっている。

 この暁斎については、コンドルの著書などもあって、ヨーロッパではよく知られた存在であった。ところが

日本では、妖怪や戯画以外、彼の本画を見る機会はそう多くはなかったといえよう。

 それが今回、彼の本性である肉筆画に限っての大回顧展がここに実現したのである。


 [狂斎の時代]

 彼は浮世絵師国芳に入門ものの、狩野派に鞍替して絵を学び、18歳の若さで修行を終える。26歳の時、鈴

木其一の娘と結婚したーということは、琳派をも学んだということになる。一方国芳の影響強く、狂画を描く

ことで「狂斎」と名乗る。

 18歳の時の「毘沙門天像」がある。すでに一人前の見事な出来である。

 「放屁合戦絵巻」…自らの意思か、注文があってか、戯画というのか危な絵というのか、北斎に私淑した動

     きのある筆使いである。

 「九相図」…滅びの美学とでもいうのか、死体の変化を描写したものだが、どれを手本にしたものか。


 [冥界・異界・鬼神・幽霊]

 閻魔大王、妖怪等を好んで描く。

 「風神雷神図」もひとひねり。太鼓を落とした雷神、鷹に追われる風神。

 異彩を放つのが「処刑場跡描絵羽織」…羽織の裏に、血みどろの女性の磔の姿などが描いてある。

 「山姥図」…下図とともにある。丁寧でどっしりとしている。

 「文読む美人」…これも丁寧、江戸時代の美人画の流れにあり、のちの清方や松園のような類型的美人には

     なっていない。


 [少女たつへの鎮魂歌]

 パトロンであった日本橋の小間物問屋勝田五兵衛の注文で、五兵衛の14歳で亡くなった娘たつの追善供養

として作られたもの。落語の「地獄八景」に似なくもない、楽しいあの世への道筋を描く。


 [巨大画への挑戦]

 「新富座妖怪引幕」…歌舞伎の引幕に描いたもの、出演者の扮装絵。写真館の作業場で4時間で仕上げたと

     いう。

 「龍頭観音像」…高さ3.5メートルの及ぶものであるが、身体バランスに破綻はない。


 [森羅万象]

 「枯木寒鴉図」…内国勧業博覧会で最高賞をとった作品。それならと100円の値をつけたところ、榮太楼(

     飴)主人が言い値で購入したいわくつきのもの。蕪村の「雪中鴉図」を思い出す。

 「雨中白鷺図」…前者ともども、水墨の真髄を会得している。

 「動物図巻」…応挙の写生図巻を思う。


 [笑いの絵画]

 「鳥獣戯画」…生まれて最初の写生が蛙であったという。鳥羽僧正が頭にあっただろうか。

 「大仏と助六」…大物の唇のところで助六が見栄を切っている。菅楯彦の「毘盧遮那仏御手」を思い出す。

     まさか楯彦が暁斎のこれを見たわけでもなかろうが。


 [物語・年中行事]

 「日本神話」…外国人の注文で描かれた由。

 「十二ヶ月図屏風・短冊」…伝統的な様式を踏襲している。


 [暁斎の真骨頂]

 彼の傑作と称せられるもの、10数点が並ぶ。どれもいい。

 「お多福図」…ブスの代表というのだけれど、いかにも福々しく品がよい。まことに丁寧な仕事。

 「大和美人図屏風」…コンドルの精進に対して贈られた屏風。彼の代表作であろう。ヨーロッパから日本に

     戻ってきている。


 暁斎といいうのが、これほど多様な絵を描き、かつ江戸狩野の正統を明治に生かした画家であることがよく

判る。

 春の展覧会の中で最も感動ものの一つかもしれない。

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2008年04月07日

黄色い桜草の葉

 出芽から葉の成長につれ、異常な葉の色の鉢が目につきだした。葉が何枚も繰り出しているのだが、黄色のま

ま、もう5センチを超えているものもある。普通は“黒々”と表現されるほど緑濃い色になってしかるべきなのだが

 これはなぜか、思い当たるのは培養土に基肥を入れたことである。水を含ませて袋に入れ、日数をおいたつも

りなのだが、どうも醗酵不十分なまま植付けしてしまったらしい。

毛根の成長が抑えられ、根茎の力だけで伸び上がってきたのだ。根が回復して緑を取り戻しつつある鉢も出てき

たが、異常なまま花茎を上げてきているものがあり、痛々しい。

 未熟な肥料ほど恐ろしいものはない。豪華に咲かせたいと思った計らいが逆になってしまった。肥料耐性の弱

いものは来年の芽も期待できそうにない。

 長年作っていても、こんな不細工なことをしでかしてしまう、情けない限りである。

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2008年04月06日

京都国立博物館ー四月平常展

 [染織ー絞り染]

 絞り染とは、防染部をつくって豆絞・幾何学文様を作り出す染め物。それが室町時代には「辻が花」として

最高水準に。それが糊による防染の友禅染の出現で、立体的な鹿の子絞りに移っていくと。

 古い着物が出ている。故人の着物が寺に寄進されて打敷にされて残っているものが多い。

 室町期の「段変り」に続いて「慶長小袖」が出ている。独特の黒白赤の染分け。そして淀殿が着たかもしれ

ないという「辻が花裂」がある。


 [漆工ー根来塗と鎌倉彫]

 根来は何度も見ているので省略。


 [古代中世絵画ー寺社参詣曼荼羅]

 「八坂塔絵図」…法観寺五重塔が中心。三年坂、二軒茶屋まで描いてある。

 「清水寺参詣曼荼羅」…本堂の舞台が中心。

 「施福寺参詣曼荼羅」…前者とよく似る。ともに稚拙。

 桃山期にこのような図がたくさん作られたようであるが、これと「洛中洛外図」と関係あるのだろうか。

 [中世絵画]

 等本「澡魚図」…等本は雪舟の直弟子という。繊細な木骨による魚。元の絵を写したか。

 「花籠図」…墨彩色で、これも元の絵を手本としたものであろう。

 狩野元信「四季花鳥図屏風」…元信の行体の作品、のびやか。スミレ・タンポポが描かれる。

 伝狩野正信「竹石白鶴図屏風」…正信とはいうが、元信以前の狩野派の大作とされる。

 [絵巻]

 17世紀には「徒然草」の大ブームがあったという。絵入りの巻物・冊子がでている。これはNHKのテレビ

番組「ちりとてちん」がらみの展示であろうか。

 「牛若丸物語」というのもある。

 [近世絵画]

 池大雅がまとまって出ている。

 「四季山水図」4幅…そんなに大きくはないが四幅揃えの名品である。

    春水満四擇  夏雲多奇峰

    秋月揚明輝  冬嶺秀◯松 ※◯が読めず

 「三岳紀行屏風」…韓天寿、高芙蓉と三人で、白山・立山・富士山の登った紀行文・絵を屏風に仕立てたも

       の。歴史的価値ありか。

 「万福寺襖絵」ー西湖図…点描風

        ー虎渓三笑…太い線でグイグイと、ゴッホを思う。

        ー五百羅漢…指頭画で描いたもの、大雅はそれが得意であったという。

    残念ながら共通して紙質が劣化していて痛々しい。

 [中国画]

 明代「草虫図」がいくつか出ている。タチアオイに全く同じ構図のものがある。

 元代「牡丹図」もなかなかよい。

 仇英「桃李園・金谷園図」二幅…李白の春夜宴桃李園、石崇の金谷園詩を絵画化したもの。

 高其佩「指頭狸奴図」…指頭にしては柔らかい味わい。

 斉白石が四点。「白花清鳥図」…ここにも白い椿があった。

 禹之鼎、李蝉の「花卉図」もよし。 

[書跡]

 八幡市立松花堂庭園からの帰り、京阪樟葉から特急で七条まで来て、ついでに寄った博物館で、図らずもま

た松花堂に出会う。

 今回は寛永の三筆ー本阿弥光悦、松花堂昭乗、近衛信尹が中心。

 光悦「消息」…白玉椿を贈られたことへの礼状。ここでも松花堂庭園つながり。

   「白紙和歌卷」「木版下絵和歌卷」…何ヶ月か前「宗達鶴絵、光悦書」の長卷をみたばかり。彼は注文

    を受けて多くの和歌卷を書いているようである。

 昭乗「和漢朗詠集」…書卷と色紙貼交屏風の二種が出ている。

 国宝空海「灌頂歴名」…いわずと空海の名物。空海が灌頂をした人物名を挙げたもの。先ず最初に最澄があ

     る。

 後宇多天皇「施入状」…上の「灌頂歴名」を神護寺に与えた書状。

 空海「請来目録上表文稿本」…近年発見された上表文の下書きで、空海自筆という。

 貫名海屋「待漏院記」…小楷

     「法華陀羅尼品」…大きい作品ながら、絹地で墨が滲んでいる。

   ともにどこがいいのか分らず。


 [特別陳列 平安時代の考古遺物]ー源氏物語の時代

  源氏物語を記念する行事が各地で行われているが、ここでも特集が組まれている。ただその大半は先の「

道長展」に出展されたものが中心なので、ここは省略。


 平常展ながら見応え十分。                                (4.4)

yamaharasakura at 18:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!博物館 

2008年04月05日

松花堂美術館ー竹と椿展

     名工の『竹と椿』の意匠展

 庭園の特色である「竹と椿」に合わせた作品が集められた。 

 五代清水六兵衛「青華黄地松竹梅花瓶」…まことに鮮やかな黄色が異彩を放つ。

 北大路魯山人「色絵金彩椿之鉢」…おなじみの巨大な鉢。

 荒川豊蔵「黄瀬戸竹花入」…竹筒をわざわざ焼物で作ってある。圧倒的存在感あり。

 赤塚自得「竹林図蒔絵硯箱及文台」…まことに繊細な竹葉を描く。

 福田平八郎「竹」…平八郎得意の色鮮やかな竹。

 川端龍子「筍」…伸び上がる筍一本。

 その他省略。

 ところで、入口のところに「吉兆」の看板、こんな所にと思ったのだが、ここは松花堂がらみで出店されたの

であろう(創業者湯木貞一氏が松花堂弁当にちなむ)。

 この庭園・美術館はじっくり見ようとすれば時間がかかる、半日は欲しいところ。また来よう。

                                             (4.4)



yamaharasakura at 21:44|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!美術館 

2008年04月04日

八幡市立松花堂庭園ーつばき展

 我家にも「隠れ磯」という椿がある。えび茶色が気に入って手に入れたものだ。手入れをしていないので痛

々しい姿となっている。何とかしようと挿し芽養成中。

 椿は日本の園芸史のなかでも長い歴史を持つ。室町時代に各地から探し出された変わり花が、貴族の邸宅や

寺社の庭に植えられ、それが今に続くものがあるという。素朴な薮椿もいいが、改良の手の加わったものは千

差万別の姿を呈し、我々の目を楽しませてくれる。

 その椿に魅せられて、八幡の松花堂庭園に初めて赴く。松花堂とは松花堂昭乗のこと、江戸初期の学僧で、

書画を善くし、寛永の三筆の一人。親にも嗜み深く、茶室松花堂を建てる。

 この茶室松花堂とともに他の茶室や書院を中核に庭園がしつらえられている。

 さて、椿園を通って美術館別館での「つばき展」に行く。二階の一室に約300種の椿の花が竹筒に挿されて

並んでいる。壮観だが狭い部屋に寿司詰め状態になっているのは感心しない。

 私の目についた品種を挙げる。

 [日本種]

  袖隠…玉咲の大輪 イカリ絞…白地紅絞 綴錦…紅地玉斑 瑞光…黄みがかった白

  蜑小舟…濃紅筋あり 斑入春曙紅…桃に玉斑

 [外国種]

  クランシェーエル…濃桃巨大輪 フェザリータッチ…白大輪

  マークアランVAR…大唐子咲 クイーンダイアナ…薄桃色

  エレインズ・ベティ…薄桃フリンジ ベティーズビューティ…白に紅糸覆輪

 [野生種]

  ルチエンシス…よい香りあり

 椿の押し花や工芸品が展示されていたが省略。鉢植えの展示もあり。

 次に庭園を散策。所々に珍しい椿が植えられている。

 茶室「松花堂」…1637年建立。何度も修理されているようで、柱はボロボロ。一転天井には、藤の網代に

鳳凰に日輪の鮮やかな絵が描かれてある。

 「泉坊書院」…山雪や都路華香の絵があるという。ここには後陽成・孝明天皇が行幸されたので、玉座がし

つらえれられてある。明治期にガラス戸が入れられたようで、手作りの大きな一枚板が入っている。庭には「

なぎ」という珍しい木がある。床柱に使われるものか。

 その他茶室が二亭あるが省略。

 ここの庭は椿と共に竹でも知られてる。ホーオーチク、キンメイモウソウ、ハチク

キッコウチク、クロチク、ホウライチク、マダケ、モウソウチクなど。

 さらに竹を使った各種の垣根も見られる。「建仁寺垣」「晒竹あやめ垣」「金閣寺垣」

「萩光悦垣」など。



yamaharasakura at 21:16|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!花だより 

2008年04月03日

大阪市立東洋陶磁美術館ー朝鮮祭器

 六ヶ月の工事による休館を終え、やっと再開された。久し振りに寄ってみる。

 [天にささげる器ー朝鮮時代の祭器]

 朝鮮王朝では儒教が国の基本理念とされ、その祭祀が重要な儀式として朝野にわたり執り行われた。そこで

用いられた焼物による器を集めた特集である。

 「粉青角杯」…牛角をそのまま模したもの。

 「ホ」(竹冠に甫、下に皿)は中国古代青銅器であるが、朝鮮流に簡略変形が進んだもので、表面も無地。

 「粉青粉引ホ」…江戸時代、茶道具の舟形水指として使われたもの。

 「粉青白地象嵌条線文ホ」…生地に線刻してのち白色を不規則に塗ったもので、それこそ抽象画のような味

     を持つ。しかし別の見方をすれば、何ともぎこちない。

 「魚文洗」…儀式の前に手を洗う盥で、神聖な魚の紋がつく。

 白磁でもやはり「ホ」が多い。青花で「祭」と描かれたものがある。

 儒教の祭式その物の何たるかを知らないので、出展作がどのように使われたか分らない、また金属器との係

わりはどうなのだろうか。

 [特集展ー高田コレクション]

    〜古代イランの造形ー土器と青銅器〜

 「赤色磨研彩文鉢」…メソポタミア文明の生まれる前のもの。美しい赤色である。

 「把手付注口壷」…注ぎ口が蓮の葉を丸めた形で、樋のようになっている。この形は長くこの地にのこる。

 「青銅神獣飾祭具」…1920年代に市場に出回ったもので、盗掘品であった。のち学術調査がなされたが、

     激しい盗掘で、あまり成果はなかったといういわくつきのもの。

 その他、短剣・斧等々。

 [平常展]

 高麗青磁、宋白磁、青磁花生、飛青磁、元染付、明成化の青花など至宝と再会。

 それにつけても、端正な宋の青磁に近づこうと必死であった朝鮮の焼物が、なぜにアアも歪な形に安住した

のかわからない。日本の焼物では不良品の範疇に入るのではあるまいか。井戸の茶碗も茶道でもてはやされる

が、こんな小汚いものは、日本の日常生活でも使われない。だから作られもしなかった。あの粉青を良しとす

る美意識はどこから来るのであろうか。                         (4.1)

yamaharasakura at 23:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!美術館 

2008年04月02日

大阪府政の財政改革に思う

 橋下知事の下で財政の大鉈が振るわれている。大向こう受けのするはったりをかましているのかもしれない

が、今のところお手並み拝見というところであろう。

 予算削減は全ての部門に及ぼうとしているが(府立図書館は別のようである)、ついには人件費にも手をつ

けようとしている。ただ教育に力を入れようという方針の知事は教員や警官の給与はそのままの意向のようで

あるが。

 その教育の世界も聖域化せず点検すべきであろう。というのも2・3年前、府立の高等学校に、中間管理職とし

て「主席」という役職が創設された。それにともない、給与も考慮されたであろうし、さらに彼らの授業時数が

半減されたことである。ということは、各校2人の「主席」が百数十校あるわけだから、ざっと見積もって200

0時間の授業時数が余分に必要になり、これを手当する人件費が増えたことになる。定年退職者の特別任用の利

用もあるが、それにしても、財政改革・緊縮財政が叫ばれるなか、一時的でなく恒常的な支出増を決めてしま

ったのである。当然府議会もこれにゴーサインを出した。

 学校というところは一般の行政体や企業とは違う組織である。学校で一番大事な授業はたった一人で行い、

責任を負う。それ故に校長・教頭(今は副校長)以外はすべて平の教諭であった。これが数十年続いてきた。

それが管理強化の一環として始まった評価育成システムの実施とともに、高く評価されたものをそれに見合う

地位につけるということで「主席」が生まれたのであろう。個人評価には問題が多いが、これについてはおい

ておく。

 百歩譲って「主席」を認めたとしても、そんな能力のある人と認められたなら人並み以上に働いてもらって

も罰は当るまい。授業もこなし、その上で「主席」の仕事も出来るであろう。

 ここは一番、「主席」の授業時数半減を解消すれば年間数億円は浮くであろう。やってみる価値はある、表

立って反対する人はいないだろうと思うが如何。



yamaharasakura at 00:21|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!時事問題 

2008年04月01日

京阪百貨店守口店ー木喰展

     生誕290年 『木喰展』

          庶民信仰ー微笑仏

 木喰(享保3−1718〜文化7−1810)は円空と並んで、江戸時代に衆生済度として仏像を刻んだ僧であ

る。その足跡は広く北海道から西国にまで及ぶ。長らく在の仏として信仰の対象となっていたが、大正13年

(1924)1月9日柳宗悦によって見いだされてから俄然注目されるようになる。

    ー私は即座に心を奪われました。その口元に漂ふ微笑は私を限りなく引きつけました。尋常な作者で

     はない。異数な宗教的体験がなくば、かかるものは刻み得ない。

 彼及びその後の調査で、約600体余の神仏像が現存している。

 そのお顔はあくまで土の匂いのするもので、ふくよかで頬が出て、眉・唇太く、しかも微笑ましく摂取不捨

のお姿である。

 先ず会場に入って目に映るのは「子安観音菩薩」である。立木観音として彫られたものであるが、生きた木

であるために洞のまわりに肉が盛ってきている。これは像が飲み込まれる前に切られて保存が図られたもので

ある。現在もなお生きた立木観音が3体ほどあるというのだが、その一つはもうしばらくすると見えなくなる

と云われている。

 木喰は滋賀にもきており、東近江の鋳物師町の竹田神社の狛犬2体が出展されている。

 彼は専門の仏師ではないので、掌の乗るものから約1メートルぐらいの像までである。さらに、まとまった

作も多い。十二神将像、十王尊など。また珍しいことに自身像まで彫っている。これらが狭い会場にずらりと

並ぶと壮観である。ただ大半のものが同じような顔つきなので、どれも似たり寄ったりとなる。

 また彼の書も出ている。六字名号の変種として「利剣名号」がある。南無阿弥陀仏の字がサボテンのように

刺が生えている。その横には「今上皇帝 天下泰平国土安穏」とある。「万人講」という書冊がある。木喰が

諸国を回る旅に出る際の喜捨帳である。237名の名と金額が挙げられており、計14両余を数える。今の金額

にして百数十万円という。


 楽しいというてはいけないのだけれど、こちらもほっこりするような顔立ちに接せられたのは幸せである。



yamaharasakura at 18:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!美術館 

2008年03月30日

琵琶湖文化館ー神像

 浮城特別鑑賞講座 湖国“モノ”語り 6

      『幽玄の神々』

           〜神像と信仰具〜

                 学芸員  榊 拓敏

 日本の神々について、日常の結びつきは薄い。それは国家神道の強制と敗戦によるそれからの隔離がもたら

したものという。

 本来日本の神々とは、

  本居宣長の古事記伝に曰くー凡そ加微とは、古への御典に見えたる天地の諸々の神たちを始めて、其を祀

     れる社に坐す御霊をもも申し、又人はさらにも云わず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其余何にもま

     れ、尋常ならずすぐれたる徳ありて、畏こきものを加微とは云うなり。すぐれたることは、尊きこ

     と善きこと、功しきことなどの優れたるのみを云に非ず。悪しきもの奇しきものなども、よにすぐ

     れて畏きをば、神というなりーと。

 これらを八百万の神として信仰してきたのである。

 ところが、ここに仏教が伝来する。そこで西番の神が優越し、神々は仏の膝下に帰依することになる。そこ

で仏像に倣って神像が作られることになる。始めは八幡僧形神という形をとった。この仏と神の関係を、神仏

習合という。お寺に守護神を祭り、神社に神宮寺が祀られる。

 しかし時代が下ると、神道において恐れ多い神々・祭主をあからさまにしないという流れのなかで、神像も

形式化簡略化されてしまったと。古いものほど立派という。


 [モノ]

  ◯神宝とされたもの

   石剣…刃がかけてあり、祭儀で打ち合わせたものであろうとされている。

   鍬形石、子持ち勾玉。

  ◯金勝寺 八幡神像 平安時代 60センチばかり

    桧の一木作り。丸木半分がそのまま使われ、心が背のところに来る。

    肋が浮き、険しい顔立ち。

  ◯日牟礼八幡宮 女神坐像 鎌倉時代 30センチばかり

    頭上に髷があり、口を開けている。特別な木が使われたのか、ゆがんでいる。

以上で講座修了。6回皆出席者に記念品が渡された。私も頂く。『近江の美術』という冊子と写真アルバムで

あった。



 3月30日でこの琵琶湖文化館はついに休館になる。いや「なる」のではなく、行政・政治が「する」ので

ある。

 休館とは言うけれど、目処のたたないそれは廃されるに等しい。これだけ優秀な博物館を、しかも代替物が

ないままにお終いにしてしまう、これは文化財に対する冒涜である。

 お金がないという。しかし教育委員会でも、高等学校の中間管理職の時間減を無くせば、そのぐらいのお金

はすぐに捻出できるのに(行政改革といいながら、時間減で講師時間を大幅に増やしている)。本当にバカな

ことをする滋賀県である。                                (3.29)

   

yamaharasakura at 16:52|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!博物館 

2008年03月29日

八日市西蓮寺ー織田瑟々展

 昨年も西蓮寺での「織田瑟々展」を拝見したのだが(このブログ2007.4.1の項)、今年は葉書で案内を頂

いたので、運動をかねて朝一番に自転車で出かける。

 今年出品されていた作品

 [本堂]

   三熊思考の桜図…倣平山業とある

   三熊露香の桜図…伴蒿蹊の賛あり

   広瀬花穏の「艶桜」

   織田瑟々の「有明桜」「三芳野桜」「逆手桜」「糸垂桜」「糸桜」

        「山桜別種」「美人桜桐谷」「有明桜」「須磨桜」

        「御殿山八重桜」「牡丹桜」

 [別室]

   織田瑟々の「八重桜」「有明桜」「三芳野桜」

   織田貞逸の「上野国桜」※瑟々の息子

 織田瑟々の桜図は品種名が付けられてはいるが、園芸的にハッキリ区別できるようには描かれていない。近

江に帰ってからは、園芸品種の桜を見る機会はなく、京都時代の写生・下絵によったと思しい。檀家のために

描く分には、一軒一軒比較することはないのでこれでも良いのだろうが、一堂に集めてみると同じように見え

てしまう。

 午後から記念講演ー國賀由美子氏「織田瑟々とその時代の文化人の交流」があったが、昼からは琵琶湖文化

館での講義があるので、残念ながら出席できなかった。

 織田瑟々の桜図は4月に入ると、名古屋城天守閣でも展覧される。これは西蓮寺での作品とは別のものがこ

の地から運ばれるという。川合寺の地には織田瑟々の絵がかなりたくさん所蔵されているようである。 

yamaharasakura at 10:37|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!美術館 

2008年03月28日

美術館「えき」KYOTOーフランス近代絵画

   ひろしま美術館所蔵

       『フランス近代絵画名作展』

 西洋近代絵画の展覧会は幾度となく開かれているが、今回は前評判の高い「ひろしま美術館」の名品が京都

にやってきた。


 1、ロマン主義から印象派まで

    ※印象派とはモネの「印象ー日の出」から採られたものという。

 ドラクロア「墓地のアラブ人」…小さい絵だが、ロマン的大時代的なドラクロアそのもの。

 コロー「ホロメ島の浴女たち」

    「花の輪を持つ野の女」…よく知られた絵。少し老け顔に作ってある。

 マネ「灰色の羽帽子の婦人」…パステル画で、薄桃色の肌色がさわやか。

   「バラ色のくつ」…これもよく知られた作。

 ドガ「馬上の散策」…油絵。

     ブロンズの「踊り子」は一体なんだ?

 シスレー「サン・マメス」…まさに印象派の色使いで、光り輝く。

 ロダン「バルザックの頭部」 

 ルノアール「パリスの審判」…著名な作だが、女体のふくよかさに対して、目だけが線描きされているのに

     違和感を持つ。

 モネ「セーヌ川の朝」…やはり薄紫が生きる。


 2、新印象派と後期印象派

 ピサロ「水浴する女たち」…お尻の赤いのがかわいい。

 ゴッホ「ドービニーの庭」…力強い点描のような筆致がリズムになっている。同系色でまとめているのも心

     地よいが、エネルギーが溢れる。

 ゴーギャン「ブルターニュの少年の水浴」…初期の作のようだが、タヒチ時代のような色使いが始まってい

     る。

 セザンヌ「坐る農夫」…意図的に顔や服にぬり残している。小磯良平を思う。

     「曲った木」…著名な作品だが、もう一つ感心しない。

 シニャック…点描で軽く浮いたような感あり。

 ルソー「要塞のながめ」

 ボジャール、ボナール、ヴュィヤール


 3、フォーヴィズムとピカソ

 ムンク「マイスナー嬢の肖像」…野獣派のような原色の色使い。不安はなし。

 ピカソ「カンカン」…ロートレックを思う。

    「酒場の二人の女」…青の時代の優品。憂鬱で荒んだ匂いがする。

   ピカソの作品は7点を数えるが、上記以外は私は駄作とみる。彼は製作への意欲は持続しただろうが、

   丁寧に描くのが面倒になったのではないか。

 ブラック「果物入れに果物」…ピカソよりよっほどまし。

 レジエ。ルオーは相変わらずのピエロ2点。

 ヴラマンク「雪の道」…荒々しい筆致での雪の表現がうまくいくと、そればかり。

 マティスは平板。

 デュフィ…色を塗った上に輪郭を描いていく。日本の影響があるか。


 4、エコールドパリ

 スーティン、モディリアーニ、ローランサン……

 ユトリロは白の時代のものとその後のものの2点。白の時代のものの方が数等上だが、この白はもう一つ。

 シャガール「私のおばあちゃん」…よく知られた作品。

      「恋人たちと花束」…白が基調で、暖かく品よし。

 キスリング「ルーマニアの女」…エキゾティックで輪郭のはっきりした表現が個性的。

 パスキン「ギカ公女」「緑衣の女」…物憂気な雰囲気が独特。

 藤田嗣治「受胎告知」三幅…金箔を使い、面相筆を用いて、西洋の画題ながら、桃山期の障壁画の雰囲気が

     漂う。

     「裸婦と猫」…背景を黒にしているので裸婦の白さがより際立つ。猫が生きている。

 フランス近代絵画を通覧できる名作ぞろいということが出来るか。これだけよくも収集したものである。特

にゴッホ、フジタのものがよい。                              (3.27)

yamaharasakura at 18:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!美術館 

2008年03月27日

泉屋博古館ー青銅芸術

     『中国中近世の青銅芸術』

 中国青銅器といえば、殷周の祭器を思い浮かべる。しかもここ泉屋博古館は世界に名だたる殷周青銅器の所

蔵館である。さらに青銅器といえば銅鏡がある。これも、中国・朝鮮・日本のものがここに多く収蔵されてい

る。

 この他に青銅製品といえば何であろうかと思うのだが、中国はやはり銅製品の長い伝統がある。特に木や織

物に代表される南方の文化に対して、北方では石や金属が中心の文化をもっている。その銅製品の一部が日本

にも輸入されて愛玩されたもの、それが今回の展示の中心をなしている。

 先ずは北朝の小さな動物像。

 「鍍金辟邪像」…鎮墓のためのものか。

 「鍍金有翼獅子像」…いわゆるグリフィン。イランや中央アジアでおなじみの像なのだが、東西交流の結果

     なのであろうか。

 「鍍金獅子像」…高さ9.5センチ。一部毛並みを繊細に刻んである。

 「鍍金龍像」…細身の龍で、のちに筆置として用いられた。

 「鍍金舍利槨」…新館の入口にある大きな石函のなかに納められていたもの。入口から奥に向かってすぼま

     る。扉の上に五尊像。その左右に狛犬。側面は伎楽天が飛び、基壇に天王(仁王)が五王立つ。

 槨のなかにあった棺も並んである。ただ棺のなかに入っていたであろう舍利容器は失われている。

 つぎに泉屋博古館が誇る鏡鑑のうち、隋唐以後のものがたくさん並べられる。

 「仁寿サンゲイ鏡」…サンゲイとは獅子の一種。当初からの輝きが残る。

 「海獣葡萄鏡」…錆びていないこの手のものは珍しい。

 その他唐代のものは、上流階層が用いたもので、造形がシャープである。

 時代が下ると「素文鏡」が現れる。文様のないツルンとした鏡である。

 宋代になると鏡も一般化して大量に作られたのであろうか、粗剛となり、文様の輪郭も鈍くなると。また1

0センチばかりの小さなものも作られる。

 中国以外では高麗物がある。とくに「鐘形鏡」は珍しい。鏡といえば丸としか思わないのだが、これはつり

下げるようになっている。

 また宋代では、殷周の古銅器の研究がはじまり、その研究書である『考古図』、『博古図録』の乾隆復刻版

が展示されている。その成果として、その形を模した製品も作られる。 

 「金銀錯獣形尊」…殷では犀の形のものがあるが、これは何と「兎」の姿をしている、目も赤い石を嵌めて

     ある。

 「金銀錯鼎形香炉」…これも殷器を再現したもの。木製の蓋に玉鈕がついている。

 時代がもう少し下ると、瓶などの実用品が多くなり、それらは日本にも輸入され、茶道具として重宝されて

今日に伝わる。

 「下蕪形象耳瓶」…銘「キネラリ」として伝わったもの。瓶の多くは漆で表面加工されている。

 「舟形皿(砂張舟形釣花入)」…これは「松本舟」として、天下三舟の一つという。反りの仕上げが美しい

 全体としてまことに品の良いものが並べられる。清雅といわれる所以である。さらに一分の隙もなく整って

展示されている。ここにはよほど練達の展示係が居られるようである。本当にここに来ると、清々しくなる。



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2008年03月24日

08年の初花が咲く

 3月23日、今年最初の開花をみる。

   八重系の『時雨紅葉』である。八重にはなっているが小さな花で目立たない。

 八重系については生育が思わしくなかったので、植替えはしないでおいた。それと我家で一番暖かい場所に置

いてあった。

   同じ八重系の「歌くらべ」も翌日咲いた。

 植え替えした鉢の新芽の生育はいつもとは少し変わっている。培養土に肥料を仕込んだので、それがよく効い

ているのか、葉が黄緑色である。それが伸び上がってくるにつれ、緑へとかわっていく。ただこれも品種によっ

て大分違うようで、元気な芽ほど早く緑になるようである。

yamaharasakura at 11:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!桜草の栽培