「water=冷水」ではない… 

cw私が時々立ち寄る《回転寿司屋》には左の写真にあるような掲示がある。これを一見して、「日英語の相違」という観点から、「不十分な不適切な掲示」とすぐに気づける人はどのくらいいるだろう。たいていの日本人客はそんなことなど気にも留めないだろう。正しいと思い込んでいるからだ。我が国にはこの類いの不十分あるいは不適切な英語表記が多過ぎるように思う。
 いずれにせよ、この掲示の日英語間の問題点が即座に理解できる人は、英語の"water" がよく理解出来ている人だと言ってよい。

日付と-th、-st、-rdのこと

1) Today is October 9th .
2)Today is January 3rd.
3)For example, if today is October 1st and that date is a Wednesday, the MONDAY tag would be September 29th, TUESDAY would be September 30th and ...
4)Yesterday was July 4th, and for the first time since I came here, I kind of missed the U.S.
5)yesterday was June 11th, which makes today June 12th, therefore, tomorrow will be June 13th. Solution. Today is Wednesday, June 12th, 2013.
6)Yep, yesterday was June 9th, the very first day that Black Witch had gotten started.

 上掲の文はいずれもウェブ上で拾ったものだ。問題はOctober 9th、October 1st、June 9th などという表記法だ。今、これを《不適切》だとか《間違い》だなどと思うネイティヴスピーカーがどのくらいいるだろう。だが、私が昔、ロンドン大学大学院で教わったところでは、口頭では 9th、1st、3rd などと言っても、書く時には月の名称の後ろでは thstrd は書かないのがルールだった。したがって、表記する場合は Today is October 9. / Yesterday was July 4. / Today is January 3.のようになった。月の名称がない場合はToday is the 9th. / Yesterday was the 4th. / Today is the 3rd. と書いた。いつも書くように、言葉やその用法・表記法は時代と共に変化するが、このルールを今でも守っている人たちは存在するはずだ。

循環器内科に行って来た。

今日は暑い中を電車を乗り継いで、入院していた某病院に行って来た。循環器内科のK医師(女性)の診察を受けるためだ。K医師は私が緊急入院して最初にお世話になった方だ。K医師のお陰で肺に溜まっていた大量の水を毎日、尿として出していただき、そのお陰で正常に息が出来るようになった。カテーテル検査によって、私の心臓冠動脈の異常を発見して下さり、循環器外科の I 先生に連絡を取ってくださったのもK医師だ。まさに私の命の恩人だ。

 朝一番で血液検査・レントゲン検査等を受けて、K医師の診察を受けた。ありがたいことに術後の心臓の動き、血流の状態は順調だそうだ。もちろん、優れた薬剤のお陰でもあるが、何度も書いたように、私に関わってくださった先生方や看護師の皆さんのお気持ちに応えるためにも、私自身が一生懸命に生活習慣・食習慣を変える努力をした。どの先生からもその《努力》を褒めていただいた。

 毎日、6.5キロ、約1万歩の散歩を欠かさない。小雨の日も決行している。家族のものが心配する炎天下の中でも(何度が木陰で休むことはあるが)ゆっくりと散歩をしながら、《生かされている》、《生かしていただいている》ことを実感する。手術前はほとんど全く歩けなくなっており、呼吸もできないほどだったから、正常に息が出来、歩けることが本当に嬉しい。心筋梗塞・冠動脈閉塞を実体験した人であれば、私が言っていることの意味を分かって下さるだろう。胸と左足の大きな傷跡にはまだ痺(しび)れが残っているが、それらは私の不摂生の大きな反省材料としてこれから私が命を負える日まで残り続けるものだ。

【付記】高血圧の治療を過去何年間も行っていた私の今朝(9時27分)の血圧は上が102mmHg、下が 70mmHgだった(脈拍数は73 / 分)。入院後は正常値が保たれている。ありがたいことだ。

「動詞+-ing」形と「動詞+to不定詞」形のこと

学生を教えていて、「理解できていないな」と思ったことは、以前言及した「will とbe going to」以外にも、いろいろある。表題の「動詞+-ing」形と「動詞+to不定詞」形の意味の違いもそうだ。その違いをきちんと説明できない大学生は意外と多い(学部にもよるが)。動詞はforget, remember, stop, try などだ。たとえば、

I forgot emailing him.
I forgot to email him.

I remembered emailing him.
I remembered to email him.

I stopped talking to him.
I stopped to talk to him.

I tried emailing him.
I tried to email him.

  のような例だ。英和辞典を開けば、その違いは必ず詳細に説明されているはずだから、ここでは省略するが、上記したように、その違いをきちんと説明できない大学生は意外と多いというのが、長年の経験に基づく、私の印象だ。

名詞としての female のこと

米国Pennsylvania州のDV (domestic violence) に関するブログ記事を読んでいたら、 The traditional definitiwomanon of rape in the United States most commonly was, ""sexual intercourse by a man with a female not his wife without her consent"" (quoted in Barshis, 1983, p. 383). と書かれた一文が出て来た。そこに a man with a female とある。今、female を名詞として用いてこのように表現することに抵抗を感じる英語圏人がどのくらいいるだろう。アメリカ英語で広まった用法のようだが、かつてfemaleは形容詞として用いるのが正用法だった例:a female student。したがって、a man with a female  a man with a woman のように書くことが望ましかった後者は今も正用法。言語は変化する(Language is subject to change.ということを実感する。

public houseは「民家」ではない

アガサ・クリスティー (Agatha Christie) のポアロ (Poirot) シリーズの1つThe Adventure of the Clapham Cook (「コックを捜せ」)をYouTubeで見ていたら、イングランド湖水地方のケズィック (Keswick) に向かうポアロが、「ここら辺りはレストランも劇場もpublic housesもない」と不満を漏らすところが出て来た((24:15辺り)。原文ではpublic housesとあるのに、字幕では「民家」となっていた。public を「市民の」とでも解釈したのだろうか。これは当然《パブ》(日本式に言うなら《居酒屋》)でなくてはならない。日常会話ではpubと言うことが多いが、 ポアロは改まった語である public houses を使っている。この語は時々《誤訳》されているようだ。

毒にも薬にもなるワーファリンのこと

w1養老孟司氏の著書の1つに『毒にも薬にもなる話』と題されたものがあるが、今、毎日の朝食後、3錠ずつ服用している《ワーファリン》を手にするたびに、「これこそ毒にも薬にもなるな」と実感する。というのは、この薬は抗凝固剤の1つで、簡単に言えば《血液をサラサラにするための薬》だ。私のように、心臓の血流に問題がある患者には重要な薬だが、これが何と殺鼠剤(ネズミ取りの薬剤)としても用いられるそうだ。Wikipediaには、「摂取したネズミは、網膜内の内出血で視力低下するため明るいところに出てくるといわれる。最終的には腹腔内の内出血で死亡する」とある。私はこの薬を医師の指示に従って服用しているが、殺鼠剤としても使用されると知ってからは、服用するのが少々怖くなった。副作用・禁忌の実態(「催奇形性が指摘されており、妊婦に対しての投与は禁忌である」Wikipedia)にも興味を引かれるようになった。私が服用している薬には必ず「注意事項・相互作用・副作用」への言及があるが、特に副作用への注意書きを読む限り、「毒にも薬にもなる」という言葉の意味を実感する。

【付記】手術を担当してくださった I 医師からは「私は薬剤(ワーファリン)による抗凝固療法を行なっています。
[病名:冠動脈血管バイパス手術後] もし他のことで治療を必要とする場合は下記へお問い合わせ下さい
。」(病院名・電話番号・主治医名省略)という文字が印刷された《ワーファリンカード》をいただいている。これから推測しても《ワーファリン》は並みの薬ではないような気がする…。

visible to the eyeという言い方

original founder, original source の original が《あらずもがな》だということは先に書いたが(こちら)、visible to the eye という言い方も、普通に使われてはいるが、よく考えれば to the eye が《あらずもがな》だ。visibleだけで意味を成す。以下にネット上で拾った例を5例だけ挙げておく。

1) Not everything that exists is visible to the eye.
2) The only form of energy visible to the eye is energy carried by light.
3) According to Wikipedia there are over 16,000 types of parasitic nematodes. Some are visible to the eye.
4) Other estimates place the number of stars visible to the eye alone – surrounding the entire Earth – at more like 5,000.
5) As this distance not a single star is visible to the eye, even in the largest telescopes, but a large telescope can photograph individual bright stars. In the twenties ...

センサーが作動した場合…

b1一昨日、病院に検診に行った際に立ち寄った書店の入り口に左の写真にあるような文句が書いてあった。書店とセンサーとの関係の詳細について知っているわけではないが、《常識的》に判断すると、これは《未会計》の商品を店外に持ち出そうとする客、もっとあからさまに言うなら《万引き犯》を想定しての注意書きだろう。そうすると、「センサーが作動した」ということはそういう客(《客》とは言えない)が店外に出ようとしたことの証しだから、「お声を掛けさせて頂くことがございます」は婉曲的過ぎるように思える。「お声を掛けさせて頂くことがございます」と言うことは、センサーが作動しても「お声を掛けないこと」もあり得るということを暗に言っているのだろうか。そういう場合があるとすれば、声を掛ける基準は何だろう? 最初、私はそんなことを思った。  
 
 だが、よく考えてみると、センサーが何らかに対して異常に反応して鳴ってしまったというようなことがあるのかも知れない。そういう場合なら、この日本語でも差し支えないかと思い直してみた。しかし、それでも、掲示する文句としては「センサーが作動した場合はお声を掛けさせて頂きます」のほうがすっきりしていて好ましいと思う。これで、〔げ餬廚両ι覆鮖ったまま店外に出ようとするとセンサーが作動して《万引き犯》の疑いが掛かります▲札鵐機爾慮両稘で作動した場合も念のために声を掛けさせていただきます、の両方に解釈できる。したがって、写真にあるような曖昧な言い方をする必要はないというのが私の結論だ。

「英語教育業界でもっとも敵の多い山岸先生の快作」

mazui1表題の文句は、私の近著『まねてはいけない! マズい英語: 辞書の権威が辞書にダメ出し』(学研プラス)に対してAmazonの書評欄にどなたかが投稿した書評のものだ。これを見て、正直なところ、私の頬の筋肉は緩んでしまった。20代後半から45年以上も、各種英語雑誌・一般雑誌その他に、《英語辞書業界》の《陰の部分》を含めて、《英語教育業界》に関して《ホンネ》を書き続けて来たから、私には間違いなく《》が多い。書かれたり、言及されたりした側の《恨み》は骨髄に徹しているだろう。私の政治思想に反発する人々の《嫌悪感》も忘れるわけにはいかない。その点もよく承知している。インターネット上には、《山岸憎し》をよく示す書き込み・スレッドが多い。ただし全てが《匿名》だ。その点が《恨み》の発露の特徴だ。

 書評氏がどなたかは推測さえできないが、じつに的を射たタイトルだ。私が「英語教育業界でもっとも敵の多い」人間になった理由と思われるものについては、最低でも7つ、8つが考えられるが、それらについては場所を改めて書くこととして、ここでは上記の理由だけにしておく。ただし、私は自分のこれまでの言動に何ら《やましさ》を感じていないし、《後悔》もしていない。『嫌われる勇気』という題名のベストセラーがあったが、そんな勇気を持ち合わせたこともない。私の頭脳が健全に機能し続ける限り、私は、英語辞書・英語教育の本当の姿》、《真実が知りたい。だから、現在の姿勢を崩さないし、自分の信念を曲げない。フリードリヒ・シラー (Friedrich Schiller; 1759-1805)ではないが、「信念がなくなれば全てがぐらつく(Alles wanket, wo der Glaube fehlt.)」からだ。私の人生のほとんどは英和・和英辞典の改良・改善のための提案・実践に費やされたから、同じ分野で日夜、真に頑張っておられる人々には常に敬意を払っている。とにかく、《議論》はお互いの正体を明らかにした上で行いたいものだ。

【付記1】本書の第1部を通読するだけでも、なぜ私に《》が多いが推測できるはずだ。
【付記2】辞書作りに関する私の論考・講演
http://jiten.cside3.jp/work/work_ser_03.htm
http://jiten.cside3.jp/work/work_lec_04.htm
http://jiten.cside3.jp/work/work_07_pps.htm
http://jiten.cside3.jp/work/work_08_mod.eng..htm 

【後日記】私のHP「教育全般」(EDUC. IN PERSP.) 16に「英語教育業界で私がもっとも敵が多いらしい理由
」を書いた。

HbA1c値が基準値に収まった!

f今日は、外来患者として、心臓バイパス手術を受けた病院へ、糖尿病のその後の検査と担当医の受診のために出かけてきた。私は、5月7日現在の検査により、HbA1c値(ヘモグロビン・エーワンシー;基準値4.6−6.2)が9.1と、明らかな《糖尿病》と診断された町医者にかかっていた時はそれ以上の数字だった。心臓外科の医師からは、「糖尿病だけでも別途、入院が必要ですよ。」と伝えられた。
 何度も書いたように、「九死に一生」で、命を救っていただいた以上、私に関わってくださった医師・看護師の皆さんに、「私も本気である」ことを証明したかった。まず、退院以後、食事・生活習慣を大幅に変えた。1日1万歩を目標に、約6.5キロの散歩もするようにした。6月21日の検査ではHbA1c6.8にまで下がっていた。7月1日では6.3、そして今日(8月16日)の検査では何と6.2にまで下がっていた。基準値に入ったことになる。担当のN先生からは「よく頑張りましたね。」と褒めていただいた。
 過去、10年以上も高血圧に苦しんでいたが服薬しても、上が140〜50、下が90〜100、退院以降はほとんど常に、上が120〜30、下が70〜80という基準値に収まるようになった。今日、病院で測った数字は上が102、下が69だった。町医者で処方箋を書いてもらい、服用していた高血圧・糖尿病の薬はいったいなんだったのか!? いずれにせよ、「人間、本気になれば、持病を改善することは不可能ではない。」ということを実感した次第だ。

【追記】糖尿病内科に行ったあと、私がお世話になった病棟のナースステーションに立ち寄った。顔なじみの看護師さんたちが忙しく働いておられた。皆さんに入院中にお世話になったお礼を述べて早々にそこを失礼した。

「見えだす」と「見いだす」

大東亜戦争を話題とした討論番組の動画に寄せられたコメントを読んでいたら、

 当時の、アメリカ、英国、ソ連、の為政者たちの極悪な思想と策謀に其れを、見えだそうとしないのか不思議でならない

という1文が目に入ってきた。「見えだそうとしない」? 文脈から判断して、これは「見いだそうとしない」(もう少し漢字交じりで書けば「見出そうとしない」)ではないのか? そう思いながら、いつものようについでにGoogle検索に掛けてみたら、次のような例が見つかった。私の語感では、いずれの場合も「見いだす」、「見出す」と表記すべきものだ(文例の中に、某著名大学の教授が書いたものがある)。

1) 〜以外の肖像画を見えだす
2)短歌と文鳥に生き甲斐を見えだす
3)平和を見えだす、という点を唯一の拠り処としている
4)型であらわさ れ, これによ り, 類似年を見えだすのに便利である
5)しかし2/3強の自治体が、このままでは済まないと考えているところに、希望を見えだす
6)完全に不安を払しょくすることには至らないが何らかの理解、解決方法を見えだす事で少しづつ、自らの判断で、暮らし方・生き方を選択するしかない・・・

 キーボードの単なる打ち間違いによるものか、それとも最初から間違えて覚えた結果なのかは不明だが、引例できる数の多さから推測して、後者の場合も少なくないものと思われる。 

will とbe going to のこと(続)

助動詞のwill と言えば、アメリカ人の同僚X氏(Ph.D.取得者)がいつだったか、中学英語教員を対象とした講習会で、次のような例文を黒板に書いて、「このwill はどんな機能を果たしていますか」と参加者に聞いたそうだ。

If you will pay off your debt, I won't have to bother you further.

 参加者は4、50人だったそうだが、質問された5、6人全員が「未来」(futurity)を表すwillだと答えたそうだ。X氏の答えはちょっと違った。私のかつての教え子諸君への宿題としておくので、考えてみてほしい。

will とbe going to のこと

学生を教えていて、「理解できていないな」としばしば思ったことの1つが、表題のwill とbe going to の使い分けだ。同じことはイギリス出身の同僚も感じていたらしく、「どうして大学生になってもその区別がつかないのか?」といぶかしがっていた。彼が示した例文は次のようなものだった。

★I'll see him when I get to Brighton.
★I'm going to see him when I get to Brighton. 

 最初の文は、発言するその場での意思決定(「〜しよう」)や、将来実行される約束(「〜します:〜してあげよう」)を問題とする場合に使う。これに対して、あとの文は、前もって決めてある予定を問題とするような場合に使う。同氏は、日本人大学生は第2文の意味(「〜するつもり」の意)で第1文を使うことが頻繁にあると言っていた。私も同様の感想を持っている。「〜する計画[予定]だ」という場合、I plan to 〜.の形もよく使う(plan on -ingの形はインフォーマルな言い方だ)。

「彼は神経質だ」の英訳の仕方

「彼は神経質だ」をHe is nervous.と訳す日本人学習者が少なくない。だが、日本語の「彼は神経質だ」は当人の《性格》をいうが、英語の nervous は「一時的に緊張したり、落ち着かなくなっていたりする」ことをいう語だ。性格的に「神経質だ」という場合は、したがって、別の表現を用いなくてはならない。そういう場合は、「神経過敏だ」と考えて He is overly sensitive. と訳すとよい。そんな話をTranslation Skills の授業中にしたら、受講生の一人Sさんが、

和英辞典には『神経過敏な be oversensitive』とありますから He is oversensitive.でもいいですか。英和辞典のoversensitiveにも『過度に神経質な』と訳してあって、先生が示された日本語にぴったりだと思うのですが。先生はなぜこの語ではなく overly sensitive とoverly を使って書かれたのでしょうか。oversensitiveとoverly sensitive との違いは何でしょうか。

 と聞いてきた。以下はその時の私の回答だ。Sさんは毎日のアルバイトに英語を使っているらしく、その語感もだいぶ磨かれているように思えた。以下は私の彼女への返答だ。

oversensitive は日本語では「過度に神経質な」ということで、「彼は(過度に)神経質だ」の訳語とできそうですが、問題はこの形容詞の含みはほとんどの場合《女性》です。この点は Rosalie Maggio: The Nonsexist Word Finder (1987)でも指摘されており、明らかな性差別語の1つだと断じられています。また、その理由により、He is oversensitive.では男性を指す he と女性の含みが濃い oversensitive では、両語が反発し合って不自然な英語になるでしょう。ネイティブの中にはそんなことを感じずに、そういう組み合わせを用いる人も少なくないようですが、そうでない人のほうが語感が優れていて好ましいと言えるでしょう。したがって、こういう問題を解決するには overly (過度に)という副詞を用いればよいということになります。 このように、英語の単語の中には、男女いずれかの性と強く結びついているものが少なくないので、英和辞典・和英辞典はそういうことに対する注記を施しておくのが望ましいと思います。

久しぶりに映画「好人好日」(1961)を観た。

久しぶりに映画「好人好日」(1961)を観た。これで3度目だ(Wikipediaの「好人好日」はこちら)。主人公の尾関等(笠智衆)はのちに文化勲章を受章する大数学者で、奈良の大学の教授である。よく知られている如く、そのモデルは天才数学者で奈良女子大学名誉教授の岡潔博士(1901年-1978)だ。
 もちろん、私と岡博士との間に何ら接点はない。だが、そのお妹様とは多少のご縁があった。というのは、そのお妹様(私の母と同年の明治37年生まれ)のご長男が大学・大学院時代の私に英語学・英語史の面白さを教えて下さったO先生なのだ。お妹様のお連れ合い(すなわちO先生のお父上)は著名なフランス語学者で、某仏和中辞典の編者のお一人O先生。側聞するところ、作家・吉行淳之介 (1924-1994)のフランス語の先生がこちらのO先生とのこと。
 文京区千駄木のご自宅にしばしばお邪魔させていただき、お妹様とも親しくお話をさせていただいたり、茶菓を頂戴したりした。「好人好日」を観るたびに、今から半世紀前の私の若かりし頃を思い出す。何度観ても飽きのこない、ほのぼのとして、よく構成された映画だ。
 岡博士と私ごときを比較するのは恐れ多いことだが、「貧乏学者ゆえに妻に多大な苦労を強いた」という点だけは共通していて、この映画を見るたびに、そのことを思い出す。

【付記】岡潔博士は「天才」と称されることよりも「努力の人」と称されることを好まれたそうだ。

×「起こし頂きました」 ○「お越し頂きました」

私がよく知る著名なX氏に言及していた某衆議院議員のブログ記事の中に、「X先生はこの度、長年の功績が評価され瑞宝中綬章を受章されることになりました。その報告も兼ね私の事務所に起こし頂きました」と出て来た(Xの箇所は実名)。衆議院議員ともあろう人が「起こし頂きました」と間違った日本語を使うはずがないから、これは多分キーボードでの変換ミスだろう。そう思ってウェブ検索をすると、何と同じ間違いが数多く見つかるではないか! 以下に5例だけ引用しておく。

1.新橋でのイベント、沢山の方に起こし頂きました! 遠くから来てくださった方もいらして、嬉しかったです(*^^*)
2.本日フライデーに起こし頂きました皆様ありがとうございました♡ 回を重ねる毎に好きになるフライデー。
3.本日も、沢山の会員様に起こし頂きました‼ ありがとうございます‼
4.昨日、わたくしの誕生日前夜祭に起こし頂きました皆様有難うございます(*^o^*)
5.沢山の会員様に起こし頂きました!! 感謝感謝です☆

 この間違いは全て「お越し頂きました」(「お越し」は「行くこと」「来ること」の意の尊敬語)と表記しなければならないものだが、上記したように、キーボードでの単なる変換ミスなのか、それとも完全に間違って覚えてしまっているのか、私には分からない。いずれにせよ、気を付けたいものだ。

眼科に行って来た。

今朝、近所の眼科に行って来た。入院中にお世話になった糖尿病専門医・N先生のご指示で、糖尿病が目に影響を与えていないかどうかを確認するためだ。糖尿病網膜症、糖尿病黄斑症、白内障の検査と診察を受けた。入院中、病院の管理のもとでの食事制限・服薬のお陰で、糖尿病はだいぶ改善されたという実感があったが、退院してからは食事制限・服薬・毎日の散歩(約1万歩)を続けて来た。その甲斐があってか、今日の眼科の検査と診察の結果、「年齢相応の白内障が少しだけ見られるものの、糖尿病は全く影響していない」という医師の《お墨付き》をいただいた。これで一安心だ。いつも書くように、折角助けていただいた命だから、患者である私も一生懸命に《よくなるように》努力しようと思う。

I feel good.とI feel well.

何年か前のことだ。英作文のクラスで女子学生の一人から、「I feel good.とI feel well.とは同じ意味ですか。」と聞かれたことがあった。「あなたはどう思うの?」と聞き返したが、「よく分かりません。」とだけ答えた。そこで私は次のように答えた。

同義と考えて差し支えない場合と、微妙に意味が異なる場合とがあると思うね。たとえば、I 'm over my cold and …(風邪が治って…)に続く場合、I feel good.と言ってもいいし、I feel well.と言ってもいいね。両方とも「(今は)元気だ」と言っている。でも、文脈によっては、I feel good.は精神的あるいは肉体的に、あるいはまたその両方で《快適に感じている》ことを意味し、I feel well.は「病気ではない;具合が悪くはない」という《状態》を言っていると解釈できるね。 

 この答え方でよかったと思っているが、類似表現でも意味は文脈によって(微妙に)異なるから要注意点だ。

"original founder"の冗語性

The Denver Post (August 4, 2016 at 5:18 am)の「死亡記事」(Obituary)を見ていたら、Keith Brown氏が91歳で亡くなったことが書いてあった。次にその一部を引用する。

“He was always surprised that Vail had grown to such size and importance. No one had any idea Vail would turn into what it did,” he said of his father, the lawyer, U.S.ambassador, developer, financier, philanthropist and one of the original founders of Vail, who died July 29 in San Antonio at the age of 91.

 私の注意を引いたのはoriginal founderという言い方だ。私の考えではfounderという語自体にoriginalという意味が含まれているから、いかにも冗語的だ。英語を母語とする人が言ったり書いたりする中にこの言い方はしばしば出て来る。 類似の言い方にoriginal sourceがある。sourceだけでoriginalという意味が分かるから、この言い方も冗語的だ。日本語で言えば「大きな大刀、小さな小刀」の類いだ。

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