狛江市長の“セクハラ”問題に思う ― 伝統・慣習・風習の衰退…(続)

一昨日の記事で、狛江市の高橋市長が「(同じコップで飲む献杯・返杯は文化だと思っている」と弁明したことに私も同意していることを記したが、その例は日常的に数えきれないほどある。YouTubeで観ることの出来る古い映画を何本か通観するだけでもそういう場面を見つけ出すことができるだろう。たとえば、昭和29年 [1954年] に放映された五所平之助監督の映画「大阪の宿」にも出て来る。
 取引先の野呂(多々良純)が、自分が飲んでいたビールのコップを三田喬一(佐野周二)に手渡して飲むように勧める。三田はそれを受け取って仲居の女性からビールをついでもらう。次の画像が示すとおりだ。sakex
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また、石坂洋二郎原作で加山雄三主演映画「何処へ」(昭和41年[1966年])には、山茶花究がPTA会長の田崎潤に対して、「会長、お流れを1つ」と言って、田崎の盃で“お流れ”を乞う場面が出て来る(下の2葉の画面)。
sa2sa1
 高橋市長の「(同じコップで飲む献杯・返杯は文化だと思っている」という弁明は、したがって、擁護されてしかるべきなのだ。「セクハラだ!」、「パワハラだ!」(共に、好きになれない語だ)と声高に叫ぶ前に、先人たちが普通のこととして受け入れて来た伝統・習慣・風習といったものをもっと知る努力をしてほしいものだもちろん、伝統・慣習・風習が時代と共に“変容”することはよく承知している)。

狛江市長の“セクハラ”問題に思う ―伝統・慣習・風習の衰退…

朝食を摂りながらテレビニュースを見ていたら、東京都狛江市の市長・高橋都彦氏(66)の「セクハラ疑惑」を報じているのが私の耳目についた。ちょっと調べてみると、“被害”に遭ったという女性からは、具体的には「2014年4月の宴席で自分が口をつけたコップで飲むことを強要された」、「エレベーターでお尻を触られた」、「車内で手を握られた」、「夜誘われることが多くて困っている」など報告がなされているらしかった(こちらの関連記事を参照した)。

g2私には詳細は分からない。だが、最初の「2014年4月の宴席で自分が口をつけたコップで飲むことを強要された」に関してはどうしても一言(いちごん)しておきたい。高橋市長はこの点に関して、「私は九州男児であって(同じコップで飲む)献杯・返杯は文化だと思っている」「異性への関心をもとにやったことじゃなくて、『狛江一家』みたいな、家父長的な立場としてやった。」と釈明している。この点では私は高橋市長の側に立つ。ただ、この慣習は“九州男児””に限らない。“同じ盃”で酒を飲む(今はガラスのコップも含める)共飲文化は我が国に普通に観察された [される] ことなのだ。若い世代を中心に、現代日本人の多くがそのことを知らないだけだ。【戦後、占領軍・GHQは日本人の民族的・文化的均質性およびその結束力の強さに恐れをなして、それを弱体化、あるいは消滅させるために《日本人洗脳教育》を施した。
 
 我が国のような「共食・共飲思想」を基盤に発達して来た国は、「栄水(さかえみず)」すなわち「」を同じ盃で飲むことによって“(共栄のための)縁繋(えんつな)”、“(速成 [臨時] の)身内造り”と考えた。今でも神前結婚式では新郎新婦は同じ盃で三々九度の儀式を行うし、“任侠”に生きた [生きる] 者たちは“身内固め”をするために1つの盃を使う。

  「一宿一飯の恩義」という言葉もある。これも「共食思想 [文化] 」の一部で、同じ竈(かまど)の火を使って炊いた飯を“共食”した時点で、それを、恩義と捉え、場合によってはその飯を提供してくれた人(たち)のために命を投げ出すことも、とりわけ“任侠道”、“ヤクザ渡世”では、普通の行為だ(った)。ちなみに、同じ竈の火を使って煮炊きしたものを共食することを「戸喫(へぐい)」と言う。
 
 少なくとも、“日本文化”によく通じた“日本人”なら、「宴席で自分が口をつけたコップで飲むことを強要された」などという被害者意識を声高に叫ぶことは絶対にないだろう。むしろ、「市長、“お流れ”頂戴」とか、「市長、“お流れ”にあずかれますか」言ったはずだ。【ただし、伝統的には“酒”は男性が女性にではなく、女性が男性に酌んだもの。つまり、女性の同席のない酒宴など存在しないのだ;下の「付記」にある拙稿を参照

 日本の伝統文化・慣習がどんどん衰退して行っているように感じる今日この頃だ。成果の怪しい現状の英語教育に日本人(とりわけ若い世代)の貴重な時間を費やすよりも、自国の伝統文化・言語文化を熟知するための教育にそれを割く方が、結果的には日本と日本人のためになる(英語など国民全員が取組む必要など全くないのだ)。

【付記】次の拙稿も参照

日本人の宴会と「文化的DNA=基層文化」

お櫃(ひつ)を女性の前に置くこと。

「酒盛り」と共飲文化

「酒盛り」と共飲文化(続

「責任を取る」、即、「辞任する」でよいのか?(続)

彼はその暴力事件の責任を取って辞任した」を英訳すれば He resigned to take responsibility for that act of violence.だ。日本人の英語教師を含め、たいていの英語学習者は、そう英訳できれば、それが“正解”だと思っている。もちろん、“英訳”としては間違いではない。
 
 多くの日本人は「責任を取って辞任する」と聞けば、今回の日大・内田正人監督の場合、“潔(いさぎよ)い決断”だと思うだろう。だが、潔い」と感じるのは誰か? 周囲の人たちであって、当事者本人ではない。その点が問題なのだ。思うに、当事者に何の弁解も弁明も許さずに、即、辞職・辞任に追い込もうとすることは「人を幸せにする行為」ではない。ところが、実際には、辞め(ようとし)ない者に対しては「責任を取れ!」、「いつまでも職責にしがみついていて“未練たらしい”」、「“潔く”ない」などと、高圧的な言辞を弄し、高齢者に対してなら「“老害”はさっさと消えろ!」などと罵声を浴びせようとする。私の耳には、内田監督の「弁解もいたしません」という言葉が憐れに響く。 

 これに対して、英語の resign to take responsibility はそうではない。そこに至るまでには手順がある。まず、「自分に責任があることを認める」⇒「関係者に理解できるように説明し、善後策を講じる」⇒「(その結果、場合によっては辞任する」となる(つまり、「辞任しない」こともあり得る)。日本人にはそういう過程を軽視するか無視する傾向がはなはだ強い。じつは最初からそういう「過程」があることにすら気づいていないと言ったほうがより正確だ。
 
 「責任」、「責任を取る」と言った言葉の内包的意味やそれと結び付く行為とを、現代人・未来人としての日本人が変えて行こうとしない限り、日本人は本当には幸せになれないのではないか。私はそう思う。何事も、当事者が弁解・弁明もせずに辞める、嫌な言葉だが、俗な言い方をすれば「首をすげ替えれば済む」問題ではないのだ。それまで責任者であった者でなければ分からない [知らない] ことも多いはずだから、当事者は責任の所在を明らかにし、善後策を講じ、場合によってはそれを実行に移し、現状を回復させたり改善させたりして、その結果、辞任・辞職するという道を選ぶべきだ。そうしなければ、事の本質は根本的には改善・改良されないだろう。 

 日本人が築き上げた日本文化には「変わってはならない事柄」、「変わる必要のない事柄」、「変わって行くべき事柄」の三種類がある。「責任の取り方」に見る日本人の慣習は、私に言わせれば、明らかに「変わって行くべき事柄」の範疇に入る。私の観察では、英語圏のそれのほうがどう見ても(個人を大切にしていて人間的であり、(“有無を言わせる”点で)民主的である。私はそう思う。我が国でしばしば見聞きされる「問答無用!」という考え方や言葉は“非人間的”であり、“非民主的”であるのだ。

【付記】我が国では、政治家たちが、“失言”、“暴言”の責任を取って“辞職・辞任する”事例が昨今極めて多い。当事者の意識や認識に問題がある場合も少なくないが、「辞めろ!」、「辞めます!」の繰り返しの中に、いったいどれだけの問題の本質的解決に繋がるものがあるのか。物事を針小棒大に言って、人を辞職・辞任に追い込もうとする事例を見聞きするたびに苦々しい思いを禁じ得ない。意識改革の先頭に立てない人たちが構成する政界・財界・教育界・学界・業界等では、その構成員一人一人は決して幸福感・達成感を味わうことは出来ないだろう。

「責任を取る」、即、「辞任する」でよいのか?

amef周知のごとく、アメリカンフットボールの日大と関学大の定期戦で、日大の選手が悪質な反則行為で関学大の選手を負傷させた。その問題で、日大の内田正人監督は昨日、大阪空港での取材に応じて、「この問題はすべて私の責任でございます。関西学院大学の皆様にもお伝えしましたが、日本大学アメリカンフットボール部の監督を辞任致します。そして弁解もいたしません。すべてこの一連の問題は私の責任であります。誠に申し訳ございません」と応えている(出典こちら)。

 いかにも“日本的な辞任の弁”だ。もう何度も言ったり書いたりして来たことだが、私にはこれは「責任のある立場の人間の責任の取り方」だとは思えない。単なる“責任逃れ”であり“(その場からの逃避”であるという印象が強い。「すべてこの一連の問題は私の責任」だと思うのなら「辞任いたします」ではなく、この問題の発生から現状までの分析と今後、自分が何をどうすべきかを明らかにし、その上で、場合によっては辞任の意思表明をするか、そのままの職責にとどまって善後策を講じ、それを実行に移していくかすべきだ。それがいやしくも監督であった者の責任の取り方だ。「弁解もいたしません」などという応え方もいかにも日本的だ。「弁解」、もっと適切には「弁明」は大いに為すべきことだ。「弁解」、「弁明」がきちんとできることが社会的要職にある者の要件でなくてはならない。

 残念ながら、日本人の多くは内田監督のような責任の取り方を「(いさぎよ)」とするだろう。だが、こういう考え方はもう止めにすべきだというのが私の考えだ。「責任を取る」こと、即、「辞める」ことではない。少なくとも欧米を中心とする先進国ではそういう考え方のほうが受け入れられる一つの事案の前後を含めて感じる責任感がこれからの日本社会には必須なのだ
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 政治家たちの「責任の取り方」を見ていても、社会人の「責任の取り方」を見ていても、ほとんど常に単なる“責任逃れ”であり“(その場からの逃避”だ。もっと卑俗な言い方をすれば、“臭い物には蓋”だ。政治家たちを国会に送る有権者、つまり国民一般の意識が変わらなければ、政治家たちの意識も変わらない。何かがあったら「辞任すれば終わり」では問題は本質的には解決されないのだ。

  明治以降、やっきになって英語を学んで来た日本人の多くは、今もって英語の"responsibility"の何たるかが分かっていない。したがって、英語教育に携わって来た者の責任は大きい。こと「責任の取り方」に関する限り、私は英語圏で言われている"responsibilityの取り方"のほうが好ましいと思っている。ちなみに、「説明責任」と訳される“accountability”の彼我(ひが)における理解のされ方にも言えることだ。

【付記】「責任」と “responsiblity ”については次の記事も参照
今村雅弘復興相の発言に思う。

日本の童謡・唱歌の誤訳(3)―「砂山」から

北原白秋作詞になる「砂山」の1番を某氏は次のように訳している。
海は荒海(あらうみ)、向こうは佐渡(さど)
すずめなけなけ、もう日は暮れた
みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ

Over the stormy sea  /  you could see Sado  Island.
Hey, you Sparrows !  Chirp. Chirp.  /  It’s already evening.
Everybody, come out over here !  / The first star is twinkling.
  冒頭の「荒海」をthe  stormy  seaとしているが、stormy  seaとは「嵐の海、暴風雨の海」という連想が強い言い方だ。今のままなら、白秋は嵐の中を海辺か砂浜に立って佐渡を眺めているような光景が浮かんでくる。それにも拘わらず、白秋は「すずめなけなけ、もう日は暮れた/みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ」と詠っている。
 私にはこの「荒海」はあくまでも「荒海」であって、英語で言えば rough seas だ。それなら後続の文句に繋がってもおかしくはない。
 その他、すずめに語りかけるのにHey, you Sparrows! はぞんざい過ぎて不適切な感じがする。その他、everybodyが誰を指しているのかが分からないし、「お星さま」を the first star一番星)に限定して解釈しているのも強引だ。(某氏のこれに続く英訳の問題点については省略する。)

 私の全体訳に関してはこちらを参照.

日本の民謡の誤訳―「会津磐梯山」から

今回は民謡を採り上げる。福島県民謡として知られる「会津磐梯山」の英訳だ。某氏の英訳では、1番は次のようになっている。
エイーヤー
会津磐梯山(あいづばんだいさん)は 
宝の山よ
笹に黄金(こがね)が エーまた
なりさがる
チョイサーーー チョイサ

Ei Ya. 
Aizu Badai San is a treasure mountain.
You’ll see the bamboo grasses weighed down with golden coins.
( Choisa choisa )
 原詞の「笹に黄金が…なりさがる」をYou’ll see the bamboo grasses weighed down with golden coins.のように英訳している点に違和感を抱く。この直訳を原詞に従った“比喩的表現”だと言えなくもないが、日本文化に不案内な外国人がthe bamboo grasses weighed down with golden coinsという個所を見聞きしたら、bamboo grasses なるものに装飾品としての金貨(もどきの物)がたわわにぶら下がっているかのようなイメージを抱くかも知れない。原詞の理解をもとに私が当該箇所を英訳すれば、たとえば Mount Bandai of Aizu is a treasure mountain / Even the bamboo grass ears are all so golden のようなものになる。

「旅立ちの日」、「田植」を英訳した。

卒業式の際の定番ソング(の1つ)となって久しいb旅立ちの日」(小嶋登作詞、坂本浩美作曲)を遅まきながら英訳した(こちら)。原詞の意味を生かすことと、英語らしさを出すために、語句の選択には気を使ったつもりだ。(流布している)既存の英訳と比較してみてほしい。
 同時に、昔、唱歌として歌われた「田植」を英訳した。こちらの英訳作業も楽しかった(こちら)。

日本の童謡・唱歌の誤訳(2)―「茶摘み」から

続いて、文部省唱歌として知られた「茶摘み」の英訳を見てみる。某氏は1番を次のように訳している。 
夏も近づく八十八夜 
野にも山にも若葉が茂る 
「あれに見えるは茶摘みじゃないか、 
あかねだすきに菅の笠」

Summer is approaching. / It’s the 88th day of Spring.
Fields  and  mountains have / all  turned  green.
“Look at the women  there / picking  up  tea leaves.
Wearing reed-hats and red cloth bands / to pull back their sleeves.”

 問題は冒頭の「八十八夜」を It’s the 88th day of Spring. と訳していることだ。日本の茶摘み(文化)を理解している外国人なら、これが何を言っているのか推測がつくだろうが、日本のことを何も知らない外国人には「春の88番目の日」と言っていることの意味が理解できないだろう。したがって、「八十八夜」とは「茶摘みの最適時期だ」と考えて、たとえば Summer is drawing near: the finest time for picking teaとすれば外国人にはよく理解できるだろう。
 それと、「菅の笠」をreed-hatsと訳しているが、reedは「(あし)」のことであって、「(すげ)」はsedge という。この歌の場合、リズムとの関係で sedge-hats とする必要もないだろう。したがって、私なら全体的には
Summer is drawing near : the finest time for picking tea
In every field and in the mountains too fresh leaves have grown
Look over there, my friend, the many lovely women come
In hats and crimson sashes, work to pick the tea
のように英訳する。

日本の童謡・唱歌の誤訳(1)―「証城寺の狸ばやし」から

続いて、童謡・唱歌の誤訳の例を挙げる。某氏による「証城寺の狸ばやし」の一部は次のような英訳になっている。
負けるな 負けるな
和尚(おしょう)さんに 負けるな
来い 来い 来い
来い 来い 来い

Sing well.  Dance well.  /  Follow  after the temple  priest.
All, come out.  Sing and dance !  /  Let’s  come out.  Sing and dance !
 問題は「和尚さんに 負けるな」に対応する Follow  after the temple  priest. だ。Follow  after 〜 を直訳すれば「〜の後に付いて行く、〜を追い掛ける」という意味だが、原詞の「負けるな 負けるな 和尚さんに 負けるな」は文字通りに解釈すべきで、したがって、冒頭の「負けるな  負けるな」は Hang in there, everyone となり、「和尚さんに 負けるな」は  Don't be outdone by the Priest  のように訳す必要がある。私なら、ここは全体的には次のように訳す。
Hang in there, everyone
Don't be outdone by the Priest
Come, come, come 
Come, come, come 
Everyone, out. Come, come, come

女性問題で辞任した薬師寺第6代管主に思う…

薬師寺(奈良市)の第6代・村上太胤管主(たいいん・かんず=71)が女性問題を起こして、一昨日の14日付で管主を辞任、退山したそうだ(出典こちら; こちらも参照)。荒廃寸前だった薬師寺を現在の立派な姿に復元し、発展させた一番の功労者は第2代・高田好胤(こういん)管主だ。宗教者としての高田管主の詳細な業績と人となりについては Wikipedia に譲るが、私も亡き妻も、ご本人の講話、その著書を通じて、いつも教え導かれた。話術の巧みさという点では、宗教者の中では群を抜いておられた。難しい法話も高田管主にかかると、まことに分かりやすい、近づきやすいものになった。管主のあのお声が今でも私の耳に残っている。お顔はまことに穏やかで、気品があって、いつも輝いておられた。
 その高田管主の筆舌に尽くしがたいご尽力によって見事に復興した薬師寺を、古希を過ぎた後輩管主がこともあろうに女性問題でその職を辞して恥ずかしめるとは、あまりにも情けないことだ。高田管主はおそらく草葉の陰で泣いておられることだろう。
こちらに高田管主の画像が多数掲載されている】

【付記】ちなみに、高田管主のお師匠であった初代・橋本凝胤(ぎょういん)管主は、「生涯肉食妻帯せず…有名な尼僧が訪ねて来ても絶対に寺に招きいれず、その手土産には口をつけなかった」そうだ。

日本の子守唄の誤訳(3)―「竹田の子守唄」から

続いて、(現在の京都府の被差別部落に伝えられた民謡で、それを基にした)ポピュラー音楽の歌曲として知られる「竹田の子守唄」の誤訳を見てみよう。某氏はその1番を次のように訳している。
(も)りもいやがる 
盆からさきにゃ
雪もちらつくし 
子も泣くし

Baby sitting is a lousy job once O-bon is through.
Nothing but snow all the time, and a crying baby too.
 Baby sitting という訳語から英語母語話者が描くイメージの新しさは今は置いておくとして、問題は「雪もちらつくし」を Nothing but snow all the time と訳していることだ。これだと、盆を過ぎるとあとは絶え間なく雪が降るということになる。原詞が言っているのは、そうではなく、(The nursemaid hates it: the season after the Bon Festival)'Cause snowflakes begin to fall and the baby cries a lotということだ。すなわち、「雪もちらついて(来て寒いし、赤子もよく泣いて私を困らせる)」という意味だ。
英訳にあたってはまず日本語の正確な理解が肝要だ。

日本の子守唄の誤訳(2)―「五木の子守り唄」から

続いて、熊本県を代表する民謡として知られる「五木の子守唄」の英訳の誤訳に言及しておく。その2番を某氏は次のように訳している(「非人 非人」は「かんじん かんじん」と唄うが、この語を表す漢字は複数存在する)。
おどま 非人 非人
あん人達ゃ 良か衆
良か衆良か帯 良か着物

My family’s very poor.
But others are rich.
They wear good kimono belts,
And  good foot gears.
 この英訳によれば、「我が家は極貧だが、ほかの人たちは裕福だ。あの人たちは立派な帯を締めたり、立派な“履物”を履いたりしている」となり、“我が家”以外は裕福だということになる。だが、原詞が言っていることはそうではなく、「私は乞食 (同然の人間)だ。それに対してあの人たちは裕福だ。そういう裕福な人たちは立派な帯を締め、立派な“着物”を着ている」ということだ。したがって、英訳としては
I'm as poor as a beggar 
But they are as rich as can be
They wear gorgeous-looking obi-sashes
And gorgeous-looking kimonos
のようなものになる必要がある。

日本の子守唄の誤訳(1)―それと「宮詣り[宮参り]」

インターネット上に掲載された日本の子守唄の英訳を見ていると“誤訳”(とおぼしき例に)にぶつかることが少なくない。つい先日も次のような例に出合った。「中国地方の子守唄」の英訳だが、その2番が次のようになっていた。
ねんねこ しゃっしゃりませ
きょうは 二十五日さ
あすはこの子の ねんころろ
宮詣り
ねんころろん ねんころろん

Hushaby,  oh  baby.
Today is the 25th of the month.
Tomorrow is this child’s birthday, we will visit  our shrine.
Hushaby,  hushaby.
 問題は「きょうは 二十五日さ あすはこの子の ねんころろ 宮詣り」に対する英訳 Today is the 25th of the month. / Tomorrow is this child’s birthday だ。子守唄に唄われている「きょうは 二十五日さ あすはこの子の ねんころろ  宮詣り」は、「きょうはこの子が生まれて25日目、あすは(生後初めての)宮詣り」と解釈すべきものだ。これに対して、英訳の Today is the 25th of the month. Tomorrow is this child’s birthday は直訳すれば、「きょうは月の25日で、あすがこの子の誕生日」というおかしなことになる。つまり、この子の満1歳(昔風なら2歳の)誕生日ということだ。原詞の意味を完全に取り違えた上での誤訳だが、正しくその内容を英訳すれば次のようになる。

 Today is the 25th day after your birth / And tomorrow is the day / (Oh, baby,) you go to the shrine for the first time

 つまり、「きょうはこの子が生まれて25日目、あすは生後初めての宮詣り[宮参り]の日だ」ということだ。生後何日目に宮詣り[宮参り]をするかは地方によって異なるが、この子守唄の場合は26日目となっている(同じ「中国地方の子守唄」でも「きょうは二十九日さ」と唄っているものもある)。
 
torii ちなみに、現代では生後初の宮詣り[宮参り]は“拝殿”で行なうことが多いが、本来は「鳥居詣り [参り] 」と言って、“鳥居”のところで詣る [参る] ことだった。それと、大事なことは、「鳥居詣り[参り]」は新生児が“氏子(うじこ)”になる初儀式だから、地元の“氏神(うじがみ)に詣[参]るのが本来的だということだ。だが、現代では、たとえば、横浜市金沢区にある富岡八幡宮の“氏子”が、富岡八幡宮に行かずに、鎌倉市の鶴岡八幡宮に行ってお宮詣り [参り] をするというようなことが普通になってしまっている。これは人々の意識や習慣から“氏子”のそれがなくなっている証拠だといえよう。

fib(罪のないウソ)の語源のこと

「罪のないウソ」のことを口語では fib と言う。自動詞としても使う。たとえば、次のように用いる。

*That's a fib.(それってウソじゃん)
*That's why we had to tell a little fib.(それでちょっとウソをつくはめになったんだ)
*It's no use telling fibs.(ウソをついても駄目だよ)
*You think I am fibbing? (わたしがウソをついてるって思ってるの?)
*Were you fibbing about that? (そのことでウソをついてたの?)

 この fib の語源は某英和大辞典を見ると、「初17c;fable(寓(ぐう)話の短縮形?)」と書いてある。疑問符が添えられているから、確証があって書かれた語源説ではないということは分かるが、fib / fable の両語の関係を考えても、fable から fib が生じる過程がよく分からない。私は、これは fibble-fable の最初の3字ではないかと思っている。つまり、chit-chat, dilly-dally, fiddle-faddle などと同類の「類音の繰り返し」によるものではないかということだ。ちなみに、『英語語源辞典』(研究社)には「短縮?←《方言》fibble-fable nonsense」とある。

“断捨離”ができる時

bの知人が情けないことに、小生はなかなかこれ(断・捨・離)ができませんが…。」 と言った。その気持ちはよく理解できる。私自身、古稀を迎える頃まではそうだった。以前にも書いた通り、私の書斎と大学の研究室のものを合わせて、約1万3千冊の和書・洋書・辞書等があった(英語雑誌、英語文庫本の類いを入れれば、軽くその倍の数のものがあった)。過去、約50年の研究生活で、どうしても必要だと思って購入したものばかりだった。
 ところが、古稀を過ぎ、大学・大学院教授の職を辞した頃から、断・捨・離が極めて楽に出来るようになった。すでに1万冊の本は私の手元にはない(処分した英語雑誌、英語文庫本の類いを入れればその倍近くだ)。
 しかも“心臓バイパス手術”を受けて、九死に一生を得てからは、まるで物に対する執着心がなくなった(全くなくなったとは言えないが)。そうなったのは、まず間違いなく、私が“死”を覚悟できるようになったからだろう。もう何人、近しい人たちの死を見送っただろう。それでも、古稀前の私には思い切った断・捨・離はできなかった。「この本はそのうちに必要になるだろう」、「その参考書はいつか使うだろう」、「あれは世界に数冊しかない貴重な本 [辞書] だ」などと理由を付けては身近に置いておいた。
 情けないことに、小生はなかなかこれ(断・捨・離)ができませんが…。」 と言った知人が正常なのだ。ただ、また、それは彼が私よりも"若い"からだ。「そのうちに…」という時間的余裕が目前にあり、その余裕が十分に満たされる可能性が高いからだ。まさに、私が「昨日歩いた道」なのだ。
 だが、実感として、「人はみな死ななければならないもの」、「いつかはこの世を去らなければならないもの」と“確信”できるようになった時には、この世で必要なものは何一つなくなるはずだ。
fuji この世を去る日までの生活費(私の場合は年金だが)、雨露がしのげる住居、そこそこの健康さえあれば、あとは何もいらない
 亡き妻を含めて、私より先に逝った近しい人たちはみな、この世で所有していた物を全てこの世に残して逝った
 私の願いは2つだけ。この世を去る日まで、認知症に悩まされることなく、好きな辞書編纂の仕事に関わっていたいということだ。もちろん、それには最低限の健康が約束されていなければならない。もう1つ、それは「病まずにコロッと逝きたい」ということだ。

【付記】仏陀は言われた。「人間の苦の原因は欲望と執着である。それを捨て去り滅せよ」と。

【蛇足】私の年代で、金婚式を迎えようかというような夫婦でも、“熟年離婚 [高齢者離婚?]”を実行する人たちがいる。まさか夫・妻まで“断捨離”の対象にしようというのでもあるまいが…。

「旅立ちの日に」を英訳してみよう。

t2平成3年(1991年)、当時、埼玉県秩父市立影森中学校の校長であった小嶋登氏が作詞し、同校の音楽教諭・坂本浩美(現・高橋浩美)氏が作曲した合唱曲「旅立ちの日に」。その後、卒業式などの定番として歌われるようになったことは周知のとおり。
 個人的には、中学校に関係が薄ったために、これまでその歌を英訳してみようと思うことはなかったのだが、日本の歌をあれこれ英訳するうちに「これも英訳してみよう」と思うようになった。インターネットで調べてみると、何人かの人たちがすでに英訳している。だが、私が原詞から感じるものや言葉の選び方という点で、納得できるものはなかった。

 もう一曲、今は時代にそぐわない歌になってしまい、日常的に歌われることはなくなってしまったが、私の好きな唱歌の1つに「田植(たうえ)」がある。井上 赳(たけし)が昭和17年(1942年)に発表した詞で、中山晋平が作曲したものだ。小学生の頃、よく歌った。原詞はそろた 出そろた/さなえが そろた/植えよう 植えましょ/み国のために米はたからだ たからの草を/植えりゃ こがねの花が咲くと《み国のために》となっていたが、その後、《みんなのために》と平凡な表現に改変された。

 特に、前者(「旅立ちの日に」;こちらに歌詞がある)を旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題としておくので、歌として歌えるような英語に直してみてほしい。

【注記】「旅立ちの日に」の著作権者である「音楽之友社」様からはその英訳の許可を得ています。

「みまかる」(=死ぬ)の語法

18 hana2 (1)著名な作曲家・作詞家であった米山正夫の没後26年を記念して多くの著名歌手たちが「回顧談」を寄せているのだが、その中に某著名歌手(昭和22[1947]年生まれ)の一文があった。そして、そこに、「米山正夫先生がみまかれて26年の歳月が流れました。」という一文があり、私の注意をとらえた。「みまかれて」? 私には馴染みのない言い方だ。「(米山正夫先生が)みまかって(26年の歳月が流れました)」なら馴染みがある。

 元の語形の「みまかる」を漢字交じりで書けば「身罷る」となる。「罷る」とは「去ってあの世に行く」という意味であり、「死ぬ」の謙譲語だ。特に平安時代(中古)には、自分の側の者の死に言及する時の謙譲語として用いられた。実は、「身罷る⇒みまかる」は、私にとっては日常的には“謙譲語”としての響きが強く、尊敬語としては用いにくい。たとえば、個人的には、私の大学・大学院時代の恩師のお一人に言及して、「〜先生は昨夜、みまかった」とは言いづらい。
 現代では、「みまかる」は単に「死を婉曲的に述べる(丁寧)表現」と理解している人もいるようだが、私にはそういう理解はない。つまり、私にとっての「みまかる」は「身内の(側の)者が死ぬことをやや改まって言う時に用いる語」だ。

  もっとも、「薨る」と書いて「みまかる」とも読み、我が国ではとりわけ皇族天皇・皇后など一部の皇族は「崩御または三位(さんみ)以上の貴人が亡くなる場合にも「みまかる」(名詞としては「薨去こうきょ)と言えるから、恩師など上位者に「みまかる」と使ってもおかしくはないという考え方もできる。だが、漢字の「薨る」を庶民の死に対して用いる習慣はないから、やはり、「罷る」に「身」の付いた「身罷る」の仮名書きだと理解するほうが実際的だ。

 同文を書いた某著名歌手が作曲家・作詞家としての米山氏を《身内》だと捉えていれば、謙譲語を使ってもおかしくはないという判断もできる(ただし、「みまかれた」という語法はいただけない)。だが、同歌手にとっては米山氏は、血のつながらない、35歳も年長の“恩師”であるから、謙譲語を用いるのは好ましいとは言えないということになる。
 
 結論的には、「みまかる」は身内の(側の)死をやや改まって、婉曲的に用いる、他人で上位者の場合でも、自分の仲間内と捉えられる場合には使用可能、「皇族または三位(さんみ)以上の貴人」の場合には「薨る」の使用が可能だ、というのが私の結論だ。 私の解釈が間違っていて憫笑(びんしょう)を買う可能性もあるので、国語学者でこういう語法に詳しい方のご教示を得たい。

「考え物」は“考え物”(続)

一昨日の宿題(らしきもの)だが、読者諸氏には、その“考え物”の意図が読み解けただろうか。

問い:「謙信も雪の降る日はうずくまり」
答え:「越後縮み」

問い:「旧暦の十月中旬暮れ早し」
答え:「檜紅葉樫」

CHI まず前者だが、謙信とはもちろん、戦国時代の越後の武将・上杉謙信のこと。その謙信と越後縮み(=越後の有名な縮み織り)とに掛けて「越後の謙信も雪の寒さには縮(ちぢ)んでしまう」としゃれたもの【右の画像はこちらから拝借】。
 後者の場合、「旧暦の十月中旬暮れ早し」はその通りの意味で、この頃の日暮れは早いということ。それに「檜紅葉樫」と書いて応えたものだが、読み方が分からなければ、これのどこに面白さがあるかが分からない。これは「(ひ)紅葉(もみじ)(かし)」と読む。すなわち「日も短し」という意味だ。

 日本人は昔から短歌(和歌の一体)、俳句(俳諧連歌の発句が独立)、川柳など、知的な言葉遊びを楽しんで来たが、私はそれらと共に、この類いの言葉遊びが好きだ。
 興味を覚えたという読者諸氏へのもう1つの難題(?)。次の“考え物”はどういう意図を持ったものだろう。

問い:「藪蚊をば吸はれぬ内に打ち殺し」
答え:「志摩加賀周防駿河美濃尾張」

今日はプリルの満16歳の誕生日だ。

Prill2平成14 [2002]年4月29日生まれの愛犬・プリルは今日、満16歳になった。夫・ハッピーは昨年の16歳の誕生日にはもう体力的にすっかり弱っていて、その後4か月して永眠した。それから見ると、妻のプリルは片目(左目)が白内障で見えず、我が家の急な階段を上り下りすることは出来なくなったが、まだかなり元気で、娘のネロと共に散歩にも出かける。
 
 いつも書くように、私はプリルのような穏やかで、気品があって、賢い柴犬をほかに知らない(もちろん“親バカ”で言うのだが)。我が家に来て以来、16年間、一度たりとも“夫婦喧嘩”、“親子喧嘩”の“火種”になったことがない。

 人間の年齢に例えると80歳から90歳のあたりらしい。人間の女性がその年齢で、プリルのように美しいままでいるのは困難だろう。プリルの毛並は幼い頃から艶が合って、ふかふかと柔らかく、抱きしめるとじつに心地よい。そういう16年間を過ごさせてもらえたことを、私はプリルに感謝している。
 
 数か月前から、大小便の“大”は自分のベッドの中で済ませたりたり、部屋の中を歩き回りながら漏らしたりする(“小”は今でも決められた場所で済ませる)。だが、私はその処理を少しも苦には思わない。プリルの食事は息子夫婦が用意してくれるが、その作り方が上手なためだろう、“大”はいつも“コロコロ”していて処理するのにも手間がかからない。

Prill1 この16年間、本当に、手を焼くことのない、素晴らしい、家族の一員だった。“我が子”(マロン)を先に逝かせたり、“夫”(ハッピー)を亡くしたりしたが、毎日を淡々と生きて来た。

 現在、我が家には3頭の柴犬がいるが、この3頭が私のこの世での最後の“親友”となるはずだ。その中でも一番穏やかな性格のプリルは、妻以外の私の“恋人”と言ってよい。私にとってそれほど心の通じる愛犬なのだ。愛する人たちとも、愛する犬たちとも何度も別離を経験して来たので、今後の永訣を恐れてはいない。ただ、残りの日々を愛犬たちと仲良く過ごそうと思っているだけだ。

 プリル、16歳の誕生日、おめでとう。夕方にはご馳走を食べようね。

「考え物」は“考え物”

cr考え物」と言えば、周知のごとく、日常的には、「十分に考えてから決定すべき事柄」(「その株を買うのは ― だ」)のような意味で用いる。私の手元にある電子辞書の1つに搭載されている『明鏡国語辞典』には、そのように「考え物」が定義されている。それに対して、同じ電子辞書に搭載されている『デジタル大辞泉』でこの語を見ると、もう1つの定義が収録されている。それは、「相手が考え込むような問いをこしらえ、その答えを当てさせる遊び。判じ物」というものだ。現代的には後者の意味で用いることはないだろうし、若い世代の人たちには馴染みのない定義だろう。具体例をあげてみよう。

問い:「謙信も雪の降る日はうずくまり」
答え:「越後縮み」

問い:「旧暦の十月中旬暮れ早し」
答え:「檜紅葉樫」

 さて、この2例の問いと答えがどうして「考え物」になっているか、「考え」てみてほしい。第1例はさほど難しくはないのではないか。第2例はかなり難しいはずだ。
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