定期検診に行って来た。

今日、いつもの病院に定期検診に行って来た。血液検査の結果が出るまで約1時間待つのだが、昨今はその程度の時間で患者に関する様々な情報を得ることが出来る。私の場合は、「血糖」から始まってBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)まで、丁度30項目が検査の結果で分かる。その中で、私が一番気にしているのは、抗凝固薬・ワーファリン(Warfarin)を使用している関係で、血液の凝固因子に関する指標の一つであるPT ( prothrombin time; プロトロンビン時間)がどういう数値を示すかだ。もっとも、この数値は服用するワーファリンの量によって医師が調整するから、私のようにかなりの量を服用している場合、低く出た数値だけを見て喜ぶわけにはいかない。
 中性脂肪、尿酸、白血球・赤血球、血小板、コレステロール等々の値も出て来るので、自分の現在の健康状態を一応よく知ることができる。今日の結果では、さほど問題となる数値は出なかった。ただ、いつものように血糖値はやや高かった。肝機能に異常があるかどうかを知るためにはALT値を知る必要があるのだが、この4月にはかなり悪かった肝機能の数値が今日の検査では平常数値に戻っていた。これも服用している薬のお陰だろう。
 だが、10種類ほどの薬を服用して保っている健康だから、いつなんどき、何が起きるかは、神ならぬ身では知る由もない。もちろん、いつも書くように、私は死を「怖いこと」だとは思っていないので、いつ瞑目(めいもく)しても構わないのだが、出来れば「病まずにコロッと逝きたい」と願っている。そのためには、定期検診を欠かさずに受けて、自分の健康を管理・コントロールしながら、少しずつ「枯れて行く」のがよいだろう。帰宅途中、いつもの薬局に寄って多くの薬を調合してもらった。
 

 

It's both windy and rainy.という言い方

ネット・サーフィンをしていると、ときどき It's both windy and rainy.という言い方に出くわすことがある。「風も雨も強い」と言いたいのかも知れないが、この both はどう考えても《あらずもがな》の接続詞だ。すでに一般化している語法ではあるが、It's windy and rainy.と言うほうが簡明で、私は好きだ。以下に both 付きの例を5例だけあげておく。 
*Autumn is paying us a visit. It's both windy and rainy.
*Yeah I like rain,but I hate it when it's both windy and rainy. 
*The first destination is a tour of the trucks on the Greenway,  but since it's both windy and rainy, only a few are out.
*Plus boots are better in winter, the shoes are not waterproof and given that it's both windy and rainy i need adequate foot protection!
*It's both windy and rainy, thank you. Actually we had a pretty long run of good weather, didn't really start getting wet until well into October.

✖ respectively, ⦿respectfully の場合

Krishna's Professional Communication という題名の本をインターネットで読んでいる(こちら)。なかなか重厚なものだ。インド北部の都市ラクナウ (Lucknow) にある公立アブドゥル・カラム・テクニカル・ユニバーシティ系列の大学で1年生が使うものらしい。著者は Dr. Malti Agarwal という人だ。出版社はインドの Krishna Houseで、初版が2001年、私が読んでいるのは2010年の第23版だ。
 その128頁にSubscription or Complimentary Closing and Signature という項目があって、そこには手紙の結びの文句に関して次のような説明がある。

Subscription or complimentary closing marks the ednd of the body of the letter.It consists of certain courteous words. Use of these courteous woreds depends upon the tone or nature of the letter i.e., whether it is a formal or informal letter. Some examples, ranging from least formal to most formal are:
Sincerely, Sincerely yours, Cordially, Cordially yours, Yours, sincerely, Yours truly, Respectively yours  and Yours respectively.  In official letter, the words Yours faithfully  are written. While writing to a high official, Yours obediently  may also be used.

ry 問題は赤字にした個所だ。これは Respectfully yours, Yours Respectfully でなければならない。なぜなら、respectively は「(述べられた順に)それぞれ、めいめいに」という意味で、たとえば、Liz, Sue, and Jo were 12, 10, 7 years old respectively .(リズ、スー、ジョーはそれぞれ12歳、10歳、7歳だった)のように用いるものだからだ。書き手が相手(読み手)に敬意を払うという場合の副詞は respectfully だ。この間違いは英米を初めとする、昔からの英語国の人たちもしばしば犯す間違いだ。その点は、アメリカで出ている The Dimwit's Dictionary: 5,000 Overused Words and Phrases and Alternatives to Them  (p.37) , Robert Hartwell Fiske's Dictionary of Unendurable English  ( p.349) などでも詳しく指摘されている。

 日本人英語学習者・教師の間には、過剰とも思える《英語ネイティブ信仰》があるが、その《ネイティブ》がしばしば怪しい英語を話したり書いたりすることは、我々日本人が話したり書いたりする日本語に種々の間違いが混じることを考えればよく分かるだろう。残念ながら、我が国には、そうした《語感の怪しい英語ネイティブ》が書いた“英語指南書”が良書と混在している。その一部は本ブログ記事の中ですでに紹介した。

「役者ばか」、「親ばか」の「―ばか」って?

某国語大辞典の「ばか[馬鹿/莫迦]」の定義を見ていたら、「知能が劣り愚かなこと。また、その人や、そのさま。人をののしっていうときにも用いる。あほう。『―なやつ』」⇔利口社会的な常識にひどく欠けていること」。また、その人。『役者―』『親―』 つまらないこと。無益なこと。また、そのさま。『―を言う』『―なまねはよせ』」(以下省略)と出て来た。私が気になったのはの「社会的常識にひどく欠けていること」という定義と、それに添えられた語例だ。この定義は、私には不十分な定義に思える(も問題にしようと思えば出来る)。なぜなら、国語辞典でありながら、「社会的常識にひどく欠けていること」という、抽象的で分かりにくい定義をしており、「役者―」や「親―」を「社会的常識をひどく欠いていること」と決めつけているからだ。
 
 私に言わせれば、「役者ばか」も「親ばか」も「社会的常識をひどく欠いたこと・人」だとは思えない。別の国語辞典には、「一つのことだけにかか鴈わっていて、広い視野からの判断ができないこと。『専門―・親―』」とあるが、この定義も不十分だ。ほかの国語辞典の定義も上記のものとは五十歩百歩だ。

 昭和を代表する歌舞伎役者の一人、二代目中村鴈治郎 (1902 - 1983)はしばしば「役者ばか」と呼ばれた。その点は本人もよく承知していたようで、『役者馬鹿』 (日本経済新聞出版社、1974)と題した著書まで遺している。鴈治郎が演じた《殺陣師段平》、すなわち市川段平(実在の殺陣師)もまた「殺陣(師)ばか」だ。女優の清川虹子(1912 - 2002)も同じく「役者ばか」と呼ばれた。昔の役者にはそういう「ばか」が少なくなかった。
虹  こういう人は、こと役作りの上では自他に対して妥協を許さない「芸一筋の人」、「一徹者(いってつもの)」であり、多少悪く言っても、「一筋縄でいかない頑固者」だ。だが、世間の人たちが用いる「役者ばか」には、普通は、マイナスイメージの「社会的常識にひどく欠けていること」という含みはほとんどないはずだ。むしろ敬愛・尊敬・畏敬の念さえ感じさせるほどの「ばか」だ。そうでなければ、中村鴈治郎も清川虹子も《名優》として現代にまでその名が残るはずがない。こういう名優たちは、自分たちが「役者ばか」と呼ばれることをむしろ喜んでいたか、それを誇りに思っていたかだと私は思う。【かく言う私も、死ぬまで《英語ばか》、《辞書ばか》でありたい。】

  「親ばか」にしても同様だ。こう呼ばれる親はマイナスイメージの「社会的常識にひどく欠けていること」が前面に出ることはまずないだろう。我が子のことになると夢中になり、周囲のことに気が回らなくなることはあっても、それは「社会的常識にひどく欠けていること」と同一ではない。子供の親は、だれもが皆、多かれ少なかれ「親ばか」だ。我が子の七五三祝いの際、幼稚園・小学校ka(以後の各学校)の入園・入学式、卒園式・卒業式の際、運動会の際など、「親ばか」ぶりを発揮している親は無数にいる。だが、この人たちに「社会的常識にひどく欠けていること」が認められることはほとんどないはずだ。
 ちなみに、書店の戸棚には、『親ばか力―子どもの才能を引き出す10の法則』『親バカのすすめ― 赤ちゃんともち を活用した我が子を天才に育てる 子育て術』と題された単行本さえ並んでいる。これは「親ばか」という語が、日常的には否定的に解釈されていないことの証拠だといえよう。
 
 そう言えば、昔、渋谷天外 (二代目)・藤山寛美による「親ばか子ばか」と題する松竹新喜劇が人気を博した。親は我が子をひたすら可愛がり [我が子に甘く、子はそうした親の愛情に無条件に甘えるという、人間(日本人)が持つ“煩悩”をうまく描き出した優れた喜劇だった。

 繰り返しになるが、同国語辞典が辞典でありながら「社会的常識」をどう考えているのかが明確になっていない点が問題だが、「役者ばか」、「親ばか」には人々が認め納得できる《一途さ》《ひたむきさ》があることを忘れてはなるまい。

 「専門ばか」という語が出て来るが、この語には「社会的常識にひどく欠けていること」という定義が似合いそうな点がある。なぜなら、自分の専門分野に関しては深く広い知識を持っているが、それ以外のことには「社会的常識をひどく欠いている」場合が観察されるからだ。
 類似のことは「学者ばか」という語にも言える。知的レベルは高いが、社会常識レベルは(極めて/大tいに)低いという人たちが往々にして見られるからだ。《社会常識》を具体例でいえば、「専門ばか」「学者ばか」と揶揄される人たちの中には、勤務先において周囲の人たちと日常的な挨拶すらまともに交わせない人たちが少なからずいる。返事の受け答えも《独りよがり》で、時に的外れということもある。それこそ「専門ばか」、「学者ばか」の具体例だといえよう。
  ちなみに、「専門ばか」、「学者ばか」に共通することとして、ドイツの古い諺にDie gelehrten Narren sind ὕber alle Narren.学問のある馬鹿は一番の馬鹿)というのがあるが、言い得て妙である。

 いずれにせよ、辞書に定義を付すことは決して容易なことではない。私も辞書を4点編纂して来て、その点を身に染みて感じている。

“詐欺メーク”のこと

ネット上で毎日新聞の記事を読んでいたら「ユーチューブ“詐欺メーク”で『世界変わる』人気の秘密」と題した記事に出くわした(こちら)。記事の冒頭には次のようにある。

 すっぴんは地味でも、メークでゴージャスに−−。動画投稿サイト「ユーチューブ」で、メーク方法を指南する動画が増えている。中でも人気なのが、一重まぶたなどのコンプレックスに悩む女性が華やかに大変身する“詐欺メーク”。マリリン・モンローを敬愛し「マリリン」のニックネームで動画を投稿する福世優里(ふくせ・ゆうり)さん(23)は、チャンネル登録者数が30万人を超える人気ユーチューバー。「メークで世界が変わる」と話すマリリンさんのメークは、男性目線の「モテメーク」ではなく、自分自身のためのものだった。【中嶋真希】

 YouTube動画への言及もあり、「『半顔メーク』を完成させたマリリンさん。すっぴんとの違いを見せる余裕も人気の理由」と、YouTubeの文句を引用している。
 女性が常に美しくありたい、美しく見せたいと思うのは自然の感情だろうが、その記事のタイトルにもあるように、これは「詐欺メーク」(英語ではfraud make-upと言うよりもmake-up fraudと言うほうが普通だろう)なのだ。その種のメークを楽しむ多くの女性たちは、「これは他人のためというよりも、まず自分がメークを楽しみたいからやるのだ」という意識でいるのだろうが、それだけでは済まされない深刻な事態に結び付く可能性も十分にあるだろうと心配にもなる。「自分だけで楽しむ」分には、それは“詐欺”ではない。「人を欺く要素があるメーク」だから「詐欺メーク」と呼ぶのだ。だから、この言葉を使っている女性は気を付けたほうがよい。むしろ「詐欺メーク」と称するほうが無難だろう。

 実際のところ、アフリカのアルジェリア(Algeria)では、一人の男性が新妻を「詐欺メーク」で訴えている(こちら)。それによれば、結婚式翌日、妻の“素顔 (natural face)”を見てショックを受けた。「結婚前はいつも化粧で顔を作っていて、自分はダマされていた。結婚前はじつに美しく魅力的だったが、朝起きて、洗顔後の彼女の顔を見て、泥棒でも入ったのかと思って怖かった。」と言うのだ。「妻の詐欺メークが私のトラウマになり、精神的にも被害を受けたので13,000ポンド(約191万円)の慰謝料をよこせ。」と言っているそうだ。

 我が国でも同じような訴えが起こされないように、女性は結婚前にはよくよく自分の“素顔”を相手の男性に“確認”してもらっておいたほうがよいだろう。あとで“ゴタゴタ”が起きないように…。まあ、最近の美容整形は医師の技術も高く、その“仕上がり”も優れているようだから、“素顔”もあまりあてにならないかも知れないが…ただし、二人の間に子供が産まれれば、その子は《詐欺メーク》も《整形》もしないままでこの世に現われるから、親、とりわけ母親はその点の事前認識も重要だ…

【付記】こちらこちらに《詐欺メーク》の実例が多数掲載されている。これらを見ると、《詐欺メーク》というネーミングもなかなかのものだと思うが、私としては上記したように《詐欺メーク》と呼びたいところだ…。

Beauty, when unadorned, is adorned the most. -- St. Jerome
       美は飾られざるとき 最も飾られたるなり ― St.ジェローム

color blindness 色覚異常、色盲→color vision variation 色覚多様性

日本遺伝学会の「遺伝学用語改訂について」(2017.9.11)によれば、同学会は「<color blindness>色覚異常、色盲」に対して、次のような呼称(概念)の提案をしている。
<color blindness>色覚異常、色盲→color vision variation色覚多様性
 英語の color blindness に相当する日本語は、教科書でもメディアでも「色盲」を避けて「色覚異常」に統一されている。日本医学会の改訂用語(2008)でも「2色覚」 (旧来の色盲)、「異常3色覚」(旧来の色弱)が提示されている。しかし、一般集団中にごくありふれていて(日本人男性の5%、西欧では9%の地域も)日常生活にとくに不便さがない遺伝形質に対して、「異常」と呼称することに違和感をもつ人は多い。 Color blindness に対する邦語の適訳がないので、この用語集では(日本人類 遺伝学会との共同で)邦語と英語をペアにしたかたちで、色覚多様性(color vision variation)という呼称(概念)を提案する。
 「色覚多様性(color vision variation)」…、私には分かったような分からないような呼称だ。なぜなら、「多様性」とは「性質の異なる群が幅広く存在すること」をいうから、「色覚多様性」とすると、「色覚の異なる人たちが幅広く存在すること」と解釈でき、色覚に全く問題のない人たちも含まれてしまうと感じられる。つまり、「色覚多様性(color vision variation)」とは、私には、あくまでも「色覚にも多様性があること」としか解釈できないのだ。日本人男性の5%にcolor blindnessが見られることをもって「一般集団中にごくありふれていて」と言えるものかどうか、専門的なことはいまひとつよく分からないが、「 Color blindness に対する邦語の適訳がないので」、「色覚多様性(color vision variation)という呼称(概念)を提案する」という直結的なところに私は何か納得できないものを感じる。 

c 赤・青・緑の「光の三原色」感じ取る視細胞に機能異常があれば色の区別に障害が発生するわけだが、色覚に全く問題のない人たちを「色覚正常者」と認識するなら、そういう機能異常を持つ人たちはやはり「色覚正常者」ではないだろう。「色覚異常」、「色盲」の《異常》、《》という語に“抵抗感”や“違和感”があるというのなら、たとえば、「色覚疾患()」という用語でもいいのではないか。

」が差別用語だから「目の不自由な人」と言い換えれば、私のように若い頃から近視と乱視とに悩まされてきた者も「」と同じになってしまう。「目が不自由」だから眼鏡を掛けているわけだから…。同じ理屈だが、「色覚多様性」という呼称は「色覚正常者」(《色覚無疾患者》でもよい)に対する“逆差別”にもなりかねない。関係者のご教示を得たい。

他動詞 enhance の主語・目的語のこと

c今から36年も昔、応用言語学・英語教育学の泰斗 Peter Strevens教授から、「(価値・質・魅力など)を高める」という意味の他動詞 "enhance" は、その主語にも目的語にも「人」は来ないと教わったことがある。正確には覚えていないが、その際、教授は The verb is restricted to the sense of raising the value of something. と付言なさったように記憶する。実際、Longman Dict. of Contemporary English を見ても "to improve something  ¶Good lighting will enhance any room. ¶The publicity has enhanced  his reputation."とある。また、Oxford Advanced Learner's Dict. には ”to increase or further improve the good quality, value or status of sb /sth”とあり、用例として ¶This is an opportunity to enhance  the reputation of the company. ¶ the skilled use of make-up to enhance  your best features とあって、やはり「人」そのものは出て来ない。その他、Macmillan Eng. Dict.やCambridge Advanced Learner's Dict. を見ても目的語は sth (=something)だ。Longman Guide to English Usage などには、明確な説明として次のようなものがある。

Things and qualities may be enhanced, but not people: a hillside location enhanced by a broad vista; The election enhanced his political prestige; not He was enhanced in prestige by the election.
 
 ところが最近のインターネット情報を見ていると、「人」を目的語としている例に出くわすことがある。 Kallie Cunninghamという人が書いた詩の一片には、そのタイトルとして Let Me Enhance Youと出て来るし、動画のタイトルにLet me enhance you となっているものもある。果ては、George W. Burnsという人の著書101 Stories for Enhancing Happiness and Well-Being―Using Metaphors in Positive Psychology and Therapy  (Rout;edge, 2017, p.13) にも What aspects of family relationships enhance you?と出て来る。
 これらが一般的な語法になるかどうかは、予断を許さないが、今のところはまだ、日本人英語学習者は真似しないほうが賢明だろう。

「在中(ざいちゅう)」と「在住(ざいじゅう)」

在中(ざいちゅう)」ということばがある。封書や包みの上書きに用いて、その中に書類その他が入っていることを示す時の語だ。例えば、就職希望者が相手先の会社に履歴書を送る場合、封筒の表(の左側)に「履歴書在中」と書く。またある会社が別の会社に請求書を送る時には、同じく封筒に「請求書在中」と書く。その他、「写真在中」、「応募書類在中」、「注文書在中」、「見積書在中」、「納品書在中」、「見本在中」などと、同封物の種類(名)を表記する。(封筒に相手の住所などを書かない場合には、「〜在中」だけになるのが普通だ。)

 ところが、これを「在住(ざいじゅう)」と混同して使っている人が極めて多い。「在住」は「その地に住んでいること」という意味だ。私の場合で言えば、「横浜市在住」となる。以下に示す10例はいずれも間違いだ。➤印のあとに正解を添えておく。
◈横須賀市出身で現在も横須賀在中です。➤在住
◈香典の額について 当方関東在中の30代女性です。➤在住
◈札幌市在中です。市内認可保育所に子供を預けています。➤在住
◈東京都在中です!ママ友 - 30代半ばで、1歳になる娘がいます。➤在住
◈28歳、会社員、女性、都内在中です 三流私立大学、工学部応用化学出身です。➤在住
◈佐賀県在中です。地方公務員の元同級生と結婚しましたが、正直給与が少なすぎて、びっくりしております。➤在住
◈こんにちは 静岡県浜松市に在中の者です。オカヤドカリを飼おうと思ってます オススメのショップはありますか??➤在住 
◈自分はGT-R 33とs30z が好きで将来購入を考えてます。GT-Rは大学在中か社会人になったらと考えてます。➤大学在学中
◈女性スタッフ在中です  安心してください!(*^^) 女性スタッフがおります。➤女性スタッフ常駐;女性スタッフ常勤 
◈整備士在中ですので、お車の納車後も心をこめてサポートさせていただきますので、是非お立ち寄りください。➤整備士常駐;整備士常勤

 この種の間違いを犯した本人は気付いていないはずだ。気づいていればそう書くはずはない。だが、いつも書くように、その間違いを誰かほかの人から指摘されたり教えられたりしない限り、自分ではなかなか気づかないものだ。上に引用した例から推測されるだろうが、その間違いを犯している人たちはみな立派な成人ばかりだ。(日本語の将来が心配ではないと言えばウソになる。)

「足枷(あしかせ)」の意味

あるテレビ局が深夜の東京・渋谷センター街で、そこを往来する若者たちにインタビューを行っていた。そのうちの1組に、和太鼓演奏集団を支援しているという若者二人(共に25、6歳に見えた)がいた。女性レポーターの「どんな国の人たちに和太鼓を聞いてもらいたいですか」という質問に、一人の若者が「(今話題になっている)アメリカとか韓国とか、そこらあたりの方々も来てくれて、そこで一緒に共鳴してくれれば、まあちょっとの足枷あしかせになればと思ってます」と言った。
 
li 「足枷」になっちゃあいけないでしょ?! 私はそう思った。比喩的な意味で用いる「足枷」とは、「自由な行動を妨げる物事、足手まとい」ということであって、この若者が使ったような用法はしないものだ。当人が単に言い間違いをしたものか、それとも「足枷」という語をそのような文脈で用いるものだと思い込んでいるのかは不明だ。おそらく、当人が言いたかったことは「起爆剤」あるいは「刺激剤」ということだろう 。(昔の若者なら、謙虚に、「〜のための“一木一草”(いちぼくいっそう)にでもなれれば幸いです」とか、「一助(いちじょ)になることを願っております」とか、と言ったかも知れない

 しつこいほど書いて来たことだが、こういう誤用法でも、若者のほとんどがそれと気づかずに或る意味で用い始めれば、それは正用法になる。言葉とはそうしたものだ。だが、言葉に敏感で、正用法を心得ている人たちが大多数を占めている限り、そうした《問題語法》の使用は回避し、誰からも非難をされないような無難な(あるいは安全な)語句を用いるはずだ。

朝日新聞と東京高裁の“ごまかし” または “はぐらかし”

sUn jugement trop prompt est souvent
 sans justice.―Voltaire (1694-1778)
 (軽率なる判断は往々正義を誤る―ヴォルテール)

  先月(平成
299月)29日、「朝日新聞集団訴訟」控訴審で東京高等裁判所第24民事部裁判長から控訴人に対して控訴棄却が言い渡された。詳細は、こちらに裁判所書記官からの判決言い渡し原本のPDFがあるので、そちらを参照していただきたいが、第一回裁判で意見陳述を行った者のひとりとして、また、英語の専門家として、今回の判決文のうち、英語に関する部分にはどうしても私見を述べておかねばならないと考えて本記事を書いておく。(控訴人は「朝日新聞を糺(ただ)す国民会議」、被控訴人は「朝日新聞」) 

 判決文の第2の6(1)には次のようにある。

 6.当審における控訴人らの新たな主張に対する被控訴人の反論
(1)控訴人らが指摘する記事中にある「forced to provide sex」という表現が「強制連行」や「性奴隷」であることを示すものではないことは明らかである。

 また、裁判所の「争点に対する判断について」の6には次のようにある。

 6 当審における控訴人らの主張について
 なお、控訴人らは、当審において、朝日新聞の英語版が、平成28年に入ってから同年28日までの間に、「慰安婦」の説明として「forced to provide sex」という英文を用いた報道を繰り返している旨を主張しており、被控訴人も控訴人らが主張する朝日新聞英語版を英語ニュースサイト上に掲載した事実は認めている。

 (中略)控訴人らが権利侵害行為と主張する被控訴人の報道がいずれも控訴人らに対する不法行為とならないことは、前述の通りであるから、控訴人らの上記主張は、被害控訴人に不法行為責任は発生しないとの前記結論を左右するものではない。(以下省略)

 本当は判決全体に対して私見を述べたいのだが、私はその立場にないので、それは控えるが、上記した通り、こと英語に関しては看過することは出来ない点があるので、その点に言及しておく。

⦿forced to provide sex」の表現が「強制連行」や「性奴隷」であることを示すものでないことは明らかである。
⦿「慰安婦」の説明として「forced to provide sex」という英文を用いた報道を繰り返している旨を主張しており、被控訴人も控訴人らが主張する朝日新聞英語版を英語ニュースサイト上に掲載した事実は認めている。 

 上の2点はそれぞれ朝日新聞、東京高裁第24民事部の“ごまかし”または“はぐらかし”だとしか言いようがないなぜなら、朝日新聞日本語版の「慰安婦」(=comfort woman) にはないのだが、英語版には comfort woman の“説明”として forced to provide sex が添えられている。そして、まさにそのことが事の本質を曖昧にし、国益を大きく損ねてしまって来たのだ。もっとはっきり言うなら、forced to provide sexという説明には客観性・妥当性が大きく欠けているのだ。

 この英語(forced to provide sex)の意味は「性行為を提供するように強制された」ということだ。現代英語の観点からもっと正確に言えば、forced to provide sexとは、それは coerced sex”(強要されたセックス)すなわち“rape(レイプ)の婉曲表現(euphemism)と捉えられるものだ。

つまり、「慰安婦」が「対価を得て (売春婦として)性を売っていた」という含みはまるで読み取れない。しかも、「慰安婦」への“強制性”は、客観的・全面的に証明されているわけではないし、日本政府もそれを公認しているわけでもない。「慰安婦」は、背景にどのような個人的理由があったにせよ、結果的に自由意志に基づいて対価を得て慰安婦となったのだ。例外があった可能性を私も否定しないが、そのように考えるのが現在までの客観的データに基づいた至当な解釈だ。

朝日新聞は「forced to provide sex』の表現が『強制連行』や『性奴隷』であることを示すものでないことは明らかである」と弁解するが、これはまさに詭弁であり、上記のように、この英語表現は、英語世界(とりわけ現代英語社会)では“rape(レイプ)を換言したものだ。つまり、これはforceという動詞(あるいは名詞)が「嫌がる者をなんらかの手段で無理矢理〜させること)」という意味であり、暴力を強く暗示する語であることを考えてみてもわかる。

したがって、この英語を「慰安婦comfort woman)」の“定義”に併用する限り、その弁解は牽強付会だとしか言いようがない。だから、含みとして「(日本軍に無理強いされて将兵たちに性行為を提供させられた[レイプされた] 」と解釈するのが自然であり、したがって、その際、「無理強い」の中に「強制連行」を含めるのもまたきわめて自然なことなのだ

東京高裁第24民事部が出した判決は、以上の問題点には何ら触れていない。この点を私は“ごまかし”あるいは“はぐらか”だと言うのだ。裁判官たちに英語がよく分かっていれば、私が言及する上記の点に思いが及ばないはずがない。また、その結果として、朝日新聞が世界中に広めてしまった我が国の“不名誉”もしくは“汚名”にも思いが至るはずだ。

  朝日新聞は、なぜ forced to provide sex という英語表現を添えることの不適当性・不穏当性を認めないのか。おそらく、もう引っ込みがつかなくなったからだろう。朝日新聞で働く英語母語話者に“虚心”に訊けば、必ず私の解釈の通りだと答えるはずだ。その点は断言してもよい(だが、“朝日人間”となっている限り、彼らにもそれは無理かもしれない)。朝日新聞は、結局のところ、世界に拡散された慰安婦強制連行=性奴隷の誤りを訂正する努力をするどころか、その誤解の拡散を放置するにとどまらず、その誤解を助長・促進する底意を有するのだろう東京高裁第24民事部の今回の判決は、朝日新聞の問題の本質を意図的か無意図的かは分からないが、結果的に曖昧にしたまま下したものだと言わざるを得ない。 朝日新聞、東京高裁第24民事部には、冒頭に引用した、18世紀のフランスの哲学者ヴォルテールの言葉を贈っておこう。
 
【付記】本記事に《英語》の観点から
反論・異論のおありの方は、氏名(実名)・職位等を明示の上、その旨のご連絡をいただきたい。

diarrhea(下痢)とloose bowels (緩いおなか)

現在、『スーパー・アンカー和英辞典』の「くだす  [下す] 」の意味の1つに私は朝から腹を下している I have had  diarrhea [had the runs] since (this) morning.が収録されているhave the runsは“トイレに何度も駆け込む”ことをユーモラスに表現したもの。同辞典に目を通して下さっている某氏がそれに対して、[had loose bowls] の付記はいかがでしょうという提案をして下さった。
 ありがたいことだが、この提案は正しい英語の語法を反映していない。書きにくいことだが、これまでの英和辞典、和英辞典の中にも、また現行の辞典の中にも、同じ誤解をそれとは気づかずに記載しているものが少なくない。
s    have  diarrhea, have the runs [the trots] はまさに日本語の下す=下痢をするということだが、have loose bowlsが言及しているのは、日本語で言えばおなかが緩(ゆる)い、下痢気味だ」ということであって、diarrhea を使うなら a touch of diarrhea と表現すべきものだ。severe loose bowls とでも言えば diarrhea と同義に理解されるだろう。したがって、a touch of diarrhea=have  loose bowlsということになる。手元の英和辞典で have  loose bowls を引いてみていただきたい。訳語としてそれにストレートな下痢をしているという訳語があがっているなら、それは不正確だ。繰り返すが、have  loose bowlsとは tend to  diarrheaということであって、即 diarrhea のことではない。
 ちなみに、某英和辞典(およびその大英和版)にはこれ(=have  loose bowls)は直接的表現なので have  diarrhea, intestinal trouble などということが多いと説明されているが、この記述は正確ではない。そもそも have loose bowls と have  diarrhea とでは意味的にズレがあるのだから…。

the quick and the dead の思い出

c大学時代の友人の一人S君がこの春、肝臓癌で亡くなったと聞いた。葬儀はうちうちに済ませたそうだ。およそ、英文科には似合わない《バンカラ》だった (今の若い人たちには、《バンカラ》が持つイメージ、そう呼ばれる当人の容貌を想像することはできないだろう
 S君の《バンカラ》は授業中の英文の日本語訳にも表れた。確か、3年生の時だった。題材は聖書に関するものだったと記憶するが、その中にthe quick and the deadと出て来た。彼はそれを「急いで死んだ者たち」だったか、「早く死んだ者たち」だったかと訳して、担当教授を笑わせた。
   「S君、辞書を引いたかね?」、「いいえ、予習して来ませんでした。」、「そうかね、それは《生者と使者》、《人みな(全て)》という意味の決まり文句だよ。」、「はあ、すみません。知りませんでした。」… 教授は笑いながら、黒板に the quick and the dead=the living and the dead と記した。 
 教授とS君の会話を、半世紀以上も経った今も比較的よく覚えている。私と同年代の友人・知人が少しずつ the quick の仲間入りをしている。そうquickでなくてもいいのにと思うがこればかりは、神ならぬ身の知る由(よし)もないことだ。合掌。

storm-wracked と storm-racked

swx
あらゆる言語の用法が時代と共に変化するのは自然なことだ。英語の storm-wrackedstorm-racked と綴る人が多くなったのもその1例だ。wracked は「破壊された、荒廃した」の意味だし、racked は「苦悩した」の意味だ。ところが、現代英語ではwracked racked の区別が付かなくなって、学習英語辞典には wrack を引 くと「 rack を見よ」とあるだけのものもある。いっぽう、語感のするどい人は今でも下に引用したような storm-rackedstorm-wracked とすべきだと主張する。実際、Google検索に掛けると Did you mean: storm-wracked と問われる。
 外国人としての私には storm-wracked の伝統的な用法ほうが無難のような気もするが、storm-racked と綴る人がますます多くなっている現実もある。
*Heavy Snow, Rain Cripple Storm-Racked  Northwest. 
*A storm-racked  Brisbane, lit by 25,000 lightning strikes.
*She sat by the window, staring at the shabby storm-racked  town as it moved past. 
*"The island of Gont, a single mountain that lifts its peak a mile above the storm-racked Northeast Sea, is a land famous for wizards."
*Working day and night, a coordinated effort by hundreds of persons has restored near normal conditions , to a great part of this storm-racked  village.

Enclosed please find ...というビジネス英語表現

eEnclosed please find ...というビジネス英語表現がある(「あった」というほうが適切かも知れない)。Enclosed please find our latest catalog.のように使う。これを敢えて日本語に直せば、「弊社の最新カタログを同封致します」、「最新カタログを同封致しましたのでご覧ください」あたりになる。だが、この表現を好まない英語母語話者は多い。10年間、私の英作文の“先生”であり、同僚でもあったLeo G. Perkins 明海大学名誉教授(故人)は、大学教授に就任なさるまでビジネス界に身を置いておられ、ご自分の会社を経営しておられたので、ビジネス英語に対する語感は極めて優れておられた。その Perkins 教授が生前よく言っておられた。「この言い方は命令的で、手紙の受け手に何かを探す(look for)ように要請しているように響く」と。please find が、語感の鋭い母語話者には「どうか〜を探してください」と響くらしいのだ。 そう言われてみれば、確かにこの findは複義的だ。
  Perkins 教授は、代わりの表現として We are enclosing our latest catalog. / Enclosed is our latest catalog. / Here is our latest catalog. など簡潔な言い方を勧めておられた。最近のビジネスレターではEnclosed please find ... という表現は見かけなくなったようだが、今でもそれを使っている人はいるのだろうか。

undulyをexcessivelyの意味で使うこと。

近代建築の三大巨匠の一人と言われ、帝国ホテルライト館設計者としても知られる、アメリカの建築家Frank Lloyd Wright (1867-1959)のことを調べていたら、彼がある建築業者に宛てて書いた手紙の中に“When I walked on the floor of the airport in Rome, I said—this is it, the ideal floor for our ramp. It is not unduly expensive or they would not have been using it for acres of floor in an Italian Airport. ”
とあるのに目が行った。
 それで思い出したのだが、昔、イギリスに留学した際、音声学の泰斗 A. C. Gimson 教授(故人)は、not unduly  expensive の unduly という副詞の使い方は不適切だと言っておられたのを思い出した。この場合の unduly は明らかに excessively (過度に、はなはだしく)の意味で使われているのだが、Gimson 教授は unduly excessively の意味で使うのは誤用法だと考えておられたようだ。教授ご自身は、 undulywrongly, improperly (不当に、不正に)の意味で用いていると言っておられたからだ。今では多くの人が excessively の意味で使っている(下にその例を5例だけ挙げておく)。言葉の意味や用法は生きて変化を続けるのがその運命だ。
*As is evident from the results presented in Table 6, the expensive bid protocol is not unduly  expensive. 
*All wars are bloody. It is not unduly  expensive, for in spite of its outlay in men and money it is bringing in such rewards, Sire, as England never possessed before.
*With the help of his ADC, Metaxas, he had sold his cars well before leaving Athens, and the Swiss hotel was not unduly  expensive. 
*A rush for coal has been predicted.43 This is on the basis that there is still much of it about; it is readily accessible, and not unduly  expensive to extract.
*This repair work is not unduly  expensive and can be carried out when repointing the stack as previously described.

"new innovation"という表現の冗語性

ネット上の Merriam-Websterで "innovation" の項を見ていたら、Recent Examples of innovation from the web と題して、次の文例があがっていた。
Recent Examples of innovation from the web
  A lot of new innovation ― the rockets to vacations in orbit, the Apple Watch and Google Glass ― also seems custom-designed for them.
        ―Eduardo Porter, New York Times,  America’s Best Days May Be Behind It, 19 January          2016

d 英語母語話者による昨今の英語には上記のような"new innovation"という表現はいくらでも出て来る。Google 検索をするまでもない。だが、言語感覚の鋭い人にはこの "new innovation" という言い方は冗語的なものだ。なぜなら、 innovation という名詞自体が「機軸;制度;奇な事 [もの]」という意味で“”の意味が含まれているからだ。したがって、"new innovation" だと「新しい新機軸[制度・奇な事/もの]」と言っているように響いてしまう。しかし、いつも言うように、ある言葉遣いは多くの人たちによって一般化されれば、それに違和感を抱く人たちも少なくなる。この "new innovation" もそういう類いの語形だと言えるだろう。

*************************
 母語が日本語である我々日本人も同類の冗語的表現を用いている。以下にその一部を3例ずつ示しておく。これらを「間違っている」と言うつもりはない(滑稽に思えることは事実だが)。ただ、冗語的用法はより論理的で、より簡潔な言い方に言い換えることが出来るとだけ言っておく。
新しい新人がやって来た!!
*来月から職場に新しい新人を採用することになったと上司から話がありました。
*生活保護の保護費ですが、新しい新人の担当にかわってから、何の説明もなしに金額がわからない通知書送ってきます。

後から来た後輩が上司になった時
*バイトで後から来た後輩の方が仕事を先に優遇されて劣等感にかられます。
*その仕事に向は後から来た後輩に仕事を教えて自分は別の職場に移っていくのが普通である。

*イスに座る猫の横を横切るとき、必ずポンポンとひと撫で。
横を横切るのなら前を横切ったことにはならない、つもりだったりして。
*切明温泉と言えば自分の手で掘って入る河原の露天風呂が有名ですが雄川閣さんに駐車出来て歩いていく時にすぐ横を横切るため、切明温泉=手掘りの露天風呂=雄川閣というイメージがあるからだと言えます。

*夏の山から下山して泊まったところ(今頃ですが・・・)
*山記事とかで、よく山から下山してコーラを飲むというのを見かけるのですが、そういう方は酒ビールを飲めないということですか? 
*バスハイクに女性添乗員さんが参加されるようになってその方から山を下山して温泉済んだら何より先ず牛乳をとすすめられて今では温泉の牛乳が売り切れてしまいます

前から来る対向車が交差点で、. 自分から見て左にウィンカーをたきました。 
*ライトが上向きだと、前から来る対向車にまぶしいと思ったのかもしれないな。
*夜間に走行していて気になったのですが、前から来る対向車がヘッドランプをHi側にしていて眩しい時パッシング... 

*こんな感じで斜めの斜面に石が並んでいて、その隙間にいちごが植えられています。 
* 特に、斜めの斜面に土を盛って平らにした場合、場所によって被せた土の厚みが異なります。
*ノートパソコンのキーボードでキーの手前下(斜めの斜面になっている部分)に記号がありますがこれはどうや ノートパソコンのキーボードでキーの手前下(斜めの斜面になっている部分)に記号がありますがこれはどうやって...

the last but one 〜という慣用句

the last but one という慣用句がある。イギリス英語でよく用いられるもので、「最後から2番目の」という意味だ(「3番目の」なら one two にする)。これが慣用句となってから久しい。したがって、今さらこれについて云々するのは憚られるが、論理的に言えば、the last  〜 but one とならなければならない。たとえば、the last line but one終わりから2行目)といった具合だ。だが日常的には the last but one line と言う人が多いようだ。次の例もそうだ。
*What is the last but one digit  in the product of the first 75 natural numbers?
*This solves the last but one problem  of the Sharkovsky program of classification of triangular maps.
  アメリカ英語では the second line from the end [bottom] という言い方が好まれるだろうし、日本人学習者にはこちらのより平易な言い方を勧めたい。

「私は早生まれ(の人)だ」?

『スーパー・アンカー和英辞典』の「早生まれ」の項の用例の1つに「私は早生まれだ I was born (early in the year) between January 1 and April 1.」というのがある。日本の4月から始まる学制から生まれた表現なので、例文のように意味を汲んで英訳するしかないから、その言い方を示した。

 この用例の日本語に対して、この辞典に目を通してもらっている某氏から、本記事の表題にあるように「私は早生まれ(の人)」というように、「の人」を丸括弧に入れてはどうかという提案をもらった。だが、私は「私は早生まれだ」という日本語で十分に意は尽くされていると思っているし、何よりも、私の語感の中に“自分自身”を指して「〜の人」という語法を認める余地はない。

b いつの頃からか、中年を過ぎた人たちでも、「私は朝型[夜型]のです」、「はちょっと神経質なです」、「私は平成生まれのです」、「私は男のです」、「あなたは私のです」などという言い方をするようになった。このいずれも私の語感では日本語として不自然だ《甘ったるい》言い方でもある。もちろん、いつも言うように、言語は全て時代と共に変化する。したがって、(これもいつも言うように)「押しも押されもせぬ」という伝統的・慣用的な言い方が、「押しも押されぬ」という《誤用法》に取って代わられ始めているように、そのうちに私が感じる違和感を誰も抱かなくなる日が来るかも知れない。だが、同和英辞典の最終的責任者が私である以上、気付いた語法のうち、私が違和感を抱くものをそのまま収録するわけにはいかない。 
 
 それでは「私は朝型[夜型]のです」、「はちょっと神経質なです」、「私は平成生まれのです」、「私は男のです」、「あなたは私のです」を私が言い換えるとすればどう言うか。わたしなら最初の3例は全て「人間」と言い、第4例は「私は男です」と言う。そして最後の例の場合は「もの」と言う。もっと自然な日本語にすれば、「人間」を省略して「私は朝型[夜型]です」、「私はちょっと神経質です」、「私は平成生まれです」とする。したがって、ここで問題としている「私は早生まれ(の人)だ」はもとのとおり「私は早生まれだ」が好ましいということになる。

【付記】私は一度も見たことがなく、またその存在さえ知らなかったのだが、日本テレビ系のテレビドラマに、「ボク、運命の人です」というのがあったらしい。自分のことを「」と呼んでいるが、この場合は、自分(正木誠・亀梨和也)が自分にとって「運命の人(=女性)」(←自然な言い方)と信じ込んでいる相手(湖月晴子・木村文乃)の立場に立って、「私もあなたにとっては《運命の人 (=男性)》ですよ」と客観的に言っていると解釈できるから、許容できる用法だ。

「敷金」は日本独自のもの?

ps『スーパー・アンカー和英辞典』に目を通して下さっている某氏が、同書の「しききん(敷金)」に関して、「『日本独自の慣習』というような情報提供はいかがでしょう。 」という提案をしてくださった。英語教師を含めた多くの日本人英語学習者が、「英語圏には《敷金》なるものは存在しない」と思っているようで、某氏のその提案もそのことを示している。 
 だが、私が知る英語圏には security deposit あるいはdamage depositと呼ばれるものがある(単に deposit とも)。日本の「敷金」に相当するもので、借家などを退去する場合に、家屋内の損傷や汚れがなければ借主に返金される性質のものだ。私の場合は、昔、ロンドン郊外で借家住まいをした時には1か月分の security deposit を「敷金」として支払い、退去時に、家主による家屋内の点検 (inspection) を受けた後、何も問題はなかったので、全額を返してもらった。英語圏でも、たとえばオーストラリア、ニュージーランドなどのように、これをrental  bond と呼ぶところもある(単に bond とも;security deposit という語も通用するはずだ)。したがって、「敷金」は『日本独自の慣習』ではないと言える。

"four-letter man"と "five-letter woman" のこと

mwErnest Hemingway (1899 - 1961) の短編 The Short Happy Life of Francis Macomber  (「フランシス・マコーマーの短い幸福な生涯」;1936) に If a four-letter man marries a five-letter woman, he was thinking, what number of letters would their children be? という個所が出て来る。大学4年の頃に読んだものだが、「4文字の男と5文字の女が結婚したら、二人の間 に生まれた子は何文字 になる」??? four-letter man five-letter woman とがどうしても分からないのだ。まるでナゾナゾだった。
 
 英作文の授業でお世話になっていたM助教授(時事英語・英作文担当;California大学大学院修了)にお尋ねしたところ、「そういうことはまず間違いなくEric Partridge: A Dict. of Slang and Unconventional English  (2 Vols; Routledge and Kegan Paul) に出ていると思うよ」、と仰った。そこで図書館へ行き、同書を引いてみた。そこには、four letter man に対しては A very objectionable fellow: rather low (- 1923); heard among Army officers  as early as 1917. Manchon; B. & P. I.e., a s - h - i - t.   2. A homo (sexual): id.: from ca.1930. という定義が (Vol. 1)、また、five-letter woman に対しては A 'bitch': ca. 1925. Prompted by four-letter man (Dict. )という定義が (Vol. 2) が、それぞれ掲載されていた。
 たまたま図書館におられた米国人Z教授にも教えを乞うたところ、「four-letter man の four-letter は “gay” の意味の “weak” または “homo”だと思う」、また、「five-letter womanfive-letter は “bitch” の5文字だと思う」と応えて下さった。

 優れた辞書・参考書や、インターネットなど、文明の利器に恵まれ、周囲に英語母語話者の数多くいる現代の英語学習者たちはほんとうに幸せだ。こういうことが分からなければ、自宅に居ながら、24時間、いつでもそれらについて調べられるのだから。

【追記】その後、E. Partridgeの著作は全て買い揃えた。それでも分からない場合は、 Partridge 氏に直接手紙を書き(今なら E-mailで)教えを乞うた。そのたびに丁寧にお返事を下さった。
ご注意
無断転載禁止 HOME (C)
山岸勝榮英語辞書・教育研究室
記事検索
書籍
.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典[第3版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惴Χ軌藹佝


.▲鵐ーコズミカ英和辞典
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第4版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第3版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
 [第3版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

ヽ擇靴犲典スーパー・アンカー英和辞典[CD-ROM]―for Windows
学研電子辞典シリーズ
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社
書籍
|姥貲郢
一番知りたい暮らしの英語
∋慨濔+
小学館


,垢阿砲任る
海外インターネット活用事典
[監修]山岸勝榮
 [執筆]関根紳太郎
小学館


100語で学ぶ英語のこころ
 日本人の気づかない意味の世界
∋慨濔+董Υ愃紳太郎
8Φ羲


.好圈璽舛里燭瓩離罅璽皀英語
∋慨濔+董L.G.パーキンズ
4歔吋薀ぅ屮薀蝓


 ̄儻豢軌蕕伴書
∋慨濔+
三省堂

 ̄儻譴砲覆蠅砲い日本語をこう訳す
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

仝世┐修Δ埜世┐覆け儻
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

 ̄儻譴量ね
D.Graddol著・山岸勝榮訳
8Φ羲匳佝

.罅璽皀英語のすすめ
∋慨濔+
4歔吋薀ぅ屮薀蝓
Archives
  • ライブドアブログ