「お間違いないですか」という表現

昨日、夕食をとろうと近所のファミリーレストランに行った。注文を受けた20代後半から30代前半の女性店員が、「はい、ご注文はAとBとCでお間違いないですか」と言った。追加注文の時にも同じ表現を使った。「お間違いないですか」?? これは誰に対して言っている言葉だろう。客である私に対してか。それとも注文を受けた自分自身に対してか。日本語感覚の優れた日本人であれば、この表現のどこが、なぜ問題か分かるだろう。いつものように旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題としておくので、考えてみてほしい。

「お見かけする」の語法

「Yahoo知恵袋」の英語に関する質問の1つを見ていたら、次のような文章が出て来た。
何語 (たぶん英語かな?) なのか、調べても一向に分かりません? youtubeで、お見掛けしたのですが、Academy awards を検索していて、たまたま、『Psifonian awards 』なる用語が目に留まり、調べても意味がわかりません、。そもそも、英語など学生レベルなので、詳しい方、ぜひ、教えて頂けたらな、と願います!
 かなり乱雑な日本語表現だが、特に私の注意を引いたのは「お見掛けしたのですが」という言い方(謙譲表現)だ。本人は丁寧に書いたつもりだろうが、この場合は対象が人間(の、それも自分の上位者)ではないので不自然だ。「見掛けたのですが」、もっと自然には「見たのですが」でよいのだ。と思いつつ、“お見かけした”をGoogle検索に掛けてみて少々驚いた。かなり“いい加減に”使われている表現だということがわかった“英語学習”よりも先に“母国語(=日本語)学習”が必要な日本人が多い現実にしばしば苦笑させられる
*もし、広報等で艦番号「172」をお見かけしたら、応援の程よろしくお願いします。✒「ご覧になったら」でよい。
*皆様も「研修生」の名札を付けたスタッフをお見かけしたら少々お待たせする事もあるかと思いますが、どうか暖かい目で見守って下さると幸いでございますヽ(´▽`)ノ ✒「お見かけになったら」でよい。
*寒い中、ポスティングしてくださる配布スタッフさんに、心より感謝(T_T) 配布スタッフさんをお見かけしたら、「寒い中、配布お疲れさまです」とぜひぜひお声掛けをお願いします!!! 「お見かけになったら」でよい。
* 毎年、漫研に不審者っぽい男性の方がよく来てやたらコスプレをしている人に関わろうとしたり触ろうとしたりしてくる一般の客が居ます。もしそういった方をお見かけしたら先生方にご報告をしにいく、または部員に声をかけてほしいです。よろしくお願いします。「お見かけになったら」でよい。

 この間違いは、次のように、公共性の高い組織が掲示したものにも見られる。
* 名古屋市交通局 
お客さまへ、目の不自由な方をお見かけした時のお願い 
地下鉄駅で目の不自由な方をお見かけした時は、以下の内容を参考にお声かけなどのご協力をお願いいたします。✒両方とも「お見かけになった時」でよい。

* 西鉄電車
安全・安心・快適に鉄道をご利用いただくため、お客さまへ助け合いのご協力を呼びかけています。 駅や電車内で介助が必要な方をお見かけしたら、ぜひ積極的なお声かけをお願いいたします。「お見かけになったら」でよい。

フグ(河豚)の思い出

fxフグ(以下は特に「トラフグ」をいう)で作った《フグ刺し》は今や“高級品”になり、普段はなかなか食べられない。私の生まれた山口県宇部市、小学校1年生から中学2年生までの8年間を過ごした同県小野田市(現在の山陽小野田市)は、フグの本場で知られる下関とは海を挟んですぐ向かい側だから、フグはいくらでも釣ることができた。ちなみに、今でもそうだが、下関を初め、たいていの山口県人は「フグ」と濁らずに、「フク」と言う。「」を連想しての言い方であることは容易に推測がつくだろう。

 子供の頃、父が所有していた釣り舟で、父のお供をして、よくフグ釣りに行った。フグは面白いようにいくらでも釣れた。釣り上げるとボールのように膨れるその姿が何ともユーモラスだった。今では、フグを調理するには都道府県知事が行う「フグ調理師試験」に合格して「フグ調理師免許」を持つ必要がある(ただし国家資格ではない)。だが、私の子供の頃は、フグ釣りをやる人たちはだれでも自分でフグを調理した。かく言う私も小学生の頃から、自分でフグを調理した。もっとも、フグの“肝臓”には猛毒があることはよく承知していたから、その部分だけは特に気を付けて取り除いた現在では、フグの肝臓はフグの種類を問わず、販売が禁止されているはず

fu 調理したあとは《フグ刺し》や《フグ皮》を作ったり、ちり鍋のあとで《フグ雑炊》を作ったりした。《フグのしゃぶしゃぶ》もよく作った。《焼きフグ》の香りと味も最高だった。父や兄たちはよく《フグひれ酒》を飲んでいた。また、母は《フグの一夜干し》や《フグのミリン干し》を作るのが得意だった。小学校・中学校を通じて、暇さえあれば海に釣りに出かけていたから、学校の勉強がおろそかになるのは当たり前だったが、それでも父や母は、私に「(釣りばっかりやってないで少しは勉強しなさい」、「学校の宿題はもう済んだの?」などと言ったことは一度もなかった。フグ料理を食べるたびに、今から60年も昔の子供の頃を思い出す。

11円を握りしめた幼い子が憐れだ…

Yahooニュースを読んでいたら、「10円玉握り『おなかすいた』 コンビニで5歳女児保護 傷害容疑で実母ら逮捕」と題された痛ましさが予想できる見出しが私の目についた。

  神戸新聞に掲載されたもののようだが、26歳の若い母親が5歳の幼い娘が失禁したことに腹を立て、娘の頭を叩いた上、その腕を石油ストーブに押し付けて大けがを負わせたという。しかも、47歳になるその子の祖母は、ご飯の食べ方が悪く、言うことを聞かなかったので「 ビビらせよう と包丁を持ち出してその子を脅したそうだ。その子は手に11円を握りしめて近所のコンビニに入り、「 レジ横の揚げ物コーナーをじっと見つめていた という。異常を察した店員から連絡を受けて対応した兵庫県警伊丹署員に、女児は「 おなかがすいた と応えたそうだ。

t1 このニュースを読んで、私は悲しみと憤りとが混じり合った感情に襲われた。子供は親を選べないとはよく言われることだが、この子の場合もそうだ。5歳の子が“おしっこ”や“うんち”をもらすことなど珍しいことでも何でもないはずだ。遊びに夢中になっていたり、何かに気を奪われていたりする場合には特にそういうことが起り得る。

 女の子が「11円」を握りしめていたこと、「 おなかがすいた と言ったこと、私にはたまらなく悲しい、腹立たしいことに思えた。不憫でならない。40歳を過ぎたばかりの若い年齢で“祖母”になった上記の女性は、包丁で孫を脅すような女性だ。その女性が育てた娘は我が子を石油ストーブに押し付けるような鬼畜にも等しい行為をしている。まさに「 この祖母にして、この母親あり だ。こういう近親者に育てられた子がまたまた同じような人間に育つ恐れは多分にある。どうかこの幼い子に幸せが巡って来ますように。

「刀(かたな)」と「剣(つるぎ)」とその英訳

sw手元の某和英辞典で「かたな」を引くと a swordと訳されており、「剣つるぎ」を引くと同じく a swordと訳されていることに気づく。たしかに、両者ともswordと表現できるものだ。だが、正確に言えば、両者は異なる。前sw2者は、「日本刀」もそうだが、《片刃かたば》であり、後者は《両刃りょうば》もしくは《諸刃もろは》だ。たとえば、三種の神器の剣は後者だし、その他、神事で用いるものも後者だちなみに、家庭用の三徳包丁も両刃
 したがって、英語で表現すれば「刀(かたな)」はa single-edged swordということになり、「剣(つるぎ)」はa double [two]-edged swordということになる。
【付記】上掲の画像はこちらこちらから拝借しました。

「心に決めた決意」という冗語的表現

ik皇室関係の動画をあれこれ見ていたら、たまたま「【今週の御皇室】眄郷紊心に決めた3つの決意」と題されたものが目に入った。粗探しをしたつもりなど毛頭ないが、「心に決めた3つの決意」という冗語的な言い方が気になった。「決意」と言えば、それ自体が「心に決めること」という意味だからだ。
 そこで“心に決めた決意”をGoogle検索に掛けてみた。3,700件以上がヒットした。次に5例だけ引用しておく。
*がっちゃん@心に決めた決意を貫き通す
*堅く断固とした顔の線が、いわば心に決めた決意を示していた。
*#心に決めた決意とは medias. 
*「心に決めた決意。キミへの気持ちは胸の中に。」
*「夢の家のアリス」 六つの事件の後で、安梨沙が心に決めた決意とは――。

神事としての「一人相撲」

h一人相撲ひとりずもう」という語がある。『明鏡国語辞典』は「相手もいないのに、ひとりで意気込むこと。また、結果の期待できない物事に意気込んで取り組むこと。」と定義している。現代語法の観点からだけ見れば、これで正しい。だが、歴史的に言えば、『デジタル大辞泉』の「‘鷽佑覗衙个鬚箸辰討い襪茲Δ塀蟶遒魄貎佑任靴討澆擦襪海函また、その芸。神事・大道芸として行われた。∩蠎蠅ないのに自分だけで気負いこむこと。また、実りのない物事に必死で取り組むこと。」というような書き方のほうが親切だ。ただし、「神事・大道芸として行われた」という点については少々注記が必要だ。なぜなら、最初に「神事」として行われ、それが“神聖さ”を失って大道芸で演じられるようになったと考える方が妥当だからだ。
 「一人相撲」と言うが、“対戦相手”はちゃんと存在する。豊年・豊作を祈願したり、雨乞いをしたり、疾病の厄除けをしたりする際に、目には見えない《神》を相手にしているからだ。

【上掲の画像はこちらから拝借しました】

金太郎の「腹掛け」と正月儀礼

昔話に出て来る《金太郎》のことを調べていたら、「みんなでつくるpixivの百科事典」という頁に行き当たった。そこに次のようにあった。
乳児や幼児・子供が腹掛けをするのは、腹掛けがお腹を覆うことによって寝冷えを防ぐのが目的である。また、乳児や幼児・子供が自分でおしっこやうんこといった排泄をする際に、腹掛けだと下着の着脱をすること必要が無いので、腹掛けを着けたままでおしっこやうんこをすることが可能である。 
 腹掛けといえば、昔話でおなじみの金太郎が着用して元気な子供の象徴ということから、乳幼児の男の子が着用することが多いが、最近では『千と千尋の神隠し』の主人公である女の子の千尋が腹掛けを着用していたことからもわかるように、乳幼児の女の子も腹掛けを着用することがある。
 金太郎が「腹掛け」一枚の姿でよく知られているのは、そういう姿で寒くない時季を取り出して物語に仕立てたものだからだろうが、私が興味を引かれるのは、「腹掛け」1枚で、その下には何も身に着けていないという点だ。用足し”が容易だからというだけでそういう格好をしていたのではない(後述)。

kin
 金太郎は天暦10年(956年)5月に誕生したと言われている(のちに源頼光の四天王の一人となった坂田金時(きんとき)だ)。足柄山の自然を愛し、熊と相撲をとるような“健康優良児”で、優しい性格の男児だったと伝えられる。

 金太郎が「腹掛け」1枚である理由は、金太郎がまだ少年期に必ず行われる“通過儀礼”を済ませていなかったからだ。これは同世代の子供仲間たちと決められた場所で“共食”をしたり幼児に求められる“神事”などを経験したりすることによって果たされた。これが済むと赤褌(あかふんどし)を締めることが出来るようになるあとの成人になるための通過儀礼を済ませると白褌(しろふんどし)を身に着ける

【付記1】金太郎の画像は小学館のものを拝借しました。

正月とお粥(かゆ)のこと

k昔、私が子供の頃、我が家では正月料理(先祖への供物でもある)を利用して“お粥”を作って、家族全員で食べていた。小豆(あずき)を含めた、赤い食品を多く使った。漬物も“赤かぶ”だったし、梅干しも“赤梅干し”だった。と言うのは、赤色は先祖たちの“血液”だと思われていたし、“白粥”は《病人》が食べるものとされていたからだ。今、そのようなお粥を作る家庭がどのくらいあるのかは知らない。たぶん、戦後の洋風生活の中で、多くの日本人家庭からは消えて行った風習ではないだろうか。寂しくもあるが、時代の流れと割り切る必要もあるだろう。
【左の画像はこちらから拝借しました】

初夢のこと(続)

昨日、《まくら》に言及したが、昔の日本人は、人間の“霊魂”は睡眠中は本人の体から遊離すると考えたようだ。枕はそれが浮遊しないように「封じ込めておく物」なのだこちらに箱枕の画像が多数ある。昔見た時代劇映画の中に、一人の侍が、敵対する侍の寝込みを襲って相手を殺そうとして、まずその枕を蹴りはずした場面があったのを覚えているが、それは相手の霊魂(の宿っている枕)を完全に相手から離しておいて襲うほうが、相手が“腑抜け”になっているので殺しやすいと考えたからだろう。
 昔、こんな話を授業中の雑談として受講生諸君にしたことがあるが、学生の一人が「それは、相手を目覚めさせておいて正々堂々と戦おうという意思表示ではありませんか」と訊いてきたことがあった。だが、「正々堂々と」と言うのなら、相手の寝込みを襲ったり、相手の枕を足蹴にするような“無作法なこと”はしないだろうと私は答えておいた。そしてその答えは正しかっただろうと今でも思っている。


初夢のこと

t今でも「夢占い」という言い方をするが、昔の日本人は《》を「神からのお告げだ」として占いに使った。したがって、わざわざ“夢をみよう”と努力したものだ。その時には、夢を司(つかさど)る「枕神まくらがみ」に祈る。とりわけ、年が明けた元旦の夜に見る「初夢」を1年間の運命を占う大事なものとみなす。佳い夢はそれが実現するまで他人に告げないのが好いとされ、悪い夢は、絵に描かれた舟に乗せて海あるいは川に流すか、土中に埋めるかした。これがいつの間にか七福神を乗せてやって来る「宝船」になった。

t1 私の「初夢」の対象は、本当に嬉しいことに、亡き妻だった。長女が生まれた頃の若々しい妻が、和服で台所に立ち、何かを作っていた。私を見て微笑んでいた。懐かしかった。2日の夜の夢は、何と、我が亡き母が現れた。それも私が小学校1、2年生の頃、まだ母の布団の中にもぐり込んで眠っていた頃のものだった。3日目以降の夢は、私の今後の希望に繋がるものや、よく覚えていないものばかりだったから、ここでは言及しないことにする。前記したように、正月に見た夢で、希望や、まさに《夢》であるものは他人には伝えないことが望まれるからだ。

nero 私は今でも、夢を見たい時には「枕神」にお願いをするだからだろう、本当によく夢を見る。これは、寝過ぎないように祈る時にも私がすることだ。枕神に「〜時に起こしてください」と祈りながら、その時間を枕に“打ち込む”。たとえば、午前6時ならばポン、ポン、ポン、ポン、ポン、ポンと軽く6回枕を叩く。6時半なら6回叩いた後で小さくポンと叩く(半時間のつもりだ。これを一笑に付す人もいるだろうが、私のこの願い(というよりも“まじない”かはたいていの場合、聞き入れてもらえる。読者諸氏はどのような「初夢」をご覧になっただろうか。

謹賀新年

Fuji

謹賀新年

本年も宜しくお願い申し上げます。

 皇紀2678年

平成30 [西暦2018] 年

元旦

山岸 勝榮


生きていることに感謝

【一間正月休暇をいただきます】

今年も暮れてゆく―雑煮が食べられる

z今年も暮れてゆく。この1年、生かしていただいた。心臓バイパス手術で私の命を救って下さった外科医 I先生ほか、多くの医療関係のみなさんのお陰だ。それを支えてくれた私の小さな家族にも1年間の礼を言いたい。ありがとう。また正月料理が食べられそうで嬉しい。

 ところで、正月料理と言えば、私は《雑煮》が好きだ。私の母(故人)の雑煮の味も、亡き妻の味もどちらも好きだった。幼い頃、我が家では(と、言うよりも日本のどの家庭でも)都市ガスの無い時代だったから、料理には木炭・練炭・薪・焚き木などを使った。だが、《雑煮》には燃料として黄櫨(はぜ)の木を使った。豆殻を混ぜることもあった。それは《雑煮》は本来、神前にz2供える料理、すなわち神饌(しんせん)の1つだったからだ。私が結婚してからは、当然のことだが、料理には都市ガスを使うのが当たり前になっていたから、たいていの料理はガスレンジを使った、だが、私(や妻)の頭には、どこかちょっとした“やましさ”があった。神聖なる《雑煮》作りに都市ガスを使っているということに対するものだったが、周辺に黄櫨の木もなければ、豆殻を入手することも容易ではなかったから、仕方がないとあきらめたのだった。それでも私は幼い頃からこの年齢になるまで《正月》と言えば(お節料理と)《雑煮》を思い出し、それを食べるのを楽しみにしてきた。
 今年1年、本ブログを訪れて下さった読者の皆さんにお礼を申し上げる。

「宝船」今昔

t1宝船たからぶね」と言えば、たいていの人が、「縁起物の一つ。宝物・米俵・七福神などを乗せた船」(『デジタル大辞泉』)を連想し、正月二日の夜、その絵を枕の下に敷いて寝るとよい初夢を見ることができると思うだろう。だが、本来、それは除夜に、その年の厄病やくびょう)・災厄さいやく邪霊じゃれいなどを積み、海や川に流すものだった。したがって、そこには「宝物・米俵・七福神など」“おめでたい”ものは乗っていない。それがいつの間にか、上掲の国語辞典にあるような、つまり今日の日本人が連想するような“めでたい船”になってしまった。

日本人と願掛け

g1受験生にとって、正月と言えば、「合格祈願」の季節でもあるだろう。中学生も高校生も、各種の免許を取ろうとする一般人も、みな神仏にその「合格」を「祈願」する。現代人のほとんどが祈願するのは、そうした“個人”がもとになったものだ。集合体と言ってもせいぜい「家内安全」を祈願する程度だろう。

 昔の日本人には、そうした“個人”の祈願などは想像しにくいだろう。なぜなら、「祈願」や「願掛け」は自分が所属する“村落共同体”全体の幸福、具体的には豊作祈願であったり、村落全体の大願成就を願うものだったからだあるいは、武士下級であれば、一族郎党の“武運長久”を願うものだった。多少個人的性格があったとしても、それはたとえば安産祈願病気平癒商売繁盛といった性質のものだったはずだ。
g2 その願掛けも、神社仏閣に行って“お守り”や“祈願札”を買って来るだけというようなものではなく、一定期間の“水垢離(みずごり)”であったり、“断ち物”(お茶断ち、米断ち、酒断ち等)を実行したりする、極めて真剣なものだった。

 近代の日本人は“現世利益”を願い、個人の願いが叶うように願掛けをするようになった。今、村落共同体において集団的祈願をすることが、我が国にどの程度残っているのかは定かではない。そこら辺りの情報をお持ちの方のご教示をお願いしたい。

消えて行く正月迎えの風習

b門松・注連飾り[縄]などは今日28日、あるいは遅くとも30日までに飾り付けるのが伝統だ29日は「二重苦」ということで避けられ、31日は「一夜飾り」は佳くないということで避けられる。地方によって異なりもあるだろうが、私はそう教えられて育った。我が家も粗末ながらそうしたものを今日飾り付けた。昼過ぎの散歩の際、近所を5、60戸ほど注意して見てみたが、15戸に1戸程度しかそうした飾り付けをしていなかった(夕方から夜に掛けて飾り付けをする家もあるだろう)。さすがに、私のような高齢者のいるうちでは、それを済ませているところが多かった(がないところもあった)。
 私の幼かった頃、今から65年近く昔は、どこのうちでもそうした正月を迎えるための準備をしたものだ(餅つきの音も各戸から聞こえて来た)。なぜなら、各戸の祖霊たちはみな門松・注連飾り[縄]などを頼りに、懐かしい我が家に帰って来るからだ。「正月様」「年神(としがみ)様」と言えば、そうした飾りを頼りに遠い国からやって来る各戸の祖霊たちなのだ。祖霊たちは“トンド[ドンド]焼き”の火と共に常世(とこよ)の国に帰って行くと伝える地方もある。
 おそらく、そうしたことを意識し、正月迎えのための飾りをするのは我が家では私の代で終わりだろう。我が子たちといえども、そうしたことを強制して行わせることはしたくない。現代に生きる若い世代にとって、伝統・慣習・風習などと言った物事は“面倒臭い”とか“迷信だ”とかしか映らないかも知れないし、新しい時代には新しい時代の生き方が生まれて来るだろうから。私の今の心境は、したがって、Whatever will be, will be.といったところだ。

餅花(もちばな)のこと

m1“華道”のように、花の美しさを(最高度に)引き出したり、活かしたり、それを愛でたりすm2る習慣は、奈良時代に中国の詩文を通じて、我が国に広まったものだ。本来、我が国では、花は鑑賞するものではなく、共同社会に生きる者たちが幸せになるための予祝よしゅく)的な占いに用いたものだ。現在でもその形骸化したものが残っている。正月、特に小正月(陰暦1月15日)あたりに見る「餅花もちばな」、「繭玉まゆだま)」がそうだ。これは各人の家の祖霊・精霊の憑代よりしろとなるものとされる。ちなみに、小正月は《花正月》とも呼ばれる。


「坪山(つぼやま)」のこと(続)

10日前(17日)、山梨県上野原にある坪山の名称に言及した。その山(1102.7m)の斜面で男女3人(千葉県の男性1人、70歳と、東京都の女性2人、共に71歳)が遭難し、3人とも心肺停止で発見され、その後、全員が死亡したそうだ。坪山のことを多少なりとも書いた私としては、偶然にせよ、心が騒いだ。3人のご冥福をお祈りする。

「注連(しめ)飾り」のこと

sho先日、テレビニュースで“モダンな注連飾り”を作る若い女性を紹介していた。伝統的な注連飾り(あるいは“注連縄”)ではなく、洋風に仕立て、正月が終われば、取り外し可能な花はパーティードレスの飾りや髪飾りに転用できるようにしたものだという。若い女性たちを中心に“大人気”なのだそうだ。
sho2 いかにも“伝統”や“慣習”にとらわれない“モダンな考え方”(見方によれば“ドライな考え方”)だが、昔の日本人がそのことを知ったら、何と言うだろうか? と言うのは、“注連飾り”(“注連縄”)は現世の穢(けが)れの宿ったものであり、海や川に流したり、しかるべき場所(神社など)で焼いてもらったりするのが望ましい処理法だからだ(例:“どんど焼き”)。そういう古い考え方や風習を知らない世代が現代感覚で“モダンな注連飾り”を作ることを悪いとは思わない。だが、正直に言えば、複雑な気持ちになるのも事実だ。

「あおり運転」、「あおる」は英語で何と言う?

t神奈川県大井町の東名高速道路で去る6月5日夜、トラックがワゴン車に追突し、ワゴン車の夫婦が死亡した事故があったが、それ以来、「あおり運転」、「あおる」という語を以前よりも多く見聞きするようになった。
 「あおり運転」、「あおる」をネットや和英辞典などで見ると、まず間違いなくtailgating, tailgate という訳語が出て来る。だが、私はこれらの訳語は“不十分”だと思っている。なぜなら、tailgating, tailgate は「前の車に異常に接近して運転すること)」に焦点が合っているのに対して、「あおり運転」、「あおる」は「前の車に、速度を上げさせたり、進路を譲らせたりするために、同車に異常に接近してその運転者を故意に刺激すること)」を言うからだ。
 さてそこで、いつものように旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題としたいが、その「あおり運転」、「あおる」に適切な表現はどんなものか考えてもらいたい。
ご注意
無断転載禁止 HOME (C)
山岸勝榮英語辞書・教育研究室
記事検索
書籍
.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典[第3版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惴Χ軌藹佝


.▲鵐ーコズミカ英和辞典
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第4版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第3版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
 [第3版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

ヽ擇靴犲典スーパー・アンカー英和辞典[CD-ROM]―for Windows
学研電子辞典シリーズ
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社
書籍
|姥貲郢
一番知りたい暮らしの英語
∋慨濔+
小学館


,垢阿砲任る
海外インターネット活用事典
[監修]山岸勝榮
 [執筆]関根紳太郎
小学館


100語で学ぶ英語のこころ
 日本人の気づかない意味の世界
∋慨濔+董Υ愃紳太郎
8Φ羲


.好圈璽舛里燭瓩離罅璽皀英語
∋慨濔+董L.G.パーキンズ
4歔吋薀ぅ屮薀蝓


 ̄儻豢軌蕕伴書
∋慨濔+
三省堂

 ̄儻譴砲覆蠅砲い日本語をこう訳す
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

仝世┐修Δ埜世┐覆け儻
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

 ̄儻譴量ね
D.Graddol著・山岸勝榮訳
8Φ羲匳佝

.罅璽皀英語のすすめ
∋慨濔+
4歔吋薀ぅ屮薀蝓
Archives
  • ライブドアブログ