「旅立ちの日」、「田植」を英訳した。

卒業式の際の定番ソング(の1つ)となって久しいb旅立ちの日」(小嶋登作詞、坂本浩美作曲)を遅まきながら英訳した(こちら)。原詞の意味を生かすことと、英語らしさを出すために、語句の選択には気を使ったつもりだ。(流布している)既存の英訳と比較してみてほしい。
 同時に、昔、唱歌として歌われた「田植」を英訳した。こちらの英訳作業も楽しかった(こちら)。

日本の童謡・唱歌の誤訳(2)―「茶摘み」から

続いて、文部省唱歌として知られた「茶摘み」の英訳を見てみる。某氏は1番を次のように訳している。 
夏も近づく八十八夜 
野にも山にも若葉が茂る 
「あれに見えるは茶摘みじゃないか、 
あかねだすきに菅の笠」

Summer is approaching. / It’s the 88th day of Spring.
Fields  and  mountains have / all  turned  green.
“Look at the women  there / picking  up  tea leaves.
Wearing reed-hats and red cloth bands / to pull back their sleeves.”

 問題は冒頭の「八十八夜」を It’s the 88th day of Spring. と訳していることだ。日本の茶摘み(文化)を理解している外国人なら、これが何を言っているのか推測がつくだろうが、日本のことを何も知らない外国人には「春の88番目の日」と言っていることの意味が理解できないだろう。したがって、「八十八夜」とは「茶摘みの最適時期だ」と考えて、たとえば Summer is drawing near: the finest time for picking teaとすれば外国人にはよく理解できるだろう。
 それと、「菅の笠」をreed-hatsと訳しているが、reedは「(あし)」のことであって、「(すげ)」はsedge という。この歌の場合、リズムとの関係で sedge-hats とする必要もないだろう。したがって、私なら全体的には
Summer is drawing near : the finest time for picking tea
In every field and in the mountains too fresh leaves have grown
Look over there, my friend, the many lovely women come
In hats and crimson sashes, work to pick the tea
のように英訳する。

日本の童謡・唱歌の誤訳(1)―「証城寺の狸ばやし」から

続いて、童謡・唱歌の誤訳の例を挙げる。某氏による「証城寺の狸ばやし」の一部は次のような英訳になっている。
負けるな 負けるな
和尚(おしょう)さんに 負けるな
来い 来い 来い
来い 来い 来い

Sing well.  Dance well.  /  Follow  after the temple  priest.
All, come out.  Sing and dance !  /  Let’s  come out.  Sing and dance !
 問題は「和尚さんに 負けるな」に対応する Follow  after the temple  priest. だ。Follow  after 〜 を直訳すれば「〜の後に付いて行く、〜を追い掛ける」という意味だが、原詞の「負けるな 負けるな 和尚さんに 負けるな」は文字通りに解釈すべきで、したがって、冒頭の「負けるな  負けるな」は Hang in there, everyone となり、「和尚さんに 負けるな」は  Don't be outdone by the Priest  のように訳す必要がある。私なら、ここは全体的には次のように訳す。
Hang in there, everyone
Don't be outdone by the Priest
Come, come, come 
Come, come, come 
Everyone, out. Come, come, come

女性問題で辞任した薬師寺第6代管主に思う…

薬師寺(奈良市)の第6代・村上太胤管主(たいいん・かんず=71)が女性問題を起こして、一昨日の14日付で管主を辞任、退山したそうだ(出典こちら; こちらも参照)。荒廃寸前だった薬師寺を現在の立派な姿に復元し、発展させた一番の功労者は第2代・高田好胤(こういん)管主だ。宗教者としての高田管主の詳細な業績と人となりについては Wikipedia に譲るが、私も亡き妻も、ご本人の講話、その著書を通じて、いつも教え導かれた。話術の巧みさという点では、宗教者の中では群を抜いておられた。難しい法話も高田管主にかかると、まことに分かりやすい、近づきやすいものになった。管主のあのお声が今でも私の耳に残っている。お顔はまことに穏やかで、気品があって、いつも輝いておられた。
 その高田管主の筆舌に尽くしがたいご尽力によって見事に復興した薬師寺を、古希を過ぎた後輩管主がこともあろうに女性問題でその職を辞して恥ずかしめるとは、あまりにも情けないことだ。高田管主はおそらく草葉の陰で泣いておられることだろう。
こちらに高田管主の画像が多数掲載されている】

【付記】ちなみに、高田管主のお師匠であった初代・橋本凝胤(ぎょういん)管主は、「生涯肉食妻帯せず…有名な尼僧が訪ねて来ても絶対に寺に招きいれず、その手土産には口をつけなかった」そうだ。

日本の子守唄の誤訳(3)―「竹田の子守唄」から

続いて、(現在の京都府の被差別部落に伝えられた民謡で、それを基にした)ポピュラー音楽の歌曲として知られる「竹田の子守唄」の誤訳を見てみよう。某氏はその1番を次のように訳している。
(も)りもいやがる 
盆からさきにゃ
雪もちらつくし 
子も泣くし

Baby sitting is a lousy job once O-bon is through.
Nothing but snow all the time, and a crying baby too.
 Baby sitting という訳語から英語母語話者が描くイメージの新しさは今は置いておくとして、問題は「雪もちらつくし」を Nothing but snow all the time と訳していることだ。これだと、盆を過ぎるとあとは絶え間なく雪が降るということになる。原詞が言っているのは、そうではなく、(The nursemaid hates it: the season after the Bon Festival)'Cause snowflakes begin to fall and the baby cries a lotということだ。すなわち、「雪もちらついて(来て寒いし、赤子もよく泣いて私を困らせる)」という意味だ。
英訳にあたってはまず日本語の正確な理解が肝要だ。

日本の子守唄の誤訳(2)―「五木の子守り唄」から

続いて、熊本県を代表する民謡として知られる「五木の子守唄」の英訳の誤訳に言及しておく。その2番を某氏は次のように訳している(「非人 非人」は「かんじん かんじん」と唄うが、この語を表す漢字は複数存在する)。
おどま 非人 非人
あん人達ゃ 良か衆
良か衆良か帯 良か着物

My family’s very poor.
But others are rich.
They wear good kimono belts,
And  good foot gears.
 この英訳によれば、「我が家は極貧だが、ほかの人たちは裕福だ。あの人たちは立派な帯を締めたり、立派な“履物”を履いたりしている」となり、“我が家”以外は裕福だということになる。だが、原詞が言っていることはそうではなく、「私は乞食 (同然の人間)だ。それに対してあの人たちは裕福だ。そういう裕福な人たちは立派な帯を締め、立派な“着物”を着ている」ということだ。したがって、英訳としては
I'm as poor as a beggar 
But they are as rich as can be
They wear gorgeous-looking obi-sashes
And gorgeous-looking kimonos
のようなものになる必要がある。

日本の子守唄の誤訳(1)―それと「宮詣り[宮参り]」

インターネット上に掲載された日本の子守唄の英訳を見ていると“誤訳”(とおぼしき例に)にぶつかることが少なくない。つい先日も次のような例に出合った。「中国地方の子守唄」の英訳だが、その2番が次のようになっていた。
ねんねこ しゃっしゃりませ
きょうは 二十五日さ
あすはこの子の ねんころろ
宮詣り
ねんころろん ねんころろん

Hushaby,  oh  baby.
Today is the 25th of the month.
Tomorrow is this child’s birthday, we will visit  our shrine.
Hushaby,  hushaby.
 問題は「きょうは 二十五日さ あすはこの子の ねんころろ 宮詣り」に対する英訳 Today is the 25th of the month. / Tomorrow is this child’s birthday だ。子守唄に唄われている「きょうは 二十五日さ あすはこの子の ねんころろ  宮詣り」は、「きょうはこの子が生まれて25日目、あすは(生後初めての)宮詣り」と解釈すべきものだ。これに対して、英訳の Today is the 25th of the month. Tomorrow is this child’s birthday は直訳すれば、「きょうは月の25日で、あすがこの子の誕生日」というおかしなことになる。つまり、この子の満1歳(昔風なら2歳の)誕生日ということだ。原詞の意味を完全に取り違えた上での誤訳だが、正しくその内容を英訳すれば次のようになる。

 Today is the 25th day after your birth / And tomorrow is the day / (Oh, baby,) you go to the shrine for the first time

 つまり、「きょうはこの子が生まれて25日目、あすは生後初めての宮詣り[宮参り]の日だ」ということだ。生後何日目に宮詣り[宮参り]をするかは地方によって異なるが、この子守唄の場合は26日目となっている(同じ「中国地方の子守唄」でも「きょうは二十九日さ」と唄っているものもある)。
 
torii ちなみに、現代では生後初の宮詣り[宮参り]は“拝殿”で行なうことが多いが、本来は「鳥居詣り [参り] 」と言って、“鳥居”のところで詣る [参る] ことだった。それと、大事なことは、「鳥居詣り[参り]」は新生児が“氏子(うじこ)”になる初儀式だから、地元の“氏神(うじがみ)に詣[参]るのが本来的だということだ。だが、現代では、たとえば、横浜市金沢区にある富岡八幡宮の“氏子”が、富岡八幡宮に行かずに、鎌倉市の鶴岡八幡宮に行ってお宮詣り [参り] をするというようなことが普通になってしまっている。これは人々の意識や習慣から“氏子”のそれがなくなっている証拠だといえよう。

fib(罪のないウソ)の語源のこと

「罪のないウソ」のことを口語では fib と言う。自動詞としても使う。たとえば、次のように用いる。

*That's a fib.(それってウソじゃん)
*That's why we had to tell a little fib.(それでちょっとウソをつくはめになったんだ)
*It's no use telling fibs.(ウソをついても駄目だよ)
*You think I am fibbing? (わたしがウソをついてるって思ってるの?)
*Were you fibbing about that? (そのことでウソをついてたの?)

 この fib の語源は某英和大辞典を見ると、「初17c;fable(寓(ぐう)話の短縮形?)」と書いてある。疑問符が添えられているから、確証があって書かれた語源説ではないということは分かるが、fib / fable の両語の関係を考えても、fable から fib が生じる過程がよく分からない。私は、これは fibble-fable の最初の3字ではないかと思っている。つまり、chit-chat, dilly-dally, fiddle-faddle などと同類の「類音の繰り返し」によるものではないかということだ。ちなみに、『英語語源辞典』(研究社)には「短縮?←《方言》fibble-fable nonsense」とある。

“断捨離”ができる時

bの知人が情けないことに、小生はなかなかこれ(断・捨・離)ができませんが…。」 と言った。その気持ちはよく理解できる。私自身、古稀を迎える頃まではそうだった。以前にも書いた通り、私の書斎と大学の研究室のものを合わせて、約1万3千冊の和書・洋書・辞書等があった(英語雑誌、英語文庫本の類いを入れれば、軽くその倍の数のものがあった)。過去、約50年の研究生活で、どうしても必要だと思って購入したものばかりだった。
 ところが、古稀を過ぎ、大学・大学院教授の職を辞した頃から、断・捨・離が極めて楽に出来るようになった。すでに1万冊の本は私の手元にはない(処分した英語雑誌、英語文庫本の類いを入れればその倍近くだ)。
 しかも“心臓バイパス手術”を受けて、九死に一生を得てからは、まるで物に対する執着心がなくなった(全くなくなったとは言えないが)。そうなったのは、まず間違いなく、私が“死”を覚悟できるようになったからだろう。もう何人、近しい人たちの死を見送っただろう。それでも、古稀前の私には思い切った断・捨・離はできなかった。「この本はそのうちに必要になるだろう」、「その参考書はいつか使うだろう」、「あれは世界に数冊しかない貴重な本 [辞書] だ」などと理由を付けては身近に置いておいた。
 情けないことに、小生はなかなかこれ(断・捨・離)ができませんが…。」 と言った知人が正常なのだ。ただ、また、それは彼が私よりも"若い"からだ。「そのうちに…」という時間的余裕が目前にあり、その余裕が十分に満たされる可能性が高いからだ。まさに、私が「昨日歩いた道」なのだ。
 だが、実感として、「人はみな死ななければならないもの」、「いつかはこの世を去らなければならないもの」と“確信”できるようになった時には、この世で必要なものは何一つなくなるはずだ。
fuji この世を去る日までの生活費(私の場合は年金だが)、雨露がしのげる住居、そこそこの健康さえあれば、あとは何もいらない
 亡き妻を含めて、私より先に逝った近しい人たちはみな、この世で所有していた物を全てこの世に残して逝った
 私の願いは2つだけ。この世を去る日まで、認知症に悩まされることなく、好きな辞書編纂の仕事に関わっていたいということだ。もちろん、それには最低限の健康が約束されていなければならない。もう1つ、それは「病まずにコロッと逝きたい」ということだ。

【付記】仏陀は言われた。「人間の苦の原因は欲望と執着である。それを捨て去り滅せよ」と。

【蛇足】私の年代で、金婚式を迎えようかというような夫婦でも、“熟年離婚 [高齢者離婚?]”を実行する人たちがいる。まさか夫・妻まで“断捨離”の対象にしようというのでもあるまいが…。

「旅立ちの日に」を英訳してみよう。

t2平成3年(1991年)、当時、埼玉県秩父市立影森中学校の校長であった小嶋登氏が作詞し、同校の音楽教諭・坂本浩美(現・高橋浩美)氏が作曲した合唱曲「旅立ちの日に」。その後、卒業式などの定番として歌われるようになったことは周知のとおり。
 個人的には、中学校に関係が薄ったために、これまでその歌を英訳してみようと思うことはなかったのだが、日本の歌をあれこれ英訳するうちに「これも英訳してみよう」と思うようになった。インターネットで調べてみると、何人かの人たちがすでに英訳している。だが、私が原詞から感じるものや言葉の選び方という点で、納得できるものはなかった。

 もう一曲、今は時代にそぐわない歌になってしまい、日常的に歌われることはなくなってしまったが、私の好きな唱歌の1つに「田植(たうえ)」がある。井上 赳(たけし)が昭和17年(1942年)に発表した詞で、中山晋平が作曲したものだ。小学生の頃、よく歌った。原詞はそろた 出そろた/さなえが そろた/植えよう 植えましょ/み国のために米はたからだ たからの草を/植えりゃ こがねの花が咲くと《み国のために》となっていたが、その後、《みんなのために》と平凡な表現に改変された。

 特に、前者(「旅立ちの日に」;こちらに歌詞がある)を旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題としておくので、歌として歌えるような英語に直してみてほしい。

【注記】「旅立ちの日に」の著作権者である「音楽之友社」様からはその英訳の許可を得ています。

「みまかる」(=死ぬ)の語法

18 hana2 (1)著名な作曲家・作詞家であった米山正夫の没後26年を記念して多くの著名歌手たちが「回顧談」を寄せているのだが、その中に某著名歌手(昭和22[1947]年生まれ)の一文があった。そして、そこに、「米山正夫先生がみまかれて26年の歳月が流れました。」という一文があり、私の注意をとらえた。「みまかれて」? 私には馴染みのない言い方だ。「(米山正夫先生が)みまかって(26年の歳月が流れました)」なら馴染みがある。

 元の語形の「みまかる」を漢字交じりで書けば「身罷る」となる。「罷る」とは「去ってあの世に行く」という意味であり、「死ぬ」の謙譲語だ。特に平安時代(中古)には、自分の側の者の死に言及する時の謙譲語として用いられた。実は、「身罷る⇒みまかる」は、私にとっては日常的には“謙譲語”としての響きが強く、尊敬語としては用いにくい。たとえば、個人的には、私の大学・大学院時代の恩師のお一人に言及して、「〜先生は昨夜、みまかった」とは言いづらい。
 現代では、「みまかる」は単に「死を婉曲的に述べる(丁寧)表現」と理解している人もいるようだが、私にはそういう理解はない。つまり、私にとっての「みまかる」は「身内の(側の)者が死ぬことをやや改まって言う時に用いる語」だ。

  もっとも、「薨る」と書いて「みまかる」とも読み、我が国ではとりわけ皇族天皇・皇后など一部の皇族は「崩御または三位(さんみ)以上の貴人が亡くなる場合にも「みまかる」(名詞としては「薨去こうきょ)と言えるから、恩師など上位者に「みまかる」と使ってもおかしくはないという考え方もできる。だが、漢字の「薨る」を庶民の死に対して用いる習慣はないから、やはり、「罷る」に「身」の付いた「身罷る」の仮名書きだと理解するほうが実際的だ。

 同文を書いた某著名歌手が作曲家・作詞家としての米山氏を《身内》だと捉えていれば、謙譲語を使ってもおかしくはないという判断もできる(ただし、「みまかれた」という語法はいただけない)。だが、同歌手にとっては米山氏は、血のつながらない、35歳も年長の“恩師”であるから、謙譲語を用いるのは好ましいとは言えないということになる。
 
 結論的には、「みまかる」は身内の(側の)死をやや改まって、婉曲的に用いる、他人で上位者の場合でも、自分の仲間内と捉えられる場合には使用可能、「皇族または三位(さんみ)以上の貴人」の場合には「薨る」の使用が可能だ、というのが私の結論だ。 私の解釈が間違っていて憫笑(びんしょう)を買う可能性もあるので、国語学者でこういう語法に詳しい方のご教示を得たい。

「考え物」は“考え物”(続)

一昨日の宿題(らしきもの)だが、読者諸氏には、その“考え物”の意図が読み解けただろうか。

問い:「謙信も雪の降る日はうずくまり」
答え:「越後縮み」

問い:「旧暦の十月中旬暮れ早し」
答え:「檜紅葉樫」

CHI まず前者だが、謙信とはもちろん、戦国時代の越後の武将・上杉謙信のこと。その謙信と越後縮み(=越後の有名な縮み織り)とに掛けて「越後の謙信も雪の寒さには縮(ちぢ)んでしまう」としゃれたもの【右の画像はこちらから拝借】。
 後者の場合、「旧暦の十月中旬暮れ早し」はその通りの意味で、この頃の日暮れは早いということ。それに「檜紅葉樫」と書いて応えたものだが、読み方が分からなければ、これのどこに面白さがあるかが分からない。これは「(ひ)紅葉(もみじ)(かし)」と読む。すなわち「日も短し」という意味だ。

 日本人は昔から短歌(和歌の一体)、俳句(俳諧連歌の発句が独立)、川柳など、知的な言葉遊びを楽しんで来たが、私はそれらと共に、この類いの言葉遊びが好きだ。
 興味を覚えたという読者諸氏へのもう1つの難題(?)。次の“考え物”はどういう意図を持ったものだろう。

問い:「藪蚊をば吸はれぬ内に打ち殺し」
答え:「志摩加賀周防駿河美濃尾張」

今日はプリルの満16歳の誕生日だ。

Prill2平成14 [2002]年4月29日生まれの愛犬・プリルは今日、満16歳になった。夫・ハッピーは昨年の16歳の誕生日にはもう体力的にすっかり弱っていて、その後4か月して永眠した。それから見ると、妻のプリルは片目(左目)が白内障で見えず、我が家の急な階段を上り下りすることは出来なくなったが、まだかなり元気で、娘のネロと共に散歩にも出かける。
 
 いつも書くように、私はプリルのような穏やかで、気品があって、賢い柴犬をほかに知らない(もちろん“親バカ”で言うのだが)。我が家に来て以来、16年間、一度たりとも“夫婦喧嘩”、“親子喧嘩”の“火種”になったことがない。

 人間の年齢に例えると80歳から90歳のあたりらしい。人間の女性がその年齢で、プリルのように美しいままでいるのは困難だろう。プリルの毛並は幼い頃から艶が合って、ふかふかと柔らかく、抱きしめるとじつに心地よい。そういう16年間を過ごさせてもらえたことを、私はプリルに感謝している。
 
 数か月前から、大小便の“大”は自分のベッドの中で済ませたりたり、部屋の中を歩き回りながら漏らしたりする(“小”は今でも決められた場所で済ませる)。だが、私はその処理を少しも苦には思わない。プリルの食事は息子夫婦が用意してくれるが、その作り方が上手なためだろう、“大”はいつも“コロコロ”していて処理するのにも手間がかからない。

Prill1 この16年間、本当に、手を焼くことのない、素晴らしい、家族の一員だった。“我が子”(マロン)を先に逝かせたり、“夫”(ハッピー)を亡くしたりしたが、毎日を淡々と生きて来た。

 現在、我が家には3頭の柴犬がいるが、この3頭が私のこの世での最後の“親友”となるはずだ。その中でも一番穏やかな性格のプリルは、妻以外の私の“恋人”と言ってよい。私にとってそれほど心の通じる愛犬なのだ。愛する人たちとも、愛する犬たちとも何度も別離を経験して来たので、今後の永訣を恐れてはいない。ただ、残りの日々を愛犬たちと仲良く過ごそうと思っているだけだ。

 プリル、16歳の誕生日、おめでとう。夕方にはご馳走を食べようね。

「考え物」は“考え物”

cr考え物」と言えば、周知のごとく、日常的には、「十分に考えてから決定すべき事柄」(「その株を買うのは ― だ」)のような意味で用いる。私の手元にある電子辞書の1つに搭載されている『明鏡国語辞典』には、そのように「考え物」が定義されている。それに対して、同じ電子辞書に搭載されている『デジタル大辞泉』でこの語を見ると、もう1つの定義が収録されている。それは、「相手が考え込むような問いをこしらえ、その答えを当てさせる遊び。判じ物」というものだ。現代的には後者の意味で用いることはないだろうし、若い世代の人たちには馴染みのない定義だろう。具体例をあげてみよう。

問い:「謙信も雪の降る日はうずくまり」
答え:「越後縮み」

問い:「旧暦の十月中旬暮れ早し」
答え:「檜紅葉樫」

 さて、この2例の問いと答えがどうして「考え物」になっているか、「考え」てみてほしい。第1例はさほど難しくはないのではないか。第2例はかなり難しいはずだ。

「夫婦・親子・嫁姑…『あいまいな境界線』によるトラブル」という記事に思う。

Yahooニュースを見ていて、「夫婦・親子・嫁姑…『あいまいな境界線』によるトラブル」と題する面白そうな記事が掲載されているのに気づいた(出典こちら)。署名入りで、著者は大美賀直子という女性だ(この方だろう)。メンタル・ジャーナリスト、精神保健福祉士、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントなどと多才な方のようだ。今回扱っているのは題名にあるとおり、「夫婦・親子・嫁姑…『あいまいな境界線』によるトラブル」だ。詳しくは同記事を読んでいただきたいが、私はこれを読んで暗い気持ちになった。なぜか? 著者は言う。

嫁姑問題、夫婦関係の希薄化、親子の依存、子どもの問題行動……こうしたトラブルの多い家庭によく見られるのが、「境界線」(バウンダリー)のあいまいな家族関係です。特に、家庭内の「世代間」の境界線があいまいなケースです。
 たとえば、トラブル家庭の定番である「嫁姑問題」。これは、姑が嫁の家事に口を出し、嫁が姑の味にケチをつける。嫁が姑の世話を焼き、姑が嫁の言いなりになる……このように、世代間の境界線があいまいな同居家庭では、嫁姑の確執がよく見られます。

 干渉されたくない気持ちを「アサーティブ」に表現する心が空疎になると、つい家族の行動が気になり、干渉してしまう人がいます。そうした干渉を受けて息苦しくなったときには、「イヤだ」「不快だ」という自分の気持ちを大事にしましょう。その気持ちは、境界線を侵されて感じる危機感なのです。

 そこで、お勧めしたいのが「アサーション」です。たとえば、姑に干渉されて不快な場合、「教えてくれてありがとうございます」と、まずは相手の気持ちを受け止める。次に「私は自分のペースでやりたいんです」というように、「私」を主語にして自分の気持ちを主張する。このように、相手も自分も大切にした自己主張法を「アサーション」と言います。

 境界線は英語で「バウンダリー」と言い、個とパートナーシップを重んじる欧米では、夫婦、そして家族それぞれの境界線をとても大切にしています。ところが、日本ではこれを「バリア」(防壁)と捉え、拒否されているような寂しさを感じてしまう人が多いもの。しかし、実はいちばん親しい仲であるからこそ、境界線を意識し、個としての自分、プライバシーを大切にしていくことが長くよい関係を保つための秘訣なのです。

 境界線は、「バリア」(防壁)ではなく「線」なので、お互いの様子にすぐに気づくことができます。家族としてお互いを見守りながらも、個としての境界線を尊重していく……そんな居心地のよい関係をつくることを、家族で話し合い、合意しておくことが大切です。
 
 現代的分析という点から見ればあながち間違ってはいない。むしろ現代の若い世代の日本人には受け入れられる主張だろう。だが、私には日本の歴史、とりわけ「家族」、「家族制度」というものを軽視もしくは等閑視しての主張だとしか思えない

ie1 考えてもみるがよい。日本人が何百年間も秩序正しく守って来たものは「家族」であり、「家族制度・家風」だ。また、日本人が営々と築き上げて来た「夫婦・親子・嫁姑」による「家族」に「境界線」などという”線”さえも不要だった。これは日本の家屋の造りを考えてもよく分かる。明かり障子・襖(ふすま)障子・唐紙などで仕切られただけの「プライバシー」のない生活を営んで来たのだ。それらを開放すれば大きな1つの部屋になる(だから英語の privacy に相当する日本語はなかったし、今もない; しかも、日本の高温多湿に適応した構造だ)。庶民の家に嫁に来た女性は舅姑・小姑などとは障子・襖・唐紙などで仕切られただけの“新居”で夫婦生活を営むことが普通だった。自分の生家で培われた習慣を嫁ぎ先でも踏襲しようとすれば、姑から「それは違う」、「ああしなさい、こうしなさい」と事細かく教えられる。当たり前だ。その姑も同じようにして来たのだ。つまり「」を守るためには、守るべき習慣、「家風」というものがある。

 大美賀氏は「トラブル家庭の定番である『嫁姑問題』。これは、姑が嫁の家事に口を出し、嫁が姑の味にケチをつける。」と言われるが、昔(近い所では戦後)なら「姑が嫁の家事に口を出」すのは当たり前のことだった。また、昔なら「嫁が姑の味にケチをつける」などということは(普通は)できなかった。

 姑が嫁が持ち込もうとする「家風」を阻止し、自分流の「家風」を覚えさせようとするのが昔と言っても、つい最近までの日本の家族だ。嫁は姑の“仕打ち”に陰で泣くこともあれば、恨みに思うこともあっただろう。だが、多くの嫁たちは、「〜家(け)の嫁」になったのだからと舅姑に従った。つらいときには、「なんで憎(にく)かろお姑 [お舅] さまが、可愛い殿御(とのご)の親じゃもの」と自らに言い聞かせ、慰めて、嫁としての立場を保った。姑から口うるさく料理の味に文句をつけられても、たいていの嫁は「自分の大事な殿御は生まれて此の方、お姑さんの味を好みとして育って来たのだ。だから、殿御が好きな味をお姑さんが私に教えてくれている」と考え直して、つらく当たられることを我慢しただろう。そうしていつしか、竈(かまど)と財布を預かるその家の女主人となって行ったのだ。これがつい最近までの日本人家庭の大部分を占めた嫁姑・家族の在り方だった。

 何百年間も続いた日本人の家族というものの捉え方は戦後、家族制度の崩壊と共に大きく変貌して来た。「今や見る影もない」と形容してもよいくらいの変わりようだ。大美賀氏が言及しておられるのは戦後それも比較的最近のそうした「 (日本的)個人主義」、「核家族」の臭いの強い、現代社会における「夫婦・親子・嫁姑…」だ

 大美賀氏はまた、「境界線」(バウンダリー)があいまいだ、「アサーション」(自己主張法)を勧める、日本では「境界線」(バウンダリー)を「バリア」(防壁)と捉え、拒否されていると言われるが、氏には、現代日本人に未だ「過去何百年間も守り通してきた家族・家族制度、夫婦・親子・嫁姑」の“文化的DNA”が引き継がれていることを忘れないでいただきたい。戦後、日本人の生活様式や価値観は大きく変化したが、日本人の民族的血流にはさほど大きな変化は観察されないのだ。

 突然、「アサーション」(自己主張法)を勧めると言われても、日本人が一番忌避してきたことの1つが「自己主張」だ共同で守るべき「家」を持つ者同士なら、普通は「自己主張」などは出来るはずがないのだ。もちろん、氏の言われる「アサーション」が英語の assertion に由来することなど、私は百も承知だし、二百も合点しているただし、氏の assertion の理解の仕方に異論がある。氏の言われる「アサーション」はいかにも《両者がウイン・ウインの関係》であることが望まれているかのように響くからだ。そういう場合もあるだろうが、英語文化における assertion は、一般的に言って、そんな“生易しいもの”ではなく、むしろ《食うか食われるか》を明確にするための術策だと考えた方がよい。それが“狩猟民族”、“移動民族”であった英語圏人による assertion の捉え方だ 】。だからこそ言うのだが、個人主義これも日本語では「自分勝手」という含みが強いの国々の「アサーション」(自己主張法)はよほど気を付けて日本人に説かないと、返って日本人を誤解させたり、日本人同士の人間関係を毀損したりすることに繋がる。

 大美賀氏には、以上のような日本の家、家族(制度)、家風、日本人の文化的DNAといった概念を適切に取り込んだ上での提言を行っていただきたい。それ無しで西洋的概念もどきを日本に当てはめようとしたり、日本人社会に導入したりしようとするのは危険だ。断言して言うが、日本人(農耕・定着民族)が欧米人(狩猟・移動民族)と同じように感じたり、考えたり、行動したりできる [する] はずがないのだから…。

【画像はこちらから拝借した】
【付記】拙稿に関して、大美賀氏に異論がおありであれば、お知らせいただきたい。本ブログ上で、もしくは適当な場所で、意見を交わしたい。

宮崎県民謡「ひえつき節」と唱歌「春の野」を英訳した。

宮崎県民謡「ひえつき節」と唱歌「春の野」の英訳が出来上がった。前者も後者も訳出には多少の苦労をしたが、後者は、歌詞の日本語が文語的で、現代の日常語としては使うことがないものが多かったので、適訳探しに少々苦労した。「ひえつき節」の英訳はこちら、「春の野」の英訳はこちら

「差別語」と「言い換え」のこと

s差別語」なるものと、その「言い換え」なるものとを見ていると、どう考えても“噴飯物”だとしか思えないものが混じる。たとえば、「不治(ふじ、ふち)の病」は差別語だから「難病」と言い換えよという。「連れ子」は「◯☓さんのこども」と言い換えよと宣(のたま)う。滅茶苦茶だ。
 厳密に言えば、「不治の病」が「難病」と言い換えられるわけがない。前者は明らかにその病気が“不治”であることを言っているし、たとえば「昔は肺結核 [先天性胆道閉鎖症] は不治の病だと思われていた」などという、歴史的事実に言及するような場合には必須の語だ。これを「昔は肺結核 [先天性胆道閉鎖症] は難病だと思われていた」と言い換えれば、ニュアンスが異なることになる。また、「難病」という日本語には“改善”、“治癒”の可能性が秘められている。たとえば、「パーキンソン病」は完治は困難だが、治療技術はかなり進歩しており、「パーキンソン病」即、「不治の病」とは決めつけられない。むしろ、研究が進み、完治する未来も期待されている。

 「連れ子」は「◯☓さんのこども」と言い換えるほうが賢明だという指摘には、最初私は“冗談”だろうと思ったほどだ。これでは「山岸さんちのこども」と言えば、みな「連れ子」ということになってしまう。

clover むかし、女性歌手・ちあきなおみが歌った「四つのお願い」が放送自粛となったことがあった。「四つ」という語が、かつて四つ足動物の解体処理を生業(なりわい)としていた人たちを暗に指す差別語だから、使ってはならないということだった。これでは、「ひとつ、ふたつ、みつ [みっつ]、よつ [よっつ]…」とは数えられなくなるし、東京都新宿区“”谷の地名も使えなくなる。ちなみに、「四つ辻」も「十字路」と言い換えることが望ましいそうだ。「辻」という日本語が持つ民俗語としての意味も歴史もまるで無視されている。「四つ葉のクローバー」は何と言いかえればよいのか。
 
 言葉をこのように窮屈に捉える人たちは、昔、午前と午後にあった「四つ」という時間帯までも"差別語だ!”と叫ぶつもりだろうか。

 こういうことを書き出せばキリがない。「差別語」の中には、確かに消滅したほうがよいものも少なくない。だが、“ヒステリックな言葉狩り”は人間の自由な発想や表現の力を委縮させ、人々の口を閉じさせ、彼らを臆病にしてしまう

宮崎県民謡「ひえつき節」と唱歌「春の野」の英訳を試みる。

私の好きな民謡の1つに宮崎県の「ひえつき節」(Youtube版はこちらこちら)がある。源氏武士の那須大八と平家の鶴富姫の悲話・情話を歌ったものとして全国的に有名なものだ。哀愁を帯びた、それでいて品格のある詞であり、曲である。これを、田辺友三郎(1863 - 1933)作詞になる幼年唱歌「春の野」と共に英訳してみようと思う。旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)も試みてほしい。

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ひえつき節 (宮崎県民謡)
庭の山椒(さんしゅう)の木に
鳴る鈴かけて
ヨーホイ
鈴の鳴るときゃ出て
おじゃれヨー

 

鈴の鳴るときゃ
なんと言て出ましょ
ヨーホイ
駒に水くりょと言うて
出ましょヨー

那須の大八
鶴富捨てて
ヨーホイ
椎葉(しいば)立つ時ゃ
目に 涙ヨー


**********************

春の野(作詞:田辺友三郎  作曲:田村虎蔵)
真白に見えし 雪消えて

野はおもしろく なりにけり
草も生(は)え 木も芽ばり
ひばり鳴き 蝶もとぶ
吹くともみえぬ 春風を
なびくやなぎに 知るばかり

いつかと待ちし 花さきて
日も暖かに なりにけり
友さそい 籠さげて
すみれ摘み 蓮華(れんげ)とり
遊ぶもたのし 春の野に

永き日かげの 移るまで

「おつきあい断層」という呼称に思う…

267人が亡くなった一連の熊本地震が発生してから、まもなく2年を迎える。震度7を観測した同県の益城町(ましきまち)は私の岳父の出身地(御舟町;みふねまち)の隣り町であり、私にとって心理的にはいつも身近な場所だ。(また、同時刻に地震が発生した大分県は私の岳母の出身地だ。)

 2度目の震度7の地震では、主な活断層以外に、200以上の未知の断層がずれ動いていたことがその後の調査で判明したという。熊本県益城町の畑には本震の痕跡がはっきりと残り、「布田川(ふたがわ)断層帯」と呼ばれる全国でも有数の活断層がずれ動いて発生したことを教えている。ただし、地震の際にずれ動いたのは、このように目に見える大きな断層ばかりではなく、活断層が動くと、いっしょに動く、「自分で地震を起こす力の無い」断層が数多く存在するらしい。

 そういう断層を国土地理院地理地殻活動研究センターの藤原智総括研究官は「おつきあい断層」と呼称しておられた(こちら参照)。マスコミは何の異議も差し挟まなかったようだが、私にはこの呼称はいかにも“軽薄”なものに思えて仕方がなかった。「おつきあい」の「」は丁寧語を作るための接頭辞だが、267人もの熊本県人が亡くなった不幸な地震に関連して、どうしてこのような“(けいけい)”な呼称を与えねばならぬのか。

 専門的なことは私には分からない。「追随型」「追従型」「(受動連鎖型」「随伴型」「副次的」「受動的」「共鳴的」「同調的」などの形容詞の中に代替語はないのか? いずれも意味がずれるのか? 人々の、深く、大きな悲しみに関連して、それを軽々なものに感じさせたり、茶化しているのかと思わせるような表現を使ったりするのは避けるべきではないかと私は思う。もちろん、命名者に悪意がないことだけはよく分かる…。私の考え過ぎだろうか。
*********************
【付記】こちらに熊本地震に関する多くの画像がある。これを見ても「おつきあい断層」などと呼称することの“軽薄さ”が分かるはずだ。
【後刻記】高齢化社会・高齢者増加問題を取り扱ったテレビ番組YouTube動画になっているに「老いるショック」と題したものがあるが、これなども、「オイルショック」(oil shock, oil crisis)に引っ掛けた名称のように思えて、あまり感心できない。「老いる」ことが「ショック」であるという関係性がまるで理解できない。

山岸英訳「ふるさと」が使用された動画(京都市右京区役所制作)のこと

  
京都市右京区役所が取り組む人権啓発事業右京はーとふるシアターの一環としてのミニドラマ制作が終了したということで、その作品のURLが送られて来た。英語版と日本語版とがあるが、私が英訳した「ふるさと故郷」の英語の歌詞は当然前者で使用されており、番組の最後に私の氏名も記されている(左がそのYouTube版;全画面表示でご覧いただきたい

 主人公は、2年前に来日して、京都市内で、日本の看護師国家試験に合格するために看護実習と受験勉強に必死に取り組んでいるインドネシア人女性 Asli Yulianti Hartinahさんだ。

 アスリさんは、病院の待合ロビーにいる人たちに「みなさぁ〜ん、元気ですかぁ〜?」と声を掛け、日本人の一人から「病院で《元気ですかぁ〜?》はないやろぅ」と笑われて、「へ〜、そうなん」と応えたり、別の男性に「検査、疲れたやろぅ? もうだいじょーぶ、一生寝てていいよぉ」とおかしなことを言って、相手から「ええっ???」と驚かれたりするなど、思わず頬の筋肉が緩んでしまうような愛すべき女性だ。また、「ふるさと」の歌の「うさぎ おいし」の「おいし (追いし)」を「美味し」と誤解していたり、「かの川」の意味を理解していなかったりと、外国人にありがちな傾向を併せ持っている昨今の日本人にも、この歌の文句の意味が理解できない人たちが多くなったようだが…。もっとも、入院患者の男性の一人から、「日本の心が、分かるわけないやろ、おまえに!」と辛辣(しんらつ)な言葉を浴びせられたり、ムスリム女性が被(かぶ)る布"ヒジャブ"を引っ張られ、「だいたい、なんやこの被り物は!? おまえひとりじゃぁないか! う〜ん、目立ちたいんかぁ!」と小突かれたりする場面になると、見ている側としては彼女が大いに気の毒に思えてしまう。

 全体的にはとてもよく構成された動画作品であり、私もその制作に多少なりともお役に立ったことを光栄に思っている。同時期的に公開された作品には下記のようなものがある「留学編」に収録された日本と韓国の習慣の違いの例は必見。制作担当者である「r923」(url  http://www.r923.com)の関係者の皆さんの努力がしのばれる作品だ。
 
【就職編】(日本語字幕版)
https://www.youtube.com/watch?v=J_ctV4F85RM 

(日本語字幕版)
【観光編】
https://www.youtube.com/watch?v=3F7YJ7NuqTU 
【留学編】
https://www.youtube.com/watch?v=ehZCSS_L9Dk 

(英語字幕版)
【観光編】
https://www.youtube.com/watch?v=0-9L0UH1GHM 
【留学編】
https://www.youtube.com/watch?v=DEMyZ04WNgE 

 最後に、アスリさんが1年後、日本の看護師国家試験に合格することを心から祈っている。I wish you, Asli, pass the National Nursing Examination and become a registered nurse in Japan.
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