2005年03月

病まずにコロッと

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私の曾祖母は、ある日、奥の間で針仕事をしていて、私の祖母に鋏を持って来るようにと声を掛け、忙しさに取り紛れて忘れかけていた祖母が遅れて鋏を持って行った時には、もう息を引き取っていたらしい。90歳を超えての大往生だったと聞く。祖母も大往生を遂げた。表題の「病まずにコロッと」は私の母の口癖であった。たぶん、曾祖母も祖母も、普段からそう願い、その願いが叶えられるような生き方をしたのだろう。母は「病まずにコロッと」とまではいかなかったが、平成3年1月、米寿近くまで生きて静かに息を引き取った。「足る」をよく知る、信心深い、明治の女であった。思い出すたびに胸の熱くなる懐かしい母である。父は昭和60年、83歳で逝った。最期は総胆管癌とやらで、ひどく苦しんだ。
 物の本によると、南北朝期の禅僧・夢窓疎石は、見舞いに来た客一人一人に別れを告げ、喜び楽しむようにして息を引き取ったらしい。また、幕末三舟(勝海舟、山岡鉄舟、高橋泥舟)の一人・山岡鉄舟は、死ぬ日の朝、入浴し、身体を清め、宮城に最敬礼をしてから息を引き取ったと言われる。さらに、作家・幸田露伴は、「じゃあおれは、もう死んじゃうよ」と言ったまま、穏やかに逝ったそうである。物理学者・朝永振一郎の父親も、いつものように食事をし、いつものように連れ合いと語り、いつものように庭の花を眺め、いつものように入浴して、そうして80歳で往生を遂げたという。生きとし生けるもの、全てが滅びるのである。そうである以上、「病まずにコロッと」逝ければ、これほど喜ばしいことはない。
 世の中には、亡霊だの、浮遊霊だの、背後霊だの、怨念だの、いろいろと言う人がいたり、マスコミでそういうことを話題にしたりして、その種のことを“金儲け”に繋げている人達が少なくないが、私はそういうものを信じない。この世に未練を残す人が(仮に)いれば、それは、その人がこの世で精一杯生きていなかったからではないか。そこに“不心得者(達)”から“付け込まれる”余地が生れるものと思う。人間、一生懸命に生きて、働き、死ぬ時が来て“死に切れば”、亡霊になることも、浮遊霊になることも、この世に未練を残すこともないのではないか。私はそう思う。
 還暦を過ぎての日々の心境と願いは、母達と同じく、「病まずにコロッと」である。その願いが叶うように、一生懸命に生きて、一生懸命に働くつもりである。「死ぬ時は死ぬがよろし。」 これに尽きる。

ライミング・スラング(宿題4の答え)

前回、宿題となった例文の意味と解説を示す。

(4ans.) He put his hand into his sky rocket, and took out a Lady Godiva.
 
【意味】「彼は片手をポケットに突っ込んで5ポンドを取り出した。」
【解説】sky rocket が pocket のライミング・スラングであることに気づいた読者は少なくないであろうが、Lady Godiva の場合はどうであろうか。これは“5ポンド”の意味の口語“fiver”をさらにGodivaと韻を踏ませて作った、かなり難易度の高いライミング・スラングの例。
 
次回用
(5) She bacme very elephant's trunk.
 
★上の例文はどこがライミング・スラングと呼べるものだろうか。

ライミング・スラング(宿題3の答え)

前回、宿題となった例文の意味と解説を示す。
 
(3ans.) I'm hearts of oak.
  
【意味】「破産しちゃったよ。」
【解説】hearts of oak が broke(破産して)と韻を踏んでいる。I'm broke. ということ。of oak を略して、
 
I'm hearts.
 
と言うこともあるが、これでは、たいていの外国人には何のことだか分からないであろう。ちなみに、hearts of oak の代わりに coal(s) and coke と言うこともあるようだ。
  
次回用
 (4) He put his hand into his sky rocket, and took out a Lady
         Godiva.
 
 
 ★上の例文はどこがライミング・スラングと呼べるものだろうか。2箇所ある。

必要あっての学習

私の大学の大学院生の一人が、私のHP内の掲示板に書き込んだところによると、某テレビ番組で、次の問題が出題されたそうである。
 
次の言葉の意味を答えなさい。
(1)一姫二太郎
(2)天地無用
(3)晴耕雨読
 
 約15名の番組出演者のうち、上記の問題に正しく答えられたのは、(1)が1名、(2)が2名、(3)が0名であったらしい。渦中の某青年社長(30代)もその番組に出演していて、全問不正解だったそうである。「今どきの若い人達は…」と言うのは簡単である。しかし、彼らが生きている現代という時代がそれらに関する知識や情報を必要としなければ、彼らがそれらについて知っていることは(普通は)まれである。必要がなければ人は何かを学ばない。
 もっとも、個人的には、日本人が日本語の文法構造や上記のような慣用語の意味などにもう少し興味を持ち、そこから日本文化の特質を知る努力をすれば、日本人は精神的にはいっそう幸せになれるのではないかと思うこともある。  

“日本語の達人”のこと

“日本語の達人”として、出版する書籍がベストセラー続き、テレビでも引っ張りだこの某氏(大学教授)が、いつだったか、某新聞紙上で、これまた人気女性歌人の某氏と現代語に関して対談をしているのを目にしたことがある。私は同氏の日本語関連の書籍を一度も読んだことはないが、有名人は「作り出されるもの」であるという印象を持った。対談の日本語を文字で見る限り、「????」と思うところだらけである。女性歌人の日本語にも違和感を抱くところが少なくなかった。「言葉は変化するもの」であると思いつつ、「????」という思いを禁じ得なかった。たとえば、某氏の言う「とりあえず芽を出したら肥料をあげる(笑い)。」などは、私の年代の者には、「子供っぽい」日本語用法に響いてしまう。某氏が若い世代に属する大学教授であることは、不必要に「…やるみたいな。」「…得るみたいな。」を連発する点からも推測がつく。
 そういえば、同氏がその対談の中で、「ライオンがわが子を千尋の谷に突き落とし、はい上がってきたやつだけを育ててやるみたいなのではなく…」と言っておられるが、「千尋の谷に」と言うのなら、私なら、「ライオン」ではなく「獅子」と表現するであろう。

学位授与式のあとで

学位授与式が終了した。外国語学部、経済学部、不動産学部、歯学部、大学院等を合わせて1471名が学位記を受けた。最近に始まったことではないが、卒業生の私語が気になる。しかし、挨拶をする人と話の内容によっては、静かに聞いている。「今時の若者は…」と言う前に、人生の先輩たちは、彼らの「心に響く言葉」を持つ必要があろう。
 挨拶をなさった方々の何人かが、現代は「激動の時代」であり「混沌とする社会状況」であると言われた。しかし私個人は少々違う意見を持っている。「激動の時代」「混沌とする社会状況」は何も昨日や今日始まったことではない。戦後から、還暦を過ぎた今日まで、私個人が感じてきたことは、いつの時代も大した変わりはないということである。いつも世界のどこかで戦争があった。いつも世界のどこかで飢饉があった。いつも日本のどこかで会社の倒産があった。いつも日本のどこかで悲惨な事件が起きて、多くの人々が悲しんだり、おびえたりした。しかし、人々は一生懸命に生きて来た。
 若者たちに、現代は「激動の時代」であり「混沌とする社会状況」だなどと、恐怖心や疑心暗鬼を植え付ける必要はない。世界の人々と、同じ国の人々と、よく時代を読み、よく話し合い、よく理解し合い、よく譲り合えば、人間、何とか生きて行けるものである。
 これから5分後に「卒業生を送る会」が始まるので、そちらの会場に行くことにする。卒業生の諸君、細心大胆に、がんばれ! 

学位授与式の朝に

今日は私の勤務する大学の卒業式である。正式には「学位授与式」と呼ぶ。学部生が授与されるのも“学位”であるから、卒業生諸君には、そのつもりで受け取ってほしい。
 式開始前の寸暇を惜しんでこれを書いている。時の経つのは早い。4年間などあっという間である。大事なのは時の経過ではなく、その時をどのように過ごし、そこから何を学んだか[身に付けたか]であろう。
 アメリカの政治家であり、科学者であったBenjamin FranklinはAn investment in knowledge pays the best interest.(知識への投資が一番利率がよい)と言った。同感である。卒業生諸君には、卒業後も自分自身の知識を広く、深くしてしていってほしい。
 すでに正装した卒業生たちが、式場に集まり始めている。卒業生自身はもちろんのこと、父母・保護者の方々のお喜びはひとしおであろう。卒業生の多幸と健康を祈りつつ、私も式場に向かおう。 

ライミング・スラング(宿題2の答え)

前回、宿題となった例文の意味と解説を示す。

(2ans.) Guv'nor, can you let me have some bees and honey? I 023ec05f.jpgcould
do with a cock and hen.
  
【意味】「親方、すこしばっかりカネを貸してもらえんかね。10ポンドでいいんだけど。」 
【解説】文頭の Guv'nor は「ガヴナ」と読み、Governor のコックニー発音を文字化したもの。「マイ・フェア・レディー」の中でイライザが何度か用いたし、今でもよく用いる。日本流に言えば、「親方、旦那」に相当し、この場合のように、呼び掛けに用いることが多い。問題の押韻であるが、第1文中の bees and honey が moneyと韻を踏んでいる。bees とだけ言うこともある。また、第2文末尾の cock and hen はten と韻を踏んでおり、ten pounds (10ポンド)の意。and hen を略して cock とだけ言うこともある。したがって、
 
Guv'or, can you let me have some bees? I could do with a cock. 
 
と言われれば、たいていの外国人は“何のこと?”と思ってしまうであろう。
 
次回用

(3) I'm hearts of oak.
 
★ 短文だが、上の例文はどこがライミング・スラングと呼べるもの
  だろうか。

ライミング・スラング(宿題1の答え)

前回、宿題となった例文の意味と解説を示す。
 
(1ans.)He went up the apples and pears, opened the Rory O'Moore.
  
【意味】「彼は階段を上って行き、ドアを開けた。」
【解説】the apples and pears は既述したように、stairs と韻を踏んでおり、「階段」という意味になっているが、今回のthe Roy O'Moore [またはO'More]は(多くの読者は正しく推測できたことと思うが)door と韻を踏んでいる。O'Moore [またはO'More]を略して、単に the Roy と言うこともある。したがって、
 
He went up the apples and opened the Roy.

のような言い方をされると、たいていの外国人には何を言われているか分からないであろう。「ライミング・スラング」の面白さもそこにある。
 
次回用
(2) Guv'nor, can you let me have some bees and honey? I could do with a cock.
 
★上の例文はどこがライミング・スラングと呼べるものだろうか。2箇所ある。

「論文博士」「課程博士」の英語名

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応用言語学博士号(Ph.D. in Applied Linguistics)取得の途上で、英語名に関して気になったことがあった。
 私の場合は「論文博士」、いわゆる論博(ろんぱく)であるが、この語(論文博士)を収録している和英辞典は、大型のものから小型のものまで、私が確認した限り存在しなかった。その折、インターネットで調べたところ、論文博士、課程博士をそれぞれ“dissertation doctor” “course doctor”と表記している大学が数校あることを知った。しかし、これだと前者は「論文指導のお医者さん」、すなわち「博士論文(を仕上げるまで)のコーチ」というふうに響く恐れがある。また、後者の場合も、「ゴルフコース(でゴルファーを指導する)コーチ」と言っているように響くのではないかと思う。そこで私は、「論文博士」を Doctorate by way of Dissertation(論文提出によって取得した博士号)、「課程博士」を Doctorate by way of Advanced Course(上級課程によって取得した博士号)というように表記することにした。同僚の英米人も賛成してくれている。機会があれば、私が関係する和英辞典にも収録するつもりである。「論文博士」「課程博士」の区別が英語圏で一般的でない以上、我々が適切なものを考案するしかないであろう。いずれにせよ、日本人の英語には、日本人的発想が付き纏う場合が少なくない。

「ライミング・スラング」って何?

英語には「ライミング・スラング」(rhyming slang;押韻俗語)

と呼ばれるものがある。英国ロンドンのものが特に有名で、パブを

初め、至る所で耳にすることができる。名詞に観察されることが多

いが、他の品詞にも観察される。
たとえば、stairs(階段)の代わりにapples and pearsを用い

て、Go up the stairs.(階段を上って行きなさい)をGo up the

apples and pears.と言う。stairsとpears の韻が合って(=押韻し

て)いる。後ろのand pearsを略すこともあるが、この形はいっそう

理解しにくい。
歴史的には、ロンドン子たち(「コックニー Cockney」)  が1

9世紀初頭辺りに、盗賊仲間の隠し言葉として考え出したものと

も、全国的に土木工事が盛んなった同時代に、工事に従事したロン

ドン子たちやアイルランド人たちが共に考え出したものとも言われ

る。いずれにせよ、現在では日常的なイギリス英語に侵入している

ものも少なくない。
このコーナーでは、私個人が知っている「ライミング・スラン

グ」の例を1例ずつ紹介していく。基準は、私が個人的に知ってい

るものを紹介することにあるので、すでに古風な言い方になったり

廃用になったりしているものも含まれるかも知れない。また、階級

制度が残るイギリスであることを考えに入れれば、特定の社会階級

の人々によってのみ用いられるものも含まれるであろう。

 とにかく、このコーナーは“学問性・通用性”の確認について

は、一応それらを脇に置いて、気楽に書いていく予定である。形式

としては、前の週に「ライミング・スラング」の例文を1文示し、

次回までにその文のどこが韻を踏んでいるかを読者の方々に考えて

いただくというものにしたい。早速、例文を示す。前半に出てく

る。the apples and pears は既述した。

 

次回用

(1)He went up the apples and pears, opened the Rory O'Moore.

  

  ★上の例文のどこが韻を踏んでいて、どんな意味になっているだろうか。

NHK受信料不払いに思う。

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NHKの中山壮介理事が15日午前、NHKの2005年度予算案を審議する衆院総務委員会で、受信料支払い拒否・保留が2月末の56万件から増えて、70万件に達する可能性があることを明らかにした(「朝日新聞」3月15日夕刊)。NHKは、一連の不祥事の責任を一般職員にも取ってもらう形で、彼らの給与をカットするほか、番組制作費を含む、国内放送費削減などで対応するという。
 これはじつに多くの人々がNHKの不祥事に憤怒していることを証明している。しかし、正直なところ、私には腑に落ちないところがある。受像機を自宅に設置している段階で、すでに私たちには受信料を支払う義務を負っているのではないだろうか(どなたか、そこらあたりに詳しい方がおられたら、教えていただきたい)。「その義務を怠ってでも受信料支払いを拒否するほど我々は怒っているのだ」という声も聞こえてきそうである。しかし、もし私の推測が当たっているならば、他人の責任を追及することと、自らの義務を怠ることとは性質を異にするはずだ。
 もし私calmnessが受忍限度を超えてNHKに憤怒しているなら、私は多分、受信料の“供託”という合法的手段に訴えるだろう。橋本会長の言が真であるか否かを見極めてからでも支払い拒否という最終手段は遅くはないと思うからである。否、それが民主的な手続きなのではあるまいか。いずれにせよ、私個人は、NHKにがんばってほしいと切に願っている。

英語学習は楽しみつつ;魔法の2文。

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ずっと昔、まだ高校生、大学生だった頃、私は英語の先生たちがしばしばこんなことを言うのを聞いた
 
 「英語学習は頂上のない山に登るようなものだ。」
   (Learning English can be compared to climbing a mountain without a summit.)
 
 今にして思えば、この“精神論”はまずかったと思う。まず、「頂上のない山」などというものは、比喩としては理解できるが、実際には存在しないものである。人が山に登るのは、そこに山があり、そこに登ること自体が楽しいからである。頂上を目指して、成功し、その充実感や爽快感を味わいたいと願うからである。たとえ頂上に達することができなくても、頂上を目指して登ることそれ自体が自分にとって意義あるものと思えるからである。
 英語学習も同様である。今年はこの英語の本が読めた、あるいはTOEICで何点取れた、来年はあの英語の小説を読破するぞ、TOEICの50点アップを目指すぞ、というように、成果を予測でき、達成感を持てそうだと思えるからこそ努力の甲斐があるのだ。最初から、頂上が存在しないような、空想的な山にいったい誰が登りたいと思うだろうか。およそ「学習」と名の付くものは、目標設定ができるもので、“楽しい”もののほうがぜったいに好い。
 英語学習に励む人たちには、 「英語の学習は頂上のない山に登るようなものだ。」などとは思わずに
 
「英語学習はいつもとても楽しい。」
   (It's always a lot of fun to learn English.)
 
と思ってほしい。
 若い英語教師諸氏には、1日1回は、
 
「英語を教えることはいつもとても楽しい。」
   (It's always a lot of fun to teach English.)
 
と唱えてほしい。念ずれば通ず(Pray, and you'll be heard.)である。
 私は英語教師を志した40年以上も前から、ほとんど毎日、この魔法の2文を唱え続けてきた。そうしたら、多くの本を書くことができ、素晴らしい辞書を世に送ることができた。そして何よりも素晴らしい生徒たちや学生たちに恵まれた。その一人一人が私の生涯の宝であり財産である。

1ヶ月が経過して

本Blog を始めて1ヶ月が経過した。30分以内で書くことを一応の目安にして、1日の休みもなく書いてきた。私の担当学生たちが特に喜んでくれているようだ。教室で学生たちと話せる時間や量は限られている。Blog ならば、その制限がない。
 私はいつも超多忙である。しかし、時間は「工夫によって作り出す」ものだと思っているから、寸暇を利用する。尾籠(びろう)な話で恐縮だが、トイレに入っていても1回分の文案を練ることはできる。書くことによって、学生たちをはじめ、若い人たちがさまざまな反応を寄せてくれる。多分、これを読めば、「先生、今日のBlogで“尾籠”という言葉を勉強しました。初めて聞いた言葉でしたので、国語辞典で確かめました。」と言ってくれる学生が出てくるであろう。
 今日たまたま、「Green and White (翻訳ソフトのページ)」のoto3氏が次のように書いてくださっているのを知った(2005/03/13)。何よりもうれしく、光栄であった。oto3氏に感謝致します。
 
・Blog 「山岸教授の英語サロン」  いつもおすすめ
・・・ 毎日の更新、頭が下がります。たとえライブドアに不測の事態が発生してもブログの継続を希望します。

便利さの陰に消えたもの

今は我々が世界のどこにいてもたいていは瞬時に連絡が取り合える。今回もアメリカに一時帰国した人に非常勤講師の件で連絡を取りたいと思い、メールをしたら、相手からはすぐに返事がきた。履歴書も添付ファイルで同時的に入手できる。
 今から35年前、私は新婚時代を千葉県習志野市のアパートで送った。電話も引いていなかった(というよりも電話を引けるだけの経済的余裕がなかった)。急用があれば、近所の八百屋の赤電話を利用させて貰った。そこのご夫婦が親切な人たちで緊急の際はいつも電話で受けた連絡内容を伝えに来てくれた。
 ちょうどその頃、私に大学の教壇に立たないかという話があって、仲介の労をお取りくださったある方には、何度も上記の八百屋を介して連絡をいただいた。全て携帯電話、そのメールで用を済ませられる今日の若者には想像もつかない状況であろう。
 便利なことは、もちろん好いことである。しかし、便利さと引き換えに、我々人間が失ったものもある。今の時代は、自分と直接的な関わりを持つ人との連絡には好都合にできているが、不便さが生み出す“副産物”が激減したことは残念である。
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異文化圏の人と付き合うということ

昨日になって、突然、英語圏出身の英語非常勤講師の一人が、自分の都合で退職したいと言ってきた。来月には新学期が始まる。履修要綱も何もすでに出来上がっているところへの突然の申し出だ。詳しいことまでは知らないが、確か1ヶ月以上の時間的余裕を持って退職願いを出さなければいけなかったのではないか。契約違反の可能性がある… などと憤慨しても仕方がない。本人にも都合があるのだろうから。昨日から、教務委員長としてその穴埋めに一苦労している。私もそういう“図太い神経” がほしい。いずれにせよ、異文化圏の人と付き合うことでさまざまなことを学んでいる。

備えあれば憂いなし(続)

X先生から大学に連絡が入り、「私の学生の1人が、先生の英語の単位が足りなくて卒業できない。就職が決まっているのだから何とかしてほしいと、メール、ファックス等で頻繁に訴えてきているが、自分の判定を変えなければならない合理的根拠が見つからない。しかし同学生からの訴えが止まないので、一応大学に実情を報告しておく」という内容のことを言われたらしい。教務委員長である私のところへも実情報告のための連絡が入った。関係部署のご苦労が偲ばれる。ちなみに、卒業者発表日は明日である。
 X先生は優秀かつ教育熱心な、誠実な先生で、当の学生への対応もきちんとしておられたことの報告も受けた。当の学生はと言えば、後期の授業14回のうち、出席したのは4回のみだったらしい。教務委員長としては、X先生の手続きや対応に問題がない(と判断される)以上、あくまでもX先生の決断を最優先させるべきであることを伝えざるを得なかった。もちろん、事後になるが、教務委員長として、教育的配慮をもって当の学生に面談する用意があることも伝えた。
 2月15日の「備えあれば憂いなし」でも書いたことだが、平素の出席や担当教員との意思疎通を良好にしておくことが何よりも肝要である。繰り返すが、大学生は大人である。卒業や就職は“自分自身の問題”であるから、後悔しないように、早目、早目に手を打っておくべきなのである。「自分の弱さに負けない強さ」を若いうちから培っていってほしい。
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