2007年05月

「落とし前」という俗語

昨日の朝、短時間だが、フジテレビの「とくダネ!」を観た。先に亡くなった松岡農水相の死に言及して、コメンテーターとして登場していた女性作家のM氏が、「(自殺という)落とし前の付け方…」と言った。私にとって、“落とし前という日本語は俗語であり、“やくざ”“暴力団(構成員)”などが喧嘩や紛争を解決する場合に用いるものである。したがって、言葉を大事にする(はずの)“作家”が、テレビを見ている不特定多数の人々・老若男女・一般大衆に向けて用いるものではないと思っている。もちろん、この考え方は私個人のものであり、その“やくざ[暴力団]言葉”を大多数の日本人が“一般語”あるいは“普通語”と認識するようになれば、それはそれで問題はなくなるだろう。M氏はそのあたりのことをご存じの上で、意識的にそのような“刺激的な語”を口になさったのかも知れない(普段のM氏の言葉遣いから判断するとそうとは思えないが…)。私なら、「(自殺という)(我が身の処し方」とか、もう少し砕けて、「(自殺という)幕の引き方 [ 幕引き] …」あるいは「(自殺という)けじめの付け方…」というような言い方をしただろう。

「ドキッ」とした新聞見出し

松岡農水相が自殺をなさった。90年の総選挙で衆院議員に初当選なさった時には、「政治家として恥ずかしくないようにしたい」と言っておられたのに、今はそれが空しく響く。他人にはうかがい知れぬ苦悩もおありだったろうが、一国の現役大臣としては、やはり「無責任」の謗りを免れないだろう。
 それにしても、氏の自殺を報じる新聞見出し、「議員宿舎で首つる」(朝日新聞、28日夕刊)にはドキッとした。「首つる」という表現が私には露骨過ぎるように思えたのである。その言い方に別に何の抵抗も感じないという人もいるだろうが、正直なところ私はそれを好きになれない。優れた代案があるわけではないが、たとえば「…を利用した頚部(けいぶ)圧迫による自死」のような言い方でもよいかも知れない。いずれにせよ、個人的には「首吊り」とか「首(を)つる」というような言い方は、できれば自他の耳目に入れたくないものである。そう言えば、少し難しい言い方だが、「縊死(いし)」という語もあった。

「勘忍袋の尾が切れる」?

堪忍”する寛大な気持ちを袋にたとえた語に「堪忍袋」がある。この「」を「」と書く人が意外と多い。「勘弁」の「」と勘違いして覚えたのかも知れない。また、「堪忍袋のが切れる」の「緒(=ひも) 」を「」と書く人も少なくない。以下に、Google検索からの実例を挙げる。人間の“思い込み”とは恐ろしいものだ…。

忍袋の緒が切れた.
忍袋のおの「お」が漢字で書けませーん^^  誰か教えて^^^^
◇ここの所、毎日息子が泣くので今日は忍袋のが切れた!
◇女性は結婚するに当たって『3つの袋』を大切にしていかなければいけません! まず1つ目は、給料袋。旦那が稼いできたお金を決して無駄にしてはいけません! そして2つ目は、忍袋。旦那を怒らせてばかりでは家庭も上手くいきません! 最後に3つ目は、玉袋。旦那のシモの世話もきっちりしてあげましょう♪(^^) 以上、女性が結婚するに当たっての大切にしないといけない『3つの袋』でした……。
◇だいたい、いくら忍耐力において世界でまれにみるほど優れている、わがヤマト民族であるとはいっても、忍袋の緒は綻びはじめている。ここ数年来、その緒をあまりにも閉めたり開いたりしているうちに、日本人の忍袋はすっかり綻びて、ボロボロになりかけてしまった。そしてわれわれが、先祖伝来のものとして大事にしてきたこの忍袋を投げ捨ててしまおうと決心する時、不満はすぐに大爆発を起こして、日本は前代未聞の大混乱の渦にまきこまれ、立ち往生してしまうに決まっている。
◇私が返却の手続きの時に背を向けて本を選んでたら、カード返してくれなくて『カード返してくれないんですか?』と聞いたら、呆れた感じで『あ、これ』って対応された。んでカウンターから離れて本を選んでたら、カウンターにいるおばさん二人が『カード返してくれないんですか?って言われたんだけど。』って私の台詞を反復してるのが聞こえて、もう気分が悪くなって忍袋のが切れた。
◇私の忍袋のは、仕事柄、腐りやすいもんでね。 察していただける方には察していただけるだろう・・・我慢にも限度がある。
◇今日ムカついたことがあったのでTVに当たった。 半ば、八つ当たりだけど…。 自分は少し神経質だからすぐイラッとしてしまうんだな。 あまりにも我儘だから、忍袋のが切れた。

「振りカエル」のこと

frog近所に小学校があるが、その裏手にある道路には、左の写真のようなカエルの看板が立っている。車に注意するように、「みぎをみて、ひだりをみて」と書いて、そこにカエルを登場させている。たいていの大人には、これが「振り返る」の「返る」を“カエル(蛙) ”に掛けた洒落だとわかるだろう。 ついでに言えば、近所の畳屋さんにも、カエルの絵が畳の絵と共に描かれている。「畳をカエル蛙=替える)という洒落のつもりだろう。
 なぜ「カエル(蛙)」と呼ばれるのだろう。語源に関しては諸説紛々だ。曰く、元の所へ必ず「カエル(=帰る)」から、曰く、「孵(かえ)る」の意から、曰く、その鳴き声の“カヒルカヒルから。いずれが本当の語源か定かではない。
 いずれにせよ、「カエル」を「振り返る」「畳を替える」などと掛ける人たちの遊び心を感じる。それを見ながら自宅に“カエル”児童たちがその言葉の面白みに気づいてくれるといいのだが。そう言えば、幼い頃よく、「カエルが鳴くからカーエロ」と言っていた。

花の祈りの通じない人間

昨日、花が美しいのは人の心の美しさを願う、人間への花の祈りかも知れないと書いたばかりだが、昨日の昼、観たテレビニュースによれば、神戸市のどこかの小学校で、花壇に植えられていた、ラベンダーなど約400本の花が折られたり引き抜かれたりしたそうだ。大人の仕業か、子供の仕業か、それは分からないが、犯人が誰であるにせよ、心無い人間であることに違いない。
 ラベンダーの紫は高貴な色であり、その香りも同様に高貴である。こんなに美しい花の植わっている花壇を荒らすなど言語道断である。
 英語圏の老若男女に馴染まれた歌に、Lavender's Blue (またはLavender Blue)があるが、その歌の美しさと楽しさを知っている日本人なら尚更のこと、そうした心無い行為を怒りの混じった悲しい思いで受け止めるのではないか。

一輪の花に思う。

毎日毎日、よくこれだけ嫌なニュースが報道されるものだ。テレビをつけても、新聞を読んでも、殺人、強盗、窃盗、痴漢、いじめ、自殺等々、辟易とすることばかりだ。それに、ここ数十年で特に気になっていることがある。人が人を許さなくなっていることだ。自分の責任さえ、他人に転嫁しようとする事例の何と多いことか。
 そんな嫌なことを思いつつ新聞を閉じて、狭い庭に目をやると、昨日まで蕾だった“モナリザ”が一輪、見事な花を咲かせていた。雨に濡れて、ことに美しい一輪だ。
 花はなぜこんなにも美しいのだろうか。それは、たぶん、「人の心よ、美しかれ」と願う一輪、一輪の花が、自らの命を削って人間に伝えようとする“祈り”だからだろう。そう思って“声なき声”の主を見ると、それはいっそう美しく見える。

0歳児に銃を持たせる社会

pistol米国イリノイ州シカゴ市に住む0歳児(生後11ヶ月)に、その祖父が名入り散弾銃を贈り、先頃その所有許可証が下りたそうである(24日「朝日新聞」夕刊)。同州の法律では、銃の許可に関しては、前科や家庭内暴力の過去などには厳しいが、年齢制限はないという。
 いっぽう、サウスカロライナ州議会では、今月中旬、小学校から大学まで、許可証を持っている限り、誰でも学内に銃を持ち込める法案が委員会を通過したそうである(同紙)。
  国の成り立ちや国民的気質が異なると言ってしまえばそれまでだが、どうにも受け入れられない考え方だ。子供には“水鉄砲”のほうがよく似合うのに…。 

不完全なルールの中に生きる現代人?

昨日の「朝日新聞」(Media Times)によれば、インターネット特有の匿名性を武器に急速に膨張した国内最大の掲示板「2ちゃんねる」への批判が高まっているようだ。同紙の小見出しには「言葉の暴力『無法』状態」とある。「ひとたび2ちゃんねるに書かれると、次々とブログなどに引用され、削除要請をしてもいたちごっこ。速やかに消してくれれば引用されにくくなるのだが…」とは、法務省調査救済課の弁。2002年施行のプロバイダー責任制限法は、2ちゃんねるにはまさに有名無実。ちなみに、同法には強制力や罰則はないと聞く。
 管理人の西村博之氏に対する賠償金総額は少なくとも数千万円に上り、間接強制での制裁金は21日現在で、少なくとも4億3千万円を超えるという。西村氏は「踏み倒せば払わなくてもいいという不完全なルールの中でみんな暮らしている。払わなくて死刑になるなら払っていると思いますよ」と語ったという(上掲紙)。
 この言葉ほど現代日本社会の病状をよく伝えてくれるものはないのではないか。自分の子供に給食をとらせていながら払うべき給食費を払わない保護者、実際にはNHKを観ていながらその受信料を払わない市民、いずれも「踏み倒せば払わなくてもいいという不完全なルール」を“最大限に活用している”のではないかと邪推したくなる。
 それにしても、西村氏は“大物”だ。まだ30歳の若さだという。税金の納付期限を忘れて督促状が届いただけで大慌てする私など、同氏から“爪の垢”を譲っていただいて、それを煎じて飲んでみたいと思っている。

リンゴの思い出

apple日はバナナにまつわる遠い日の思い出を書いた。バナナで思い出すのがリンゴである。戦後の食糧難の時代に、リンゴなど高級品であった(それをいくらでも食べることのできた一部の富裕層の人々は別である)。
 戦後、私のような庶民の子供がリンゴを初め、“果物”を食べることができるのは“病気”になった時だけだった。したがって、私は“病気”になりたかった。ところが、海で体を鍛えていたためか、なかなか“病気”になれない。身体的問題と言えば、夏季のほとんど毎日を海水浴に行ったり、海中に潜って魚介類を採ったりすることに費やしていたためであろうが、“耳垢栓塞”と“トラホーム”と診断される程度であった。“耳垢栓塞”は「みみあかせんそく」と読む。こんな難しい語を私は“早くも”小学校に上がる前から知っていた!(もちろん“名誉”なことではない…) 多種多様な果物が一年中食べられる現代の子供たちは幸せだ。

バナナの思い出

banana今朝、大学に来る途中、カーラジオ(NHK)でバナナの食べ頃の話を聞いた。私がバナナを初めて見たのは昭和23、4年(1948、9年)頃だった。4、5歳の時だ。父がどこからか1房入手して来た。たしか台湾バナナだったように思う。
 仕事に行く父が家族の者たちに、1本ずつ食べるようにと言い残していたから、私は台所にあるバナナの房から1本取って食べようとした。ところが、食べ方が分からない! 母に聞こうとしたが、どこかに行っていて、それもならなかった。バナナは“皮を剥いて食べるもの”だとは思わなかったので、リンゴか何かのように、丸かじりに及んだ! 「うもうねえのォ!」(「うまくないな!」の意) それが私のバナナを“食して”の第一声だった。その夜、父母や兄たちに大笑いされた。バナナを見るといつもその時のことを思い出す。遠い日の思い出の一コマである。

「お役立つ」?

昨日、携帯電話の機種変更のため、某店へ行った。応対してくれた若い女性はマニュアルどおりで“没個性的”な話し方をした。その中に表題の「お役立」という語があった。正確には、「お役立プランです」だった。「役立つ」では丁寧度が低いと考えて接頭辞の“”を前置したものであろうが、私にはどうにも馴染めなかった(その場合、「お役立プランです」なら認容度が上がる気がする)。
 帰宅後、いつものようにGoogle検索にかけてみた。推測どおり、「お役立つ…」の用例が多数見つかった。以下に5例のみ転載する。

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「除名」という語と言霊思想

愛知県長久手町で元暴力団組員の男(50)が拳銃を持ち出して立てこもり、結果的に機動隊員1名(23)を死に至らしめた。報道によれば、同容疑者は約10年前に組から“除名”されたという。亡くなった隊員のご冥福をお祈りする。
 嫌な事件ばかりが連続するが、それはひとまず置くとして、私が興味を持ったのは、“除名”という語である。日本語の“除名”には言霊思想が宿っているように思う。昔の日本人は、「(けが)れた名」「穢れと結び付く実態」を“取り除く”ことで、それを“無かったこと”と考えようとしたのではないか。私の推測である。

会津若松市の母親殺害事件に思う。

 福島県会津若松市の一男子高校生(17)が切断した母親の頭部を県警会津若松署に持参して自首した。報道によれば、頭部の他に右腕も切断し、白い塗料を塗った上、植木鉢に挿していたらしい。少年は「母親に恨みはない」と言っているようだ。
 「身は父母の遺体なり。父母の遺体を行なう、敢えて敬せざらんや」という曾子の言葉とその思想を座右の銘として来た私には、何が少年をして、このような凶行に走らせたのか想像さえできない。曾子の言葉を平易に解釈すれば、「我々の体は父母の遺(のこ)した体である。その遺体をもって行動する者が、どうして自分の体を敬(うやま)わないでおられようか」となる。
 孔子も、「身体髪膚(しんたいはっぷ)これを父母に受く。敢えて毀傷(きしょう)せざるは、孝の始めなり」と言った。
 3日前に、「“母の日”に思い出す亡き母のこと」という1文を書いたばかりだが、私など、今日まで何とか“人の道”を踏み外さず、学問と教育の道に邁進して来られたのも、ひとえに母あったればこそである。私の母は(そして父も)この世に、目視できる存在としては、すでに居ない。しかし、亡き母(と父)は私の体の隅々にまで入り込んでいて、私と共に生きている。そう考えることが、「身は父母の遺体なり。父母の遺体を行なう、敢えて敬せざらんや」ということに繋がるものと思う。
 少年が犯した罪は異常であり、許せないことである。それにも拘わらず、私の中には、少年を哀れむ気持ちもある。一度しかない人生を、こんなにも早く、拭っても拭いきれない(であろう)血で汚してしまったからである。生きる(生かされる)とはどういうことか、親子の縁(や師弟の縁)を結ぶとはどういうことか、そんな当たり前のことを、日常の些細な事象に結び付けながら、もっともっと真剣に考え、そこから何かを学ぶ必要があるように思う。
 「哀哀父母、生我劬労」(あいあいたる父母、われを生みて苦労す) 蓼我(りくが)のこの一句は晋の王褒(おうほう)が常に涙を流したものと言われる。私も同様に思う。蓼我は「無父何怙、無母何怙」(父なくんば何をかたのまん、母なくんば何をかたのまん)とも言っている。要するに、子にとって父母は絶対に大切なものであるということである。
 曾子、孔子、蓼我などを古いと言うなかれ。“人の道”を生きる指針に満ち満ちている。現代こそ“温故知新”の時である。私はそう思う。

「勘定書」「忌服届」の読み方

今日のCommunication Skillsの授業の時であった。一人の女子学生が、レストラン内での対話文にあったLet's ask for the check.を「“かんていしょ”を頼みましょう」と訳した。「“かんていしょ”? あなた、今、何と言いました?」「“かんていしょ”じゃないんですか?」「“かんじょうがき(勘定書)”のこと?」「…」
 授業namidaが終わって研究室に戻って、お茶を飲んでいると、ドアをノックする音。「はい、どうぞ。」「〜です。“いふくとどけ”を持って来ました。」「“いふくとどけ”?」「はい、これです。」 それを見ると「忌服届」とあった。「ああ、“きぶくとどけ”ね。はい、わかりました。」「…」
 毎日、毎日、こういう例に出合っている。小学校からの英語教育もよし。されど、その幾倍も母語教育が必要のような気がする。

“母の日”に思い出す亡き母のこと。

mother's day昨日は母の日”だった。我が子たちもそれぞれが“母”への思いを形にして表したようだ。
 日本における“母の日”は、大正時代末期に始まったようだ(こちら参照)。私が小学校に上がった昭和26年(1951年)には、小学生の間でもかなり知られていたが、まだ戦後の貧困家庭の多い中、多くの家庭にとって“花より団子”だったように思う。母親のいる子は赤いカーネーション、いない子は白いカーネーションを身に付けるのだ言われたものだが、実際に白いカーネーションを身に付けた子供を見たことはない。
 いずれにせよ、私は私の母が生きている間、取り立てて“母の日”を祝ったことはなかった。母は母で、別段、祝われることを期待しなかった。昔の母親の多くはそうだったのではないか。
 子供たちの成長を楽しみに、ただひたすら働きに働き、“知足”の人生を送って逝った明治生まれの母を思い出すたびに、私の胸は熱くなる。今日まで、人一人殺めずに来られたのも、全て亡き母の“後姿”のお陰である。
 今更、遅いが、それでも“母の日” が巡って来ると、その母を思い出し、懐かしみ、有難く思い、心の中で合掌する。たぶん、私の母は菩薩の生まれ変わりであったろう。私はその菩薩の“鬼っ子”であった。

ハトの帰還率のこと。

hato朝日新聞の「日曜ナントカ学」に、ジャパンカップに参戦する6千羽のハトのことが出ていた。最近は帰還率がガタ落ちらしい。日本伝書鳩協会会長・尾内一郎さんは、毎年300羽をレースに出す。100キロから始め、徐々に距離を延ばし、無事に帰還したハトが次に挑む。300キロまでで3割がいなくなるそうだ。以前は数羽欠ける程度だったらしい。
 帰還できない理由として、「携帯電話の普及で電磁波の影響を受ける」「異常気象のせい」「短距離レースに力を入れる人が増えた」「健康管理や訓練が雑になった」等が挙げられが、猛禽類が増えていることを理由に挙げる人が圧倒的に多いそうだ。保護が進んだ結果、都内でもオオタカハヤブサが観察されるという。私の散歩コースでもときどきハヤブサを見かける。実際に、ハヤブサがハトを襲っている現場を目撃したこともある。
 上記の話に戻るが、全滅が続いて、中止に追い込まれた伝統レースもあるそうだ。レース中にオオタカハヤブサに食われることもあるようだし、食われないまでも、襲われたショックで方向を見失って帰還できなくなるハトたちもいるようだ。 

嫌な場面が多くなった最近のテレビ。

昨夕、何気なくテレビをつけたら、石垣島の美しい海が画面に映し出された。その美しさに、しばし見入った。続いて、司会役の男性とアシスタントの女性が現れた。男性は某お笑いコンビの一人で“超有名人”の某氏、女性は誰か知らない(アナウンサーかも知れない)。その女性アシスタントが何かの言い間違いをした。すると、某氏はすかさず、何やら口汚い言葉を吐きながら(少なくとも私にはそう響いた)、その女性の頭を叩いた。
 最近、こういう場面に少なからず出合うので、正直なところそれが嫌で、この種の人々が出る番組は極力見ないようにしている。今回は私の好きな海が最初に画面に出て来たのと、その番組名も出演者も知らなかったから、見入っただけだ。結果的に、後味の悪い一場面となった。

「斜(なな)めに構える」?

(しゃ)に構える」という比喩的意味の慣用句がある。「改まって身構える」「(物事にまともに対処しないで)皮肉やからかいの気持ちをもってのぞむ」(『学研現代新国語辞典』)。慣用句であるから、「しゃに構える」と言うのが望ましいのだが、インターネットサーフィンをやっていると、これを「斜めに構える」と書いている人が少なくないことに気づく。「斜め」と「」が送られていなければ、「」を「しゃ」と言っているのか、「ななめ」と言っているのか不明であるが、「ななめ」の場合は「」と「」を送るのが普通であろう。以下に気づいたもの5例を挙げておく。
 
◇これを「商売上手」と捉えるのは簡単、「そこまでやるかァ」と斜めに構えるのも簡単だ。
◇真面目に考えるべきところでは、真面目に考える。だから、いつでも斜めに構える人とはあまり合わない。
◇恋に悩める女性は必読。男ゴコロをくすぐるさまざまなテクニックを紹介。「男性に対して斜めに構える
◇番組の批判・非難を続けていると、斜めに構える事しか出来なくなり、何を観ても文句しか出て来なくなる。テレビを観るのが嫌になってしまわないだろうか。 
◇人生訓のようなものを色紙に絵手紙風に描いて、世間の人気者になっている作家も多数いるわけで、そういう作品を観るとつい斜めに構える癖がついてしまった。

減らない交通事故に思う。

広島県三原市の山陽自動車道で、マイクロバスが大型トラックに追突され横転し、乗客の1人が死亡した。逮捕されたトラック運転手(61歳)は、小物入れからタバコを取ろうとして、前をよく見ていなかったと供述したようだ。
 運転者の中には、自分が加害者になり、最悪の状態を迎えなければ、事の重大さに気づけない人がいるようだ。本人は自業自得で、それでいいかも知れないが、その愚かしさの犠牲になった人やその縁者は悲惨である。その犠牲者には、運転者の家族も含めるべきであろう。
 今朝、大学への道すがら、赤信号がかなり長い交差点で、私の後ろにいた小型トラックの運転手は、信号待ちをしながら、ゲーム機(らしきもの)と戯れていた。また、私の前に停車していたライトバンの運転手は、信号が変わってもまだ携帯電話を耳から離さなかった。
 ひとりひとりの運転者が、自分の前後を走るクルマに乗っている人を、自分の大切な身内、自分がもっとも愛する人たちだと“仮想”できるようになったら、事故はずいぶん減るのではなかろうか(考えが甘いだろうか?)。いずれにせよ、クルマが“走る凶器”となり得ることだけは忘れまい。

旧川合玉堂別邸のこと

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 先日、横浜市指定有形文化財の1つ、旧・川合玉堂別邸(「二松庵」)を見学して来た。同邸は、明治から昭和にかけて活躍した日本画家・川合玉堂(1873-1957)が、現在の横浜市金沢区富岡東5丁目に構えた数奇屋造りの別邸で、日本画家の制作場という特殊なものである。屋敷は約2,000坪、表門に腕木門があり、両袖に木賊付き建仁寺垣をめぐらせている。「二松庵」は、屋敷の中に2本の老松があったところから、玉堂により名付けられたもの。
 邸内には、玉堂の「紅白梅」(昭和8年発表作)の画材になった(らしい)2本の梅の木があった(右の写真は白梅の古木)。この「二松庵」で描かれたと言われる作品には、その「紅白梅」のほか、「長閑」(大正6年)、「から臼」(昭和5年)などがある。
 玉堂は、明治31年、岡倉天心、横山大観らが日本美術院を創立した際、師・橋本雅邦に従って、これに加わっている。その後、大正初期(6年頃?)、房総半島まで見渡せる富岡の景観が気に入って、この「二松庵」を建築、夏冬の画室とし、昭和11年頃までここを訪れていたらしい。昭和15年、文化勲章受賞、昭和19年、現在の青梅市御岳に疎開し、御岳での画生活に入り、昭和32年6月、御岳にて死去している。
 付記:詳しくは こちらを参照

「教員に厳しく、自分に甘い」学生たち

教室の後方に座る学生はテストの成績は悪い一方、講義への評価は厳しかった。」(「朝日新聞」5月5日朝刊)。産業能率大学(神奈川県伊勢原市)の松村有二・情報マネジメント学部教授が約140人の学生を対象に調べて出した結論だ。
 定員298人の教室を使い、11回の講義で各学生の着席パターンを記録。期末試験と講義の最初に行った授業評価アンケート(10項目)の結果を、前方(32人)、中央(81人)、後方(30人)の3グループに分けて分析した。学生にはICカードを渡してあるので、着席時に座席の端末に載せることで、誰がどこに座ったかが確認できる仕組み。
 試験では、前方に座った学生の平均点が51.2点だったのに対して、後方に座った学生のそれは30.9点であった。中央に座った学生の平均点は43.9点。一方、授業評価では、「配布資料の役立ち具合」「教員の熱意」「理解度」など全項目で、前方より後方の方が厳しい評価を下し、後方グループには、教員に厳しく、自分に甘い姿勢が伺えたという。
 松村教授の場合のようなICカードを使った科学的データこそないものの、学生の着席場所とその成績・授業評価の関係に上記のような傾向があるのではないかということは、私自身、35年の大学教員生活を通じて何度も感じてきたことである。今回、同教授の調査のお陰で、それが立証されたことになる。

「御御御手」のこと

旧華族出身の学生は「手(て)」のことを「おみおて」と言ったそうだ。 「御御御(おみお)付け」の例を考え合わせれば、さもありなんと思う。その「御御御手」の話が、昨日の「朝日新聞」(「ののちゃんの自由研究」欄)の「敬語、使えますか」と題した記事に出ていた。関係箇所を引用する。

 「国語学者の大野晋(すすむ)さんは50年ほど前、学習院大学で教えていた時、旧華族(きゅうかぞく)出身の学生が手のことを『御御御手』と言うのに驚いたそうです。尊敬・丁寧(ていねい)の意味を表す『御』を三つ重ねて『おみおて』。敬語の使いすぎですね。

 私が多少気になったのは、その記事をまとめた編集委員氏の「敬語の使いすぎですね」という評である。半世紀も前の、それも庶民と異なる歴史と伝統を背負った旧華族の学生の言葉遣いに対して、現代人が、現代の(それも個人的)価値観からそのように評価することに、私は少々違和感を覚える。その学生は、(自分以外の人の手に言及して)「御御御手(おみおて)」と言う時、それを「敬語の使いすぎ」などとは思っていなかったはずだ。そういう言い方を当然なものと教えられ、身に付け、日常的に使いこなしていたに違いない。「ずいぶんと丁寧に言ったのですね。」 私ならその程度の評でやめておくだろう…。

「哀悼の辞を表する」?

過日、近隣にある某セレモニー・ホールの前を通っていた時のことである。告別式らしい席から、「…心から哀悼のを表します」と言う、マイクを通した声が漏れ聞こえてきた。「哀悼のを表します」という言い方に違和感があった。「哀悼のを表します」なら馴染みがある。帰宅後、「哀悼の辞」をGoogleにかけ、「哀悼の辞を表します[表す(る)/表したい]」の例を探してみた。「哀悼の辞を捧げる」の例も含めたが、以下のものが見つかった。

◇そして2005年1月に永眠した名犬サブちゃんに心からの哀悼の辞を表します
◇まずは橋本氏のご冥福を祈り、深く哀悼の辞を表すものであります。 橋本氏は、首相時代に数多くの行政改革を手掛けました。
◇乗用車を運転していた70才のお年寄りが亡くなられたそうで、あの現場に、一人の死者がいたのかと複雑な心境、とともに哀悼の辞を表したい
◇尚、ZIM社幹部と駐日イスラエル大使は、哀悼の辞を表するために北海道知事と10月6日(木)午後4時より会談し、翌7日午後にも遺族を訪問する予定である。
◇◇亡くなられた方に、哀悼の辞を捧げます

 

勝るを羨まざれ、劣るを卑しまざれ

勝るを羨(うらや)まざれ、
             劣るを卑(いや)しまざれ

ふと、こんな言葉を思い出した。他人と自分とを比較して、自分よりも勝れていれば、それを羨み、自分よりも劣っていれば、それを侮(あなど)ることのないように、常に自分の“本分”を尽くせという意味だろう。実行の大いに難しいことだが、そうありたいと願っている。

Disa Uniforosa

disaDisa Uniforosa(ディサ・ユニフォロサ;日本名「明けの月」)。初めて見た花だ。華道展での作品に使うということで妻が入手してきた。南アフリカ・ケープタウンのテーブルマウンテンに咲く蘭の一種らしい。澄んだ水の流れる川辺に生えているらしく、夏は涼しく、冬は凍らない程度の、比較的暖かい環境を好む花とのこと。また、光が弱い所、空気の循環の悪い所では病気が発生しやすいらしい。大いに神経を使う花のようだが、見ていて飽きない美しい花だ。

花は哀惜に散り

sakuramatsuri花は哀惜に散り
    草は棄嫌に生う 
        ― 道元禅師

惜しい惜しいと思っているうちに、私の周辺では、桜が散った。反対に、嫌だな、嫌だなと思っているのに、庭の雑草は生い茂ってゆく。道元禅師による、上の名句も、そんなことを詠ったものである。人間世界もそれに似て、惜しみて余りある花のごとき人々は去り、残忍なことや不愉快なことは日常続発する。嗚呼!

 

 

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D.Graddol著・山岸勝榮訳
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