2008年03月

童謡「うさぎとかめ」と英訳

hare tortoiseもしもし かめよ かめさんよ」で始まる童謡「うさぎとかめ」は石原 和三郎(1865-1922)が作詞、納所弁次郎(1865-1936)が作曲して明治34年(1901年)に発表したものである。おそらく多くの人はイソップ物語の中の「うさぎとかめ」(The Hare and the Tortoise)を思い出すのではなかろうか。
 その英訳に取り掛かっている。なかなか面白いのだが、同時に考え込んでしまうことも少なくない。まず、出だしの文句「もしもしかめよ、かめさんよ」に2度出て来る「」が持つ雰囲気をどんな英語で言い表せばよいか。2番の出だしの文句「なんとおっしゃる うさぎさん」の「なんと」をどんなふうに訳せばよいのか。3番の最初に出てくる「どんなに かめが いそいでも どうせ ばんまで かかるだろう」の「どうせ」をどんな英語に直せばよいのか。
 こんなことを考えながら、時間を見つけては、その童謡を英訳しているのだが、メロディーに合わせて歌えることが要件の1つであるから、英訳作業はけっして楽なものではない。しかし、楽しい。
 日本人英語学習者の英語力を上げる1つの方法は、こうした日本の童謡を、その意味をきちんと理解した上で、日英言語文化差に留意しながら、英訳訓練をすることだと私は思う。

【後日記】結果的に、このような訳に仕上げた(→こちら)。

admirerの1つの意味

いつだったか、私の翻訳の授業に出ている学生諸君約30名に、「ジュリア(自分の妹の名と仮定)、彼氏から電話だよ!」を英語で言うとどうなるかと質問したことがある。全員の諸君が「彼氏」という日本語に“boyfriend”を充てた。受講生が所有している電子辞書にもそう書いてあるようだった。
 もちろん「彼氏」が特定のボーイフレンドのことであれば、その語でもよい。だが、「彼氏」が「ファンの一人」という意味で、やや冷やかすような感じで使われているのなら、その語では、今一つパッとしない。
 そういう場合に使えるのが“admirer”だ。「崇拝者、賛美者」という意味だが、ちょっとおどけた感じを出すのに役立つ語だ。そこで、上の日本文を英訳すれば“Julia, you have a (phone) call from an admirer”となる。
 ちなみに、この語はI've been one of your sister's secret admirers.(僕は君のお姉さん[妹さん]の密かなファンの一人でした)のような用い方もできる。admirerを「崇拝者、賛美者」とだけ覚えていたのでは、このような使い方を思いつかないだろう。

日本の童謡・唱歌の英訳

昨年から、日本の童謡や唱歌を英訳して、それを声に出して歌うことが多くなった。ネイティブチェックを受けると、私がいかに「日本的」であるかを痛感させられるような加除修正を施されることもある。原詞の意味を生かした上で、英語としても受け入れられるものを作り出すのは容易なことではない。
 それでも何とか捻り出した英訳で 「とても美しい曲と訳に、思わず涙が出そうになりました」と言ってくれる英語圏出身の同僚・友人がいると、こちらこそ「涙が出そうに」なる。音楽は国境を越えて伝わる力を持っている。
 昔、ロンドンで「仰げば尊し」を英訳して歌った時、「こんなに美しい歌を聞いたことがない」とまで言ってくれた元・シェイクスピア劇俳優がいた。最近では「さくらさくら」(未公開)の英訳を気に入って歌ってくれている同僚がいる。そのうち、童謡・唱歌英訳集でも出そうかと思っている。

【後日記】その後、「さくらさくら」の英訳を公開した(→こちら)。

漢字表記と人の思い込み。

人間の思い込みとは恐ろしいものだ。あちこちのウェブページを拾い読みしていると様々な誤字(異字?)に出合う。「てっとりばやく」「手短に」という意味の「端的に」を「短的に」あるいは「単的に」と表記する人がいるかと思えば、「引き継ぐ」、「受け継ぐ」という時の「つぐ」を「次ぐ」と表記する人がいる。そうかと思えば、「処方箋」を「処法箋」と表記する人もいる。「決着がつく」と言う時の「決着」を「結着」と表記する人もいる(最後の漢字は、食品添加物の1つである「結着剤」に関連して用いるのであれば、正しい表記である)。こういう誤字は、一度覚えてしまうと、自分ではなかなか気付か[気付け]ないものだ。(とか何とか言いながら、私もあちこちで浅学を曝け出しているかも知れない。)
 

YR君、卒業おめでとう。

【山岸ゼミ専用掲示板から】 (YR君の了解を得て転載しましたが、氏名だけは仮名にしてあります。)

Y君 明日はいよいよ卒業ですね。君は慶應義塾大学法学部を2年終了をまって辞め、ニュージーランドへ行き、そのあと明海大学の私のもとにやって来ました。積極的に勉学に励み、昨年はW君と共に優等生にも選ばれましたね。また、明日の卒業式では、君は英米語学科卒業生総代を務める上、明海大学最高の栄誉である「宮田賞」を授与されます。 
 不思議な縁で慶應義塾大学で知り合い、それから3年以上の付き合いになりますが、教師の一人として、君を誇りに思い、また君の勉学の成果、精進の証を目の当たりにできることをとても喜んでいます。
 山岸ゼミでも切磋琢磨を励行してくれました。他の諸君の模範です。この点でもとても嬉しく思っています。 改めて卒業の祝辞を言います。 「おめでとう。」
 今後とも、健康に留意して、いっそうの精進に努めてください。  
 3月21日午前1時30分 山岸

山岸勝榮先生
 お祝辞をくださりまことにありがとうございます。晴れて、卒業という日を迎えることができました。2年間、山岸先生の下で学び、多くの素晴らしいお言葉を財産としていただくことができました。これまで一生懸命に勉学に励むことができましたのは、山岸先生を初め多くの先生方から叱咤激励を頂戴したお陰でございます。重ねて御礼を申し上げます。
 思い起こせば4年前、慶應義塾大学で日々悶々とし、燻っていたわたくしを救ってくださったのが、先生でした。慶應義塾大学の授業要綱に先生がお書きになったお言葉に心惹かれるものを感じ、先生のお授業を受講致しました。砂漠のように乾き、虚無感で満たされていたわたくしの心に、先生のお言葉が雨を待ちわびた作物がここぞとばかり水を吸い上げるかのように染み入って参りました。
 お授業のある金曜日が楽しみでなりませんでした。また、わたくしの心を唯一、慶應義塾大学に繋いでくれている授業であったといって過言ではありません。そういった意味では、慶應義塾大学に感謝致しております。人生に「たら」「れば」はありませんが、もし山岸先生にお会いしていなければ、慶應義塾大学卒業の「one of them」でしかなかったことと存じます。そんなことを考えますとぞっと致しますが、山岸先生にお引き合わせくださった神様にただ感謝するばかりでございます。人生とは、不思議なものであります。  
 これほど言葉に敏感になって過ごした時間は、これまでのわたくしの人生にはございませんでした。現在、就職浪人を致しておりますが、言葉を武器に悪を挫き、言葉を薬に弱きを助ける報道の世界に挑戦致したいと存じます。少なくとももう1年間、大学院の山岸先生にお世話になることと存じますが、今後ともご指導を宜しくお願い申し上げます。
 YR (今年度特修生)

「一末の不安」?

fude一抹の不安」「一抹の寂しさ」などという時の「一抹 (=わずかなこと)」は「(画筆の)ひとなすり、ひとなで」が原意だが、この「」を「」と表記する人がいる。「」に「小さくて細かい」という意味があるから、それからの連想か、それとも単なる誤解に基づくものか、その点は不明だが、やはり「一抹」が慣用的だ。Google から3例だけを引いておく。

◇ただ同時に一末の寂しさ を感じますね。
◇しかし、そこには、常に一末の不信感がどこかに存在するのでしょう。
◇我が国はその点が大きく異なり、民主党案でどこまで公平性が担保されるのか一末の不安を否定しきれません。

ハーンが「神」と形容した日本人

神の形を問われれば、「長い白いひげをはやした白いきものと白い帯をした非常に温和な容貌の、にこにこした老人だと答える」と言ったのは、ラフカディオ・ハーン、すなわち小泉八雲(1850-1904)である。彼はそのイメージを熊本時代の同僚であった秋月胤永あきづき・かずひさ;通称・悌次郎;1824〜1900)に重ねた。
 ハーンは『東の国から』の第五章で次のように書いている(冒頭に「漢文の老先生」とあるのが秋月のことである)。

漢文の老先生は誰にも愛されて居る。そして青年に対する感化は甚だ大きい。一言で如何なる怒りの破裂をも静め、一笑で如何なる尊き志をも励まし得る。即ちこの人は古への勇壮、誠実、高尚なる物の理想、即ち古日本の魂を青年に対して代表しているからである。(中略) 昔会津の大藩に属する身分の高い武士であった。年若くして信任、権勢の地位に上った。軍隊の司令官、王侯の間の談判者、政治家、諸州の支配者、╌╌ 封建時代の武士のやれる事は皆やった。軍務政務の暇ある毎にいつも人の教師であったようである。(中略) 若い時峻厳で名高い武士が打って変って温和になった程人の心を引きつける物はない。
 封建制度が生存のために最後の戦をした時、藩公の命に応じて恐るべき戦に加わった、この戦には会津の婦人小児も加わった。しかし勇気と剣だけでは新しい戦法に勝つ事はできなかった。会津の軍勢は破れた、そして会津軍の首領の一人なる彼は長く国事犯の囚人であった。
 しかしこの勝った人々は彼を尊んだ、この人が敵として戦った政府は新青年を教ゆるに、礼を厚くしてこの人を迎へた。新青年は若い人々から西洋の科学と 西洋の語学を学んだ。しかし彼はやはり支那の聖人の不朽の知恵を教へた ╌╌そして忠義、名誉、その他人間をつくる物を教へた。
 この人の子供のうちで死んだ者も幾人かある。しかしこの人は淋しく感ずる事はできなかった。即ち彼の教へた者は子供と同じになって又彼を尊敬したからである。そして彼は老いて、甚だ老いて神様のやうに見えて来た。(中略)私の務めについて優しい奨励の言葉、何か賢い強い助言、及びこの人の青年時代の不思議な話、を私は覚えて居る。しかし何れも愉快な夢のやうであった、この人が只そこに居るだけが一の愛撫であって、梅花の芳香は高天原からの微風のやうであった。そして神の往来する時のやうに、そのやうにこの人は微笑して帰った ╌╌ あとに残った物は皆清められた。

 また、ハーンは秋月の古稀の祝いに際して、次のような祝辞を述べている(「秋月先生の古稀を祝して」より)。

秋月先生、私は熊本に参りました時に、どの外の先生よりも先に先生に遭ひました。そして私は先生に話はできなかったが ╌╌ 私の心は先生を理解して先生を愛し ました。それから先、凡ての季節、凡ての天気に、私は先生が学校へ参られ、又帰られるのを見ました。毎日教へに御出でになる時、いつでも私共の銘々にいつも親切な挨拶と、凡ての生徒にやさしい微笑と、先生の通路に居るどんな卑い者にもやさしい言葉とうなづきを与えて、決して疲れた風や、不機嫌な様子を表はされない事を私は見ていました。(中略)
 そこで今私共は七十歳の今日強壮で、元気な先生を見て、╌╌ 一同尊敬崇拝すると共に、又子供がその父を愛するように愛します。そして私の願ふところは、
将来長くこの日がくりかへしかへって来る事、╌╌ 先生が又外の新しい先生達と引続き教えて下さるやうに長生きしてくださる事、╌╌ それから又新しい時代の 生徒の敬愛を得られる事であります。それでこれだけの願と希望とをもって、私は御健康のために祝杯をあげます。

 ハーンのこの文章を読むたびに、秋月に対する彼の崇敬の念の強さと、秋月の武人としての「品格」の備わりを思わずにはいられない。併せて、松江での初対面でハーンを心服させた、時の県令(県知事)・籠手田安定こてだ ・やすさだ;1840-1900)のことを連想する。末学の身には、両者共、今以って羨望の的である。

「足ざまに」? 「足様に」?

人のことを事実を曲げて悪く言うような時に「(人を)あしざまに言う」と言う。その「あしざま」を漢字まじりに書くと「悪し様」となる。ところが、中にはそれを「足ざまに」とか「足様に」とかのように書く人がいる。本稿執筆時のGoogle 検索では「悪し様に」226,000 件、「悪しざまに」7,850 件、「足ざまに」182 件、「あしざまに」11,700 件、「足様に」 663 件(ただし、これは「足」をユーモラスに言っている例がほとんど)となった。人間、いちど正しいと思って覚えた文字は、その間違いになかなか気付けないものらしい。 (自戒)

「だて食う虫も好き好き」?

「辛い蓼(たで)を食う虫もあるように、人の好みはさまざまだ」という意味の諺と言えば、当然、「たで)食う虫も好き好き」である。その「」を「」と逆に覚えたらしい人がいる。Google検索では263件がヒットした。「」と平仮名で書く人もいる(そちらは18件)。面白いことに、「伊達食う虫も好き好き」の例が226件もヒットした。計8例だけ挙げておく。

だて食う虫も好き好きという言葉がぴったり当てはまる。
◇There is no accounting for tasten. だて食う虫も好き好き ...
◇ご存じだとは思いますが、「だて食う虫も好き好き」でしょうね。
だて食う虫も好き好きダテ」でしょうか。きれいな実をつけるのにかわいそうな名前です.
◇そう言えば、だて食う虫も好き好きだてって本当に木の名前だったのすね〜!知らなかったのでビックリです(^^;)
ダテ食う虫も好き好きとはよく言ったもので ◇

伊達食う虫も好き好きなのでしょうねちょっと調べたら、思ったより安く20万円前後で買えるようですが・・・。
◇将来の嫁が、それに近くて 正直困ってます。伊達食う虫も好き好きって所ですかね ...

「被露宴」?

wedding「本当に思い出に残る露宴でした。」 ある大学教授のブログを読んでいたら、こんな一文に出合った。「露宴」? 漢字の打ち間違いで「露宴」のつもりだろうと思いながら、いつものように、Googleに掛けて「露宴」を検索してみた。3,680件がヒットした(今後、増える可能性がある)。少々意外だったのは、結婚式場などで「露宴」を用いているところがあったことだ。
 某結婚式場の宣伝には、「教会結婚式場・露宴が好評のシティホテル」とあり、某市民文化会館の大宴会場の宣伝には「露宴は300名が利用できます」とあった。その他、多様な文脈での「露宴」が見つかった。「露宴」では「(つゆ)をかぶる[こうむる]宴(うたげ)」のように思えてしまう。やはり「露宴(ひら)き露(あら)わす宴でないと具合が悪い。

今朝も交通事故があった。

今日は我が大学院の応用言語学会研究発表会とその総会のある日で、取り纏め役を務めている関係上、朝早く登校した。 今朝も湾岸線東行き東京港トンネル入り口付近と同トンネル内の二箇所で追突事故があった。入り口付近の事故は、ワンボックスカーと普通乗用車のもので、トンネル内の事故は乗用車3台によるものだった。間に挟まれたクルマの損傷がひどかった。当然ながら、大渋滞が生じていた。 本ブログに東京港トンネルでの事故について何度書いたことだろう。ほとんど同じ場所で起きていることから推して、道路の形状や照明などにも何らかの原因があるのかも知れない。 東京ディズニーランドに向かっていた家族連れのドライバーたちもいただろう。成田空港に向かう人々もいただろう。土曜出勤で働いていた人々も多かっただろう。どのクルマも、それぞれに先を急いでいただろう。事故は当事者にとってはもちろんのこと、そこに通り合わせた多くの人々にとっても予定を狂わせる不幸な出来事である。 よく言われることだが、「忙しい」と言う時の「」という字は「心を亡くす」と書く。「亡くした心」は大切なことを「忘れる」ことに繋がる(「」という字は「亡くした心」と書く)。「大切なこと」とは、もちろん、ドライバーたちが守るべき交通ルールのことである。 たしか、谷川俊太郎さんの詩の1つに、「こんなに急いでいいのだろうか」という文句で始まるものがあったように記憶する。自戒の念をこめて、「」と「」という字を見つめる。

誰のためでもなく

wind先日、遠出の散歩をした。妻と私は一本の緩やかな上り坂に差し掛かった。坂上から、中学1、2年生ぐらいの少年がゆっくりと下って来た。私たちの目前、6、7メートルのところまで来ると、少年は持っていた手提げバッグから何やら赤い小さな箱を取り出した。昔懐かしい「都こんぶ」のようだった。少年は、箱を包んでいたセロファンテープをはがした。すると、その瞬間、一陣の風がそれを吹き飛ばした。飛ばされた小さなセロファンは、少年の脇の道路沿いの垣根に引っ掛かった。
 たいていの人は(大人も子供も)それをそのままにして立ち去って行くだろう。ところが、その少年は振り返り、戻って行ってそれを回収し、バッグの中にさりげなくしまったのだ。少年はほとんど無意識的にそうしたようだった。幼い時から周囲の大人たちによってそう躾けられていたに違いない。
 明治生まれの私の亡き母はよく、「お天道様が見ておられるよ」と言って私の問題行動を戒め、私を諭した。私は母のその言葉にいつも弱かった。ひょっとすると、少年の親御さんたちも、私の母と同じようなことを言っていたのかも知れない。
 大人の倫理観は、各人が幼い頃に培ったものが元になっていると思う。各人が誰のためでもなく、ただ自分自身のために、そうした行為を採れるように努め、それを積み重ねて、皆が住みやすい社会を創り上げたいものだ。
 気持ちのよい、一陣の春風だった。

「親切で、やさしい」社会

良い子のみなさん、エスカレーターに乗る時は、手すりにつかまりましょう。」 そんな店内放送が流れている大型スーパーに立ち寄った。本当に「良い子」に向けて言っているつもりなの?…などと偏屈なことを思いながら、大学に来てみると、今度は、立て看板に次のような注意書きがあるのを見つけた。

喫煙場所を守ろう!
歩行喫煙をやめよう!
吸殻・ゴミの投げ捨てや放置をなくそう!
信号無視をやめよう!
他の歩行者に迷惑をかけない!
 

 どれも当たり前すぎるほど当たり前のことであり、心有る学生ならそんなことを書かれていることに憤慨するのではなかろうか。こうした看板の注意書きは、読み手(居ればの話だが)にどれほどの心理的効果をもたらすのだろう。そこらあたりを対象にした調査や研究は存在するのだろうか。大いに興味を引かれるところである。 
 昨日、「親切で、やさしい」人のことを書いたが、昨今、社会全体が何事にも「親切で、やさしい」ことを目指しているようだ。親孝行が当たり前の時代には、誰も、「親孝行をしよう」「親に孝養を尽くそう」などと書いた看板を立てようとは思わなかっただろう。人々がこれ以上、自分自身の周囲や他人に鈍感にならないようにと祈るばかりだ。いずれにせよ、立て看板の文句からは、その時代の人々の心の在り様が伺えて面白い。

「親切で、やさしい」人

定期試験の監督補助として、若手の某氏(他学部)の補助を務めた時のことである。某氏はまことに「親切で、やさしい人」であった。興味深かったので(と言うよりも、正直なところ、苦笑を禁じ得なかったので)、その発言を手帳にメモしておいた。曰く、

◆「悪いんだけど、今日は定期試験だから、学生証を机の上に置いてください。悪いですね。
◆「ケータイは1時間だけだから、電源を切ってください。悪いね。我慢してね。
◆「30分経てば、答案を出して退室していいんだから、その間だけ我慢してね悪いね。

teacher
 気のせいか、最近、こうした「親切で、やさしい人」が多くなってきているように思える。とりわけ若手にこの傾向を感じる。自分たちも、そうした「親切で、やさしい人」に育てられたからだろうか。私の手帳には、毎年、何件かの類例がメモされる。
 ちなみに、上記と同じ内容のことを私が試験場で指示的に言うなら、次のようになるだろう。

◆「学生証を机の上に見やすいように置いてください。」
◆「携帯電話は試験が終了するまで、電源を切って鞄などにしまっておいてください。」
◆「試験開始後、30分を経過すれば、答案用紙を提出の上、退室してかまいません。」

 「悪いんだけど」「悪いで(す)ね」「我慢してね」などという日本語を使用する必要性などどこにもない。学生証を机上に置くことも、携帯電話の電源を切ることも、当り前のことなのだ。嘆息…。

「濡れ衣」にまつわる話

旅行先の米国自治領・サイパン島で先月、米当局に殺人容疑で逮捕された三浦和義氏に関するテレビ報道を見ていて思い出したのが「濡れ衣を着せられる」という慣用句だ。「無実の罪におとしいれられる」ことや「身に覚えのない悪評を立てられる」ことを何故そう言うのだろうか。
 句源に関しては諸説あるようだ。たとえば、昔、先妻の残した娘の美貌をねたんだ継母が、娘の寝床のそばに漁夫の濡れた衣服を置いておき、娘には隠し男がいると娘の父親である夫に讒言(ざんげん)したという伝説に基づくもの。また、容疑者たちに濡れ衣を着せ、陽光の下で、最後まで衣服が乾かない者を犯人としたという奈良時代の審判法に基づくもの(犯人なら、ビクビク、オドオドして、いつまでも冷や汗をかき、衣服が乾くいとまがないという理由かららしい)。俗説としては面白いものばかりだが、真説がどれかということになると私にもわからない。
 それでまた、hotwater思い出したのが、上代に行われた「誓湯うけいゆである。「深湯くかたち;くがたちとも言う。これは罪の存否を決しにくい時、神意をうかがう方法として、神に誓約した上で熱湯の中に手を入れさせ、火傷を負った者を有罪とみなすというもの。中世の「湯起請(ゆぎしょう)は「誓湯」の遺風のようだ。さぞや多くの冤罪(えんざい)が生まれたことだろう。いずれにせよ、いつの時代でも、無実かどうかを一番よく知っているのは「(容疑者)本人」だ。

lumbago(腰痛)に苦しむ。

backここ数日、持病の腰痛に苦しんでいる。一昨日の夜から昨日の朝方にかけてがいちばん辛かった。そんなわけで、ご退職になる先生方の最終講義に、残念ながら欠席せざるを得なかった。長年月、机に向かう仕事を多く抱えてきたことや、通勤にクルマを使ってきたことなども大きく影響しているだろう。今朝はだいぶ楽になった。
 ところで、 「腰痛」を日常英語ではlower back pain あるいは a backache と言う(後者は「背中の痛み」の意にもなる)。医学用語ではlumbago(ランイゴウ)と言い、ラテン語のlumbus (腰[腰部] loin )に由来する。
 そこで、私は外国人の同僚にsuffer from lower back pain / suffer from lumbago(腰痛に苦しむ) have an attack of lower back pain / have an attack of lumbago (腰痛に襲われる)、have chronic lower back pain / have chronic lumbago (慢性の腰痛がある)といった英語を使うことが多くなる。

「耳で観て、目で聞く」こと

私の父母は生前、他人に私を紹介する時には、「不出来な息子でして」とか(私が大学専任講師になってからも)「まだまだだめです」などと言っていた。父などは、私が大学院に通っていた頃でさえ、私のことを「ひよっこ」と形容することがあった。私は、それを聞きながら、少しも嫌な思いを抱かなかった。「腐されている」などとも思わなかった。なぜか。
 
それはおそらく、私が父母のそうした言葉を「耳で観て」「目で聞いて」いたからだと思う。父母の発した言葉そのものではなく、その言葉の《の深奥》に宿る、私への深い愛情や信頼を私が「耳で観る(=つかむ)」ことができ、父母の顔の表情をeye見て、その裏にある、私への深い愛情や信頼を「目で聞く(=見分ける)」ことができたからだろう。このことは昨日触れた禅宗での基本的立場を示した「不立文字」(ふりゅうもんじ)に繋がることだ。 「観音様」の「観音」は「音を観る」ことだと解釈できる。
 周知のように、日本語では酒の味や質を鑑定するために試し酒をすることを「酒を聞く」と言い、香をたいてその香りをかぐことを「香を聞く」と言う。私には、両者共、どこか禅の世界を連想させる素晴らしい発想法に思える。

筆に跡を留めざりけり

(いい)すてし (その)言葉(ことのは)
        外(ほか)なれば
筆に跡を留めざりけり

                                      ― 道元禅師

 

昨日、私が勤務する大学で、4年生の卒業論文発表会があった。発表者各人が「言葉の重要性」について熱く語っていた。それを聞きながら思い出したのが、道元禅師の上の歌である。

 禅宗の基本的立場を示した「不立文字(ふりゅうもんじ)を詠ったものである。「真理は私たちが口にするその言葉の奥にあるものだからzazen、書かれた文字にそのあとを留めることはない」という意味だと思う。換言すれば、「悟りは言葉によって書き示すことはできないから、言葉や文字に囚われてはならない」ということになろう。英語文化の「初めに言葉ありき」とは別の考え方だ。

 「不立文字」からすぐに思い出されるのが、同じく禅宗の「教外別伝(きょうげべつでん)という言葉だ。「悟りとは言葉や文字で表せるものでなく、心から心へと直接伝えられるものだ」という意味だと理解している。

「イチゴ落とし」のこと

今朝、登校途中のクルマの中で、いつものようにNHKのラジオ放送を聴いていた。話は、青森県の男性による熊に関するものだった。そこに「イチゴ落とし」という言葉が出てきた。「またぎ」たちが使う言葉だということは、昔、熊に関する本か何かを読んで知っていた。 そこでも言っていたが、母熊は、子熊が好物のイチゴを夢中になって食べている間に、そっとそのkuma子熊から離れて「子離れ」していくそうだ。熊の世界の厳しい掟なのだろう。
 私のように、柴犬を5頭も飼う犬好き人間には、そんな子別れの場面は、想像するのさえつらい。 
 大学の研究室に着いて、パソコンで「子熊」「イチゴ落とし」をキーワードに、検索にかけていたら、「クマの子・太郎との出会い」と題した頁に出合った。再び、胸が痛くなった。
 この種の記事を読むたびに思うことは、生きとし生ける物の中で、やはり人間が最も傲慢で不遜で残酷だということだ。もちろん私もその一人だ。 5頭の柴犬たちに精一杯の愛情を注ぐのは、そういった存在である私の「反省の気持ち」に基づくものであり、「罪滅ぼし」と呼べるものである。いずれにせよ、私の「イチゴ落とし」は熊たちのようにはいかなかった。

「博学[博識]」と「雑学」

いつだったか、講演旅行に出かけた時のことである。高校を中心とする英語の先生方、数百人とお会いした。その際、何人もの方たちから、「山岸先生は博学[博識]ですね」とか、「先生はいろんなことを知っていらっしゃいますが、どのようにしてそんなに博学[博識]になられたのですか」などといったお誉めの言葉をいただいた。それは私が講演の中で、「生徒たちや学生たちに英語に興味を持ってもらう上で、日英言語文化に関連したこうした《雑学きわめて有用だと思います。」と述べ、《雑学が私の学生たちにどう影響したかを具体例と共に示していたからであった。
 ところが、某県での講演のあと、一人の若い先生が、「山岸先生は今日、いろんな例を挙げられましたが、そんな雑学をどこで身に付けられたんですか。」と言い、別の県でも、やはり若い先生が、「先生は雑学が大事だと言われましたけど、そんな雑学はどういうふうにしたら身に付くんでしょうか。」と言った。
 私が講演の中で「雑学」と言ったからと言って、それを聞いた人がオウム返しに「雑学」とdiamond言うのは《言葉のルールに違反している(と思う)のだが、そうした《言葉のルールを身につけないまま、教壇に立っている人がいるようだ。
 先日も、新山岸ゼミ生の一人(女子学生)が、アルバイト先の店長へのメールにこう書いたのですが、それでよかったのでしょうか、あとで不安になりましたので…と聞いてきた。宝石の場合と同じく、人間の言葉にも意識的な《研磨》が必要だ。

「使用禁止」の看板に思う

playground0昨年の10月だったか、東京都西東京市の「西東京いこいの森公園」近くに住む60歳代の女性が、「噴水での子供の遊び声がうるさい」などとして、噴水施設などの騒音差し止めの仮処分を申請し、東京地裁八王子支部が、「受忍限度を超える騒音」と判断、静かな事務所・子どもの駆け足・日常会話の話し声レベルである50デシベルを超える状態での使用禁止の決定を下したことがあった。報道によれば、女性は心臓に持病があり、仮処分申請前から、市に改善を要求していたそうだ。その裁定で本当によかったのだろうか。私は何か、どこか釈然としないものを感じた。
 このような問題が生じる背景には、現代社会の希薄な人間関係もあるのではないか。公園で騒ぐ(のが仕事の)子供たちは、四六時中そこに居るわけではない。規則を決め、時間を決めて、それに基づいて遊ばせ、騒々しい何時間かは、私が病人なら、「目に入れても痛くない可愛い孫たちが隣室で騒いでいる」のだと思う努力をしてみるだろう。そう思うことで私の「受忍限度」は多少なりとも緩和していくかも知れない。病気が深刻で、そんなことなど考えられない、と言うのであれば、私なら窓ガラスを防音効果の高い二重ガラスにするだろう(拙宅には、そうした配慮をした部屋があって、大きな効果を上げている)。然るべき深刻な健康上の理由があり、Do not use2さりとてその経済的余裕はないというのであれば、私は施設管理者にそのための補修工事を要求するかも知れないし、裁判所をその要求を受け入れてもらうために利用するかも知れない。 いずれにせよ、子供たちには、できるだけ「本来の仕事」を続けさせてやりたいと願う。
 事情がわからない人間が言うのは気が引けるが、同公園問題に関して、そんなことを思った。
 ところで、私の散歩コースにも子供たちの遊び場があるが、そこも昨年から「使用禁止」の看板が出ている(写真上下二葉)。そのそばにある噴水も停止状態だ。その看板を出した背景や事情を知っているわけではないが、場所柄、西東京市の場合と同じ問題が生じた結果とは思えない。工事中あるいは工事予定の看板もない。ひょっとすると危険回避のためかも知れない。
 もしそうであるなら、それは行き過ぎだと思う。考え方は人それぞれだろうが、私は子供たちを「無菌状態」や「無危険状態」で育てることに反対である(もちろん、そんな場所などあり得ないだろうが…)。滑り台やブランコから落ちて怪我をすることもあれば、子供同士がぶつかって思わぬ事態を引き起こすこともあるだろう。自分の家や部屋にいても、危険のもとはいくらでもある。台所には刃物もあればガスや火の元もある。子どもたちは、そういう中で、大人たちとの生活を通して、次第に生きる術(すべ)を学んでいくはずだ。
 すぐ上の写真の手前のほうに、木瓜(ぼけ)が植わっているのが見える。そのうち、「木瓜には鋭いトゲがあって危険だから、それらを除去せよ!」という苦情が親たちから出てくるかも知れない。その結果、管理責任を有する市や区も、怪我の責任を問われるのを恐れて、早めにその除去を決定するかも知れない。思うに、木瓜のトゲよりも危険なのは、人間だけが持つ「言葉のトゲ」である

「情け」という語

拙著の一点を読んで感想文を寄せてくれた新ゼミ生・某君の文章に次の箇所があった。

私は昨年、海外留学をさせて頂きましたが先生が本に掲載されているような質問を外国人の方から受けました。例を挙げさせて頂くと、どうして日本人は授業中あまりにも静かなの?どうして、日本人はお風呂が好きなの?といった様々な質問を頂きました。しかし、今まで考えた事もなくその言葉の起源や文化的背景などあまり正確に答えてあげる事ができませんでした。あまりに無知な自分に情けを感じました。

 スピーチレベル等の可笑しさには今は触れないが、私が「おや?」と思ったのは、文末の「あまりに無知な自分に情けを感じました。」という箇所であった。「あまりに無知な自分に情けを感じました」? それを言うなら、「あまりに(も)無知な自分に情けなさを感じました」、「あまりに(も)無知な自分を情けなく感じました[思いました]」などでは? と思いながら、書いた本人にどんな意図で書いたのかを確かめてみた。
 同君から返ってきた答えは、「《情け》を感じるをがっかりするみすぼらしいという意味で用いました」というものだった。これに対し、私は、「その用法には馴染みがないのですが、若い諸君の新しい語法ですか」と尋ねた。それに対する更なる同君の答えは、「《情け》の意味を誤って覚え、使用していました。私自身、辞書でもう一度調べてみました。」というものだった。
 山岸ゼミでは、平素の努力を欠く学生には「情け」はかけないが、日々の精進を怠らない学生には、教師の一人として、私は精一杯の「情け」をかけることにしている。

「春の気配」のこと

uguisu一昨日(2月28日)、新山岸ゼミ生からメールをもらった。その出だしは次のようになっていた。

余寒厳しく、まだ春の気配を感じるのは先の事と存じます。お変わりありませんか。

 私の注意を引いたのは、「余寒厳しく」と「春の気配を感じるのは先の事」という箇所である。「余寒」とは「立春のあとまで残る寒さ」という意味であり、また、「立春」とは、旧暦(陰暦)では正月の節、新暦(太陽暦)では2月4日頃、すなわち暦の上では春が始まる日をいうのであるから、「の気配を感じるのは先の事」という表現と相性が悪くなる。同学生は、単に「いつまでも寒い日が続きますが」と言いたかったのだろう。
 時候の挨拶でも、漢語調のものは旧暦から来ているので、実際の季節感とはほぼ1か月のずれがあるが、浦安市にある我が大学に通う学生にとっては、2月末はすでに十二分に「春の気配を感じる」ことのできる時季である。「日差しの明るさに春の訪れ[気配]を感じる頃となりましたが…」とか「庭の梅の木に春の訪れ[気配]を感じる今日この頃ですが…」などの言い方なら違和感はなかっただろう(2月末に「気配」では遅すぎるようにも思えるのだが…)。
 ちなみに、漢語調による時候の挨拶で、1月に私がよく用いるのは、「新春の候」「初春の候」などであり、年賀状に用いるのは「初春のお慶びを申し上げます。」である。
  (「メール」の時代になってから、こうした時候の挨拶がどんどん消えて行っている。残念な気がするし、さびしくもある。)

ご注意
無断転載禁止 HOME (C)
山岸勝榮英語辞書・教育研究室
記事検索
書籍
.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典[第3版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惴Χ軌藹佝


.▲鵐ーコズミカ英和辞典
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第4版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第3版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
 [第3版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

ヽ擇靴犲典スーパー・アンカー英和辞典[CD-ROM]―for Windows
学研電子辞典シリーズ
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社
書籍
|姥貲郢
一番知りたい暮らしの英語
∋慨濔+
小学館


,垢阿砲任る
海外インターネット活用事典
[監修]山岸勝榮
 [執筆]関根紳太郎
小学館


100語で学ぶ英語のこころ
 日本人の気づかない意味の世界
∋慨濔+董Υ愃紳太郎
8Φ羲


.好圈璽舛里燭瓩離罅璽皀英語
∋慨濔+董L.G.パーキンズ
4歔吋薀ぅ屮薀蝓


 ̄儻豢軌蕕伴書
∋慨濔+
三省堂

 ̄儻譴砲覆蠅砲い日本語をこう訳す
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

仝世┐修Δ埜世┐覆け儻
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

 ̄儻譴量ね
D.Graddol著・山岸勝榮訳
8Φ羲匳佝

.罅璽皀英語のすすめ
∋慨濔+
4歔吋薀ぅ屮薀蝓
Archives
  • ライブドアブログ