2008年08月

「何の報酬もないのに、ありがとう。」

今朝の妻への“生姜温湿布”も終わった。胸部から腹部にかけて、また腹這いになった時には背部から臀部にかけて、タオル6枚を使って温湿布を施す。その間に、両手、両脚・両足を生姜オイルを使って丁寧にマッサージする。“癒し系のCD”も流す。“音楽療法”のつもりである。
 途中、いろいろな話をする。貧しかった新婚時代のこと、楽しかった子育てのこと、話は尽きない。今朝、そんな時、妻がふと漏らした。
「“主夫”も大変ね。何の報酬もないのに、ありがとう。」 
私は言った。
「そんなことはないよ。この病気が治ったなら、これほど大きな報酬はないんだからね。必ず払っもらうよ。」 
妻は微笑みながら言った。
「きっと払うわ。」 
私は念を押して言った。
 「頼むよ。」 
そんな些細な言葉のやり取りが、今は限りなく、こよなく貴い。

flowers花が好き うたが好き 夢がすき あなたが好き
  この人生が好き 二人してあるく この道がすきです 
 

(写真は以前、妻が書道教室に通っていた時に書いたもの。詩はやなせたかしさんのものだと思うが、原詩どおりかどうかは未確認。) 

世の中に 恋てふ色は なけれども 
       ふかく身にしむ 物にぞ 有りける
                …「後拾遺集」 和泉式部

山岸ゼミ生・特修生に捧げる ― 「ほんとに大事な人」

以下は、山岸ゼミ専用掲示板に私の病身の妻の見舞や慰問の文章を書き込んでくれるゼミ生・特修生諸君のことを考えているうちに頭に浮かんだ文句です。下手ですが、書き留めておきます。

 

ほんとに大事な人

 

山岸勝榮

 

1.

ほんとに大事な人は

去りゆく時にわかる

でもその時は遅すぎる

ほんとに大事な人は

別れて初めてわかる

でもその時は遅すぎる

 

だから若者よ

覚えていてほしい

愛されたことを

慈しまれたことを

あとで深く悔やまないように

 

ほんとに大事な人は

去りゆく時にわかるから

ほんとに大事な人は

別れて初めてわかるから

 

2.

ほんとに大事な人は

会えなくなってわかる

でもその時は遅すぎる

ほんとに大事な人は

亡くして初めてわかる

でもその時は遅すぎる

 

だから若者よ

忘れずいてほしい

ほほえんだことを

 

ほほえまれたことを

あとで深く傷つかないように

 

ほんとに大事な人は

会えなくなってわかるから

ほんとに大事な人は

亡くして初めてわかるから 

妻に救われて

自らも癌患者として亡くなった医療ジャーナリストの柳原和子さんが、「がんを生きる『がん患者学』―その後」という記事の中で、癌に罹った女性に関して次のように書いておられる。
一番重要なのは、人生を共にしてきた人、これから共にしていく人、多くは伴侶ですが、その人との関係づくりです。告知をされたときに耐えることはない。あらゆる涙を流す。ヒステリーを起こす。「あなたは分かっていない」と怒る。それらを徹底的にやる。耐えて、後で「この人は全然分かってなかったんだ」と気づくよりは、告知を受けた日に「さてどうするか」を徹底して話し合う。自分の人生を振り返りたくなるから、必ずそのことも話す。言葉にならなかったら涙を相手の前で流し続ける。相手が逃げるようだったら、もう別れる。これが重要なんですね。
 同感である。ただ、ありがたいことに、私の妻の場合、「ヒステリーを起こす」ことも「あなたは分かっていない」と怒ることもない。とにかくカッとなったり、怒ったりなどしない女性なのだ。初めて会った40数年前から、ずっとそうである。子育ての時にも、二人の我が子たちに対して、声を荒げたことは一度たりともない。要するに、この上なく温和・柔和な女性なのだ。この点は私の妻を知る人は口を揃えて言ってくださる。つまり、瞬間湯沸かし器のような私とは正反対の性格である。その私が、他人から「優しい人」と言われることがあるが、もしそのような印象を人に多少でも与えることがあるとしたら、それは全て妻が醸し出す雰囲気に私が“感染した”からだと思う。
 我が子が妻に「どうしてお母さんのような穏やかな女性がお父さんみたいな短気な男性と結婚する気になったの?」と聞くと、妻はニコニコしながら、「可哀そうだったからよ。ボランティア精神かな。」と言って笑う(妻は高校時代には「青少年赤十字」だったか何かのサークルに所属していて、ボランティア精神はきわめて旺盛だった!)。「ありがたや、ありがたや」である。そんなわけで、「救ってもらった」私としては、「救ってくれた」女性が深刻な病気の時ぐらいしっかりと面倒を見ないと、「罰があたる」と思っている。

秋風 一夜 百千年
     … 一休和尚

これまでに私が読んだ癌関連および食品関連の書籍

身内に癌患者を持って以降、私が読んだ癌および食品関連の和書を参考までに挙げておく。

1.安部司著『食品の裏側―みんなの大好きな食品添加物』(東洋新聞新報社、2006、第13刷)
2.安保徹著『自分ですぐできる免疫革命』(だいわ文庫、2008年第8刷)
3.安保徹著『医者に見放されても病気は自分で治る』(講談社プラスアルファ新書、2006年第1刷)
4.安保徹著『ガンは自分で治せる』(マキノ出版ビタミン文庫、平成19年第20刷)
5.安保徹著『安保徹の食べる免疫力』(世界文化社、2007年初版第7刷)
6.有賀淳著『進化したガン免疫療法』(朝日新聞社、2005年第1刷)
7.生田哲『がんとDNA―分子生物学で解き明かすがん』(講談社Blue Backs、2007年第4刷)
8.石綿結實著『ガンは「血液」で治る』(青春出版社、2003年第3刷)
9.石綿結實著『「体を温める」と病気は必ず治る』(三笠書房、2008年第74刷)
10.一条ふみ著『一条ふみさんの自分で治す草と野菜の常備薬』(自然食通信社、1999年、特別略装版)
11.今村光一著『ガンに効くリトリール』(株・経済界、リュウブックス、1999年第1刷)
12.梅澤充著『間違いだらけの抗ガン剤治療』(ベスト新書、2007年初版第2刷)    
13. 江里口正純著『免疫細胞療法にたどり着いて』(河出書房新社、2005年初版)
14. 大河原真紀著『活性化した自分の血液でガンを治す』(知道出版、2006年初版第1刷)
15. 大澤俊彦監修『台所にあるガンを防ぐ食品』(マキノ出版、平成13年第1刷)
16. 大森英櫻監修/大森一慧著『 一慧の穀菜食Book/手当て法』(宇宙法則研究会・ 一慧のクッキング、2006年7刷)
17. 小川佳宏著『リンパ浮腫』(保健同人社、2006年第4刷)
18.帯津良一編著『ガンを治す大事典―治療法のすべてがわかる本』(二見書房、2004年第14版)
19.帯津良一監修/石黒謙吾構成『ガンを治す108の方法』(中経出版、2007年第1刷)
20. 帯津良一・王振国著『帯津良一・王振国対論―漢方ガン治療』(K&B パブリシャーズ、2007年初版第1刷)
21. シャルロッテ・ゲルソン/モートン・ウォーカー著 阿部孝次・氏家京子訳『決定版 ゲルソン食事療法』(徳間書房、2006年第3刷)
22.マックス・ゲルソン著/今村光一訳『マックス・ゲルソン ガン食事療法全書』(徳間書房、1997年第9刷)
23. 後藤重則著『「進行がん」を抑え込む活性リンパ球療法』(河出書房新社、2002、初版)
24.アブラカムM.シャムスディン著、坂本孝作訳『天然抗ガン物質IP6の驚異』(講談社ブルーバックス、2000年第1刷)
25.白坂哲彦著『S-1誕生』(エビデンス社、2006年初版)
26.代替医療問題取材チーム著『検証 免疫信仰は危ない! がんビジネスの実態に迫る』(南々社、2004年初版第1刷)
27. 鶴見隆史著『真実のガン治しの秘策』(中央アート出版社、2008年第1刷)
28. 東城百合子著『家庭でできる自然療法―誰でもできる食事と手当法』(改訂版;あなたと健康社、平成14年第770版)
29.中島デコ著『中島デコのマクロビオティック ライステラスカフェ』(PARCO出版、2008年第1刷)
30.日本CI協会編『食で癒すガン―伝統食による万病克服のための食事療法』(日本CI協会、2007年10版)
31.ロレッタ.シュワルツ=ノーベル著・東出顕子訳『アメリカの毒を食らう人たち』(東洋経済新報社、2008年初版)
32. 畠清彦編/伊藤良典著『心配しないでいいですよ 再発・転移乳ガン』(真興交易医書出版部、2008年改訂第2版第1刷)
33. 船瀬俊介著『抗ガン剤で殺される―抗ガン剤の闇を撃つ』(花伝社、2008年初版第6刷)   
34.星野仁彦著『末期がんを克服した医師の抗がん剤拒否のススメ』(アスコム、2005年初版第6刷)
35.星野仁彦著『ガンと闘う医師のゲルソン療法』(マキノ出版、平成20年第18刷)
36.星野泰三著『個人別ガン・プライベート免疫療法』(メタモル出版、2005年第1刷)
37.真柄俊一著『がんを治す「仕組み」はあなたの体のなかにある』(現代書林、2008年第2刷)
38.森下敬一著『浄血すればガンは治る』(白亜書房、1998年第1刷)
39.柳澤厚生著『ビタミンCがガン細胞を殺す』(角川SSC新書、2008年第2刷)
40. 柳原和子著『がん患者機縦拘生存者たちに学ぶ』(中公文庫、2008年第4刷)
41. 柳原和子著『がん患者供柔賁膕箸箸梁佻叩ζ病の記録』(中公文庫、2006年第2刷)
42. 柳原和子著『がん患者掘修ん生還者たち 病から生まれいづるもの』(中公文庫、2004年初版)   *40〜42の三点は『長期生存をとげた患者に学ぶ がん患者学』(晶文社、2000年初版)としても出ている。 
43.山本弘人著『食べるな―危ない添加物』(リヨン社、2006年第6版)

【追補】 
1.田村恵子編集『がん患者の症状マネジメント』(学習研究社、2002年12月30日発行) 
2.長場直子・本村茂樹編集『がん化学療法の理解とケア』(学習研究社、2005年12月30日発行) 
3.唐澤久美子編集『がん放射線治療の理解とケア』(学習研究社、2007年10月30日発行) 
4.林 章敏編集『いつでもどこでもがん疼痛マネジメント』(学習研究社、2008年12月30日発行) 
5.臼田篤伸著『抗がん剤は転移促進剤』(農文協、2007年第2刷) 
6.済陽高穂著『今あるガンが消えていく食事』(マキノ出版、平成21年第7刷) 
7.近藤誠編著『がん専門医よ、真実を語れ』(文春文庫2001年第1刷)
8.今村光一著『いまの食生活では早死にする―アメリカ上院栄養問題特別委員会レポート』(タツの本、2009年、第4刷)
9.パトリック・クイリン著・今村光一訳『ガンは栄養療法で治る』中央アート出版社、2008年、第4刷)

我が人生、最大の難所にかかって

5月9日を最後に、約3か半の間、本ブログ(注:「山岸教授の日英語サロン」のこと)の更新をしなかった。突然の休止であったため、ゼミ生を初め、多くの学生諸君がそれを不思議がったり、私の健康を気遣ってくれたりした(頬がこけていく私を見て、私が病気だと思った学生も少なくないようだ)。

じつは、私の妻(61歳)が難治性消化器癌である膵臓癌(正確には浸潤性膵管癌 )を宿していることが判明したのだ。5月初旬、某市立大学附属病院で、精密検査の結果、「ステージ4a、外科手術・放射線治療不能、余命6か月から1年程度」と告知された。告知はこちらの希望したことであり、妻も自らの意思でその場にいた。みな愕然とし、奈落の底に突き落とされたような思いがした。

 私自身、7年前に、妻と同じ癌で長兄を亡くしたばかりだったから、その病の進行の速さと恐ろしさとをよく知っていた。長兄の場合、私のところに罹患の知らせが届いてから、わずか約1か月後に逝った。とにかく、私(の世代の多くの者)にとって、癌という病は、「不治の病」「(脱毛など)ひどい副作用」「遠からぬ日の死」といった概念と結び付いていた。

 それまで普通の生活を営んでいた者が、病気を治すのが仕事である医者から、ある日突然、「あなた[あなたの奥さん]の余命は半年から1年程度です。」と告知されて、「ああ、そうですか。」などと単純・冷静に即答できるはずがない。あまりにも理不尽だ。著名な精神科医・故エリザベス・キューブラー=ロス(Elizabeth Kűbler=Ross)による「悲嘆の五段階」(The Five Stages of Grief) 説を援用して言うなら、私は第二段階の「怒り」(Anger)を覚えるばかりだった。「なぜ私の妻が、わずか半年後か1年後に、その命を絶たれなければならないのか。」 ただ、その一事を憤った。それに、日本の女性の平均寿命が86歳で世界一の現在(しかも、100歳以上の長寿の女性が3万人を優に超える今日)、まだ61歳の妻と永別することなどできるはずがない。何よりも、この世を去る時は、私が先でありたいのだ。

    つひに行く 道とはかねて 知りながら 
          明日 明後日とは 思はざりしを…

 告知以後、7月末のPET・CT検査(病巣部画像診断)の結果が出るまで、私は満足な睡眠が取れなくなっていた。2か月半ほどで体重は十数キロも減った。交通事故を起こさずにクルマ通勤できたことが不思議なくらいだった。その間に、癌関連の書籍を50数冊、まさに不眠不休で熟読した。インターネットで国内外を問わず、癌に関する大量の情報を収集し、それらも読破した。読めば読むほど、知れば知るほど、妻の罹った癌の治癒率・生存率の低さに私の気持ちは萎え続けた。
 標準医療だけでは妻の罹っている癌からの生還は望めそうにないということも痛感した(妻の場合、残された選択肢は「抗癌剤投与」しかなかった)。セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを求めて、複数の著名な専門医にも大学病院にも行った。外国の専門医にも相談した。

 途中で、妻が乳癌にも冒されていることが判明した。こちらは「ステージ2」であった。二重の衝撃に血の凍る思いがした。しかし、言い知れぬ不安と恐怖とを覚えているのは妻自身のはずだ。私と家族の者はその点を肝に銘じた。そうして、「標準治療(=抗癌剤2種類)+代替療法(=民間療法)」を試みることにし、信頼に値すると思われる代替療法関連の情報を丁寧に入手した。「我が子にとっては『お母さん』を必ず助ける!」 それがその後の我が家における合言葉となった。

carrot juice その結果、妻は標準医療と言っても、抗癌剤2種類のみで、白血球数が下がれば、それらさえ投与中止になるのだを受ける以外に、自らの食事内容(=玄米菜食を中心とする食事療法)や生活スタイルを変え、ビワの葉温灸・生姜温湿布のような用手[手技]療法・解毒療法、精選した数種類のサプリメントの摂取といった健康食品療法にも頼ることにした。毎月曜日に温灸治療院に出かけ、毎火曜日(または木曜日)に病院に抗癌剤治療その他に出かける計画を立て、当初からそれを実行している。本人はまた、食事療法の一環として、ニンジンジュースを三度の食事の際に飲んでいる(1回約300CC)。
 「エビデンス」(科学的根拠)だけに縛られた標準医療信奉の医師たちに言わせれば、そうした「代替療法(=民間療法)」など無駄かも知れない。しかし、無駄だという「エビデンス」がない以上、それを試してみたいというのは人情だろう。

 私は大学が夏休みに入ってからは、炊事・洗濯・買い物・掃除等々に全面的に関わった。結婚39年目にして、初めて、妻の仕事のかなりの部分を肩代わりすることになった。永年連れ添った者として当たり前のことだろう。
 朝方、約1時間半、夜、同じく約1時間半、解毒療法としての生姜温湿布を妻に施すのだが、体重の激減した痩躯(そうく)の妻を見るのはまことに辛い。しかし、その時ほど「夫婦は一心同体」という古くからある言葉に真実味を感じることはない。キリスト教的に言うならば、まさに「病める時も、健やかなる時も」(in sickness and in health)である。

 余命を宣告されてから早くも3か月半が過ぎた。最近、私は癌に対する考え方を変えた。現在の心境はと言えば、妻の命を奪おうとしている癌も、じつは妻の「体の一部」なのだ。妻自身がそれを作り出したのだ。そうであるなら、無闇にそれを怖がらずに妻と「共存」させよう、それを妻の体の一部として、私もそれを「受け入れる」ようにしよう、しかし、できればそれに「休眠状態」に入ってもらおう、願わくは「大幅退縮」に至ってもらいたい。私はそう考えるように努めて、毎日、祈りの中で、妻に標準医療を受けさせ、代替療法を施し続けている。 
 私たち家族の願いが天に通じたのだろうか、7月末に受けたPET・CT検査では、何と、妻の癌はその進行を止めていることが判明した。「一部退縮」と言ってよいのだろう。病院の担当医師諸氏も一様に驚いておられた(担当医が抗癌剤の量を適宜加減して下さることも有り難かった)。次回の検査は明日、8月28日(木)に行われる。後日、好ましい検査結果が私たちに知らされることを請い願っている(もしかしたら、近々、やはり「死に神」だったとその癌を呪うことになるかも知れない。そして、「臆病な私」「小心者の私」を曝け出すことになるかも知れない)。今、私は64年近くの長い人生で最大の難所にかかっているようだ。

 付記:かつての私であれば、身内の者が癌を宿した場合、患者本人にはもちろんのこと、他人にも秘密にしておきたいと思っただろう。しかし、その後、多数の癌関連の書籍を熟読し、いろいろと思考した結果、癌は難治病の1つではあるが、寛解も改善も望めない病でもなければ、忌避・隠蔽すべき病でもないと考えられるようになった。癌は患者一人の病ではなく、当人を取り巻く近しい人々全体の病でもある。本ブログにこのように私の妻のことを書く気になったのは、そうした個人的心境の変化によるものである。自らも癌患者であった柳原和子さん(故人)の『がん患者学』(;中公文庫)にも大いに触発された。(こちらには「がんを生きる『がん患者学』―その後」と題した柳原さんの記事が残っている。)

このカテゴリーの内容に関して

お断り:
このカテゴリーは個人的なものであり、ここに記載された記事はあくまでも私個人の考えや感じたことを述べたものであって、医学的助言・指示を述べたものではありません。山岸勝榮

Disclaimer:
This is a personal blog category. The opinions and comments expressed here are mine alone and so, the contents of this category should not be construed as a substitute for medical advice. YAMAGISHI, Katsuei

このカテゴリーの設置について

このカテゴリーの設置は、平成20年[2008年]5月初旬に、私の妻(当時61歳)が某市立大学附属病院に検査入院し、その結果として膵臓癌 (正確には浸潤性膵管癌 )、ステージ4a手術不能放射線照射不能抗癌剤投与(ジェムザール及びTS-1の併用)可能余命6か月、治療を受けて1年程度と宣告されたことに端を発している。

 青天の霹靂という言葉があるが、そんな形容では不十分なほどの衝撃を妻を初め家族の者たちが一様に受けた。しかし、「癌の中の癌」と言われる難治性の膵臓癌に罹ってしまった以上、いつまでも茫然自失の状態でいることはできない。膵臓癌患者には狐疑逡巡は許されないのだ。だからこそ、恐怖と不安の中に身を置きつつ、家族一丸となって、信頼できる有益情報を集めることに早い時期から全力を尽くして来たのだ。

 私が実名でこのブログ記事を書く理由は、上記したように、癌は難治病の1つではあるが、寛解も改善も望めない病でもなければ、忌避・隠蔽すべき病でもないと考えているからだ。癌はまた、患者一人の病ではなく、当人を取り巻く近しい人々全体の病でもあるのだ。じつのところ、日本人の三人に一人が罹る病にまでなっている(二人に一人という説もある)。

 いつかは訪れるであろう妻との永遠の別れの日まで、煩悩に苛まれながら有漏路(うろじ)を歩いて行かねばならないが、その道すがら、思った事、感じた事を書き残しておきたい。
平成20年[2008年]8月27日 山岸勝榮

付記:メール送信の場合、@meikai.ac.jp にgishisanを冠してください。匿名・偽名(と思しきもの)によるメールは、未開封のまま、即、削除します。
ご注意
無断転載禁止 HOME (C)
山岸勝榮英語辞書・教育研究室
記事検索
書籍
.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典[第3版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惴Χ軌藹佝


.▲鵐ーコズミカ英和辞典
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第4版]
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
[第3版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー英和辞典
 [第3版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社


.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD付き)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

.后璽僉次Ε▲鵐ー和英辞典
 [第2版] (CD無し)
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社

ヽ擇靴犲典スーパー・アンカー英和辞典[CD-ROM]―for Windows
学研電子辞典シリーズ
∧埆玄膣粥山岸勝榮
3惱研究社
書籍
|姥貲郢
一番知りたい暮らしの英語
∋慨濔+
小学館


,垢阿砲任る
海外インターネット活用事典
[監修]山岸勝榮
 [執筆]関根紳太郎
小学館


100語で学ぶ英語のこころ
 日本人の気づかない意味の世界
∋慨濔+董Υ愃紳太郎
8Φ羲


.好圈璽舛里燭瓩離罅璽皀英語
∋慨濔+董L.G.パーキンズ
4歔吋薀ぅ屮薀蝓


 ̄儻豢軌蕕伴書
∋慨濔+
三省堂

 ̄儻譴砲覆蠅砲い日本語をこう訳す
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

仝世┐修Δ埜世┐覆け儻
∋慨濔+
8Φ羲匳佝

 ̄儻譴量ね
D.Graddol著・山岸勝榮訳
8Φ羲匳佝

.罅璽皀英語のすすめ
∋慨濔+
4歔吋薀ぅ屮薀蝓
Archives
  • ライブドアブログ