2010年11月

菅政権は悪夢か…

韓国日本大使館前で行われた反日行動に参加し、大きなバツ印の付けられた日の丸を背景に、自国の評判を貶めるような言動をとる人が、現在、国家公安委員会委員長の要職に就いている…。岡崎トミ子議員のことだ。

 任命権者の菅首相は、「本人も過去の言動に配慮に欠けた面があり、誤解を招いたということで深く反省しておられます。以後、注意して内閣の方針に従って職務に邁進して行く旨を表明されていると承知しております。」などと白々しい肩入れをする。菅さんの身贔屓はいつもこうだ。詳細はこちら()あたりの動画を見ていただきたい。

 自衛隊を「暴力装置」と表現した仙石由人官房長官…。「二つの文句で法務大臣は務まる」と放言し、更迭された柳田稔議員…。舌禍事件の多い現内閣だが、そうした事件を次々と起こす議員たちを要職に就けている菅首相の責任は大きい。もっとも、“この程度の首相にこの程度の閣僚たち”だと言えなくもない。とにかく、我が国の将来が心配だ。悪夢なら、早く覚めてほしい…。

「蜘蛛の子を散らすように」と「蟻の子を散らすように」

ある人のブログ記事を読んでいたら、「蟻の子を散らすように」という表現が出て来た。「蟻の子を散らすように」?? それを言うなら「蜘蛛(くも)の子を散らすように」でしょう…? と思いつつ、いつもの悪い癖で、それをGoogle検索にかけてみた。「蟻の子を散らすように」の例は何と約7,670件がヒットした(こちらに「蜘蛛の子」が散っている画像がある)。以下に、そのうちの5例を挙げておく。

*お店に入るなり蟻の子を散らすように思い思いのコーナーへ向かうスタッフ一同
*この車が最後で、この車が通った直後から、みんな蟻の子を散らすように去っていくのです
蟻の子を散らすように、いったい何を規範に行動すればいいのか分からなくなってしまった混乱状態は1日の夜まで続いた。
*日の暮れより本格的に雨と雷が強まり蟻の子を散らすように釣り人が帰りはじめ、私たちは仕掛けをそのままにして先ずは自動車にて待機 ...
*冒頭のモンティと物覚えの悪いコースチャのやり取りをはじめとして、終業のベルと共にまさしく蟻の子を散らすように立ち去っていく生徒たちの姿

 ちなみに、「アリの子を散らすように」の例も約6,640件がヒットした。その他、数は少ないが、「蟻を散らすように」(7件)という言い方をしている例もある。参考までに、慣用法に従った例を2例だけ、以下に挙げておく。

*最初の仕事を辞めてから、会社の同僚、知人、これまでの友人が、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった、気がした。
*「蜘蛛の子を散らす」という表現がありますが、今日の試合中止を聞いてギャラリーはもちろん、選手、キャディーと試合関係者もまさに「蜘蛛の子を散らす」ように会場を後にされたようです。

 【追記】中には、「蜘蛛の子を蹴散らすように」と書いている人たちもいるが、「蹴散らす」には、蜘蛛の子は小さ過ぎて可哀そうだろう…。

また夢で会おうね。

f就寝時に、亡き妻に対して、「また夢で会おうね。」と言うのが私の習慣になっている。不思議と妻は私のその願いを叶えてくれ、夢の中に現れてくれる。出会った頃の可愛いポニーテール姿で、結婚後間もない頃の眩しいほどに美しいエプロン姿で、子供たちを産んだあとの若々しい母の姿で、還暦を迎えた頃の落ち着いた和服姿で、妻は私の前に現れては私の眠りを豊かなものにしてくれる。ところが、先日だけは冷や汗ものの夢を見た。

 小雨が降る夜だった。「また夢で会おうね。」と言って床に就いた。願いどおり、妻は私の夢に現れた。ところがその時の夢はいつもと様子が違っていた。妻はどこかのビルのワンフロアを借り切ってブティックを経営し、店員を何人も雇い、それを軌道に乗せていた。生き生きとした女性経営者の妻に、私が未練たらしく、「元の鞘に収まってくれないか。」「復縁してくれないか。」と哀願しているではないか。妻はそんなだらしない私に冷ややかな視線をくれてから、「わたくし、仕事で忙しいものですから…。」と言って、店の中に入って行った。私はその場に悄然と立っていた。

 そこで夢から覚めた。その日の夕食時に、子供たちにその話をしたら、大笑いしながら、「それがお母さんのホンネじゃなかったの? お母さんは生前、いつかブティックをやりたいって言っていたからね。」と応えた。そう言えば、確かに、私も妻がブティック経営をしたいと言ったのを聞いたことがあった。

 自分の将来の夢にのみ執着し、それを実現した私は、「与えられる」ことを当り前だと感じるばかりで、「与える」ことをほとんど何もして来なかった。妻が私の夢の中で自分の夢を実現し、自分本位の私に“他人行儀に”あるいは“冷淡に”接したのは、詰まる所、私自身が妻亡きあと、ずっと抱き続けている妻への“やましさ”や“後ろめたさ”の表われなのだ。そうに違いない。今になって、どんなに詫びても、どんなに反省しても、詮無いことだが、自己中心的であったことを、やはり心から詫び、深く反省しないではいられない。遺影の中の妻は相変わらず優しく微笑んでいる…。

堪忍袋の緒が切れた…

今日は某大学院の授業が1コマあった。教室に行ったが、受講生(3名)の誰も来ていなかった。こういうことは今春以来何度もあった。時々一人だけ、私より先に教室に行っている院生はいるがこれが当り前では?、毎週のことではない。残りの二人はたいてい10~20分の遅刻である。

 いつもなら、辛抱強く、院生諸君の“ご来室”をお待ち申し上げるのだが、今日はとうとう“堪忍袋の緒”が切れて、ホワイトボードに一言書いて下校した。帰宅後、同院の主任教授にはメールで実情をお知らせしておいた。

 「私の若い頃は」と言うのは気が引けるが、やはり少しだけ昔のことに言及しておきたい。私の院生の頃は、教授よりあとに入室することなど(特別な場合を除いて)なかった。欠席も、よほどの事情がない限り、しなかった。杖をついて来校されるご高齢の教授の場合、必ず最寄りの駅までお出迎えした。それが教わる立場の者の「あるべき当然の姿」だと思ったからだ。私の周囲の院生も、みな同様の考え方だったように思う。

 学生・院生気質が大きく変化した今、黒沢明監督の遺作「まあだだよ」に描かれたような、「(内田百閒とその教え子たちとの)古き良き時代の師弟関係」を云々しても仕方がないだろう。だが、そうは思いつつ、そこに観られる人間関係の濃密さ、堅固さをまことに羨ましいとも感じている。

 ちなみに、同院へは知り合いの教授からの依頼で出講していたのだが、本年度一杯で辞めることにした本当は昨年度一杯で辞めたかったのだが、どうしても代わりの人がいないということで私が続投していた。時間が惜しい…。

「口は禍の門」とはよく言ったものだ。

昔から、「口は禍(わざわい)の門」と言う。地元・広島市で、折角、法相就任祝いを開催してもらいながら、その席上、本音を吐いて、わずか2か月という短命の大臣職で終わった柳田稔氏。

 法務大臣というのはいいですね。二つ覚えときゃあいいんですから。『個別の事案についてはお答えを差し控えます』と。これは言い文句ですよ。これを使う。これがいいんです。分からなかったらこれを使う。で、あとは、『法と証拠に基づいて適切にやっております』、この二つなんです。まあ何回使ったことか。

 こんな国家、国民を愚弄した発言をする“法務大臣”を任命しておきながら、自らは任命責任はないと言い放つ菅首相。柳田氏は上記の祝いの席上、(法務w大臣に選ばれて)一番理解できなかったのは私です。…この20年近い間、法務関係に1回も触れたことがないんです。」とまで言っているのだ…。

 しばらくの間は“我らが官房長官殿”が法相を兼任するそうだ。《日本丸》はどこに向かうのか。座礁しないことを祈るばかりだ…。

用心する人は躓(つまず)かず―イタリアの諺

「私淑(ししゅく)」という語

昨日の参議院予算委員会質疑で、“我らが官房長官殿”が、今度は自衛隊を「暴力装置」と呼んで、即刻、発言撤回を求められた。その発言に関連した某ブログを読んでいた時のこと、次の一文に出合った。

菅首相は就任時に「私は(東工大で)現実主義政治学者である永井陽之助先生の教え子」だったというエピソードを披露した。本当に永井陽之助先生に私淑したのであれば、「暴力装置」の意味ぐらいは知らぬはずはない。いつもは、人を貶めるために、あの手この手の言葉を使う菅が、「永井先生の授業で、マックス・ウェーバーの言葉だと聴きました」とか言えば、それでお終いだったはず。

 上の文中の「私淑」という語だが、これは「ひそかに(私よしとする(淑)」という意味だ。「ひそかに尊敬し、その著書などを通じて教えを受けること」と換言してもよい。だから、東工大で実際に永井陽之助氏の教えを受けた菅直人氏に言及して使うことはできない。この誤用を犯す人はけっこう多いようだ。

【参考】 こちらの拙文の末尾あたりに「私淑」という語を使っている。

第13回明海大学大学院応用言語学セミナーのご案内

第13回明海大学大学院応用言語学セミナー 

明海大学大学院応用言語学研究科主催
浦安市教育委員会後援

日時:2010年 12月12日(日)
場所:明海大学浦安キャンパス/講義棟2階 2201教室
テーマ:「言語習得」

詳細はこちらmeikai

「体調を崩す」と「体調を壊す」

今朝の某テレビ番組を観ていたら、そこで著名俳優・某氏の妻が自殺したことを報じ、それに関する同氏のコメントを紹介していた。そのコメントの中に、

 

出産後、その一途な性格で子育て、母の介護など、日々完璧にこなそうと取り組んだ結果、**子はしだいに体調を壊すこととなりました。

 

という一文があった。この種のコメントに日本語の問題点を探すのは気が引けるが、ここに好例があるので、敢えて引例する。

 問題は「体調を壊す」という言い方だ。最近この言い方を頻繁に見聞きする。私にとって、「体調」は「崩す」ものであって、「壊す」ものではない。「調子を崩す」とは言っても「調子を壊す」とは言わないのと同様だ。「体調」は「体の調子」という意味だから、あとに続くのは「壊す」よりも「崩す」のほうがいい。

 ただし、Googleで検索すると、「体調を崩す」の場合、 約550,000 件がヒットするのに対して、「体調を壊す」は何と 471,000 もヒットする。つまり、「体調を壊す」は「体調を崩す」と同様に一般化していることが分かる。それでも、私は「体調を崩す」の言い方を好む。「壊す」を使う時は「体調」ではなく、「身体」を用いる。

「ゲキブン」「檄文」「激(励)文」?

今朝、テレビをつけたら、某番組で、一人の若い男性アナウンサーが、昨日の行政刷新会議による事業仕分け第3弾後半を視察したロック歌手・内田裕也氏(70)のことを報じ、内田氏が蓮舫行政刷新相に「ゲキブン」を送ったと言っているところに出くわした。「ゲキブン」と聞けば、私などすぐに「檄文」を思い出す現代の「檄文」の典型例はこちら→http://mishima.xii.jp/geki/index.html

 したがって、私は内田氏が「蓮舫氏を中心とした仕分け人グループに、自分(=内田氏)の考え・主張を述べて、同グループに何らかの行動を促すための文章」を書いたのだと思った。

 ところが、よく聞くとそうではない。結局のところ、同アナウンサーが言及したのは、内田氏が蓮舫氏に向けて書いて持っていた(らしい)「TO MRS RENHOW!」と題した“激励文”と言うか、エールを送る手紙だったようだ。

 それならば、そういう文章を「ゲキブン」と呼ぶのは、紛らわしくていけない。同アナウンサー氏の頭には、あるいは「(励)」という語が去来していたのかも知れない。

 昨今の若いアナウンサー諸氏の日本語は、聞いていてハラハラさせられることが多い。もう少し母語を勉強をしてからアナウンサーになってもらいたいものだ…。

尖閣諸島問題で本当に裁かれるべきは…

boat尖閣諸島沖の中国漁船衝突を巡る映像“公開”問題で、映像を“公開”したと名乗り出た神戸海上保安部の男性海上保安官(43歳)が、警視庁と東京地検の事情聴取を受けたことは周知の通りである。映像はまだ他にもあると噂される。その1本には、隊員が落水し、それを中国漁民が銛(もり)で突いている場面が収録されているという。同じく噂によれば、その隊員は死亡しているそうだ(2名死亡という話も流れている)。

 いずれにせよ、今回の映像”公開”問題で、上記・保安官の行為を「犯罪」とするのはおかしい。映像内容は、「一般人が知らない事実」でもなければ、「秘密として保護されるべきもの」でもない。何よりも、問題の中国人船長は「無罪釈放」になっている。それで保安官が「有罪」と言うのでは間尺に合わない。

 あの船長はまず間違いなく、中国政府の指示で動いた中国人工作員だろう漁船にしては、甲板に漁具がほとんど見えなかったし、日本の巡視艇に故意に衝突する時には、甲板に人影が見えなかったのもきわめて作為的だ。さもなければ、一漁師が身柄を拘束」された程度のことに、一国の首相(温家宝)があれほどヒステリックに日本に文句を付け、「全中国人の憤怒を買っている」「無条件釈放を要求する」などと息まいたり、フジタ社員4人の身柄を拘束したり、レアアースを事実上の禁輸にしたりするはずがない。日本人学生1000人を上海万博に招待すると言ったのは、ほかならぬ温家宝首相だ。それを一方的に延期通告したことなど、一国の首相にしてはみっともない 行為だ。客観的事実確認、冷静な状況判断ができない現・中国政府は、世界から「恐れられることはあっても、尊敬されることはない」のではないか。

 ところで、中国人船長を釈放する際の那覇地検の鈴木亨次席検事の説明には次のようにあった。

 被疑者はトロール漁船の一船長で、本件は、みずきの追跡を免れるためとっさにとった行為と思われ、計画性等は認められず、被疑者には我が国での前科等もありません。加えて、我が国国民への影響や今後の日中関係を考慮すると、身柄拘束を継続して捜査を続けることは相当でないと判断しました。
 被疑者の処分については、今後の情勢を踏まえて判断する予定で、本日、福岡高等検察庁および最高検察庁と協議の上で決めました。

 このうち、「みずきの追跡を免れるためとっさにとった行為と思われ、計画性等は認められず…」という部分が虚言であったことは、“公開”映像によっても証明された。その他の部分を聞くと、鈴木次席検事は“作文”を読まされただけの気の毒な存在だという思いを抱くそうでなければ、容疑者を「法と証拠」だけで冷静・客観的に取り調べることを職務とする検事が上記のようなことを言うはずがない

 結局は、大林宏検事総長の指示で、不本意な釈放に踏み切らざるを得なかったことは容易に推測できる。そして、その検事総長を動かしたのは、(菅直人首相の意を酌んだ?)仙石由人官房長官だろう。流れとしては仙石官房長官→馬淵澄夫国交相→大林検事総長→鈴木次席検事となるものと思う。本当に裁かれるべきは誰か? 言わずと知れたことだ…。

【後日記】一部の人たちが、「映像を“流出した”保安官を罪に問うべきだ、さもなければ政府が決めたこと、国家の秩序が保てない」などと言っているようだ。時系列的に見て、政府が「秘密」とした時点より前に、すでに多数の海上保安関係者が見ていたビデオなのだから、事実上「秘密」たり得ない。それに、「政府が決めたこと」、「国家の秩序」と言うが、政府や国家が決めたことが間違っていることもある先の第二次大戦を含め、戦争を例に採ればそのことがよく分かる。

「文」と「文章」

学生諸君の多くが、わたしなら「一文」あるいは「」という語で済ませるところを「文章」という語を用いる。たとえば、次のような場合である(山岸ゼミ専用掲示板より)。

*、「減退していた食欲が戻るという考えが日本人にはある。」という文章を考えましたが、いかがでしょうか。
*>「表現力を豊かにさせますためにも、より多くの書物に触れて参ります。」
   上記の文章におきまして、書物に触れたあとのことが書かれておらず、わかりにくい文章でございました。
*.自分勝手な決定を述べてるのに対して「〜お許しくださいませ」という文章で結ぶことの誤りをご指摘くださりありがとうございました。

 私は平素、「」は「文章」の意味でも用いるが(例:「次の[文章]を読んで、感想を述べなさい。」)、「一区切りのまとまった内容を持つ言葉の最小単位」での意味で用いることが多い。その意味では、「一文」と言ったり書いたりもする(ただし、この語を以下に述べる「=文の集合体」の意味で用いることもある…)。

 「文章」のほうは普通、「文の集合体」、換言すれば、「いくつかの文が集まって、全体として1つのまとまった表現となっているもの」の意味で用いている。したがって、上掲3例では、私なら「一文」、「」で済ませる。

 「一文」、「」で良いところを「文章」と言っている例をネット上で探すことはきわめて容易だ。以下に3例だけ挙げておく。その場合も、私ならいずれも「一文」、「」で済ませる。

*「日本人は残忍な民族だ」という文章を作ってみました。
*英語で【AとBはどこが似てるの?】という文章を作成したいのですが、 思い浮かびません。
*「若者が、やさしくあれるはずはないのである。」という文章の中での「あれる」をどう理解すればいいですか。

「いい女の日」のこと

たかの友梨ビューティクリニックでは創業当時から、明日11月7日を語呂合わせ(1107)で「いい女の日」と定めているそうだ。女性相手の商売に関することだから、ここではこれ以上何も言わない。だが、今夕の朝日新聞の次の記事となると話は別だ。

女性であることを楽しみ、自分を磨いて女子力をアップしよう―。
そんな思いを込めて、朝日新聞社は2008年から11月7日
いい女の日」と定めました。“いい女”をめざして、内から外から
女に磨きをかけるちょっとしたヒントをお届けします。

朝日新聞社では「いい男の日」も定めているのだろうか。「いい女の日」同様、語呂合わせで、たとえば、11月5日(「1105」)をその日に定めているのならそれでよい。それなら、上記の私の違和感は解消される。だが、そうでなければ、朝日新聞社に訊ねてみたい。天下の公器でもある朝日新聞社が、女性だけにそういう特別の日を設けるのはどんなものだろう、「逆差別」ではないのか、と。

 そんなことに目くじらを立てるなという声が聞こえて来そうだ。だが、私はそれはけっして小さな問題ではないと思う。「女性には年齢を聞いてはいけない」(男性にならいいのか?! )という貧弱な発想と五十歩百歩のものだからだ。

 語句・表現が並列的に扱われていない場合は「差別的」であるのが普通だということを知っておきたい。例:女だてらに(「男だてらに」と言うか?);「女三界に家なし」(「男三界に家なし」と言うか?) 「母の日」があるように「父の日」がある。「いい女の日」があるように「いい男の日」もある。それなら明日はきっと、誰にも納得が行く「いい日」になるだろう。

想い出のオルゴール

fl妻に現世での永の別れを告げてから1年2カ月が経った。光陰矢の如しとはよく言ったものだ。それからの私の毎日は空虚そのものだった。日常生活の多くの事柄が妻と結び付いており、そのことが、私が妻無しにはほとんど何も出来ていなかったことを証明していた。

 1周忌を迎えたのを機に、妻が日常的に使用していた物を少し整理しようと、妻のタンスの中や引き出しの中を点検し始めたのだが、その中身のほとんどに手を付けられず終いだった。どれもこれもが妻との苦楽と哀歓の年月を思い起こさせるものだったからだ。
 見たこともないような衣類・装飾品も数多かった。そのほとんどは「ブランド物」のようだったが、妻はそのどのくらいのものを実際に身に付けて習い事や買い物や友人たちとの会食に出掛けたのだろう。美しく着飾ったであろう妻の姿を愛でることなく仕事に没頭していた身勝手な私を、妻はどう思っていただろうか。今、心の底から申し訳なかった思う。

 タンスを整理していたら、その一角から見覚えのある物が出て来た。オルゴールだった(写真下)。その裏側には、「昭和41年2月19日贈 《乙女の祈り》」と私の手で記されていた(西暦では1966年)。19歳の誕生日を迎えた妻に(もちろん、当時はまだ「妻」ではないが)、アルバイト料の一部を使って私がプレゼントしたものだった。

 当時私は東京の品川区に住んでおり、大井町駅前の阪急デパートが最寄りの大型商店だったから、そこでそれを買い求め、横浜市金沢区の妻の自宅まで、「招かざる客」として押し掛け、手渡したのだった。付き合い始めて間もない頃だが、私はけっこう図々しかmusic boxった。もう44年も昔のことになる。妻は生涯、そのプレゼントを大切に持っていてくれた。私はそのことが無性に嬉しく、かつ有り難かった。今、そのオルゴールのメロディーに耳を傾けると、あの頃の若い二人の輝いた想い出が蘇って来て、胸が締め付けられる気がする。だから、妻が命を終える日までそのか細い指にはめていてくれた婚約指輪と結婚指輪は、妻への初めてのプレゼントであったそのオルゴールの宝石箱の中に、感謝の気持ちと共に納めた。

 そのオルゴールが入っていた引き出しの中に、同じく私が妻に送った「ラブレター」が何通も大切にしまってあった。下手な英語の詩も何篇かあった。恩師のK先生(英文学)やH先生(米文学)からは憫笑を買ったものだ。確かに、今それを読んでみると、まことに歯の浮くような(と言っても浮くはずの歯は既に無いが)美辞麗句が並んでいる。涙顔が今度は汗顔に変わる。それでもそこには若かった頃の直情径行の私が居て、「今後ともお付き合いをいただけるようであれば、変わることなく誠実を通し、不実であることは決して無い」とはっきりと誓う言葉が書いてある。この誓約だけは、それ以来、違うことなく、忠実に守って来たと断言できる。
 
 いつの日か、社会人としての我が子たちの十二分な成功を見定めて、安心して瞑目する日がやって来たら、私はその時は、ひたすら真っ直ぐに妻のもとへ急ぐつもりだ。だからこれからも足腰も鍛えておかなくてはならない…。英国の美術批評家、J.ラスキン(John Ruskin, 1819-1900) は「死するは声無き岸辺への上陸なり」(To die is landing on some silent shore.) と言った。私にとっては「死するは妻の声する岸辺への上陸なり」である…。

He who has no vision of Eternity will never get a true hold of Time.―T. Carlyle
        《永遠》の幻影を有せざる人は決して真実に《時》を解せず―T.カーライル

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