2012年02月

「生存競争争い」…重複語のこと

馬から落ちて落馬して…」式の重複表現を言ったり書いたりしていることに、それを言ったり書いたりしている本人は意外と気付かないものだ。つい最近もウェブ上で、「生存競争争い」という言い方を見つけた。それに興味を覚えて、ちょっと検索してみると、次のような類似の重複表現もあった。「生存競争争い」を含め、各4例を挙げておく。

*我が家の生存競争争い
*ぐず同士の生存競争争いだ。
*最終的には房からは1つの実しかできないので4〜5つとの生存競争争いです。
 *まぁ全員が集まることも無いでしょうけれど今年は生存競争争いの年になりそうです(汗).

*しかし弾幕決闘でなければこれは単なる生存競争の闘い
*けれど生存競争の闘いでは、地球上の生物の中で一番壮絶です。
*現実は、そんなキレイゴトではなく、まさに食物連鎖存競争の闘いの場なのでしょうけれども…
*最近は動物愛護の精神から、実戦ではなく野生での両者の生存競争の闘いを立体メガネでの映像で見る。

*雑草とはいえ生存競争の戦いを感じますね!
*アダムと融合したりする奴や人間に生存競争の戦いを挑んで来た奴とか居るらしい ...
*そういう世界だと、熊に生まれたということだけで、非常に優位に生存競争の戦いをすすめていける訳である。
*オルファンの原初の免疫に支配されているものがグランチャーであれば、アンチボディそのものも、生存競争 の戦いをすることになったのだ。

胡散臭い“がん克服記”

d妻を膵臓がんで亡くしてからの私は、インターネット上にあるがん関連の記事に交じる“胡散(うさん)臭いもの”がよく分かるようになった。ある女性は7、8種類のがんに罹り、それを全て克服して“生きる喜び”を享受していることになっている。と言うのは、「私は*がんを克服しました」とあって、*印のところに、あるブログ記事では膵臓がん、別の記事では肺がん、また別の記事では乳がんと、がんの名称だけを変えて、“克服記”を書いているからだ。本人曰く、「私の“幸運”を他のがん患者に知ってもらいたい」のだそうだ。

 先日見た男性は、肺がん、膵臓がん、胃がんを克服したという。私には、そういう人が絶対にいないと断言はできない。だが、こうした“克服記”はどこまでも“臭う”のだ。結局は何らかの“代替治療”や“健康食品”を宣伝しているか、さもなくば“克服記”の書籍・ファイル販売に直結しているからだ。いかにも実名を使っているようだが、そう見せかけることなど、きわめてたやすい。世の中には、他人の苦悩や不幸に営利目的で付け込む“非情な人間”も多い。“オレオレ詐欺”の犯人たちを見てもそれがよく分かる。

 インターネット上のそういう“胡散臭い”情報は、その情報のある文のどこか1行ほどをコピーして、それをGoogleなどの検索エンジンに掛けてみればよい。たとえば、「私は*がんを克服しました」「*がんから生還しました」などと書かれた個所だ。こういうやり方を知っていれば、“インチキ情報”を見つけることは比較的簡単だ。

「親資格検定合格証」が必要ではないか。

c幼い子供の虐待死が続いている。つい先日(24日夜)も、東京都新宿区のマンションで、4歳の男児が、母親(22)の交際相手の男(27)から受けた暴行がもとで死亡した。死因は頭蓋内損傷だったそうだ。「昼食を食べないので腹が立った」と暴行の理由を述べているという。日常的に虐待を受けていた形跡もあるらしい。
  
 乳児が泣く時は、体の具合が悪いか、眠いか、空腹か、おしめが濡れているか汚れているかのいずれかであることが多い。そのいずれかの原因を取り去ってやれば、その児は泣き止むだろう。幼児が物を食べない場合は、体の具合が悪いか、食べ物が口に合わないか、満腹で食べる気がしないか、眠気が勝っているかのいずれかだろう。上記の男児もその理由のどれかで昼食を食べなかったかも知れないし、あるいは冷酷な男への“反抗”だったかも知れない。

 いずれにせよ、その原因を探ってやろうという気持ちも思いやりも責任感も自省の念も持たない者は、最初から「にならないほうがよい。そう考えて、私は、「親になるための資格検定」が必要ではないかとさえ思っている。何のために生まれて来たのだろう、その子は。心から冥福を祈りたい。合掌。

A child is a Cupid become visible. ― F. Novalis.
  子は目に見えるようになったキューピッドである。―F.ノヴァリス

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【付記】話題が話題だけに、不謹慎の謗(そし)りを免れないだろうが、こういう男女(親)に出くわすと、いつもDam(’)!(チクショウ!)という語を思い出す。Dad(父)とMom [Mum](母)とを結合するとDam(’)(「忌まわしい」の意のDamnedの異形)になるからだ。

「比較」(comparison)のこと

昨年4 月から 7 月にかけて日本数学会が国公私立48大学で、約6,000人の1年生を対象に実施した「大学生数学基本調査」の問題の1つに次のようなものがあった。小学6年生レベルのものらしい。

ある中学校の三年生の生徒100 人の身長を測り、その平均を計算すると163.5cm になりました。この結果から確実に正しいと言えることには◯を、そうでないものには☓を、左側の空欄に記入してください

(1) 身長が163.5 cm よりも高い生徒と低い生徒は、それぞれ50 人ずついる。
(2) 100 人の生徒全員の身長をたすと、163.5 cm × 100 = 16350 cm になる。
(3) 身長を10 cm ごとに「130 cm 以上で140 cm 未満の生徒」「140 cm 以上で150 cm 未満の生徒」・・・というように区分けすると、「160 cm 以上で170 cm 未満の生徒」が最も多い。

 を付けるのは(2)番だけで、あとの2つはだ。調査の結果、大学生の4人に1人が「平均」の意味を正しく理解しておらず、特に私立大学や、数学の記述試験の経験がない学生の正答率が低かったそうだ。

 この調査で思い出したことがある。もう5、6年前のことだが、大学3年生約20名に次のような1文を示して、その文から思い浮かべるイメージについて尋ねた(学生諸君の反応は推測出来たが、実はそれを確認することが目的だった)。

(1)Taro is the tallest of the brothers.
(2) Taro is the most friendly of the brothers.

 もちろん、全員が「太郎は兄弟(の中)で一番背が高い」、「太郎は兄弟(の中)で一番フレンドリー[友好的]だ」などと正しく訳した。しかし、同時に、私が推測した通り、半数以上の諸君が「太郎の兄弟は皆が長身[フレンドリー]だ」と思ったようだった。

 ところが、上の2文は次のようにも書き換えられる。

 (1) Taro is taller than his brothers.
 (2) Taro is more friendly [is frienlier] than his brothers.

 つまり、太郎の身長や友好度は、あくまでもほかの兄弟と比較すればと言っているだけである。太郎の身長はもしかすると163.5 cm かも知れないし、太郎自身はさほどフレンドリーではないかも知れない。この点は、「比較」(comparison)を教えたり学んだりする際に、意外と看過されがちなことだろう。

 そんなことを、日本数学会が過日発表した数学基本調査における「平均」の問題とその回答を見ていて思い出した。

横須賀美術館に行って来た。

y昨日の午前中、我が子たちといつもの城ヶ島の某温泉ホテルに行き、そのあとで、馴染みの干物屋・Y商店に立ち寄った。お上さんからは、「奥さんの霊前に供えて下さい」と、お供物までいただいた。いつに変わらぬお上さんのそうした心遣いが限りなく嬉しい。
 
 午後は横須賀美術館に回った。そこで「正岡子規と美術」展をやっていることを娘が調べていてくれたからだ。正岡子規の主だった作品は、以前、松山市を訪れた際に「子規記念博物館」でじっくりと見ていたが、子規ゆかりの画家たちの作品も展示されているということだったので、そちらの魅力も手伝って、同館まで足を延ばしてみた(と言っても、実際にはクルマ利用だったのだが)。

  展示物を見る前に、同館に隣接するレストラン「アクアマーレ」で、東京湾を眺め、いつものように亡き妻との想い出に浸りながら、子供たちと昼食をとった。私はブイヤベースセットと生ビールを注文した。

 昼食後、展示館に向かったのだが、子規の多数の作品(例:「つづれ錦」、「梅花」)はもちろんのこと、小山正太郎(例:「海浜y2風景」)、浅井忠(例:「漁婦」)、五姓田義松(例:「日清戦勝図」)、中村不折(「裸婦立像」)、下村為山(例:「梅のある風景」)、黒田清輝(例:「少女・雪子十一歳」)、久米桂一郎(例:「フランス風景」)、藤島武二(例:「池畔納涼」)などの見事な作品の数々に、時の経つのを忘れてしまった。

  なぜか、中村不折(ふせつ)の作品の1つである「憐れむべし自宅の写生」(明治26[1893]年)の“暗さ”に惹かれ、その絵の前で立ち止まり、しばらく動けなかった。不折は夏目漱石(例:『吾輩は猫である』)を初め、同時代の著名作家たちの作品に挿絵や題字を寄せたことや、新宿中村屋の店の名(ロゴマークにもなっている)を書いたことでも知られる。森鴎外の墓石の字を書いたのも不折だったと記憶する。
 亡き妻の魂と共に楽しんだ午後のひと時だった。

Painting is silent poetry, and poetry speaking painting.― S.T. Coleridge
            絵画は無言の詩にして、詩は有言の絵画なり―S.T.コールリッジ

「様」の使い方―「お客様」の場合

」が付いた語で一番“粗末な”使い方をされているのは「お客様」だろう。それが使われている文中では、それを“蝶ネクタイ”だとすれば、“ジーンズ”か“トレーナー”か“スウェットパンツ”に相当するカジュアルな語句・表現がその前後に配置されている例が目立つからだ。したがって、「お客様」という丁寧表現が独り“浮いている”感じが強い。具体例を10例だけ拾ってみる。

お客様を海外から呼ぼう! 
お客様の声に学ぶ取り組み
お客様の声が私たちの品質です。
お客様は課題解決のためにウェブを見ている
お客様が来ると急に礼儀正しくなる猫(動画)
*ハリマハウスで注文住宅を建てたお客様の声です
*当店で、お客様が遊んでみたい女の子の名前を教えてください。
*プロジェクトが終了したお客様からいただいたご感想やご意見を紹介するページです。

*投稿フォームにお客様が回答を受け取りたいメールアドレスを送信いただく必要があります。
*私どもは、「より多くの人と感動を」分かち合える21世紀の企業を目指し、一層お客様に満足して頂ける商品づくりを心がけています

 上記の文中に出て来る「お客様」という語は、私の語感では、各文の中のほか[前後]の語句と遊離していて、加除修正を必要としている。もし、ほかの語句を生かすなら、逆に「お客様」という丁寧語を、他の語句の丁寧度に合わせて換える必要がある。具体的にどう加除修正を施せば良いかは、前回に続いて、我がゼミ生・院生(および本ブログ読者諸氏)への宿題としたい。

「様」の使い方―「企業様」の場合

今朝、大学に来てメールボックスを開けると、中から1枚のチラシが出て来た。某社の製本機を宣伝するものだ。曰く、

突然のご案内で失礼致します。さて、全国の企業様や大学、病院などで大変ご好評頂いております卓上製本機●×(商品名)のご紹介をさせて頂きたくご案内申し上げます。

 これだけの日本語だが、「大学、病院」に対しては」を付加していないのに、「企業」には「」を付加しているという語法的アンバランスに、“天邪鬼”たる私などは、少々違和感を覚える。そのほか、「突然のご案内で」、「さて」の使い方にも同様の感じを抱く。ついでに言えば、「ご紹介させて頂きたくご案内申し上げます」も冗語的な感じがする。全体を誠意のこもった、すっきりした挨拶文にするには、どう書き直せば良いだろう。いつものように、我がゼミ生・院生(および本ブログ読者諸氏)への宿題としたい。

【参考】「学生様」という言い方

博士号を持った芸者さん(紗幸さん)のこと

u朝日新聞から出ている小冊子「スタイル アサヒ」(March 3, 2012 第30号)に、花柳界史上初の外国人(オーストラリア人)芸者・紗幸(さゆき)さんのことが出ていた。慶應義塾大学、オックスフォード大学に学び、経営学修士号、人類学博士号などを取得している輝ける女性だ。詳しくはホームページSayukiをご覧いただきたいが、紗幸さんが同小冊子に書いている次の文章には“我が意を得たり”だと思った。要所を引用させていただく。


(前略)西洋文化の良いことも悪いことも完全に取り入れてしまうと、日本の一番美しい文化を失ってしまうことにつながるのです。たとえば日本で秋になると私の周りはハローウィーンの飾りばかり見えます。自分たちの文化を忘れて、その意味や背景もよく分からないような海外の祭りごとを丸ごと取り入れているのは、とても奇妙に感じます。たとえば北欧の郊外で、その意味も背景も分からず、現地の人々が豆まきをしている姿を想像してみてください。奇妙ではないでしょうか。(後略)

 紗幸さんは、しきたりや季節感を大事にする花柳界が本当にお好きなようだ。こういう人によって、日本の伝統文化の一部である花柳界が、(英語を通じて)正しく海外に紹介されることを私は心から嬉しく思う。

本村洋さんに思う(続)

s1999[平成11]年4月14日に起きた「光市母子殺害事件」にようやく決着が付き、被告・大月孝行(30)に死刑が確定した。当然過ぎるほど当然の結末だろう。
 本村洋さん(35)という人は、本当に立派な人だと思う。以前にも書いたが(→こちら)、首尾一貫した言動、明晰な頭脳、誠実な人柄、沈着冷静、どの形容も当てはまる。今回の判決の際の言葉にも、本村さんの人柄が偲ばれる(「朝日新聞」本日朝刊より)。

「ずっと死刑を科すことについて考え、悩んできた13年間でした。」
「遺族としては大変、満足しています。ただ決して、うれしさや喜びの感情はありません。」
「勝者なんていない。犯罪が起こった時点で、みんな敗者なんだと思う。」
「君の犯した罪は万死に値する。君は自らの命をもって罪を償わなければならない。」(被告に直接訴えた言葉)
「(被告は)眼前に死が迫り、自分の死を通して感じる恐怖から自ら犯した罪の重さを悔い、かみしめる日々が来るんだと思う。そこを乗り越えて、胸を張って死刑と言う刑罰を受け入れて欲しい。」

 どの言葉1つを取ってみても、本村さんの人間性を強く感じる。犠牲になった弥生さんと夕夏ちゃんへの言葉、とりわけ夫婦・親子の縁(えにし)を結んだことへの感謝の言葉も本村さんからは当然のように聞かれた。

 報じられているところによると、本村さんは、自分を支えてくれた女性と再婚したそうだ。本村さんはまだ35歳、私の息子と言ってもよい若さだ。まだまだこれからの人生のほうが長い。Twitter などには、「再婚していたとは意外」、「せめて判決が出るまで待って欲しかった」などという“個人的”な感情を吐露した言葉も少なくなかったようだが、考えは人それぞれだろうし、本村さんの将来は本村さん自身が決めることだろう。ただ、私としては、亡くなった妻の弥生さん(当時23歳)は、きっと本村さんのこれからの多幸を願っているだろうと思う。また、幼くして命を奪われた夕夏ちゃんも、きっと、パパ、ママと夕夏のぶんまで、いっぱい、いっぱいしあわせになってネと、“日本一立派なパパ”のことを誇りにし、小さな体で精一杯声援を送っているのではないかと思う。「縁(えにし)を結ぶ」とは、死してなお、それを結んだ人の多幸を願うことを含意するはずだから。

 ちなみに、本村さんは語っている。

「もう一度、人並みの人生を歩みたい。まずは自分と家族が幸せになること。事件のことを引きずって生きるのではなく、前を向いて、笑って、自分の人生をしっかり歩いていくことが大事だと思う。裁判が終わることが事件の区切りではない。毎日、ふとした瞬間に事件を思い出したり、考えたりしながら生きていくんだと思う。」 

 この言葉を読んで、私はイギリスの古い諺を思い出した。それは次のようなものだ。じつにいいところを突いていると思う。

 Living well is the best revenge.
      善き生活をなすことは最良の復讐なり。 
 

今日21日、本村さんは、二人が眠る北九州市内のお墓に参る予定だと言う。

「法制度や裁判への関心の高まりに影響を与えることができたよと、守ってあげられなかった罪滅ぼしの一つとして、報告してあげたい。」

 どこまでも、弥生さんと夕夏ちゃんへの篤く、優しい思いの伝わってくる本村さんの言葉に、私は、ただただ頭が下がる思いだ。

 本村さん、本当に長く、苦しい13年間でしたね。あなたの苦しみや悲しさには測り知れないものがあったと思いますが、あなたが法制度整備に及ぼした大きな影響とその成果は、あなたの名と共に、長く司法の歴史に刻まれて行くことでしょう。あなたのこれからの人生が健康と多幸に恵まれるようにと、あなたの親の年代の者の一人として、心から祈っています。くれぐれもご自愛ください。

 被告には多くの言葉を費やさないでおくが、ただ裁判記録などが伝える彼の生い立ちと家庭環境を知るにつけ、「孝行」という彼の名が何とも痛ましく思えてくる…。

どこか変な新聞記事のこと。

昨日、Yahoo Newsを見ていたら、「27歳新婚夫婦、ハワイで事故…妻死亡・夫重傷」という見出しが目に飛び込んで来た。記事には次のようにあった。

【ロサンゼルス=西島太郎】米ハワイのオアフ島で17日午後、新婚旅行中の日本人夫婦が乗っていたオートバイがガードレールに衝突。この事故で、2人とも病院に搬送されたが、妻が死亡、夫も重いけがを負って治療を受けている。
 現地メディアによると、夫婦はともに27歳で、福岡県から家族でハワイを訪れ、夫が運転を誤った可能性がある、と報じている。在ホノルル日本総領事館では、2人の氏名や出身地などを公表していない。

 この記事を読んだ時、私は、これを書いた記者(署名入り)は、二世か三世の、日本語のよく出来ない人なのだろうかと思った。重箱の隅をほじくるようで恐縮だが、私が主筆ならこの短い記事には、詳細を確認したいと思う箇所と加除修正を施したいと思う箇所の計3箇所がある。いつものように我がゼミ生・院生(および本ブログ読者諸氏)への宿題としておこう。

【付記】亡くなった方のご冥福をお祈りする。

今日は妻の65歳の誕生日だ。

sa今日は妻の65歳の誕生日だ。いつも書くことだが、「死せる者にも生けるが如く接する。」のが私の信条だから、今日の妻の大切な誕生日を祝う。子供たちも私と同じ考えでいてくれて、母の誕生日を喜んで祝ってくれる。

 妻が亡くなってから、我が家はじつは妻を中心に動いていたのではないかと思うことが多くなった。永訣のあの日以来、朝起きてから夜眠るまで、何に付けても妻の不存在を意識したし、喪失感・寂寥感に苛(さいな)まれもした。妻は生前、さりげなくそこに居るようだった。だが、実は我が家の誰よりも大きな存在だったように思う。私など妻に比ぶべくもなかった気がする。そのことに、迂闊にも、「後悔先に立たず」の諺通り、あとで気づいた。

 浄土教では人間を上品(じょうぼん)、中品(ちゅうぼん)、下品(げぼん)の3つの階位に分け、更にそれぞれを上生(じょうしょう)、中生(ちゅうしょう)、下生(げしょう)の3つに分けて九品(くほん)とするが、亡き妻は間違いなく上品上生女性だった。これは私の家族の誰もが一致して認めるところだ。不思議かつ勿体無い縁(えにし)だったと思うのは、下品下生の私が、その対極にあった女性の深く大きな慈悲で、約40年の歳月の後、ほんのわずかだが階位を引き上げてもらったとlいう事実だ。これtは間違いのないことだ。仏は下品下生の私を憐れんでくださり、これにでも手を差し伸べれば、きっと何か世の中に役立つ仕事を成し得るだろうと思し召して、御自らの使者として、私には過ぎた妻をこの世に遣(つか)わしてくださったのだと、今しみじみと思う。

 妻とは、そう信じて疑うべくもない女性だった。だから、私は結婚以来、常に漁色を慎むことが出来たし、淫蕩にふけることもなかった。その点で、至らぬ夫ではあったが、軽薄多情な夫ではなかったと断言できる。それがまた、妻への私の愛と尊敬の証しであったし、その証しが消え去ることは断じてない。
 最愛の妻よ、我が子たちにとっての最高の母よ、65歳の誕生日、ほんとうにおめでとう。

Love is eternally awake, never tired with labour, nor oppressed with affliction, nor discouraged by fear.― Thomas a Kempis
   愛は永遠に目覚めてあり、決して労役に疲れず、苦難に圧倒せられず、また恐怖に滅入らず ― トマス・ア・ケンピス

【付記】未明に妻の夢を見た。場所は独身時代にしばしばデートした東京・銀座。妻が私の左腕に自分の右手を添えていた。目覚めて、その頃を懐かしく思った。

英米文学と私(続々)

S既述したごとく、私の専攻は英語学・言語学であったが、英米文学にも興味が尽きなかった。広く、浅くではあったが、基本的な勉強はしたつもりだ。大学における英文学概論、米文学概論は特定の教科書を使わず、担当教授が要点を板書し、受講生にノートを作らせながら進める形式だったから、私としては何か“教科書的”なものが欲しかった。大学3年になった春、英文学のハンドブック的な本を探していて、偶然、佐瀬順夫(させ ・ゆきお)著『要説英文学史』(英宝社、昭和37年初版、昭和40年増刷)に出合った。「はじめに」に次のようにあった。

(前略)本書は大学の英語・英文学科の学生のために、また一般教育課程の教材として、さらに広くは英文学にわけ入りたいと思う人びとへの案内書の役目を果たせるように作られている。著者の多年教室での経験から、週2時間、1年30週の講義の教材としてまとまりのつくように工夫されている。要点についてくわしく、また限られたページ数に、かなりこまかい点までにも触れたつもりだが、さらに研究を進めたいと思う諸氏は巻末の書目を参考にされたい。

 私は「これだ!」と思った。そして、著者を“我が師”と思い、そこに書かF1れている通りの勉強の仕方をした。私が大学4年を終える頃、同じ著者による『要説アメリカ文学史』(英宝社、昭和42年3月)が公刊されたので、飛び付くようにそれも入手し、大学院修士課程1年次に精読した。大学院では、米文学の泰斗・細入藤太郎先生(ほそいり ・とうたろう;当時立教大学教授)が非常勤講師として出講しておられたので、先生のお許しを得て、1年間、先生のもとで米文学を学んだ。教科書はC. Brooks & R. P. Warren: The Scope of Fiction (New York: Appleton-Century-Crofts,1960)だった。これはUnderstanding Fiction の簡易版(1943)だったようだが、35人ほどの著名な英米作家の短編をジャンルごとに集めたもので、私はこれによって、短編の面白さ、その読み方などを知った。各作品の末尾に“Interpretation”と題した5、6頁から成る解説と設問とが用意してあり、各作品の味読法や理解度の確認法が書いてあった。じつに親切な本だった。写真(右2葉)に写っている赤鉛筆のチェックから判断して、1年間で主だった作品はほとんど読み終えたようだ。

 その中でも、アメリカのRing Lardner (1885–1933)の短編Haircut に格別に興味を引かれた。細入先生ご自身が『ラードナー短篇集』(研究社小英文叢書)と題した注釈本を出しておられたので、私はそれを入手し、ラードナーの面白さに“のめり込んで”行った。同書にはHaircut, and Other Stories という英文名が添えられていた。Lardnerという作家はF2、もともと新聞のスポーツ記者だった人だから、短編作家になってからもスポーツを題材にしたものが多かった。

 細入先生からの影響と、本来の専攻研究とが融合したのだろうが、修士論文ではRing Lardnerの作品に多数の実例を求めながら、アメリカ英語に観察される言語的保守性特に、アメリカ中西部におけるエリザベス朝期の英語の名残りを論じた。ちなみに、細入先生は『アメリカ文学史』(培風館、1960)という膨大な米文学史を著しておられる。

 後日、私が法政大学の専任教員になり、非常勤講師として、相模女子大学(神奈川県相模原市)の英文科で英語史などを担当した際に、学生時代から私淑していた佐瀬順夫先生に直接お会いすることになった当時、先生は立正大学を定年退職なさったばかりだったと記憶する。先生は同大で英米文学史を講じておられた。講師控室で初めてご一緒した際、先生の『要説英文学史』、『要説アメリカ文学史』の2点を“英米文学の師”としたことをお話し、後日、同2書に先生のサインをいただいた。それぞれに、次のような言葉を添えてくださった。

本書が先生のよいPartnerとなり得たことを光栄に存じます。
                                            May 22, 1980 佐瀬順夫

緑の学園で先生とお目にかかることの出来たえにしをうれしく存じます。
                                            May 22, 1980 佐瀬順夫

 先生は私が初めてお会いした年(1980[昭和55]年1月)にご労作『ピルグリム・ファーザーズの足跡』 (松柏社)を上梓しておられたから、そちらにもサインをいただいた。それには次のようにあった。

To Prof. K. Yamagishi
    It is very hard to be natural.― R. Tagore
                                             Writ by Yukio Sase
                                                               May 22, 1980

 先生が、インドの詩人タゴールの言葉を引かれたのは、先生が東大生だった頃、タゴールの講演で接したその言葉が終生心に響いていたからだと、後日、教えてくださった。30数年の年月を経てなお、佐瀬先生との出会いは不思議な「縁(えにし)」だったと思う。会津藩士の血を受け継いでおられたようで、穏やかな中にも、いつも凛とした立ち居振る舞いをなさる、本当に立派な方だった。合掌。

 かの吉川英治は「我れ以外みな我が師也。」という言葉を残している。我が来し方を振り返ってみても、それを実感する。私が教えを請うた諸先生は、今は幽明相隔ててしまわれ、もうどなたもこの世にはおられない。私の先輩方の相当数も同様だ。次は当然のこととして私の番だ。どのくらいの時間が許されているのかは、神ならぬ身には知るよしもない。だが、その日が来るまで、願わくは健康でいて、これまでにそうした諸先生・諸先輩から学んだことを凝縮し、結晶化し、私が関係する英語辞書の中に注ぎ込んでおきたいと思っている。私が辞書編纂作業以外にも、私のホームページや本ブログで大量の文章を書く所以だ。日暮れて、道なお遠しの感は否めないのだが…。

【後日記】佐瀬順夫先生に関しては、その後、こんなことを書いた。

英米文学と私(続)

J学部を終える頃からアイルランドとイングランドとの関係史に興味を持つようになった。アイルランドの歴史に興味を持つと、今度はそれがアイルランド人のイングランドへの移民、アメリカへの移民などにも拡がり、更にはアイルランド英語にも拡がった。P.W. Joyce: English As We Speak It in Ireland (1910) の存在を知り、それをむさぼるように読んだのも当然の成り行きだったろう。同書はアイルランド英語を知るには必携書の1冊であり、私にとってはバイブル的存在だった。この頃の勉強が、その後、アイルランド作家George Moore (1852-1933) の短編集The Untilled Field (『未耕地』、1903)を元に作った2点の大学用英語教科書The Wild Goose (八潮出版社、1976)、The Exile And Other Short Stories (政文堂、1976)の注釈作業に結集した。両書とも、都留信夫・明治学院大教授(当時)、藤森一明・明治学院大教授(当時)との共同作業だったが、注釈の下原稿は全て私が準備したものだった(今、読み返すと赤面の至りという箇所も発見される)。

 その後、「Irish English American English」と題した小論考をアイルランド研究誌「エール」(第4号)に寄稿して、アメリカ英語に及ぼしたアイルランド英語の影響に言及した。そこでは、かの Charles Dickens1812-1870) が、1842年にアメリカを旅行した際、ボストンのホテルでウェーターから言われたRight away?の意味を解しかねた事実や、その句がじつはアイルランド英語起源らしいことを R.H. Thornton:
An American Glossary に根拠を求めながら紹介している。

 聖書(「コレヘトの言葉」3)には「
天の下のよろずのことに期あり、よろずの業に時あり(To everything there is a season, and a time to every purpose under heaven.) とある。これまでの人生を振り返って、その真実性を痛いほど感じる。学ぶに時あり、学びしことを活かすに時ありだ。英和辞典と和英辞典の編纂作業に従事するようになってから、若い頃、必死になって勉強・研究した成果がいつも私をしっかりと支え、私に大きな自信を与えてくれた。

 そんなわけで、一人でも多くの若者が、上記したように、時代という確かなフィルターを通って来た文学作品に興味を持ち、それを熟読する習慣を身に付けて欲しいと願う。(続く)

英米文学と私

英文学、米文学を専攻する学生が少なくなったようだ。私が勤務する大学の学科は“英米語学科”という名が示す通り、英米文学を専攻する学生を対象にしていない。選択科目としての英米文学が用意されている程度だ。しかし、個人的には、英米文学(を初め、英語圏文学)を読む学生、専攻する学生がもっといて欲しいと思う。時代という確かなフィルターを通って来た文学作品をじっくり読むことは、英文解釈力を付け、英語文化や英語圏人の物の考え方・感じ方を知る上で必須のことだ。


 私自身は学部時代から大学院時代に、専攻としては英語学・言語学を選んだが、英米文学の著名な作家とその作品はほとんど読んだし、文学専攻の先生方の授業にもきちんと出席した。個人的経験に基づいて言えば、以下に記す通り、私の研究上の興味は様々な方向性を持ったが、後日、辞書作りに計り知れない恩恵を与えてくれたものの中には、学生・院生時代に読んだ文学作品や、それを理解するためにひも解いた多種多様な辞書・参考書の類いもあった。S

 友人の一人がJohn Milton (1608-1674)を専攻していたことに刺激されたのかも知れないが、著名な叙事詩
Paradise Lost (「『失楽園』、1667)は、学部の4年次終了頃までには一通り読んだ。とは言っても、聖書、とりわけ「創世記」に関する知識が欠如していたこともあって、その理解には終始大きな困難を感じた。これによって、英文学、広く言えば英語を理解するにはキリスト教への深い理解が不可欠だということを実感したこの頃の学習が、後年の英和辞典作りに大いに役立ち、それらの“一大特色”として結実することになった
 
 William Shakespeare (1564-1616) の作品のうち、四大悲劇(
Hamlet, Othello, Macbeth, King Lear ) はかなり熱心に読んだ。これは、『シェイクスピア四大悲劇の鑑賞』(法政大学出版局、1964)で博士の学位をお取りになった本多顕彰先生の影響だと思う。シェイクスピア研究を専門としない私に一番有益だったシェイクスピア文法書はE. A. Abbott: A Shakespearean Grammar (1869)だった。当時、千城書房からその復刻版が出ていて、私はそれをむさぼるように読み、数え切れないほど何度も引いた。エリザベス朝期の英語と現代英語との具体的な違いを教えてくれたのは同書だった。

 シェイクスピアの作品の中で一番短い劇である
The Comedy of Erros (『間違いつづき』)は“面白い”と思った。私が「限度を超える、度を超す」の意味のbreak the pale という慣用句を覚えたのも同作品(21場)においてだ。break the pale がなぜ「限度を超える、度を超す」の意味になるのかに大いなる興味を覚え、研究社及び冨山房の『英和大辞典』やOED Oxford English Dictionary )を丹念に引いた。それによって知ったのが、pale が「(柵用の先の尖った)杭」という意味であり、アイルランドのthe English Pale (イングランド領域)に用いられているそれであるということだった。また、文字通りには「杭の向こうに」の意味であるbeyond the pale が、なぜ「(安全・保安などの限度を超えて」とか「常識から外れて、無作法に」など、比喩的に用いられるようになったのかも学んだ。(続く) 

「単純なミス」でいいのですか?

NHK松山放送局は今朝、愛媛県内に放送されたニュース「おはようえひめ」で、「窃盗の疑い 愛媛大学教授 逮捕」と誤った字幕を約2秒間流したそうだ(出典こちら)。同局によると、西瀬戸自動車道でのイベントを紹介するニュースを放送中、職員の操作ミスで、テスト用に作っていた字幕の一つを流してしまったらしい。

 同番組内と正午のニュースの最後に、アナウンサーが「全く架空の内容で、字幕のような事実はありません。おわびします」と謝罪し、同放送局広報事業部でも、「単純なミスで、字幕のような事実はなく、申し訳ない」と説明したらしいが、実在する大学の名を出しているのだから、“全て架空の内容”“単純なミス”で片付けるには“リアル”過ぎるだろう。

 大事に至らなかったから良いようなものの、そうでなければ、同大関係者(教職員・学生等々)にとって、そのイメージダウンを恐れなければならなくなったかも知れない。“全て架空”と言うのなら、何も実在する大学、それも地元の大学の名などを使わずに、「窃盗の疑い お粗マツ放送局員 逮捕」とでもしておけばよかっただろうに…。

「すこし愛して、なが〜く愛して」(Love me little, love me long.)のこと

love先日、某所で私の年代の男性たち数人がお茶を飲みながら、故・大原麗子(1946-2009) が“サントリーレッド”のコマーシャルで言った「すこし愛して、なが〜く愛して」というキャッチコピーの話をしていた。「あれはイギリスの諺が元になっているらしいね。」という声が聞こえて来た。
 その通りだ。エリザベス朝期のイギリスにはすでにあったLove me little, love me long. が元だ。さらに正確に言えば、諺としてのLove me little, love me long. は、John Heywood (1497?-1580?) が編んだ諺集に収録されている。当時の著名な劇作家クリストファー・マーロー(Christopher Marlowe; 1564-93)が書いた『マルタ島のユダヤ人』(The Jew of Malta,1589 or 1590) の4幕6場にも出て来る。
 いずれにせよ、Love me little, love me long. すこし愛して、なが〜く愛して)という響きの良い文句と、大原麗子という名女優とのコラボが生み出した優れたコマーシャルだったと言えるだろう。

【付記】Love me little, and love me long.のように接続詞のand を入れる場合もある。

今日も城ヶ島の温泉に行って来た。

J城ケ島のいつも行く某ホテルの温泉に今日も行って来た。車を停めておくのもいつもの干物屋さんY商店の駐車場。それからいつものように同店で茶菓を頂きながら、御歳92になる“看板娘”と世間話を楽しんだ。次は今日の会話の一部(前後を省略する)。

私:おばあちゃんは、今でもいい顔立ちをしてらっしゃるから、若い時は「ウグイス鳴かせたこともある」っていう文句がぴったりの娘さんだったでしょ?
“看板娘”:そうでもないけどね〜。あっはっは〜。
私:おばあちゃんは何人きょうだいでしたっけ?
“看板娘”:わたし? 11人。わたしは上から2番目。私と一番下の妹のふたりだけになっちゃったのよ。あとはみんな死んじゃった。わたしは体が丈夫だったからね。これまで風邪を引いたことは一度もないのよ。この前、一度引いたけどね。それまでは全然風邪引いたことないのよ。
私:でも、長い人生、いろいろなご苦労があったでっしょ? 「花も嵐も踏み越えて」っていうような感じで…。
“看板娘”:ああ、「愛染(あいぜん)かつら」ね。そうね、いろんなことがあったねえ…。

 と、まあこんな調子だ。左耳が遠いらしく、できるだけ右耳にこちらの声を届けなければならない点を除けば、あとはいたって会話の流れがいいし、“乗り”がいい。何よりも、私の質問への応答が素早い。92歳にしてコミュニケーション(意思疎通)の図り方が巧みなのだ。これにはいつも感心させられる。

 この会話に出て来る「ウグイス鳴かせたこともある」とか、「花も嵐も踏み越えて」とか、「愛染かつら」とかといった言葉の意味は今の若い人たちにはまず理解出来ないだろう。十分なコミュニケーションは、“看板娘”と私との会話の流れを見れば分かるように、「愛染かつら」正確にはこれは映画の題名で「花も嵐も踏み越えて」で始まる歌の題名は「旅の夜風を含め、相手が発する言葉の意味内容をきちんと理解出来ることを前提として可能になるものだ。

 私はそういう会話を楽しみたいと、いつもY商店に立ち寄る。しかも、お上さんは何やかやと我が亡き妻のことを話題にしてくれては、私や私の子供たちを喜ばせてくれる。私たちにはそれが何よりも有難く、かつ嬉しい。お上さんは50歳だった妹さんを肝臓癌で亡くしたそうだから、膵臓癌で他界した私の妻のことを他人事とは思えないのかも知れない。

 今日も帰り際には、私たち小さな家族が好きな魚の干物をあれこれと買い、お上さんからは野菜その他の“お土産”をたくさんいただいた。小雨に煙る城ヶ島はとてもロマンチックだった。

「剣が峰」「けんが峰」「つるぎが峰」

Fujiある人がある場所で、「我々は今“つるぎが峰”に立たされている」と言った。“つるぎが峰”? 私には、それが“(けん)が峰”のことだとすぐに分かった。


 「剣が峰(けんがみね)」は、有名なところでは富士山の山頂部の最高峰をいうが、その他、日本にはあちこちの山に同名の場所がある(例:北海道駒ヶ岳、乗鞍岳)。みな、最高峰、山頂という意味だ。相撲では、土俵の円周を作る俵の上面のこともそう呼ぶ。一般的には、比喩的意味Sumoで、「ぎりぎりの瀬戸際」のことだ。だから、「剣が峰に立たされている」と言えば、「ぎりぎりの瀬戸際に立たされている」ということになる。

  ”を「つるぎ」とも読むために、某氏は“剣が峰”を「つるぎが峰」と間違えて覚えたまま今日に至っているのだろう。こうした間違いは、書かれた文章では、それが「剣が峰」と表記されている限り発見のされようがない。だが、ひとたび“”として発せられると、その誤読は語感の鋭い人たちからは容易に気付かれてしまう。勘違いや記憶違いは誰にでもあることだが、ひとたびそうしたものを身に付けてしまうと、自分ではなかなか気付けない[気付かない]ものだ。私にもそうしたものがあって、あるいは憫笑を買っているかも知れない。

「時間」と「時刻」

指定のに集合」という日本語を見て「」印のところに「時間」を入れるか、それとも「時刻」を入れるか。Google検索の結果から言えば、圧倒的多数の人たちが前者を入れる。「指定の時間に集合」と「指定の時刻に集合」とを検索に掛けた結果、前者は約389,000 件もヒットしたのに対して、後者は何と9件しかヒットしなかった。私は、指定の時が、たとえば午前11時ちょうどなら、少数派だが、時刻」を入れる。

 確かに、「時間」にも「時刻」の意味があるし、国語辞典にもそう書いてある。だが、個人的には昔から、「時間とはと時刻の」、「時刻とは移りゆくんだ瞬間的な1」というような区別に慣れていて、ついつい使い分けてしまう。つまり、前者は“線的”なものであり、後者は“点的”なものだという認識で来ている。

 

   Google検索の結果をそれぞれ3例ずつ挙げておく。

 

*ツアー当日. 体調を整えて、指定の時間に集合してください。時間には余裕を持ってお越しください。

*入金確認後、ツアー案内書をお送りします。 あとは出発当日、指定の時間に集合場所お越ください。

*見学当日は,指定の時間に集合場所へお集まりください. 

 

*試験当日は受験票を持参し、受験票に書かれた指定の時刻に集合してください。指定の時刻を過ぎると受験はできません ...

*パスポートとその参加承諾メールを持って指定の時刻に集合場所へ行きます。
*原則として、ツアー参加を希望しているのにもかかわらず指定の時刻に集合場所にいらっしゃらなかった場合は、当日キャンセルという扱いになります。

 

 個人的には、9件しかヒットしなかったほうの言い方、つまり「時刻」が気に入っている。

 

 ちなみに、「開始時間は」「開始時刻は」で検索すると、前者は約 40,200,000 件、後者は約1,550,000 件がそれぞれヒットした。この場合も私は後者を好む。

「蝶々」の歌の“遊ぶ”とplay

 b先日英訳した「蝶々」の訳語に関して、院生の一人から質問を受けた。要所は以下の通り。

 

とまれよ あそべ あそべよ とまれ」の個所の英訳がRest on them, circle them, / Circle them and rest on them.となっていますが、「あそべ」にplayではなくcircleがあてられているのは、何か、特別な理由があるのでしょうか。

 

 良いところに気づいたと思う。日本人英語学習者なら、おそらくその多くが、「あそぶ(遊ぶ)」にplayをあてるだろう。「今度の日曜日、うちに遊びにおいでよ」をCome to play [Come and play ] at my house next Sunday.というような英語を書いたり話したりする傾向が強いのも、「遊ぶplay」と覚えてしまった結果だろう(正しくは、Come and visit me next Sunday. / Come and see me next Sunday. / Drop by my place next Sunday.など)。

 その例を示して、「もう少し、考えなさい。何にでもすぐに私が解答を示すというのは、大学院生たる君のためにならないから。」と言って、私がplayではなく、circle を用いた理由については、同君への宿題とした。そんなわけで、同じことを私のゼミ生諸君、他の院生諸君(および本ブログ読者諸氏)への宿題としたい。

「アメリカ人は…」という言い方

今、ある人の異文化コミュニケーション関連の本を読んでいる。その中に、次の一文が出て来る。

日本人の声はとても小さい。女性の声はさらに小さい。45人しか入らない狭い教室内で、大学新入生に氏名を一人一人言わせる。声が小さくて、名前が確認しにくいことがある。それは女子学生に多い。(中略) ところが、アメリカ人の声は性別に関係なく、よくとおる。英語には、破裂音のように息を強く出さなければならない音が多い。(以下省略)

 確かにこれは一般論としては正しいだろう。だが、「アメリカ人の声は性別に関係なく、よくとおる」というのは、私の知る限り、経験した限りでは正しくない。もう最終授業は終了したが、今年度1年間教えたクラスの1つに、アメリカ人男子留学生が一人いたが、同君の声は、クラスで一番声の小さいグループに属した。アメリカ人学生によくあることだが、質問の回数は極めて多かった。だが、同君が何かを言うたびに、私は聞き返すか、同君が座っているところまで行って、同じ質問を繰り返してもらわなければならなかった。声の質も「よくとおる」ものではなかった。

 日本人の中には、しばしば、「アメリカ人は」と、全てのアメリカ人を指しているかのような言い方をする人がいるが、これは少々危険な言い方だ。アメリカ人と言っても(日本人と言っても)、それこそいろいろな人たちがいる。せいぜい、「一般的に言って」とか「…の[する]傾向がある」とか言うに留めるほうが良いだろうし、またそのほうが正確だろう。

【後刻記】上掲の同じ著者が、別の所で以下のように指摘していることに、後刻、気付いた。人間の書くことには、時々こうした矛盾が生じることがある…。

 日本の子供達を教える立場にある人が、大変複雑で、大変多様なアメリカ人を、簡単に一般化して紹介することは、国際理解教育を押し進めるどころか、マイナスの国際理解教育を促進しかねないので、注意したいものだ。

「義理の父[母]」とfather[mother]-in-lawのこと

c英語で、「夫あるいは妻の父[母]」のことを“father[mother]-in-law”と言い、それを直訳すれば「法律上の父[母]」であることぐらい、少し英語を勉強した人ならたいていは知っている。そして、多くの日本人は、その直訳を通して、つまり“日本人的感覚”で、その英語表現の印象を述べるだろう。たとえば、次のような言葉にそれがよく表われている(ウェブ上にある文章から借用して来たものだが、“コピペ”して検索すれば、その出所は容易に探れるので、ここではそれを省略する)。5例だけ挙げておく。

1.夫のママ。 いわゆる姑さん。 英語ではMother-in-law といいます。わざわざ「法律上の」ってつけるのが冷たい感じがするので、私は人に紹介するときもMy Momって言っちゃうときあります。
2.一方英語では、義理の父のことをfather in lawと言います。母なら当然mother in lawとなり、直訳すれば「法律上の父・母」。「義理の」と言う日本語に比べて、冷めているというか、ドライな印象を受けます
3.法律上のお母さんなので、正しいけど何か違和感ですね。お教室が終わると、世間話を英語でするのですが、mother-in-law というとおしゃれなかんじで笑えます(笑)
4.日本語は"義理の"ですし、英語なんて"Mother in law 法的な母"なんて言い方で、なんだかドライな感じがします...
5.ちなみに、英語で義理のお父さんは「father in law」といいます。 法律上の父って、なんだかちょっと寂しい響きですよねー。 あ、でも義理の・・っていうのも実は寂しい響き??

 こうした発言を読んでいると、日本人が「法律上の」という言葉自体に“敏感に反応しているらしい”ことが窺える。そしてその場合の法律とは、おそらく近代日本において整備された法律を念頭に置いて言っている。したがって、頭の中には「民事婚」 (civil marriage) のイメージが出来上がっているものと思われる。

 だが、英語の -in-law は、by blood(血縁による)と区別するために、14世紀頃から存在した語であり、歴史的には、カトリック教会が「カノン法」(Canon Law)に基づいて承認する公的婚姻関係に言及する際の語だ(canonとは「教会の法規」を意味する)。要するに、この-in-law in canon lawカノン法上の)の短縮語なのだ。したがって、現代の我々が理解している(すなわち日本人に馴染みの)「民事婚」つまり“世俗婚”よりも古い、人びとの信仰心が厚かった時代からあったものだ。

日本語の定義と語法に関するメモ

d昨日は、大学院博士前期課程(修士課程)の最終口頭試問があった。中国人女子留学生二名の副査を務めることになっていたので、両者から前以って提出されていた仮製本の論文を精読して試問に臨んだ。二名とも2年間の研究成果をきちんと反映させた論文を仕上げていた。結果的には、Aさん、Bさん、それぞれの論文の日本語に4、50か所の加除修正を施して、本製本の際にはそれらをきちんと訂正するように伝えた。

 

 日本語の多くの問題点は日本人院生にも発見されるものだった。具体例で示せば、Aさんが作成した、アンケート調査の質問の日本語にあった次のようなものだ。

 

日本語を勉強してどのぐらいになりますか?

1年未満  1年以上2年未満  2年以上3年未満  3年以上4年未満

 

 この質問にある「未満」の使い方のおかしさ(=誤用)にすぐに気付けるだろうか。次のような例はどうだろう。Bさんが書いたものだ。下線(山岸)を施した個所の日本語が不自然だ。

 

※また、教室などで多くの生徒たちに練習させたい時にも勧めである

※…正確な音の把握に力点を置くので、聞いた後、意味はよく分かっていない、と言うことがあっても気にしないで結構である

 

 間違いは、何も院生だけではない。院生が引用した、れっきとした“日本語学者”のものにも発見された。次はAさんが、英語由来のカタカナ語の定義をする際に、傍証を固めるために引用したX氏の著書(1998年発行)からの例:

 

「リストラ」、「セクハラ」、「CM」など、単純借用によるカタカナ語やアルファベットを用いて、日本人が独自に作り出したカタカナ語を和製英語という。」

 

 残念ながら、この定義は定義として“不正確”だ発行年以降、日本語関係者の間で、何の問題にもならずに今日に至っているのだろうか。幸いだったのは、この定義の引用が、Aさんの研究成果にこれと言った影響を及ぼしてはいないことだった。仮に、この定義に基づいて“和製英語”に関する論文を書いた院生がいたなら、時期的にみて甚大な被害が出ていただろう。これが若い研究者の間に“定着”していないことを祈る。そのどこがなぜ間違っているか、いつものように、私のゼミ生・院生諸君(および本ブログ読者)への宿題としたい。

【付記】「和製英語」に関しては、私が関係した和英辞典の「和製英語」の項にかなりのスペースを確保して説明している。

Eric Partridge: Comic Alphabets (1961) のこと

p書棚の片隅においてあったEric Partridge著Comic Alphabets: Their Origin, Development, Nature (Routledge & Kegan Paul, 1961)に久し振りに手を伸ばした。今から44、5年も前、大学3、4年の頃に、神田の某書店で買ったものだ。Partridge (1894-1979) と言えば、俗語辞典の最高峰に位置するA Dictionary of Slang and Unconventional English(初版 1937)を編纂した人として知られていた。私が大学生の頃にはすでに、それまでの1巻本が2巻本となっていた。学部時代から大学院時代に掛けて、同書には計り知れないほど世話になった。また、著者には何度も私信を通じて俗語に関する教えを乞うた。そのたびに、懇切丁寧な返事をもらった。

 そのPartridge の本だし、面白そうだと思って、同書を買ったのだったが、正直なところ、当時の私の英語力では同書の内容の半分ほども楽しむことができなかった。だが、言葉の面白さだけは分かったような気がした。

 その中に、今でも面白いと思う頁がある。J H Lというイニシャルで An Alphabet (1871) という本を書いた人に言及した個所だ。同書の裏表紙には次のように記されているらしかった。

   A Beautiful Collection, Delightfully
   Etched, Finely Grouped, Highly
   Imaginative, Jestingly Knavish,
   Ludicrously Mischievous, Notably
   Odd, Peculiarly Queer, Recreative,
   Sensational, Tittering, Unquestionably
   Volatile, Whimsically XYZite.

 何と、各語頭にアルファベットのからまでを順次あしらって同書の内容を簡潔に説明しているのだ。これを和訳しようとして失敗した形跡がある。当り前だろう。その頃の私の翻訳能力で、巧みな和訳などできるはずがなかった。さて、今ならどう訳すだろうかと考えてみた。英語では、からまでを上手く並べているのだから、日本語でも何らかの特別な工夫を施さなければ面白味は出ないだろう。完成させるのに少し時間が掛かりそうだが、是非やってみよう。我がゼミ生・院生(それに本ブログ読者)にも勧めたい。

剽窃(ひょうせつ):「浜辺の歌」の英訳の場合

剽窃(ひょうせつ)」とは、「他人の作品・論文をあたかも自分のもののように装って公表すること」である。英語ではplagiarism という。要するに、“盗作”のことだ。昨日言及した「仰げば尊し」の場合は私の英訳を“改変”したものだったが、今日言及する「浜辺の歌」の場合は、私の1、2番の英訳(こちら)はそのままにして、3番として誰かが自分の訳を勝手に付加して公表しているものだ(こちら)。私による1、2番の英訳と、誰かによる3番の英訳とを比較すれば一目瞭然だが、英訳の仕方が全く異なる。つまり異質だ。中国人によるものらしいが、私は中国語が理解できないので、今のところ苦情の持って行き方が分からない。ここのところ、日本の歌(とりわけ童謡・唱歌)の英訳作業を楽しんでいるが、その延長線上で、そうしたことにも目が行って、偶然に発見したものだ。ほかにも類例があるだろう…。

【付記1】こちらにはテキサス大学オ―スチン校の音楽の先生(Michael J. Holderer氏) が、拙訳「赤とんぼ」を使用して、日本(人)の歌の特色を論考しているが、こういう利用法が私が考える望ましいものだ。自賛になるが、この引用は、拙訳が英語圏の専門家の論考にも耐え得るものであること示していると言ってよいだろう。
【付記2】訳者名が適切に表記されている例:「四季の歌」、「上を向いて歩こう」、「故郷(ふるさと)」、「早春賦」、「こいのぼり」、「星影のワルツ」、「紅葉(もみじ)」その他省略。

剽窃(ひょうせつ):「仰げば尊し」の英訳の場合

以前から私は日本の歌を英訳し、それを一般公開している。その引用・利用に当たっての条件は、「訳者名(私の氏名)を表示すること」という、たったそれだけのことである。このことは日英両言語できちんと表記している。だが、世の中にはそれを無視するどころが、無断で改変・改悪する人がいる(こちら→参照)。昨日もたまたま「仰げば尊し」の“利用状況”をチェックしていたところ、以下に示すような例が見つかった(書いた本人の氏名・ハンドルネームも分からない)。あちこちの語句を変えているが、私の英訳がもとになっていることは一目瞭然だ。余りにも姑息(こそく)だ。

 
私の訳にはある“思い”があって、原詞とは少々異なっている個所があるから、どう手を加えられても、すぐにそうだと判断がつく。こういう行為は明らかな「剽窃」(ひょうせつ
plagiarismであり、まぎれもない違法行為である。今のところ、当人に連絡のしようがないので静観しているが、そのうちきちんと手を打つ必要が出て来るかも知れない。

 これはほんの
1例である。私の英訳はできるだけ多くの人たちにその存在を知ってもらいたいと思って一般公開してはいるが、こういう利用の仕方だけは到底看過できない。以下に、この“剽窃”がどれほど卑劣なものかを証明する。ローマ字書きの原詞の次の青文字の行が剽窃箇所であり、緑色が剽窃者による改変だ。赤字で示した行が元々の私の英訳だ。(剽窃者によるローマ字書きの間違いもそのままにした。)


Aogeba Totoshi (Song of Gratitude)


Aogeba toutoshi wagashi no on
How fast time flies, I cannot believe how quickly the moments have passed,

and how deeply indebted we feel to our teachers

How fast time flies, I can't believe how quickly the moments have passed.    


Oshie no niwa ni mo hayaiku tose
The precious years have come and gone, too soon, here with you in our

"garden of learning"

The precious years have come and gone, too soon, here with you.

Omoeba itotoshi kono toshi tsuki

We have learned from you the right way to do what must be done
I've learned from you the right way to do what must be done.


Imakoso wakareme, iza saraba.

And now is the time to say farewell with an eternally grateful heart.

Now is the time to say farewell, with an eternally grateful heart.


Tagai ni mutsu mishi higoro no on
How close and deep our ties have become
How close and deep our connection has continued to be.

Wakaruru nochinimo yayo, wasuruna
I will always remember your teaching and carry your wisdom throughout my life
I will always remember your teaching and carry your wisdom through my life


Mi wo tatte, na wo age, yayo, hageme yo
And I will always throw out my chest and keep my head held high

And will always throw out my chest and keep my head held high.
.

Imakoso wakareme, iza, saraba.
Now is the time to say farewell with an eternally grateful heart.

Now is the time to say farewell, with an eternally grateful heart.


Asayuu nareshini, manabi no mado
How hard I worked in the classroom from dawn to dusk with you

How hard I worked from dawn to dusk in the classroom with you.

Horaru no tomoshibi, tsumu shirayuki
The season when the fireflies sparkled and the season when the snow piled high

Today I will go out to the world and make a differene there 

Wasururuma sonaki, yuku toshitsuki
And I will never forget the wonderful things I learned from you

And will never forget all the wonderful things I  have learned from you.


Imakoso wakareme, iza saraba.

Now is the time to say farewell with an eternally grateful heart.
Now is the time to say farewell, with an eternally grateful heart.

 嫌なことだが、インターネットの時代には、こういうことは多く起きるだろう。お互い、「引用」(citation)のルールを守りたいものだ。

【付記】こちら(→ほか)では、「仰げば尊し」の私の訳をそのまま利用出来る箇所は利用し、不要な箇所は削除している。また、末尾に、
Goodbye Kalayaan National High School.Goodbye high school life. Congratulations!!!Thank You!!! と付加している。フィリピンかどこかの高校の卒業式らしいが、これも剽窃の1例だ。英語でも書いてある引用に際してのルールに従ってくれさえすれば、訳者としての私は、外国でも通用する英訳であることが証明されたようで、むしろ嬉しいことなのだが、こういう利用の仕方は正直なところ不愉快だ。

【後日記】その後、私は2番をより原詞に近く訳し替えた。新訳はこちら。いずれにせよ、上記の“剽窃”は変わらない。

唱歌「虫のこえ」を英訳した。

k唱歌「虫のこえ」を英訳した。これは、英語圏文化から見ると、大いに“日本的”な歌の1つだと思えるだろう。一般論として言えば、英語圏文化では“虫のこえ”に季節感を抱き、それを聞き分け、歌い分け、さらにそれを“愛でる”という習慣がないからだ。

 昔、私が法政大学に勤務し、国際交流委員を務めていた頃のことだ。もsう35、6年も前のことになるだろう。イギリスのシェフィールドから来た女子学生Aさんが私のところに電話をしてきて、ホストファミリーのうちで、わけのわからない虫が夜中うるさく鳴いていて眠れなくて困ると不満を述べたことがあった。話を聞くと、そこのおばあちゃんが、気を利かして“鈴虫”を竹かごに入れて、軒下に吊して行ったものらしかった。私は、日本人と季節感と鈴虫のことを電話口でしばらく“講義”しなければならなかった(ちなみに、同じその女子学生は“風鈴”もうるさいと言っていた)。

 だが、季節と関連付けて、虫たちのこえを愛でる習慣がないからといって、その歌を英訳しても、英語圏の人々に理解してもらえないかというと、そんなことはないはずだ。むしろ“異質なる物”への興味が湧いてきて、楽しく聞いたり歌ったりしてもらえるものだと思う。

【後刻記】最近では、“虫のこえ”を楽しむ外国人も増えたようだ。こちら(画像)とこちら(“こえ”)に“虫たち”に惹かれたらしい英国人(Birmingham在住)の例があるが、なかなか本格的だ。

turtle、tortoise、かめ

u童謡「うさぎとかめ」の英訳を見た卒業生の一人(中学英語教員)からメールをもらった。以下は質問の要所である。

先生は「うさぎとかめ」の「かめ」をturtleと訳しておられますが、turtleは海がめで、童謡に出て来るかめは陸がめですから、tortoiseではないでしょうか。

 これが日本の英語学習者・教師の間に広まっているturtle、tortoise の違いの一般的解釈だろう。だが、これははどちらかと言えばイギリス英語に当てはまるものだ。イソップ物語の場合も The Hare and the Tortoise で知られている。
 いっぽう、アメリカ英語で「かめ」を表す一般語はturtleであり、日本人が漠然と「かめ)」と言うのに似ている。「海がめ」と言いたい場合には、sea turtle とし、tortoise は「陸がめ」(および淡水がめ)を指している。私の英訳は原則としてアメリカ英語用法に従っているので、一般語としてのturtle を用いている。ちなみに、しばしばペットとして飼われるterrapin と呼ばれる淡水ガメもいる(以前は食用でもあった)。そんなことを同君に返事として伝えた。

唱歌「蝶々」を英訳した。

m今回も時季外れだが、唱歌「蝶々」を英訳した(こちら)。唱歌や童謡を訳すたびに、帰り来ぬ幼かった昔を懐かしく想い出し、胸を熱くする。こういう歌は英語にして歌ってもやはり楽しい。 (「蝶々」に関して興味深い講座があったので一読をお勧めする;こちら

童謡「金太郎」を英訳した。

kまさかりかついで 金太郎 くまにまたがり おうまのけいこ ハイシドウドウ ハイドウドウ ハイシドウドウ ハイドウドウ」 懐かしい童謡「金太郎」の歌詞である。こんな単純な日本語でも(いやそれだけに?)リズムに乗るように英訳するのは一苦労だ。「ハイシドウドウ ハイドウドウ」に相当する英語はGiddy-up, giddy-up, trot, trot, trot! だ。普段は使わない“charger” という語もこの歌を訳す時にはご登場願う。その英訳をいつものように私のホームページに掲載したのでご覧いただき、出来れば歌ってみていただきたい(こちら)。Giddy-up, giddy-up, trot, trot, trot! そう歌うだけでも元気が出るかも知れない…。

「不安がする」という言い方

今どき、「不安がする」という言い方を“おかしい言い方だ”と断じてもほとんど誰も信じないだろう。だから、私もそうだとは断言しない。実際のところ、Google検索に掛けても約50,100,000 件ものヒットがある。3例だけ挙げておく。

※もっとも、大部分の人は、単にそんな不安がするだけだろうと思いますが、思考の非合理性は、自分ではなかなか気付きにくいもの。
※その理由は不明ですが、長旅になると何か行く先に良くないものが待ち構えてるような不安がするせいかも?
※彼女との時間を削ってまで行きたがるところも、なんか元カノが来る可能性がチラつき、 不安がするかも。。

 この言い方は、日常会話では私も使うことがあるが、書く時は、普通、「不安を覚える」、「不安を抱く」、「不安に思う」、「不安である」など、別の言い方を適宜選んで使っている。

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 ̄儻譴砲覆蠅砲い日本語をこう訳す
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D.Graddol著・山岸勝榮訳
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.罅璽皀英語のすすめ
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