2012年11月

academic harassment と power harassment

私は某所で「アカハラ」「アカデミックハラスメント」は“和製”であり、その英訳のacademic harassment は“和製英語”だと書いた。ところが、某氏から、新ウィズダム和英、新ジーニアス和英の2点は、academic harassment を「アカハラ(=アカデミックハラスメント)」の訳語として載せていると教えられた。確認してみると、その通りだということがわかった。

 だが、「アカハラ」「アカデミックハラスメント」の直訳のacademic harassment は“日本発の英語”だと考えたほうが好い。もちろん、「パワハラ」「パワーハラスメント」に対するpower harassment もそうだ。確かに、英語圏の人たちにはよく“理解”できるものだ。だが、ちょっと調べてみれば分かることだが、英語圏の人々が書いたり、話したりする英語には、頻繁には出て来ない。

 そういうことから、和英辞典に何の注記も付さずにacademic harassment やpower harassment を第一訳語として掲載することに私は反対だ

 結論的に言えば、「アカハラ」「アカデミックハラスメント」の訳語としての英語は、"(an) abuse of power and position on campus"が、また、「パワハラ」「パワーハラスメント」の訳語としての英語は、 "supervisor harassment, rankism; (an) abuse of power and position in the workplace"のようなものが好い。ちなみに、私の同僚のアメリカ人(50代後半)は私の示したこの英訳に、I think both of your definitions are correct and accurate. (あなたの示した両語の定義は正確で厳密だと思います)と答えた。

英語とレジスター・クラッシュ

次の英語の動詞10例はそのいずれも日常的あるいはカジュアルなものだが、それらに対する堅い語を充てることができるだろうか。

 1. ask
 2. begin
 3. brave
 4. buy
 5. carry
 6. finish
 7. hasten
 8. get
 9. hide
10. say

 これらの日常的口語は改まった書き言葉や話し言葉では別の言い方をすることが少なくない。たとえば、次のような語が充てられる可能性が高い。

 1. inquire
 2. commence
 3. valiant
 4. purchase
 5. bear
 6. complete
 7. expedite
 8. obtain
 9. conceal
10. remark

 こうした語(句)が集まって文となり文章となって行くのだが、それが守られない英文を「レジスタークラッシュ(register clash)を起こしている」と言う。たとえば、2番目のbeginとcommenceを例に採って言えば、「会議は午後2時に始まるだろう」ならThe meeting will begin at two (o'clock) in the afternoon.でよいが、「会議は午後2時の開始予定です」ならThe meeting will commence at two (o'clock) in the afternoon.がよいだろう。この場合、最初の英文を二番目の日本語に充てれば、あるいは二番目の英文を最初の日本文の対訳文として使えば、それぞれの間に「レジスタークラッシュ(register clash)」が生じることになる。日本人学習者にありがちな問題点の1つだ。

『スーパー・アンカー和英辞典』 第3版 全面改訂版いよいよ発売!

sいよいよ、 『スーパー・アンカー和英辞典』第3版全面改訂版を世に問うことにした。全国の書店には来月中旬に並ぶ予定だ。『スーパー・アンカー和英辞典』第2版以降の私を中心とする編集陣の総力をあげた全面改訂版である。本辞典は、「理想的な和英辞典」を求め続けてきた私の第2版以降の研究成果を紙面の許す限り盛り込んだものと考えていただければありがたい。精魂込めて編纂したもので、「自前の英語」(English of our own) を目指す学習和英辞典である。もちろん、これで満足というつもりはない。これからも「より望ましい和英辞典」を求めて、命のある限り、同様の努力を欠かさないつもりである。

本辞典の特長を述べておく。

1.基本的な特色は旧版をそのまま引き継いでいる(他辞典の真似をしないという方針も本辞典の特色の1つ)。

2.今回は初版、第2版と比較して、情報量を大幅に増やし、結果的に45,000項目を収録できた。日常的な事柄を英訳するのに不自由はないはずである。

3.
最近の語句を追加した。例)アフィリエート、アプリ、再生可能エネルギー、写メ、自炊、就活、シュシュ、B級グルメ、半グレ、風評被害、モンスターペアレント。

4.
日本語の発想で英訳した場合に生じるミスを解説した「直訳の落とし穴」欄、おもに動詞を中心とした語句の決まった結びつきを広く文型ととらえて、中でも汎用性のあるものをまとめた「文型」欄、英訳の手順や注意点を解説した「英訳のツボ」欄という3種の新しい欄を設けて学習者の便宜を図った。

 学習和英辞典は良き学習国語辞典でもありたい、言葉を愛する学習者を育てるのに役立つ辞典でありたい、自国と自国文化をよく知り、よく発信できる学習者を育てるのに役立つ辞典でありたい、そうした熱き想いで編纂した辞典である。江湖(こうこ)に広くお奨めしたい。(こちらも参照)

価格:2,900円、全1,774頁(情報は第2版よりも大増量されているが、紙面の工夫・文字の大きさの変更等により、頁数としては減少した。)

“I feel good.”と“I feel well.”の違い

“I feel good.”は“I feel well.”と同じ意味ですか、と翻訳クラスの某君から聞かれた。あとで英和辞典で確認しなさいと言いつつ、その場では次のように答えた。

“I feel good.”は肉体的にあるいは情緒面で good だと言っている。つまり、幸福感に焦点が集まっている。これに対して、“I feel well.”の場合は「今は病気ではない(not ill)という現状(state)を強調している。だから、両者は同義ではない。

  この説明で良かったと思うが、教室での授業中、あるいは授業終了後にこうした質問を頻繁に受講生から受ける。辞書を編纂していると、学生は私を英語の「生き字引」(walking dictionary) だとして大いに“活用”してくれるから、日頃の勉強を怠るわけにはいかない。

「天皇=symbol=象徴」と白洲次郎

s1s2北康利著『白洲次郎―占領を背負った男』(上、講談社文庫)の中に次のような箇所が出て来る。

翻訳作業は続いた。そもそも天皇がシンボルだというところからして日本語にしにくい。
  「白洲さん、シンボルっていうのは何やねん?」 小畑が次郎に大阪弁で尋ねてきた。
  「英国じゃイギリス国王は国民のシンボルということになってるから、それを持ってきたんだろう。でも日本語ではどう言えばいいのかな…象徴とでも言えばいいのか…。そうだ、そこにある井上の英和辞典引いてみたら?」 
  “井上の英和辞典”とは、大正四年に井上十吉(いのうえじゅうきち)によって編まれた井上英和大辞典(至誠堂書店)のことである。次郎の言葉に従って小畑は辞書を引いてみた。
 「やっぱり白洲さん、シンボルは象徴やね」
 新憲法の“象徴”という言葉はこうしたやりとりで決まったのだ。(210−1頁)

 今、日本人のほとんどは英語のsymbol が日本語の「象徴」にあたるものだということを知っている。だが、敗戦後の日本では、小畑、すなわち、シカゴ大学大学院で英語を学んだ、外務省情報部渉外課・小畑薫良(しげよし)のような人でさえ、すぐには適切な対応語を考えることができなかった。それまで“現人神”として崇められていた天皇が、敗戦後、突然、“symbol”になったのだ。小畑には戸惑いだったに違いない。
 イギリス(ケンブリッジ大学)留学の長かった白洲次郎は上記のとおり、イギリス国王が“symbol”と捉えられていることを知っており、それで「象徴」と言ったのだが、井上の英和大辞典を見ることを小畑に勧めている。その辞典は上に掲載した写真にあるものだ。発行年は上記の会話にあるとおり、大正四年だ。

human の語法

ヨーロッパの某国からの留学生R君がくれたメールの中に“You're the kindest human I've met." という一文があった。褒められたのは嬉しかったが、英語のhuman という名詞の用法がちょっと気になった。もちろん、これは意味の通じる英語だが、human は本来形容詞として用いるもので、human being とかperson とか、要するに「人(=個人)」の意味で用いるのはあまり好ましいものではない。
 このhuman 人をほかの動物と対比する場合に用いることが多い例:Most birds and animals are afraid of humans [human beings].)が、上記のような例では“You're the kindest person [man / professor / teacher]...” など別の言い方のほうが好ましい

「すっくと」と「すくっと」

昨日、言及した楊素秋著『日本人はとても素敵だった』の第6章に次のような文があった。

日本の若い青年たちに声を大にして言いたいことがあります。すくっと【ママ】立って胸を張り、正しいことだったら、堂々と「どこが悪いんだ!」と主張してほしい。

 そこに私が【ママ】という注記を付けた。「ママ」とは「そのまま」ということで、私が“変だ”と思った箇所のことだ。この「すくっと」は「すっくと」とすべきだ。「すっくと」とは、「(意を決して勢いよく立ち上がるようす。また、物に動じないで直立しているようす」(『学研現代新国語辞典』改訂第4版)を表す副詞だ。慣用的な「すっくと」の実例を3例だけ拾ってみよう。 

※若い男性たちが席からすっくと立ち上がった。
※二足歩行ですっくと立ち上がり威嚇するネコムービー3分近くのフルバージョン.
※いつの間にかレイナートが、無頼漢の前に、エミネとアニスを庇うように、すっくと立っていた。

 この「すっくと」を上記の例のように「すくっと」と覚えている人が少なくないようだ。慣用的に誤っているその実例を5例挙げておく。

※けなげにすくっと立っていたあの月見草は、よかった。
※街を歩いていたら傾斜地に大きな松の木が1本すくっと立っていた。
※イセヒカリ、その銘の通り伊勢神宮の御神田が台風による壊滅的な被害の中、二本の稲だけが屈することなく元気にすくっと立っていたそうです。
※プールサイドで順番を待っていたカンちゃんが,ゴーグルを持って,すくっと立ち上が りました。
※ダンディさんはすくっと立ち上がと紫色のロングタイツをパンパンと叩く。

楊素秋著『日本人はとても素敵だった』を読んだ。

y楊素秋(よう そしゅう)著『日本人はとても素敵だった』(桜の花出版、2012年3月21日第2版第3刷)を読んだ。本書は「日本」、「台湾」、「大東亜戦争」といったキーワードで検索していてたまたま見つけたものだった。初版は2003年12月25日とあるから、今から9年ほど前に刊行されたことになる。その頃、私は英和・和英辞典編纂で繁忙を極めていたから、この種の書籍を手に取る暇もなかった。
 台湾人のCさん(女性)が、大学院で博士論文を仕上げるようになり、私がCさんの指導教授に当たっていたことから余計に台湾と日本との関係を知りたくなって、あれこれと探しているうちに本書に出合った次第だ。

 前置きはその位にして、本書の著者・楊素秋さんは日本名を弘山喜美子といい、昭和7年(1932年)に、日本の統治下の台湾台南市で生まれ育った女性だ。お父さん(日本名・弘山清一さん)も大の日本贔屓で、台湾人を抜けきれなかったお母さん(敏恵さん)と共に、著者の性格を形作った人だ。本書は、その帯に「日本人は、日本人であることを大いに誇っていいのです。昔の日本精神はどこにいったのですか! 私はそう叫びたいのです。しっかりして欲しいのです。」と、日本人を叱咤する言葉が並ぶ。

 「はじめに」は「世界で最も美しく素晴らしい日本に住んでいる皆様」(3頁)という表現で始まる。全体は7章から成り、第1章「命の恩人は日本人」、第2章「日本統治時代」、第3章「素晴らしかった日本教育」、第4章「優しい日本の兵隊さん」、第5章「戦後、中国人がやって来た」、第6章「日本人よ、しっかりしてください」、第7章「想い出は永遠に…」と続く。

 第1章は、女学校の入学式に向かう著者が、列車から転落しそうになったのを救ってくれた日本人将校への言及が中心だ。日本の将校が少女時代の著者に如何に優しく接したか、それは著者が同書を「命の恩人は日本人」から始めているところからも推測がつく。その章は「紫色の風呂敷包みを持っていた将校さん、今どこにいらっしゃいますか? どうかこの言葉が届きますように! 私はいつも台湾から『ありがというございました』と心に念じております」という感謝の言葉で終わっているこの日本人将校のことは、第5章の終わり頃にも、「助けてくれた日本人将校さんが私の仕事の原動力」と出て来る
 第2章は、日本による台湾統治が如何に平和的で、台湾人が日本人として扱われることに満足していたかということに終始している。同章は次のようなエピソードから始まっている。

 台湾に濁水渓(だくすいけい)という大きな川があります。この川は、濁った水と清水とが右左に分かれて流れ、どんなに嵐が来ても大水が来ても決して混ざり合わないのです。昔、老人たちはよく言っていたものです。濁水渓の水が澄んだら天下泰平になる、と。そして、その濁水渓の水が、日本軍が台湾を接収しに上陸した時、五日間だけきれいになったと伝えられていました。五日間澄んだので、人々は日本の統治はきっと五十年だろうと噂していました。(48頁)

 こうして、著者は「日本統治の功績」を次々と挙げていく。

 日清戦争に勝利し清国から台湾を接収した日本は、新領土である台湾を素晴らしい島と思い、日本と同じ、いや、それ以上のものを台湾に作ろうとしたように思います。(中略) また、日本人は教育にも力を入れていて、新しい土地に行くと必ず学校を作りました。台湾でも大学から中学校(現在の中学と高等学校を合わせたものに相当)、小学校、幼稚園まで作り、しかも当時の日本よりも立派な建物でした。台湾大学も東大をモデルに作られています。(48−9頁)

 その他、日本統治時代の台湾は安全が保たれていたこと、台湾の植林は日本人の功績であるにも拘わらず、中国人がそれを衰退させたことなどが書いてある。また、父親の清一氏は幼い頃の著者に「お手々つないで」、「夕焼け小やけ」など、日本の歌を教えたことも付言されている。

 第3章では、日本の教育が如何に素晴らしかったかが、多くの実例と共に書かれている。小学校の時の日本人教師が著者に施した人間教育の温もりが伝わってくる一章だ。結果的に、著者に「愛情に溢れた先生たち」、「日の丸は心の中の国旗」、「学童を国の財産と思っていた日本」、「先生への信頼と敬愛」などという、日本(人)賛美の言葉を使わせている。

 第4章では、著者を初め、台湾人に日本の兵隊たちがどれほど優しい人たちであったかが、詳しく書かれている。「日本の兵隊さんは我々の誇り」、「日常的だった兵隊さんとの触れ合い」、「子供に優しかった兵隊さん」といった小見出しを設けて、日本統治下の台湾人の幸せが語られているのが印象的だ。

 第5章では、戦後、台湾は中国の一部だということで、突然、「君は今日から中国人だ」と言われた時の著者の驚きと違和感が書かれている。中国から蒋介石の国軍(国府軍、国民党軍)が台湾に入り、安全が確保できなくなったあたりの例示が面白い。著者は「終戦後さっそく自転車を盗まれた」という小見出しで、「日本時代は、家の戸を閉めなくても泥棒に入られることはありませんでした」と書き始め、日本統治時代のつもりで家の鍵をかけないでおいたら、3台の自転車の中で一番立派な日本製の自転車が盗まれたと続けている。そのほか、中国兵がいかに横暴であったかが書いてある。「日本時代の終焉とともに家が傾く」の項では、「日本時代の取り引きというのは非常に公平だった」とある。ボッたり、ボラれたりすることはなく、公正な取り引きで公正な利益だったと振り返る。
 とにかく、「中国人が、台湾でしようとしたことは、台湾の学童に台湾を忘れさせること」(194頁)だったと言う。歴史の時間になると、「南京大虐殺をはじめとして日本軍がいかに悪いことをしたかを、日本を憎むこと、日本を恨むことばかりを教え」たそうだ(194頁)。

 第6章では、戦後、自信を無くした日本人に、「日本人よ、しっかりしてください。」と激励する。日本が大東亜戦争の際に行った良いことは挙げずに、悪いことばかりをあげつらうのは公平な見方ではないと著者は言う。「弁償という名のゆすりに屈する日本人」(231頁)では、現在の東洋の繁栄・発展は日本人の努力に負うところが大きいにも拘わらず、「日本は四十年も五十年もお前だけが悪いと言われ続け」(231頁)たと著者は言う。「負けた側(日本)がある程度経済的に豊かになると、今度は、『弁償』という言葉のもとにゆすろうとする。これはやくざのやり方です。中国や朝鮮・韓国は、それをずっとやり続けています」(231−2頁)と言う。著者の次の言葉が身に沁みる。

 テレビを見る度に日本の悪口を言ってる朝鮮の人などを見ると、私は憤りに似たものを感じます。不公平だと。してもらった良いことに対しても、なぜありがとうと言わないのか、と。物事の良し悪しは、客観的に判断しなければなりません。良いことと悪いことを一つ一つ挙げていき、悪いことのほうが多ければ、悪いと言ってよいでしょう。(中略) 私は、公平な立場で正しい天秤でもってものを計ってもらいたいのです。皆、あまりにも感情に任せて物事を言い過ぎると思います。自分の感情だけを重く見て相手を軽んずるということは、私には許せないのです。私はよく日本贔屓と言われるけれども、そうではないのです。公平な視点から、「これは悪かった、しかし、これは良かった」と言うようにしています。
(中略) 戦争というものは、負ける者がいて、勝つ者がいる。それはどうにもならないものです。勝者の論理で、敗者を非難するのは、おかしいと思いませんか。(232-3頁)
 
 こうして著者は、今の日本人には、「自信を植え付ける教育が必要」(240頁)だと断言する。また、「台湾で親日感が揺らぐわけ」(237頁)では、「戦後、外来政権でやって来た人間が、あらゆる分野で幹部におさまってしまったからだ」と著者のお兄さんは著者に言ったとある。それは教育界でも同様らしく、彼らは台湾の地理や歴史は全く教えずに、すべて大陸の歴史と大陸の地理だそうだ。その上、「侵略戦争をした日本は悪いのだということを、小、中学生からずっと叩き込んでいる」(237頁)と指摘する。

 今の若い人は戦前のことは何も分かりませんから、教えられたことをそのまま鵜呑みにしてしまい、父親や祖父たちが日本の話をするのを毛嫌いするのです。そういうわけで、親日的であった台湾もどんどん反日になってきてしまいました。(237頁)

 第6章の締め括りとして、「日本人の使命」(261頁)と題して、著者は言う。

 日本の若い青年たちに声を大にして言いたいことがあります。すくっと【ママ】立って胸を張り、正しいことだったら、堂々と「どこが悪いんだ!」と主張してほしい。そういう肝っ玉はどこに行ってしまったのですか。背筋を真っ直ぐにして、昔の日本人のように立ってください。うなだれて歩いていると、自分が惨めになります。誇りも何も捨ててしまって、悪い方にばかり考えていると、自分も嫌になるのではないですか。(261−2頁)

 最後の第7章は、「日本を心から愛していた父との別れ」(266頁)から始まる。著者は書いている。

 大好きだった父、日本を心から愛していた父が亡くなり、日本時代の父との数々の想い出が次から次へと浮かんでは消えていきました。(267頁)

 なお、著者の妹さんのお連れ合いが中国人だったということから、著者のお父さんは最後までその人を好きにならなかったという(ご当人の苗字は孟)。亡くなる時に、「お前はね、あの中国人の孟という人とだけは付き合うなよ」(267頁)と言ったそうだ。
 本書の最後の「日本は私の故郷」(269頁)で、著者は次のように書く。

 日本は私の故郷です。私には日本と台湾、祖国が二つあります。どちらが私の心を余計に占めているかというと、どちらとも言い難い。どちらも同じです。半分半分です。(中略) 日本時代の私にとって、素晴らしい時代であり、私の人生の道標をこしらえてくれたと言っても過言ではありません。私の向かうべき人生の指針を与えてくれました。私の心の中には、いつもとても綺麗な日の丸の旗が翩翻とはためいています。(272頁)

 以上、かなり長くなったが、本書を通読して、日本人のひとりとして、私は自分自身が恥ずかしくなった。戦後の「戦争についての罪悪感を日本人に植え付けるプログラム」(WGIP)にまんまと踊らされた政治家・マスコミ・教師等々の影響で、こうした心ある台湾人が書いたものを一読して反省するというのは、本来ならおかしなものだ。だが、事実だから仕方がない。齢68にもなって、この体たらくである。だが、今からでも遅くはないだろう、命ある限り、愛する母国のために微力の限りを尽くそうと思う。本当に良い本に出合った。一人でも多くの人たちに一読を勧めたい。

【付記】本書は「シリーズ 日本の誇り1」だという。ほかに8点が出版されているそうだ(No.3が現在絶版らしい)。ほかのものも是非読んでみたいと思っている。
【後日記】日本統治時代に少女時代を過ごした台湾人女性の動画を見つけた(こちら)。NHKテレビの捏造・偽善性を着いている。
【参考】こちらにインドネシア独立記念日の動画があるが、インドネシアの独立に日本がどれほど大きく貢献したかがよく分かる。ミャンマー(旧・ビルマ)での日本人観はこちらこちら。インドの場合はこちらこちら。パラオの場合はこちら。トルコの場合はこちら
【後日記】こちらの動画(「国旗の重み 国花編〜台湾の花咲かじいさん〜 」)を見ても、日本による台湾統治が間違っていなかったことが分かる。この動画に登場する王さんは「日本精神」という言葉を使っておられる。

白洲次郎を平手打ちした女性―白洲正子

m白洲正子著『白洲正子自伝』(新潮文庫)は読んで面白い。面白いところばかりだが、中でも、特に面白いと私が思ったのは、白洲正子が白洲次郎の頬を平手打ちしたことを記述した次の個所だ。

そのハッタリ屋を、私はたった一度だけハッ倒したことがある。今でも申しわけなく思っているし、羞(はずか)しくもあるが、生まれつき私は手が早いのである。ことの起こりは些細(ささい)なことであった。私の祖父の悪口を次郎が口走ったのである。当時はまだ明治時代の記憶が濃厚に残っていた頃で、「薩長(さっちょう)の奴(やつ)らがさんざん悪いことをしたんだろう」とか何とか、その程度のことだったが、私の祖父はそういう人柄ではなく、むしろ「薩長のやつら」を抑えつけるのに苦労したことを私は知っていた。「自分が見たこともないくせに、何をいうか」と、思うよりも先に手が出て、次郎の横っ面(つら)をいやという程ひっぱたいてしまった。だいたい自分の目で確かめもしないことをいう人が嫌いだったのと、何しろこちらは示現流(じげんりゅう)の申し子である。そこで相手が手を出せば負けるにきまっていたものを、気迫に押されて次郎は呆然(ぼうぜん)としていた。(199頁)

 日本一格好いい男である白洲次郎の横っ面を(白洲次郎が成人してから)いやという程ひっぱたいてしまった女性など、世界中を探しても、白洲正子を置いて、ほかにはないだろう。本人も言っているように、妻・正子は示現流の達人で島津藩士橋口覚之進、のちの伯爵・樺山資紀(すけのり)の血を引いている!
 橋口覚之進のことについては、正子自身が同書の冒頭で次のように書いている。

 津本陽氏の『薩南示現流(さつなんじげんりゅう)』(1983文藝春秋刊)に、このような逸話がのっている。示現流というのは、薩摩(さつま)の島津藩で行われていた剣道で、その使い手の指宿(いぶすき)藤次郎が、京都祇園(ぎおん)の石段下で見廻り組に殺された。むろん幕末のことである。その時、前田某という若侍が同行していたが、彼はいち早く遁走(とんそう)した。指宿は五人の敵を倒したが、下駄(げた)の鼻緒が切れて転倒し、無念の最期(さいご)をとげたという。
 その葬儀の場に、橋口覚之進という気性のはげしい若侍がいて、焼香の時が来ても、棺の蓋(ふた)を覆(おお)わず、指宿の死顔を灯びのもとにさらしていた。彼は参列者の中から前田を呼んでこういった。「お前(はん)が一番焼香じゃ。さきィ拝め」 ただならぬ気配に、前田はおそるおそる進み出て焼香し、指宿の死体の上にうなだれた。その時、橋口は腰刀をぬき、一刀のもとに首を斬(き)った。首はひとたまりもなく棺の中に落ちた。「こいでよか。蓋をせい」 何とも野蛮(やばん)な話である。が、橋口にしても、前田にしても、そうしなければならない理由があった。(中略) 
 ここに登場する気性のはげしい橋口覚之進なる若侍こそ、何をかくそう私の祖父の若き日の姿である。のちに橋口から樺山へ養子に入り、資紀と称した。ひと太刀で首を落としたのをみると、示現流のかなりの達人で、鹿児島の高見馬場郷中に属していたらしい。(9−11頁)

 白洲正子が自分の祖父に抱かれた写真(上の写真)を同書の表(おもて)表紙に載せ、祖父の若き日の逸話から同書を書き始めているところからも推測できるように、白洲正子という“気性の激しい女性”は祖父・橋口覚之進、すなわちのちの海軍大将・伯爵、樺山資紀譲りといえるだろう。

 その正子は白洲次郎に“一目惚れ”をしている。白洲次郎もまた正子を生涯愛した。その白洲次郎は、別のところで(青柳恵介著『風の男 白洲次郎』新潮文庫、74頁)こう言っている。

 ある時、私の友人は次郎氏から「君に夫婦円満の秘訣(ひけつ)を教えてやろうか」と話しかけられ、是非お願いしますと耳をすましたら「一緒にいないことだよ」と語ったという。

 この“秘訣”のとおり、白洲次郎は正子からその自由を奪おうとはせずに、正子の思うがままの人生を送らせたようだ。自分は自分の人生を謳歌したように。
 二人のことは書物やテレビ映像などを通じてしか知らないが、なぜか身近に感じられる人たちなのだ。それにしても、「横っ面(つら)をいやという程ひっぱたいてしまった」正子の顔、ひっぱたかれた次郎の顔、想像するだけで面白い。

意味の曖昧な記事

昨日、Yahooニュースを見ていたら、「和田アキ子はいったい何様のつもりか 『挨拶するときはサングラス外せ!』と中田ヒデ一喝」という見出しが目に入って来た。これを見たとき、「何様のつもりか 『挨拶するときはサングラス外せ!」と言われたのが和田アキ子で、そう言ったのが中田英寿だとばかり思った。そこで本文を読んでみた。次のように続いていた。

和田アキ子さんの歯に衣着せない発言と傍若無人な振る舞いは有名だが、「これはやりすぎでは」という批判が出ている。和田さんが元サッカー日本代表の中田英寿さん(35)に対し、大観客の前で一喝した、という振る舞いに対してだ。和田さんに挨拶をした際に、サングラスを外さなかったからだそうだ。

 読み進めるうちに、私の予想は完全にくつがえされた。実際は私の予想とは反対に、「何様のつもりか 『挨拶するときはサングラス外せ!」と言ったのは、和田アキ子のほうだった! いつも思うのだが、最近の報道記者の日本語はだいぶ下手になったようだ。全体を読まなければ理解できないような、この種の記事に出合うと、余計その感を強くする。私が記者なら次のように書く。

和田アキ子、『挨拶するときはサングラス外せ!』と中田ヒデを一喝!」 これならどちらがどちらを一喝したのかよく分かるだろう。ちなみに、一喝されたのが和田アキ子なら、表現は「和田アキ子に『挨拶するときはサングラス外せ!』と中田ヒデが一喝!」となるだろう。とにかく、「和田アキ子はいったい何様のつもりか 『挨拶するときはサングラス外せ!』と中田ヒデ一喝」では、私のように誤解がする読者は多いはずだ。自戒したい。

白洲次郎写真集に貼られた“無粋なシール”のこと

S1日本一格好いい男」 これは北康利著『白洲次郎―占領を背負った男』(講談社)の中で著者が白洲次郎を形容した言葉だ。白洲次郎の育った環境、容貌・風貌、学歴、職業・役職、交友関係、結婚相手、衣食住、愛車、占領下の日本で吉田茂と共に成し遂げた大きな業績等々、どの点を取ってもその形容がぴたりの人物だ。「天は二物(にぶつ)を与えず」とはよく言われることだが、白洲次郎は例外的存在の一人だ。

 その白洲次郎は多くの名車(ベントレー、ブガッティー、ランチャ、ハンバー・ホーク、ランド・ローバー、メルセデス・ベンツ、ポルシェ等)を乗りこなした人だが、80歳で乗っていたのはポルシェ911Sだ。『白洲次郎の流儀』(新潮社)と題した写真集にそのポルシェ911Sの写真が掲載されているということを知ったので、さっそく、私の勤務校の売店を通じて発注した。

 それが昨日と到着したのだが、それを手にして、「何だ、この“無粋”は!」と大いに落胆した! ポルシェのそばに立つ白洲次郎の写真は二葉あるのだが、一葉は写真集の本体の中に(写真左)、もう一葉はうしろ扉に掲載されている(写真右)。ところが、そのうしろ扉のポルシェの写真の上には、受注者(TOHAN)が発注者である明海大学の売S2店宛に同書を発送したことを示すシールをべったりと貼っているではないか! しかも、よく見れば分かるように、上下さかさまに貼ってある! 車好きな店員であれば、こんな“無粋”なことはしないはずだ。たぶん、「そんなこと、“ポルシェ様”に対して失礼だ!」とまで言ってくれるかも知れない。シールを貼るならポルシェをよけて貼るべきだ。
 あとで、うまく剥がせるかどうか試してみるつもりだが、こんなシールは“無粋”の一言だ…。

 80歳にしてポルシェを颯爽と走らせる…。これは車好き ― 特に「ポルシェ・ファン」 ― の私の夢でもあるそれまで生きていられればの話だが…。白洲次郎は間違いなく「日本一格好いい男」だ!

In every fault there is folly.― English Proverb
           すべての落ち度の裏には放埓あり―英語の諺

【付記】白洲次郎の写真集では白洲正子ほかによる編集の『白洲次郎』(平凡社)も持っているが、こちらもいい。表紙には白洲次郎がG−パンをはいて椅子に腰かけ、足を組んでいる“格好いい”写真が使われている(こちらにその写真がある)。

「鬼気迫る」と「危機迫る」

あるツイッターが書いたものを見ていたら、次のような1文が目に留まった。

党名「減税日本」を「変えてもいい」と発言した河村たかし党首だが。それにしても最近の河村たかし氏が危機迫っているというか尋常ではない。

 特に、「危機迫っている」という個所に注意を引かれた。文脈から判断して、これは「鬼気迫る」というつもりだったはずだ。「鬼気迫る」は「身の毛のよだつような恐ろしい気配がする」という意味だが、「危機迫る」は「危険が迫る」という意味だ。そのツイッターが添えた河村氏の写真から判断すると、やはり「鬼気迫る」と表記すべきところだ。
 ということで、Googleで「鬼気迫る」の意味を「危機迫る」と誤解して書いている例を探してみた。5例だけ挙げる。

危機迫る形相で振り向くと、弟はお姉ちゃん大好き、と無邪気に笑った。
※帰ってみんなに伝えてほしい」と危機迫る顔(今でも忘れられない)で言った。
※西光たんの経子様への笑顔と踏まれながら話し続ける危機迫る形相とのギャップにやられました。
※「「もがもがあ!(にがすかあ!)」」といいながら危機迫る形相で三十路コンビが迫ってくる。
危機迫る様子というか、頭ぶっ飛んでる様子がとんでもなく伝わってくるわけで。 あの三人の演技を見るだけでも金払う価値あり。

 上記の「危機迫る」はいずれの場合も「鬼気迫る」が適当だと思うが、「危機迫る」もなかなか“捨てがたい”ところがある…。

「原口庄輔先生を偲ぶ会」のこと

h 昨日(11月17日)、午後1時から午後4時まで、御茶ノ水駅近くの東京ガーデンパレスで、「原口庄輔先生を偲ぶ会」が開かれた。あいにくの雨模様だったが、80名の方たちが集い、原口先生を偲んだ。最も長い勤務先であった筑波大学、続く明海大学のそれぞれの関係者、さらに学界・学会の著名諸氏20名が、3部に分かれて、それぞれの思い出を披露した。
 私も5分の挨拶の時間をいただいたのだが、だいぶ時間超過であったらしい。私が紹介させていただいたのは、原口先生当時はMITから帰国された直後だったかも知れないを某英語雑誌の書評欄で初めて存じ上げたこと、某英語・文学研究会の顧問をしておられた筑波大学の故・郡司利男先生明治学院大学から新設の筑波大学に移籍されたばかりだったが原口先生を同研究会にお連れになって、私ども会員にご紹介くださり、それ以降、原口先生とはずっと研究仲間であったこと、2000年4月から、筑波大学に続いて、私の勤務校である明海大学に来られたこと、その直後から毎月1回の割で「明海大学レキシコン研究会」を開催されるようになったこと、2002年には、明海大学を会場に、第6回言語学音声学国際会議(Linguistics and Phonetics 2002)の主催者になられたこと、レキシコン研究国際センター(International Lexicon Reserch Center)その他のセンターの構想を持っておられたこと、明海大学に来られたあとも数多くの科研費・研究補助金を獲得されたこと、私たち大学院担当教員の協力のもとに、日本学術振興会による「博士課程教育リーディングプログラム」に応募されたこと、英米語学科主任を2期4年(2002〜2006)、外国語学部長・大学院応用言語学研究科長を2期4年(2008〜2012)務めらhfれたことなど、明海大学における偉大な業績の一端を紹介させていただいた。割り当てられた5分では到底足りないほどの業績の数々だった。

 次々と「偲ぶ声」を聴きながら、原口庄輔という学者の偉大さを改めて痛感した。最後に奥様がお身内を代表なさってご挨拶にお立ちになった。予定通り、午後4時に閉会となったが、本当に立派な、心温まる「偲ぶ会」だった。この会を主催された発起人の方たちの、原口先生への思いが良く伝わって来る会だった。長年にわたって原口先生の研究仲間・同僚であったことを終生の誇りとしたい。合掌。

【付記】会場には、先生のMIT時代のお写真、学界・学会を中心とする多くの方たちとの幅広い交流を示すさまざまなお写真、従四位・瑞宝中授章等、偉大な先生の来し方を示す貴重な品々が展示された。

森本健成NHKアナウンサーのこと

周知のごとく、NHKの森本健成(たけしげ)アナウンサー(47)が、14日夜、東急田園都市線の渋谷駅・二子玉川駅間の電車内で、女子大学生(23)の胸を触った強制猥褻の疑いで16日朝に送検された。報道によれば、「森本容疑者は、驚いて手を振り払えずにいた女性の胸を11分間にわたって触り続けた」そうだ。動画テレビ朝日系(ANN) 11月16日(金)13時16分配信を見ても、その文字ヴァージョンにそう書いてある。だが、これは日本語がおかしいのではないか? 少なくとも、常識的に想像しにくい状況説明だ。「女性の胸を11分間にわたって触り続けた」などということは考えにくいからだ。それは飽くまでも、“(何やかやと断続的に”ということではないのか。「11分間にわたって触り続け」させていたとしたら、その被害者となった女性も“変態”だとしかいいようがない。いくら「驚いていたとは言え、「手を振り払えずに11分」も、電車の中で、相手の言うがままになるものだろうか? それともその通りなのか? 私はそれはあり得ないと思う。私の推測が正しいとしたら、非常識な女性だと解釈されるような日本語しか書けない新聞・報道記者が悪い。

 日本語の問題は脇に置くが、森本アナウンサーは私の好きなアナウンサーだった。だが、容疑が本当であるなら、当人は酒が入ると人が変わるのかも知れない。これまで営々と築き上げて来たこんにちの立場を一瞬にして失ってしまう。どの世界でもそうだ。私は酒を飲んでも、「飲まれる」ことはない。「人」も変わらない。第一、自分を失うほどの深酒はしない。アポロン神殿の入口に刻まれた古代ギリシアの格言ではないが、「汝自身を知れ」(gnothi seauton)だ。自分の性格などをよく知り、酒癖が悪いと思えば酒の量を加減するとか、喧嘩っ早いと思えば飲酒のあとの他人との口論などは絶対にしないとか、自分で自分をコントロールすべきだ。そんなことを思って生活をして来たお陰で、私は長い間、若い女子学生たちに囲まれた大学教員生活をして来たが、その女子学生たちと問題を起こすことはなかったし、残された、退職までのあと2年4か月間もその種の問題は起こさない

Wo Wein eingeht, geht Scham aus.
       酒が入れば恥が出て行く―ドイツン諺

 【後刻記】その後、処分保留で釈放された由。

ダライ・ラマ14世とチベットの人たち

最近はあまりテレビニュース、新聞記事を見なくなった。そういったメディアが「真実」を報道していないと思われることが少なくないからだ。いっぽう、インターネットの動画サイトのほうが「確かな情報」が得られる確率が高くなっているように思う。
  たとえば、テレビでは、左の動画の映像を見ることはできなかった。これは来日中のダライ・ラマ14世(チベット仏教の最高指導者)が3日前に参議院会館で行った特別講演の模様のダイジェスト版だ。

 安倍晋三総裁が法王に歓迎の挨拶をし、法王から、チベット文化の伝統的スカーフ“カター”(katag)を贈られたのは、きわめて印象的だった。その白い“カター”は「心からの敬意」を意味するものだと言う。その法王だが、その動画の中で、「国会議員、生態学者にはチベットを訪れて、何が起きているかを自分の目で確かめていただきたい。多くのチベット人が焼身自殺をしている。中国政府には、焼身自殺者の原因を調べてくれるように頼んでいるが、地域の役人たちは中央の高官たちにそのことを十分に報告していないようだ。だから、国会議員、報道関係者には、実際に現地を訪問して、現実を明らかにしていただきたい。そのことをいつもお願いしている。」(大意)と強く訴えておられる。

 中国はさっそく、法王の参議院会館で講演会を催したことに、「中日互恵の原則に背いている。」と言って反発したようだ。ちなみに、中国兵士がチベット人に何をしているかをこちらの動画はよく示している。また、彼らが無辜(むこ)のチベット人を遠くから射殺している動画を見ることもできる(こちら)。

 こんなことが出来る中国兵に関して、何をどう言えばよいのか、私にはよく分からない。だが、抗議のための焼身自殺をするチベット人の映像を見るたびに、私は言い知れぬ怒りに体中の血が逆流するのを覚え、多少“平和ボケ”してしまっていた今までの自分に無性に腹が立つ。そんな私だが、私に今、何が出来るのか、何を為すべきなのかを真剣に考えて、何らかの行動を起こしたいと思っている。 

【追記1】この大事な席に、政権についている野田佳彦首相、ほかの閣僚たちの顔が見えない。これが政権にあるものとして、ダライ・ラマ法王に対してきわめて非礼であり、野田氏の行く末を暗示しているように思える。
【追記2】こちらに真言宗の青年僧侶が北九州メディアドームで唱えたご詠歌・三宝和讃の荘厳な動画がある。ダライ・ラマ法王の講演会の際に行われたもののようだ。こうした穏やかな立場におられるのがお似合いの法王が、チベットの人々の焼身自殺や中国兵士による殺害などにお心を悩ませておられる現状はやはり異常だ。

【後日記1】ダライ・ラマ法王の講演をこちらですべて見ることができる。

【後日記2】中国人がウイグル族の幼い男児に暴行を加えている動画(こちら)。

“a couple of”の意味の曖昧さ

m2英語の“a couple of”が日常的には「2、3の」の意味で、どちらかと言えばアメリカ英語で、また「2つの」の意味で、どちらかと言えばイギリス英語で、それぞれが用いられることを知る英語学習者は少なくないだろう。もちろん、「どちらかと言えば」と但し書きをしなければならないように、それは一般論であって、アメリカ英語でも「2つの」の意味になることがあるし、イギリス英語でも「2、3の」の意味になることもある。そのどちらの意味で用いられているかはひとえに文脈による(とは言うものの、イギリス英語では「2つの」の意味になることが多い…)。たとえば、次の用例はGoogleで拾ったものだが、そのいずれの意味か分かるだろうか。

※I drive a Mustang and a Chevy pick-up truck. Ann drives a couple of  Cadillacs, actually.
※They'll have a couple of  new houses by the end of Friday.

 日本人学習者としては、上記の米英語の語法上の違いを知っておくに越したm1ことはないが、「2つ」と明確に言いたい場合には、数詞の two を用いて、たとえば、「彼らはそこに2軒の新築家屋を建てていた」ならThey were building two new houses there.としたほうがよいだろう。They were building a couple of new houses there. だと「2、3軒」と数字が曖昧になる可能性があるからだ。

 同じく、Googleで拾った用例だが、次の例はアメリカ英語(Iowa州のもの)であり、two a couple of の違いがよく分かる例になっている。

With spring beginning, new construction starts up throughout the City. On the west side of Vinton, in the Westridge subdivision, construction is underway on two new houses across the street from each other. We're not sure which house will finish first, but this is a pleasant change from last year's new construction. There were only a couple of new houses built last year mainly a result of the recent economic downturn. Previously, Vinton had enjoyed several years of double-digit housing starts. We see this as just the beginning of a busy year for the City.

ファミレスでの「こんにちは!」(続)

k先日、「ファミレスでの『こんにちは!』」という一文を書き、ファミレスやコンビニで店員から「いらっしゃいませ、こんにちは!」とか、単に「こんにちは!」と声を掛けられることへの私の違和感を表明した。
 その後、学生時代にディズニーランドで3年間アルバイトをしたという某氏(現在は出版社勤務)から、上記の私の文章を読んだということで、メールをもらった。それによれば、ディズニーランドでは「いらっしゃいませ」と言ってはならないそうだ。そこでは、「客」は「ゲスト」、「従業員」は「キャスト」と捉え、双方向的な挨拶表現である「こんにちは」を用いるらしい。

 その後、メールを使って、そこでアルバイトをしたことのある卒業生3名を探し出し、その諸君に上記の件を尋ねてみた。そして、その通りだということが確認できた。
 ひとりの卒業生は、「ゲスト」(=客)との良い人間関係(コミュニケーション)を構築するには、一方的な「いらっしゃいませ」はだめだと教わったと書いて来た。「いらっしゃいませ」と言われても「いらっしゃいました」とは返答できないかららしい。この考え方は私に言わせれば極論で、反論可能なものだ…。同君によれば、客を「招待状を出して招待した訪問者」(=ゲスト)だと考えて、全員に対して大切に接遇することを教わったそうだ。「招待客」から“入場料”を取るというのもおかしな話だし、どこか“詭弁”の臭いもするが、今はそれには触れないでおこう。
 別の卒業生は「いらっしゃいませ」は、店から客への一方通行の挨拶表現であり、「こんにちは」ならば「こんにちは」と返事をすることが出来るから良いと教わったと書いて来た。見ず知らずの人とでも交わせる挨拶言葉、それが「こんにちは」だということだった。私はこれにも反論ができる。
 また3人目の卒業生は、「ゲストを大切な自分の家族や友人だと思って、心から『こんにちは』と声を掛けるようにと教わりました」と書いて来た。だが、(気持ちは分かるが私に言わせれば、それはナンセンスだ。「大切な自分の家族や友人」を相手に、普通の日本人が「こんにちは」などと他人行儀に挨拶することなど、冗談を除いて、あり得ないことだ。同君によれば、アトラクションが夜の設定の場所では、昼間でも「こんばんは」と挨拶するそうだが、それもおかしい。“ごく親しい間柄”でそんな挨拶を交わすことなどあり得ないからだ。

 とにかく、そこでのアルバイト経験のある諸君は全員、立派に“洗脳”された諸君のようだ。もちろん、それが悪いと言っているのではないし、ディズニーランドの挨拶言葉に“注文”を付ける立場に私は居ない。たとえ、その立場にあっても、それは「1,000円からお預かりします」に文句をつけるのと同様、遅すぎることだ。
 ただ、これだけは言っておきたい。ディズニーランドの挨拶マニュアルを実際に見てはいないが、「いらっしゃませ」が一方的で、「こんにちは」が双方向的であり“フレンドリー”であるという考え方がそこに本当にあるのなら、それはあくまでもディズニーランド内部のものにしておいてもらいたい。日本社会はディズニーランドではないのだ…。もちろん、ディズニーランド世代が日本全土にあふれ、日本全土がディズニーランド化するなら話は別だが…。
  
 私がファミレスやコンビニで覚える違和感が、ディズニーランドのその挨拶と関係があるのかどうかは今のところ分からない。専門的に調査すれば、意外と両者の関係が明確になるかも知れない。
 まあ、ファミレスでもコンビニでも、店員が「こんにちは!」と言い、客が「こんにちは!」と応え、両者が“いい気分”“豊かな気持ち”になれるのであれば、それはそれでいいということにしておこう。昔、相良直美が歌った歌の文句を借りれば、「いいじゃないのさ、幸せならば…」というところだ…。

Men are made by nature unequal. It is vain, therefore, to treat them as if thy were equal.―James Anthony Froude
   人は生まれ乍らにして不平等に造られたり、されば彼らを平等なるが如く取り扱うは無駄なり。― J.A. フロウド  

「立ち上げる」という語

 昨日のYahooニュースの目次を見ていたら、「『石原新党立ち上げ」という文字が私の目についた。そこをクリックすると、冒頭に、「石原慎太郎前東京都知事とたちあがれ日本は12日、石原氏を代表とする新党を13日に立ち上げることを決めた。」とあった。
 今どき、こんなことを言うのは気が引けるほどだが、この「立ち上げ」、「立ち上げる」という日本語はどうにかならないかと、いつも不満に思う。もちろん語句や表現は多くの人たちがそれを用いれば、普通の言い方になることは百も承知だ。それでも思うのだが、この語は文法的にも間違っているし、響きも良くない。パソコンの起動行為(例:「ブラウザを立ち上げる」)がその語源のようだが、昨今、非常に多くのことに用いられている。次に、そのうちの10例を挙げておこう。

※支店を立ち上げた時は?
※保育事業を立ち上げたい
※福祉作業所を立ち上げよう!
※自社工場を立ち上げました.
※ベトナムでビジネスを立ち上げている人の話
※法務省:法教育プロジェクトチームを立ち上げました
※10年で23の新規サービスを立ち上げたエス・エム・エス
※レディー・ガガが、ダイエット用の新たな飲料水ブランドを立ち上げるようだ。
※『おいもオールスターズ』というブランド名で下記の2サイトを立ち上げました
※そしてTPP=環太平洋経済連携協定の交渉への参加反対を柱として、今月中にも新党を立ち上げたい考えです。

 こういう場合に「立ち上げる」を用いるようになったのは、前記したように、パソコンの世界からの広がりだろうが、個人的な趣味で言えば、そのいずれも好きになれないものだ。差し障りのある言い方を敢えてすれば、そのいずれも“軽薄”な感じがする。従って、私個人はそれを使用しないように努めている。私なら、パソコンの場合は、「起動する」、他の場合は、「設立する」、「創業する」、「開業する」、「開店する」、「結成する」、「組織する」、「準備する」、「起業する」、「(おこ)」などを適宜用いる。
 上記のYahooニュースの場合であれば、私ならきちんと「石原新党を結党[結成]する)」と言う。私が石原氏当人であれば、結党者としての“決意”のほど、意志の固さ、を感じてもらうためにも「結党する」、「結成する」のほうを用いるだろう。
 最後に、私の周囲でも、「人事委員会を立ち上げる」、「審査委員会を立ち上げる」などと「立ち上げる」が盛んに使われるが、私は使わない。「人事委員会・審査委員会を設置する[設ける;組織する]」など、伝統的ないろいろな語のほうが、趣きがあって良いからだ。

「異なった」「別の」とdifferent

I met three different people today.とか、You should understand these three different learning styles. とかのような言い方は日本人だけでなく、英語を母語とする人たちの書いた話したりする英文の中にしばしば現れる。だが、少々、“厳密”なことを言えばthree different peoplethree different learning styles という言い方は“冗語的”な言い方だ。なぜなら、“different”が不要だからだ。three people three learning styles と言えば十分だ。
 「言われてみれば、そうだな。」という声が聞こえてきそうだが、こういう強調的な表現法は、日本語でもよく見聞きされるものだろう。「3人の異なった[別の]人」と「3人の人」、「三通りの異なった[別の]学習スタイル」と「三通りの学習スタイル」… さてあなたは日常的にどちらを言っているだろうか。こういうことを考えることで、英語の語感も日本語の語感も磨かれていく…。

 【後刻記】こんな文章を書いていたことを思い出した。
 

日本人と「社会秩序」(social order)

先日、かつての同僚のアメリカ人からメールをもらった。そのアメリカ人が、「日本に住んでみて一番感動したのは、日本人がsocial order (社会秩序)を重んじる国民だということでした。」と書いて来た。先の東日本大地震・津波、福島第一原発事故の際にも、また、それに伴う新宿駅、渋谷駅など、多くの公共の場での日本人の冷静で秩序正しい態度にもそれを痛感したそうだ。

 一般論として言えば、確かに「日本人は社会秩序を重んじる国民」だと思う。それがまた、海外でも大きな話題になったのも事実だ。インターネット上にはそのことをよく示す報道がいくらでも見つかる((例1例2例3)。
 アメリカの“テキサス親父”(左上)が、「日本の大地震・津波を報道したアメリカの新聞にはlooting略奪)という語が出て来なかった」ことを、驚嘆と共に、自分の動画の中で紹介している。そこにはまた、「(アメリカ南部の)竜巻被害を伝えるダラスモーニングニュース紙の中にはlooting(略奪)という語がちゃんと出て来る」と言って、笑っている姿が映し出されている。さもありなん。
 
  津波で流された5,700個もの多数の金庫(約25億円)が、略奪・強奪にも合わずに持ち主に返されたなどという報道(左下の動画;こちらにも在る)も、また、日本人の国民性をよく表しているだろう。このようなことは、普通の日本人には当たり前のことだが、ほかの国々の人たちにとっては“信じがたい”、“起こり得ない”ことに思えるようだ。なぜ、そういうことが、我々日本人(もちろん不正直な人たちもいるが)には、ごく自然なこととして為され得るのだろう。日本人のそうした“精神構造”は、間違いなく、我が国の風土・生活様式・宗教的思考法・価値観などが総合して出来上がったもののはずだ。そして、その点が、日本人が世界に向けて誇って良いものだ。東北の人たちが、この大天災・大惨事に当たって、自然に示した言動に、同じ日本人として、改めて、心からの敬意を表し、一日も早い復興を願う次第だ。
 以上が、一通のメールから思い出したり、考えたりしたことだ。

Geduld! Gedult! wenn's Hertz auch bricht!―G.A. Bürger
  たとえ心臓は裂くるとも忍耐すべし―ビュルゲル

【後刻記】『隋書』倭国伝に「人すこぶる恬静(てんせい)にして、争訟まれに盗賊少なし。性質直にして雅風あり」とあるそうだ。また、大森貝塚で知られる動物学者E.S.モースは日本人に言及して「正直、節倹、丁寧、清潔、一冊の本ができる程だ」と言ったそうだ。(出典こちら

父に諌(いさ)められた遠い日のこと。



私は昭和19年[1944年]9月に生まれた。終戦の前の年だ。10歳違いの兄の背に負ぶわれて“疎開”も経験した。“防空頭巾”も私専用のものがあった。そんなわけで、戦争そのものの記憶はないが、その後の私の幼心に焼き付いたものは、戦争の爪痕たとえば、焼け野原、空爆の痕などの酷さ・醜さだ。つまり、私は戦後派の1人として育ったと言える。

 その私は、戦争をした日本を“悪”と教える小学校教師たちに影響され、ある日、父明治36年生;近衛上等兵に対して、「日本の軍隊はほかの国でいっぱい悪いことをしたんだってね。」と聞いた。詰問したと言ったほうがよかったかもしれない。その愚かな私に父は静かに応えて言った。 
  「日本の兵隊は、戦争だからお国のために、家族のために、一生懸命に戦ったんだ。だけど、よその国でも、傷ついた兵士、無抵抗の兵士を殺すことは、お父さんの知る限りなかったよ。」 そう言ったあと、たしか、「将棋の駒と同じで、敵であった者でも、白旗を振って来たり(「こちらの側になった駒という意味だっただろう、抵抗したりしない者たちは殺さなかったよ。」と付け加えたように記憶する。

 父がそう言って、私を諌めてくれたのを60年以上も経過した今、懐かしく、ありがたく思い出す。日本人の兵士たちと将棋の敵駒の使い方の共通性を説明してくれたことは、その後の私の日本(文化)観、日本人観を形成する上で大きな役目を果たした。父のこの考え方は、次のような、升田幸三の発言(Wikipediaからの引用)と軌を一にする。その影響だったかも知れない。



 確かに、日本の将棋は、「敵駒」を後刻「自分の駒」として使用することだ。敵であった者でも信用し、その人が有能であれば、しかるべき役職に就けることも普通なのだ。それは明治時代に、新政府が、自分たちの「敵」だった第15代将軍・徳川慶喜をどう扱ったかの1例を見るだけでも分かるだろう。慶喜はその後、従一位・勲一等を受け、公爵・貴族院議員にまでなった。その他、同様に重用された例は無数にある例:五稜郭で知られる榎本武揚はのちに海軍中将・正二位勲一等・子爵。他の国では「敵」は歴史的には、信用出来ずに“抹殺”するのが普通だった。

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 この「将棋の駒」の考え方、立場に立って、大東亜戦争を見ると、“日本の兵隊は残虐だった”という、巷間、一部の国から為される非難も、そのかなりの部分は“捏造”なのでは…と思えて来るだろう。そんなことを思いながら、YouTube を見ていたら、上に引用したような3動画に出合った。私は、これがアジア諸国における大方の日本兵たちの真の姿だと信じる。反日的思想に凝り固まった日本人、自虐史観に病んでいる日本人には、是非とも見てもらいたい動画だ。

【付記1】敵として戦ったイギリス海軍軍人を多く救った「戦場の奇跡の物語」がある(こちら)。
【付記2】上に借用した動画からも分かることだが、階級の上位の日本陸軍・海軍の軍人たちは、“武士道”の色濃く残る時代に生きた人たちだということだ。後世の同胞が決して忘れてはならない点だ。

【後刻記1】あとで思い出したこと。ベトナム戦争時に韓国から派遣された韓国人兵士たちが、現地ベトナム人女性たちに極悪非道・残虐なことをして、彼女たちに混血児を生ませた事件。ベトナム語では「Lai Đại Han」と呼ぶそうだ。混血児の数は30,000人という数字もある。こちらにそれに関する動画がある。「韓国民が絶対に見てはいけない動画!!」という題名が付されている。 
【後刻記2】“従軍”慰安婦についてはこちらこちらこちらの動画が参考になる。 また、韓国、中国の歴史観についてはこちらの動画が参考になる。(3者とも必見だが、最後のものは大いに説得的だ;南京入場の写真も大いに参考になる)。「アジア各国」という表現の問題点についてはこちらの動画を参照。
【後刻記3】「血書志願」という歌のことをご存じだろうか。
【後刻記4】「日本がアジアに残した功績の真実」という動画にも出合った。現代の日本人に必要なことは、歴史を正しく見つめる力を持つことだ。

 Man is explicable by nothing less than all his histpry. ―R.L Emerson
   人はその全歴史を以ってするに非ずば説明する能わず ―エマーソン

 
第二次世界大戦後、日本将棋連盟に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ) より呼び出しがかかった。これは武道などを含めた封建的思想の強い競技や娯楽の排除を狙ったものだが、連盟は知識豊富で勝負勘に優れた関西本部長代理の升田幸三を派遣する。その席でGHQは「将棋はチェスとは違い、敵から奪った駒を自軍の兵として使う。これは捕虜虐待という国際法違反である野蛮なゲームであるために禁止にすべきである」と述べた。それに対して升田は「チェスは捕虜を殺害している。これこそが捕虜虐待である。将棋は適材適所の働き場所を与えている。常に駒が生きていて、それぞれの能力を尊重しようとする民主主義の正しい思想である」「男女同権といっているが、チェスではキングが危機に陥った時にはクイーンを盾にしてまで逃げようとする」と反論。この発言により将棋は禁止されることを回避することができた。

日本を全滅させる?

平成19年[2007年]に日本に帰化した“元”中国人で作家・評論家の石平(せき・へい)氏の話をYouTube(左の動画)で聞いた。首肯することばかりだった。それを見れば分かるように、中国では、単なる“空談”ではなく、「日本を瞬間的に全滅するにはどうしたらよいか」という話題が日常茶飯事的なものになっているそうだ。その実行のためには手段を選ばないとさえ言う。氏は、日本が「万一、中国共産党政権の属国になったら、日本の安全、生存、プライド、生命、財産、全てがなくなる」と断言する。 

 きわめて現実的に響く話だけに、平和ボケした多くの日本人も、石氏の話を真剣に聞けば、多少は目を覚ますのではないか。民主党政権になってから、北方領土も、竹島も、尖閣諸島も、拉致問題も、つまり、戦後のほとんどの政治がらみの問題は、うまく行っていないようだが、そのいずれも自民党の“ツケ”として、現在の民主党が受け継がざるを得なかったものだ。だが、それを許したのは、反日を含め、他ならぬ国民一人一人だ。鳩山由紀夫、管直人、野田佳彦という三人の首相たち(さらに、その前の村山富一、河野洋平、小沢一郎、等々)が、我が国が置かれた苦しい立場に為したことと言えば? その空虚さに気づき始めた日本人は数多い。それが安倍晋三・自民党総裁への期待となって表れたことは否定できないようだ。

 
 日本人はもう気づくべきだ。マスコミの情報操作、政治家たちの派閥や私利私欲に走る愚かしさ、言い出せばきりがないが、古いことわざのとおり、「天は自ら助くる者を助く
(Heaven helps those who help themselves.)だ。日本を助けるのも滅ぼすのも日本人自身だ。石平氏の言うとおり、「核武装」さえ考えなければならない。それも考えない、今のままでいいということであれば、遠からぬ将来、日本は中国の属国になる可能性が十分にある。心したい。

【付記】香港紙・文匯報(ぶんわいほう)は、日本が陥っている三つの問題を分析し、日本の衰退が始まったのではないかと書き立てたそうだ(こちら参照)。第一に、領土問題(尖閣諸島、北方領土、竹島)で日本は四面楚歌に陥った、第二に、米国が日本の支配を強化しており、日本は米国を頼みにしているが、米国人は真珠湾の記憶を忘れてはいない、表面的には日本を支援しているかのように見えるが、実際は日本軍国主義復活を警戒している、第三に、靖国神社に多くの政治家が参拝していることからも分かるように、その右傾化は明らかで、アジア諸国との溝が深まっている、したがって、日本の衰退が始まっているのではないかと主張しているそうだ。なかなかの“分析”だ…。ただし、「アジア諸国との溝」などと、他のアジア諸国を巻き添えにしているが、具体的には、中国と韓国(および北朝鮮)だろう…。

朝鮮学校無償化に反対する意思表明。

石原慎太郎氏のことを「暴走老人」と揶揄した田中真紀子・文科相。今度は自らが「暴走」して、当然認可を与えるべき3大学を一度は不認可。周囲から大いに騒がれて、今度は認可。日本の教育行政の行く道は暗い…。

 その田中氏だが、氏は「朝鮮学校無償化問題」でも、賛成派に回るという話をあちこちで聞いた。だが、国内にある外国人学校の中でも、この朝鮮学校だけは別だ。理由を述べる。
 朝鮮学校に国民の税金を使うということは、我々一人一人の日本人が、北朝鮮に拉致され、人生を狂わせられた人たちとその家族の人たちの心を裏切ることに進んで手を貸すことにもなる。朝鮮学校がどんな反日教育をしているか(これが一番の問題だ)、誰を称えているか(誰を称えようとそれ自体は勝手だが)、田中氏を初めとする文科省はよく知っているはずだ。それを断末魔の苦しみの如く、急いで無償化に走ろうとするのは、間違いなく亡国を目論むことだと思うからだ。拉致はあなたにも起きる可能性がある;こちらの動画を参照 04:50-06:35当たりに出て来る。
 私は朝鮮学校で行われている類いの反日教育は認めないし、拉致問題だけは許せない。したがって私の税金が1円たりとも朝鮮学校に使われることに断固反対する。朝鮮学校の子供たちが可哀想だとも、学校差別だなどとも思わない。「可哀想だ」と言うのであれば、子供の時から、そうした偏見教育を施されていることそのものを憂うべきだ。

 国民の血税を反日教育をしている学校に使うということを許してしまえば、繰り返すが、それは、許した我々国民一人一人が、多くの拉致被害者とその家族の人々に合わせる顔も持たなければ、言い訳もできないということだ。その人たちが、どれほど辛く、悲しく、暗い人生を何十年も送って来たかを想像してみるとよい。他人事で済ませてはならないことだ。

[付記1】自民党が行った調査「朝鮮学校の高校授業料無償化は認められない」ではYes が40,250票、No が931票と、無償化反対派が比較にならないほど多い(もちろん、民主党が調査の主催者なら、その結果はまた違っていたかも知れないが…)。
【付記2】上に掲載したYouTubeの動画に出合った。これを、是非とも、最後までご覧いただきたい。私が書いたことの裏付けにもなるはずだ
【付記3】こちらに俳優の津川雅彦さんの手になる、横田めぐみさんとご両親に関する文章がある。必読の文章だ。
【付記4】横田めぐみさんのお父さんの横田滋さんは、「間違ったとんでもないことを教える学校には補助金を出さないというのならわかるが、拉致を理由に朝鮮学校に補助金を出さないのは筋違いだと思うと言われたそうだこちら参照)。横田さんには悪いが、「間違ったとんでもないことを教える学校には補助金を出さない」ということと、「拉致を理由に朝鮮学校に補助金を出さない」ということは表裏一体・車の両輪であって、別個に考えるべきものではないと私は思う。
【付記5】ここまで書いて来て思い出したのだが、今年の3月3日、朝日新聞は「だが拉致行為や北朝鮮の体制に責任のない生徒たちに、責めを負わせてはなるまい」などと書いていたが、これはあまりにも皮相的なものの見方だ。その他、「
北朝鮮そのものと日本に滞在する在日朝鮮人で朝鮮学校に通う高校生を一緒くたにするような見方には問題がある」というような論調の文章にもしばしば出くわす。
【後刻記1】
こんな頁を見つけた。「高校無償化制度が2010年度から施行されましたが、未だ全国の朝鮮学校生徒に適用されず、子どもたちの『学ぶ権利』を著しく侵害し、保護者にも大きな経済的負担を強いている深刻な状況が続いています。」と書いてあるが、反日教育のために国民の税金を使わないことは、「『学ぶ権利』を著しく侵害」することとは別個に考えるべきことだ。第一、横田めぐみさん(拉致当時わずか13歳)の「『学ぶ権利』を著しく侵害」したのはどこの国か、その点をよく考えてみるがよい。
 同運動を支援する人たちは、文科省に出した公開質問状の中で、「『私立学校法』では、『外国人学校も含めて、教育内容について行政が介入すべきではない』と謳っています。法の精神からして、これらの自治体の対応は法に反する行為ではないかと思いますがいかがですか。文科省として、指導する責任はありませんか。」と問うている。だが、これは常識的に見ておかしい。「法の精神」は反日教育にまで寛容であれとは言っているはずがない。拉致問題が一応の決着を見て、両国の平和が約束される日が来れば、朝鮮学校にも、「法の精神」に基づいて、無償化が実行されるべきだ。だが、今はまだその時期ではない。「国連の人種差別撤廃委員会等から、日本政府に対して」云々という文言も見えるが、北朝鮮や朝鮮学校が行っている教育の歪(いびつ)さを考えれば、「国連」だの「人種差別撤廃委員会」だの、場違いの名前という感じがする。
【後刻記2】京都朝鮮学校が半世紀の長きにわたって、学校前の公園を不法占拠してきた事実もある(こちらの動画を参照)。
【後日記】「朝鮮学校無償化断固反対」と題する動画に出合った(,海舛;△海舛こちら)。
【後日記】その後、「朝鮮学校無償化に反対する意思表明(続)」を書いた(こちら)。

「物干し掛け」ってどんなもの?

c手元の電子辞書で“遊んで”いた時、それに搭載されている某大英和辞典の“clotheshorse”が「物干し掛け」と訳されているのに気づいた。「物干し掛け」? 生まれて初めて目にした日本語だ。これを分析すれば、「物干し掛け」となり、変だ。「物干し」とだけ言うのならその意味は理解できる。あるいは「干し物掛け」もよく理解できる。
 同辞典の元になった学習和英辞典(初版)の頃から引き継がれて来た訳語のようで、そのままの訳語が20数年の長きにわたって掲載されていることになる。気づかないということは恐ろしいことだ。
 “clotheshorse”とは左の写真(Wikipediaより借用)が示すように、要するに「(室内用)物干し」のことだ。形としてはいろんなものがある(こちらの写真を参照)。
 同じ電子辞書に入っている別の社のものは「干し物掛け、室内干し、衣桁(いこう)、衣紋掛け」と正しい訳が掲載されている。

山中伸弥教授と大江健三郎氏に思う。

周知のごとく、先日の文化の日(11月3日)に、山中伸弥(50)、山田洋二(81)、小田滋(88)、松尾敏男(86)、山田康之(81)、高階秀爾(80)の方々が天皇陛下から文化勲章を親授された。
 受賞者の挨拶の中では、山中教授の科学者としては、ノーベル賞は最も光栄な賞かもしれないですが、日本国民の一人、日本でずっと研究してきた者にとっては、きょうこの日が一番光栄な瞬間であり、陛下から文化勲章を頂いた時の感激は一生忘れることがないと思います。という言葉が、ひときわ大きく私の胸に響いた。それ以前に受賞候補の段階の席で氏がインタビューで語った言葉もこれまた謙虚で、聞いていてまことに気持ちが良かった。氏の人柄だろう。我が日本の大きな誇りだ。(まことに残念ながら、山中教授の発言のうち、“愛国的”な部分はほとんどのマスコミが故意にカットしている!;こちらの動画の05:45〜7:35あたりを参看。)

 それで思い出したのが、同じノーベル賞を受賞した大江健三郎氏のことだ。氏は、「私は、戦後民主主義者であり、民主主義に勝る権威と価値観を認めない」として、文化勲章の受章を拒否した。 ノーベル賞やフランス政府のレジオンドヌール勲章コマンドゥールは受賞しておきながら、自分氏は国民の税金で賄われている東京大学の卒業生や自分の文学を育んでくれた日本という国の“象徴”からの授与は拒否するという氏の姿勢に私は大きな違和感を覚えた記憶がある。「戦後民主主義者」を標榜する氏が、特に、後者文字通りには「名誉の軍団の国家勲章を受けたことが私のその違和感の理由でもあった。なぜなら、同勲章は、ナポレオン1世が制定した勲章であり、コマンドゥールとはフランス語で「司令官」という意味だ「軍団」だから、この勲章はグラントフィシエ、すなわち「大将校」と、「オフィシエ」すなわち「将校」とにはさまれる形になっており、最下位がシュヴァリエ、すなわち「騎士」または「勲爵士」だ。氏は昔、「ここで十分に政治的な立場を意識してこれをいうのだが、ぼくは、防衛大学生をぼくらの世代の若い日本人の弱み、一つの恥辱だと思っている。そして、ぼくは、防衛大学の志願者がすっかりなくなる方向へ働きかけたいと考えている。」と発言したことがあったが、その人物がどうして他国のものなら「軍団勲章」を受けても良いのか? こんな“大きな疑問”を抱かせること1つだけでも、私は大江氏が谷沢永一著『悪魔の思想―「進歩的文化人」という名の国賊12人』(クレスト社、1996)の中の1人に挙げられていることに大きく首肯する。いずれにせよ、山中教授とは好対照の人物だひょっとすると、こんな対照は山中氏には大きな迷惑かも知れない…。ちなみに、大江氏は「九条の会」の呼び掛け人の一人だが、私は、氏が同会の呼び掛け人であることと、レジオンドヌール勲章(名誉の軍団の国家勲章)を受章したことを、最初は“冗談”だと思った…。

To return evil for good is diabolical.―L.A. Seneca
  恩に仇を向くゆるは悪魔的なり―セネカ

【付記1】大江氏が天皇制を認めず、文化勲章を拒否したと聞いた時、私は、フランス皇帝とその一族に宣誓するのを拒否してレジオンドヌール勲章を拒否したフランスの詩人・劇作家ネポミュセーヌ・ルメルシエ (Népomucène Lemercier)のことをすぐに思い出した。このルメルシエが同勲章に対して取った態度は、大江氏が文化勲章に対して取った態度と酷似していないだろうか?大江健三郎という人物の本質を垣間見た気がした。
【付記2】大江健三郎氏への言及で私の誤解・勘違いがあればご指摘いただきたい。即刻訂正する。

【後刻記1】大江氏の「戦後民主主義」の標榜を批判するこんな文章を見つけた(「大江健三郎は偉大な作家か」という題が付されている)。また、こんな動画もあった(「大江健三郎氏の幼稚な平和主義」と題されている。
【後刻記2】去る9月29日の産経ニュースによれば、大江氏は、元長崎市長の本島等氏らと共に、「尖閣諸島も竹島も過去の日本による侵略の歴史が背景にあるとして中韓の立場に理解を示し」たそうだ。また、「領土紛争に伴う民族主義感情への批判や否定も主に日本に向けられていて、結果的に中国や韓国の反日民族主義を容認するものになっている。」そうだ。大江氏が“反日作家”だということは巷間よく知られていることだが、氏のこうした問題認識の歪み(ゆが)は尋常ではない(竹島が日本の領土であることは、たとえば、この動画1つを見るだけで良く分かる!)。この件に関しては、俳優の津川雅彦さんが、「大江健三郎ら反日分子が」と題して、いいことを書いておられることを知った(こちら)。尖閣諸島・竹島に関しては、津川さんの勉強の深さに頭が下がる。

騎手ミルコ・デムーロ(Mirco Demuro)と最敬礼

先日(10月28日)、天覧競馬として行われた天皇賞レースで優勝したイタリア生まれの騎手ミルコ・デムーロ(Mirco Demuro)が、メインスタンド前の馬場で下馬し、脱帽ののち、我らが天皇・皇后両陛下に対して跪座(きざ) とも称すべき形での最敬礼を行った。このことを知る人は多いだろう。しかも、両手でハートのマークを作った。心技体、いずれも超一流の騎手であることをこの優勝と最敬礼はよく示している。観衆もそれに応えるかのように大きな拍手を送った。両陛下のご満悦のご様子に、私の胸も熱くなった。
 私が感動したのは、欧州の騎士(道)とはこういうものだということを、気負うことなく、自然体で示してくれたことだ。何よりも日本への敬意と愛とが大きく感じられる行為だった(こんな記事があった)。日本人の一人として、デムーロのこの最敬礼には本当に感動した。と同時に心から有り難く思った。普段、競馬には全く無縁の私だが、デムーロのこの最敬礼から、人間として忘れてはならない大切なことを再認識させられた気がする。
 
【追記】デムーロのこの最敬礼を見て思い出したのが、現・民主党の閣僚たちの不敬なる言動だ。その一例は「不幸なる我が国に忠誠」と題した一文の中で言及した。

尖閣諸島問題「新棚上げ論」?

一昨日(11月1日)の朝日新聞朝刊に、「中国とのつき合い方」という題で、作家の石川好(よしみ)氏と、ユニクロで知られる柳井正氏とが、それぞれの意見を開陳しておられた。前者の次の発言に目が留まった。

尖閣問題は「棚上げ論」まで戻すしかないと思います。両国とも政治的リスクが伴いますから、かつての田中、周首相に匹敵するような勇気あるカリスマ的政治家が居なければできません。ただ残念ながら、そうした政治家は日本にも中国にも見当たりません。では、どいうすればいいか。次の国家主席になる習近平氏が最近、「尖閣だけが日中関係ではない。尖閣は外交問題に過ぎない」と発言しています。外交問題だから話し合いで解決しようというメッセージです。日本政府は「領土問題は存在しない」と交渉を拒否していますが、外交交渉のテーブルに乗せた上で日本の立場を主張しつつ論破すればいいと思います。

 一見したところ“いいこと”を言っているような印象だ。だが、私は異見を持つ。まず、「棚上げ論」だが、「『棚上げ論』まで戻すしかないと思います」という点には私は反対だ。こんなことを“本気で”言っておられるのだろうかとさえ思う。今更、詮無きことだが、また、時代的にも難しいことではあっただろうが、田中・周首相の時に、「尖閣諸島の領有権問題をはっきりさせたい」とした田中首相の提案に乗って、その問題を徹底的に論じておくのが一番だったのだ。その点では田中首相には先見の明があったと言える。) それを周首相が「棚上げ」にしてしまったから、1970年代に入った頃から、中国の干渉が始まり、同国の非常識がまかり通って来たのだ。続いて、習氏の「尖閣だけが日中関係ではない。尖閣は外交問題に過ぎない。」という発言だが、尖閣諸島に対するこれまでの中国の出かたを見る限り、そんな発言を信用するのは“お人よし”もいいところだ。いや、“児戯”にも等しい。もちろん、「尖閣だけが日中関係ではない」、これは正しい。だが、習氏を初め、中国側の発想の根底にあるもの(=真意)を無視するわけにはいかない。彼らの頭の中には、「尖閣つまり中国のいう“釣魚島およびその付属島嶼”は中国のものだ」という、歴史的誤認が存在するそのことに一部の日本人学者たちが手を貸しているのだから始末が悪い;こちら参照。その“自信”に基づいて、「尖閣だけが日中関係ではない。尖閣は外交問題に過ぎない。」という発言になっていることは否めない。

 石川氏は、「外交問題だから話し合いで解決しようというメッセージです。」と言われるが、それも当然、「“釣魚島およびその付属島嶼”は中国に属する」という発想に基づいているはずだ。最後の「外交交渉のテーブルに乗せた上で日本の立場を主張しつつ論破すればいいと思います。」という箇所は、もしそれが「日中が歴史的事実を誤認することなく、冷静・客観的・建設的に論じ合う」という公平性が望める中で行われるのであれば、それはそれで私も賛成だ。だが、それが保障されないのであれば、「棚上げ論」だの「話し合い」だのという“空疎な言葉”には与することはできない。

 現・野田政権の「領土問題は存在しない」という考え方にも私は最初から反対だ。「存在する」からこそ、中国は“騒いでいる”のだ。仮に私がしかるべき立場の人間であれば、我が国と中国の識者たち(政治家・歴史家たち)を、それぞれの“国家の代表者”として何度でも徹底的に論じ合わせる。その上で、両者が納得できる“事実”あるいは“真実”を探り当てる努力を惜しまない。今、両国がすべきことはそれだそれでもダメな場合は、それはそれで私見を持つが、今はここではそこまでは踏み込まないでおく。 いたずらに、感情論をいくらぶつけ合っても、真の解決には結び付かない。上記したように、納得できる“事実”あるいは“真実”を探り当てるために、口角泡を飛ばして論じ合い、語り合うことによってしか、尖閣諸島問題は本当には解決しない。我が国にその覚悟はあるのか。中国にも…。両国にその意思も気持ちもないからこそ、今日を迎えているのだが…。

  石川氏は最終的には次のような「新棚上げ論」を提案している。

 交渉は役人や大臣に任せきりにせず、文化、経済、スポーツなど様々なレベルで人と人のパイプを作って話し合えばいい。そうした多くのチャンネルの議論を通じて新しい「棚上げ論」を作り出すべきです。政府間の関係がいかに冷え切っても、民間レベルの交流を続けていくべきなのです。

 理想的には、氏が言われる通りだ。だが、いくら民間レベルで努力しても、国家レベルで納得し、問題を根本的に解決しなければ、両国間の本当の人間交流は実現しにくいはずだ。それが証拠に、田中・周会談以降の中国の我が国に対する“偏見教育”(この点は韓国にも言えるが)を見ればよい。もちろん、そういう教育が行われる背景には日中の様々な歴史認識の相違などが存在する。そうした点を解決しないままで、「多彩な交流で新『棚上げ論』を」を提案されても、それは“理想論”にしか響かない。類似のことを柳井氏の「豊かさが社会動かす力信じて」という意見(ここでは省略)にも感じた。

“rebus”(判じ物・判じ絵)のこと

“rebus”という語をご存じだろうか。/ríːbəs/(リーバス)と発音する。下に『スーパー・アンカー英和辞典』の同項を写真の形で引用しておく。それで分かるように、謎遊びの一種だ。古代エジプトの象形文字もこれに属する。英語国ではしばしば子供の遊びとして好まれるが、日常的には大人たちもこれを愛する。IOY (= I owe you.) などはよく我々の目に触れるものの1つだ。昨今のインターネットには、この判じ物・判じ絵が無数に見つかる。次のものはどうだろう。解答を見ないで、何問解けるだろうか?

 1. fecItion
 2. sta4nce
 3. gener ation
 4. b e d
 5. pPPod
 6. potOOOOOOOO
 7. ehca
 8. geg
 9. XQQ
10. paid
     I'm
     worked

r

解答:
 1. eye infection
 2. for instance
 3. generation gap
 4. bedspread
 5. two peas in a pod
 6. potatoes
 7. backache
 8. scrambled egg
 9. excuse
10. I'm overworked and underpaid.

 この種のものは学習者に言葉(この場合英語)に興味を持たせるのに有益なものだろう。英語学習者も英語教師も知っておいて損はない。

アポストロフィーs ('s)の語法

先日、ある授業の時、「ポールの犬」なら Paul's dog、「ジェームズの犬」ならJames's dog のように表記するんですよ、などと「's」の使い方の話をしていたら、3年生の男子学生の一人が、それじゃあ「モーゼの息子」はMoses's son でいいですか、と聞いてきた。それは、「Moses' son」ですね、と黒板(実際にはホワイト・ボード)に書いて答えると、どうして「James's dog なのに、Moses's とはならないのですか」と聞き返した。少し考えてから次のように答えた。

 僕が昔習った“ルール”で説明するね。君は習わなかった? James's dog のJames は/dʒeɪmz/と単音節だけど、Moses は/moʊzɪz/と2音節だし、しかも2音節目の最初と最後に s がある場合はMoses's としないで、Moses' とするというふうに習ったよ。あるいはMoses のようにs の音が2つ重なっている場合と言ってもいいだろうね。しかも、あとにson というsで始まる語が続いているからね。言い易さが関係しているだろうね。これはUlysses (/julisi:z/ ;3音節語)にもあてはまることで、これをUlysses's とする必要はなくて、あくまでもUlysses’ でいいんだ。たとえば、Ulysses’ stratagem (ユリシーズの戦略)のように。また、同じ2音節語でもJesus の場合、Jesus's wounds (イエスの傷)と言ったりせずに、口頭ではむしろJesus' wounds とする人のほうが多いだろうね。Jesus's では言いにくくて仕方がないからね。その口頭の影響が表記にも影響を及ぼしているんだろうね。
 したがって、「キーツの詩」は僕にとってはKeats's poems が“ルール”に則った表記法だね。Keats が単音節だからね。だけど、英語を母語とする人たちの中には、このルールに反して、James' dog とか Keats' poems とかのように書く人がいるかも知れないね。そのあたりのことについては個人差と言うか、好みの違いが出てくるだろうね。
    ちなみに、複数の音節を持つ語でも、語尾に強勢がないもの、たとえば、appearance のような語は、for appearance's sake (体面のために)と書いても、for appearance' sake と書いても構わないと思うよ。実際の英語ではこの煩雑さを避けて for the sake of appearance と言うようだけどね。

 そんなことを言って、「's」の使い方を説明した。同君は、「頭が混乱して来ました。」と答えた。さもありなん。英語母語話者でも、難しいと感じるような語法なのだから…。

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