2013年04月

There was [is] one 〜 for everyone.の意味

キリスト教関連のウェブ記事を読んでいた時、次のような個所にぶつかった(出典こちら)。

Everyone had to accept the one baptism that God gave to Moses. (Exodus 14:22 and I Corinthians 10:1,2) There was not two or three ways to get it. There was one way for everyone.The Bible says they were all baptized unto Moses in the cloud and in the sea.
 The next baptism was John's baptism, and every one that refused to be baptised with the baptism of John rejected the counsel of God against themselves. (Luke 7:28-30)
 The third baptism was the baptism in Jesus's name which was administered by Jesus and the Apostles. (See John 3:22-26; Acts 2:38 & Acts 19:5) The entire world has been misled and has baptised wrong for more than 1500 years.

  問題はThere was one way for everyone.という1文だ。これは文脈から考えれば、道は一筋だけで、それが全員に開けていると解釈すべきだろうが、文脈と言う制約がなければ、これを一人一人全員に1筋1筋の道があると解釈することも可能だ。書き換えれば、次の2文の意味を有することになる。

There is only one way for all of the people.
There is one way for each person.

 それでは、ウェブ上で拾った次のような文章におけるThere was [is] one 〜 for everyone.はどちらの意味だろう。いつものように山岸ゼミ生・院生(および一般読者)への宿題としておく。

 出典
I know by the power of the Holy Ghost that it is the real deal. There is one answer for everyone. There is one way back to heaven. There is one true Church, one true faith. And this is it.

出典
Either way, whatever you decide, I support your decision. I do not believe there is one answer for everyone, nor that I know the right answer.
 
出典
We finally got through the train (without climbing over) and then it was seriously less than a mile to our host!!! This was our host for tonight and then also for after we get to Cannon Beach and come back to Portland! Since it was a century day, it was pretty late getting in.  There was one shower for everyone to use.
 
出典
The first Girl Scout handbook was published in 1913 and was called How Girls Can Help Their Country. In the early years of Girl Scouting there was one handbook for everyone. Today there are five -- one for each age level in Girl Scouting. Over the years the handbook has been published in Braille, Spanish,
Japanese, and German editions.

出典
However, what if you do not believe that there is one love in your life. What if you do not believe in your destiny. In fact, some of my friends do not believe there is one person for everyone. Oh ye of little faith. Indulge me and listen to my reply. OK even if you do not believe there is one person for everyone.

昭和の日とプリルの誕生日

p1本日は「昭和の日」だ。本来は昭和天皇のお誕生日だった。激動の時代を天皇として全ての国民の安寧を祈ってくださった昭和天皇のお顔を思い起こすたびに、私は感謝の気持ちでいっぱいになる。
 と同時に、今日4月29日は我がプリル11歳の誕生日でもある(平成14年2002年生れ)。パールが入院中だが、プリルの誕生日を祝って、プリルが大好きな肉をたっぷりとご馳走してやろうと思う。プリル、11歳の誕生日、おめでとう。

北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「からたちの花」の英訳

今日は大学は臨時休校だが、我がゼミ専用掲示板での翻訳練習は続いている。今日は先刻紹介したように、北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「からたちの花」を取り扱う日だ。これまでの中では一番翻訳が難しかったとゼミ生諸君は口をそろえる。「からたちの花」は何と訳すかに始まって、「みんなみんあ優しかったよ」の「優しかった」は何と訳すか。ゼミ生諸君の意見交換は活発に行われ、各人の“力作”も示された。私の訳はこちらに示しておいた。

「過ちを総括してこそ」?

昨日は政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」が天皇皇后両陛下のご臨席のもとに行われた。表記の「過ちを総括してこそ」は今朝の朝日新聞の社説の題名だ。「なぜ日本が占領されるに至ったのかということ」を同社説は次のように言う。

言うまでもなく、日本が侵略戦争や植民地支配の過ちを犯し、その末に敗戦を迎えたという歴史である。占領下の7年間、日本は平和憲法を定め、軍国主義と訣別して民主主義国として再出発することを内外に誓った。だからこそ、国際社会への復帰が認められたのではないか。そのことを忘れ、占領期を「屈辱の歴史」のようにとらえるとしたら、見当違いもはなはだしい。最近の政治家の言動には、懸念を抱かざるを得ない。168人の国会議員が大挙して靖国神社を参拝する。首相が国会で「侵略といいう定義は定まっていない」と侵略戦争を否定するかのような答弁をする。(後略)

 相変わらずこんな調子の書きぶりだ。今さら朝日新聞に何を言っても無駄のようだが、これだけは繰り返して書いておきたい。「過ちを総括してこそ」などという言葉を本気で使うのなら、まず誰よりも朝日新聞が自ら犯して来た「過ちを総括」すべき。それをしないでおいて、何が、「日本が侵略戦争や植民地支配の過ちを犯し」だ。何が、「だからこそ、国際社会への復帰が認められたのではないか」だ(「国際社会」とは何だ、どこの国だ!)。何が、「占領期を『屈辱の歴史』のようにとらえるとしたら、見当違いもはなはだしい」だ。上記の引用文の中には、他にも異論を唱えたい箇所が数か所ある。とにかく、上記社説は「見当違いもはなはだしい」という印象が甚だ強い

【付記】同日の「声」欄には相も変わらず「国防軍構想 自民のおごり露呈」(78歳男性)、「議員は公私の別をわきまえよ」(77歳男性)、「『政治は結果』なら戦争の総括は」(71歳男性)のような反安倍色の濃い投書が目立つ。

愛犬パールが入院した。

我が家のハッピー一家の“末娘”パールが2日前から、水ばかり飲んで、食欲が全くなくなった。好物をいくら目の前に置いても口を付けない。嘔吐することもある。症状がプリルの時と全く同じだ(プリルの場合)。今朝、いつものY獣医師に一番に電話を掛け、パールの様子を告げ、診察してもらった。「まだ、6歳未満(この7月で6歳)ですから、プリルと同じ病気になることは少ないんですが、超音波、その他を使って精密検査をしてみましょう。」ということで、精密検査をしてもらった。私は自宅で待機していた。小一時間ほどしてY医師から電話があり、「やはりプリルと同じ子宮蓄膿症でした。膿がだいぶ溜まっているようです。麻酔をかけること、万一という危険性があることなどをご了解いただければ、これから点滴をして、折を見て手術をしますが。」ということだったので、「よろしくお願いします」と応えて電話を切った。
 獣医学が未発達の昔なら、プリルもパールも命を落としていただろう。生きとし生きるもの、病気で寿命を短縮するのは本意ではないだろう。犬を5頭も飼っていると、時には人間と同じ心配を、また時には人間には考えられない心配をあれこれとしなくてはならない。だが、いやしくも飼い始めた以上、飼い主としての責任がある。私はどんなことをしてもハッピー一家を守ってやるつもりだ。パール、頑張れ!

【後刻記】午後1時頃、Y獣医師より電話があり、手術は無事終了したとのこと。一安心だ。朝、突然、獣医に連れて行かれて、点滴を打たれ、手術を施されたパール自身はきっと戸惑ったことだろう。明朝、一番に“見舞pい”をしようと思う。

【後日記1】4月29日(月)午前9時に息子と共にパールを“見舞った”。「パール!」と声を掛けると、最初はボッ〜としていたようだが、私たちだと分かると嬉しそうに尻尾を大きく振って、檻を出たがった。Y医師にパールの患部を見せてもらい、膿が溜まった箇所にメスを入れてもらった。プリルの場合同様、青白い膿がドッと出た。そうしている間中、パールは私たちの声が聞こえるためだろうが、私たちを求めて鳴き続きていた。それ以上、顔を見せるのは可哀そうだということで、パールには会わないでY獣医をあとにした。水曜日か木曜日には退院できそうだ。

【後日記2】5月1日(水)午後4時、パールは無事退院した。若いせいかプリルの時よりも回復が早いそうだ。私が迎えに行くと、異常に大きな声で鳴いて私のほうに近寄って来た。かわいいものだ。帰宅途中も嬉しそうに尾を振りながら歩いた。ほっとした。あとは抜糸を待つだけだ。

curious の多義性

He is one of those curious persons who [that]...のような英文に時々出くわす。そのたびに、curious の意味を考える。「好奇心が強い」(inquisitive) という意味だろうか、それとも「奇妙な、変わった」(strange, odd) の意味だろうかと迷うからだ。後者の意味の場合、現代英語では人に関連して使うことよりも物・事に関連して使うことが多いから、前者の意味だろうと推測するが、人に関連して使うこともなくはない。文脈がそのどちらの意味かを教えてくれるが、我々外国人には、悩みのタネになることも少なくない。

「承知しかねますが」という日本語

たまたま「NHK集金人への批判【そのまんま東】こと元宮崎県知事 東国原さん」と題された動画をYouTubeで見ていた。衆議院総務員会(2013/03/21)の模様を報じたものだ。日本維新の会の東国原英夫議員が、NHKの受信料の支払い方法について集金人と話をしている最中に、当人から「ちぇッ!」と反応されたそうだ。そんなことから、「NHK職員に対する教育研修はどうなっているのか」という質問になったようだ。回答したのはNHK理事の福井氏。ところが、同氏は、「コンビニの件は承知しかねますが」(1:07あたりから)と言って、東国原氏への回答を始めた。

 福井氏は何気なくそう言ったのだろうが、「承知しかねますが」という日本語の意味と含みとを理解していただろうか。「しかねる兼ねる)」という動詞は、「できない」を婉曲にいうためのものだが、「それをすることに抵抗を感じる」、「それをすることを拒否する」という含みも濃い。だから、「承知できない」、「承知したくない」、「承知することを拒否する」という“突っぱねるような”意味にもなるのだ。
 福井氏が言いたかったことは、「コンビニの件は承知しておりませんでした」、「コンビニの件は耳にしておりませんでしたが」、「コンビニの件の詳細は分かりませんが」などということだろうか、それとも、「コンビニの件は承知してはおりかねます」ということだだろうか。いずれにせよ、どの意味で使った表現か分かりかねるような日本語はご免こうむりたい。言葉を仕事の道具とするNHKの理事がこれでは困る。
 そういえば、昨今のNHKアナウンサーの日本語のレベルの酷さには耳を蔽いたくなる。特に早朝に出て来る若い女性たちのそれは、アナウンサーとしてはレベルが低過ぎる(民間のテレビ・アナウンサーはさらに酷い)。

「火種」は誰がまいた?(続々)

今朝の朝日新聞「社説」は「靖国と政治  静かな参拝のためには」と題したものだった。要所を引用すれば次のようになる。

靖国神社は、遺族や国民が静かに参拝する場である。今回、参拝して近隣諸国の反発を招いた麻生副総理・財務相は06年、こんな一文を朝日新聞に寄せている。
 〈靖国をめぐる論争が過熱し、英霊と遺族から魂の平安を奪って久しい。鎮魂の場という本旨へ復すべきだ。そのためには、靖国を、政治から無限に遠ざけなければならない〉
 その通りだと思う。であればこそ、その方策を考えるのが政治家の務めではないのか。閣僚や国会議員が大挙して参拝し、中国や韓国と激しい応酬を繰り広げるのは、遺族らにとっても本意ではあるまい。(中略) 靖国神社には戦没者だけでなく、先の戦争を指導し、東京裁判で厳しく責任を問われたA級戦犯が78年に合祀(ごうし)された。それ以降、昭和天皇は靖国を参拝しなかった。
 私たちは社説で、首相や閣僚の靖国参拝に反対してきた。日本が過去の過ちを忘れ、こうした歴史観を後押ししていると国際社会から受け止められかねないからである。(後略)

 上記の通り、朝日新聞は括弧付でも何でもなく「A級戦犯」という忌むべき語を使っている。しかしながら、「A級戦犯」という語は戦勝国側の“極東国際軍事裁判所”によって一方的に付けられた名称であり、我が国では昭和27年(1952年)5月以降、それは公式には無用のはずだ。朝日新聞がこうして今もってこの忌むべき語を使用し続けているところに同紙の偏向を見る。また、「近隣諸国の反発を招いた」と書いているが、“近隣諸国”とはどこか? “特亜”だけではないのか? それと、〈靖国をめぐる論争が過熱し、英霊と遺族から魂の平安を奪って久しい。鎮魂の場という本旨へ復すべきだ。そのためには、靖国を、政治から無限に遠ざけなければならない。〉という麻生氏の言葉に「その通りだと思う。」と賛意を表しているが、私は靖国と政治とを切り離して考えるというのは、その歴史的成り立ちから考えても“詭弁”だと思う。さらに、「日本が過去の過ちを忘れ、こうした歴史観を後押ししていると国際社会から受け止められかねないからである。」という意見もあまりにも“認罪意識”に苛(さいな)まれている敗戦国民の弁だ。全ての戦争は“勝てば官軍”なのだ。“国際社会”などというが、その“国際社会”を構成する国々の犯した数えきれないほどの罪は問わなくてもいいのか?
 「火種は誰がまいた」、「火種は誰がまいた?(続)」で書いたことからも分かるように、朝日新聞はこういう記事を書く前に為すべきことがある。それをしないでおいて、こういうことを書いても“特亜”が喜ぶだけである。

【付記】上掲紙の「声」欄にはまたぞろ、「靖国参拝議員の歴史認識を疑う」と出した、60歳になる男性の批判的記事が掲載されていた。
【後刻記】その後、こんな記事を見つけた。
【後日記1】5月2日(木)の「声」欄にも、「靖国参拝 大きな国益の損失だ」と題した61歳になる男性の批判的記事が掲載されていた。朝日新聞らしい記事選択だと思う。
【後日記2】5月6日(月)の「声」欄にも、またまた、「首相の強気な言動に違和感」と題して、68歳になる男性の投書が掲載されていた。「安倍晋三首相の言動には、強い違和感を覚える。特に、閣僚たちの靖国神社参拝を中国と韓国が批判したことに対して、『どんな脅かしにも屈しない』と発言したことには驚いた。中国と韓国が何を脅かしたというのだろうか。」という言い方で始まっていた。安倍首相は一言も、「中国・韓国から脅かされている」と言ったことはないのに、この投書者は勝手にそういう結論に結び付けている。仮に首相がそう言ったことがあったとしても、そういう“脅し”ともとれる言動は中国からも韓国からも実際にあったではないか(例:尖閣諸島問題・竹島問題その他)。そういう事実も確認せずに、こういう投書をする人たちが、この「声」欄には少なくない。

形容詞 certain の曖昧性

収監中の独房で死亡したセルビアの政治家・スロボダン・ミロシェヴィッチ(Slobodan Milosevic、 1941年-2006)関するBBCNews を見ていたら(こちら)、There is a certain truth in that. という1文が出て来た。
この certain はここでは、「いくぶんかの、一定の」(英語で言えばsome degree of) という意味だと思ったが、ひょっとすると「確かな、確実な」(英語で言えばundubted) という意味かも知れない、と思ってみたりもした。この certain という形容詞は平易な語に見えて、複数の意味に解釈できるからちょっと注意が必要だ。There is a certain truth in his statement. というような文の場合も同様だ。「いくぶんかの、一定の」の意味にも解釈できるし、「確かな、確実な」の意味にも解釈できるからだ。

be taken byの多義性

ロンドンのチェコ大使館のホームページを見ていたら、The photographs were taken by the Czech News Agency (ČTK) between 1988 and 2011. という1文に出くわした。もちろん、意味は「その写真は1988年から2011年の間に、チェコ通信社 (ČTK) によって撮られた(=were photographed) ものだ」ということだ。ところが、このbe taken byという句は文脈によっては別の意味を持つから少々厄介だ。「撮られた」ではなく「盗(と)られた」(=stolen by)の意味にもなるし、「拾ってもらった」(dropped off at)の意味にもなるし、さらには、「持って行ってもらった」(=transported by)の意味にもなる。場合によっては、前置詞の byが「そばで」(=near)の意味にもなる。どの意味で用いられているかは文脈が教えてくれるが、しばしばその点に気付かずに誤訳されているのに出くわす。

場違いな「お願いする」という語

いつものようにYahoo メールをチェックしたあと、Yahoo ニュースを見た(こちら)。「“いい話”にツイッターで批判殺到ここから本文です と題されていた。その冒頭を引用する。
 いつも書くことだが、昨今の新聞・雑誌記者の日本語感覚には大いに驚かされるというか、落胆させられる。上記の「お願いする」という語は、文脈から判断すると、“真面目に”書いているらしい。この日本語の“場違いな可笑しさ・不自然さ”に気付けないものだろうか。「意味が通じればそれでよい」というような風潮に悲憤を覚えるのは私一人ではないはずだ。

「火種」は誰がまいた?(続)

y昨日、168人の超党派国会議員が春季例大祭にあわせ、靖国神社に参拝したそうだ。昨年の同時期の国会議員の参拝者数は81人だったそうだから、倍以上の参拝者数だ。大変結構なことだ。今朝の朝日新聞の「天声人語」欄にはまたぞろ、そうした参拝に批判的な記事が書かれていた。曰く、

閣僚の靖国神社参拝が問題になるたびに、いにしえの「名判決」が思い浮かぶ。実際にあった判決ではない。シェークスピアの劇「ベニスの商人」で下される、「胸の肉を切り取ってもよいが、血は一滴も流してはならぬ」である。参拝のつど、「公人か私人か」が問われる。今回、安倍内閣は、「私的な参拝」との認識を示した。「個人の心の問題」というのはその通りだろう。だが、重責の大臣から、私人という「胸の肉」だけを、そうすっぽりと切り取れるものだろうか。とりわけ靖国神社は、心の問題ながら相手のある問題である自国のことに何の遠慮がいるものか。そう思っても、他国への想像を欠いた考えは、国境へ行き着いたとたんに力を失う独善にほかなるまい不幸な歴史を背景に、この問題自体、切れば血が出る。中国と韓国は態度を硬くした。(以下省略)(赤字・山岸)

 
ベニスの商人」の「胸の肉を切り取る」例を引く不用意さは今は問わないとして、「相手のある問題」、「他国への想像を欠いた考え」、「独善にほかなるまい」、「不幸な歴史」というような言葉はそっくりそのまま“特亜”に返したい。朝日新聞のこうした言葉選びは、日本を“加害者”と決め付けて、昨日言及した本多勝一による無責任な記事の信憑性を徹底検証せずに今日まで来た結果ではないか。昨日書いたように、今、朝日新聞に求められることはと言っても、やらないだろうが、いわゆる南京問題、慰安婦問題、領土問題等の“真実”を明らかにすることだ。それをしないでおいて、こういう記事を大量に書いても、今の多くの日本国民、とりわけインターネットを駆使できる人たちは、“特亜”の“独善”を熟知しており、朝日新聞(を初め、多くの反日的新聞・雑誌・テレビ・ラジオ等)の言説に信頼を置くはずがない。

【後日記1】4月25日(木)の朝日新聞朝刊「声」欄には、「思慮を欠いた靖国参拝を憂う」と題した、67歳になる男性の投書が掲載されたいた。相変わらず、中国・韓国寄りの、誤解(と本人は気付いていない)に基づいた「声」には辟易させられる。
【後日記2】4月27日(土)の朝日新聞朝刊「声」欄にも、「靖国神社だけが哀悼の表明か」と題した、81歳の男性の投書が掲載されたいた。またその記事のすぐ後ろには、66歳の男性による「今は改憲を論じる時ではない」という投書が掲載されていた。この種の投書を選んで掲載しているのではないかと勘繰りたくなるが、同社が、「安倍の葬式はうちで出す」と豪語した新聞社だと知れば、さもありなんと思うだろう。
【後日記3】4月28日(日)の朝日新聞朝刊「声」欄にも、「議員の靖国参拝 誰のために」と題した70歳の男性の投書が載っていた。ほかにも同欄には、「祖国復帰裏切られた痛恨の日」(81歳男性)、「天皇出席は『国民の総意』か」(84歳男性)といった投書が掲載されていた。毎日よくこれだけ類似の投書があるものだ。
【後日記4】本多勝一著『南京への道』に関して、朝日新聞に電話を掛けた一読者へのこれが朝日新聞社の対応である。最低・最悪の対応だ。

「火種」は誰がまいた?

今朝の朝日新聞の社説は「靖国問題 なぜ火種をまくのか」と題したもので、次のようなものだった。

近隣諸国との関係改善が必要なときに、安倍政権はいったい何をしているのか。麻生副総理・財務相ら3閣僚が、春季例大祭に合わせて靖国神社を参拝した。安倍首相は参拝は控えたが、神前に捧げる供え物「真榊(まさかき)」を奉納した。これに反発して、韓国は今週末に予定していた尹炳世(ユンビョンセ)」外相の訪日を取りやめた。中国外務省も日本に「厳正な申し立て」をしたと発表した。(中略) それを、靖国問題でことを荒立てるのでは、方向が逆ではないか。(中略) 首相は再登板後も、歴史問題をあまり前面に出さず、経済再生を優先してきた。しかし、このところ気になる言動が目立ち始めている。2月の国会答弁では「(前回の)首相在任中に靖国参拝できなかったのは痛恨の極みだ」と語った。きのうの国会では、過去の植民地支配と侵略へのおわびと反省を表明した村山談話について「安倍内閣として、そのまま継承しているわけではない」と述べた。高い支持率で、緊張感が薄れているのではないか。閣僚の言動も含め、自制を求めたい。

 この社説を読んで、無性に腹立しく思った。いったい、この火種(少なくとも一部をまいたのは誰か? 他ならぬ朝日新聞ではないか! もっと具体的に言えば、本多勝一という元・朝日新聞記者ではないか! 「日本憎し」に凝り固まった中国の嘘を本多が不十分な検証のままに、我が国にまき散らし、我が国を戦後ずっと貶(おとし)め、国民の誇りを奪って来たではないか! その責任を自覚し、適切な事後処理をしないまま今日に至っているのではないか! 本多の書いたことの何が真実で、何が嘘であったか、あるいは媚中的・反日的であったか、朝日新聞は検証したのか! そういうことをしないでおいて、何が「近隣諸国との関係改善が必要なときに、安倍政権はいったい何をしているのか」だ! 何が「高い支持率で、緊張感が薄れているのではないか。閣僚の言動も含め、自制を求めたい。」だ!
 韓国の歴史的認識(とりわけ“従軍”慰安婦問題、竹島問題)にしても、それが如何に作為的に捏造されたものかを朝日新聞は検証して来たのか! そうではないだろう。事実は逆で、韓国寄りの発言が多かったのではないか!

 今、朝日新聞に求められることはと言っても、やらないだろうが、いわゆる南京問題、慰安婦問題、領土問題等の“真実”を明らかにすることだ。それをしないでおいて【それが出来ないでおいて】、安倍首相を非難するのはまさに“お門違い”だ。高い支持率で、緊張感が薄れているのではないか。」という分析は不正確だろう。なぜなら、安倍晋三という政治家を応援した人たちの多くは、安倍首相が靖国神社に行ってくれるだろうという期待感で満ちているはずだからだ。いずれにせよ、南京問題、慰安婦問題、領土問題等に関しては是々非々主義を貫くべきだ。

【付記】朝日新聞と元同紙記者・本多勝一に関してはこちらこちらを参照。
【後刻記】匿名掲示板にこんなのがあるのを見つけた。

北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「この道」を英訳した。

あ昨日のゼミ授業では北原白秋作詞・山田耕筰作曲の「この道」の英訳を取り扱った。授業日の1週間前から授業日前日までゼミ専用掲示板で意見交換をしたり、各自の試訳を公表したりしてから授業にのぞむ。「この道はいつか来た道」の「」に対する英語はroad, street, path などのどれが適当か。「ああ、そうだよ」はどう表現すればよいか。「お母さまと馬車で行ったよ」の馬車はcartかcoachかcarraige かなどと考えながら、適切な語を探す。白秋がこの詩を書くに至った動機や場所なども当然話題になる。みなそれぞれ“力作”を発表してくれた。授業でも意見交換をし、最終的に私の英訳を紹介する。昨日ゼミ生諸君に示した私の訳はこちらに掲載しておいた。次週は同じく北原白秋作詞・山田耕筰作曲による「からたちの花」の英訳に取り組む予定だ。

「顔が濃い」と「ほんわりした美人」

今朝、Yahooニュースを読んでいたら、「サッカー元日本代表の長女 女子アナ内定でテレ朝蹴りフジへ」と題して、サッカー元日本代表のスポーツコメンテーター・永島昭浩氏の長女・永島優美さん(21)のことを書いた記事が目に付いた。その中に、テレビ朝日の幹部という人物が、彼女を「お父さんの血を受け継いでいるので顔は濃いが、ほんわりした美人」と評していたのが興味深かった。昨今の人たちは、この場合のように「顔が濃い」という言い方をする。これは、「眉が濃く目鼻立ちが整った」あたりを簡単に表現したものだろう反対は「顔が薄い」のようだ。その表現にも興味と共に少々違和感を抱くが、「ほんわりした美人」という言い方にも同様の感じを持った。私には「ほんわかした美人」という言い方のほうが馴染みがあるからだろう。いずれにせよ、「ほんわりした美人」というのは初めて聞いた[見た]。ひょっとすると、この語は「ほんわかした」と「ふんわりした」の混合かも知れない。いずれにせよ、「ほんわり」と言えば、私など、大相撲の「本割」を思い出す。長く生きていると、本当にいろいろな日本語に出くわして面白い…。

calisthenics, calithenics, calisenics

u英語では「腕立て伏せ」(push-ups, press-ups)、「起き上がり」(sit-ups)、ストレッチ (stretches) など、特別な道具を使用しない運動を総称して"calisthenics"と呼ぶ。イギリス英語では"callisthenics"のようにlを二つ重ねる綴りが一般的だ。日本語で言えば、「柔軟体操」「美容体操」といったところだろう。
 その"calisthenics"だが、発音は/ˌkalɪsˈθenɪks/ となり、"-sth" となるのだが、実際にはこれを "calithenics" と綴る英語母語話者も少なくないようだ。""が、"th" に吸収されたものだろう。また、中には "calisenics" と綴る者さえいる。ちなみに、Google検索に掛けると、  "calithenics" の誤綴りが約3,260件ヒットし、"calisenics" の誤綴りが約143件ヒットする。

 ちなみに、"calisthenics"はギリシャ語のkallols (=beauty) とsthenos (=strength)に由来する語だ。

「食い込む」と「組み込む」

a3他の範囲や領域に深く入り込むことを「食い込む」と言い、あるものを全体構造の中に入れて位置づけることを「組み込む」と言う。たとえば、「3位に食い込む」は前者の例であり、「計画を組み込む」は後者の例だ。
 ところが、この前者の意味と後者の意味とを混同している人が少なくない。いつかどこかで間違えて覚えてしまったのだろう。具体的に言えば、「食い込む」と言ったり書いたりすべきところに「組み込む」を用いるのがその例だ。以下に、ウェブ上で拾った例を5例だけ挙げておく。

※それでも最強議論では上位に組み込めない現実
※リーグ戦ではなかなか上位に組み込めないでいる、東京やレイソルは、1つでもタイトルを取りたい所ではあると思う。
※以下のイベントに毎日参加できれば上位に組み込めはすると思います。
※たとえばビッグなキーワード「不動産」「ペット」などのようなキーワードで上位表示しようとすればそれ相応の費用をかけないとおそらく上位には組み込めないでしょう。
※毎試合、65ポンド〜75ポンド、その他に年間登録料として日本円で80、000円ほどが必要です。それほど安いわけじゃないので、ちょっと腕試しで、という感じじゃないですね。まあ、上位に組み込めばそれなりに賞金が高いので、納得は出来ますが…。

「害の何者[何物]でもない」、「…以外の何ものでもない」

a1「健康と病気掲示板」というサイトを見ていたら、煙草の害についてあれこれと意見を書き込んでいる人たちの文の中に、「害はあるだろ?吸ってない奴には害の何者でもない。麻薬と一緒でただの中毒」という1文が目に入って来た。「害の何者でもない」? それを言うなら、「害以外の何物でもない」と言うんでしょう? などと、いつもの天邪鬼が頭をもたげた。と同時に、“害の何者でもない”をGoogle検索に掛けてみた。無選択・無精査のままだが、約 615 ,000 件もヒットした。そのうちの5例だけ引用しておく。

*確かに、煙草は害の何者でもないです。 吸わない他人に迷惑をかけます。
*朝鮮人に乗っ取られたマスコミは害の何者でもない。
*ポラリスにとってコンサ(正確には石屋製菓)は害の何者でもないので くさすのをやめません!
*でも、外来魚として害の何者でもないと生活に困ってる漁師さんもいるわけで・・・
*ストーカーと称されるファンは、アーティストにとってもアクターにとっても"害”の何者でもない

 次に“害の何物でもない”の例(約 627,000 件)を同じく5例だけ引いておく。

*こいつを擁護するやつは、人害の何物でもない!!!
*明るすぎるデュアルライトは街中では単なる光害の何物でもない。
*ワンちゃんが好きではない方、ワンちゃんと生活していない方にとっては、害の何物でもないですよね。
*熱中症や野菜の高騰. 温害の何物でもないだろう.
*たばこは害の何物でもないのでもっと税を上げてもいいと思います。

 以上の用例は全て非慣用的なもので、慣用的には、「…以外の何ものでもない」と言ったり書いたりする。たとえば、最初の例の「煙草は害の何者でもない」を慣用的に書けば、「煙草は害以外の何ものでもない」となる。この「…以外の何ものでもない」の形は、「まさに…だ」、「全く…だ」の意味で、その判断を強調する時の慣用的な言い方だ。

"Her [His] health isn't too good."という言い方。

英語圏の人々が書いたり話したりする英語に"Her [His]health isn't too good."のように、“not too”という言い方が出て来る。私のかつての同僚Leo. G. Perkins 氏(故人)はこの言い方を好まなかった。ユーモラスな感じや皮肉っぽい感じを出す時には好いが、そうでない場合は"Her [His]health isn't very good."と too の代わりに very を用いるほうが好ましいという意見だった。それ以来、私はShe [He] isn't too bright.(彼女[彼]はあまり賢くない)のような英語にそれを多く用いるようになった。

仏陀と「彼」

今日の朝日新聞夕刊に、「『捨てる』覚悟が余裕生む」と題した小池龍之介・月読寺・正現寺住職の記事が出ていた。正確に数えたわけではないが、700文字強の記事だろう。話の中心に釈迦(ブッダ)のことが出てくる。同住職は釈迦のことを終始「」と呼んでいる。正確に言えば、最初は釈迦(ブッダ)と呼称するが、あとの5回は全て「」だ。「自身でお経を唱えず、葬儀・法要にかかわらない異色の僧侶とコメントしている」(Wikipedia)そうだし、著書に『坊主失格』(2010)と題した著書もある人物のようだから、それで釈迦のことを「」と呼べるのかも知れない。だが私にはその真似はとうてい出来ない。私にとっては釈迦は常に「釈尊(しゃくそん)」または「世尊(せそん)」だ。「釈迦尊」、「釈迦如来」、「釈迦仏」と呼称することもある。まあ、現代はこういう“異色の僧侶”もっと露骨に言えば“僧侶もどき”の人物が“珍重”される世の中なのだろう。「釈尊」、「世尊または「釈迦尊」、「釈迦如来」、「釈迦仏はそんなふうに不快がる私をご覧になって、きっと「まあまあ、落ち着きなさい。」と優しく仰るに違いない…。

Cracked pipkins are discovered by their sound.―English Proverb
  ヒビのある土鍋は音で分かる―イングランドの諺

ch-の発音

学生の1人が言った。「先生、ch-の発音が“チュ”となるのか“チャ”となるのか、“”とか“”とかなるのがよく分からないんですけど、何か規則はありますか。」

 話しを聞けば、church, chess, archbishop などのchは//と発音されるのに対して、chaos, chemist, chorus などのchは/k/と発音される理由が知りたいらしい。このほか、champagne, chandelier, chateau などのように/ʃ/と発音されることもある。

 当人には、「そんなことは英語史や音声学の基本図書を見て自分で調べなさい」と言っておいたが、昨今の教授経験から言えば、学生諸君にそう願うことは、「“つちのこ”の写真を撮って来なさい」と言うのと同じぐらい難しいような気がする。

 いずれにせよ、初期の英語学習者は、そういった発音はそのまま覚えてしまうのがいちばんだと思うが、敢えて、理由を探せば、次のようになるだろう。

 まず、chaos, chemist, chorus どのch が/k/と発音される場合、それらの語がギリシャ語起源の場合が普通だということだ。また、champagne, chandelier, chateau など、/ʃ/ と発音される場合、それらは普通、フランス語に由来する語だということだ。あとはchurch, chess, archibishop などの場合のように、ch が// と発音される(ほかにはchutney, niche, ostrichなど)。

withの2つの意味

私の散歩コースに某県立高校がある。また、その近くに、愛犬と散歩する時に私が一休みする公園がある。先日、天気が良かったので、そこにあるベンチの1つに腰を掛けて、愛犬と共に日向ぼっこをしていた。すると、すぐ隣のベンチに座っていた女子高生2人が宿題の話をし始めた。以下はその時の大体の会話の写しである。

A: で、この英語の意味の違いってあるの?
B: ああ、今日のやつ? He had a fight with John. とHe fought with John against her. が同じ意味か違う意味かっていうやつ?
A: うん、私、両方とも同じだと思うんだよね。
B: そうだね。前の文が fight が名詞? で、あとのが動詞?
A: うん、そうだね。


 こういう話を耳にすると、すぐに口を挟みたくなるのが、職業柄か、私の悪い癖だ。だが、その時は、黙ってその2人の会話を聞いていた。2人の間では、同じ意味ということで決着したらしい。
 結論を言えば、両者は意味は明確に異なる。前者は「彼はジョンと喧嘩した」の意味だし、後者は「彼はジョンに味方して彼女と喧嘩した」の意味だ。注意すべきは前置詞の“with”だ。細かいことを言えば、前者のwithは“against”の意味だし、後者のwithは“on the side of”の意味だ。その2人の高校生にはその2文は同じに思えたのだろう。担任の英語の先生は、なかなか面白い宿題を出したものだ。

日本語破戒者としての英語教育

y日本語破壊の元凶の1つは戦後の英語教育ではないか。刺激的なことを書くようだが、これは私が英語教師になって以来、抱いて来た大きな疑問であり、その後、その正当性を確信するようになって来たことだ。証拠の1例を挙げよう。私の手元に中学3年生を対象に編まれた文法書(学習指導要領準拠)がある。執筆者は元東京都中学英語教育研究会の某氏、東京都内某中学校教諭某氏、某国立大学附属高等学校教授某氏の3名だ。これをざっと見ると、じつにおかしな日本語文例が簡単に見つかる。そのうちの10例だけを挙げておく(下線部に違和感を覚える)。

 
1) My uncle told me what to study. (私のおじは私に何を勉強したらよいか話しました。)
2) This computer is not used very often.(このコンピューターはあまりよく使われていません。)
3) You’ll find our house between a fruit shop and a restaurant.(あなたは、くだもの屋とレストランの間に私たちの家を見いだすでしょう。)
4) We are the ones who make a brighter day.(私たちが、より明るい日をつくる人々です。)
5) I have a friend who swims well. (私にはじょうずに泳ぐ友だちがいます。)
6) This is a picture which was drawn by my father.(これは私の父によってかかれた絵です。)
7) The boy that is running along the river is my brother.(川にそって走っている少年は私の兄[弟]です。)
8) Show me the pictures which you took in Singapore.(あなたがシンガポールでとった写真を私に見せなさい。)
9) Thank you very much for giving me a chance to interview you.(あなたをインタビューする機会を私に与えてくださりたいへんありがとうございます。)
10) Please tell the way to the store.(どうぞその店に行く道を私に教えてください。)
 
 どの日本語文も昔から、英語を教える際には教室で使われて来たものだ。だが、たとえ“便宜的に”ではあっても、この“グロテスクな日本語”をどれほどの日本人が日常的に実際に使っているだろう? 学習者(=生徒)たちはこんな“不自然な日本語”を“不自然だ”とも思わずに[思わされずに?]、せっせとノートに書き写して行く。「グロテスク[不自然]な日本語にすること」が英語学習だと思っているふしさえある。少なくとも、私は上掲の日本語を使うことに大いなる抵抗感を覚える。私の日本語感覚では
10例とも、別の表現形式を採るからだ。英語教育は日本人の母語である日本語を豊かにする補助的役割を果たすべきであり、逆にその破壊者になってはならない。上記の日本語の場合、日常的には我々はどう言っているだろうか。いつものように我がゼミ生・院生(および一般読者諸氏)への宿題としたい。

文部省唱歌「鳩」を英訳した。

先週1週間かけて「」(作詞・作曲不詳、文部省唱歌)を英訳するようにと我がゼミ生諸君に要請しておいたが、今日午前中のゼミ授業の際に、各人の成果を発表した。なかなかよく出来たと思う。一通りの講評をしたところで、私自身の英訳を発表した。こちらにもその英訳を公表しておいたので見ていただきたい。優しい日本語で歌われている童謡だが、英訳するとなると結構難しかった

英語の文脈多義性にもっと留意しよう。(続)

ある日本人のブログを見ていたら、「ファッションをほめられた」というスレッドがあって、そこに、「That's a nice tie you're wearing. 君が着けてるネクタイ、すごくいいよ。/ Thank you. I got it on sale just yesterday. ありがとう. 昨日セールで買ったんです。」、「That's a cool jacket. そのジャケット、素敵ですね。/ Thanks. My grandmother gave it to me. ありがとう。祖母が私にくれたんです。」 などの例が挙げられていた。
 これはこれで好い。だが、言葉の文脈性ということを考えると、事はそう簡単ではない。That's a nice tie you're wearing. とかThat's a cool jacket. のような英文は文脈や言い方によっては別の意味にもなる。たとえば、That's a tie...だと、That tie ... is ridiculous. (そのネクタイ、バカみたい)、That tie... is all right, but I wouldn't buy it. (そのネクタイ、いいけど、僕なら買わないね)などの意味にもなる。文脈によってはさらに、That particular tie...is nice. (特にそのネクタイはいいね)という意味にも なる。言葉は文脈と音声だということを忘れてはならない。

英語の文脈多義性にもっと留意しよう。

Yahoo知恵袋を見ていたら、次のような質問と回答が目に入って来た(こちら)。

突然ですが…
Would you like another cup of tea?
これを日本語に訳すと、どういう意味になるんでしょうか?
宜しくお願い致します。

 これに対する“ベストアンサーに選ばれた回答”は次のようなものだ。

もう一杯、お茶いかがですか?
つまり、もうすでにお茶を飲んでいるもしくは、飲み終わったか、飲み終わりかけているので、”Another" なのです。
Another を日本語の辞書でみると、別のと書いてありますが、Another はだいたい、同じものをもう一つと言う意味で使います。
お店で、パンフレットをもらって、もう一つ余分に貰いたい時など、 「Can I have another one?」と言えます。

 普通はこのように回答するだろう。そしてそれでよい。我が国の英語学習では“ベストアンサー”だ。だが、これに文脈・音声が伴えば、事はそう簡単には行かなくなる。なぜなら、文脈や言い方によっては、この英文は次のような意味にもなるからだ。

そのお茶たとえば紅茶が気に入らないようですから、別のお茶たとえば日本茶を持って来ましょうか。
私はもう1杯飲みますが、あなたはいかがですか。
社交辞令で聞いているだけですから、断ってくださいね。

c 我々日本人も日本語で同様のこと1文の多義性を行っているのだが、我が国の教室英語ではまず教えてくれない“音声英語”に由来する意味に日本人英語教師はもっと敏感になるべきだ。“I like this tea."はいつも「私はこのお茶が好きです」と教えれば[学べば]好いのではない。そのことに気づけない、あるいは気づこうとしない人たちがいくら英語を教えても[学んでも]、それは英語を教えた[学んだ]ことにはならない。

【宿題】それでは“I like this tea."にはどのような意味が生じる可能性があるか。

Bristols=「おっぱい」のこと

bある日、ある授業で、ある教室に行った。一番前に座っていた男子学生の1人が、電子辞書を眺めながらニヤニヤしていた。「どうしたの? 何か面白いことでも書いてあるの?」と聞くと、「イギリスのBristolのことを調べていたら、面白いことを知りました。」 私はすぐに同君が何を言っているのかが分かった。「《Bristols=おっぱい》って書いてあることじゃないの?」と聞くと、「そうです。《breastとの音声的類似より》って書いてあります。」と答えた。「あっそう、ちょっと見せてくれる?」と言って、同君が見ていた電子辞書を覗き込んだ。「[bristols]《英性俗》乳房。《breastとの音声的類似より》」とあった。「乳房」という訳語を与えているのは、間違いではないが、《英性俗》だということを考慮に入れれば適切ではない。もっと言葉に敏感な人たちが辞書の原稿を書くべきだもちろん責任者はその編集主幹だ。やはり「おっぱい」のほうが良い。それに、「《breastとの音声的類似より》」という語源説は、どこから持って来た語源説かは知らないが、私はそれは怪しいと思う。これはBristol CityCityが「おっぱい」の意味のtittyと音声的に類似しているから、二つの「おっぱい」を指してtittiesになり、それがBristolsの形に集約されたと考えるほうが好いと考えているからだ。そうでなければ、この語が押韻スラング(rhyming slang)である理由が分からない。
 いずれにせよ、このスラングは、砕けた日常イギリス英語では頻繁に使われる。もちろん、日本人は“知っておく程度”“聞いてその意味を理解できる程度”に留めておくのが無難だ。

【付記】これを書いたあとで、Eric Partridge: A Dict. of Slang, Vol. を見て、私の推測が当を得たものであることを確認した。

「自分自身とお話ししてごらん」、ナニこれ?

j今朝の朝日新聞に大学のAO入試に関する記事が出ていた。その中に次の一文があったデジタル版こちら

「どうして大学に進みたいのか。自分自身とお話ししてごらん」 昨年8月、愛知東邦大(名古屋市)が開いたオープンキャンパスで、AO入試の担当者が受験生にこんな言葉をかけた。

 これを読んだ時、「ナニこれ?」と思った。この口のきき方はまるで、私立小学校の入試面接か何かを連想させるものだ。同大AO入試担当者が言った言葉をそのまま引用したものか、それとも朝日新聞の記者が自分自身の言葉としてそう表現したのか、それは分からない。前者であろうと、後者であろうと、「分自身とお話ししてごらん」などという幼稚な日本語を大学受験生に向けて使う神経が私には分からない。
  確かに昨今の大学受験生の学力・人間的成熟度には大いに疑問を感じるが、だからと言って、幼い子供相手でもあるまいし、「自分自身とお話ししてごらん」はないだろう。この日本語の稚拙さ、響きのおかしさに気付かない[気付けない]人には何を言っても始まらない…。「どうして大学に進みたいのか。自問してみてください」ぐらい言って欲しいものだ…。

「互いに相いれない」?

a今朝の朝日新聞の「天声人語」に次のような一文があった。

憲法改正を進める点では同じ自民党の憲法観と橋下氏のそれは、互いに相いれないのではないか。橋下氏のいう立憲主義的な発想は公明党も民主党なども共有するが、自民党はかなり異質である。

 あらさがしをするつもりはなかった。だが、読み進むうちにちょっと違和感を覚えた。「同じ自民党の憲法観と橋下氏のそれは」という個所の「同じ」はどの語に掛かるのか。「自民党」なのか、それとも、「憲法観」なのか。「互いに相いれない」というのは、意味はよく分かるが冗語的ではないか。なぜなら、「相入れない」とは「互いに受け入れない」、「(二通りの考え方や立場が相反して成り立たない」の意だから、「相」(=互いに、一緒に)という接頭辞と意味的に重なるからだ。
公明党も民主党なども共有するが」という個所の表現法も稚拙な感じがする。
 本ブログのあちこちで書いたことだが、昨今の新聞記者、テレビ・ラジオニュースなどの原稿執筆者の日本語は相当にレベルが低くなっているように思える。

 【後刻付記】Yahooニュースを見ていたら、次のような記事が目に入った(出典こちら)。何が言いたいのかは分かるが、下線部(山岸)を「下手な日本語だな」と思わざるを得ない。こんな“雑な日本語”でも何が言いたいのかは一応通じるのだから怖ろしい。

女優、本仮屋ユイカ(25)の実妹で、フジテレビ系東海テレビ(名古屋市)に今月入社した本仮屋リイナ・アナウンサー(22)が10日、サンケイスポーツの取材に悪戦苦闘の日々と、夢を語った。姉に負けず劣らぬ美貌を武器に、入社した1日にいきなり番組デビュー新人らしく失敗の連続だそうだが、大器の予感だ。地方局の女子アナから全国区の人気になるのも夢でない。「将来は女優の仕事もしたい」と笑顔が弾けた

「この道はいつか来た道」の「いつか」の英語

bYahoo 知恵袋」を見ていたら、「この道はいつか来た道』これを英訳するとどうなりますか?」という質問をした人がいて、それに対する“ベストアンサー”が「I have come this street someday.となりますよ。」というものだった。この文句は、おそらく北原白秋作詞・山田耕筰作曲による「この道」の出だしの部分だろうが、残念ながら、この“ベストアンサー”は間違いだ。こういう不正確な指摘と英語とが、日本人が利用するウェブ上には多過ぎるというのが私が抱いている印象だ(ほかの)。これは正しくは、I once walked along [came to] this road. / I've been to this road before. / This isn't the first time I've been to this road. などなる(roadは場合によってはpath, pathway などが好い)。副詞の someday は「未来のいつか、そのうち」という意味であり、たとえば「いつかカーディフに行ってみよう Let’s go to Cardiff someday [sometime].」のように用いる
 過去のある日という場合は
one dayとか、「いつか」ならonce あるいは one time だ。英語の基本の勉強を欠いてはならない。
 なお、再び戦争するような場合にも、「いつか来た道」と言うが、その場合は the road [path] we ended up onとなる。

【付記】来週のゼミ授業では「鳩(ぽっぽ)」を取り扱うので、再来週の時間にこの「この道」の英訳を取り扱おうかと思っている。

武島羽衣作詞、滝廉太郎作曲の「花」を英訳してみた。

日本人なら誰でも知っている歌の1つに、「春のうららの 隅田川 上り下りの船人(ふなびと)が…」で始まる、武島羽衣作詞、滝廉太郎作曲の「花」がある。先週、私のホームページ内のゼミ専用掲示板で、ゼミ生諸君にこの歌の英訳を宿題として課した。「日本語の意味を理解するためにインターネットを利用することはかまわないが、インターネット上にある他人の英訳は絶対に見ないこと」という点を条件とした。昨日の授業で各人の英訳を講評し、私の訳文も紹介した。ちなみに、外国人が英訳したものとしては、Greg Irwin氏による Near the River in the Spring (動画こちら)があり、以下のようになっている。

1.
Near the river in the spring
Beautiful is the sight
Golden rippples glistening
In the April light
Have you seen the color green that only spring can bring?
Have you heard a hummingbird when it starts to sing?

2.
Near the river in the spring
Beautiful is the dawn
Cherry trees are blossoming
Lovers on the lawn
Have you seen the willow tree whose branches hang so low
Rustling in the shadows there of love's afterglow?

3.
Near the river in the spring
Beautiful is the night
Stars are lighting up the sky a crescent moon hangs bright
Nature sings and gently brings this glorious rebirth
Near the river in the spring
Heaven here on earth  


 

 英語を母語とするIrwin氏にとって、「花」を理解しようとすればこうなるのだなというふうには思えるが、その英訳を見れば分かるように、武島羽衣が書いた詞とは大きく異なる。隅田川の名も出て来なければ、上り下りの船人(ふなびと)も出て来ない。当然、“櫂のしづく”も出て来ない。その代り hummingbird (ハチドリ)lovers(恋人たち)が出て来る。いかにも英語的な仕上がりになっている。だが、日本語の意味にできるだけ近づけた英訳をすればどうなるのか、私はそのことに大いに興味を引かれた。そこで、こちらのような訳文を仕上げた。

【付記】次週15日(月)のゼミ授業までに、ゼミ専用掲示板で受講生に試みてもらう課題は「ぽっぽっぽ、鳩ぽっぽ」で始まる童謡「鳩」の英訳である。

英語の surname (姓)の話

大学4年生の時、Thomas Hardy (1840-1928) の Far from the Madding Crowd (1874)を読んだ。理解に苦しむ箇所もかなりあったが、Oxford English Dictionary と『研究社英和大辞典』とを繰り返し引きながら、結構楽しく読んだ。その頃のことだ、Hardy という名前の語源は何だろうと思ったのは…。その後、それがbold (大胆な)またはcourageous(勇気のある)という意味であることを知った。
 その後、大学の図書館で、姓(=名字)を扱った一書Earnest Weekley:Surnames (1936)に出合った。360頁もある、当時の私にとっては大いに分厚い本だったが、ひと夏を掛けてそれを通読し、必要な箇所のノートを取った。同書を皮切りに、類書を4、5点読んだ。当時の法政大学図書館には、教授陣の優秀性を反映して、優れた洋書が多く、利用者たる学生を飽きさせなかった。特に興味深く読んだのは、上掲のWeekley のもの以外には、P.H. Reaney: The Origin of English Surnames (1967)、C.M. Matthews: How Surnames Began (Lutterworth Press, 1967)、E. Latham: A Dict. of Names, Nicknames and Surnames (1904)だ。Reaney とMatthews のものは当時、発行されたばかりだったが、頻繁に私が使うので、私の手垢でだいぶ汚れてしまった記憶がある。貧乏学生だった私はそうした書籍を徹底的に読んで、ノートを取ることを励行した。
 そんなことから、さまざまな姓の語源を知った。今でもはっきりと記憶に残るのは、次のようなものだ。

Armstrong←strong arms
Bailey←bailiff
Black←dark in colouring
Campbell←twisted mouth
Foster←forester
MacDonald←son of Donald
Reed←red-haired or red-faced
Strong←strong
Steinberg←stone muntain

 時代が変わったとは言え、昨今の英米文学科、英米語学科、英語学科の学生諸君を見ていると、こうした事柄に余り興味を持たないようだ。こういう勉強もきちんと行っておくと、英語世界が拡がるだけでなく、知的興奮を覚えるし、教室での話の“ネタ”にも困らない。

妻の履物を処分した。

x昨日、亡妻が愛用した靴・下駄・草履をようやく全て処分することに決め、透明のビニール袋に箱のまま詰めた。和服の愛用者であった妻の老舗の下駄・草履、洋服にも気を使っていた妻の靴、どれもこれも“高級”なものばかりだった。そういうことには無頓着だった私でも聞いたことのあるものばかりだった。靴はグッチ、フェラガモ、ルイヴィトン等々、全て箱入りで、まだ妻が一度も履いたことのないものも数十足あった。結局、下駄・草履、各20足、靴50足ちかくあった。
 妻が去ってから3年半、私にはそれらを処分する“勇気”がなく、“決断”がつかなかった。妻が愛用したものだから、私のそばに置いておきたかったのだ。だが、もう妻がそれらを履くことは二度とない。置いておいても未練が残るだけだ。置いておいて、子供たちに処分させようかとも思ったが、それもまた子供たちには迷惑な話だろう。そんなことをいろいろ考えているうちに3年半が経過した。
 今朝、それらを全て一般ゴミとして処分した。箱に書かれたブランド名に興味を引かれたゴミ収集人や通行人が持って行ってくれてもいいし、そのまま焼却処分にしてくれてもいい。

 今朝、大学に来て、そのことを購買部のパートの女性店員(主婦2名)に話したら、目を丸くして驚かれた。たぶん、ブランド名と未使用のものを処分したことに対する驚きだっただろう。今、私の心には「諦観(ていかん)」への想いが強くなっている。平たく言えば、「あきらめ」だ。色即是空である。妻も私の行動を許してくれるだろう。

【付記】上の写真に写っているシンビジウムは、妻が亡くなる前に鉢植えにしたもの。これといった世話もしていないのに、今でも美しく咲いてくれる。けなげだ。

己れを行うに恥あり

今朝の朝日新聞の「天声人語」に、民主党の小西洋之参院議員のブログの“炎上”のことが出ていた。先月29日の予算委員会で安倍晋三首相に「日本国憲法のなかで一番大切な条文は何か。個人の尊厳をうたい、人権の保障を包括的に定めているのは何条か。逃げは許さじと畳みかけた」そうだ。「首相は『クイズのような質問』に不快感を示し、『大学の講義ではない』と反発したが、答えとなる条文をあげることはなかった」そうだ。「小西氏が首相から引き出そうとしたのは13条である。その前半に『すべて国民は、個人として尊重される』とある。ざっくりといえば、自分の人生は自分で決められるということである。社会の中の多数派も少数者も等しくそうであり、そこに国家が口出しをすることは許されない。(中略)首相が、この憲法のいわば肝の部分をきちんと捉えていないのではないか。小西氏はそこを突こうとした。
 天声人語にはそういうことが書いてあった。そしてそれを読んで、小西氏も天声人語を執筆した記者も「よく言うよ!」と、大いに反発したくなった。私にとって、民主党とその議員たちの言動はほとんどいつも白々しいし、胡散臭いのだ。第13条の「すべて国民は、個人として尊重される」が一番大切な条文だと言うが、民主党は政権にあった3年余の間に、北朝鮮に拉致されたすべての人々の尊厳を守ろうとしたか? 東日本大震災と福島原発で被害にあったすべての人々を尊重したか? 天声人語も「自分の人生は自分で決められるということである。社会の中の多数派も少数者も等しくそうであり、そこに国家が口出しをすることは許されない」などと大見得を切るが、その実現にどれだけ貢献して来たか?
 常々言うように、朝日新聞は「安倍の葬式はうちで出す」と暴言を吐いた若宮啓文主筆がいた新聞社であり、「南京大虐殺」の嘘を日本国民の間に広めた本多勝一記者がいた新聞社だ。両者とも、第13条を順守したか? 言いっきり、書きっきりで、自らの発言の“正当性”を検証していないのではないか? とりわけ本多元記者が日本国民に深く、広く与えた誤った“罪悪感”“認罪感”は、それだけで万死に値する。そういうことを思う時、民主党の小西議員が言うことも、天声人語が書くことも大いに白々しく、かつ胡散臭いのだ。子曰く、「己れを行うに恥あり」だ。

  民主党・小西氏と朝日新聞・天声人語の日本語の白々しさに比べて、上に借用した動画の自民党・佐藤正久参院議員のスピーチには大いに感動した。日本国の政治家という思いが痛いほど伝わってくるものだ。佐藤氏のスピーチを聞きながら、韓非子だったかの「天下を治むるは、必ず人情に因」という言葉を思い出した。氏はそこらあたりの“ツボ”をよく押さえておられる。

【後刻記】小西洋之議員が憲法に関する安倍首相の知識を“確かめている”動画を見つけたが(こちら)、これを見て、正直なところ同議員に対する“憫笑”を禁じ得なかった。
【後日記1】私は小西洋之議員を“胡散臭い”と言った。私の直感が正しかったことを示す動画を偶然に見つけた。「余りにヒドイ!民主(千葉)・小西ひろゆき参議院議員の居眠りPart1」 「Part2」の2つの動画だ。ここに映し出されている同議員の姿勢を見る限り、この御仁が如何に国会議員としての自覚を欠いているかがよく分かる。同動画に付されたコメントも当を得ている。「Part2」のコメントの1つに「一夜漬けの学習で安倍さんに憲法クイズを出したアホです。根っからの売国奴。」、「国会で安倍首相に憲法クイズを出したバカはこいつか」とあるのにも憫笑を禁じ得なかった。森まさ子議員(自民:福島)が福島の悲惨な状態に言及しながら、真剣に質疑している時、小西議員はこういう態度でいるのだ。他方、自分のブログには次のような“立派な”ことを書いている。

「すべての国民はそれぞれの人がかけがえのない尊厳を持つ存在として尊重されなければならない。そうした一人一人の国民は、その一度きりの人生を精一杯最大限幸せに生きる権利があり(=幸福追求権)、それがその人だけの幸せのためではなく他の人の幸福追求との調和を確保しながら、その幸福の最大限の実現のために全力を尽くしていくのが国会や内閣を始めとする国政の責務であり、国会や内閣などはこのために存在する。」

 これを読んで、この議員の胡散臭さ”“偽善性を感じない人がいれば、その人こそ異状だと言えるだろう。

【後日記2】朝日新聞は先月末、「与那国島慰安婦慰霊祭」(こちらこちらも参照)に関しても“捏造”を行ったことが報じられている(詳しくはこちらの動画を参照)。「相変わらず歴史を潤色する朝日新聞のやり口」という形容に愕然とする(こちらでも朝日新聞の“嘘”が取り扱われている)。

英語で授業、OK?

今朝の朝日新聞に「英語で授業、OK?」と題した記事が掲載されていた(デジタル版こちら)。「授業は英語で行うことを基本とする」という新学習指導要領が今年度から高校で実施されることに伴った記事だ。
 一言で言えば、「ことはそう簡単ではない」ということになる。

●始業式目前だが、「まだ試行錯誤してます」。
●生徒が英語を使う機会をつくるべきなのに、教師が英語をまくし立てていた。
昨年末に自分で公開授業(50分)をした際には、生徒が英語を使っている時間が16秒しかなかった。
●文法や本文の意味をいきなり英語で教えるのは難しい。
受験と両立できるか。
●そもそも自分の英会話に自信がない。
●日本語の授業を変えるつもりはない。
●苦手意識が強い子に英語で授業をするのは現実的じゃない。分からないまま終わってしまいかねない。

等々の英語教師の赤裸々な意見が並ぶ。
 ベネッセ教育研究開発センターが昨年8〜9月、全国の高校英語教師50人に聞き取り調査したところ、不安・課題として、(庫,脇本語で説明しないと理解出来ないのでは(68%)、苦手な生徒が英語だけで理解できるか(66%)、B膤愼試に対応できる学力をつけられるか(54%)― などが挙がったそうだ。
 最後に、こういう意見に対して、文科省の担当者は「英語で教えることで指導が行き届かなくなる恐れがあるなら、日本語でもやむをえない」と話したそうだ。文科省の担当者によるこの回答が現在の我が国の英語教育の質と問題の複雑さの全てを物語っている。「いつも何事も中途半端という印象を与える回答だ。
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