2013年05月

the first two men と the two first men

あるクラスの授業が終わって、B君から英語の質問を受けた。「先生、“列に並んでいる初めの二人”を英語で言えば、the first two persons standing in line でしょうか、the two first persons standing in lineでしょうか。」 私に確認したかったのは、語順の問題だったようだ。以下に書いたのが、その時の私の回答だ。

 the first two persons とthe two first persons とでは意味が違う。前者は列が1列で、その列に並んでいる1番目と2番目の人、後者は2列に並んでいる最初の二人という意味だ。イラストで書けば次のようになる。

 the first two persons (=the first person and the second person in a single file)  
     

 the two first persons (=the two head persons in a double file, standing abreast)
     
     

音位転換 (metathesis) は面白い!

a美味しいものを食べる時などに、我々は「舌鼓(したつづみ)を打つ」という。これを「舌づつみを打つ」と言う人が少なくない。これは「舌つづみ」→「舌づつみ」のように音位が入れ替わった例で、この言語現象を「音位転換」(metathesis)と呼ぶ。「位転倒」とか「音転位」と呼ぶこともある。ほかに「シミュレーション」が「シュミレーション」になったりする例がある。「さざんか(山茶花)」は「さんざか」が元の形だ、「アキハバラ(秋葉原)」は「アキバハラ」が元の形だ。
 英語でもask→ax、asterisk → asterix、introduce → interduce、relevant → revelant などいろいろある。私が好きな英語の例はほかにanenomeがある。これは「アネモネ」の意のanemoneが転位したものだ。「イソギンチャク」の意味のsea anemone はしたがってsea anenome になる。面白い言語現象だ。具体例はこちらにも、こちらにも、こちらにもある。こちらではWhat is the difference between anenome and anemone? という質問とそれで対する解答が掲載されている。

A.M., a.m. と morningの用法

午前」を表す英語の省略はA.M.またはa.m.だ。AM, am のように表記する
ことも多い(午後はP.M., p.m. など)。ラテン語のante meridiemに由来する(P.M., p.m. はpost meridiem)。eleven ten A.M. / a.m.のようになる。だが、この略語をmorningの意味で用いるのは誤りだ。たとえば、
“I'll see you tomorrow A.M. / a.m.”といった具合だ。
 と、書いたがそれは昔の考え方で、昨今の英語ではその書き方をする人が
少なくない。当然、実例も多い。たとえば、

※ "I'll see you tomorrow Am..." Nathan said with a smile on his face, pulling me into a warming and gentle hug.
※That's all from me at TVC. I'll see you tomorrow am from our new studios.

 といった具合だ。だが、言葉に敏感な人たちはその用法を極力避けているようだ。日本人英語学習者はそれに従うほうが賢明だろう。

at a young age とat an early age

早死にしたアメリカの著名人の動画を見ていたところ、それがfamous people who died at a young age と題されているのに目が行った。この young は「若い」という意味で使われているようだが、各死者の年齢を見なければ、「幼い」の意味にも解釈できる。私のかつての米国人の同僚 W.W.教授(故人)はこの at a young age という言い方を嫌った。その代りに “at an early age” を好んだ。現在、“at a young age” をGoogle検索に掛けると、実例は多数挙がる。3例だけを引用しておく。

※How to Cope with a Loved One that Died at a Young Age
※While working on my family history, I was amazed at how many children died at a young age in the 1700's.
※Which of William Shakespeare's children died at a young age?

 私の場合、W.教授の影響もあって “at an early age” のほうを好んで用いている。

「靴が鳴る」を英訳した。

今日のゼミ授業では、1週間前から取り掛かっていた清水かつら作詞・弘田龍太郎作曲の「靴が鳴る」の英訳を検討した。ほとんどの諸君は時間を掛けて、その意味するところを正確に理解したが、中には傑作な解釈をしている受講生もいた。そういう解釈に出合うと、教えられ、歌われて来なかった唱歌や童謡の日本語は、その学生にとっては、ほとんど外国語のようななってしまうのだということを実感する。
   諸君の英訳をつぶさに見ると、日本人英語学習者の特徴が観察される。たとえば、2番の「花をつんでは おつむにさせば」の「おつむにさす」をwear a flower in [on] my hair / pick some flowers on the head / decorate my head with some flowers / put a flower on my head / put a flower on the hairs of my head などと表現している。だが、英語では、pick a flower for my hair と表現するのが好いだろう。こちらに私の英訳を掲載しておいた。

 来週までの課題は「京の五条の橋の上 大の男の弁慶が」で始まる「牛若丸」だ。

アクセントの置き場所の変化

大学3年次に、英語学・言語学分野でご高名の前島儀一郎先生(故人)の「言語学概論」を履修させていただいた。難しいことを分かりやすく教えてくださった。ある日、先生が、英国英語で「官報」の意味で用いられる、あるいは新聞名の一部として用いられる gazette という語に触れられて、この語のアクセントはどこにありますかと聞かれた。私はgazette だと思って、「第1音節にあります」と応えた。先生は、「それはDr. Johnson の頃の発音ですね。現代英語ではgazetteのように、第2音節にありますよ。あなたはそれをご存じでしたか?」と言われた。「いいえ、存じませんでした。勉強になりました。ありがとうございました。」 そのような礼の仕方をしたように記憶する。
 正直なところ(前島先生にずいぶん失礼なことだが)、先生が「Dr. Johnsonの頃の発音ですね。」と仰ったのには驚かされた。私にはgazette という語に馴染みがなかったから、あてずっぽうで言ったというのが本当のところだった。

 それから時代とアクセントの移動という点に興味を持った。その頃の大学ノートには、いろいろと調べたことが書いてある私は大学時代の物をけっこう大事に残しているが、人生の終わりに当たって、そろそろそれらを整理しなくてはならないと思っている。その頃の語を以下に10語ほど列挙してみる。それらの語のアクセントはどこにあるだろう。

 

1)    academy

2)    balcony

3)    blasphemous

4)    commerce

5)    compensate

6)    nature

7)    orator

8)    retinue

9)    revenue

10) theater


 おそらく誰もが、academy, balcony, blasphemous, commerce, compensate, nature, orator, retinue, revenue, theater
のように、前に(赤字の個所に)アクセントをおくはずだ。それが現代英語では普通だから。だが、昔はもっと自由だった。異なったと言っても良い。academy, balcony, blasphemous, commerce, compensate, nature, orator, retinue, revenue, theater のように発音された。たとえば、3番目のblasphemous はかのミルトンが、retinue はかのシェイクスピアが好んだアクセントだ。
  そういう言語的・歴史的事実を無視して、日本人英語教師は単語のアクセントの置き場所を試験で聞くことが少なくないのだ…。

「アイスコーヒー」とiced coffee / ice coffee

和製英語のことを調べていたら、「ice coffee は和製英語で、正しくは iced coffee」と書いてある頁に出くわした(こちら)。確かに英語では「アイスコーヒー」のことはiced coffee と言った。「氷で冷やした」というのだから iced と表記するのは当然だ。だが、iced coffee の意味で ice coffee と言うことは今日では珍しくはない。こちらにもこちらにもその例がある。したがって、私が関係した和英辞典はice(d) coffee と表記してある。
 昔(今から40年近く前)、私がロンドン大学での英語研修に参加した時、音声学者として著名なA.C. Gimson 教授(故人)は、iced coffee が正しく、ice coffee はおかしい。それでは「氷で出来たコーヒー」(coffee made from ice) というおかしな意味を持つ語になるから、と説明なさった。

橋下徹・維新の会共同代表、発言撤回!

橋下徹・維新の会共同代表は、読売テレビ系「ウェークアップ!ぷらす」に出演した際、先に在沖縄米軍に風俗業活用を促した自分の発言について、「米軍と米国民におわびしたい」と言って、それを撤回する意向を明らかにしたそうだ(出典本日朝日新聞夕刊およびこちら)。
 正直に言うが、これには大いに失望した。政治家としての自分の立場を考えたり、周辺を吹き荒れる“橋元バッシング”を考慮したりした結果の決断だろうが、何も撤回して米軍と米国民に詫びる必要などない。自分が発言したことに政治家として命を賭ける決意があったのなら、米軍に風俗活用を進言した本意を理解させればいい結局はその決意はなかったということだ。橋下氏は上記の番組で、「アメリカだってイギリスだって、現地の民間業者のそういう女性を利用したのは間違いない。ドイツだってフランスだって慰安所方式をとっていた。第2次世界大戦以後も、朝鮮戦争でも慰安所というものはあった。軍と女性の利用というのは絶対。タブー視しちゃいけない。」と主張したそうだが(上記朝日)、そこまで堂々と言えるのなら、いったいなぜ「米軍と米国民」にだけは詫びるのか?!

Great dejection often follows great enthusiasm.―Joseph Roux
   大失望は往々にして大熱狂のあとに続く―J.ロウ 

【後日補遺】次のような記事に出くわした(出典こちら)。

米兵、仏女性を性的はけ口に=レイプも多発−大戦中の欧州

 【ワシントンAFP=時事】第2次世界大戦中、ノルマンディーに上陸しフランスに進撃した米軍兵士の多くが地元女性との性行為に躍起になり、トラブルの種になっていたことを示す研究書が米大学教授によってまとめられ、6月に刊行されることが分かった。ナチス・ドイツからの欧州解放の立役者となった米軍の影の部分に光を当てたものとして注目される。
 この本は、米ウィスコンシン大学のメアリー・ロバーツ教授(歴史学)が著した「兵士たちは何をしたのか−第2次大戦時のフランスにおける性と米兵」。米仏両国の資料を分析したもので、同教授によれば、米軍進駐後のフランスでは、公園や廃虚などさまざまな場所で米兵が性行為を行っている姿が見られた。レイプも多発し、数百件が報告された。米兵による買春もあった。
 フランス女性たちは既婚者でも米兵にしつこく誘われ、ある住民は「ドイツ占領中は男たちが隠れなければならなかったが、米兵が来た後は女性を隠さねばならない」と言っていたという。
 当時のある市長は駐留米軍幹部に苦情を寄せたが、問題は改善しなかった。(2013/05/26-19:29)

英語圏人の誤字の例

英語圏の人たちが書いたと思われる記事や、アップしたと思われる動画には、日本人にもそういう場合があるように、“誤字”を書く者が少なくないただし、現代英語における綴り字法に則った場合。つい先日もアメリカ人らしき人のブログを読んでいたら“vegetable”(野菜)のことを“vegatable”と書いてるのに出くわした。後日、今度は“preparation”(準備)のことを“preperation”と綴っている例を見た。どちらもGoogle検索に掛けると、その例は枚挙に暇がない。
 また、「大きな渦巻き」のことを文語では“maelstrom”と言うが、それを“maelstorm”と綴る人も多いようだ。これは“意味”に影響された誤りだろう。下に、それぞれの例を3例ずつ挙げておく。

“vegatable”の例: 例1例2例3
“preperation”の例: 例1例2例3
“maelstorm”の例: 例1例2例3

 その他、forword, forward (共に、正しくはforeword;「前書き」), arguement (正しくは argument;「議論」), concensus (正しくはconsensus;「コンセンサス」), rythm (正しくはrhythm; 「リズム」), profesional(正しくはprofessional;「専門職の」)等々、英語圏人による誤字の例はいくらでも見つかる。

韓国の“歴史認識”

韓国の大手の新聞「中央日報」が今月20日付けで、1945年8月の広島・長崎への厳罰投下に言及して「神の懲罰」などと表現したコラムを掲載したそうだ(出典・今朝の朝日新聞)。同コラムの筆者は同紙政治担当の論説委員だという。広島・長崎への原爆投下を「神の懲罰であり、人間の復讐(ふくしゅう)だった」としたそうだ。ソウルの日本大使館がそのことに抗議したそうだが、平素、何かと言えば日本の“歴史認識”を云々するくせに、自分たちはこの程度の“歴史認識”しか持ち合わせていないのだ。人にものを言うには、まず自らの姿勢を正せと言いたい。
 

“an extended tour to ...”という言い方。

インターネットでオーストラリアのケアンズ(Cairns) 付近の観光旅行の情報を調べていたところ、Why not explore the World Heritage rainforest areas of Cape Tribulation and Daintree or take an extended tour to Cape York Peninsula.という1文に出くわした(出典こちら)。文中の“an extended tour to Cape York Peninsula"の“extended tour" が気になった。ウェブ検索をすると約 284,000 件もヒットする日常的な言い方だ。だが、よく考えれば“extended tour" はきわめて曖昧な言い方だ。なぜなら、“extended" とは「延長した」(made longerlengthened) という意味だから、“an extended tour to Cape York Peninsula" は「(スケジュールにある予定を延長してヨーク岬半島まで行く旅行」という解釈になる。だが、原文(および他所の同例)を見れば分かるように、そういう意味ではない。そこで言っているのは、「〜まで行く規模の大きい」とか「〜までの広い範囲の」の意味だ。それなら形容詞としては厳密には“extensive”が適当だろう。英語圏の人々が受け容れている“誤用”を訂正しようなどとは思わないし、そんなことは出来ないのだが、ちょっと気になった次第だ。

橋下氏の「慰安婦必要」発言に思う(その後のその後)。

国連の社会権規約委員会が我が日本に対して、「従軍慰安婦をおとしめるような行為をやめるよう求めた」そうだ(今朝の朝日新聞;以下、引用同紙より)。「一部の排外主義的グループが『従軍慰安婦は売春婦だった』という趣旨のヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返しているのを受けたもので、政府に改善を求めている」という。日本政府に対して、「公衆を教育し、憎悪表現や汚名を着せる表現を防ぐ」ことを求めたともある。さらに、朝鮮学校が国の高校無償化制度の対象外となったことについても、「差別にあたる」と批判し、改善を求めたようだ。結果的に、委員会は日本が包括的な差別禁止法をつくることも求めている。
 また、「声」欄には、「慰安婦は他民族蔑視の制度」(87歳男性)、「国会議員の品位を落とすな」(71歳男性」という題の投書が掲載されており、前者には「橋下氏は、慰安婦を『活用』した戦時中の日本人の意識の底に、朝鮮人らへの蔑視があったことに、もっと目を向けるべきではないか」とあり、後者には橋下徹氏と石原慎太郎氏に関して、「『売春』に対する認識が、私たち庶民とかけ離れているように思えてなりません。(中略) だが、売春を容認する発言は、国会議員の品位を著しく損なうとともに、国民を蔑(さげす)むものだと思います」とある。

 よくもまあ毎日これだけの表層的批判が出て来るものだと思う。国連の社会権規約委員会も、投書欄の投書も、すでに何度も書いて来たことだが、大事なことには何も言及していない。「従軍慰安婦」という語、「朝鮮学校だけが補助金の対象外になっている」という事実、「売春」という語、そういう表層的なところにだけ恐ろしく敏感に反応している。私は次のように考える。

  崕招外岼舵悄廚箸いΩ譴良堙格性(“従軍”)を考えて、安易に同語(=従軍慰安婦)を使うべきではない。
 ◆岼岼舵悄廚どのように集められたかを調査した上で、強制・脅迫・口車・懐柔・甘言によった者たちを論議の対象とせよ。自由意思による者は別扱いすべきだ。それが“人権”であり“職業選択の自由”だ。全ての慰安婦を対象に、「人権侵害だ」、「女性蔑視だ」と言うことこそ“差別”だということに気付くべきだ。
 0岼舵悄η篏嬋悄娼婦・公娼の世界史を詳細に調べ、戦争・従軍兵士との関係をひもといてみよ。洋の東西を問わず、そうした人間も歴史も引例に事欠かない。国連の社会権規約委員会もあまり“タテマエ”“きれいごと”を言わずに、自国のそうした歴史をよくよく見直すべきだ。その点で、他国・他民族を非難する権利を有する国など存在しない。

 …鮮学校と北朝鮮との関係・同校の教育内容(特に思想教育)・多数の日本人拉致被害者の存在等を総合的に考えた場合、同校へは補助金を支払わないというのは当然のことであり、過半数の日本国民の支持は得られるはずだ。
 ◆蛤瀑特権”との関係も無視できない。戦後の在日朝鮮人・韓国人たちが享受して来た“特権”は、明らかに日本人への“逆差別”だとみなせる点が少なくない。
在特会はその“洗い出し”を行って来ている。その実態を知れば知るほど、同校への補助金を止めようとする日本人の気持ちも理解できる。

 日本の若者たちに戦後の日本が置かれた“苦境”を知ってほしい。連合軍の“認罪教育”が功を奏して、あまりにも多くの日本人が自虐思想に凝り固まっている現状を見るにつけ、深い悲しみを覚える。私は昭和19 [1944] 年生まれだが、物心ついてから今日まで、私が知っている限り、天皇や日本軍や“A級戦犯”(本当に嫌な語だ)の悪口雑言を言う人々があまりにも多かった。政治家しかり、役人しかり、学校の教師しかりである。いかにも、「自分には責任はなかった」と言わんばかりの人たちが多かった。マスコミがそれに輪をかけて、“捏造された戦中の日本兵の行為”を喧伝した(本多勝一・元朝日新聞記者他)。
 こういう状況で私が英語学習に力を注いだのは、愛する日本と日本人と日本文化を英語という言語(残念だが、世界語の1つ)を通じて世界に発信したかったからだ。私は別に思想的にはごく普通の日本人だと思う。敢えて言えば、穏当な愛国者だ。ただ、それだけだ。何度も書いたことだが、私に興味があるのは“真理”であり“真実”である。だから、私の記述に誤りがあり、他からのその指摘が正当なものであれば、いつでも訂正と反省をする。

橋下氏の「慰安婦必要」発言に思う(その後)。

橋下徹大阪市長へのマスコミその他の追及はとどまるところを知らない。今朝の朝日新聞「社説」には次のようにあった。「橋下さん、やっぱり変だ」と題している。

言葉は政治家の武器である。日本維新の会の橋下徹大阪市長は、そのことをよく分かっている政治家だと思う。だが、今回ばかりはその使い方を間違えている。橋下氏は19日、維新の会共同代表の石原慎太郎氏に会い、旧日本軍の慰安婦をめぐる自らの発言が混乱を招いたとして陳謝した。
 ただ、発言そのものは撤回していない。それどころか、メディアの報道を「大誤報」だと決めつけ、「日本人の読解力不足」とまで言い切った。橋下氏は1週間前、記者団にこう語った。「銃弾が雨嵐のごとく飛び交う中で、命をかけて走っていくときに、どこかで休息をさせてあげようと思ったら慰安婦制度は必要なのはだれだってわかる」
 その後の取材に、女性の人権の大切さも強調している。ただ、この発言に端を発した騒動を「読解力不足」と言い逃れするのは、見苦しくないか。(中略)
 ところが今回は、明らかに一線を越えている。一連の発言の中で、沖縄の米海兵隊司令官に「もっと風俗業を活用してほしい」と言ったのは、その最たるものだろう。米政府の不興を買ったからというのではない。意に反して米軍基地の重荷を負わされている沖縄。その中にあって、さまざまな事情から風俗業で働く女性たちを「活用しろ」という無神経さに、多くの人はあきれたのだ。(中略)
 橋下氏は、50人を超える国会議員を擁する公党の代表だ。意表を突く発言で注目を集め、批判する者はあらゆる理屈をつかってやり込める。こんな大人げないやり方はもう卒業してはどうか。


 これが朝日新聞の“社説”だ。私が気になったことを書こう。まずこの社説は「言葉は政治家の武器である。」と“武器”という語を使って書き始めている。“武器”とは何か? 確かに、「何かをするための有力な手段」という比喩的意味でも用いる。だが、これは転義であって、本義は「戦いに用いる種々の道具・器具」という意味だ。つまり、殺人のためのものだ。いずれにせよ形容・比喩にもう一工夫あってしかるべきだ。「日本人の読解力不足」という表現を私は真実を突いていると思っている。橋下氏の真意というか問題の核心を深く考えずに、言葉の表面や言葉尻を捉えて“橋下バッシング”に精を出すあたり、多くの政治家・メディアたちは「日本人の読解力不足」と言われても仕方がない。

 この点は日本人のみならず、韓国人“慰安婦”もそうだ。たとえば、87歳になる金福童(キムボットン)さんは、「慰安婦は必要だった」と発言した橋下氏に対して、「必要というなら自分の娘を送れるのか。」と憤っているが、これは韓国人の「読解力不足」の例だ(朝日新聞、5月20日朝刊)。橋下氏の発言の真意を理解できていれば、そんな発言になるわけがない。こういう愚かな発言に日本の反日政治家たちもマスコミたちもすぐに飛び付く…。

 「意に反して米軍基地の重荷を負わされている沖縄。その中にあって、さまざまな事情から風俗業で働く女性たちを『活用しろ』という無神経さに、多くの人はあきれたのだ。」 社説のこの箇所はいかにも女性たちの人権に配慮したような言い方だ。だが、論理的帰着としてはどんなものか。「さまざまな事情から風俗業で働く女性たち」の“さまざまな事情”は確かだろう。だが、現在、風俗業に従事していることは紛れのない事実だ。そうであるなら、それを精一杯“活用”して儲けさせてやるのが、彼女たちへの“協力”だと言えるもちろん、彼女たちの“事情”の中に人権的に解決すべき点があれば、国家・地方行政はそのための努力をすべきだ。それを「無神経さ」と侮(あなど)る記者のほうこそ問題だ。風俗業に従事している女性たちの味方のふりをして、心の奥底に彼女たちに対する“偏見”が根付いているように思えるからだ。
 それと、「沖縄の米海兵隊司令官に『もっと風俗業を活用してほしい』と言った」ことを非難しているが、この“提案”はまことに自然なことだ。この社説を書いた御仁は昭和33[1958]年に公開された「女の防波堤」と題する新東宝映画をご存じか。これは終戦直後、日本の婦女子を進駐軍の“暴行”から守るために“日本女性の防波堤たれ!”というスローガンのもとに集まった女性たちの物語だ。映画だから脚色はあるだろうが、これは当時の日本のありのままを描こうとし作品のはずだ。この映画に学ぶことは極めて多い。一言で言えば、戦争は悲劇だということであり、男(=兵士)たちの性欲はすさまじいということだ。米海兵隊司令官は自分たちと同じ米人兵士たちが、当時、我が国の一般女性たちに何をしたのか、よくよく調べてみるべきだ。また、「エリザベス・サンダースホーム」(画像;創設者・澤田美喜)がどのようにして我が国に存在するようになったのかを勉強すべきだ。こういうことにならないように、橋下氏は「沖縄の米海兵隊司令官に『もっと風俗業を活用してほしい』と言った」はずだ。それに対して、司令官が“不快感”を示したとすれば、それは“タテマエ”だ。その点は「米国人の読解力不足」だろう。

 この社説からは、理由の如何を問わず風俗業を選んだ女性たちに対する逆差別が臭って来る。「意表を突く発言」と言うが、橋下氏の発言は別に意表など突いていないし、きわめてまっとうなものだ。それを正面からきちんと捉えようとしないほうこそ「大人げないやり方」だ。戦後、我が国を貶めようとする日本人勢力の如何に大なることか! 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の威力のすさまじさを痛感する。橋下徹氏よ、ひるまずに自己を押し通せ! かのピタゴラスも言っているではないか、「万事に先立って汝自身を尊敬せよ」と!

【付記】上記の社説の右側に投書欄である「声」欄があり、投書の1つに「『英霊』は死を強いられた人」という、87歳の男性のものだあった。それには、「靖国神社に参拝する国会議員らは、祭られている人を『お国のために戦って亡くなった英霊』と表現しますが、『英霊』の大半は意思に反して死を強いられた人たちです。『お国のために散った』とは彼らの心情を知らないのです」という一文があった。朝日新聞はこの種の投書を好んで掲載するようだが、この投書も、現代という平和な時に身を置いて、「英霊」となった人たちの心情を個人的解釈で行っているために、私に言わせれば“時代錯誤的な欺瞞”だ。「大半」とは「大部分」という意味だが、戦没者をそのように断定することはその「大半」の人たちに無礼だと思う。私は、ほとんど全ての兵士たちは自分たちの意思を優先することをせずに、あるいはそうすることを奨励されずに、かつ自省・内省する間もなく、“お国のため”また“愛する者たちのため”と信じて死地に赴(おもむ)いたと思う。それが戦争というものだ。

唱歌「海」を英訳した。

我がゼミ生諸君は、先週月曜日から昨夕にかけて、「松原遠く 消ゆるところ」で始まる唱歌「海」の英訳に取りかかっていた。大正2年[1913年]に発表されたものだが、作詞・作曲者は不詳となっている。
 いつものことだが、今のほとんどの若者たちはこの歌を歌ったことがないし、日本語自体が諸君には古色蒼然としていて、その意味を正しく理解することから始めなくてはならない。1番は

松原遠く 消ゆるところ

白帆の影は 浮かぶ

干網(ほしあみ) 浜に高くして

かもめは低く 波に飛ぶ

見よ 昼の海

見よ 昼の海

 だが、冒頭の「松原遠く 消ゆるところ」からして若者たちにはイメージが浮かばないようだ。「白帆の影は 浮かぶ」も、「干網 浜に高くして」も同様だ。2番の

島山(しまやま)闇に 著(しる)きあたり

漁火(いさりび) 光 淡し

寄る波 岸に (ゆる)くして

浦風(うらかぜ)(かろ)く 沙(いさご)吹く

見よ 夜の海

見よ 夜の海


 になるとさらに理解が困難なようだ。ゼミ専用掲示板には諸君が次々と日本語の分析結果を書き込んでいるのだが、読んでいて、時々、その突飛な理解・解釈に抱腹絶倒することもある。
f だが、それぞれの諸君は切磋琢磨するうちに、次第に“正解”に近い解釈に至るようになる。結局は、教えられ、歌い継がれなければ、こうした歌の文句は“外国語”と同じになってしまうのだ。今年のゼミ生に毎週課している課題曲は私にとっては全て懐かしいものであり、感覚的にもよく理解できるものだ。だからこそ英訳も可能だ。自分の母語を超える外国語など存在しないのだ。私のゼミには、カナダの大学をいちど卒業した受講生もいれば、英検1級合格者で、TOEIC900数十点という受講生もいる。だが、そういう諸君の“実力”をもってしても、こうした日本的な歌の英訳は“難物”のようだ。日本語の理解度・解釈度に限界があるから、英語力がそれに着いていかないのだ。こちらに私が訳したものを紹介しておいた。

  次週は、清水かつら作詞・弘田龍太郎作曲の「靴が鳴る」を英訳する。ゼミ生諸君の言うところでは、まことに残念ながら、多くの諸君はこの歌を知らないそうだ(「日本の歌100選」に選ばれたこともあるのにである)。大正8[1919]年初出だが、まさに「大正は遠くなりにけり」だ…。

Japanese, Chinese の -nese の発音は?

Japanese, Chinese という語の最終シラブルが /ní:z/ のようになることは初級英語学習者でも知っていることだ。だが、これを/ní:s/ と末尾を清音で発音したとしたらどうだろう。「そんな発音は(知ら/ 学んだことが)ない」と言われそうだが、正しい発音なのだ。現代の英英辞典に例を採れば、アメリカで一番大型の辞典であるWebster 第3版、次に大きなRandom House なども /ní:z/を第一に、/ní:s/を第二に挙げている。我が国で出た大型英和辞典(『研究社英和大』、『小学館ランダムハウス英和大』など)にも/ní:s/も収録されている。ちなみに、手元に昭和9年54版(昭和3年初版)の『三省堂英和大』があるが、同辞典は興味深いことに、Japanese /ní:z/、/ní:s/ の順で、またChinese /ní:s/ 、/ní:z/の順で発音を添えている。
   また、Longman Pronouncing Dict.(1990) はJapanese には /ní:z/の発音だけを、またChinese にはイギリス英語発音として /ní:z/ を、アメリカ英語発音として/ní:s/ をそれぞれ挙げており、興味深い表記になっている。同じイギリスで発行された発音辞典でも、Peter Roach & James Hartman が編纂したDaniel Jones の発音辞典であるEnglish Pronouncing Dict. (15th Ed.) はJapanese, Chinese、共に イギリス英語発音としては /ní:z/ を、アメリカ 英語発音としては /ní:z/、/ní:s/の両者を挙げているが、この表記が最も穏当なものだと思う。
 以上のことから総合的に判断して、 /ní:z/の発音が優勢だが、/ní:s/を排除することは歴史的にも不可能だということが理解できる。したがって、発音問題にこの点を尋ねるものを出すのは、実際をゆがめたものを作ることになる。

 【付記】なお、この問題はJavanese(ジャワの)、Taiwanese(台湾の)などのような語における-neseにも当てはまる。

橋下氏の「慰安婦必要」発言に思う(続々)。

橋下徹大阪市長バッシングが止まらない。新聞には「四面楚歌」という言葉が躍る。昨日から今朝にかけての朝日新聞を見ると、米政府当局者は橋下氏の発言に「言語道断で侮辱的なものだ」と激しく非難するコメントを朝日新聞に寄せたことが分かる。当局者はまた、「戦時中、性的な目的のために連れて行かれた女性たちに起きたことは、嘆かわしく、明らかに深刻な人権侵害で、重大な問題だ」との考えを示し、従来の米政府の立場を強調したそうだ(出典今朝の朝日新聞;以下カギ括弧部分同様)。

 橋下氏が自分の立場を考えてであろうが、自分のこれまでの発言をトーンダウンしたことを私は残念に思う。橋下氏の考えは安倍氏の考えに近いと思う人たちは、夏の選挙を念頭に置いているためだろうが“ここぞ”とばかりに橋下バッシングに精力的だ。公明党の山口那津男代表は昨日の党中央幹事会で、「女性の人格人権を著しく傷つけるものだ。有権者の良識をきっぱり示そう」と言ったそうだ。蓮舫、辻元清美等々の女性議員も記者会見を開き、橋下氏に抗議している。
 一昨日、昨日とこの問題を取り上げて来たが、橋下氏の発言に対する、米政府はもちろん、我が国の“反発派”は言葉は悪いが“ミソとクソ”とを一緒にして議論している。「軍の慰安婦=女性侮辱/女性の権利を蹂躙/人権侵害」ではない。軍の慰安所の構成・組織の過程、慰安婦の集結の実態が問題なのだ。米政府も我が国の“反発派”も“タテマエ”“キレイごと”でものを言っている。既述したように、「自らの意思に反して強制的に集められ、その人権を無視して男性兵士たちの性処理相手をさせられた女性」が問題なのであって、「日本軍に慰安所が必要だった」ということなど女性の人権とは別問題だ。そのことが“反発派”にはまるでわかっていない。

 こういう人たちは“神殿娼婦”と呼ばれた娼婦たちのことを知っているだろうか(同語をキーワードに検索すれば容易に見つかるものだ)。古代メソポタミアには、寄進を受けた礼拝者に“神の活力”を授けるために性交渉を行う巫女が大勢いた。ヒンズー教でも、寺院に奉仕する少女売春婦は大勢いた。こうした娼婦・売春婦は崇敬の対象ではあっても軽蔑の対象ではなかったと思う。実際に、高い社会的地位を占め、立派な学識を持つ娼婦はいくらでもいた。既述したように、世界で最古の職業は売春といわれるように、娼婦や売春婦は極めて一般的な職業だ。

 「慰安婦=女性侮辱/女性の権利を蹂躙/人権侵害」という短絡的思考は、古代メソポタミアやヒンズー教の娼婦・売春婦たちに対する、それこそ侮辱だ。それは時代が違うとは言わせない。それが通用するなら、70年前の慰安婦問題を云々することもナンセンスになる。とにかく、橋下バッシングをしている人たちは、事の本質がよく理解できていないとしか思えない。橋下氏はトーンダウンなどせずに、もっと勉強して、どんどん自己主張をしてほしい。私は全面的に応援する。なぜなら私に興味があるのは「真理」「真実」だけだから。

真理によって虚言者に打ち勝つべし―仏陀

【付記】 “反発派”たち(とりわけ女性議員諸氏)は橋下氏の今回の発言にムキになる暇があったら、現代の日本の低年齢の少女たちのどれほど多くの者たちが自分たちの“性”をおカネで売っているか、一部の心無い大人たちの“性処理”の相手をさせられているか、インターネット上にその幼い裸や性を曝しているかをよく調べたほうがよい。その実態をよく調べることのほうが今回の問題の何倍も何十倍も優先的に取り組まねばならない大事な問題だ。
【後日記1】橋下氏は、今月18日のツイッターで、「僕を批判しているメディア関係者やコメンテーター、有識者。なんといっても日本の国会議員のレベルの低さを見せつけられた思い」と批判的なことを書いているが、私もまったくそう思う。メディア関係者、国会議員を初めとする橋下氏批判者はもっと事の本質に言及できるように勉強すべきだ。
【後日記2】米国側は勝手なことを言っているが、米兵たちが敗戦後の日本で日本人女性たちに何をしたか!?その1例はこちらの動画(11:45〜あたりから)をご覧いただきたい。これが敗戦国の悲しみであり、戦勝国の横暴なのだ。

橋下氏の「慰安婦必要」発言に思う(続)。

相変わらず“橋本徹大阪市長バッシング”が続いている。戦後の連合軍、とりわけ米軍による“認罪教育”の“お陰”で、日本人の多くは真実を見極めようとする力と勇気とを失っているようだ。いつも戦々恐々として、物事の本質に迫ろうとしない。何度も書いたように、“河野談話”も“村山談話”も、その信憑性を再検証しようともしない。いわゆる“南京大虐殺”“従軍慰安婦問題”もそうだ。それらのほとんどの事象が“捏造”である事実から、日本人の多くは敢えて目をそらし、自虐的観点からそうした問題を見ている。朝日新聞の元記者・本多勝一の行った“罪悪”を朝日新聞自身、再検討しようともしない。そのくせ、「安倍の葬式はうちで出す」などと公器らしからぬことを口走る。
 
 今回の橋下氏の発言もそうだ。橋下氏の発言、具体的に言えば、「慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」、「現代の人権意識と第2次世界当時の人権意識は全然違う。当時は必要だったという風に考えていたんでしょう、と僕は言っている」と発言することが、どうして、「信じがたい発言。外交上も見過ごすことができない」(細野豪志・民主党幹事長)などという批判になるのか(出典本日の朝日新聞朝刊)。

 維新幹事長の松井一郎大阪府知事は15日の会見で「誤解を与えたということであれば残念。申し訳ない」と陳謝したそうだ(出典本日の朝日新聞朝刊)。これに対して、橋下氏は「僕は誤解を与えていない。報道の表現の仕方だ」、世界各国が一番問題視しているのは、日本国が国を挙げて女性を暴行、脅迫、拉致して、無理やりそういう仕事(慰安婦)に就かせた。日本以外の国は自由恋愛の建前の下でやっていたから問題はない、日本だけがいわゆる性奴隷を使っていた、と批判されている。本当にそうなのか。日本だけが特殊な話ではない」と主張し、「大反撃食らうのはそりゃもう百も承知」と結んだそうだ(出典本日の朝日新聞朝刊)。

 この最後の主張は、極めてまっとうなものだ。これに異論をさしはさむなら、私に言わせれば、そちらのほうがおかしい。急ぎ付け加えるが、私は、問題なのは「女性が自分の意思に反して、他人(軍・仲介者など)から強制されて兵士の性処理に当たらされること」だと思っている。また、大の大人である女性たちが、自らの意思で自らの性を代価を得て、男性に与えることは別問題だとも思っている。それをいっしょくたにして「女性を道具扱いにしている」だの「女性を人間としてみていない」だのと声高に叫ぶ人たちの側には立たない。これも“性差別”であり“職業差別”であるからだ。全ての人たちよ、もっと謙虚に事の真実・本質を見ようではないか。その意味で、私は橋下氏の発言に与(くみ)する者だ。

大衆は真実も単純さも好まない。彼らが好むのは作り話といかさま師だ。(ゴンクール兄弟『日記』より)

【付記】イギリスのBBCは橋本氏の発言を故意か無知ゆえか誤報している(こちら)。「20万人近くの女性たちが“性奴隷”(sex slave)として強制されて兵士を慰安した」などという“嘘”が堂々と放送・放映され、それが世界に拡散されている。こんな出鱈目を現代日本人は自虐的に捉え、受け入れ、無辜(むこ)の子孫に伝えて行く気なのか。BBCに対してはもちろん、そうした“出鱈目”を宣伝する世界の国々・メディアに対して、日本国は反論すべきところは堂々と反論すべきだ。

橋下氏の「慰安婦必要」発言に思う。

今朝の朝日新聞に、「日本維新の会の橋下徹、石原慎太郎の両共同代表が暴走している」で始まる「橋本氏 止まらぬ持論」と題した記事が出ていた。朝日新聞はなぜ、「暴走」という不必要に刺激的で偏向した言葉を使うのか。橋下・石原両氏のどこが「暴走」なのか。橋下氏は、旧日本軍の慰安婦について「必要だった」と述べ、在日米軍に風俗業の活用を提案しただけだ。もちろん、予想されるように米政府関係者はその提案に“不快感”を示した。橋下氏が、「米軍の街中での犯罪が問題になっている。独身の若い男のストレスの発散はどうしているんですか」と尋ねたところ、米軍司令官は「ジムやスキューバです」と答えたそうだ。さらに、「風俗には行かないんですか」と問うと、「禁止してます」と答えたという。これを読んで、私は思わず、「うそでしょう!」と失笑してしまった。

 朝日新聞の取材に応じた米国防総省の報道担当者は13日、橋下氏の発言に強い不快感を示し、米軍軍人にはUCMJ(統一軍法典)が適用され、金銭の対価として性的行為をすることが禁じられていると答えたそうだ。歴史認識問題の中でも、慰安婦については米国内でも非常に反発が強いそうだ。さらに、シーファー前駐日大使は、「右派にとっては(キリスト教が禁じる)売春の問題であり、左派には女性の搾取の問題だ。日本に同情する見方は全くない」と言っている。この点で、橋下氏の「アメリカはずるい」(朝日新聞5月14日夕刊)という発言に私は賛成する。

 私見では、橋下氏の発言は“ホンネ”を披歴した正直な、そして普通の発言だ。むしろ、朝日新聞も米国政府関係者も“タテマエ”を、もっと言うなら“綺麗ごと”を言っているように思えるのだ。「ジムやスキューバ」でストレスを発散? 「風俗禁止」? 「UCMJ(統一軍法典)が適用される」? 「右派にとっては(キリスト教が禁じる)売春の問題であり、左派には女性の搾取の問題」? そのいずれも“キリスト教など一神教の国の“タテマエ”あるいは“綺麗ごと”がどことなく臭って来る(もちろん、その全てを否定するというつもりはない)。米軍兵士たちの“実態”はそうした規制とは大いに違うはずだ。少なくとも私が昔付き合った立川基地(今は国営昭和記念公園)の米兵たち、座間キャンプの米兵たち、横須賀基地の米兵、たち、計約200人(将校も2、30人いた)は、そうした規制が“タテマエ”であることを私に明確に教えてくれた。彼らの発言の中身を聞けば、日本人の誰もが驚き、ショックを受けるだろう。私はそうした基地にいた米兵たちから彼らの性処理の“赤裸々な告白”を何十回となく直接聞いた(下記注参照)

 石原慎太郎氏の発言、たとえば、「貧しい時代には、売春は利益のある商売だったから嫌々じゃなしに選んだ」、「軍と売春はつきもので、歴史の原理。(戦時中は)売春婦をとりもつ施設をつくる商売があった」なども、私に言わせれば、きわめて普通の発言だ。

 社民党沖縄県連は「女性を道具扱いしている」と言う内容の抗議文を橋下氏に対して送るそうだ。また、大阪市の市民団体「日本軍『慰安婦』問題・関西ネットワーク」共同代表の方清子(パンチョンジャ)氏は「戦争遂行のために女性の性を利用するのは当たり前という発言で、女性を人間として見なしていない。こんな発言が通用すると考える感覚が、恐ろしい」と言っている(朝日新聞5月14日朝刊)。

 これ以上書いても仕方がないようにも思えるが、もう少し書いておこう。橋下氏の発言にほとんどの人たちは過敏に反応している。もちろん、朝日新聞もそうだ。女性が“性”を代価を得て売り物にすることは人間の歴史には常に付いて回ったものだ。“職業選択の自由と関連付けてもよい。宗教によっては、巫女が娼婦であった例もある。上記の人たちが忘れていること。それは、女性(とりわけ成人した女性)が自らの“性”を売ることを「女性を道具扱いしている」と言って非難するのはあまりにも皮相的だということだ。女性たちの自由意思によって娼婦となること、売春することを非難する権利は誰にもないのだ。お金のために自らの性を売るには、様々な理由があるだろう。貧困ゆえに自分の意思に反して、単なる好奇心から(昨今多い理由)、不特定多数の異性との性交渉を好むがゆえに(これも昨今多いようだ)、本人の意思に反し他人から強制されて等々。その中で問題となるのは最後の「本人の意思に反し他人から強制されて」という理由だろう。仮に我が大日本帝国が(そんな“事実”あるいは“証拠”を見たことはないが)、泣き叫ぶ無辜(むこ)の若い女性たちを日本軍の兵士の性処理の道具として連行して来たとしたら、それこそが大問題であり“人権侵害”なのだ。そこに集まった女性たちが、自由意思であったのなら、誰にも非難の権利はない。その点を間違えてはならない。「世界で一番古い職業は何か」と聞かれれば“売春”(prositution)と答えるのが“世界の常識”なのだから。

 だから、「女性を道具扱いしている」と即断することは、これもまた明らかな“差別”なのだ。この点、橋下氏が言っている、「アメリカはずるい。アメリカは一貫して、公娼(こうしょう)制度を否定する。しかし米軍基地の周囲で風俗業が盛んだったことも歴史の事実」、「日本国において法律で認められた風俗業を否定することは自由意思でその業を選んだ女性に対する差別だ」という発言(5月14日朝日新聞夕刊)にも私は首肯する。
 再度言及するが、冒頭に引用した言葉、すなわち、「日本維新の会の橋下徹、石原慎太郎の両共同代表が暴走している」という個所は、私には到底納得の行かない言葉選びだ。まあ、朝日新聞らしい形容ではあるが…。

【後刻記】「日本維新の会の橋下共同代表が、いわゆる従軍慰安婦問題について『当時は必要だった』と発言したことに対し、14日午前の閣議後の記者会見で、閣僚から批判が相次いだ。稲田行政改革相は『慰安婦制度は女性の人権に対する侵害だと思っている』と不快感を示した。」(出典こちら) こんな記事を読んだが、稲田行政改革相は元弁護士のはずだ。私は氏のファンの1人だが、この発言に与(くみ)するわけには行かない。その理由は上記のとおり。「慰安婦制度=女性の人権侵害」という論理立ては一面的・短絡的だ。
【注】次のような記事に出合った(出典産経ニュース/2013.5.17 08:01こちら)。「米国の一部で慰安婦を『性奴隷』と批判していることに『日本に進駐した際、米軍の要請もあり米兵相手の女性を業者が集めた。米国も同じことをやったのだ』」(千葉県市川市の76歳男性)。私が各駐屯地の米兵たちから直接聞いた彼らの性処理の仕方は、ここでは忌まわしくて文字に出来ない。

英語の語彙と英米語学科生

毎春、新入生を迎えると感じることがある。「英米語学科を選んで入って来たにしては諸君の英語の語彙力が不足しているな。」ということだ。授業中に、「? そんな英単語(の意味)も知らないの?」と嘆息することが頻繁だ。かつて、米国Northwestern大学心理学科のRobert H. Seashore 教授が「米国の10歳の児童は平均して34,300語を理解することができる。」と言ったことがある(Norman Lewis: Word Power Made Easy, 1973, Pocket Books)。教授の発表した数字を借用すれば以下のようになる。

4歳までに 5,600語
5歳までに 9,600語
6歳までに14,700語
7歳までに21,200語
8歳までに26,300語
9歳までに29,300語

 以上のように10歳までに34,300語を理解できると言う。そのあと、毎年5,000語近くの理解可能語を増やして行くそうだ。
 おそらく日本人英語学習者の場合、高校卒業時までに学習する英単語数はf3,000語前後ではないか。米国の4歳児の単語力にも満たない。大学英語教育学会 (JACET)の語彙集でも8,000語だ。これで、「日本人英語学習者の最終目標。英語を仕事に使う場合、95%の単語を知っていることに。英検1級やTOEICでは95%以上の単語をカバー。」ということになるそうだ。日本人英語学習者がどの程度の単語を完全に理解できるのかは分からないが、私の経験を通して言えば、その理解力ははなはだ怪しい。駆使力となるとさらに怪しくなる。語彙の貧弱さと、その理解力のなさを毎日のように教室で実感するからだ。英語教育専門家、英語教師の長年の努力は認めざるを得ないが、私が身近で教えている学生諸君の英語運用能力の低さに関して言うならば、「出るのは嘆息ばかり」なのだ。

「緑のそよ風」を英訳した。

r2今日のゼミ授業では清水かつら作詞・草川信作曲「緑のそよ風」を英訳した。私が物心ついた頃にはすでに誰でも知っている歌になっていた。昭和21年NHKラジオで発表されたものらしい。私の亡き妻が大好きだった曲だ。元気な頃、よく口ずさんでいた。

 残念ならが、私のゼミ生諸君でこの歌を知っている諸君は皆無だった。教えられていないのだから、知らないのは当然のことだ。それだけに、諸君にとっては意味解釈の難解な箇所が少なくなかったようだ。ごく日本的な語、たとえば、「緑のそよ風」(“緑のそよ風“ってどんな風?)、「(蝶蝶も)ひらひら」、「豆の花」(何の豆?)、「七色畑」、「ねんねどり」(本当に眠っているの?)、「(ボールが)ぽんぽん」、「ふなつり」、「金ぶな」等々、英訳しにくい日本語のオンパレードだ。

 学生諸君の訳はそれぞれ苦心の跡が分かるものだったが、日本語のしっかりとした理解のもとに行わなければならないから、誤訳・直訳も多かった。たとえば、「緑のそよ風」を green gentle wind と文字通りに訳すのがそうだ。英語では風を green gentle windと形容するのは普通ではない。それを A gentle breeze is blowing from nature と訳した諸君もいた。さまざまな英訳が出て来て本当に面白かった。授業の最後にいつものように私の訳を紹介し、なぜそう訳したのかを説明した(私の訳はこちらに掲載した)。来週までの宿題は「松原遠く 消ゆるところ 白帆の影は 浮かぶ」で始まる文部省唱歌「」だ。この歌の文句も今の若者には難解なはずだ。


【付記】写真のかわいい胡蝶蘭は今朝、大学院生のOK君が家内の霊前に供えるようにと贈ってくれたものだ。嬉しかった。

「俯瞰から眺める」?

beYouTubeを見ていたら、「安倍自民党の大勝利で選挙終了、早速口撃開始かよ・・・ 」と題した1本に行きあたった(こちら)。見ていると、男性“アナウンサー”による次のような言い方が私の耳に入って来た(02:40頃)。

中国と日本のことだけを考えるんじゃなくて、世界地図を俯瞰から眺めるようにして、私は対中関係というものを捉えたいんだという言い方をしていましたよね。

 「世界地図を俯瞰から眺めるようにして」?? 言葉尻を捉えるようだが、「俯瞰から眺める」という日本語は不自然だ。なぜなら、「俯瞰」とは「高い所から見下ろし眺めること」と言う意味であり、「俯瞰する」とは言うが、「俯瞰から眺める」とは言わないからだ。ちなみに、「」は「うつむく」とか「身をかがめて下を向く」という意味であり、「」も「高い所から下を眺める」とか「見下ろす」という意味だ。だから、「鳥瞰(ちょうかん)」というような語も生まれた。

振り込め詐欺の新名称、「母さん助けて詐欺」

金融機関から現金を振り込ませる手口よりも、高齢者を巧みに騙して、直接それを受け取る手口が増えていることを受けて、警視庁は実態を表す新しい呼び名として「母さん助けて詐欺」など3つの名前を発表したのは周知のとおり(NHK NEWS WEB)。ほかの二つは、「ニセ電話詐欺」、「親心利用詐欺」だ。1万4,000件もの応募があって、その3つが選ばれた。中でも最初の「母さん助けて詐欺」が最優秀作品に選ばれたのだそうだ。NHKが街頭インタビューしていたが、主婦らしき一人が、「男の人には悪いけど、お母さんを使っているところがいい」というようなわけのわからない応えをしていた。
 いつもの“減らず口”をたたくが、1万4,000件もの応募があったにも拘わらず、「母さん助けて詐欺」などという不細工な呼び名が最優秀作品に選ばれたということに、私など憫笑を禁じ得なかった。もう少しましなものはなかったのだろうか。その作者・選者には悪いが、1万4,000件もの応募作品の頂点に立つ物とはどうしても思えない。選ばれた3つの呼び名のどれからも《ことの深刻さ》が伝わって来ない。上記の一主婦が「お母さんを使っているところがいい」と反応したことからも推測がつくが、一般人の多くはこの種の詐欺をさほど深刻に捉えていないように私には思える。この種のきわめて悪質な詐欺はその悪質さ・反社会性が滲み出た名称が望ましい。これからテレビその他で、この「母さん助けて詐欺」を聞くのかと思うと、それだけで私の気持ちは滅入って来る。

Doli non doli sunt, nisi astu colas.― Plautus
  詐欺は巧妙に立案せられざれば詐欺にあらず―プラウタス

母の日に 

m3今日は「母の日」だ。 母のいない「母の日」はこれで4度目だが、子供たちはいつものように母への感謝の気持ちを表してくれた。私は朝早く、夫として妻の霊前で二人だけの大切な時間を過ごした左の花束は娘夫婦からの贈り物。妻が大好きだった胡蝶蘭も新しいものに取り替え、霊前の左右を少しばかり華やかにした。
 ドイツの古い諺に Danken kostet nichts und gefällt Gott und Menschen wolh.(謝辞を述べるに費は要らぬ、しかも神をも人をも悦ばす)というのがあるが、妻が亡くなった日から私の頭から離れないものだ。
 
Love can hope where reason would despair.―
George Lyttleton
              愛は理性が絶望すべきところに希望し能ふ―G.リットルトン 

Please excuse my coming to see you.という英文

インド系(?)の英語質問箱を眺めていたら、その質問の1つに、"Please excuse my coming to see you." Is this sentence correct? Please excuse my coming to see you.という文は正しいですかという質問が掲載されていた。6人による“回答”が書き込まれているが、Best Answerに選ばれたものが、その英文が持つ曖昧性にも言及していて、我々日本人にも役立つと思うので、ここで採り上げておく。それには次のようにあった。

Owing to the ambiguity of "excuse", the sentence in the question might mean-Plz dispense with my coming or plz pardon my action in coming. The sense is clear if we write-Please excuse me for / from coming. So, Right Answer!

 ただし、文章の流れから言って、 for / from は順序を逆にして from / for とすべきだ。その点の修正を施して、これを平易に言い換えれば、次のようになる。

問題は"excuse" という動詞が持つ曖昧性で、質問の文は「私は参れません のでお許しください」という意味にも、「私は参りますのでお許しください」という逆の意味にも解釈され得る。これを避けるにはPlease excuse me from / for coming.とすれば好い。

pianoという語

p教科書代わりに『スーパー・アンカー英和辞典』を使った対照言語研究の授業は思ったよりも受講生の反応が良かった(こちらを参照)。その最終日、某君が廊下で、「先生、piano の古い語がpianoforte なんですね。知りませんでした。」と感心したように言った。上記辞典に「pianoforte 《古風》=piano」とあるのを目ざとく見つけたようだった。廊下を歩きながら、その語について、同君に次のように説明した。

piano という楽器はBartolommeo Cristofori という名のイタリア人フィレンツェ楽器製作者が1700年頃に製作したもので、当初はgravicembalo col piano e forte と呼ばれたようで、その後、簡単にpianoforte になったようだね。pianoはイタリア語でsoft の意味で、forte はloud の意味だったと思う。

 ちなみに、近代音楽の祖Johann Sebastian Bach (1685−1750)は当時、すでにピアノの存在を知っていたようだが、彼は自分の作品集「平均律クラヴィーア曲集」(Das Wohltemperirte Clavier) をピアノ演奏用ではなく、ハープシコード(harpsichord)用に作ったようだ。実際にはピアノ演奏も普通だ。ピアノ用に初めて曲を作ったのはF.J. Haydn やW.A. Morzart だ。彼らに続いたのが R.A. Schumann、F. Chopin、F. Listz といった作曲家だ。

朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領の米国での日本批判

周知の如く、訪米中の朴槿恵(パク・クネ)韓国大統領は8日、米上下両院合同会議で演説し、その中で、「正しい歴史認識を持たなければあすはない」と、暗に日本を批判した。朴大統領は前日のワシントン・ポスト紙とのインタビューでも「日本は韓国だけでなく、周辺国の過去の傷口をかき回し、結束を弱めている。日本は責任ある歴史認識を持つべきだ」と、日本を批判している(出典・日本経済新聞5月9日)。
 その批判をそっくりそのまま朴大統領にお返ししたいというのが、一日本人としての私の感想だ。一言で言えば、「よく言うよ」というところだ。大統領が、あるいは韓国国民が“歴史認識”を口にするのなら、自分たちが日本に対して行って来た“歴史捏造”、自分たちの国が日本から受けた無量の経済的・文化的援助などについてもきちんと認識すべきだ。朴大統領は「日本は韓国だけでなく、周辺国の過去の傷口をかき回し、結束を弱めている」と言うが、「周辺国」とはどこか? この語から、「隣人とは人間の近くにいる有害な動物である」と言った、フランスのユーモア作家ピエール・デブロージュ (Pierre Desproges; 1939-1988) の皮肉を思い出した。言い得て妙だ。

not 〜 because of の曖昧性

手元の某英和辞典(電子辞書もあり)で成句としての"because of” を見ると、次のような文例が掲載されている。

I didn't go out [The game was cancelled] because of (the) rain. 雨のため外出しなかった[コールドゲームになった].

 この例のうちのI didn't go out because of (the) rain.にあるnot〜because of は注意が必要だ。なぜなら、この文は同辞典が示しているとおりの訳文にもなるが、もう1つ、「雨だったから外出したわけではない」と解釈することも可能だからだ。これを文にすれば、次の2文に解釈できる。

I didn't go out because it was raining. (雨が降っていたから外出しなかった。)
I went out, but not because it was raining. (外出したが、それは雨が降っていたからではない。)

 ということで、その両義性を考えれば、文脈によっては、次のいずれかのように言うほうが曖昧性が消えてよいだろう。

It was raining, so I didn't go out.
I went out, but not because it was raining.

 
 次の英文はいずれも、ウェブ上で拾ったbecause of が多少とも曖昧性を持つ場合の例だ。どんな曖昧性か各自で考えてみてほしい。

1) (出典) House Speaker Nancy Pelosi says she has the “overwhelming support” of fellow Democrats in her bid to become minority leader in the next Congress, and says she’s not to blame for the Democrats’ mid-term debacle. “We didn’t lose the election because of me,” Ms. Pelosi told National Public Radio in an interview that aired Friday morning. “Our members do not accept that.”

2) (出典) Look, maybe there is a perfectly reasonable explanation for the above sambo orgy and subsequent garbled communications around whether it was physical pain or not that forced Rory to withdraw from the tournament. However, treating the public like morons like this, completely ignoring the fact we all saw the snaps of the pre final shot snack fest, ignoring the fact he told three journalists that he didn't withdraw because of physical pain, is just not right.

3) (出典) I don't know how to deal with this. I can't even call it rejection because he didn't reject me because of my body. He rejected me because of my mind. He rejected me because I wasn't willing to lower my selfworth for his taudry entertainment.
 
4) (出典) More Central Planning or Yankee ingenuity? More entrepreneurism or more government control? For those of you on the left, for those of you in the media, Obama didn't lose because he didn't show up. He did not lose because of the altitude. He didn't lose because of the moderator. He didn't lose because he was on Valium or Xanax or whatever I've even heard. He lost because his ideas don't cut it.

5) (出典I dind't really agree because of the kid's dark hair, I thought that this color changing fitted more with the black / white theme of the show.

hi という間投詞

やあ、こんにちは」とか、「やあ、どうしてる?」という時、英語ではそれぞれ、"Hi! How are you?""Hi! How are you doing?"のように言うことは周知のとおり。英語の辞書には「helloよりもくだけた挨拶語」とあるだろう。そしてそれで好い。挨拶語としてのこの語はもともとアメリカ英語由来の間投詞で、今でもイギリス英語でよりもアメリカ英語で聞くことが多い。
 今から40年ちかく昔、私が初めてイギリスに行った時、この間投詞をイギリス人ジャーナリストのNM氏に対して使ったところ、"How mid-Atlantic!"と言われて、少々からかわれたことを覚えている。これがどんな意味かすぐに分かる人は英語がよく分かる人だ(山岸ゼミ生・院生への宿題にしておく)。

 ところで、この"hi"という間投詞だが、どこから来たのだろう? 明確な語源を示したものはない(ようだ)。 よく見かける語源説は、「 “How are you?”を早口で言っているうちに hiya”になり、それが hi”に縮まったもの」というものだろう。だが、これだと、上に示した"Hi! How are you?"など"How are you?"を繰り返すことになって、あまり説得的な説とは認めがたい。別の説では、これは "hey" "hy"に由来するものという。

 今から37、8年前に、俗語辞典の権威
Eric Partridge氏に私信を通じて尋ねたところでは、上掲の語源説と共に、"I wish you a high old time."(楽しい時を祈る)の"high"だけを取り出してhigh と言い、それがhi となった可能性もあるということだった。「お早う」の意味の"Good morning."が"I wish you a good morning."の中の"good morning"であることを考えれば、それも成り立つ考え方だと感心させられたことを覚えている。

Testimonia ponderanda sunt, non numeranda.―Latin Proverb
     証明は数に依らず重量にて計るべし ― ラテン語の諺

童謡「一寸法師」を英訳

今日のゼミ授業では童謡「一寸法師」の英訳を取り扱った。いつものように、1週間前からゼミ専用掲示板で、歌の意味を考え、どのような英訳をするのが望ましいかを論じておいたので、ゼミ授業はいやでも活発になる。「一寸法師」は何と訳すか、「指に足りない」の「指」は何指か、「かかえられたる一寸法師」の「かかえられたる」とはどういう意味か、等々、現代の若者たちにとっては日本語の意味を理解することから始めなければならない。いずれにせよ、みな、それぞれに“力作”を発表してくれた。最後に、私の英訳を紹介して授業を終える(こちらに私の英訳がある)。来週は「緑のそよ風」を英訳する。残念ながら、この美しい歌を知るゼミ生はひとりもいなかった。

good, bad, farの比較級と最上級

形容詞 good の比較級、最上級はと聞かれれば、誰でも better, best と答える。その反対のbadの場合は、誰でworse, worstと答える。同じく形容詞のfarの比較級、最上級はと聞かれれば、farther, fartherestと答える。
 形容詞 good の最上級にbetest と答える学習者はいないだろう。同様に、bad の場合はworser, worsest と答える学習者はいないだろう。far の場合もfarer, farest とは答えないはずだ。なぜなら、学校ではそんな比較級、最上級は教えないからだ。だが、英語史という観点からすると、それらはいずれも正しいものだ。現在、普通のbest betest の短縮形だし、worse, worst の場合、前者はworser の、後者はworsest のそれぞれ短縮形だ。さらに、farer, farest が現在 farther, fartherest になって“th” が挿入されているのはfurther, furtherest らの類推で挿入されたものだ。このように、言葉は変化する(Language is subject to change.)。

NHK Newsline の偏向性とキャサリン小林のこと

NHKの国際放送であるNHKワールドTVが去る4月26日に放送した英語ニュース番組Newslineで、キャスターのキャサリン小林が靖国神社を説明する際に The shrine honors Japan's war dead including wartime leaders convicted of war crimes.靖国神社は戦争犯罪人である戦時中の指導者を含む戦没者を祀っている)と言った(出典こちら)。これは不正確な放送だ。キャサリン小林というキャスターは、たぶん、自分の前に出て来た原稿を読んだだけだろう。だが、彼女がそれを世界50数か国に向けて放送したことは事実だ。
 NHKは国民から受信料を取っていながら、国民のためにならないこうした、事実を捻じ曲げた放送をしているのだ。いわゆる“A級戦犯”のことに言及しているのだろうが、何度も本ブログに書いたように(例:こちらこちら)、その人たちを形容してwartime leaders convicted of war crimes戦争犯罪人である戦時中の指導者)と表現することは正しくないし、してはいけないことだ。NHKは「1万人集団訴訟」の被告にもなっている(詳細はこちら)。昨今のNHKは反日的報道・放送が目立つようになって来た。現在のままなら、国民の間に、ますます反NHK派が多くなるだろう。

【付記】永山英樹氏のブログに詳細が書いてある(こちら)。こちらにもある(キャサリン小林の写真付き)。

接続詞としての as if のこと

a2今から55年も前、私が高校1年の時に使った英語劇「ハメリンの笛吹」(The Pied Piper of Hamelin by Robert Browning)の台本が出て来た。私はその劇で主役の笛吹男をつとめた。当時は、高校生用のリライトした平易な英語台本を用いたが、ブラウニングの原文も顧問のG先生の推薦で購入した。今でもそれを持っている。その第18章に次のような所がある。

The Mayor was dumb, and the Council stood
As if they were changed into blocks of wood,
Unable to move a step or cry,
To the children merrily skipping by--
And could only follow with the eye
That joyous crowd at the Piper's back.

その2行目の as if のところに下線が引いてあり、「(asとifの)間に何か省略されている?」というメモ書きがあった。動機がどういうものだったかまでは記憶していないが、G先生にはそれについて尋ねたような記憶がある。きちんと答えてもらったかどうかも定かではない。今、私が学生諸君から同じ質問を受けたとしたら何と答えるだろうかと思ってみた。たぶん、次のようになるだろう。

ここを平易に書き換えれば,as they would have stood if they had been changed into blocks of wood になるだろうね。つまり、「彼ら(=議会議員たち)が木片に変わってしまっていれば立ち尽くしていたように」というふうに書き換えることができるけど。

 いささか自賛になるが、高校1年生で as if の2語の間には何かの語句が省略されているのではないかと感じたところはなかなかだと思う。今は懐かしい語法だ。

that の意味と発音

大抵の学生がthatを「ザット」と発音する。th の発音がきちんと身に付いている学生は極めて少ない。そういう学生は、「ザット」が全てのように思っているらしい。そこで、そういう学生を“驚かせる”ために次のような英文を示して、音読させる。

 I say that that that that that man pronounced in that way was not the that that it ought to have been.

 すると、戸惑いながらも「アイ・セイ・ザットザットザットザットザット…」と平板な発音で読む。そこで意味を日本語で言わせると、これまでほとんどの学生が考え込んでしまう。仕方がないから、一応、日本語で訳しておいて、英和辞典を引かせ、thatの意味と用法の多様さを教える。そこでもう一度それを読ませると、今度は何とかサマになる。読者諸氏も試してみられたい。いつのものように、私のゼミ生・院生(および一般読者)には同文の全体の意味と各thatの文法的役割(=品詞)を聞いてみよう。

gymnastic の発音は?

英語のgymnastic (体操の、体育の)の発音が /dƷɪmnǽstɪk/のように第2音節に強勢を置いて為されることは英語学習者の誰もが知っているだろう。だが、そういう人たち 多くは、第1音節の頭の/dƷƖ/ は/gƖ/と発音されていた時代があり、したがって、 /dƷɪmnǽstɪk/の発音だけを正解とするのは、英語史的には正確ではないという事実は不案内だろう。
   たとえば、W. Enfiled: A General Pronouncing Dict. (1760), W. Perry: The Royal Standard English Dict. (1777) など、18世紀の英語辞典にはその発音が収録されているし、むしろ現代の普通の発音である/dƷɪ/ を「野卑である」(vulgar) と断じているものもある。こういう歴史的事実を知っていると、迂闊(うかつ)に発音問題を出すのがためらわれて来る。

憲法に関する有権者の意識?

今朝の朝日新聞の1面に「96条改定し改憲手続き緩和 反対54% 賛成38%」と題した見出しが載っていた。「憲法記念日を前に朝日新聞社は全国郵送世論調査を行い、憲法に関する有権者の意識を探った」そうだ。それによれば、「憲法96条を変え、改憲の提案に必要な衆参各院の議員の賛成を3分の2以上から過半数に緩める自民党の主張について、反対の54%が賛成の38%を上回った」そうだ。「9条についても『変えない方がよい」が52%で、『変える方がよい』の39%よりも多かった」ともいう。同紙曰く、

96条の改正要件緩和については、自民党が昨年作った憲法改正草案で主張。最近は安倍政権も唱えているが、有権者は慎重であることが浮かび上がった。

 「調査は3月中旬〜4月下旬に実施。有効回答2194件、回収率73%」だったそうだが、私はこの調査結果を鵜呑みにはしない。なぜなら、朝日新聞が言う“有権者”とは具体的には誰か、どのように選び出したものか、年齢は何歳の人たちか、1億人以上もいる“有権者”の中のわずか「有効回答2194件、回収率73%」で、改憲賛成・反対に関してどれだけ正確に把握できると言うのか。その有権者には“自虐史観保持者”“媚中・媚韓派”が多いかも知れない。要するに“誰に”その質問をしたかによって回答は違って来る。私の推測では、朝日新聞が示す数字は現在の日本人の実態を正確には表していない。私の推測が当たっているかどうかは、来る7月の参院選で分かるはずだ。現在の日本人、とりわけインターネット時代の若者たちは新聞が示す数字や情報を鵜呑みにするほど不明ではない。

Cui niente sa, di niente dubita.
   何も知らない人は何も疑わず―イタリアの諺

【後刻記1】参考までにYahooが行なっている「憲法9条2項削除」に関する統計結果が興味深い。以下の要所だけを引用する(平成25[2013]年5月3日午後2時10分現在)。
**********
計 7443 票
賛成 69%5108 票
反対 30%2264 票
その他 1%

【後刻記2】5月4日(土)NHKテレビが発表した「世論調査・憲法改正」では以下のようになっている先月19日から3日間、全国の18歳の男女を対象に、コンピュータで無作為に発生させた番号に電話を掛ける「RDD]という方法で行った調査で、2686人のうち60%に当たる1615人からの回答

「改正の必要がある」  必要ある 42%   必要ない 16%   どちらともいえない 39%
    (6年前)                    41%             24%                30%

「賛成の理由」 時代が変わり対応できない問題出てきた    75%
           国際社会での役割果たすために必要        15%
           アメリカに押しつけられた憲法だから          9%

「反対の理由」 戦争放棄を定めた憲法9条を守りたい      53%
           多少問題はあるが改正するほどのことはない   36%
           今の憲法がいい憲法だと思う            7%

《注記》 YahooおよびNHKがそれぞれに行った調査と朝日新聞が行った調査を比較検討すれば、朝日新聞の発表している数字を「鵜呑みにはしない」と書いた私の気持ちも理解してもらえるのではないか。
******************
【後日記】広島市民の意識調査が興味深い(左の動画)。まず、広島市内の繁華街での若者を中心とした意識調査では、

憲法9条改正 
賛成 336人
反対 166人

と、「賛成」に1票を投じた若者が、「反対」に1票を投じた若者の数をはるかに超えている。この事実は注目に値する。ところが、“原爆フォーム”前で行った調査では、結果は反対になっている。この“違い”は何を意味するものか? “場所柄”を心得た人々の“本音”と“建前”の違いも無視できないだろう。
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