2013年08月

日本の若者の価値観の変容?

我が大学院応用言語学研究科のブログに、つい先日(8月27日)、博士前期課程の1年生・陶陶さんが、非常に興味深いことを書いた。そう長くないので、全文を引用する。「異文化体験 インターンシップにて」と題がついている。

最近、私はある商社のインターンシップに参加しています。その中で、9人は日本人で、私一人だけ外国人です。働き始めて長くないのですが、日中文化の違いを感じたことがあります。
 毎日仕事の終わりに、私たちは「商社に求められている人材はどのような人材か、自分の性格はどのような仕事に向いているか」などについて、まとめることになっています。その時に、日本人の皆さんが自分を褒めることに驚きました。早稲田大学のある学生は「自分がリーダの仕事に向いている」と言ったことがあります。徳島大学のある学生は「商社に求められている人材は、まず私のように第一印象がいい者」のように答えていました。
 このようなことは、私の国(中国)では、少し相手に自惚れの印象を与えるかもしれません。だからこのように答えることはありません。たとえそう思ったとしても話せません。
 インターンシップでは、異文化を肌で体感することができます。【陶陶 M1】

 私が興味深く思ったのは、「日本人の皆さんが自分を褒めることに驚きました」という箇所だ。昨今の若者たちの“自己主張”や“自分宣伝”をよしとする傾向は、学校・社会教育の“賜物”だと思う。留学生の陶さんが驚くほど、現代の日本人の若者たちはそういうことに抵抗を感じなくなっているのだ。ところが、日常的にもそういう若者が普通かと言えば、どうもそうだとは思えない。従来の日本人にありがちは控え目で、行き過ぎるほどの謙遜した物の言い方をすることは普通だ。推測を交えて言えば、日本の若者がそうした“自己主張”や“自分宣伝”をするのは商社におけるインターンシップだからではないか。
 陶さんは日本語が少々おかしいのは無視するが私の国(中国)では、少し相手に自惚れの印象を与えるかもしれません。だからこのように答えることはありません。たとえそう思ったとしても話せません。」と書いているが、陶さんの日本人観察は正しいが、そうした“自己主張”や“自分宣伝”が日本人全体の精神構造の中に深く根付いているとは思えない。いずれにせよ、興味深いブログ記事だった。

「安倍首相は良心を取り戻せ」?

表題のような投書が昨日の朝日新聞朝刊の「声」欄に掲載されていた。投書主は73歳になる弁護士の男性だ。要所を引用する。

自民党総裁・安倍晋三首相のキャッチフレーズは「日本を取り戻す」である。どんな日本を取り戻すのか。それは戦前の富国強兵の日本のようである。そして、日本国憲法の根こそぎ改定である。国家に国民を隷属させる国づくりをもくろんでいるとしか思えない。安倍政権は、歴史認識について内外から強い批判を浴びても意に介さない。終戦の日の閣僚や国会議員の靖国神社参拝は、それを象徴するものである。(中略) 安倍首相を筆頭とする政治家に望むことは、「日本を取り戻す」ことではなく、自らの「良心を取り戻す」ことである。日本国憲法のもとで育んだ良心を取り戻し、平和と民生の安定を第一に考えてほしい。

 最初この投書を読んだ時、73歳という円熟し切った年齢で、しかも弁護士という社会的に高い評価を受ける職業に就いている人が書いたものだとは信じられなかった。私と同じ、戦後の“認罪教育”“自虐教育”をもろに受けて来た人の意見だと感じた。誤解に基づく先入観で書いたと思われることばかりだったからだ。
 「どんな日本を取り戻すのか。それは戦前の富国強兵の日本のようである」、「安倍政権は、歴史認識について内外から強い批判を浴びても意に介さない」、「安倍首相を筆頭とする政治家に望むことは、『日本を取り戻す』ことではなく、自らの『良心を取り戻す』ことである」、「日本国憲法のもとで育んだ良心を取り戻し、平和と民生の安定を第一に考えてほしい」の4点において、この投書者は安倍晋三首相を誤解しているとしか思えない。に関して言えば、安倍首相の言動を逐一見てみればすぐにわかることだが、首相は「戦前の富国強兵」のような日本を取り戻すと言っているのではなく、かつての美しい(これも抽象的ではあるが)日本を取り戻す、日本人のかつての誇りを取り戻すと言っているはずだ。反安倍派は、何かと言えば安倍首相を右傾化しているだの、軍国日本を取り戻そうとしているなどと声高に言うが、それは間違いだ。も間違っている。「意に介さない」のではなく、歴史認識については“歴史家”に任せようと言っているだけだ。河野談話、村山談話という問題だらけの談話が先行しているだけに安倍首相は何事もやりにくいだろう。に関しては、まさに安倍首相は日本国の首相として、失われた日本人の良心を取り戻そうとしている。に関しては、安倍首相にそれを望むことはまさに釈迦に説法だ。

 同じ「声」欄に、81歳の男性による「平和憲法を今後とも守ろう」という題名の投書が掲載されていた。これも要所だけを引用する。

 戦争の悲惨さと平和の大切さは、決して忘れてはなりません。日本の平和主義は、決して揺るがせてはなりません。ところがいま、憲法を変え、戦争を可能にしようとする動きがあります。96条を改定して改憲の発議要件を緩和しようとか、改憲をめぐりナチス政権を引き合いに「手口に学んだらどうか」とか、集団的自衛権行使の容認に向け内閣法制局長官を交代させるとか、姑息(こそく)な手段で自分たちの思いを遂げようというのです。戦争を放棄し、戦力と交戦権を認めないとする憲法を変えてはなりません。(後略)

 この投書にも細かく反論することは容易だが、ここでは1点だけ言っておきたい。「姑息(こそく)な手段で自分たちの思いを遂げようというのです」という言葉は、安倍政権に対して失礼だ。国民投票によって正式に選ばれた政権が堂々とやっている人事だ。「姑息」とは「一時の間に合わせ、一時逃れ、その場しのぎ」という意味だ。安倍政権はそういうことは全くやっていない。私の年齢に近い人びとを含め、現代の子供たちに普通になっている“認罪意識”“自虐史観”を正常に戻して、「日本と日本人を取り戻そう」というのが安倍政権の真のねらいのはずだ。私を含め、いい歳をした日本人が、自分たちが受けて来た、あるいは信じ込まされて来た“出鱈目な歴史教育”を振りかざして、子孫たる将来の日本人に“負の遺産”を残すことは止めにすべきだ。安倍政権はその点に力点を置いているはずだ。ちなみに、神奈川大学教授・小山和伸氏がこちらの動画(9.12頃)で、韓国の“出鱈目ぶり”を時系列で並べておられる。

哲学者と「男の日傘」論

kas “評論家”とか“哲学者”とかの肩書きを持つ諸氏の“ご託宣”には、天邪鬼たる私は普通は眉に唾を付けてそれを“承(うけたまわ)ることにしている。昨今の評論家・哲学者にはどうにも“怪しいことを言う”人たちが交るからだ。“教育評論家”に関しては、昨日、一昨日と、私見を述べた。“哲学者”に関しては、つい昨日、朝日新聞に掲載された、森岡正博氏(大阪府立大学教授)の「男の日傘」論を読んだ時にそれを感じた。「『男らしいの息苦しさ破れ」と題して、男性が日傘を差して歩くことを“応援”している。曰く、

(前略) ツイッターで男の日傘に対して「キモい」という言葉があり、私は「聞き捨てにならん」と書きました。「いまのところ世間が承認している男らしさ」というものがあり、それを身にまとっていないやつは気持ちが悪い、という気がしたからです。いじめで使われる「くさい」と似た響きがあります。単なる個人の感想を超えた、少数者への中傷を感じます。話しは少し違うかも知れませんが、女子フィギュアスケートの安藤美姫(みき)さんの出産をめぐって、一部に「なぜシングルマザーで?」みたいなバッシングがありました。家族のあり方が様々になっているなかで、とてもよくない現象です。ああいう了見の狭さに通じるものを「男の日傘」たたきに感じるときがあるんです。「キモい」は在日韓国・朝鮮人に対するヘイトスピーチ(憎悪表現)を同じだ、とまでは言わないけれど、それに近い感触もあります。(後略)

 ふむふむ、今どきの“哲学者”とはこういうふうに社会現象を分析するのか…。 「単なる個人の感想を超えた、少数者への中傷を感じます」も「安藤美姫(みき)さんの出産をめぐって、〜みたいなバッシングがありました。家族のあり方が様々になっているなかで、とてもよくない現象です」も、少々皮相的な分析に過ぎるのではないか? 前者の考え方(=少数者への中傷)など、大昔からあったし、後者の場合は、安藤選手は自分が無数のファンを持つ“公的人間”の1人だという視点を欠いているものだ。“公的人間”は、個人の自由の一部を常に束縛されているものだ。そういう観点をきちん捉えた上での分析でなければ、「男の日傘」論も「安藤美姫・シングルマザー」論も建設的なものには成り得ないような気がする。

 哲学とは、「理性の力で、ものごとの根本原理を考える学問」のことだが、森岡氏の分析を見る限り、“理性の力で、ものごとの根本原理を考えているようには思えず、単なる《個人的嗜好》に基づく意見のようにしか響かない。私の頭が悪いからか。「男の日傘」論は、《強い男・軟弱な男というイメージ》論(たとえそれが“偏見”であったとしても)からも分析しなければならないが、百年以上もかかって出来上がったそうしたイメージの創出には、男と女の体形の違い・社会的役割の違いなども十分に考慮に入れる必要があるのではないか。そう言った点を何ら考慮せずに、「了見の狭さ」という俗っぽい響きの言葉で“分析”するのは“哲学者”としてはどんなものだろう…。

『はだしのゲン』の問題点―日本兵の名誉に関わること

c1原爆や戦争の悲惨さを描いた中沢啓治著『はだしのゲン』は、周知の如く、松江市教育委員会によって一度は閲覧制限の断を下されたが、去る26日、事務上の手続きに不備があった=事務局が教育委員に相談しないまま決めていたとして、同委員会により閲覧制限が撤回されることになった。注意すべきは、同委員会が事務上の手続きの不備を理由として自分たちの決定を取り下げ、「学校の自主性に任せる」とした点だ。責任の転嫁だと言える。

 早速、朝日新聞などは、それを喜ぶ記事を書いている(昨日の朝刊)。「子どもの読む権利 認識欠落」という文字がまず私の目に付いた。松江市内の小学校の女性司書の「子どもが読みたい、見たいという本を、すぐに渡してあげられないのがつらかった」という“無念”の声を拾うことも忘れない。昨日言及した“教育評論家”尾木直樹氏がここでも同紙の取材を受け、「中学校に至るまで一律に閉架とし、教員の許可がないと読めない状態にしたのは、『子どもの権利条約』で定められた情報へのアクセス権を侵害しかねない、きわめて乱暴なやり方だ」という皮相的な批判を行っている。また、『はだしのゲン』の文庫本などに解説を書いた評論家・呉智英(くれ・ともふさ)氏も「一部の『過激な描写』を理由に、作品すべてを否定するような松江市教委の対応は拙劣だ」という、これまた皮相的な批判を行っている。
 
c3 昨夕の朝日新聞には、残虐だとされた箇所の4例が実際の絵で掲載されている。1例目は、「首をおもしろ半分に切り落としたり」というゲンの言葉のそばで、日本兵が上半身裸で、両手を後ろ手に縛られている女性の首を日本刀で力いっぱい切り落としている絵が、2例目は「妊婦(にんぷ)の腹(はら)を切りさいて中の赤ん坊(ぼう)をひっぱり出したり」というゲンの言葉のそばで、日本兵が銃剣で裸体の女性の腹を突き刺している絵が、3例目は「銃剣術(じゅうけんじゅつ)の的(まと)にしたり」というゲンの言葉のそばに、日本兵が同じく銃剣で後ろ手に杭に縛られている男性を突き刺している絵が、4例目は「女性の性器(せいき)の中に一升(いっしょう)ビンがどれだけ入るか叩き込んで骨盤(こつばん)を砕いて殺(ころ)したり」というゲンの言葉のそばで、軍靴(ぐんか)で一升ビンを裸体の女性の性器に押し込んでいる絵だ

 今回のこの問題で私が強く思ったことは次の点だ。
_燭と言えば「子どもの情報へのアクセス権の侵害だ」、「子どもの読む権利を剥奪している」などという、一見もっともらしい言葉が並ぶが、それでは子供がポルノを見たいと言えば、見せるのか。そうではないだろう。
◆岾惺擦亮主性に任せるc2」と言うが、反日色の濃い教師ばかりが集まった学校では、選ばれる図書に偏りが生まれるのは必至だ。ちなみに、ある小学校では、『はだしのゲン』(全10巻)を全て読み、それに関する感想文を提出することを生徒への義務としているそうだ。これは明らかに教育権の乱用だ。
やはり、上記のような“残虐”だとされた箇所が一番の問題だ。そうした残虐行為を中沢氏は“自分の目”で実際に目撃したのか。

 以上の3点のうち、私はどれも問題にしたいが、特にに注目したい。著者の中沢氏はそうした残虐な行為を実際に目撃し、その上でそれを描いたのか。氏が『はだしのゲン』を描いた頃は、支那を筆頭に、反日的・売国的日本人政治家たちとりわけ社会党委員長・田辺誠;こちらの動画を参照が、朝日新聞その他の反日マスコミと共に、盛んに日本軍を貶(おとし)めるためのプロパガンダを実行していた頃ではなかったのか。私はこれを推測を交えて書いているが、中沢氏がそうした残虐行為を自分の目と耳とで確認したとはどうしても思えない。推測ついでに言えば、私には、中沢氏が描いたそうした残酷な行為を、天皇の“赤子(せきし)”として教育された帝国軍人が平気で行えたとは思えないのだまあ、中沢氏は激しい天皇批判を行っているが。しかも、当時は、まだ明治天皇の国のため仇なすあだはくだくとも いつくしむべきことな忘れそという御製も日本人兵士の間によく浸透していたはずだから、そうした残酷な方法で外国人平民を残虐に殺害するという倫理観欠如の人間がいたとはどうしても思えない。左の3葉の写真をよく見てほしい(『南京の実相』日新報道より借用。一番上の横長の写真は昭和12 [1937] 年12月20日に、南京陥落後の街頭で撮影されたものだ。また、2葉目の写真は同じく昭和12年10月14日に撮影されたもので、日本兵に守られながら農作業に従事する揚子江付記賓山県の人々の姿だ。さらに、一番下の縦長の写真は江南地方で、同じく昭和12年の11月6日に撮影されたものだ。どの写真にも共通していることは、日本兵と現地人とがみな笑顔で接していることだ。こうした日本人兵士が普通だったはずだ。だからこそ、中沢氏には、実際にそうした残虐行為を自分自身が目撃したことを証明すべきなのだ。証明が為されないのであれば、そうした残虐行為を描いたものは、大東亜戦争で散華した英霊に対する侮辱・名誉棄損以外の何物でもなく、したがって、また教育の現場では忌避されてしかるべきなのだ。

 上記した呉氏の「一部の『過激な描写』を理由に、作品すべてを否定するような松江市教委の対応は拙劣だ」という批判は、それらの「過激な描写」の“ウラ”が取れないのであれば、明らかに言い過ぎだ。いつも書くように、戦後の“認罪意識”、“自虐史観”に徹底的に苛(さいな)まれているほとんどの日本人にとって、『はだしのゲン』に出てくる残虐な場面は全て“真実・事実”としてしか受け入れられなくなっているのだ。病気で言うなら日本人のほとんどは重病に罹っているのだ。

 仮に私が関係した辞書に数箇所でも“嘘”が交っていたとしたら、その嘘のために、私は編集主幹としての責任から、それらを正し、利用者に謝罪しなければならない。間違いの性質によっては私は社会的制裁を受けるだろう。中沢氏はすでに故人となっている。だが、それら残虐行為の信憑性に関しては、『はだしのゲン』が世界中に出回っていることと、そこから“莫大な印税”が発生していることと、社会的責任とから、遺族や同書の出版社は適切な対処を採ることが必要だ。仮に上記した残虐行為がなかったとしたら、やはり『はだしのゲン』は教育の場である学校の図書館にはふさわしくない図書となる。少なくとも、それらの“ウラ”が取れるまで、同書の閲覧は中断するのが本当の教育的配慮だ。「各学校[教員]の判断に任せる」という行為は、一見民主的に見えて、じつはきわめて無責任だ。国益に反することを敢えて行う反日的教師たちの多い学校が日本には無数にあるのだから。

Black detraction will find faults where they are not. ― Philip Massinger (1583-1649) 
   奸悪(かんあく)なる讒言(ざんげん)は罪なきところに罪を見出す―P.マッシンジャー(イギリスの劇作家)
    
※この言葉は、まさに、戦後の日本が置かれた悲しい立場に当てはまる。

【後刻記1】中沢氏は次のように言っている(出典こちら)。

――これらの日本と中国に向けてのメッセージは。

 『はだしのゲン』を描くために、中国の戦争の歴史を調べつくしました。南京虐殺の資料が出てくると、なんと日本人がひどいことをしたのかというのが出てくる。やりきれない。申し訳ない気持ちでいっぱいになります。戦前、日本人は日本が中国大陸で何をしたかを知らない。戦争の実態を知っていない。そういうこと、日本が反省していない。

 
 ※中沢氏は、上記の氏の言葉からも分かるように、“南京虐殺”はあったという立場を取っており、「中国の戦争の歴史を調べつくしました」と言っているが、捏造された部分の多い歴史(=黒色)をいくら多く調べても(=重ねても)真実は分からない(=白色にはならない)。そういう是々非々の立場に立って、この漫画を見るべきだ。

【後刻記2】『はだしのゲン』に関する興味深い論考がこちらにあった(→「狼魔人日記―有害漫画『はだしのゲン』を全教育現場からたたき出せ!)。

【後刻記3】次の記事も参照。
 (1)日本軍は中国で礼儀正しく、皆から愛されていた。(必見
 (2)はだしのゲンは閉架措置で問題なし
 (3)はだしのゲンは5巻以降在日左翼や日教組が介入して、歴史捏造表現や読むに堪えない残虐シーンが追加されたらしい 
 (4)表現の自由だから出来るよね

【後日記】後日(8月30日)の朝日新聞社説には「はだしのゲン―図書で知る戦争と平和」と題した記事が出ていた。その中に曰く、「一部が気に入らないからと全体を否定するのは図書に対する理解不足だ」。相変わらずの朝日新聞の勝手な解釈だ。その問題の一部とは、著者が描いた日本兵の残虐場面は、そのいずれも支那が捏造した可能性の大なる誤情報に基づいていると思われるものだ。それは我が日本兵の名誉と信用に関わることであり、ひいては日本国全体の名誉と信用に関わることだ。だから、朝日新聞のように、「一部が気に入らないからと全体を否定するのは図書に対する理解不足だ」で済む問題ではない。朝日新聞(とりわけ本多勝一・元記者)が支那の一方的な情報をもとに日本人に流した捏造情報が、現在の日本の不幸を産み出しているということに朝日新聞は気づくべきなのだが、同紙はそれを頑として認めようとしない。
結局、一人一人の国民が賢くなり、自分たちが朝日新聞を初め反日的メディアに悪影響を及ぼされているという事実に気付いて行くしかないのだ。

“グローバルな人材”って?(続々)

k昨日の朝日新聞朝刊に「グローバル人材育成に積極的な大学特集」と題した広告が出ていた。大学を語るのは“今を時めく教育評論家・尾木ママ”こと尾木直樹氏(法政大学教職課程センター長)だ。曰く、

先日ある学習塾などが行ったアンケート調査の結果を見て驚きました。高校生や大学生に「あなたは今から“グローバル人材”になれるか?」という問いを投げかけたところ、約 5 割が「自分は間に合わないと思う」と答えたと言うのです。さらに、「将来、グローバルに活躍したいと思うか?」という問いに対し、イエスと答えたのは大学生が 3 割、高校生が 4 割という何とも悲しい状況。はっきり言って、日本のグローバル化の遅れは非常に深刻です。世界で急速なグローバル化が進む中、日本では若者の“内向き思考”が進んでいるのです。留学率は減少の一途でしょう? 僕のゼミでも、10年前なら、ゼミ生との半分は 留学経験を持っていたんですが、今は消極的ですね。海外の空気を少し吸うだけでも全然違うのにね。(以下省略)

 尾木氏には悪いが、私はこうした文章を読むと、まずそれを“胡散臭い”と思ってしまう。なぜだろう? たぶん、“教育評論家”として令名をはせておられる氏“ママ”もないものだろうが、この程度の「アンケート調査の結果を見て驚きました」と安易に言われたり、「何とも悲しい状況」だとか、「日本のグローバル化の遅れは非常に深刻」だとかいう否定的な言葉で事態を“評論”されたりするからだろう。
 くどいほど書いて来たことだが、そういう“消極的な若者”を大量に生み出して来たのは誰か? なぜ日本の若者たちは“消極的なのか”を分析し、その理由を考えれば、現状は少しも「悲しい状況」ではない。きわめて当たり前の状況だ。自国の言語・文化・歴史等を“自虐的”にしか捉えられない子供たちを大量に作っておいて、「今の若者は…」、「悲しむべき状況だ」などと嘆くのは滑稽だ、と言うよりも、無責任だ。

 前にも書いたが、“グローバルな人材”とはどんな人材なのか? 尾木氏は上掲の文に続けて、「自国の歴史を知っていますか? 国際情勢は? 経済は? 政治は? こういったことは英語力とは関係ありません。あくまでも英語力はグローバル人材を構成する一部分なのです」と書いておられる。だが、この意見に全面的には賛成しかねる。氏は「英語力とは関係ありません」と断言なさるが、英語の文化的背景、具体的に言えばキリスト教(およびユダヤ教)のような一神教が生み出した《物の考え方、感じ方》をよく理解し、それを適切に援用できなければ、“グローバルな人材”とは呼べない“現実”がある。それではいわゆる“グローバル企業”では“成功”を収めることは不可能だ。「我慢・努力・謙遜は美徳」だという文化的背景を持つ日本人が、そういう事柄にほとんど重きを置かない英語文化圏の人たちと協働する時、いくら自国の歴史や国際情勢や経済や政治に関して知っていても、“英語が優位のグローバル社会”では、「こういったことは英語力とは関係ありません」では済まないのだ。「英語力はグローバル人材を構成する一部分」どころか、国際性(=共存共栄のための志向性)の中核的存在だと私は思う。楽天もユニクロもだからこそ英語を共通語にしている。
 英語が世界の支配的言語である以上、日本語文化と英語文化との根本的相違を教え、その間隙を埋める方策を適切に施しておき、しかも自国の歴史・言語・文化等を誇るような教育を施しておけば“内向き思考”な若者たちは出て来ない。

 幸いにして私は英語の辞書を4点も作り、イギリス人女性を秘書にロンドンで働いた経験を持つ。また、大学教授としては外国人を数多く同僚に持ち、国際交流委員(長)のような外国人と多く接する委員(長)を何度か務め、現在も多くの外国人学生・院生を指導している。したがって、日本語と英語とにはよく通じているから、英語圏人とは意思疎通に困難を感じたことはほとんどない。また、キリスト教圏以外の外国人とは、日英対照言語学的観点から取得した知識を巧みに援用して、うまく意思疎通を図っている。そういう人間を“グローバルな人材”と呼ぶとしたら、私もその末席を汚すことができるだろう。

 世の人々は、“グローバルな人材” などという、不明瞭な言葉をかざし過ぎると思う。自国を愛し、尊敬し、自国の歴史・言語・文化等の長短をよく知り、世界に向けてそれらを語ることの出来る日本人であれば、同時に異文化をよく知り、それを尊敬し、自国の文化との折り合いをつける方法を会得している日本人であれば、外国人と付き合うことは少しも難しいことではない。「今の若者は…」という言い方は、昔から為されて来たものであって、今に始まったものではない。“消極的な若者たち”が多いのが現状であろうとなかろうと、私のようなロートルが将来を託すことが出来るのは、その種の若者たちしかいないのだ。そうであるなら、そういう若者たちに日本人としての誇りを持たせる教育を彼らが幼い時から施すべきだ。そうすれば、別に、「日本のグローバル化の遅れは非常に深刻です」などと嘆く必要は全くない。明日のことは明日が面倒を見てくれるから、大人たちは今日為すべきことを精一杯やればそれでよい。 イギリスの詩人で外交官だったMatthew Prior (1664-1721) が言っているではないか。For hope is but the dream of those that wake.希望はただ目覚めたる人の夢なり)と。日本の若者を自虐史観や認罪意識から“目覚めさせる”教育こそが急務だ。キリスト教など一神教を信奉する、あるいは文化的背景に持つ人びとの《物の考え方、感じ方》をきちんと教授することが急務だそれに当たることの出来る教授・教師がきわめて少ないのが現状だが。それが出来た時、“グローバルな人材”などと声高に叫ばずとも、みな国際的に活躍できる日本人になっている。私はそう固く信じている。

【付記1】「“グローバルな人材”って?」、「“グローバルな人材”って?」(
【付記2】近代日本における“グローバルな人材”と言えば、私はすぐに新渡戸稲造岡倉天心杉本鉞子(えつこ)斎藤秀三郎岩崎弥太郎などを思い出す。
【付記3】私が考える“グローバルな人材”の条件の1つは「日本の言語文化に関する外国人の疑問」に英語(を中心とする国際的通用度の高い言語)で堂々と正解を出せる日本人だ。

「横浜国大名誉教授が殴られ死亡 妻に殺人未遂容疑」

Yahooニュースの1つに表題のようなものがあった(朝日新聞デジタルはこちら)。同記事を引用する。

神奈川県警は25日、伊勢原市桜台5丁目、横浜国立大学名誉教授広瀬靖雄さん(70)を殴り殺そうとしたとして、妻の恵美子容疑者(61)を殺人未遂容疑で逮捕した。伊勢原署への取材で分かった。靖雄さんは救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。同署は殺人容疑に切り替えて調べている。
 同署の調べでは、恵美子容疑者は25日午後8時40分ごろ、自宅の居間で、陶器のコップで靖雄さんの頭や顔を数回殴り、殺そうとした疑いがある。恵美子容疑者自身が119番通報した。恵美子容疑者は調べに「主人の浮気が原因で、かっとなって殴った」と供述しているという。
 広瀬さんは、光通信工学が専門で、光ファイバー技術などの研究をしていた。


 今朝の朝日新聞にも、「主人の浮気が原因で、かっとなって殴った」とあった。横浜国立大学の名誉教授にまでなって、しかも70歳になって、本来なら悠々自適の老後を愛妻と共に送ってしかるべき学者が、このような悲惨な人生の幕引きである。他人様のことだからどうでもいいと言えば言えなくもないが、同業の1人として、この記事を複雑な気持ちで読んだ。「浮気が原因」という妻の釈明を信じるなら、ずいぶんひどい夫だと思う。大学名誉教授になるには、妻の内助の功が大きかったはずだ。連理の契りを結んでそこまでになった自分自身をこの“名誉教授”は何と考えていたのだろう。自分自身も不幸だが、自分の「浮気の虫」が原因で、本来なら一番大切な人の人生を“殺人犯”で終わらせてしまったではないか。思いもしなかったそんな人生の終幕をお連れ合いの立場に立って考えれば、胸がひどく痛む。まさに、ゲーテの『ファウスト』の中のマーガレットが言う、Bist du ein Menshce? so fűhle meine Noth.汝もし人ならば我が不幸に同情せよ)だ。
 この例は最悪の例だ。だが、私は類似の教授・名誉教授を何人か実際に知っているしかも、その世界では“著名人”だ!。他人様のことだから、黙ってはいるが、「知らぬは女房ばかりなり」で、おおよそ“教授”や“名誉教授”の名に値しない男どもが少なからずいる。いちばん質(たち)の悪いのは、自分の教え子を含め、“弱い立場”の女性に手を出す、あるいは出そうとする男どもだ。こういう輩は、女性たちからどんどん“吊し上げて”もらいたいものだ。ただし、その女性は、上記の場合のように“殺人者”になってはいけない。それでは惨め過ぎる。世の浮気男たちよ、“女好き”なら結婚などするな、私はそう言いたい。自分のいちばん身近な女性さえも幸せに出来ない、身勝手なそういう男たちが、教壇に立つこと自体が間違っているのだから。ここまで書いて来て、無性に腹が立って来た!

Alle Schuld racht sich auf Erden.― Goethe
            地上の罪には皆報いあり―ゲーテ

「指摘」という語の用法上の難しさ(続)

昨日、表題にあるように、「指摘」という語の用法上の難しさに関して、1つの宿題を出した。それを読んだ、アメリカ人大学院生(私の辞書学特論を受講している修士課程1年生)JT君が、昨夕、メールをくれ、次のような“解答”を寄せてくれた。当人の了解を得て、姓名以外は、そのまま転載する。修正したほうが良い箇所もなくはないが、外国人としては立派な日本語だ。特に、末尾の「以上、非母語話者でありながら恐れ多いですが、日本語の誤用を『指摘』してみました。」と書くあたり、一種の“エスプリ”が利いていて見事な1文になっている。

> 山岸先生
> 先生がブログで出された課題に挑戦してみました。
>  私の理解が正しければ、本来「指摘」は具体的な何かを指すために用います。それに対して、ブログでの用例は全て指摘する対象がありません。「指摘する」の意味を「コメント」という名詞として捉えている気がします。
> 例を挙げますと、
> 3番の「誤りについてご指摘くださり誠にありがとうございました」を「誤りをご指摘くださり」に変えれば正しいのではないかと思います。
> 以上、非母語話者でありながら恐れ多いですが、日本語の誤用を「指摘」してみました。見当違いであれば申し訳ありません。
>  ご教示のほど宜しくお願い申し上げます。
>  J

 
ちなみに、JT君に上記の文章を転載する件で了解を求めたところ、次のような返事が来た(こちらの掲載の了解も得てある)。見事な日本語だ。末尾の「喜んで承ります」という表現が素晴らしい。昨今の日本人大学生・大学院生で、年長者・上司に対して「承ります」という表現を駆使できる諸君は極めて少ないのが現状だ。

> 山岸先生
> ご教示をありがとうございました。
>  仰る通り、わたくしも英語を度々間違ってしまいます。再度読むと自分で気がつくときもありますが、気がつかないときも沢山あるように思います。
> 明日のブログに掲載してくださるという件ですが、わたくしの答えで良ければ喜んで承ります。
>  J
【後日記】日本人大学3年生6、7人に「
承ります」という語法が使えるかどうか訊いてみたところ、日常的に使ったことがあると答えた諸君は皆無だった。

「指摘」という語の用法上の難しさ

私のゼミに所属する諸君はゼミ専用掲示板で、夏休みもなく、毎日勉学に励んでいる。だが、英語に関してのみならず、母語たる日本語に関しても多種多様な語法上の間違いを犯す。その中でもほとんど常にトップの座を占めるのが表題の「指摘」という語だ。次の例は我がゼミ生諸君が実際に書いた日本語だが、そこにその「指摘」という語が出て来る。

1. No.25にて、わたくしに対しご指摘くださり、ありがとうございます。
2. No.12にて、わたくしが書いた文のご指摘をしてくださり、ありがとうございました。
3. わたくしの書いた文章における誤りについてご指摘くださり誠にありがとうございました。.
4. No.26にて、わたくしがNo.24に掲載した文のご指摘をくださり、誠にありがとうございます。
5. No.10でも「No.5にて、わたくしが掲載しました英文のご指摘をくださり、ありがとうございました。

 我がゼミ生にはすでにどこがなぜ問題なのかということに関して、私からの解答が示してあるので、本ブログの読者諸氏への宿題としたい。上記の場合の誤用法に共通していることは何だろう。

手元にある仕事は何であれ、全力を尽くして為せ!

学生諸君から、「先生はお忙しいのに一日の休みもなくブログ記事を書いていらっしゃいますね。」とよく言われる。そう言えば、自分でも呆れるほどいろんなことを本ブログ(とホームページ)に書いている多くの恥も掻いているはずだが、この歳になるとそういうことは、あまり気にならなくなる。書くことが好きだということもあるが、やはり本ブログを勉強の場として使ってくれている学生・院生・一般読者の方々の存在が私をして毎日、何らかの記事を書かしめている。

 そう言えば、スコットランド生まれの評論家・思想家であるかのThomas Carlyle (1795-1881)は“The Everlasting Yea”の中で言っている。Whatsoever thy hand findeth to do, do it with thy whole might. Work while it is called To-day; for the Night cometh, wherein no man can work.手元にある仕事は何であれ、全力を尽くして為せ。昼の間に為さなければならない。夜が来れば、誰も働けなくなる。)と。大学3年の終わり頃だったと思うが、作家作品研究でこの箇所に出合った。そして、独り納得した。ちなみに、授業中に、担当教授から、国木田独歩 (1871-1908)もカーライルの影響を大きく受けたと聞いた。
 
 カーライルはまた、エディンバラ大学の学生に向けた講演の中で、Diligent, that includes all virtues in it a student can have.(勤勉であってください。そこには学生が有すべき一切の美徳が含まれています。)と言っている。昨今の“大学生”はこの言葉をどう受け取るだろう…。

under [on] pain of という慣用句

表題のunder [on] pain of という慣用句をいつ頃覚えたのか、記憶は定かではないが、たぶん、大学の英語史の授業の中でだっただろう。深く考えることもなく、この pain を「痛み、苦痛」と解釈して、「死という痛み[苦痛]の下に」などと勝手に解釈していたように記憶する。普通、この句は、たとえば、Japanese Christians were ordered to abandon Christianity under [on] pain of death.(日本のキリスト教徒たちはキリスト教を捨てよ、さもなければ死罪にするという命令を受けた)というような使い方をする。意味としては、「違反すると〜死刑などの罰を受けるという条件で」となる。時におどけた調子で用いられる。
 このpainpainの古い意味の“punishment”(刑罰)の意味を残している語だということは、その後しばらくしてから知った。中期英語ではpainという語はこの意味で用いるのが普通だったようだ。ギリシャ語のpoine(罰、刑罰)に起源を持つと言われる。現代英語では、この古い慣用句に残るのみで、普通は「痛み、苦痛」などの意味で用いている。

「赦しの文化に甘えてよいのか」?(続)

Bible3日前、表題のもとに、朝日新聞の同名の記事に言及した(⇒こちら)。その際、我がゼミ生に対して、「この記事には1点だけ、同記者の誤解(作為?)、あるいは善意に解釈して、言葉足らずだと呼べる箇所がある。それはどこだろう。」という宿題を出した。ゼミ専用掲示板でゼミ生諸君は一生懸命にその正解を求めて意見を書いた。だが、何度か試行錯誤するうちに、ようやく70〜90点を与えてもよいと思われる解答を書く諸君も出て来たが、やはり私が考えている正解を一度で出した諸君は皆無だった。
 ちなみに、今朝の同紙の「声」欄には、78歳になる男性(翻訳業)の投書が掲載されており、18日の朝日新聞の記事と同趣旨のことを書いていた。主要箇所を引用する。

全国戦没者追悼式で、安倍晋三首相の式辞にアジア諸国への反省と哀悼の言葉がなかったことについて、政府高官は「ああいう場でアジアへの謝罪はなじまない」と翌日の本紙で解説しているが、フィリピン人犠牲者の数を見ただけでも不適切であることは明らかである。(中略) 年に一度の追悼式でわびを言うのは、「なじまない」どころか、当然やるべき最低のマナーではないだろうか。今回、安倍内閣は、日本の伝統的美徳である礼儀・礼節にも悖(もと)る選択をしたと言わざるを得ない。

 朝日新聞はこの手の“自虐的”投書を好んで掲載しているのではないかと疑りたくなるのは私一人ではないはずだ。この投書の主には気の毒だが、朝日新聞同様、誤解もしくは無知に基づく記事・意見を書いているとしか思えない。それでは“宿題”への私の回答を示しておく。以下の如しだ。

 問題点は、キリノ大統領の甥のアントニオ・キリノ・ジュニア(71)が「それでもカトリックの赦しの文化に従ったのです」と言っている点だ。「カトリックの赦しの文化」とは、唯一絶対の神からの「人を赦さなければ、あなたたちの父もあなたたちの過ちを赦されないだろう」という“教え”あるいは“命令”(の文化)であり、その「赦し」とは「自らの恨み・復讐の欲求を捨て去って、相手を心の底から赦すこと」である。従って、原則としては、日本語のように、「本当はまだ腹を立てているけど、そこまで言うなら今度だけは赦してやる」というような矛盾が入り込む余地のないものだ。カトリックの場合のキリスト教的赦しとは、表面的な行為ではない。したがって、「現地の人が日本人に戦争の話を持ち出すことはまずない」(朝日新聞の言葉)ということになるのだ。しかし、生身の人間であるから、「水を向ければ『実は祖父が』『母は当時を語りたがらない』とかかわりを語る人は少なくない」ということになる。だが、「カトリックの赦し」を遂行した信者に対して、故意に「水を向ける」ということを朝日新聞はすべきではなかったのだ。それこそ、いかにも“自虐史観的行為”だ。朝日新聞は「時の流れや彼らの寛容に甘えて、私たちが過去から目を背けていいはずはない」と書き、“自虐史観”を骨の髄まで沁み込ませた戦後の日本人に訴えかけているが、確かに、戦争を忘れず、それを多面的に総括して是々非々を実行することは良いことだが、フィリピン人の「カトリックの赦し」は文字通りの「赦し」と解釈し、日本人はそれをありがたく受け入れるべきなのだ。それが宗教的礼儀に叶ったことだ。そこに“認罪意識”など介在させる必要はない。
 「カトリックの赦し」の意味が分からない日本人には、《カトリック教徒の中には、自分の実の子を殺害されていながら、その犯人(である少年・少女)を遺族である自分の“養子”として迎える人が少なくない》という事実の重みを理解することなど到底できないはずだ。しかし、「カトリックの赦し」を受け入れれば、そういう行為も可能になるのだ。日本語のように、「とがめないでおく; 罪として追及するのをやめる」ということではない。繰り返すが、日本語ではだから、「本当はまだ腹を立てているけど、そこまで言うなら今度だけは赦してやる」などという矛盾的表現が成立するのだ。日本人に「キリスト教的赦し」というものの本質が理解できていないことをこの例はよく示している。また、我が国の英語教育が「仏作って魂入れず」であることをよく教えてくれる事例でもある。英語教育に関わる全ての人々にくれぐれも心していただきたい。

【付記】上記の文章を書いたあとで、朝日新聞記者・柴田直治氏に関するWikipediaの記事を見たところ、以下のような文章が「日比関係記事」欄に掲載されていた。そのうちに誰かによって削除される可能性が高いが、私が確認した現時点で必要箇所をコピー・アンド・ペーストしておく(平成25[2013]年8月22日午後8時53分現在)。

2013年8月18日「フィリピンとの戦後 赦しの文化に甘えて良いのか」では、キリノ元大統領の姪を取材し、「伯父は妻と子3人を日本兵に殺された」「血まみれの2歳の娘の亡骸を抱える伯父を覚えている」などと報じ、現在は国民の約8割が親日のフィリピンに反日をけしかけようとした。

the apple of one's eye という慣用句

e「孫は目の中に入れても痛くない」を英語に直せば I love my grandchild more than anything else. となる。口語ではMy grandchild is the apple of my eye.と言う。その場合の apple は文字通りには「リンゴ」だが、昔の人たちにとって「瞳(ひとみ)」はリンゴのように丸い固形のものと映ったところから出た語。今では「非常に大切な人・事物」という意味で用いる。聖書が出所だが、「誰にとっての大切な人・事物」か。当然、唯一絶対の神 (God) にとってだ。旧約聖書の「申命記」(Deuteronomy, 32:10)には次のように出て来る。 He found him in a desert land, and in the waste howling wilderness; he led him about, he instructed him, he kept him as the apple of his eye.(主はこれを荒野(あらの)の地で見いだし、獣(けもの)のほえる荒れ地で会い、これを巡り囲んでいたわり、目のひとみのように守られた。)  また、「詩篇」(Psalms, 17:8) にも次のように出て来る。 Keep me as the apple of the eye, hide me under the shadow of thy wings,(ひとみのようにわたしを守り、みつばさの陰(かげ)にわたしを隠し…)   さらに、「箴言」(Proverbs, 7:2) にも次のようにある。 Keep my commandments, and live; and my law as the apple of thine eye.(わたしの戒めを守って命を得よ、わたしの教(おしえ)を守ること、ひとみを守るようにせよ)  以上のように、出所は旧約聖書であり、神 (God) との結びつきの強い表現だ。現代英語においては、ほとんどの場合、慣用句として捉えられており、この句から旧約聖書を連想する人は、相当な聖書通だろう。

伊藤博文を暗殺した安重根のこと

初代韓国統監だった伊藤博文を暗殺した韓国人民族主義者・安重根を顕彰する記念碑が佐賀県佐賀市兵庫町の曹洞宗・無量寺に出来ているということを私は知らなかった(こちらこちらを参照)。最近、ちょっとしたことでその事実を知るに及んで、正直なところ大いに驚いた。その後、その顕彰碑がどうなったのかは知らない。調べてみると、宮城県栗原市若柳の曹洞宗・大林寺にも同じ安重根の顕彰碑があることが分かった(こちら参照)。こちらは安重根のハルビンでの監守であった千葉十七の菩提寺であり、二人の関係から出来た碑のようだ。

 周知の如く、安重根は韓国では英雄あるいは義士として祀られている。また、上記の千葉十七のように身近で接するうちに安重根の人となりに“惚れこんだ”日本人もいる(こちらの記事も参照)。だが、我が国の一般的立場から見れば、安重根は単なるテロリストであり暗殺者である。それを我が国で“顕彰”する人々がいるということは、安重根の“歴史的評価”が今もって分かれているということだが、かの地でこの男を顕彰するのは勝手だが、やはり日本国内でそれをするのはたいていの日本人の神経を逆なでするはずだ。ちなみに、ウラジオストクにあった安重根の記念碑はいつの間にか撤去されたらしい(こちらこちら参照)。

1.韓国大統領 伊藤博文暗殺の安重根の記念碑設置への協力を要請 「尊敬すべき人物」
2.テロリストを英雄視する危険思想
3.ふざけるな.暗殺者を顕彰する碑を立てるなど本末転倒
4.安重根記念碑建立協力要請の真意
5.歴史を知らないとこうなる実例 安重根の顕彰碑が佐賀に

「赦しの文化に甘えてよいのか」?

s昨日の朝日新聞(朝刊)「ザ・コラム」欄に、同紙国際報道部起動特派員・柴田直治氏が「フィリピンとの戦後 赦しの文化に甘えて良いのか」と題した記事を書いていた。以下にその主要部を引用する。

「フィリピンBC級戦犯裁判」を著した広島市立大の永井均准教授は、冷戦下で米国が日比の和解を望み、キリノ政権も対日関係再建を考慮せざるをえなかった事情や賠償交渉で日本から譲歩を得たい思惑、日本の働きかけなどの要因の指摘。「受難に耐えた大統領だから国民の不満をなんとか抑えて、赦(ゆる)し難きを赦し、日本人を隣人として受け入れる決断ができた」と話す。「国内はもちろん家族のなかにも反対はあった」。おいのアントニオ・キリノ・ジュニアさん(71)は明かす。「それでもカトリックの赦しの文化にしたがったのです」 現地の人が日本人に戦争の話を持ち出すことはまずない。それでも水を向ければ「実は祖父が」「母は当時を語りたがらない」とかかわりを語る人は少なくない。時の流れや彼らの寛容に甘えて、私たちが過去から目を背けていいはずはない。

 いかにも朝日新聞らしい発想であり、論調だ。だが、この記事には1点だけ、同記者の誤解(作為?)、あるいは善意に解釈して、言葉足らずだと呼べる箇所がある。それはどこだろう。いつものように山岸ゼミ生・特修生諸君への宿題とする。一般読者諸氏でその点に興味をお持ちの方にも考えてみていただきたい。

【付記1】朝日新聞(その他の主要紙)の“歪曲報道”に惑わされないようにするには、読者がもっと賢くなることだ。上例もそうだが、先に起きた麻生太郎副総理の「ナチス発言」もそうだ(こちらの動画を参照→「麻生副総理に関する報道内容で、誰が国益に反しているかが分かる」、「麻生ナチス発言 実際の音声 マスコミのデマが明らかに 」 
【付記2】こちらの動画(「フィリピン訪問中の安倍首相、アキノ大統領と首脳会談!」)も参照。

諸君、いたずらに時を過ごすべからず。

我が故郷の吉田松陰先生は「君子勿素餐 」と言われた。「君子(くんし)素餐(そさん)するなかれ」と読み、その意味は「諸君、いたずらに時を過ごすべからず」ということだ。私が小学校に上がって間もなくの頃だった(昭和26 [1951] 年5月頃)。父を世話役とする町内会の人々が、貸し切りバスを4、5台連ねて、松陰先生の旧宅見学に行った。その際、父を通じて覚えた言葉だ。この言葉の前にまだ「教え」(⇒こちら)はあるのだが、どういうわけかこの文句だけは、その後も忘れずに、私の座右の銘の1つになった。

 この歳になってしみじみと思う。無駄に時を過ごした時も多かったなと。今になって反省することしきりだ。それでもたぶん、英語の辞書編纂に関わってからの私は、時間的には、おそらくほかの人の倍近くは頑張って来ただろうと思う。今でこそ1日に5、6時間は眠るようになったが、30代から60代に入る頃までの30年数年の間、私の平均睡眠時間は1日に3時間前後だった。徹夜など日常茶飯事だ。睡眠不足が原因で、太陽が黄色く見えて、通学の途中で何度か失神したことがある。交通事故を起こしたことも二、三度ある。それでもその長きにわたって大学教師として、また辞書編纂家として頑張って来られたのは、そのための健康を与えてくれた父母のお陰だ。今でもその点を心から感謝している。もっとも、頑張ったお陰で、その後、糖尿病、高血圧、腰痛、眼底疲労といった人並みの病気に罹り、今に至っている。糖尿病が主原因だったと思うが、悪い歯は一本もなかったにも拘わらず、40代後半までには自前の歯はその全てが抜け落ちてしまった。他所で何度か書いたことがあるが、一夏に13本の歯が次々と抜けた時には、正直なところ、言い知れぬ恐怖を覚えた。何度、辞書作りを辞めようと思ったことだろう。だが、誰かがやらなければならないという断固たる思いがそれを押しとどめた。それまでの英和辞典、和英辞典があまりにも多くの改善点を抱えていることを知っていたからだ。その問題点をこれまでにどれほど改善できたかは分からない。だが、幼き日に覚えた松陰先生の「君子勿素餐 」という言葉が私の人生に及ぼした影響は大きかった。松陰先生の「草莽掘起(そうもうくっき)という言葉も好きな言葉だ。今やチャンネル桜のスローガンになっている(⇒こちら)。幼き日、若き青春の日に、良き師に導かれ、良き友(生涯の連れ合いを含む)に出会えることは幸せなことだ。そういう人を「果報者(かほうもの)」と呼ぶ。私もその一人だ。

言葉の力―詫びて請う法

i最近、あることがきっかけで、私はゼミ生諸君に対して「ゼミ専用掲示板を閉鎖します」と通告した。諸君は閉鎖しないで欲しいという気持ちを言葉にした。その個所だけを引用すれば、下のようになる。

1. 誠に勝手なお願いですが、どうか本掲示板を閉鎖しないでくださいますようお願い申し上げます。
2. 厚顔無恥な願いではございますが、どうかもう一度だけ、本掲示板で学習する機会をお与えいただけないでしょうか。
3. 山岸教授、もう一度掲示板における活動をお許しくださいませんでしょうか。よろしくお願い申し上げます。
4. 誠に勝手なお願いですが、もう一度本掲示板での学習の機会をお与えいただけないでしょうか。
5.  まことに図々しいこととは存じておりますが、もう一度掲示板における活動をお許しくださいませんでしょうか。
6.  誠に勝手なお願いですが、もう一度本掲示板での学習の機会をお与えいただけないでしょうか。
7.  差し出がましいお願いではございますが今一度掲示板に於ける活動を御許し願いませんでしょうか。心よりお願い申し上げます。
8.  どうか他の勉強熱心なゼミ生のためにも掲示板閉鎖をしないでいただけないでしょうか。
9.  不躾ではございますが、引き続き掲示板での日本語、英語のご指導を賜れるよう、よろしくお願い申し上げます。
10. 差し出がましいこととは存じております。未熟者ではありますが精進致して参ります。どうか今後とも本掲示板での母語、英語のご指導、ご教示を賜れるようにお願い申し上げます。
11. 今はただ、わたくしが起こした事を深く深く反省し、掲示板を閉鎖しないでいただけるようにすることしかできません。


 今の若者として、これだけの日本語が書ければ立派なものだ。これも諸君が我が掲示板で、半年間、母語学習に励んだ成果だと言えるだろう。だが、この“請願法”では私の“決意”は揺らがない中には“いい線”を行っているものもある。なぜだろう。各人の“請願”のどこに“問題”があるのだろう。現代人に特徴的な点が観察されるのだが、その点が読者諸氏にはお分かりだろうか。読者諸氏への宿題としたい。もちろん、私個人の語感をもとにものを言っているので、異見が出ることは承知している。

敗戦記念日に思うこと(続)。

今朝の朝日新聞の社説を読むと、同紙が、昨日開催された全国戦没者追悼式での安倍晋三首相の式辞に、歴代の首相が行った「加害責任への言及」がなかったことが不満だということが分かる。同社説は言う。

68回目の終戦の日だったきのう、安倍首相は靖国神社への参拝を見送った。尖閣、竹島や歴史認識の問題で、中国や韓国との関係が冷え切っている折である。ここで参拝すれば、両国との関係改善はさらに遠のく。見送りは現実的な判断だと言えるだろう。首相が、過去とどう向き合おうとしているか。中韓のみならず、欧米諸国も目を凝らしている。靖国問題だけではない。先に首相が「侵略の定義がさだまっていない」と、日本の戦争責任を否定するかのような発言をしたことなどが背景にある。対応を誤れば、国際社会で日本の孤立を招く。そのことを首相は肝に銘じるべきだ。その意味で、気がかりなことがある。
 きのうの政府主催の全国戦没者追悼式で、首相の式辞からアジア諸国への加害責任への反省や哀悼の意を示す言葉が、すっぽりと抜け落ちたのだ。加害責任への言及は、93年の細川護煕首相(当時)から歴代の首相が踏襲してきた。(中略) 首相周辺は「式典は戦没者のため、という首相の意向を反映した」「アジアへの配慮は国会答弁している」という。だが、そんな方便は通用しないのではないか。式典は、先の戦争への日本の姿勢を世界に発信する場でもある。(中略) 首相は見送ったが、きのうは一部の閣僚や国会議員が大挙して靖国神社に参拝した。歴史から目をそらさず、他国の痛みに想像力を働かせる。こんな態度が、いまの日本政治には求められる。

 少々長く引用したが、この社説から朝日新聞の社風が読み取れる。いつも書くように、私に言わせれば、「朝日新聞よ、よく言うね!」である。「侵略の定義がさだまっていない」という安倍首相の言はまっとうなものだ。去る13日の社説は「政教分離を忘れるな」と題したものだったが、朝日新聞はもちろんのこと、我が国のほとんどの人たちが理解出来ていないと思えることがある。それは「宗教」の定義だ。靖国神社はその名のとおり神社だ。「宗教」を英語の"religion”だと捉えるのなら、首相を初め政治家が靖国神社に参拝するのは「政教分離」の原則に抵触する恐れがある。だが、それを言うなら、朝日新聞はなぜ公明党と創価学会との関係に口を閉ざしているのか。今、両者の関係は不問に付すとして、西洋的"宗教”の定義を神道に当てはめるのは正しくない。英語圏の"religion”(およびこれに対応するヨーロッパ諸言語の語)の定義には《唯一絶対の神》がおり、その教義を示す《聖典》がある。神道にそれがあるか? 両者とも不在だ。ヨーロッパ的宗教と日本の神社とを同じ土俵で語ることの問題点を明確に論じるべきだ。それが出来ないから、「“A級戦犯”が合祀されている靖国神社には行かない」などと言いだす“哲学者”や“日本文化研究者”が出て来る。
 同じことが安倍首相の「侵略の定義がさだまっていない」という時の「侵略」にも当てはまる。欧米人と同じ意味での侵略を日本人は行ったか? これは「植民地(支配)」という語にも当てはまる。欧米人の考える「植民地(支)」を日本は行ったか? 欧米諸国のいったいどこの国が、植民地に“帝国大学”を創り、そこで最高の教育を施したか? そのように考えることを戦後の日本は行って来なかったことが問題なのだ。

 戦後のGHQ主導による異常な“認罪教育”“自虐史教育”の結果、我が国は是々非々の精神を持つことを放棄させられて今日に至っている。私に言わせれば、安倍晋三首相になって、ようやくまともにものを考える政治家が現われたのだ。むしろ、それまでの政治家の多くに問題があったのだ。朝日新聞がその問題政治家の“提灯持ち役”を果たしたことは昨今、心ある日本人のよく知るところとなった。

【後刻記】案の定、安倍首相の式辞に対して、支那と韓国から反発が出た(今夕の朝日新聞による)。支那国営の中央テレビは「安倍首相は加害責任を避けた」と伝え、人民日報系の環境時報は、支那の日本専門家の話として、「日本政府の歴史や戦争に対する態度に、恐ろしい転換が現われた」と書いたそうだ。また、韓国の東亜日報(朝刊)は「最後の良心までも捨てた」と激しい口調の記事を書いたという。繰り返すが、私は安倍首相になってようやく首相らしい首相が就任したと思っている。いちいち名を挙げないが、これまでの反日(もっと言うなら売国)政治家たちが問題だったのだ。「日本=悪」ではない。日本が大東亜戦争でどんな“功績”を上げたのか、どんな点で加害者だったのか、日本の“植民地政策”と欧米のそれとの違いは何か、南京事件や韓国人慰安婦の実態はどんなだったか等を是々非々で論じようとする政治家でなければならない。その点で、これまでの多くの政治家、マスコミ、教育界等には反日的・売国的人間が多過ぎた。当たり前の事を言う政治家が出て来たら足を引っ張るような戦後の我が国の政界・マスコミ界・教育界等の風潮をどこかで止めなければ、我が国のために散華した、余りにも多くの人びとが浮かばれない。

敗戦記念日に思うこと。

アメリカの思想家・哲学者・作家・詩人・エッセーイストとして著名なRalph Waldo Emerson (1803-1882)がEssays (1841)の中で言っている。No man can learn what he has not preparation for learning, however near to his eyes is the object.(たとへ学問の目的物が眼前にありても、それを学ぶ心の準備がなければ、何人(なんぴと)も修得し得ず)。また、英語の古諺に言う。Art and science have no enemies but those who are ignorant.(学芸に敵なし、ひとり無学の徒、これが敵たるのみ)と。さらにまた英語の古諺に言う。'Tis harder to unlearn than to learn.(学ぶことよりも学びしものを棄つることのほうがいっそう困難なり)と。
 
 私は英語研究者であるから、英語の名句・諺を数多く知っているが、敗戦記念日の今朝、上の3つを思い出した。エマーソンの言葉は、その訳文から分かるとおり、「心して学ぼう」という気持ちがない者には、身近にある学ぶべき物が見えない。68年前の敗戦日に、日本人は連合軍、とりわけGHQによって、自らの「学ぼうとする心」を剥奪され、眼前にあった目的物も全てを蔽い隠され、“虚偽”と“捏造”によるものを全ての世界で“真実”“事実”として教え込まれ今日に至っている。大東亜戦争は太平洋戦争と言い換えられ、敗戦は終戦となり、大東亜共栄圏を目的としてその指導者だった人々は“A級戦犯”という戦争犯罪人になり果ててしまった。

 インターネットの時代になった今、日本人の少なからぬ人たちがエマーソンの言葉の意味を理解し始めているように思う。我々日本人が今為すべきことは、「歴史の真実・事実」という眼前の目的物を「心して」学ぼう、知ろうとすることだ。「ひとり無学の徒、これが敵たるのみ。」 言い得て妙だ。戦後の教育が、「日本人が日本人の歴史の真実・事実を知ろうとしないように努めること」だったから始末が悪い。その最大功労者が政界・報道界・教育界であり、それと一蓮托生の反日諸政党だ。今朝の朝日新聞「社説」にあった。「アジアを率いる指導者面をしておいて突然、知らん顔をする。それが68年前の実相だった。(中略) アジア抜きに日本の未来は語れない今の時代こそ、じっくり考えよう。『お隣』は今なおなぜ、怒り続けているのか、と。」 要するに「日本の“内向き思考”を抜け出せ」と言っているのだ。しかし、いつも言うように、こういう現状に我が国を導いた大きな責任の一端はほかならぬ朝日新聞にある一昨日の同紙「社説」“政教分離を忘れるな”の問題点に関しては上掲の動画を参照

j 戦後の日本(人)は政界・報道界・教育界等、全ての世界でそういう“虚偽”と“捏造”によるものを学習して来て、骨の髄まで沁み込んでいるために、それを捨て去る努力をしないのみならず、それらを全て“真実”だ、“事実”だと信じて疑わない。私が私淑していた哲学者の某氏など、日本文化の専門家として著名だが、ここ数年、「学ぶ気で学んだ」結果、時の権力者の御用学者に過ぎないと確信するに至った。何のことはない、政治家と結び付き、保身のために、折々で巧みなことを言ったり書いたりしていただけだった。戦後、こういう輩があまりにも多かった。
若者たちには、戦後歪(ゆが)められ毀損された我が国の歴史と名誉とをよくよく勉強して、奪還すべきものを奪還してもらいたい。そうでなければ、先の大東亜戦争で散華した何百万という日本の英霊たちは永遠に浮かばれない。

父(山岸熊勇)のこと

k1部屋を掃除していたら、父の「軍隊手帳」、「戦陣訓」、「近衛師団写真帳」などが出て来た。「軍隊手帳」には当時(大正13年1月10日)21歳だった父が、入隊に当たって「誓文」末尾の署名欄に毛筆で行った自署がある。入隊先は「近衛歩兵第一連隊第五中隊」だ。今から90年も前になる。召集だが、近衛兵はその性質上、“身元”の確かな家から、各県でわずか1〜2名だけが選ばれた。したがって、“近衛兵”だと言うだけで、世間一般の信頼は絶大だった。実際、私の兄姉は結婚の際、その事実だけで相手方の大きな信頼を容易に勝ち得たちなみに、長兄の連れ合いはかの“村上水軍”の末裔だが、父のその経歴を高く評価して長兄と結婚した。上等兵であって、階級はそう高くはなかったが、父は自分が近衛師団に属したことを生涯の誇りとした。
 私の父は明治36 [1903] 年に新潟県中魚沼郡に生れた(昭和60 [1985] 年没)。大きな農家の長男だったが、農業経営が嫌いで、結局は実家は姉に任せてしまった。生涯を通じて美男子だった。母(明治37 [1904] 年〜平成3 [1991] 年)の実家は隣り村にあり、“蔵持ち”のやはり大きな農家だった。長女だった。

 近衛兵時代の父は射撃の名人で、師団の射撃大会で優勝したり、銃剣術大会で優勝したりしている。相撲も強かった。その事実を示す表彰状やメダルや写真が今も残っている。書道にも優れていて、冠婚葬祭の折には、いつも賞状・感謝状・祝儀袋・不祝儀袋の表書きを毛書するように依頼されていた。父のこうした優れた点を末子の私は何も受け継いでkx2xいない。もし、受け継いでいるものがあるとすれば、おそらく粘り強さぐらいのものだろう。

 数多くの賞状を見ると、近衛歩兵第一連隊長・井上璞大佐からのもの(大正14年;こちらの学校の旧制初代校長の欄を参照)、陸軍大将・鈴木荘六閣下からのもの(昭和11年)、陸軍大臣・東條英機閣下からのもの(昭和17年)など、父が送った喧騒な青年時代を反映するものばかりだ。戦後のものとしては、内閣総理大臣・吉田茂閣下からのもの(昭和25年)が光る。
 東條英機閣下と言えば、「戦陣訓」(昭和16年2月5日発行)の第一頁には“陸訓第1号”として閣下の「本書ヲ戦陣道徳昂揚ノ資に供スベシ」が記載されている。東條英機と言う名は、戦後、いわゆる“A級戦犯”として悪名ばかりが高くなったし、もちろん戦争責任者ではあったが、その戦陣訓に書いてある内容のかなりの部分は今の世の中にこそ再生してもらいたい事柄ばかりだ。私は特に「本訓 其の二」に書いてあることが好きだ。詳細は省略するが、そこには「敬神」、「(父母への)孝行」、「礼節」、「戦友間の信頼と切磋琢磨」、「率先すること」、「責任感」、「清廉潔白」と、人としてきわめて当たり前のことが書いてある。戦後これらを全て否定し、それらを軽蔑することをよしとするような“認罪教育”“自虐史観の養成”が行われて来たが、日教組を中心とする反日的思想がいかに唾棄すべきものであるか、現代人は気づくべきだこちらこちらの動画は必見

 私は戦争を賛美する者ではない。ただ、父が残した若き日の父の記録を手にして、父と共にあった遠い昔日を懐かしんでいるだけだ。

父は子の天なり―『儀禮』喪服子夏傳

【後日記】『文藝春秋』(2015年1月号)を読んでいたら、「陛下の赤い自転車」(86−8頁)と題して、日光儀杖隊OBで四ノ宮千春(しのみやちはる)という方が、今上陛下が皇太子殿下の頃の思い出を書いておられるのを知った任務は日光・田母沢御用邸に疎開なさる皇太子殿下の警護。その中に、近衛兵のことが書かれていたので最初の部分を引用させていただく。
  香川県丸亀市出身の私が近衛師団に入隊したのは二十一歳のとき、昭和十八年一月のことでした。近衛兵になるには身元の確認や地元の推挙、徴兵検査での甲種合格など厳しい条件があるのですが、なぜか私もその末席に加えていただきました。
  天皇陛下の周辺を護衛する近衛は、他の兵とは違うという特別な意識がありました。些細なことで言えば、外食ではにぎり寿司は絶対に食べない。感染症を防ぐためです。また、毎日日報を書くのも仕事の一つでした。帽章も近衛兵には桜が付いており、通常の星とは違いました。(以下略)

亡き妻と迦陵頻伽(かりょうびんが)のこと。

msx今朝、妻の夢を見た。新婚時代の妻が台所で童謡か何かを歌っていた。美しい声だった。たったそれだけだったが、私は目覚めて、とても嬉しかった。それと同時に、「美しい声」で思い出したことがあった。
 昭和46 [1971]年の春頃だっただろう。英語学・言語学分野での恩師・前島儀一郎先生から研究のことで拙宅にお電話をいただいた。最初、電話に新妻が出た。私が電話口に出ると、先生は「今の方は小夜子さんでしたね。」とお尋ねになった。妻も私と同様、先生の教え子であり、結婚披露宴へのご列席とお祝いの品をいただいていた。だが、電話での会話は初めてだった。
 その先生がそのあとすぐに、「あなたは迦陵頻伽(かりょうびんが)”という言葉を知っていますか。」と私にお尋ねになった。「はい、言葉としては、信心深い母を通じて耳にしたことはありますが、詳しい意味までは存じません。」とお応えした。「あなたの奥さんの声を聞いて、最初に思い出した言葉ですよ。顔は女性の顔で、きわめて美しい声で法を説くと信じられている極楽浄土に棲む想像上の鳥のことです。その美声は“仏の声”と形容されていますよ。私は音声学も学びましたから、他人の発する音声にとても興味があります。その点で、あなたの奥さんの声は稀に見る美しい声ですね。」 先生は妻の声をそうお褒めくださった。
 お褒め下さったのが、英語学・言語学の泰斗・前島儀一郎先生でいらしただけに、妻も私もこの上なく光栄に思った。と同時に、私は心底では、“さもありなん”と思った。本来、妻は私ごときがさつな男と結ばれるような女性ではなかった。元をただせば、妻の母方は某藩の城代家老を務めた血筋こちら参照であったし、父方も鎌倉武士の流れを汲む(名字も“鎌倉”だが)家柄だった。私との結婚を反対するはずだ。岳母は、「山岸さんと別れるなら、世界旅行をさせてあげる。」とまで言って、私と妻とが結ばれることに反対した当時は世界旅行など、庶民には夢のまた夢の時代だった。私のことで岳父とかなり激しい言葉のやり取りがあったと、後日、妻から聞いた。だが、いざ結婚してみると、そのあとの私たち二人への細やかな心遣いと愛情とは、今、想い出しても、ただただ胸が熱くなるほどのものだった。

 人間には持って生まれた“品性”、“品格”というものがある。この歳になるまで生きて来て、そのことをしみじみと感じる。その点では、前にも書いたことがあるが、私の妻は“上品(じょうぼん)の上”と形容してよい女性だった。この点は妻を知る人たちのだれもが口を揃えて賛意を表してくれた。
 天邪鬼、へそ曲がりの私が耳を澄まし、目を皿のようにして注意してみたが、およそ40年の結婚生活で、妻はとうとうただの一度も“日本語の用法上の間違い”を犯さなかった。そういう女性を私は妻以外に誰1人として知らない。妻と岳母の二人の女性を通じて、私は《育ち》というものの“恐ろしさ”を嫌と言うほど思い知らされた。だから私はもう一度その妻に会いたいと心の底から願っている。もう一度会えるなら、現世と同じく、結婚を申し込みたい。同時に、現世で出来なかったこと、しなかったこと、後悔したことの汚名を返上したい。
 4年前の今頃、妻は京都・山科(やましな)の某病院でこの世での最後の3週間を過ごしていた。来月の3日で、妻の没後丸4年になる。歳月人を待たずだ。

 静かに思へば 万(よろづ)に 過ぎにし方の 恋しさのみぞ せむ方なき ― 徒然草・二九段

【付記】妻の影響だろうか、血筋だろうか、長女は音声学で博士号を取得した(平成19 [2007]年3月)。
【後刻記】昼過ぎ、長女からメールが来た。「今、テレビが見られる環境にありますか? 『徹子の部屋』に出ている人がおばあちゃんに似てるの。」と書いてあった。お茶を飲みながらテレビでHistory Channelを観ていたので、早速チャンネルをテレビ朝日に変えた妻亡きあと、日本の民間テレビを観ることはほとんどない。私はすぐに返事した。「この女性三條美紀さん(画像)と言って、お父さんより上の年代で知らない人はいないほど有名な女優さんです。若い時はそれはそれは美しい女優さんでした。娘さんも元女優さんで、あなたが小さい頃にやっていたテレビ番組の『スチュワーデス物語/アテンション・プリーズ』で主役の1人を務めていた紀比呂子(きの・ひろこ)さんです。不思議だね。今日のお父さんのブログ記事におばあちゃんのことを書いたばかりです。お母さんの夢を見たのです。あなたのことも最後のところに一行だけ触れておきました。そんな日に三條美紀さんのことを教えてくれてありがとう。立派なおばあちゃんだっだね。」 娘からの返事は「あら、あまりに似ていたから、びっくりしちゃった。おばあちゃんは美人でしたからね。」だった。私はまた書いた。「本当に美人だったね。満鉄秘書時代だったか、関口宏さんのお父さんの佐野周二さんからデートを申し込まれたほどの美人だったからね。」(この話は岳母から直接聞いた話だ。)

angle with a silver hook という慣用句

c先日、久しぶりに近所の床屋に行った。そこの主とは魚釣りのことで話が盛り上がる。その時に話題にしたこと。昔は、“ぼうず”(=釣果無し)で帰宅するのを嫌がった釣り師は、時々、帰宅途中で鮮魚店に寄って、適当な魚を買って、その日の“釣果”としたというようなこと。 床屋の主に言って仕方がないから黙っていたが、英語にはそういう状況を表す慣用句があった。“angle with a silver hook”と言うものだ。文字通りには、「銀の釣り針で釣りをする」ということになるが、この場合の。“silver”とは銀貨のことだ。だから、「銀貨で出来た釣り針で釣りをする」→「鮮魚店で魚を買って帰る」という意味になる。どこの国でも同じようなことを考えるものだ。

敗戦記念日が近づく…

間もなく15日、“敗戦”記念日がやって来る。その日が近づくに連れて、朝日新聞はますます同社の“社色”を濃く滲ませる記事を掲載している。今朝の社説にも次のようにあった。韓国との関係を良好にするための“提言”のつもりのようだ。

まずは8月15日の終戦記念日に、首相や主要関係者は靖国参拝を控える。韓国の政治指導者らも、国民の対日感情を刺激するような言動を慎む。ともにアジアのリーダーとして責任を負う隣国同士が、自分たちの問題さえ解決できない。こんな醜態をいつまで世界にさらすつもりか。

 毎度書くことだが、「朝日新聞よ、あなたはよくヌケヌケトこういうことを書くものだ!」とここでも書いておこう。「こんな醜態をいつまで世界にさらすつもりか」と他人事のように書いているが、そんな「醜態をさらす」ようになった源を辿れば、その一筋は間違いなく朝日新聞(特に、植村隆記者)に辿りつくではないか。「首相や主要関係者は靖国参拝を控える」などと立派な提案をしているが、「靖国で会おう」と言って散華した日本の軍人・兵士たちにとって、再会の場所、待ち合わせの場所は靖国神社しかあり得ないこちらの動画をご覧いただきたい。神風特攻隊の植村眞久・海軍大尉(26)は、生れたばかりの愛娘・素子(もとこ)さんにお前が大きくなって、父に会いたい時は九段へいらっしゃい。そして心に深く念ずれば必ずお父様のお顔が心の中に浮かびますよと遺書の中に書いておられるこちらの動画の06・05あたりで故・鶴田浩二が朗読している。だから、発展し繁栄している敗戦後の我が国の代表者として首相が参拝すべき場所はそこであるべきなのだ。その報告者は「首相や主要関係者」でなければ意味がないそれに天皇の御参拝があってしかるべきだが

 
  “認罪教育”を受け、“自虐史観”を叩き込まれた、朝日新聞の記者諸氏を含め、現代の多くの日本人は「靖国で会おう」、「(父に会いたい時は)靖国へいらっしゃい」という合言葉・遺言の重みを理解していないし、理解しようともしていないのではないか。戦後、現在のような不自然・不穏当な日中関係、日韓関係にした責任の一端は朝日新聞にあることを朝日新聞は今からでもよく認識すべきだ。首相や主要関係者は靖国参拝を控える」などと厚顔にも書いているが、「首相や主要関係者」が靖国神社に参拝しにくくなったのは誰のせいか! 
 くどいほど書いて来たが、我が国のマスコミ(世間には“マスゴミ”という戯語もある)が支那・韓国の“捏造”を詳細に調査せず、ほとんどそのまま我が国に垂れ流し、何十年間も日本人を“悪の権化”に仕立て、“南京大虐殺”“従軍慰安婦”の問題を日本人の心の中に“実在したもの”として植え付けた。敗戦直後に「民主化の一環」として連合国軍によって一方的に組織させられて今日に至っている“日教組”が我が国の子どもたちに行った“認罪教育”のすさまじさは形容しがたい(こちらこちらの動画を参照)。

 私は何も国粋主義的なことを言っているのではない。ただ、一言、「真実に謙虚たれ!」 これだけだ。「是なるものは是、非なるものは非!」 これだけだ。その精神を持って、敗戦後、我が国のマスメディアが我々国民に流した情報を精査してみると、そこには余りにも醜悪な“歴史的捏造”があり“歴史的虚偽”が含まれている。私はそのことに気付き、それを心の底から憂い、悲しみ、怒っているのだ。これまでのような「非なるものも是」とするような“自虐史観”から全ての日本人が解放されるべきだ。もう一度言うが、「是なるものは是、非なるものは非!」なのだ。

 
最後に、英語教師の1人としての私感を述べれば、日本の子どもたちに、正しい母語教育を施すべきだ。自分の母語を超える外国語など存在しない。母語と母国文化とに誇りを持ち、それを世界に伝えたい、伝えようという確固たる欲求と意志とがあれば、英語など、いくらでも書けるようになるし、話せるようになる。「英語など、何ら恐れるに足りない。」 これが私の言語[英語]観だ。母語と母国を誇るためには是々非々に基づく歴史教育が施されねばならない。自虐史観に苛(さいな)まれた日本の子供たちに、世界に向けて発信できるものなど何もない。
 最後に、オックスフォード大学美術史教授として著名だったJohn Laskin (1819-1900) の名言を引用しておく。“the love of their native land”(国土に対する愛情)を持たない国家・国民は不幸だ…。

 
Nothing is permanently helpful to any race or condition of men but the spirit that is in their own hearts, kindled by the love of their native land.
    如何なる民族にとりても、また如何なる社会状態にとりても、恒久の保証となるものは他に一物もなし。ただ、彼ら民族が生まれし国土に対する愛情により各自の胸中に燃やしたる精神あるのみ。

【付記1】【従軍慰安婦捏造】中山成彬議員が朝日新聞を完全論破
【付記2】「朝鮮人慰安婦の謝罪要求を粉砕するぞ!(速報版)」

【後日記1】The Factが行った100人の通行人への街頭インタビューでは、6割(60人)の人たちは、安倍首相の靖国参拝はあってしかるべきと答えており、その傾向は若者たちに強いようだ(こちらの動画を参照)。ちなみに「反対」に投票した人たちは33人。

【後日記2】“南京大虐殺”の写真の捏造性についてはこちらの動画(3/3【討論傑作選】遠藤浩一氏追悼:どうする日本?戦争と平和)の13:32〜19:30あたりを聞いてほしい。143枚の“証拠写真”が全て捏造であったことが証明されている。

「この用紙にお名前をお書きください」の英語は?

この用紙にお名前をお書きください」に対する英語は何が良いかというYahoo 知恵袋の質問で「ベストアンサーに選ばれた回答」があって、それにはPlease write your name down on this paper. / Please write our name on this paper.の2例が紹介されていた(こちら)。
 現代英語では両方とも使われるが、保守的で、言葉に敏感な英語圏の人たちは、前者、すなわち write 〜 down という言い方を好まないだろう。たとえば、今から30 数年前にロンドンで私たちに家を貸してくれたイギリス人(スコットランド出身でロンドンで長い間、某銀行の支店長を務めた人)と、同じ頃、ケンブリッジでお世話になったPeter Strevens先生(英語教育学者として著名;故人)はPlease write your name down on this paper.のような言い方を認めなかった。

本物の教育(real education)とは?

i嫌なことを書くようだが、日本の大学には、来る必要のない、あるいは来ても仕方がない若者たちが余りにも多く通っていると思う。「そのお陰でお前も給料が貰えるのではないのか!?」と茶化されたり詰問されたりすると困るのだが、数えきれないほど多くのそういう学生文字通りの“学生”ではないがを見て来た経験から言えば、4年間という長い期間遊んでいるのなら、あるいは親のスネをかじっているのなら、早く社会に出て、自分で自分の生活の面倒をみるほうが、自分のためにも、家族のためにも、そして社会のためにも、結果的に好ましいということだ。

 つい先日も、ある学部の試験監督補助を務めた。経済関連の科目だった。受験生は200名を超えていただろう。試験用紙が配られ、開始のベルがなると、数分後にはもうぐっすりと眠りについた者たちが数名いた。その諸君の肩を軽く叩いて、注意を喚起したが、やはり数分後にはまたまた眠り込んでしまった。こういう学生は大学に何をしに来ているのだろう。机間歩行をしながら、思い出したのが、大学2年生の頃に習ったEzra Pound (1885-1972)のABC of Reading (1934)の中の1文だ。パウンドは言っている。Real education must ultimately be limited to men who insist on knowing. (本物の教育は最終的には知的欲求を強く持つ者に限られるべきだ。) 
まことにもって至言だと思う。そういう学生ばかりを教えられる教授は教授らしい生活の送れる幸せな人たちだと言えよう…。ちなみに、William Congreve (1670-1729) は言っている。Defer not till to-tomorrow to be wise, / to-morrow's sun to thee may never rise.(賢くなることを明日まで延ばすな。明日の太陽は汝に輝かざることもあるべし)と。

【付記】私は自分の授業・試験での受講生の居眠り・不必要な私語は許さない。学生たちには正直なところがあって、教授の人となりを敏感に察知しながら行動している。「訓導して減ならざるは師の惰(おこた)りなり」だと思う所以だ。

「席巻」、「せっけん」、「せっかん」

以前、「知己ちき」を「ちこ」と言ったアナウンサーのことを書いたが(こちら)、我々は漢字の読み方を“思い込み”で誤って覚えていることがある。近くの人で、それを教えてくれる人がいればいいが、いい社会人になった人の間違いを訂正するのは気が引けて出来ないということが少なくない。昨日も、テレビで外車の勢揃いを取り扱った番組を見ていたら、超豪華な外車を所有する中年男性が、「これはかつて高級車の世界を“せっかん”していたんですよ」と言った。“せっかん”? 私はそれが「席巻せっけん広い地域にわたって次々と猛威をふるうことのことだとすぐに理解したが、ご当人はこの「」を「第1」、「全」という時の“かん”と同じ字だから、「席巻」は“せっかん”と読むと覚えてしまったのだろう。その道では著名人のようだが、もうこうなったら周りの人はなかなか「それは“せっけん”と読むのですよ」とは教えてくれないだろう。人間、叱られ、教えられるうちが“花”なのだ。私の歳になり、私のような立場の者になると、もう誰も教えてくれなくなる。私が「死ぬまで勉強だ」と思う所以だ。

【付記】そういえば、かつて、何度も漢字の読み間違えをしてしまった総理大臣がいた…。

「(玉子の)黄身」を英語で言うと? yoke? yolk?

玉子の黄身だけをうまく白身と分ける方法を扱っているYouTubeの動画を見ていたら、“Separating the yoke of the egg”と題した動画にぶつかった(こちら)。 「ん〜ん 、これはyokeではなくyolkと綴るんでしょう?」と思いつつ、いつものようにGoogleに問題の語を掛けてみた。"yoke of the egg"で検索すると、数字上は約437,000件もヒットする。そのうちの5例だけを挙げておこう。

1. 
The yoke of the egg is the yellow part.
2.
Mike's article talks about all the vitamins and minerals found in the yoke of the egg
3.The yoke of the egg is yellow
4.I hear a lot of conflicting info on the yoke of the egg.
5.
My Zebra finch egg has a small dark spot on the yoke of the egg.

 この間違いは、まずはおそらく、発音の類似に起因するものだと思う。日本人が「完璧」の「璧」を「壁」と間違えて覚えているようなものだ。ネイティブと言えども人間だ…。

the book of life(「いのちの書」)のこと

熱心なクリスチャンだったイギリスの友人Pさん(女性;故人)は、生前、よく私にI know my name is written in the book of life.(私の名はきっと「いのちの書」に載っているわ)と言っていた。the book of life(「いのちの書」)とは、「ヨハネの黙示録」(Revelation, 5, 20:12-5, 21:27) に出て来る、「最後の審判」(Judgment Day)の日に、救済を約束されている者の名が書いてある書だ。それをつかさどる天使はGabriel だと言われる。「ヨハネの黙示録」の第20章12-5節には次のようにある。

And I saw the dead, small and great, stand before God; and the books were opened: and another book was opened, which is the book of life: and the dead were judged out of those things which were written in the books, according to their works. And the sea gave up the dead which were in it; and death and hell delivered up the dead which were in them: and they were judged every man according to their works.And death and hell were cast into the lake of fire. This is the second death. And whosoever was not found written in the book of life was cast into the lake of fire. 
  また、死んでいた者が、大いなる者も小さき者も共に、御座(みざ)の前に立っているのが見えた。数々の書物が開かれたが、もう1つの書物が開かれた。これはいのちの書であった。死人はそのしわざに応じ、この書物に書かれていることにしたがって、さばかれた。海はその中にいる死人を出し、死も黄泉(よみ)もその中にいる死人を出し、そしておのおのそのしざわに応じて、さばきを受けた。それから、死も黄泉も死の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。このいのちの書に名が記されていない者はみな、火の池に投げ込まれた。  

 Pさんは私が知り合った頃(1981年春)、すでに70歳にはなっていたと思うが、銀髪の美しい、いかにもイギリス人という女性だった。私の子供たちをとても可愛がってくれた。仏教徒の私にとって、「いのちの書」の重要性を肌で感じることは出来なかったが、熱心なクリスチャンだったPさんにとっては、その書に自らの名が書かれているか否かは極めて重要な、深刻な事柄だったのだ。もう30数年も前の思い出だ。昨今のクリスチャンには the book of life (「いのちの書」)はどう受け止められているのだろう。

「枯(れ)葉も山のにぎわい」、「枯(れ)木も山のにぎわい」

kつまらぬものでも無いよりはまし」ということを「枯(れ)木も山の賑(にぎ)わい」と言うことは周知のとおり。文字通りには、「枯れ)木でも山に趣きを添える」ということだ。ただし、日常的には年長者に使うと失敗することが多いから要注意だ。たとえば、学生が恩師に、部下が上司に、「枯(れ)木も山のにぎわいと言いますから、僕[私]たちの結婚披露宴に出て下さい」と言うのはタブーだ。そういう場合は、「先生[専務]にご列席いただいて、錦上(きんじょう)に花を添えたいと思います」とか「先生[専務]にご列席いただければ、錦上に花を敷くことになります」とか、相手を立てるような表現を使うことが望ましい。

 ところで、「枯(れ)も山の賑わい」を「枯(れ)も山の賑わい」と言う人がいる(もちろん、それを意識的に用いている場合は話は別)。先日、ある人のブログを見ていたらそれが出て来て苦笑してしまった。確かに、「枯(れ)」でも“趣き”はあるが、言葉は慣用だから、やはり「枯(れ)」でないと具合が悪い。Googleに掛けると、結構な数がヒットする。5例だけ挙げておく。

先日までの紅葉は、ただの枯葉 初冬のグラデーション 正に枯葉も山の賑わい.
※当然最後までとは言わずも枯葉も山の賑わい作戦で最後は輪行でもと考えていたが、 前日の睡眠不足から大きく予定変更。
※単なるバカの個人的な妄想に過ぎませんので、枯葉も山の賑わいと受け流していただければと思います。
枯葉も山の賑わいの如く、しぶとく続けて行こうと思っていますので、今後ともどうぞ宜しくお願いしたします。
どちらも、数十匹の単位で見られたが、今回は 枯葉も山の賑わい的な存在!!としてスルー。カミキリ採集の賑わいとして大切な役割を果たしてくれていた。。。

日本が日本であるために、日本人が日本人であるために

bカリフォールニア州グレンデールに“慰安婦像”が建設されることになったことは以前にも書いた(こちら)。同市に韓国系アメリカ人が多く、政治的に力を持っていることがその建設を後押ししたことは否めない。ありもしないことを捏造してまでも我が国の名誉を棄損しようという韓国の姿勢をこのままにしてよいはずはない。
 だが、その問題の根源は、まことに残念だが、我が国内にある。昨日も書いたように、“従軍慰安婦”という捏造によって、我が国の先人たちに汚名を着せた“張本人たち”は日本人だ。千田夏光、吉田清治、上村隆といった作家や新聞記者、福島瑞穂、高木健一、戸塚悦郎といった弁護士に大きな責任のもとがある。そして一番の大きな責任は、“従軍慰安婦”という捏造問題を詳細に調査せず、前記のような日本人の書いたこと、言ったことを鵜呑みにして韓国に不必要に“詫びた”、当時の内閣総理大臣・宮澤喜一および村山富市だし、当時の官房長官・河野洋平だ。
 物故者は仕方がないとして、これらの作家・新聞記者・弁護士・政治家が生存しているうちに、国会に証人喚問を行い、とりわけ河野洋平、村山富市の二名には“事実”を勉強してもらった上で、自分たちが出した“談話”の偽証部分を訂正してもらうべきだ。今、安倍晋三首相が何かを言ったところで、河野談話、村山談話が“有効”なうちは、韓国(人)は、それを逆手にとって、「日本の官房長官も総理大臣も、自分たちの国が韓国人女性を“強制連行”し、“従軍慰安婦”あるいは“性奴隷”として働かせたことを認め、謝罪をしているではないか」と開き直られるのがオチだ。だが、“捏造”だったということを、そうした政治家に認めさせれば、更に問題は複雑化するだろうが、少なくとも我が国の先人たちの名誉を回復することにはなるし、また我々はそうすべきなのだ。
 昨日、行って来た「検証 従軍慰安婦」パネル展には、かつての大東亜戦争で祖国のために戦われた旧日本軍人の何人もの方々が、“従軍慰安婦”が捏造であり、実際はどうであったかということを“生き証人”として、実名入り(捺印者もある)で証言しておられた。先人の名誉回復とは、「現代を生きる私たちの、ひいては私たちの子孫へ受け継ぐ誇りを取り戻す」ことにほかならない(生き証人プロジェクト」ホームページはこちら)。

 先の大東亜戦争の敗北によって、我が国は戦後68年も“認罪”と“自虐”の国として、またその国民として生きることを連合軍、とりわけアメリカ合衆国によって強いられて来た。政治の場も、メディアの世界も、教育の現場も、その全てが“捏造”の菌に冒されて来た。私は戦争が終わる1年前に生まれ、戦後の教育を100%受けて来た。それでも自らが学ぶことで、自分が“騙されていたこと”に気付いた。だが、自分たちが“騙されて来た”ことに気付かない日本人のほうがまだ多いはずだ。しかし、何度も書いたように、インターネットという、まことにありがたい“味方”が現われた。これを最大限に駆使して行くべきだ。日本人が英語を学ぶ1つの大きな理由は、日本と日本人と日本文化を語り、真実を語ることに役立てるためだ。「日本が日本であるために、日本人が日本人であるために」、心ある同胞は知恵を寄せ合い、頑張ろうではないか。

【付記1】大卒の月収が20円の時代に、月収300円という高級を取り、約3年間で現在の価値で4000万円の貯蓄が出来たのが当時の“慰安婦”だ。当時は売春は合法であり、“慰安婦”たちは今で言う“風俗嬢”だ。また、当時の総理大臣・東條英機の給料が800円の時に、“慰安婦”たちが手にしていたお金は平均で1500円だ。いずれにせよ、現在、名乗り出ている自称“元従軍慰安婦”はそのほとんどが偽者であり、年齢すら合わない者なのだ。日本人はもっと賢くなるべきだ。
【付記2】冒頭の写真は昨日のパネル展でいただいた「『生き証人プロジェクト』ご協力のお願い」と題したチラシに掲載されていたものの借用である。

「検証 従軍慰安婦展」に行って来た。

横浜草の根歴史研究会主催の「検証 従軍慰安婦展」を見に、横浜市都筑区の公会堂まで行って来た。私のこのブログを読んで下さっていた女性がメールで教えて下さったものだ。あとで、その女性とは、丁目が3つ違うだけで私と同じ区の同じ町に住んでいる方だということを知り、少々驚いた。
 私を同展に誘ってくださったその方はあいにく今日は来ておられなかったが、研究会の責任者の女性を初め、何人もの役員の皆さん(ほとんどは女性)とも言葉を交わすことが出来た。
 丁寧に用意されたパネルを見るうちに、私は、8〜10例ほどあるパネルの列の2列目を見たところで、正直なところ、吐き気を催した。それはそこに書かれていること、写真が物語っている歴史的“真実”が、私が幼い頃から教え込まれたものと余りにも醜く異なったからだ。何度も書いたことだが、私はこの歳になるまで、“認罪教育”や“自虐史”ばかりを施されて来た。私が通った高校・大学は特に左翼の教師・教授が多かったから、私の青春のほとんどでは、そういう捏造教育・歴史的認識を叩き込まれた。
 
 “従軍慰安婦”という捏造語は1973[昭和48]年に、ノンフィクション作家・千田夏光(せんだ かこう;1924 - 2000)が書いた『従軍慰安婦』という架空小説が初出だ。その後、作家・吉田清治(よしだせいじ;1913- )が『私の戦争犯罪―朝鮮人強制連行』(1983)という全くの“捏造”に基づく小説を公表した。1991年8月には朝日新聞(上村隆記者)が全国紙に“強制連行”があったと誤った記事を書き、同年12月には弁護士の福島瑞穂(現・社民党)と高木健一が、存在しない“従軍慰安婦”や“強制連行”を理由に提訴した。翌年には、当時の総理大臣・宮澤喜一が事実調査もしないまま、韓国に軽々に謝罪し、すぐそのあと、弁護士の戸塚悦郎が慰安婦を“性奴隷”に表現をすり替えた。さらに、1993年には当時の官房長官・河野洋平が無自覚・無責任にも、河野談話を公表して、無実の日本人を“犯罪者”に仕立ててしまった。同類の村山談話はそれから2年後のことだった。

 こういう事実が丁寧にパネルで証明されており、ほとんどの事を私も勉強して知っていたが、知らなかったこと、見たこともない写真など、貴重な資料に出合うことができたパネル展だった。横浜草の根歴史研究会では今後はAbe英語でも積極的に情報発信を行っていくそうで、英語に関しては私にも協力して欲しいと言うことだったので、時間の許す限り、協力を惜しまないと約して会場をあとにした。

 今回のパネル展での収穫の1つは、日本のマスコミ、特にテレビ朝日が、如何に安倍晋三首相のイメージを悪くしようとしているかを示すチラシを作っていたことだ。テレビ朝日は、「安倍の葬式はうちで出す」と暴言を吐いたかの朝日新聞の系列テレビ局だ。その巧妙な“イメージ作戦”には正直なところ驚いた。1例を同チラシから借用する左上の写真;安倍総理と無関係の日本維新の会の犯罪を報じる画面の背景に安倍総理の顔を映し出すという印象操作、サブリミナル効果を狙ったやり方

【後刻記1】慰安婦が“性奴隷”でも、“強制連行被害者”でもなかったことを証明する貴重な動画がここにもある→「【従軍慰安婦】朝鮮人慰安所従業員の日記に記された「真実」とは」
【後刻記2】米歴史家が慰安婦性奴隷説の嘘を告発「これは歴史に対する冒涜」
【後刻記3】2/5「なぜ全米に従軍慰安婦像が乱立するのか」
【後日記1】(参考)【ザ・ファクト】第1回4/5「河野洋平、村山富市の本心を探る」守護霊
【後日記2】(参考) 「真夏の狂気、理解に苦しむ韓国人の精神構造」
【後日記3】とうとう韓国という国がボロを出した。こちら(【日韓関係】教会に行くなら聖人と、飲み屋に行くなら呑ん兵衛と、特亜と話をするなら?[桜H25/10/16] )を参照。「河野談話」の出鱈目さもどんどん分かって来る。これが韓国という国なのだ。
【後日記4】沖縄県史にも“従軍慰安婦”に関する“捏造”があったことが明らかにされた(⇒こちら)。
【後日記5】いわゆる“河野談話”がいかにいい加減であったかが分かる記事(⇒こちら)。

「謝罪すれば許す日本の文化も問題」?

麻生太郎副総理が、ナチス・ドイツを引き合いにした発言が批判を浴びたことは周知のとおり。その発言を取り扱った昨日の朝日新聞(朝刊)に、何人かの大学教授の意見が掲載されていた。その中に、「謝罪すれば許す日本の文化も問題。内輪で許しあう文化は日本の良さでもあったが、世界では通用しない。」という、原彬久(はら・よしひさ)・東京国際大学名誉教授(政治学)の苦言が出ていた。

 日本人学者はよく、この「謝罪すれば許す日本の文化」という言い方を自虐的に用いるが、私はこの発言は慎重にすべきだと常日頃思っている。上記の場合、文脈が少ない点に、多少の抵抗感を抱くが、やはりこの発言は問題だと思う。「謝罪すれば許す」と言うが、「謝罪」の仕方や言葉の選択の仕方によっては、世界中のどこの国民でも「謝罪すれば許す」はずだ。何も我が国だけの文化ではあり得ない。たとえば、キリスト教(やユダヤ教などの一神教)を基盤とした文化には、下に引用したような宗教上の戒めが今でも日常生活には生きている。

 同氏が言っていることのすぐ前に、「ただ、『真意と異なる』『誤解を招いた』は政治家の釈明の常套句」とあり、上記の文句はそれに続いているから、同氏の「謝罪すれば許す日本の文化」という言葉は、多分、日本人の謝罪の安易さを言っているのかも知れない。だが、そう好意的に解釈しても、やはり、「謝罪すれば許す日本の文化」という言い方は政治学者が不用意に使うべきではないというのが私の読後感だ。

For- if ye forgive men their trespasses, your heavenly Father will also forgive you: But if ye forgive not men their trespasses, neither will your Father forgive your trespasses.― St.Matthew 6.15
  もし人の過ちを赦すなら、あなたがたの天の父もあなた方の過ちをお赦しになる。しかし、もし人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの過ちをお赦しにならない。―「マタイによる福音書」第6章15節

Judge not, that ye be not judged. For with what judgment ye judge, ye shall be judged: and with what measure ye mete, it shall be measured to you again.―St.Matthew 7.1-2
   人を裁くな。あなた方も裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。―「マタイによる福音書」第7章1−2節

「正しい認識を土台にすることが大前提」?

憲法改正論議に絡んで、ナチスを引き合いに出し、物議をかもした麻生太郎副総理に関して、昨朝の朝日新聞社説は「立憲主義への無理解だ」と題して、麻生氏の発言を批判していた。撤回された発言を云々することはここでは止めておくが、問題は同社説の表現だ(下線山岸)。

その発言によって、侵略や大虐殺の歴史を忘れず、乗り越えようとしてきた人たちを傷つけ、これに対する日本人の姿勢について大きな誤解を世界に与えた責任は極めて大きい。(中略) 自民党は憲法改正草案をまとめ、実現に動こうとしている。だが議論にあたっては、歴史や立憲主義への正しい認識を土台にすることが大前提だ。安倍首相は、「ナチスの手法に学べ」と言わんばかりの今回の発言を、どう整理するのか。前言撤回で幕引きをはかるのではなく、きちんとけじめをつけなければ、まともな憲法論議に進めるとは思えない。これは安倍首相の認識が問われる問題である

 こうした物言いを読むたびに強く思う。特に下線を施した箇所は、そっくりそのまま朝日新聞にお返ししたいと。いつも書くように、本多勝一・元朝日新聞記者が、日本国内は言うに及ばず、世界中に撒いた虚偽・不正確な情報記事の責任は極めて大きい。本多はその後、自らの記事内容の検証も総括もせずに来たために、いったい我が国とその国民は戦後どれだけ“罪悪感”と“自虐観”に苛(さいな)まれて来たことか。本多は万死に値する元記者だ。
 また、朝日新聞は、十分な検証も無しに“従軍慰安婦”問題を熱心に取り上げた(今朝3日の同紙の社会面でも「従軍慰安婦」を大きく取り上げている)。戦後68年も経って、朝日新聞に反省と総括をせよと言っても無理だろう。心ある国民が今為すべきことは朝日新聞(とりわけ本多勝一の書いたもの)の虚偽を自らの手で暴くことであり、インターネット上の情報の中から“真実”を探し当てる努力をすることだ。田辺敏雄氏による“良心”のホームページやその著書を読むことだ。それによって、我々は戦後68年間、騙され続けて来た事実を知ることが出来る。そしてその虚偽・捏造の醜悪さに愕然とする。

【付記】本ブログを読んでくださった方から、以下のような情報をお寄せいただいた。お近くの方は是非ご参加いただきたい。

パネル展示会&講演は8月4日に都築公会堂で、10日には労働プラザで開催されます。 25日には茅ヶ崎市でも行われます。

詳しくはこちらをご覧くださいませ。
http://www.true-history.info

一例として明後日4日の展示会内容です。

 「検証!従軍慰安婦展(女性の人権を守るために、今こそ正しい歴史認識を!)」

開催日時  8月4日(日)  10:30〜16:30

展示会   8月4日(日)  10:30〜16:30

講演会   8月4日(日)  13:30〜15:40

場所    都筑公会堂第一会議室、第二会議室

http://都筑公会堂.jp/information.html
http://www.city.yokohama.lg.jp/tsuzuki/


入場  無料

 【主催】 横浜草の根歴史研究会

 【協力】

小野田寛郎(財)「小野田自然塾」 主宰
鎌倉の教育を考える会
小金井市青少年育成協議会
笹竜党
月刊誌「正論」
茅ヶ崎・寒川の教育を考える会
なでしこアクション
捏造慰安婦問題を糺す日本有志の会  
http://true-history.info   
PHP研究所  
水間政憲(ジャーナリスト)
 

 【協賛】 
    
 維新政党・新風 神奈川県本部
 鎌倉保守の会
 頑張れ日本全国行動委員会 荒川支部
 教育を良くする神奈川県民の会
 経世済民会議
 埼玉保守市民の会
 日本正論の会
 日本世論の会神奈川県支部
 若獅子の会

 

大阪市の小学校長懲戒処分に思う。

t大阪市教育委員会は先月31日、児童7人の頭を手で叩いたとして、同市都島区内の市立小学校の校長を25日付で戒告の懲戒処分にしたそうだ(出典こちら)。以下は、それを紹介する記事だ。

 
大阪市教委は31日、児童7人の頭を手でたたいたとして、同市都島区内の市立小学校の校長(62)を25日付で戒告の懲戒処分にしたと発表した。校長は「指導のつもりだった。深く反省している」として、31日付で依願退職した。市教委によると、校長は5月、6年男子児童が校内にナイフを持ち込んで他の児童を脅し、一緒にいた同級生6人も先生らに知らせなかったことを知り、7人を別室に呼び出して頭を1発ずつたたいた。7人にけがはなかったが、市教委は「市立桜宮高の体罰自殺問題を受けて、暴力に頼らない指導を目指す中、管理職が手を上げた責任は重い」として懲戒処分とした。(2013年8月1日11時59分  読売新聞)

 こういう記事を読むたびに思う。いったい、“教育”とは何か。“教師”とは誰か。上記の記事だけから受ける印象でものを書くことのうしろめたさもないではないが、件の6年男子児童は“ナイフ”を校内に持ち込んで他の児童を脅したことが発端のようだ。この“事件”が今から半世紀以上も昔の私の小学校の頃なら、いったい件の男子児童はどうなっていただろう。まず間違いなく、生活指導あるいは体育担当の男性教師から、それこそ顔が変形するほどの“鉄拳制裁”を受けたはずだ。それほどの制裁ではなくとも、相当な罰を受けることは必定だ。たとえば、水の入ったバケツを両手に持って廊下にしばらく立っているとか、運動場を数十周走るとか…昨今、これらの行為は全て“体罰”として忌避される…

 いつの頃からか如何なる体罰も許されなくなった。それに代わって、教師たちが児童・生徒・学生たちに妙に優しくなった。もっと言うなら、自分の教え子に“媚(こび)を売る”教師たちが目立つようになった。誤解しないでもらいたいが、私は体罰が良いとは言っていないし、なければないに越したことはない。だが、人間は感情の動物である。つい相手に手を出すということはあり得る。“他人様(ひとさま)”の子供に手を出すからには、それだけの理由と、手を出したあとの対応がきわめて大事だ。

 上掲の例の場合、校長はなぜ「深く反省している」と言って“依願退職”したのか。そのことでそんなに簡単に依願退職するぐらいなら、手を出す前に、落ち着いて、よく考えればよかったではないか。市教委も市教委だ。「『市立桜宮高の体罰自殺問題を受けて、暴力に頼らない指導を目指す中、管理職が手を上げた責任は重い』として懲戒処分とした」そうだが、私が市教委の責任者であれば、無条件に懲戒処分などはしない。相手(生徒)の“進歩”を心から願って手を上げたかどうかをまずその校長に確認する。

 聖書の「ヤコブの手紙」(3.1)には、「わたしのきょうだいたち、あなたがたのうち、多くのひとが教師になってはなりません。わたしたち教師がほかの人たちより厳しい裁きを受けることになると、あなたがたは知っています。」とある。それでも教師になった以上、“他人様”の子供を自分の子供だと思い、徹底して責任を取るべきだ。右手で叩いたのなら、なぜ左手でその子をしっかりと抱いてやろうとしないのだろう。

 以前、「鬼手仏心きしゅぶっしん」という言葉に言及したが(こちらこちらを参照)、なぜそういう熱き思いで、“他人様”の子供に接しないのか。その熱き思いこそが、昨今の学校教師に一番欠けている(と思われる)ものだ。「訓導して厳ならざるは師の惰(おこた)りなり」という昔の言葉は、じつは今のような時代にこそ必要なのだ。凛とした態度で生きる大人たちを見ないで育つ今の子供や若者たちは、甘やかしの時代に生きて本当に幸せだろうか。私にはどうしてもそうは思えない。

 小学校時代の私に講堂で往復ビンタをくれたN先生、中学時代の私を竹刀で数度打ったH先生、高校時代の私の胸ぐらを取り私の首を絞めたA先生、私はそうした先生を今、懐かしく、有り難く思い出す。この歳になるまで、他人一人も殺(あや)めることなくやって来られたのも、みな、あの時、あの厳しさで私に接して下さった先生方のお陰だ。私を殴打したあと、背を見せて泣いておられたN先生、私を打ったあとで、「痛かったか? でも自分がしたことをよ〜く考えて見なさい」と言って諭(さと)してくださったH先生、私を叱って首を絞めたあと、「苦しかったか? これでお前も他人の首を絞めることがどんなに悪いことかわかっただろう? ところで、お前、腹は減っていないか? カレーライスでも食べて帰るか?」と仰り、私をカレーライス店に連れて行って下さったA先生。どの先生もみな「仏心」だったと思う。それがあったからこそ、私はどの先生も恨むことなく、「私も教師になろう」と決めたのだと思う。

 簡単に依願退職する程度の人が、“他人様”の子供に手を上げたことはやはり間違いだ。手を上げる以上は、愛情に裏打ちされた「仏心」が必要だ(難しいことだが)。繰り返すが、私は体罰がよいとは言っていない。私が言いたいことは、「人間は感情の動物だ」ということだ。もちろん、感情のおもむくままに他人に手を上げるのは絶対に避けなければならないが、人間の子供は十人十色だから(この点は動物にも当てはまる)、子供によっては言葉ではどうしても分からない者もいる。だから体罰のほうが“効き目”がある子供もいる(はずだ)。そういう子供には、場合によっては、「鬼手仏心」で当たることも許されると私は思う。
 「どんな子供でも(大人でも)話せば分かる」というのは、我々人間の“思い込み”だと私は思う。それは、我々の日常的社会生活や国家間の険悪な状態を考えるだけで理解できるはずだ。

【後刻記1】こちらに、今回の件に関する匿名板がある。匿名だけに、各人の“ホンネ”が読み取れる。
【後刻記2】こちらも参照→「体罰の会」、「【体罰の会緊急集会】子供は体罰を受ける権利がある!」

「感極まって」、「感きわまわって」、「感極まわって」、「感際まわって」

ある動画を見ていたら、出演していた30代の女性キャスターが、「感極(きわ)まって」と言うべきところを「感きわまわって」と言ったのが私の耳を捉えた。もちろん、偶然の言い間違いということも考えられるが、「ひょとすると、本気でそういう言い方があると思い込んでいるのかも知れない」と思い、Googleで“感きわまわって”を検索してみた。 ある、ある! 約 600 件 のヒットだが、間違いなくその言い方を文字にして書く人たちがいることが分かった。以下に、5例だけ引用しておく。

※あの時が一番ハードな時期だったなぁ〜なんて思い出し、周りをみたらみなとみらいも変わっていた。 そしたら急にグァ〜っと感きわまわって涙がでた。
※今日思わず、嬉しくて、またこんなタイミングで出会えたことに、 感きわまわって握手してしまった。
※皆が感きわまわっていき、次々と招待客の方々がスピーチを!!
※話してるうちに、なんだか感きわまわってしまい・・・。店長もなんだか、すごーーーく優しく言葉を返してくれるし。
※今年卒園するお子さんのお母さん達が、感きわまわって涙を流すシーンも・・・・ 私達もじーんときてしまうほど、とても良い曲に仕上がりました。 

  ちなみに、“感極まわって”と覚えているらしい人も存在する。

※アメリカ人て、「感極まわって泣く」というシーンをあまり見たことがない。
感極まわって目に涙を浮かべてはコトキちゃんの細い腰に抱き着いた。※感極まわって涙でちゃう///※みな、心からの歓び!感 極まわって涙が出そうになる。
感極まわってウルウルだよ…… ガーン ほんと〜うに心からありがとう !! 

   さらに驚いたのは、“感際まわって”と書いている人がいることだ(例→こちら)。
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