2015年10月

畑仕事・田植えと妊婦(孕み女)

harある県に講演に行った時のことだ。11月の上旬だったと思う。主催者が用意したクルマで飛行場から会場に向かう途中、畑で30代中頃の妊婦、昔で言う《孕(はら)み女》が、一生懸命に作業をしている光景に出くわした。前かがみの姿勢はさぞやつらいだろうと思った時だった。私の隣の席に座っていた若い男性教員が、「おなかの大きな女性に畑仕事をさせるなんて、かわいそうですね。思いやりのない家族なんでしょうねぇ」と言った。
 そうなのかも知れない。おなかが大きな《嫁》に無理にでも働らいてもらわなくてはならない(労働力不足の)家族なのかも知れない。だが、私はその若い教員に次のように応えた。

農耕民族である日本人は昔から、妊婦、つまり《孕み女》をできるだけ田んぼや畑に出て働いてもらう風習があったようですよ。その考え方の根底には 《多産》、《実ること》と言った考え方があったのだと思います。《孕む》には「(稲穂・麦穂が出ようとして)ふくらむ」という意味がありますが、発想は同じですね。もちろん、働いたほうがお産が楽になるということもあるでしょう。赤ん坊を《つぐら》の中に入れて田んぼや畑の畦(あぜ)に置いておくこともありますね。あれも、もちろん面倒を見てくれる人がいないからという理由もあるでしょうが、「この児のように、作物がよく実りますように。」という願いからではないかと思います。ですから、必ずしも、「かわいそうだ」とか「嫁いびり」だとか言うわけにはいかないでしょうね。

 そんな説明をしたら、クルマに一緒に載っていたほかの教師たちも感心してくれたことがあった。ちなみに、私の母は男子6人、女子2人の計8人を産んだが、全てが安産だったという(私はその末子だ)。私の場合、母は妊娠9か月過ぎまで、私をおなかにいれて働きに出ていたそうだ。そうすることが、安産に繋がると考えると同時に、《多産》に結び付くと考えたからだろう。

「ごもっとも、ごもっとも」という表現

yam大学時代、こちらが何か言うと、「ごもっとも、ごもっとも」と応えられる、明治30年代生まれの教授がいらっしゃった。それが独特の音調で仰るものだから、私はそれを耳にするのを好んだ。「【私】先生、ここのところがどうにも分かりません。教えてくださいますか。」、「【教授】ごもっとも、ごもっとも。」という具合だ。最初は、「きみがそこの箇所を分からないのは《もっともなこと》だ。」という意味だと思った。それが「ごもっとも、ごもっとも」と強調されているのだと考えたのだ。その後、こういう言い方を日常的にする人に会ったことはないが、どこかほのぼのとして、好ましい日本語表現だという気がした。この用法(?)の詳細をご存じの方は是非ともご教示いただきたい。

【付記】上の写真(記事の内容とは無関係)は昭和39[1964]年春の授業風景(英米文学概論供砲如担当は故・山屋三郎教授(文学博士;日本アメリカ文学会初代会長)。200名近くの座席が年間を通じて空席となることはなかった。受講生は本当によく勉強した。東京オリンピックの年でもあった。

雛人形の並べ方

 
 
左に掲載した動画を見ていたら、次のようなコメントがあるのに気づいた。

Francis Osuna
the dolls in the back...are opposite... left = male & right = female. (ck it out)

 背景に並べてある雛人形が「(向かって)女雛男雛」になっているが、正しくは「男雛女雛」だということだ。確かにその通りだ。だが、歴史的に言えば、昭和3年[1928年]の御大典(昭和天皇ご即位)まで、一般の日本人、つまり庶民は男雛は右側に並べていた。それを、東京雛人形卸売組合が御大典を機に、皇室の並べ方(向かって右が女雛)に合わせたようだ。したがって、歴史的・関西風展示法に従えば、この動画の並べ方で好いということになる。詳細に言えば、昭和天皇は大正天皇のご即位の際の順に従われたと言われている。これは西洋式な考え方(右側=向かって左側が高位)を採り入れたもので、それが現在に影響を与えている。

【付記】明治天皇ご即位の際には、天皇の座である「高御座
(たかみくら)」だけだったが、大正天皇ご即位の時から、皇后の座である「御帳台(みちょうだい)」が設けられ、並び方も西洋式になった。

「御手洗」という姓

以前、「五味ごみ」という苗字の高校生のことを書いた(こちらこちら)。「ゴミ(塵芥)」と呼ばれてからかわれるのが嫌だという嘆きに私が、その名の由来・素晴らしさについて説明し、本人が喜んでくれたことに言及したものだ。
 
  つい先日、大学教員初期の頃の古い学生名簿を処分していたら、「御手洗」という名の学生の名が私の目に入って来た。男子学生だったが、小学校以来、「お手洗い、お手洗い!とはやされ、からかわれて嫌だったと言った学生だった。この学生にも、「君は自分の苗字の由来を知っている?」と聞いた。古い家柄の出身らしかったが、両親とあまり気が合わなかったから、敢えてその由来を聞くようなことはなかったと言った。

 その両親はm多分知っていただろうが、「御手洗みたらい」という名は極めて神聖なものだ。なぜなら、我が国では昔から祝いに用いる神聖な水、特に地下水が湧き出る清らかな水を指し、この水で神の食事を調理したり、人間の穢れを清めるために使用したりしたのだ。

 東京都渋谷区の渋谷駅と武蔵野市の吉祥寺駅を結ぶ京王電鉄の鉄道路線・井の頭線(いのかしらせん)および、その路線にある井の頭公園駅の「井の頭」とはまさに「御手洗みたらい」のことだ。同路線にある「神泉しんせん駅」の《神泉》という語源も聖なる水が湧き出た場所であろう。
 そんな話を同君にしながら、法政大学市ヶ谷本校地から国鉄・飯田橋駅まで、外堀を左手に見ながら帰った半世紀ほど前のことを思い出した。

×「御気よつけて」、×「お気よつけて」、◎「お気をつけて」

ある動画を見ていたら、それへのコメント欄に次のようなものがあるのに気づいた。

これから沖縄極左翼の脅迫などがあるかもしれないですが、どうか御気つけてください。
同じ九州より応援しています。


 1行目にある「御気つけてください」の「つける」が、現代日本語で標準の「つける」の発音綴りだということはすぐに分かるが、この発音綴りをする人は少なくない。以下に「御気つけて」を5例、「お気つけて」の例を挙げる。


※道中 御気つけて いってらっしゃいませ。
※日射病にはくれぐれにも御気つけて下さいませ.
※最近特にお暑いですが体調には御気つけて> ...
※今日も、とても、蒸し暑いですね、では、失礼 皆様 御気つけてネ。
※良く考えましたね〜。でも万が一と言うこともあるので御気つけてね〜

※花田さんもお気つけて
お気つけて帰ってきてくださいませ
※当日は、お気つけてお越しくださいね。
※かおりちゃん、移動にくれぐれもお気つけて下さいね。
※本日お越しになられるお客様お気つけてお越しくださいね(^_^

 用例は省略するが、 「つけてね」、「つけて行くんだよ」、「つけないとだめだよ」なども同類である。

パパは子守りで、ママは釣り…

turi私の散歩コースに大きな船溜まりがある。ハゼやセイゴがよく釣れる。私はここでは釣りはしないが、散歩の途中で必ず、そこに設置してあるベンチに腰を掛けて3、40分《日向ぼっこ》をする。
 昨日の日曜日も昼過ぎに散歩に出かけた。日曜日の割には釣り人は少なかった。写真のような光景を目にして、微笑ましく思った。《ママさん》は小さなワーム・ルアーを使っているのだが、飛距離が取れないようで、全て5、6メートルしか飛ばない。それでも熱心に、竿を振っている。「釣れるといいね…」と心の中で声を掛けながら、そこをあとにした。私が大学4年生になったばかりの頃(昭和41[1966]年春)、「若いってすばらしい」という題名の歌が流行ったが、その若夫婦を見ていて、「本当にそうだな」と思った。

I'll thank you to mind your own business. という表現

余計なお世話ですよ」、「人のことに口出ししないでよ」という場合、英語ではMind your own business.ということは英語学習者なら大抵は知っている。要するに、「自分の仕事の気遣いをしなさい」ということだ。だが、これをもう少し軟らかく響かせるにはどうしたからよいかと、私の英作文のクラスで受講生諸君約30名に聞いたら、誰も応えられなかった。そういう場合、英語では、表題にあるように、I'll thank you to mind your own business. と言う。直訳すれば、「あなた自身のことを気遣ってくれるとありがたい」ということだ。もちろん、状況や言い方によって、《皮肉》、《怒り》などを表すことができる。簡単に言えるようでなかなか口をついて出てくれない。

「犬飼」と「犬養」

昔、大学院生の頃、私は3年間、英語の非常勤講師して、都内の某私立高校で教えたことがある。そこに「犬飼(いぬかい)」という名の国語担当の専任教員がいた。私が大学教員になった時にも、所属学部は別だったが同じく「犬飼」という名の英語担当の教授がいた。ある日、前者の先生に、「先生のお名前の語源は何ですか。」と聞いたことがある。「伝え聞くところだと、先祖がどこかのお城で《犬》を《飼う》役目をしていたから付いたそうですよ。」と応えた。その時は、「そんなものかな」と思いながら、「そうですか。ありがとうございました。」と礼を述べた。

 大学教員の仲間入りをして間もなくのある日、教授控え室で、一人の教授が、隣に座っていた別の教授に、「昔、総理大臣をやっていて暗殺された《いぬかい つよし》という人は《いぬかい》を《犬を養う》と書いたけど、《犬を飼う》の犬飼とどう違うんでしょうね…」と聞いた。二人は日本人の氏名の話をしていたようだった。相手の教授は「《飼う》と《養う》の違いだけで、両方とも、犬の世話をする仕事をしていた人なんじゃないでしょうかねえ…」と応えた。そこで授業開始を告げるベルが鳴ったので、その後の二人の話がどうなったかは知らない。

 そんなことをどうしたわけか半世紀近くもたった先日、ふとしたことから思い出した。 Wikipediaで「犬養毅(つよし)」を見ると次のような説明が私の興味を引いた。
生い立ち
備中国賀陽郡庭瀬村(現・岡山県岡山市北区川入)で大庄屋・郡奉行を務めた犬飼源左衛門の次男としてうまれる(後に犬養と改姓)。父は水荘と称した備中松山藩
板倉氏分家の庭瀬藩郷士である。もともと、犬養家は庭瀬藩から名字帯刀を許される家格であったが、毅が2歳の時、父がコレラで急死する不幸に見舞われたため、
生活はかなり苦しかったという[1]。

系譜
犬養氏
伝承によると、遠祖は吉備津彦命に従った犬飼健命(イヌカイタケルノミコト)、江戸時代には大庄屋を務めた豪家だった。遠祖・犬養健命は大吉備津彦命の随神で
あったとして吉備津神社への崇敬の念強く、神池の畔に犬養毅の銅像が建ち、吉備津神社の社号標も犬養毅の揮毫である。
 これによれば、「犬養」はもともと「犬飼」と表記していたこと。遠祖は吉備津彦命(きびつひこのみこと)に従った犬飼健命(イヌカイタケルノミコト)で、『古事記』『日本書紀』の世界にまでさかのぼる。
 日本人のルーツをたどれば、誰もが神話の世界にさかのぼることができるから、何をどう言われても《証拠》がない限り、「ああそうですか。」としか応えようがないが、私は「犬養」の前が「犬飼」と表記していた事実に興味を引かれる

 以下は、私の全くの推測に基づく見解である。

日本には古代から「飼部(かいべ)」と総称される、家畜の飼育を任された身分の低い役の人々がいた。「飼(かい)」という字は、今でも「飼い葉」、「飼い葉桶(おけ)」と言う語に残っているが、牛馬の食い物である「生の草、わら、干し草」の意味だった。そこから、犬飼、鵜飼、馬飼、鳥飼などという、職業に由来する氏(うじ)が出た。「養」という字は家畜たちが先天的に持つ「生命力」を養うことに焦点を置いてできた語で、「飼」の字と共に使われた。だが、犬養毅が氏を《犬飼》から《犬養》に変えたのは、そのほうが立派に響いたからだろう。

 繰り返すが、これは私の推測に基づく《仮説》だ。詳細をご存じの方のご教示を乞う。

「彼は酒を飲んでも乱れない」の英訳(続)

昨日、He can hold his sake [liquor / whisky / wine]. という表現を紹介したが、このhold one's sake [liquor / whisky / wine] という言い方が使える日本人英語学習者のレベルは相当に高いと言えるだろう。日本人の発想からは普通は出て来ないものだからである。昔、私が法政大学ロンドン分室の室長をしていた時、私の秘書をしてくれていたイギリス人女性はHe drinks like a gentleman.という言い方をしたことがあった。女性の場合なら、She drinks like a lady.のように言えるらしい。drinks like a gentleman [lady]とはうまいことを言ったものだと感心した覚えがある。

「彼は酒を飲んでも乱れない」の英訳

tokuriいつだったか、Translation Skillsの授業の際、約30名の受講生に「彼は酒を飲んでも乱れない」を英訳してもらったことがある。9割の諸君がEven when he drinks he doesn't lose control of himself.と訳した。どうしてそう訳したのかと聞いたら、同じ日本文が諸君が持っていた電子辞書の和英にあったと答えた。He doesn't fall into disarray from drinking.と訳した諸君もいた。同じく諸君が持っていた電子版の和英辞典に収録されていたfall into disarray from drinkingという句を利用したという。He never behaves badly no matter how much he drinks.と書いた諸君も一人いた。
 三文とも意味は通じるが、私なら、第1文も考えるが、さらに英語的にHe can hold his sake [liquor / whisky / wine].のような言い方も採用するだろう。

What's the difference?の意味

先日、sit behind the wheelという慣用句と、大辞典におけるその訳語に言及したが、それで思い出したことがある。What's the difference?という慣用表現だ。某大英和辞典でこれを引くと、「かまわないではないか」という訳語だけがあげてある。別の大英和辞典には「どう違うのだどちらでもいいではないかおなじでしょう)」とある。その他、参照した限りの英和辞典がみな「かまわないではないか」、「どちらでもいいではないか」というような意味の訳語だけをあげている。間違いなく、日常的にはその意味で使うことが多い。だが、本来の意味は、文字通り、「(それの)違いは何ですか」ということだ。「どう違うのだ」という訳語が上記大英和辞典に収録されているが、これとて、そのあとに続いている「どちらでもいいではないかおなじでしょう)」の別表現としてあがっているものだ。
 英和辞典としては、「かまわないじゃないかどっちでもいいじゃないか」という訳語に添えて、「文脈によっては『どこが(どう)違うの?』という文字通りの意味になる」ことに言及しておくべきだろう。その意味で用いることも日常的には普通に起こり得るのだから。

 ちなみに、私が昔、訳した英米語の違いを扱った本のタイトルは What's the Difference?―A British / American Dictionary だった。したがって、邦題は『えいべい語考現学―どこがどう違う?』となった。

「法華狼の日記」というブログ記事を一読した…

『法華狼の日記』というブログ記事で、先生のことを批判している人がいます。」というメールをかつての教え子からもらった。興味本位で一読してみて、憫笑あるのみだった。そのタイトル「英和辞典編纂者で言語学者の山岸勝栄氏が、インターネットの愛国情報を信じて朝日新聞を訴えていた」からして無責任で、間違ったものである。裁判所に提出した私の「陳述書」を読んでも、「報告会」における私の報告を聞いても分かるはずだが、私は全面的に「インターネットの愛国情報を信じて朝日新聞を訴え」ることになったわけではない。タイトルに曲解のある記事はあとはそれの連続であるのが通例だが、この記事も例外ではない。目が曇っている人には景色は曇って見えるものだ。

 具体的には、こちらの報告会で私がしゃべったことや東京地裁に提出した陳述書を中心に非難した、まさに《ために為さん》杜撰、かつ悪質な記事だとしか言いようがない。牽強付会の部分も少なくない例:「おまけに朝日新聞に対する訴訟の陳述書を読むと、山岸氏は南京大虐殺そのものを否認していた」とあるが、「南京大虐殺そのものを否認していた」という箇所は間違っている。私はそんなことは書いていない。私が書いたのは「その時にはすでに《南京大虐殺》なるものの多くが実際には中国による《捏 造》であることを YouTube の動画や関連書籍等によって知っていたからです。」ということだ。これを《牽強付会》と呼ぶ 。荘子(内篇 斉物論)から「物は彼に非ざるは無く、物は是(これ)に非ざるはなし。」という言葉を引いてもよい。要するに、「立場を変えてみれば、是は非であり、非は是である。」ということだ。

 分析が甘過ぎる箇所も多い。同ブログに書かれている相当な数のコメントもまた、私のことを何も知らないで、上記ブログ記事を《自己流》に解釈して私を貶めようとする、まことに品のないものばかりだ。よくもこれだけの駄文が書けたものだ。まるで《腐食動物》を思
わせる。相手が実名・肩書を明らかにした上で反論を求めているのなら、全てに反論するが、匿名の相手の場合は特に、私にその義務はない。実名・肩書を明らかにしているのなら、次の問題点には反論 しようと思えばたやすく反論 できる。

1)まず、従軍慰安婦にまつわる会見なのに、なぜか山岸氏は百人切り裁判の話をおこなっていた。
  名誉棄損で朝日新聞等を遺族が訴えた百人斬り裁判において、原告敗訴が2006年に確定したことを山岸氏は知らないのだろうか*1

 
2) 軍人側から記事を書くように持ちかけたことを無視して、なぜ記者を無責任というのだろうか。なぜ遺族敗訴が確定した名誉棄損をもちだすのだろうか。記者とは無関係に、問題の軍人が学校講演で捕虜惨殺を語ったという証言も、本多勝一記者が1970年代に雑誌上の論争で提示していた*3。さらに百人斬り裁判がきっかけとなり、問題の軍人が捕虜や民間人を惨殺していたという同時代の軍人証言も発掘された。
 
3)インターネットが発達した時代に裁判がおこなわれたこともあり、このようにWEB上で確認できる記事が充実している。「冷静に分析すべき」という山岸氏は、それを自身で実行できているだろうか。
 
4)おまけに朝日新聞に対する訴訟の陳述書を読むと、山岸氏は南京大虐殺そのものを否認していた。根拠としてYOUTUBE映像を特定もせず出されても困る。
 
5)前述の陳述書では「朝日新聞の、とりわけ本多勝一氏、植村隆氏の記事がもととなって国の内外に広がった実害はあまりにも多大だと思います」とまで主張している。しかし植村氏による従軍慰安婦問題の記名記事は2回だけで、朝日検証でも第三者委検証でも「捏造」はないと結論づけられている。

6)山岸氏は、たとえば2014年12月25日のブログエントリで『文藝春秋』に掲載された植村手記に反論しているが、自身は挺身隊と慰安婦のちがいを知っていたといった脆弱な理屈ばかり。挺身隊と慰安婦のちがいを理解していたのなら、なぜ山岸氏が「植村隆氏が書いたことを信じた」のか説明してほしい。本当は当時の山岸氏も混同していたのか、混同が致命的な誤りではないことを認識していたのか、それとも他の理由があるのか。


7)そもそも、日本軍が慰安婦を組織的に動員していたこと自体は、日本政府*7も歴史学界*8も認定している。動員において挺身隊という名称をつかっていなかったとだけ訂正して、日本の印象がどれくらい変わるだろうか。詳細な研究がおこなわれること自体への高評価や、挺身隊参加者への二次加害をふせぐ意味などはありうるが、日本の責任が消え去るような性質の訂正にはなるまい。

8)さらに朝日に対する訴訟へ参加したことをつたえるエントリでは、末尾でチャンネル桜への支援をもとめる。「本ブログをご覧のみなさん、どうか「日本文化チャンネル桜」を応援してください。「桜サポーター(準会員)」なら、無理なく応援できるのではないでしょうか。」
 
9)在日特権を実在視しつつ在特会を切断処理する人々に比べれば、まだしも山岸氏に一貫性はあるといえるかもしれない。唾棄するしかない一貫性だが。

 
10)社会的な地位が高くて英語に通じているというだけでは、視野を広げて人権を重視できる充分条件にはならない。山岸氏を見ると、それがよくわかる。
 
 このほか多くのコメントが私を誹謗する文章になっており、それらについても、いちいち容易に反論することはできるが、やはり匿名相手では、非生産的であり、私のエネルギーの無駄遣いになるので、反論はやめておく私への過去のルサンチマンから書き込んだと思われるコメントも少なからず混じっていて、読んでいてまことに面白かった。人間の《執念》とは恐ろしいものだ…
 
いずれにせよ、こういうことは《実名・肩書付き》で討論したいものだ。実名であれば、明らかな名誉棄損は訴えを提起できる。とにかく、匿名は人を《卑怯者》にする可能性が大きい。「法華狼の日記」に書き込まれた多くのコメントを一読すれば分かるように、人間の匿名のいやらしさだけが浮き彫りになっている。

【追記】朝日新聞集団訴訟原告としての私はあくまでも一人の日本人として活動しているのである。辞書学者としての私の名をことさらにあげて私を貶(おとし)める必要はない。辞書は私一人でできるものではないから、出版社や関係諸氏にとって、辞書名と私の氏名をあげるのは《はた迷惑》になる。

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【後刻記】こんな駄文集もあった。《元ネタ》は文頭で言及した「法華狼の日記」だ(罪深い「日記」だ)。私を「学者の恥さらし」と罵倒したコメントもある。言っておくが、私は自分の行為を「恥さらし」などと微塵(みじん)も思っていない。「学者の恥さらし」とは、真実を追求することが仕事である学者が、「嘘を教えて来た」ことに気づいていながら、「今さら」と沈黙を続け、「知らん顔」を決め込むことだ。私は自分が朝日新聞の記事を信じて「」を教え続けてきたことに気づき、そのことを慙愧(ざんき)に堪えないと感じたから、それを正直に告白して、私の《学者人生》を大きく毀損した朝日新聞を告発しようと考えたのである。
 また、別のところには、私が「
晩節を汚した大学名誉教授」だと書いたコメントもあった(その後見当たらないようだから、あるいはそれは削除されたのかも知れない)。「晩節」の意味も分からない誰かがこんなことを書いたようだが、この場合の「節を汚す」とは、単に「恥ずかしいことをする」という程度の緩(ゆる)い定義ではなく、「自分が大切にしている信念・主義・主張を全うしないで変節に走る」という意味であり、したがって、「晩節を汚す」とは「人生の晩年になって、自分が大切にしてきた信念・主義・主張を変える」という意味である。つまり「晩年における変節」のことである。私は生涯を通じて、「是々非々を通すこと」、「過ちと分かったらそれを認め正道に戻ること」を《》として来た。今回、原告側に回ったのはまさに私が「変節漢」ではないことの証明なのである。
 そういうことも理解できないような輩
(やから)たちが臆面もなくこういう駄文を書いて他人を貶めようとするのだ。それができるのも《匿名》ゆえだ。困ったものだ。私に言いたいこと・文句があれば氏名・肩書きを明らかにしてからにすべきだ。いつでも喜んで相手になる。

【後日記】私を「
大東亜戦争肯定論者」だと思っている人(たち)がいるが、それは勝手なレッテル張りである(Wikipediaの私の項にも誰かがそういうレッテルを張っていたが、先ほど確認したら消えていた)。私は「大東亜戦争」を全面的に肯定したことはないし、かと言って全面的に否定したこともない生涯を通じた私の主張は「是々非々に徹せよ!」ということだ。その意味で私は何事においても自分を「是々非々論者」だと思っている。「山岸は大東亜戦争肯定論者」だという勝手なレッテル張りはご免こうむる

I need you to...の構文の押しつけがましさ

f先日、Awaiting your reply.という文が持つ《押しつけがましさ》に言及した(こちらこちら)。その時は触れなかったが同一人物が私にくれたメールの英文にI need you to help me.という1文があった。「ご援助いただきたい」ということだろうが、その日本語が持つのと同類の押しつけがましさがこの英語構文にもある。したがって、上位者・年長者が下位者・年少者に向かって要請しているようで、はなはだ無礼な英語だ。私が教えた学生の中にも、この構文を使って英語を書く諸君が少なくなかった。
 普通、他人に何かを依頼するような場合、こういう言い方はせずに、たとえば、Would [Could / Will] you ...?のような言い方や、I wonder if you would [could]....のような言い方をする。

河野洋平という元政治家

河野洋平・元衆議院議長は去る15日、東京・有楽町の外国特派員協会において次のように語った(要約;こちらにその動画がある)。
南京で虐殺があったことは日中両国で歴史認識として、事実として確認されている。問題は何人殺されたかだ。記憶遺産として残す以上は両国が資料に基づき、議論する必要がある。南京事件そのものがなかったのではないか、少し事実と違うのでないか、という議論に持っていくべきではない。事実は事実として認めながら、記憶遺産として残す以上、より正確なものを残すために、日中両国がもっと資料に基づく真摯な議論をする必要がある。(中略)UNESCOに対する拠出金をやめようというような意見が日本国内にあると伝えられているが、全く恥ずかしい話だ。UNESCOが世界に果たしている役割、その重要性、その有効性は世界の人が認めていることだ。
 政界を引退したと言いながら、村山富市元首相と同じで、国益に反することを、よくもこうも次々と言えるものだ。それも外国特派員を前にしてである。「記憶遺産として残す以上は両国が資料に基づき、議論する必要がある」と言っているが、支那が示す《資料》の多くは《捏造》に基づくものであることはすでに証明済みだ。また、「南京で虐殺があったことは日中両国で歴史認識として、事実と確認されている」などと宣(のたま)うが、紛れもない「虐殺」があったという事実は支那と一部の反日的日本人が一方的に言っているだけで、客観的で強固な証拠は未だ示されていない。日本政府関係者がそれを《認めた》とすれば、それは支那側の一方的な《指摘》に屈しただけであって、客観性は認められていない。「南京事件そのものがなかったのではないか、少し事実と違うのでないか、という議論に持っていくべきではない。事実は事実として認めながら、記憶遺産として残す以上、より正確なものを残すために、日中両国がもっと資料に基づく真摯な議論をする必要がある」と言っている点もおかしい。「事実は事実として認めながら」と言うが、その「事実」なるものが《捏造》であるのだから、話にも何にもならないではないか。

   自分が発した《談話》によって、反日・売国・左翼人間以外の一般的日本国民がどれだけ嫌な思い、辛い思いをしているか、分かっていない点が大問題なのだ。「UNESCOが世界に果たしている役割、その重要性、その有効性は世界の人が認めていることだ」と言うが、《捏造記憶遺産》を何の検証もなしに登録させるUNESCOが、どうして《重要》で《有効》なのか!? 支那を利するそうした組織に、なぜ我が国の血税を多額に注ぎ込む必要があるのか!? こんな愚見を耳目にするこちらのほうがよほど「恥ずかしい」。UNESCOイリナ・ボコバ事務局長は支那・北京で行われた《抗日戦争勝利70年記念》の大規模軍事パレードに、国連事務総長・潘基文(パン・ギムン)同様、出席している。これは明らかに《公平・公正》を旨とすべき国連やUNESCO事務局長にあるまじき行為ではないか!? まあ、潘基文は「国連は中立的な機関ではない」と《放言》したそうだが…

【必見】➡松尾一郎著「南京大虐殺はウソだ!」

葬儀と塩味のおにぎり

葬儀のことを調べていたら、ある人が「お葬式の礼儀とマナー」というブログ記事を書いているのに出くわした。それには次のようにあった。
今から18年ほど前になりますが、主人の親戚のお葬式に参列しました。場所は田園風景の広がる田舎だったので、自宅でお葬式をして近所の人達がお手伝いに来ていました。その時に覚えていることは、お葬式には関係のない事ですが、塩だけの大きなおにぎりでした。トレーにたくさんのおにぎりが並べてあって、参列した人達が好きなようにおにぎりを食べられるようになっていたのでした。
 ちょうど、その年は米不足の時で、国産米が少ないし、高いので家ではカリフォルニア米を食べていました。だから余計に思ったかもしれませんが、そのおにぎりがおいしくて、ある人は持って帰ったほどでした。塩だけのおにぎりだったのですがお米のおいしさが引き立っていました。
onigiri2 nigiri1私の興味を引いたのは、「塩だけの大きなおにぎり」と二度も書いていることだった。地方によっても風習には違いがあるだろうから、断定的なことは言えないが、私は、この歳になるまで、葬儀に「」を使った「おにぎり」があるということを知らなかった。葬儀の握り飯・おにぎりには「」は使わないと教えられてきたし、それが古来からの伝統だと思ってきたからだ。《精進》でない時、つまり日常的には「」を使う。正月のような慶事にもそれを使う。だが、葬儀のような仏事には使わないというのが私が物心付いてからの「おにぎり」観だった。

 いつだったか、知人の葬儀に参列した時も、塩味のおにぎりが置いてあったのを見て驚いたことがあるコンビニで売っているおにぎりは多分、塩が使ってあると思うので、私が考える葬儀にはやはり使えない。ここらあたりの問題に詳しい方のご教示をお願いしたい。

銀座の柳のこと ・・・ 柳は「斎(ゆ)の木」

g1一昨日、東京地方裁判所に行った際、久しぶりに新橋駅から有楽町駅まで歩き、《銀ブラ》をした。歩きながら思い出したことは、「銀座の柳」のことだった。私の年代以上で銀座を歩いたことのある人は銀座の柳並木の美しさを覚えているだろう(左写真)。古くは、昭和4年(1929年)に西條八十作詞・中山晋平作曲の『東京行進曲』の1番で「昔恋しい 銀座の柳」と歌われ、昭和8年(1933)には西條八十作詞・中山晋平作曲の 「東京音頭」の2番で「ハァ 花は上野よ チョイト 柳は銀座 ヨイヨイ」と歌われた。さらに、昭和11年(1936年)には門田ゆたか作詞・古賀政男作曲の「東京ラプソディ」の1番で「花咲き花散る宵も 銀座の柳の下で 待つは君ひとり 君ひとり 逢えば行く 喫茶店(ティールーム)」と歌われた。つまり、柳は銀座のシンボルだった。
 聞くところでは、銀座通りには桜・松・楓が植樹されたが、埋立地であったために水分が多く、それらは生育しなかったそうだ。そのため、明治10年(1877年)に、そういう土地での成長のしやすい柳に植え替えられたそうだ。それ以来、長年にわたって「銀座のシンボル」として、銀座通りを歩く人々に親しまれた。だが、昭和43年(1968年)に銀座通りの共同溝工事のために柳は伐採されてしまった。

 銀座通りの柳を伐採した人たちが知っていたかどうかは分からないが、柳は昔から「(ゆ)onの木」、すなわち「転生・oi復活をもたらす神木・聖木」と考えられていた。「やなぎ」という語は「ゆのき」が転じたものと伝えられる。源義経は弁慶ほかと奥州に下る時、自分の「(おい;修験者などが仏具・衣服・食器などを納めて背負う箱)」の中に柳の枝を入れていたし、正月の祝いの膳では必ずと言ってよいほど、柳の木で作った《柳箸(やなぎばし)》が使用された。この風習は今でも残っている。また、日本のあちこちに、「柳の枝で土を突いたら、そこから水が湧き出た」という言い伝えのある場所がある。これも神木・聖木が霊験あらたかであることを示している。

 柳の木1本という言い方もできるが、いったいどれだけ長い年月、日本人はその木を大事にして来ただろう。かの小野道風が、自分の才能のなさを嘆いていた時、カエルが柳に何度も何度も飛びつこうとして失敗し、最後に、一陣の風をうまく利用して所期の目的を達成した姿を見て、《継続》することの大切さを悟ったと言われていることはよく知られている。「銀座の柳」が無くなった時、日本文化と日本人の心の一部は永遠に失われたのだ。戦後日本人が失った最大のものの1つは「日本人らしさ」だろう今月9日に紹介した朝日新聞女性記者たちはその無残な犠牲者だ

「朝日新聞集団訴訟」第一回口頭弁論に行ってきた。

昨日は、表題のとおり、「朝日新聞集団訴訟」第一回口頭弁論に行ってきた。場所は、霞が関の東京地方裁判所第103法廷。この歳になるまで、幸か不幸か(前者に決まっているが)、私は法廷の、それも意見陳述の場に立ったこともなければ証言台に立ったこともない。「朝日新聞を糺す国民会議」の原告側の一人として、私が過去約半世紀近く、朝日新聞、とりわけ本多勝一記者、植村隆記者(現在は共に退職)の書いた《南京事件》と《従軍慰安婦》関連の記事に影響を受けてきたこと、その記事内容を信じて何千、何万という学生に《ウソ》を教えてきたこと、朝日新聞の「天声人語」の英訳版を英語の授業で使用して、結果的に、日本軍将兵を貶めるようなことを言って来たこと、私が編集主幹を務める英語辞書に、朝日新聞の情報を鵜呑みにしてそれに基づいた誤った記述をしたことを述べ、自分の《罪》を告白すると共に、朝日新聞の《大罪》を告発したいと述べて来たこちらに私の陳述書のpdfがある)。
 私の前に、渡部昇一議長(上智大学名誉教授)、杉田水脈氏(前衆議院議員)が意見陳述をなさり、そのあとが私、私のあとがアメリカ在住邦人の方2名が続いて、アメリカ(カリフォルニア)において、朝日新聞報道・河野談話が如何に在米邦人に甚大で、深刻な被害を与えているかを切々と述べられた。最後に、荒木田修弁護士が弁護士としての陳述をなさった。原告席には25人は着席して居たであろう。傍聴人は最低でも120人は居たのではないか。空席はなかった。

 裁判所を出たあと、抽選で法廷に入廷できなかった人を含め、新橋の某ビジネスセンターのビルの一室で報告会が開かれた。ここにはおそらく300人近くが集まったのではないか。そこでは、多くの著名な方々が、それぞれのご意見を述べられた。

 次回は本年12月17日に予定されている。

【付記】報告会の模様を映した動画があった。自分で自分の姿を見て、「ああ、私も歳を取ったなあ…と思った。【陳述人 山岸勝榮 明海大学名誉教授:ウソを教え続け慚愧に耐えない】朝日新聞を糺す2万5千人集団訴訟 第1回口頭弁論・報告会 2015.10.14

 ◎こちらに報告会会場全体を伝える動画がある。➡「朝日新聞集団訴訟」第一回口頭弁論と報告会
                                                                      ➡【朝日追撃】2万5千人集団訴訟、第一回口頭弁論と報告集会[桜H27/10/15]

【後刻記】報告会での私の話に対してご意見を書いてくださっている方がいるのに気づきました。➡こちら
             ➡こちら にもあり。

本ブログをご覧のみなさん、どうか「日本文化チャンネル桜」を応援してください。「桜サポーター(準会員)」なら、無理なく応援できるのではないでしょうか。仏陀が「貧者の一灯」を喜ばれたように… 一人一人がサポーターになりましょう! 我が国のために、「貧者の一灯」になってください!

【後日記】 ➡
「『法華狼の日記』」というブログ記事を一読した…」をご一読ください。

あれは《キーウィー》じゃなくて《アケビ》って言うんだよ…

ak2一昨日、散歩の途中、近所の小学校の金網に《アケビ》の蔓が巻き付き、実が熟しているのを見つけた。面白かったのが、それを見た小学生5人組の会話(2、3年生ぐらい)。

「え〜、あれナニ?」
「どれ? ああ、あれ、キーウィーじゃないの?」
「ああ、そうか、キーウィーか。じゃあ、食べられるね。」

それを聞いていた《お節介》な私。
 
「君たち、あれはね、キーウィーじゃなくて《あけび》って言うんだよ。割れてるのがあるでしょ?あれはもう食べられるっていうこと。バナナみたいな味がして美味しいよ。タネが多いけどね。」

「ふ〜ん、そうなの。おじさん(「おじさんとは言わなかった!食べたことあるの?」
「ああ、小さい時にたくさん食べたことがあるよ。学校の行き帰りに、取って食べたよ。」
「へ〜。」

 「取って食べてみたら」とは言わなかった。他人の子供に何かを食べさせて、アレルギーがあったりしたら大変だからやめておいた。今の子供の多くは、自分の周辺に成っているこうした植物のことも知らないのだなあと思うと、少々寂しい気がした。《アケビ》の詳細はこちらのWikipediaの記事をご覧いだだきたい。

「世界記憶遺産」に捏造の《南京大虐殺》が!

 英語にThe squeaky wheel gets the grease [the oil]. という諺がある。「うるさく軋(きし)む車輪は油を差してもらえる」ということで、要するに、「大騒ぎするほど注目を集める」、「大声で不満を言う人間のほうが得をする」ということだ。
  今回の「UNESCO(国連教育科学文化機関)世界記憶遺産」にいわゆる《南京大虐殺》(Documents of Nanjing Massacre)の記憶登録が決まった時に、強くそう思った。 我らが日本政府は今回の外交でも完全に支那に敗北した《自虐史観に凝り固まった我が政府、とりわけ不甲斐なき外務省が、大声を上げ続ける支那に勝てるわけがないがどこまで、いつまで続くか知らないが、これからずっと、《南京大虐殺》という語と「日本軍は南京市民を《30万人》も大殺戮した」という《ウソ》が記憶され、定着していくのだ。「資料の内容が歴史的に正しいかどうか」は現行の登録のための審査基準には含まれないそうだ。これもおかしな話だ。歴史的・客観的に証明されないことが「世界記憶遺産」になるという、まことにもって理不尽な話だ。

 安倍首相は先の戦後70周年記念談話で、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と言ったが、我が国の「子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに」に、やはり大きな負担を強いることになってしまった。「世界記憶遺産なのだから」、「UNESCOが認めているのだから」、無反省にそう信じる世代がまたぞろ出来そうだ。

 まさに、「支那といううるさく軋む車輪」(China, the squeaky wheel)がUNESCOに出かけて行って「油を差してもらった(got the grease [the oil])」に等しい。だが、忘れてならないことは、この捏造の《張本人》は支那人というよりも、むしろ日本人だ勝者による《東京裁判》が事の発端だが…。具体的に言えば、元社会党委員長・田辺誠と朝日新聞(とりわけ本多勝一・元記者)だということだ。田辺は3,000万円という巨額の寄付をして、支那に《大虐殺記念館》を建設するように支那に働き掛けたと言われている。その頃から支那が《日本叩き》の材料として、捏造に捏造を重ねて、現在の記念館を建設し、朝日新聞の本多勝一に《情報》を一方的に提供し、本多は事実の検証もなく、支那側の情報をそのまま自社の新聞に垂れ流し続けたのである。支那共産党は自らの《悪政》に国民の目を向けさせないために、田辺や本多を利用し、自国民の目を日本と日本人に向けさせる努力をして来たのだ。これが紛れもない事実だ。

 大問題は、そういうことにほとんど無関心な日本政府と日本国民だ。もちろん、日本政府はアメリカ政府の鼻息を伺っていなければ何ひとつできないし、日本国民は戦後のGHQの《日本人洗脳作戦》、とりわけ《自虐史観の養成》にまんまと乗せられて骨抜きになってしまっており、支那の捏造史に対して何一つ文句も付けないで今日に至った《南京大虐殺》はあったという誤った歴史観によって書かれた教科書が94%も使われている事実が、日本人教師たちが骨抜きになっていることを証明している。朝日新聞の植村隆・元記者が繰り広げた韓国人女性のいわゆる《従軍慰安婦》問題の場合もそうだった。

 
悲しいかな、戦後の日本の政治家・学者・学校教師・一般国民には、《日本国家・軍国主義が悪かった》と一方的・自虐的に《反省》し、物事を「是々非々」で観ることのできない、あるいはそれが(アメリカの意向によって)許されない者たちがほとんどになってしまっている。日本人よ、覚醒せよ!

《日本はUNESCOに拠出金・分担金として出している資金の提供を凍結すべし! 日本のそうした資金提供はUNESCO全予算の三分の一に達するから、UNESCOは慌てるだろう。その金を全て支那に出させればよい。こんな理不尽の通用するUNESCOなどに日本人の大事な税金を使う必要などまるでない!》

【追記】明日は「
朝日新聞集団訴訟第1回口頭弁論」が開かれる日だ! 2万5千人の、日本裁判史上、最大の原告団が結成された! 
【追記2】
必見【松尾一郎】「南京世界遺産登録」は日中米共同プロパガンダだ![桜H27/10/12]

「世界記憶遺産」に「舞鶴への生還」が登録さる!

t1世界記憶遺産」に日本が申請した第2次世界大戦後のシベリア抑留などの資料「舞鶴への生還」と、国宝「東寺百合文書(とうじひゃくごうもんじょ)」が登録されたことは周知のとおりだ支那のものに関しては明日触れる。前者について、私の法政大学時代の教え子、高橋博君(専任講師就任1年目の担任の時の学生の一人の御父上・高橋秀雄氏が書かれた『ひたすら故郷の空を想いて―私のシベリア抑留体験』(私家版)の読後感を記録しておきたい。

 御父上・高橋秀雄氏は大正14年(1924年)、埼玉県朝霞市のお生まれで、御年90歳である。話は昭和19年(1944年)12月9日から始まる(私が生後3か月の時だ)。秀雄氏は7人きょうだいの末っ子。戦死なさった兄君もおられる。入隊し、品川駅から下関駅へ行き、そこから朝鮮の釜山港へ向かい、さらに北支那の華北河南省済源の日本軍教育隊に入隊、のちに一五六ニ八部隊に配属されたそうだ。その後、日本が敗戦し、昭和20年(1945年)8月20日に、ソ連軍により武装解除を命ぜられ、捕虜となる。それからのシベリア生活は厳寒(零下35度)、飢餓、重労働の三重苦の極限状態の連続であったと記す。戦後、ソ連側が発表した日本人捕虜の数は何と69万2千人に及ぶ。

 「日本軍将兵は武装解除の後に平和的に家庭に帰す」と宣言した「ポツダム宣言」があるにもかかわらず、日本政府からは、将兵の帰国要求の申し入れはなかったという。むしろ、「貴軍経営のためにぞうどお使いください」と日本人将兵の労務特供給の申し入れをしたのは、他ならぬ日本政府・大本営であったという。このことは、共同モスクワ・ニュースが詳細に伝えたそうだ。国に見捨てられた日本軍将兵63万余の悲劇である。このために、日本軍将兵が長年にわたって、酷寒の地シベリアでの強制労働、飢餓を味わうことになった(p.40)、と著者は書いて怨嗟の声を上げておられる。詳しいことは省略するが、想像を絶するt2シベリアでの強制労働・飢餓の生活は、読む者の胸を激しく締め付ける。著者は、「両親からの恵みの体があってこそであり、そのありがたさは、今も忘れない。これも貧農で育てられた幸せであった、この五年間の難も越えることができた」(p.43)、「収容所で生き長らえたのは、母への感謝であり、母が丈夫な体を産み与えてくれたためです」(p.74)と、何度も何度も書いておられる。帰国なさった時の、
 シベリアに護送された時、軍隊の戦友が四千余人だったが、無事帰還できたのは二千四百余人であった。苦しみや悲しみを抱きながら、昭和二十四年十月三日、シベリア抑留以来四年ぶりに夢にまで見た祖国の土を踏むことができた。(中略)誰もが一緒に帰ろうと約束したのに、生きて帰れなかった戦友のことを思い浮かべていた。亡くなった数百本の寂しい墓標を見守りつつ、「俺たちは祖国に帰ります。異国の地ではあるが、安らかに眠ってください」と、目に一杯涙をためて祈った。(pp.66-7)

 という言葉が胸を打つ。
  シベリア帰りは共産主義者というこの噂を真に受けたのだろう。親兄弟までがその噂に惑わされていたようだ。私がやっと帰国すると、今度は「シベリア帰り」と警察にマークされ、シベリア帰りのいる者の家々に調査にきた。嫌な日々が続いた。(中略)こんなことを何日か繰り返しているうちに、私は、長兄たちから疎まれている冷たい視線を感じ始めた。シベリアでは、毎日、飢餓に喘ぎながら寒さに耐え、日本へ帰りたい一心で重労働に堪えてきた。故郷へ帰りたい一心で耐えに耐えてきたその故郷に、身の置きどころがないと思われだした。どうせ私たちのことなど、一緒に抑留された戦友以外、誰にも理解などしてもらえないと思い、故郷がとても冷たく、疎ましく思えてきた。(中略) 敗戦という未曾有の困難、苦悩のシベリア抑留をへて、五年の後に故国に帰ってきた時の想いは筆舌につくしがたい。戦中派それぞれの辛苦は想像を絶することばかりだった。人はどう思うだろうか。私はいま荘厳な想いで戦後のあの時期を偲んでいる。(pp.71−3) 
t3 氏は、最後を次のような言葉で結んでおられる。胸が痛む、だが、貴重なシベリア抑留記を読ませていただいた。高橋秀雄氏とお連れ合い(85歳)のご健康とご長寿を心からお祈りする。
  私は、シベリア抑留経験者として、厳寒、飢餓、重労働の三重苦の極限状況を生き抜いてきた。六十五年前本書は重版で、初版は5年前、著者85歳の時―山岸注の戦争によって、人生を変えられ、今も心に癒えることのない傷を抱いて生きている。この辛い体験の中から、人間にとって何がいちばん大切なのかを心に刻み、後世に伝えていかなければならないと思っている。舞鶴港は六十六万の同胞と一万六千余柱の遺骨を受け入れた。しかし、歳月が流れ、戦争を知らない世代の増加によって、シベリア抑留の史実と引揚げの苦難は年ごとに記憶から遠ざかっている。二度と再びこのような痛ましい出来事を繰り返さないために、戦争の悲劇を語りついでいかなければならない。あらためて、異郷の地で倒れた戦友の御霊に心からの弔意を表すとともに、世界の恒久平和に向けた日本の悲劇を後世に長く伝えてゆきたい。道は長い。母の帯よりも父の年よりも長い。その道をこつこつと歩いてゆこう。

ツバメの巣の中の貝

tsu昨日、私は、我が国の山村では、鹿の胎児の干したものを産後の女たちの《血の道》の「妙薬」として珍重していた時代があったと書いた。猿の胎児も同様に珍重されたことにも言及した。

  それで思い出したことがある。画像の詳細メモによると7月20日に撮影したものだが、我が家の近くにある某スーパーマーケットの駐車場の天井に左の写真にあるように、ツバメが(今年も)巣を作り、子育てをしていた。今は当然、巣の中はカラなのだが、その巣を下から眺めていて、昔の民間伝承を思い出した。
 それによれば、ツバメは巣作りをさせてもらい、子供を育てさせてもらったお礼に、飛び立つとき、その巣の中に小さな貝を残して行くそうだ。そして、その貝殻を煎じて飲むと婦人病に効くらしい。

  周知のように、「竹取物語」でかぐや姫は中納言・石上麻呂(いそのかみ の まろ)に対して、「ツバメの子安貝」を持ってくれば結婚すると言うが、そんなものが手に入るはずはない。結局は失敗に終わり、命まで落とすはめになるのだが、かぐや姫はどうしてそんな難題を出したのだろう。ひょっとすると、ツバメが飛び立って行く時に残す「お礼の貝」のことを子安貝と言ったのかも知れない。ツバメの子安貝を持ってくれば結婚してもよいというのは、かぐや姫がいちばん心を寄せていたのはひょっとすると石上麻呂だったのかも知れないここらあたりのことは私の専門外なので詳細についてはこれ以上は何も分からない。ただ、ツバメが何らかの貝を残して行くというのは、ひょっとすると巣作りに使ったものの中に貝が混じっていたのかも知れない。いずれにせよ、それが婦人病の《妙薬》だと言われていた点に私は興味を引かれる。

【後刻記】本記事を読んで下さった方のお一人から、先ほど以下のようなご教示を得た。専門外のことで知らなかったが、この情報は大いにありがたかった。原書を読んでみようと思っている(午後12時30分記)。

 南方熊楠という学者に「燕石考」という論考があり、内容も本日の山岸先生の記事とぴたりと一致するようです。http://www.amazon.co.jp/南方熊楠英文論考-ノーツ-アンド-クエリーズ-誌篇/dp/4087890015
(実は私はその論考の解説(講談社現代新書「南方熊楠を知る辞典」)しか読んでいません。
添付ファイルは当該記事をスキャンしたものです。)

鹿の今昔

 
 
「奥のさくら路」実行委員会(チャンネル桜)が東日本大震災慰霊「奥のさくら路」桜二万本植樹プロジェクトを創設して、被災地に桜の苗を植えたのだが、軟らかい葉や枝が鹿の食害に遭っているそうだ。その模様を写した動画がある(左)。宮城県石巻市雄勝町にある葉山神社周辺に植えられた桜の樹が例に採られている09:30−14:00辺り。鹿が増え過ぎてこういう《被害》が生じているのだが、近々その《間引き》が考えられるだろう。

 人間とはまことに《身勝手な存在》だ。昔、いつ頃かは定かではないが、我が国の山村では、鹿の胎児の干したものを産後の女たちの《血の道》の「妙薬」として珍重していた時代があった。これはおそらく、鹿sの胎児が《サゴ》と呼ばれ、それが《サンゴ》(産後)と類似音であるところから出た迷信ではないかと思うが、この「妙薬」を多く産する村は経済的に潤ったと聞く。たぶん、蒸し焼きか天日干しにしたのち、粉にして飲んだのであろう。聞くところでは、猿の胎児も同じような用い方をしたそうだこれも現代から見れば、昔の人たちが「難がサル(=去る)」と考えたことの名残りと言えるだろう

  今もそういう《妙薬》が飲まれているのなら、鹿や猿が増え過ぎて困っている地域は、それはそれで《サゴ》を大量に生産して一儲けも二儲けもするだろうが、今どき、そんな迷信が通用するとは思えないので、鹿や猿たちにとっては受難の道が待っているだけだろう。

朝日新聞記者たちの《非常識》!?

福山雅治さんと吹石一恵さんの結婚に関して意見を求められた菅義偉官房長官が、「産んで国家に貢献を」と言ったというので波紋を広げているそうだ(出典こちら)。だが、私に言わせれば、菅義偉官房長官の『産んで国家に貢献を』との発言が波紋を広げている。ビッグカップルの結婚がなぜ、『出産』に結びつくのか。と書いている朝日新聞記者貞国聖子、佐藤恵子と二名の記者名が記載されているの《偏向性》のほうが大問題だ。「波紋を広げてい」と言っているが、意図的に「波紋を広げよう」としているのは朝日新聞ではないのか? 結婚した人に、「次はあなたたちの二世の誕生が楽しみだね」、「がんばって、子供をたくさんつくって」などと声を掛けることは、昔からきわめて正常なことだ昨今では、そういう発言さえ《差別》だ、《プライバシーの侵害》だなどと解釈する人たちが多くなっているが、困ったことだ。「ビッグカップルの結婚がなぜ、『出産』に結びつくのか。」などと意味不明なことを記事に書く記者の顔が見てみたい。「結婚したら出産に結び付く」のが普通ではないか。医学的理由などによって出産の望めない人たちを除けば、結婚は常識的に「出産」に結び付く。結び付かなければ《国家》が立ち行かない。これは常識だ。菅官房長官は政府の要人として、当然の希望を述べたに過ぎない。福山・吹石という有名人同士、美男美女の結婚となればなおのこと「素晴らしい子供をたくさん産んでほしい」と願うのが多くの日本人の素直な気持ちではないか本人たちが子供をもうけることをどう思うかということとは無関係に。それを、「事あれかし」と願うような書き方しかできない朝日新聞記者(たち)は呪われてしかるべきだ。南京事件、慰安婦事件で、少しは《改心》したかと思いきや、こういう《非常識》な発想は一朝一夕には治らないらしい。

 その朝日新聞だが、いよいよ集団訴訟(2万5千人)第一回口頭弁論が下記のとおり始まる。時間の許す方はぜひとも東京地裁に足を運んでいただきたい。私も参加する予定だ。すでに集団訴訟の告発人の一人として「告発状」を提出してある。

【朝日追撃】ついに集団訴訟第一回口頭弁論開廷!傍聴と街頭宣伝活動へ草莽崛起を![桜H27/10/8]  

【後日記】こちらの動画に次のようなコメントがあるが、まことに正論である。
「日本人のネィディブな女性は、キミマロさんや、ドクマムシさんなんかが繰り出す「超毒舌」に、信じがたいほどの「笑い」を見出せるんですよ。お金払って聞くほどに女性には本当に「バカ受け」なんです。これが、大陸だったら、ありえないでしょう。毒舌でもない、官房長官のコメントならなおさら、騒ぐ必要などないです。ことさら大げさにとりあげて騒ぎ、悪意ある様に印象操作に持ち込むのは、「民主主義ってなんだ」「戦争法案」「徴兵制」と騒いで、印象操作に持ち込む考え方と同じですよ。」

sit behind the wheelは「車を運転する」か?

日本語では「ハンドルの前に座る」と言うが、英語では「(クルマの先頭・ハンドルを前部と考えて)ハンドルの後ろに座る」と言うことは英語の常識だが、その英語sit behind the wheel に対して、(電子辞書にも搭載されている)某大型英和辞典は「車を運転する」という訳語だけを与えている。だが、この日本語は不正確だ。よく言ってミスリーディングな訳語だ。
 なぜなら、sit behind the wheel が言っていることはあくまでも「ハンドルの前に座る」ということであって、「車を運転する」はそのあとの動作だからだ。もちろん、日本語の「ハンドルの前に座る」がその結果としての「運転する」を意味することはあり得る。だが、自動車販売店で、ハンドルの前に座って乗り心地を試している客かも知れないし、ハンドルの前に座って内部の不具合を点検しているエンジニアかも知れない。したがって、英和辞典の訳語として、「車を運転する」だけをあげるのは不正確だということになる
 同じことは、「ミシンの前に座る」、「鏡の前に座る」等の場合も同様だ。座ったからと言って、次にミシンを動かして作業をしたのか、鏡の前に座って化粧をしたのかは、「ミシンの前に座る」、「鏡の前に座る」という日本語からだけでは分からない。

Money is the root of all evil.という諺

Money is the root of all evil.という諺がある。普通、「金は諸悪の根源」と訳されている。だが、この諺はThe love of money is the root of all evil.金銭は諸悪の根源;1 Timothy 6:10)のようにthe love of が先行するのが《正統》だ。
   誰にでも分かるように、「金は諸悪の根源」などではあり得ない。金は人間の生活に絶対になくてはならないものだし、金がなくては日常生活は何一つできない。だが、人間は、それに《執着》し過ぎ、それへの《過剰愛》」を抱くと、それが諸悪に繋がる傾向を持つこともまた真実だ。

 ということで、手元の英和辞典5点を見てみたら、4点は「Money is the root of all evil. 金は諸悪の根源」とだけ記載してあった。また、1点は「(The love of)  money is the root of (the) all evil.金銭(を愛すること)は全ての悪の根本⦅1 Tim 6:10⦆」と聖書が出典であることを伺わせていた。だが、Money is the root of all evil. (金は諸悪の根源)は聖書の誤用が一般化したもので、現在ではその誤用を多く使うが、最後の辞典の聖書への言及の仕方は適切な表記とは言えないだろう。なぜなら、今の書き方のままでは、聖書の『テモテへの第一の手紙』の中には、the love of  money という形もthe love of を省略した形も両方とも出て来ているかのような印象を与えるからだ。したがって、無難な書き方としては、「Money is the root of all evil. 金は諸悪の根源」と示したあとで、「The love of money is the root of all evil.『金銭欲は諸悪の根源』の誤った引用」と表記したものとなる。

「存じ上げません」と「急遽(きゅうきょ)」の用法

 
民主党政権の時の行政刷新担当大臣は周知のごとく蓮舫氏だったが、その当時の国会質問の動画を見ていたら、その1本に、自民党の片山さつき議員から、スーパーコンピュータに関連して、「あなたが見直した結果として昨年の11月に急遽トップに躍り出た国名を教えてください」と国会質問をされて、「(すみません。) 存じ上げません」と答えたところを撮影したものに出くわした(左の動画)。
 だが、この「存じ上げません」という言い方は、誤用だ1回目の答弁では、「わかりません」と応えている。なぜなら、「知りません」の謙譲語としての「存じ上げません」は《》に対して使うものだからだ。たとえば、片山議員が、「あなたは世界初のスーパーコンピュータを開発した中心人物の名をご存じですか」であれば、「存じ上げません」で好いが、片山氏はスーパーコンピュータ分野で一躍トップに躍り出た国の名を聞いているのだから、「存じません」と言うべきなのだ。この間違いを犯す日本人は多い(蓮舫氏は台湾系日本人)。 
  揚げ足を取るようだが、片山議員が二度目に言った「急遽(きゅうきょ)トップに躍り出た」の「急遽」も誤用だ1回目は「一躍」ときちんと言っている。なぜなら、副詞としての「急遽」という日本語は、「突然急いで事を行う様子」に言及して用いるべきものだからだ。たとえば、「総務部長は社長の訃報を聞いて、急遽、出張先のロンドンから帰国した」、「主役の女優が入院したため、急遽、その代役が立てられた」などのような用い方だ。したがって、片山氏が最初に用いた「一躍」と言うのが正用法だ。

【「存じ上げません」の誤用例】
(1)わたしが加筆した趣旨は、研究史の詳しいこと存じ上げませんが、少なくとも文書資料説も発表後批判もされているのに、文書資料説ですべて説明可能であるかのような記述になっていたので、wikipediaの原則である中立的な立場、中立的な視点を保つために、保守的な神学の立場からの加筆をおこなってバランスをとったということです。
(2)私『消費者庁は、イルカをミンククジラと不当表示しても、指導しないと言っています。そちらのホームページと違うことについてどう思いますか?』
ヒラノさん『私どもはそのこと存じ上げませんが、、、なんで消費者庁さんはそんなことを言ったのですかね?』
(3)市谷周辺のことは存じ上げませんが、自衛官との婚活をご希望でしたら、月刊誌「マモル」に毎号「マモルの婚活」というコーナーがありますので、そちらなどご参考になさってみてはと存じます。

【「急遽」の誤用例】
(1)私の義理の叔父は、赤とんぼ殺人事件で急遽有名になった勝山市(なんと私の住まいと姉妹都市)出身で、内部被爆を避けるために山形県産のりんごも妻すなわち私の叔母に破棄させた医師ですが、原発事故前はなかった放射能微粒子が蔓延する社会では、せめて食物による内部被爆防御くらいしか引越ししない以上、打つ手がないのでしょう。
(2)Rob Agrbeekは、例の「レア本」で紹介されて以来私みたいな廃盤音痴にも急遽知られるようになった知る人ぞ知るピアニストである。ブギウギピアノを身上とし、歌心がありつつもノリがよく、実に楽しめるピアニストである。
(3)「お前、オレはいいんだよ別に働かなくて。いつも言ってるだろうが。そのうち現状にお釣りがくるほどのお大尽になれるんだって。今は遠いところにいるものすごく有力な親戚が帰ってくればだな、オレもまた急遽金持ちに
「その作り話はもういいよ。正直飽きたし。ごちそうじゃないけどごちそうさま」

7年後に手元に戻った10円玉のこと。

101週間ほど前から、我が家の《猫の額》ほどの裏庭のブロック塀を某業者に修理してもらっている。昨日、作業終了後に、現場を見てみたら、残っているブロック塀の上に10円玉が置いてあった。私はそれが、7年前の春、まだ妻が生きている頃に二人でそこを掃除していて、私の胸ポケットから落ちて、ブロック塀の間に入ってしまったものに違いないと思った。

 10円玉1個に過ぎないものだ。英語で言えば"Finders Keepers"(見つけた人が貰う人)である。黙ってポケットに入れておけばそれで済むことだ。たとえ拾われる現場を見ていたとしても私は何も言わない。

 だが、これを拾った職人は《ネコババ》をせずに、家人、すなわち私の目につくようにブロック塀の上に置いておいてくれた。いかにも古き、良き職人気質だと私は感じ入(い)った。日本人の多くにはそういう正直さが普通に備わっている。それが一番発揮され、世界を驚嘆させたのが、周知のごとく、先の東北大震災の際に被災金庫約5700個の中にあった総額約23億円が手つかずのまま警察署に届けられたことだ。被災した財布やバックの現金と合わせると何と約37億900万円もの大金が回収され、そのうち85%に当たる約31億円が持ち主に戻ったそうだ。こんなことは世界に国多しと言えども、我が日本だけだと思う。

 私なども幼い時から、1円でも拾ったら交番に届けることを教えられた。小学校2年生の頃だっただろう、実際にそうしたことがある。拾ったのは5円玉だったが、交番の巡査は「いい子だったね」と言って、自分の財布から5円玉を出して私の手に握らせてくれた。「ご褒美だよ」と言いながら…。こういうことはごく普通の光景だった。幼い日に《正直であることの喜び》を味わった子供は大人になっても悪いことに手を染めないものだ。私はそう信じている。

 今回、7年前に落とし、すでに諦めていた10円玉だったが、《縁あって》戻って来た。これこそ「重縁(じゅうえん)」と呼ぶべきものだ重縁」とは《深い因縁のあること》という意味だ;5円は「ご縁」であることはよく知られている。大切に妻の霊前に供えておこう。開業間もないらしい、小さな業者だが、きっと遠からぬ将来、客の信頼を得て、大きく成長するだろう。「正直の頭(こうべ)に神宿る」と言うように、神が共にある…。

「…ればと考えており」という言い方 ― もう一度

…れば(なあ)と思います」という言い方に対する私の違和感については、これまでにも何度も言及した(例)。先日29日、英国レスター大大学院での1年間のご留学を終え、無事ご帰国になった秋篠宮両殿下のご長女・眞子内親王殿下(23)は、これを「…ればと考えております」という形で使っておられた。以下引用する出典こちら;ただし、記事の中の「感想を出された」という言い方には違和感を抱く

眞子さまは、宮内庁幹部らの出迎えに笑顔で応じられた。同庁を通じ、「得ることの多い1年となりました。大学院で学んだことを今後生かしていくことが出来ればと考えております」との感想を出された。大学院では、博物館学を研究されていた。

 今さら、私一人がどう騒いでみても、すでに地歩を固めた表現法を変えることはできないし、また変えたいとも思わない。だが、本ブログの読者諸氏にはよく考えてみていただきたい。「大学院で学んだことを今後生かしていくことが出来ればと考えております」と言う日本語が、それを聞く人、見る人に訴えようとしていることは何なのかということを…。「今後生かしていくことが出来れば何なのかどうなのかに言及せずに曖昧なままにして「と考えております」と終えているために、人々に苛立ちを覚えさせるのだまあ、何も感じない人々のほうが圧倒的に多いはずだが…。昨今、当たり障りのない日本語が毎日のように増殖しているようだ。みんな自分の言葉に自信がないのか、そういうオブラートにくるんだような日本語のほうが上品に響くとでも思っているのか「上品」云々は眞子内親王には当てはまらないことだ。何と言っても皇族でいらっしゃるのだから…ただし、ご卒業大学における学友たちはみな《庶民》だったはずだから、そういう《庶民》の日本語に何年間もお触れになった結果だと考えられないことはない、そのほうが好ましいと思っているのか、それともそんなことは何も考えずに、ただ習慣的にこの表現法を用いているのかたぶん、この理由が一番多いだろう、私には分からないが、私自身はその使用を回避するように日頃努めている。
***********************************************************************************
[上記表現に対する私の代案]
原文:大学院で学んだことを今後生かしていくことが出来ればと考えております。
代案:
‖膤惘,燃悗鵑世海箸鮑8綫犬していくつもりです
大学院で学んだことを今後生かして
いこうと思っております
B膤惘,燃悗鵑世海箸鮑8綫犬して
いく道を考えております
ぢ膤惘,燃悗鵑世海箸鮑8綫犬して
いきたいと願っております
ヂ膤惘,燃悗鵑世海箸鮑8綫犬して
いくことが出来れば幸いです

「二の轍(てつ)を踏む」?

Youtubeで政治色の濃い某動画を見ていたら、それに対して次のようなコメントを書いている人がいるのに気づいた。

プラザ合意から30年ですか。この30年間の日本経済へのアメリカの解体プロセスを、日本は検証しておくべきでしょう。アメリカからの二の轍を踏まないだけじゃなくて、アメリカが驚愕する経済を再構成するためにも。
 
 私の興味を引いたのは「二の轍を踏まないだけじゃなくて」という箇所の「二の轍を踏む」という言い方だ。「同じ轍を踏む」、「二の足を踏む」、「二の舞を演じる二の舞を踏む」はあとの二つの混合で、昨今では市民権を得つつあるという言い方には馴染みがあるが、「二の轍を踏む」というのは聞いたことがない。「(てつ)」とは「車が通ったあとに残る輪の跡;わだち」の意味であり、「二の轍を踏む」では意味を成さない。Google検索に掛けると、結構な数がヒットするが、あまり広がってほしくない語法だ。だが、「二の舞を踏む」が次第に市民権を得つつあるように、また、いつもwa言うように、「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」ということで、これも一般化する可能性はある。以下に誤用例を5例だけ挙げておく。

1.二の轍を踏む人々
2.世界遺産の二の轍を踏むな!
3.コピーワンスは CCCD の二の轍を踏む
4.アメリカ景気対策〜日本の二の轍を踏む現状では長期低迷は避けられない。
5.魔術士への政治的依存による、少数の魔術士たちの独断先行(聖域での決戦を指すか)ならびにキエサルヒマ内戦勃発の二の轍を踏むことを危惧し、…。

今どきの《教育評論家》に思う…(続々)

昨日、ご紹介した、水間政憲氏の動画を見てくださった方はお分かりだろうが、水間氏が《美術評論家》と称する椹木(さわらぎ)氏に対して立腹しておられるところがある。それは椹木氏が自らのツイッター内で、水間氏に対して、「猛省を促したい」と言ったことに起因している。
 「猛省(もうせい)」とは国語辞典を引くまでもなく、「厳しく自己反省をすること」という意味であり、それを他人に向けて用いる場合に、「猛省を促したい」のような言い方をするのである。だが、《言葉の作法》として、この語は年齢や社会的地位が自分よりも下か、最低でも同じ年齢・社会的地位の者に対して使うものである。《美術評論家》であり、多摩美術大学教授である椹木氏(1962年生まれ)は年齢的には水間氏(1950年生まれ)よりも一回りも下であり、しかも社会的活動は水間氏よりもいまだ小規模なものである。したがって、そういう《後輩》が一回り上の《大先輩》に向かって「猛省を促したい」などと傲岸不遜(ごうがんふそん)にも言うから、《大先輩》の水間氏が立腹なさるのだと私は推測する。椹木氏は、今後とも《評論家》を自称するつもりなら、そういう《言葉の作法》を勉強すべきだ。ただし、同氏が水間氏に向かって、故意にその語を使用した可能性はぬぐいきれないが…。

【追記】そう言えば「老婆心(ろうばしん)」という語を誤って使っている人も少なくない。日本人だからと言って日本語をきちんと使っているとは限らないのだ。同様に、英語のネイティヴ・スピーカーの中には、英語の語法が怪しい人が少なくない。私はそのことを半世紀の大学英語教員生活を通じて経験的に知っている。

今どきの《教育評論家》に思う…(続)

 
昨日、私は現代の《教育評論家》に言及した。今日は今どきの《美術評論家》なるものの実態”を知ることのできる動画をご紹介する。
 東京オリンピックのエンブレムで一躍有名を轟(とどろ)かすことになった佐野研二郎氏も登場するが、その佐野氏が教授を務める多摩美術大学の、同じく教授職にある椹木野衣(さわらぎ のい;1962年生まれ)という《美術評論家》の人となりを近現代史研究家・ジャーナリストの水間政憲みずま まさのり;1950年生まれ)氏が徹底的に暴き”、「現代の美術評論家なるもののいい加減さ」に深く、鋭く追及している。

  この動画を見ると、《美術大学教授》および《美術評論家》の実態が明確になるだけでなく、そう言った人々を取り巻く連中がいかに出鱈目であるかも顕在化する。昨今、「〜評論家」と呼ばれる職業ほど楽なものはないのではないかとさえ思えて来る。水間氏のこの動画を見ると、おおよそ評論家・学者・研究者と名の付く人々が順守しなければならない事柄も浮き彫りになるきわめてすぐれた動画である。最後までじっくりとご覧いただきたい。ちなみに、水間氏は《美術評論家》という肩書では活躍しておられないが、昨今の若手の《美術評論家》が束になってかかってもかなわないほど、美術・芸術に造詣が深く、膨大な知見をお持ちの方だ。そのこともこの動画からうかがい知ることができる。

 この動画でもう1点、注意していただきたいのは、多摩美術大学の学生たちによる卒業制作作品の中の《優秀作品》の中に、実は他人(絵本画家・まつもとちひろ)の作品を模したものではないかと疑われるものが2点指摘されている点だ水間氏は《パクリ》と断定している。その《審査委員》の中には、上記の2教授も含まれているのではないかと思われるが、そういうことも事前に見抜けない教授たちなのだと水間氏は指摘している。

【付記】 「多摩美術大学卒業制作優秀作品がいわさきちひろ作品と酷似
     「いわさきちひろ団体多摩美術大学の卒業制作作品に抗議の意志を表明
         結果的にはこんな「替え歌」まで作られ揶揄されてしまう。

今どきの《教育評論家》に思う…

ウェブ上にある、この夏以降の社会面のニュースを見ていたら、去る7月5日夜、岩手県のJR矢幅駅で列車にはねられて死亡した中学2年生男子(13)に関して、《尾木ママ》こと教育評論家・尾木直樹氏が、次のようなコメントをしている記事に出くわした。周辺の記事も引用しておく(出典こちら)。

岩手県の中学2年男生徒がいじめを苦に自殺したと見られる事件について、尾木ママこと教育評論家の尾木直樹氏が、学校側の対応を批判し、「これじゃ生徒殺人学校!こんな学校が存在するのでしょうか!?」と怒りをあらわに糾弾した。(中略) 8日生放送のテレビ朝日系「モーニングバード!」に出演した尾木氏は、今回の事件について、担任の対応を「子供の声をまともに受けとめられない。生徒に上から目線で接している」と批判。さらに学校についても、生徒の安全配慮義務を怠ったとして、「完全に法律違反です、この学校は。学校の体を成していないですよ」と厳しく批判した。

  さらに放送前後に更新したブログでも、「驚くべき学校!これが現代日本の学校なのか!? これじや生徒殺人学校!こんな学校が存在するのでしょうか!?校長は昨夜の保護者説明会で謝罪もしなかったという!?何度担任に訴えても完璧スルー 無視」と嘆き、「これは『教育殺人』?尾木ママこんな危険な学校見たことも聞いたこともありません!!憤り超えています!!」と怒りをあらわにした。

  怒りは収まらず、さらにその後に更新したブログでも「珍しく本気で怒りふつふつと湧いてきました!!あのような冷たい心通わない学校があるでしょうか!?あんな学校がこの日本に存在することにたえられません…なんと恐るべし危険な学校でしょうか」と糾弾した。

  尾木氏の気持ちも分からないではない。だが、私はこの記事を読んで、正直なところ、はなはだ不愉快になった。報じられている情報を読む限り、確かに、校長・担任の態度には解せない部分が多い。だが、だからと言って、「これじゃ生徒殺人学校!こんな学校が存在するのでしょうか!?」、「学校の体を成していないですよ」、「これは『教育殺人』?尾木ママこんな危険な学校見たことも聞いたこともありません!!憤り超えています!!」、「あんな学校がこの日本に存在することにたえられません…なんと恐るべし危険な学校でしょうか」…はないだろう末尾の文の「なんと恐るべ」は「なんと恐るべ」であるべきこれらの言葉遣いはおよそ《教育評論家》と称する者なら、極力避けようとする類いのものだ《教育評論家》とは、教育に関するあらゆる面を中立的立場に立って公平・公正に、過去・現在・未来を視野に入れながら冷静に評論できる人をいうのではないのか。その点で、尾木氏の《評論》には、上に見るように、ひどい偏(かたよ)りが見られる。これでは単なる《感情論》であって、《教育評論家》たる者がもっとも避けるべきことの1つだ。
  
  1点だけ言っておこう。尾木氏のこういう過激な言葉を大多数のまじめな同校生徒たちが見聞きして、どう思うか? 「自分が通っている学校って、《殺人学校》なんですか?」、「自分が通っている学校って、日本に存在してはいけない学校なんですか?」、「じゃあ僕たち・私たちはどうしたらいいんですか?」、「別の学校に転校したらいいんですか?」等々の疑問に尾木氏はどう答えるのか。「自分が通っている学校って、日本に存在してはいけない学校なんですか? じゃあ僕・私もこの世に存在しちゃあいけないんですね」と思い過ごして不幸な行動を選ぶ生徒が仮に出たとしたら、尾木氏はその責任をどう取るのか!?幸いなことに今のところそういうことは起きていないようだが。 
  尾木氏の《評論》は、そうした無辜(むこ)の多くの生徒たちへの思い遣り・優しさを欠いている。氏は担任の対応に対して、『生徒に上から目線で接している』と批判したそうだが、氏自身の《評論》なるものも同じく《上から目線》ではないのか。在校生徒たち・同校卒業生たちの立場に立ったものとは思えないからだ。 

【付記】
尾木氏は我が母校、かつて私が教授をしていた法政大学の教職課程センター長・教授だそうだが、私とは相当に開きのある《教育論》をお持ちのようだ。したがって、私のこの記事に対しても異論をお持ちだろうから、私までメールにてご連絡をいただければ、いつでも、どこででも論争のお相手する。ただし、公開の場での論争を希望する。
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