2016年12月

今年も暮れて行く…

soba今年も今日で終わりだ。子供の頃は、今夜、つまり大晦日の夜が本当に楽しかった。《年取りの晩》と言って、大御馳走を用意して、父母を中心に家族全員(年によって異なったが、10人から13人の家族)が揃って1歳年を取った。正月も、当然、ワクワクしながら迎えた。

 今では大晦日も正月松の内もあの頃の興奮に包まれることはない。一休宗純ではないが、「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」というのが正直な気持ちだからだ。謡曲の「何事も報いありける憂世かな」を痛感し始めたとも言える。

 何度も書いたことだが、今年の4月末以降は私にとって“九死に一生”を得るという、まことに大変な月日だった。心臓手術のために開胸した痕と、左足の30センチほどの手術痕を見るたびに、執刀医・I 医師 を初め、何人もの医師・看護師のみなさんへの感謝の気持ちが強くなる。ただ、毎日、飲む9種類の薬の副作用に悩まされる点がつらいところだ。

 話は明日から松の内の7日間のことに移るが、日本人であれば、 老若男女だれもが「おめでとうございます)」を言い合う。今でこそ、この言葉は慶事の際であれば、誰に対して使ってもかまわないものになっているが、本来は自分よりも上位者・長上者に対して使う「寿詞吉言よごと」だった。正月に関して言うなら、それは旧年に弱ってしまった霊魂を理想的な元の状態に戻すことを祈るための言葉だったのだ。歴史的慣習は別として、弱ってしまった相手の霊魂を再び奮い立たせるために「おめでとうございます)」と言い合うのは大いに結構なことだ。読者諸氏には来年が実り多い一年でありますように。

wether のこと

w某所で、左の写真のような、wether という誤綴りを見た。一見して、つい笑ってしまった。wether は「去勢した雄牛[山羊]」という意味だからだ。もちろんこれはweather と綴るべき語だ。この2語の綴りと、もう1つ whether は、みな発音が同じであるためにと言ってもwhether の発音の冒頭に /h/ 音が入ることもあるが)、英語母語話者でも綴りを間違えることがあるシロモノだ。

【参照】私による、こちらの記事も読んでいただきたい。

「健康の欠けたる者は万事に欠く」という真実

ch2英語の古い諺にHe that wants health wants everything.というのがある。今から30年近く前に教えた大学1年生のW君がこれを「健康を欲しがる者は全てを欲しがる」と訳した。want =欲しがる、(ほっ)する」と棒暗記した結果そういう訳になったのだろう。もちろんこれは“誤訳”であって、正しくは「健康の欠けたる者は万事に欠く」ということだ。

 私がここで言いたいことはその諺の信憑(ぴょう)性、真実性だ。「健康の欠けたる者は万事に欠く」 とは、我々がもっと日常的に意識しておいて差し支えないことだ。それを痛感したのは、5、6月に二度の入院を経験した時だ。生きている実感がしない、何も食べる気がしない、体がいうことをきいてくれない、物事を前向きに考えることができない等々、まさに「ないない尽くし」だった。7年3か月前に先立った妻の場合、その絶望感、恐怖感、孤独感といった感情はたとえ夫である私にも分からないほど深刻なものだったろう。

 人間、生きて行くためには《カネ》が必要だ。だが、いくら《カネ》があっても、健康の有用性、有り難さには敵わない。昔、食道癌で死んだ某財閥の主が、「私におかゆを1匙すすらせてくれる医者がいたら私の全ての財産を与える」と言ったそうだ。莫大な財力をもってしてもおかゆ1匙もすすることが出来ないのだ。だから、病気一つしない人、健康で毎日を過ごしている人はそれだけで何物にも代えがたい幸せに恵まれていることになる。今年も終わって行く。 私の人生も終わりに近づいている。ハムレットではないが、All that lives must die.生あるものは全て死なねばならぬ)ということだ。

「輪ゴム」と「ゴム輪」

waYouTubeで渥美清主演の映画「特急さくら号「車掌」 〜上野➡佐世保・長崎〜」を見ていたら、妻が作った弁当の中に《輪ゴム》が入っているのに気づき、「どうしてゴム輪が入ってるんだぁ」と嘆息するところがある(06:00辺り)。私は個人的には《輪ゴム》と言ったり書いたりしているが、渥美清の台詞のように《ゴム輪》という人もいる。Googleで単純検索すると《輪ゴム》が約3,140,000件、《ゴム輪》が約103,000件で、圧倒的に前者のヒット数が多い。両語が同義の場合もあるが、後者のほうが多義的である。『デジタル大辞泉』で前者を見ると、「輪状のゴムバンド。ものを束ねたり、包装したりするのに用いる。」、後者を見ると、「[悗砲覆辰討い襯乾爐劼癲N悒乾燹ゴムバンド。⊆嵶悗粒安Δ砲呂瓩植傭得ゴム。また、それをつけた人力車。」となっている。すなわち、前者には後者のの意味がない。《ゴム輪》の単純検索によるヒット数の中にはの意味のものも含まれているはずだから、実際には《輪ゴム》と同義の《ゴム輪》の用例はもっと少ないだろう。さて、あなたは《輪ゴム》派だろうか、それとも《ゴム輪》派だろうか?

次の英語教科書の英文に加除修正を施しなさい。

古いノートを整理していたら、私が法政大学から明海大学に移籍したばかりの頃(1988年、昭和63年)に作った1冊が出て来た。同僚になり、その後、私の“英作文の師匠”となったLeo G. Perkins 教授が私に第1回の“宿題”(【注】参照)として出してくださったものを記載したものだ。氏は当時、文部省英語教科書調査顧問(正式名称は不詳)をしておられたから、現存する中学生用か高校生用の英語教科書の一部に違いない(たぶん後者の1年生用だろう)。そのコピーを私に下さって、「語感の鋭いネイティブスピーカーはこういう英文は書かないのだが、どこが不自然で、それをどう書き換えたらよい英文になるか考えてほしい」と言われた。以下の英文がそうだ。
Lucy begins to read her report in front of the class.
Lucy: Woolworth was the son of a poor man. One day he went into a big store to buy a birthday present for his mother. People laughed at him because he had only five cents. "Well, I will have a store of my own some day," he said to himself. "In my store, a man with  five cents will be as important as one with a hundred dollars." Today his stores are found in most of the big cities. They've become important stores in the country.
  私はこの“宿題”で、当時、Perkins 教授からA 評価をいただいた。教授によれば、たったこれだけの長さの英文の中に“19 か所"もの問題点が含まれているそうだ(つまり、全ての行に何らかの問題が含まれていることになる)。教授は、「某国立大学の某日本人教授が『この英語教科書は理想的な英語で書かれている』と絶賛しているが、それはとんでもない誤解だ」と私に言われた。旧山岸ゼミ生(特に、レベルの發った《特修生》諸君)への宿題としたいので、どこにどんな問題が潜んでいるか考えてみてほしい。

【注】この第1回の“宿題”から、同教授が退職なさった1998年(平成10年)3月末までの10年間、夏休み・冬休みを除く毎週、英作文の宿題を出していただいた。苦しい作業だったが、同時に楽しい作業でもあった。同教授のWritingの授業にも、私の授業がある時を除いて、出来る限り出席させていただき、聴講させていただいた。

How is this called in English?という言い方

スパムメールのことを調べていたら、偶然、中国人が書いたらしい How is this called in English? という英語に出合った(こちら)。これは日本人を含めて、非英語国の人たちが英語を話したり書いたりする場合にしばしば出て来る言い方だが、標準英語では普通、What is this called in English? のように言う。How 〜? を用いたいのであれば、How do you say this in English? のような言い方が普通だ。誤用例 How is this called in English? が見られるURLを3例だけ挙げておく。

https://in.answers.yahoo.com/question/index?qid=20110110122032AA5NR5Z
http://www.synthzone.com/forum/ubbthreads.php/topics/101535/all/How_Is_This_Called_in_ENGLISH
https://www.instagram.com/p/BMqmLUpB-1T/

 

マンホールの蓋(ふた)の文字のこと

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先日、散歩からの帰り道のことだ。顔見知りの小学4、5年生5、6人がマンホールの蓋を見ながら何やら話をしていた。近くに行って、「どうしたの?」と聞くと、「おじさん、《うすい》ってナニ? なにが《うすい》の?」と私に聞いて来た。「なにが《うすい》の?」の「うすい」が「薄い」の意味だということはすぐに理解できた。マンホールを見ると、確かに「うすい」とある。その隣のマンホールには「おすい」とあった。そこで私は、「この《おすい》ってどういう意味かわかる?」と聞くと、全員が「わかんな〜い」と答えた。「この《おすい》って、《汚れた水》という意味で、こういう字を書くんだよ。」 私はいつも持ち歩いているメモ用紙に《汚水》と書いて、子供たちに見せた。「ああ、ボク、この字知ってるよ。」 1人の男の子がそう言った。「」の字は確か中学校に入って教わる字だったと思う。「ああ、そう。それでね。《うすい》っていうのは《雨水》って書いてね、《あめの水》のことだよ。雨の水汚れた水を流すパイプが違うってことだね。」

 そんなことがあってから、散歩に出掛けるたびに路上のマンホールの蓋の文字を見てみた。「うすい」、「おすい」、「汚水」、「OSUI」、「あめ」、「」、「雨水」といろいろあった。おそらく、設置した年代の違いが、表記法の違いになって表れたものだろう設置地区によっても異なるか?。この表記の中で「うすい」は、上例のごとく、子供にはあるいは大人にも?意味が取りにくいだろう。「OSUI」にいたっては、いくら国際都市・横浜とは言え、ローマ字で表記する意図が分からない。外国人のためだとも言えないし、日本人のためだとも言えない。小学生たちのお陰で、マンホールの蓋の文字を比較することが出来て楽しかった。

Have a Merry Christmas!


Happy Holidays to You and Your Family, Readers! 
Every Best Wish from Me to All of You!


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Have a Merry Christmas!

「神を敬うこと在すが如く」の「在す」を何と読む?

n歴代天皇の祭祀(さいし)について紹介したある動画を見ていたら、解説をしていた某皇室ジャーナリスト(女性)が、第五十四代仁明(にんみょう)天皇の祭祀についてのお言葉「神を敬うこと在すが如く、古今の通規なり」(続日本後紀より)の「在す」を“ありす”と読んだ。「おや?」と思いながら、同動画に対するコメントを見ると、「在す』は『います』と読みます。『論語』の『祭ること在すが如くす』が出典だと思います。」という指摘があった。

 その通りだ。「在す」を“ありす”と読む皇室ジャーナリストに初めて出合ったが、一度間違って覚えてしまうと、誰かに指摘してもらわない限り、生涯その間違いを犯し続けなければならない。
 某近代文学館の館長で、某大学の教授をしておられる某氏も「〜言わざるを 得ない」、「〜せざるを 得ない」を常に「〜言わざる オエナイ」、「〜せざる オエナイ」と発音なさる。先ごろ、東京都知事選に立候補なさった某氏も常に同じ間違いを犯しておられる。この間違いについては別所で詳述したのでそちらを見ていただきたい(⇒こちら)。

 「在す」を「います」と読むことは、私は中学2年の終り頃、儒教的な初等教科書として著名な『小学』の中で学んだ。そこには孔子の言葉として、「父母、不遠遊、遊必有方」と出て来る。これは「父母のいませば遠く遊ばず。遊べば必ず方あり。」と読む。「父母が生きている間は決して遠いところに遊ぶべきではない。万一そういうことがあるなら必ずその方角を知らせておくべきだ。」と言う意味だ。要するに両親に心配を掛けるなということだが、中学3年生になる春に山口県小野田市から東京都品川区に長姉を頼ってひとり上京する時に私が《座右の銘》としたものだ。「礼記」にも孔子の言葉として、「父母、不称老」と出て来るが、これも「父母います時は老を称せず」と読み、やはり「います」と発音する。「両親に向かって《齢を取った》とは言ってはならない。心細く感じるからだ」という意味だ。

 昨今、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等を含めたマスコミで活躍する人たちの中には、自分の《無知》あるいは《浅学》をそれとも気づかずに日本語を使っている人たちが少なくない。自戒しなければならない。

花婿に《くつ》を投げる習慣のこと

履物の靴にまつわる記事をあれこれ読んでいて、以下のような興味深い記事に出合った(こちら;スペースの関係で行間は詰めた)。少々長いが、古靴の写真を除いて、全文を引用させていただく。
古靴に関する言い伝え
2012-06-17 17:05:28 
テーマ: └ 幸福
幸運を招くラッキーアイテム 古靴

靴にまつわる言い伝えはたくさんあります。
もっともよく知られているのは、実に不思議な習慣ですが、「誰かが去ったあとに古靴を投げるとその人に幸せが訪れる」というものです。とくに欧米などでは、旅に出るときや、結婚式の最後にその人たちに向かって古靴を投げることは有名な話です。ハネムーンに向かう新郎新婦の車の後ろに缶や古靴をつけるのは、このいった古靴に関する言い伝えからきているようです。どのようにして、この風習が始まったのか、そしてなぜ幸運をもたらすのかについては、諸説いろいろとありますが、古代からジプシーたちの間でも古靴には幸運をもたらす力があると言い伝えられていました。イタリアでは、中世のころから新しい部屋を作るとき、壁の内側に古靴をくさびで打ち込んだともいいます。また、古いブーツの中に花を植えると、家に幸運を招くともされました。
古いスニーカーを捨ててしまう前に、もう一度考えてみてくださいね。
 この記事に書かれている言い伝えや習慣は今でも生きていると思うが、問題は「なぜそういう言い伝えや習慣が生まれたのか」ということだ。上掲の記事にはその点への言及はない。私は、これは『聖書』の「詩編 Psalms」(第60篇第8節)に起源があるのではないかと思っている。そこには、Moab is my washpot; over Edom  will I cast out my shoe: Philistia, triumph thou because of me. (モアブはわたしの足だらい、エドムにはわたしのくつを投げ、ペリシテにわたしの叫びを響かせよう) とある。ここを換言した記事がこちらにあるので当該箇所を参照してほしい。
 
 要するに、「くつを投げる」とは「所有者が移る」ことを意味する。35年以上も昔、私がロンドンで世話になった大家さんはスコットランド人(当時60代後半)だったが、スコットランド(やイングランドなど)には、結婚式後、新婦の両親が新郎に向かってくつを投げる習慣があると言っていた。これは自分たちの《娘》すなわち花嫁に対する“全権”が花婿に移ることの証しだということだった。

「餅つき中止」広がる…

mYahooニュースを見ていたら、ノロウイルス怖くて『餅つき中止』広がる…素手作業多く、感染が心配」と題された記事が私の目にとまった。「ノロウイルスが全国的に猛威を振るう中、集団食中毒の恐れがあるとして、餅つき大会を中止する動きが広がっている」のだそうだ。千葉県木更津市では同市の郷土博物館が、「地元の保健所から、『流行のピークなのでやめた方がよい』と助言され」、10年からほぼ毎年行っていた餅つきを中止することにしたという。「餅つきは手返しや切り分け、味付けなど、手で触れる工程が多く、手指についたノロウイルスから感染が広がりやすい。熊本県南小国町の保育園では、8日の餅つきが原因とみられる食中毒が発生し、園児や保護者など計52人が嘔吐(おうと)や下痢を訴えた」そうだ。また、「東京都町田市の小川自治会は昨年から、同市保健所の助言に従い、ついた餅をあんこ餅ときなこ餅に調理するのをやめた。白餅として販売し、自宅で煮たり焼いたりして食べてもらう。『ついた餅は飾り用の鏡餅にして食べないようにするか、雑煮や汁粉など火を通して提供すれば、感染リスクは減らせる』」と同保健所は指導しているそうだ。まあ、現代病であるノロウイルスの危険性がある以上、仕方がない措置かも知れない。
 
 そういう風潮の中で、私が面白いと思ったのは、東京都町田市の保健所が、「ついた餅は飾り用の鏡餅にして食べないようにするか…」と指導していることだ。「飾り用の鏡餅にして食べないようにする」のでは鏡餅の意味がなくなる鏡餅はその家、その氏(うじ)の守護霊・祖霊が宿り来る憑代(よりしろ)であって、それ(=先祖の魂)を家族の者が分け合って共食することに意味があるのだ。鏡餅はしたがって、伝統的に言うならば、単なる《飾り用》ではない。町田市の保健所が伝統的な《鏡開き》の風習を知らないとも思えないのだが…。
 「除夜の鐘が聞こえない?!」でも類似のことを書いたが、日本の伝統がどんどん失われていくのは残念なことだ。Christoph M. Wieland は、Man knows nothing but what he has learned from experience.(人間は経験より学びし事以外知る事なし)と言っているが、現代人は現代の社会的事象の表層だけに馴染んでいるように思えてならない。嗚呼! ⇒こちらも参照

今日は私たちの結婚47周年記念日だ。

gあれから47年が経った。早いものだ。昭和44 [1969] 年の今日が妻と私の結婚式だった。二度と帰り来ぬその長い年月は私にとっては何物にも代えがたい宝物だ。

 英語の古い諺に
An ill marriage is a spring of all ill fortune.(悪縁は不運のもと)というのがあるが、私にとっての結婚はその逆で A happy marriage is a spring of all  good fortune.(良縁は幸運のもと)だった。この世で妻に出会えたこと、夫婦になり、親になり、小さな家族の生活を営んで来たこと、どの点をとってみても私は最高の幸せ者だった。その妻が家族の哀惜(あいせき)のうちにひとり逝ってからもう7年3か月が経つ。子供たちもそれぞれの所帯を持ち、自分の足で歩いている。夫としての役目も親としての務めももう終わったが、それらを務めさせてくれた我が妻子に深く感謝している。

 私が妻に交際を申し込んだ時、妻は大学2年生で、私は大学4年生だった。初デートは12月14日、“赤穂浪士の討ち入りの日”だ。場所は国鉄・有楽町駅前にあった交通会館内の某喫茶店。今でも昨日のことのようによく覚えている。夕食は、その近くのレストランで、アルバイト料を全てつぎ込んだ、私にしては《豪華》な食事とあいなった。
 
 ff2あれからちょうど半世紀が経過した。恩師はみな鬼籍にお入りになった。多くの先輩方も同じで、この世を去って行かれた。同輩や後輩の何人もが私よりも早くこの世を去った。「
伊勢物語」に「つひにゆく道とはかねて知りながら、きのうきょうとは思はざりしを」という一句があったが、その歌心(うたごころ)を実感する。 

 今年は私にとって健康面では最悪の年だった。何度も書いたように5月、6月の2度の入院によって心臓バイパス手術を受けた。死を覚悟して臨んだ手術だったが、幸いなことにと言うか、名医のI 医師のお陰で九死に一生を得た。 精神までは弱っていないつもりだが、肉体は精神の《強がり》を許してはくれない。確実に《老体》の仲間入りをしている。

 妻と知り合ってからの私は《飲む》《打つ》《買う》の3つは自らに厳しく禁じて来た(《飲む》だけは社交上、多少の付き合いはしたが)。それが妻への最低限の礼儀f1だと思ったからだ。この点は昔も今も全く変わっていない。もしも可能なら、生まれ変わってもまた妻と出会いたいし、また交際を申し込みたいし、結婚してもらいたいし、人生を共にしてもらいたいと思うから、この世での《心変わり》はしないつもりだ。だが、妻は「もうボランティアは嫌よ」と言うかも知れない。子供たちが、「お母さんはどうしてあんな我が儘なお父さんと結婚したの?」と聞くと、いつも笑いながら「ボランティア!、ボランティア!」 と言っていた。一介の貧乏研究者だった私を社会に通用する研究者・辞書家にしてくれた妻の苦労と深い愛情を思う時、私は落涙を禁じ得なくなる。今日は私たちの結婚記念日だから、妻が好きだった、相模湾を眼前に望む某レストランで食事をするつもりだ。

【追記】今朝、旧ゼミ生諸君から祝辞をもらった。妻が好きだった胡蝶蘭の花まで贈ってくれるという。いつまでも妻と私のことを忘れないでいてくれ、それを言葉や態度に表してくれるかつての私の教え子たちを私はいつも誇りに思う。諸君、本当にありがとう。妻ともども心からのお礼を言います。

She is a wife who is the soul of her husband.Hitopadeśa
   (女子その良人の心魂となる、これを妻と言う。―ヒトーパデーシャ) 

We wish you a Merry Christmas and a Happy New Year!


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We wish you a Merry Christmas
We wish you a Merry Christmas
 We wish you a Merry Christmas 
And a Happy New Year! 
 


 
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 Love while you've got 
           love to give.  
  Live while you've got  
life to live.
Piet Hein (1905-1996)

超豪華クルーザーの年間係留費、10,710,000円!

sh2私が《愛艇実際には釣り目的の船を係留している横浜ベイサイドマリーナは、超豪華クルーザー、超豪華ヨットが数多く係留してある日本最大のマリーナだ。現在、大小の船、千数百隻が係留されている。バース (berth) と呼ばれる係留区画には20種類があり、どの区画になるかは係留する艇の大きさによって決まる。最高のS区画の年間係留費は、一括払いの場合、何と10,710,000円だ! その下のN 区画は6,300,000円、その下のM 区画は5,775,000円と、気が遠くなるような年間利用料だ。私の《釣り船》は下から2番目のB区画だが、それでも420,000円も掛かる。【全て、消費税別】

 聞いたところでは、2隻の超豪華クルーザーが売りに出ているようだ。1隻は3億円(2億5千万円とも)、もう1隻は1億5千万円らしい。驚くことに、両者とも新艇を購入したので売却するのだという。中古でも3億円〜1億5千万円という巨額の売り値だ。1億5千万円のほうのクルーザーのオーナーは日本人だが、雇われているキャプテンはオーストラリア人男性だ。カナダ人女性も従業員として働いている。最近、二人と挨拶を交わし、おしゃべりをするようになった。
bsd1 
 N 区画は言うに及ばず、ほとんどの区画は私には無縁の存在だが、それでもこのマリーナに《愛艇》を係留しているおかげで、《富豪》、《セレブ》と呼ばれる人たちと気軽に日常的挨拶を交わし、雑談に興じることもできる。著名人・有名人も多い。
 退職後の私は、辞書の仕事のない時は、時間の多くを《愛艇》 で過ごす。幼なかった日から、この齢になるまで、海はいつも私が心を休めることのできる場所だ。

 No man was ever as rich as all men ought to be.―Old Saying
  (人間にちょうど良いほどの富を得た者は古来一人もなし―古諺)

ヒラメが釣れた!

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昨日はやや暖かい一日だった。そういう日には体がムズムズして海釣りに行きたくなる。昼過ぎからアジ狙いのサビキを下ろした。すると、胴付き仕掛けにして放置しておいたもう1本の竿が大きくしなった。「またエイかな?」と思いながら竿の取っ手を握ると、最初のうちはたしかにエイに似た鈍重な引きが感じられた。ところが、途中からカレイやヒラメ独特の引きに変わった。「ひょっとして?!」と思いながら慎重にリールの糸を巻くと、見えて来たのはカレイかヒラメの姿だ。「やった!」 思わず心の中で叫んで、足元に置いてあった玉網でそれをすくった。よく見るとヒラメだ。自宅に帰って測ってみるとちょうど48センチあった。
 
 ヒラメの身は刺身にするのが最高だ(と思う)が、煮付け、ムニエルなどにしても美味しい。下手(へた)の横好きというところだが、ヒラメの身を5枚おろしにして刺身と煮付けを作った。幸いなことに、我が家はみな魚が好きだから、私の手になるものでも食べてくれる。《海の幸》に感謝をしながら、美味しくいただいた。アジは8匹だけ。あとは大きな海タナゴが7匹釣れた。 

ハイドンとダイヤの指輪

d「交響曲の父」(交響曲だけで104曲作曲)と呼ばれる かのハイドン (Franz Joseph Haydn, 1732-1809) は当時のプロイセン王・フリードリヒ2世  (Friedrich II) から、その功に対して、ダイヤの指輪を贈られたと言う。しかも、彼は一日に一度はそれを眺め、愛(め)でていたそうだ。日常的に、その行為をすることなく作曲活動に入るということはなかったらしい。どのような指輪だったのか実際を知りたいと思っているが、ハイドン研究者で、そこら辺りの事情をご存じの方には是非ともご教示いただきたい。

We wish you a good receipt.という表現

カメラのことを調べていたら、ある人のブログに行き当たった。その2007.10.29の記事のところに次のような一文があった。
オークションから12日目、AUCTION TEAM KOLNから発送した旨の通知がありました。ただし、輸送業者の名前や伝票番号が書かれていないので、問い合わせました。伝票番号さえあればWebで輸送状況がすぐ分かる時代なのに、不親切ですね。
  メールをよく読むと、We will send out your parcel today.と書いてあります。まだ送っていないようですね。これじゃ本当に送ったのかどうかさえ分からないし、伝票番号が分かるはずもありません。何で先に送ってからメールを出さないのか不思議ですね。これで、We wish you a good receipt. なんて書かれると、なおさら不安になります。
s  私の目を引いたのは末尾にあるWe wish you a good receipt. という言い方だ。「よろしくご受領ください」のつもりだろう。手元の大型英和辞典を何点かざっと見てみたが、いずれにもその収録はない。個人的にも英語母語話者から使われたことはない。こちらのサイトを見ると、やはり普通の英語ではないことがわかる。上の例はドイツのケルンのオークション関係者が書いたものらしいが、 “a good receipt” という部分はおそらくドイツ語の“einen guten Empfang”の直訳だろう。ちなみに、フランス語にも“une bonne rėception”という類似の言い方がある。いずれにせよ、日本人はこれを《認知表現》にとどめておき、《使用表現》には加えないほうが無難だ。

「まだ友達がいない」の英訳

私の英作文の授業の時、「彼女は先月カナダから来て、ここにはまだ友だちはいません」という日本語を受講生約25名に英訳してもらったことがある。ほとんどの諸君はShe came from Canada last month and has no friends here yet.と直訳した。問題はhas no friends here yet の個所だ。このままでも意味は伝わるが、英語としてはhas no friends here yet と言うよりも hasn't made any friends here とするほうがより好ましい言い方である。

「まな板を叩く音」のこと

左の動画は有名な葛飾柴又・松屋さんの飴切りの模様を映したものの借用だが、いかにも職人芸といった趣のある素晴らしいものだ。包丁で リズミカルにまな板(【注記】参照)を叩く音は、環境省によって《残したい日本の音風景100選》に選定されたと聞く。

 この音で思い出したことがある。私が幼い頃、近所のうちで時々、まな板を叩く音がするのを聞いたことがあった。そのうちの子供と私とが同級生だったので、ある時、そのうちの人に訊ねたことがある。「どうしてまな板を叩くのですか」と。するとそこのお父さんが、「まな板を包丁の背で勢いよく叩くと神様がやって来て、このうちの台所を富ませてくれるんだよ」と言った。たしか、その一家は四国のどこかの県の出身者だった。餅をつく時に出る音も同類で、この音を神はたいそう喜ばれると言っていた威勢のよいこういう餅つきの杵の音を聞いて農耕の神もきっと目を細めておられるだろう

【注記】「まな板」の「まな」とは古語で《魚》のことだから、伝統的解釈よれば、飴を切る板は(松屋さんが何と呼んでおられるのか知らないが)「切り板(ばん)」と呼ぶのが差し障りがなくてよいかも知れない。

passed three weeks in という言い方

sg2大学時代に、イギリスの小説家Mary Shelley (1797-1851) が書いたFrankenstein (1818) を読んだのだが、最近久しぶりに読み直した。その際、Chapter 24で次のような1節があることに気づいた。

By the quantity of provision which I had consumed, I should guess that I had passed three weeks in this journey; and the continual protraction of hope, returning back upon the heart, often wrung bitter drops of despondency and grief from my eyes.

 一度目に読んだ時には浅学過ぎて気にも留めなかったのだが、今回気になったのが I had passed three weeks in this journey の passed three weeks in...という語法だ。pass spend を使って spent とすべきではないかという疑問が浮かんだのだ。Time passes very quickly. というようにpass を時の経過と共に用いることは普通だが、I (had) passed three weeks in...のような文型で用いることには多少違和感があった。同僚だった J. Glass 教授は私の質問のメールに対してThey both work, but Shelley's usage is literary Victorian. ”と書いて来られた(注記参照 )。それを裏付けるかのように、実際には、インターネット上で類例はいくらでも拾える。だが、イギリス人の友人(ジャーナリスト)は I think that's a mistake. You need the verb ‘spend.' と書いたメールをくれた。よく調査していないが、個人差、国籍差などがあるのかも知れない。外国人の私としては、動詞には伝統的なspend を用いるほうが無難だろうと思っている。

*We passed two weeks in Furama Villas Spain.
*We have passed one week in this Holy month of Rajab. 
*We passed one week in Wadi Rum, climbing the rocks, visiting canyons and exploring the desert. 
*We passed two weeks in these rambles; my health and spirits had long come back to me, and they gained strength from the exercise. 

【注記】偶然だが、Glass 教授も早稲田大学で Frankenstein を含めて、Mary Shelly の作品を読んでおられるそうだ。メールの最後に、顔マーク付きで We do have destiny as they say! スマイル  とあった。

have great success withという言い方

bas2アメリカ合衆国マサチューセッツ州のThe Daily News of Newburyport  のバックナンバーを読んでいたら、Wilber said The River has had great success with the concert in the past and...という1文に出くわした。これを見て思い出したことがある。もうふた昔も前のことになるだろう。入試の材料の中にあったhave great success with という言い方を、当時の私の同僚たち(アメリカ人男性教授2名、アメリカ人女性専任講師1名、カナダ人男性専任講師1名)は1名を除いてみな好まなかったのだ。諸氏によれば、The concert was a great success. / They were highly successful with the concert.などの言い方の方が良いらしかった。今、インターネットで検索するとこの構文の例を拾うことは難しいことではない。次にその一部を挙げておく。

*How to Have Great Success With Women
*I have had great success with Susie Denton
*We had great success with Chaptactular this year.
*We have had great success with Lignum Vitae Bearings.
*Some people have great success with their talent and it creates a fear of failure.
*We hope that you will have great success with your school and new home as well. 
*You will preach the gospel to many people. You will go to the Lamanites and you will have great success with them.

 教養ある英語圏出身の大学教員3名がIt sounds strange. / It is wrong.などと評価する語法を、数多くの用例があるから正しいなどと単純には結論づけしない。それは日本語の例で言えば、「押しも押されぬ」という、本来であれば誤用法と《烙印》を押されたものが、伝統的な「押しも押されもせぬ」という慣用句のヒット数を超えているのに似ている(本日の単純検索で、前者のヒット数約 164,000 件、後者のヒット数約 92,800件。(「押しも押されもせぬ」という慣用句を使える年代の日本人よりも「押しも押されぬ」という誤った句を使う比較的若い年代の日本人のほうがインターネットを多く使うであろうからヒット数の違いに大きな差があるのは当然だろう)。

除夜の鐘が聞こえない?!

英語にはThe squeaky wheel gets the grease [oil].という諺がある。「キーキー鳴る車輪はグリース[きしむ車輪は油]を差してもらえる」という意味だが、要するに「声のでかい[うるさい]人間が得をする」ということだ。どこの国でもそうだが、戦後の日本もそういう《声のでかい人間》《うるさく文句を言う人間》が得をする風潮が盛んになっている。「ラジオ体操の音がうるさい」と言って、子供たちから夏休みの早朝体操を奪ったのもそういう《キーキー鳴る[きしむ]車輪》だ。自分の子供が通う学校にクレームをつけて自分の思いを通そうとする、いわゆる《モンスターペアレント》も同類だ。

bx Yahooニュースで、またぞろそういう《車輪》たちの例を見た(出典こちら)。一部の人間たちが、“除夜の鐘がうるさい”とクレームをつけ、あちこちの寺の鐘撞きを“自粛”させているのだ。たとえば、東京・小金井市 にある千手院、静岡県牧之原市にある大澤寺等がそうだ。苦肉の策で「除夜の鐘」ならぬ「除夕(じょせき)の鐘」を撞くところもあるそうだ。そう言った《クレーマーたち》は日本人なのだろうか? それとも外貌が日本人によく似た《周辺国人》なのだろうか? 

 ここで除夜の鐘の意味あるいは意義を詳述するのはやめておこう。1年に一度だけ、その年の締めくくりに撞きならす108回の音さえも我慢ができない人間たち、うるさいと文句を言って、それを《自粛》させてしまう人間たち、私には信じられない存在だ。そういう《クレーマーたち》を説得する力を持たず、唯々諾々と彼らの《クレーム》に服している寺の関係者たちには、正直なところ、少なからず落胆している。ただしこれ以上の愚痴は言うまい。かのJohnson博士も言っている。Nothing will be mended by complaints.愚痴をこぼしたとて何事も好くはならない)と…。

【後日記】次のような投票結果を見た(出典こちら)。つまり、「迷惑だ」と言っている人は圧倒的に少ない。

 合計:206,199

実施期間:2016年12月30日〜2017年1月9日

  • 思う
    2.7%
    5,5872.7%
  • 思わない
    97.3%
    200,61297.3%

take a bath と have a bath の用法上の違い

b一昔前のことだ。ある英作文クラスで、受講生約25名に、「寝る前にお風呂に入りなさいね」を英訳してもらったことがある。諸君の答えのほとんどはTake a bath before you go to bed.だった。中には、2、3名だったが、Have a bath before you go to bed.と動詞にhaveを用いた諸君もいた。
 興味を引かれて、前者を書いた諸君の何名かにその理由を聞いた。諸君が持っていた和英辞典(電子辞書搭載)の「風呂」の第1例として「風呂に入る take [have] a bath」があがっていることがその理由らしかった。
 たしかに、「風呂に入る」はtake [have] a bath だ。だが、人に「寝る前にお風呂に入りなさいね」と入浴を勧めるような場合には Have a bath before you go to bed. が普通だ。同じことが「タバコを吸う」のような場合にも言える。これは smoke a cigarette (タバコを吸う、一服する)と言うが、人に勧める場合には Smoke a cigarette.よりも Have a cigarette.と言うほうが普通だ。ちなみに、「一杯飲みに行こう」はLet's go and drink.ではなく、Let's go and have a drink.である。こういう基本的なことが理解できていない大学生を多数見て来た。

evening と night が同義の場合

starたいていの初級学習者は「evening = 夕方」、「night =」と覚えているようだ。そういう学習者にとって、Let's meet  tomorrow nightという英語は「あしたの会おう」という意味になる。だが、実際の英語はしばしばevening = nightである。つまり両者は同義であることも多い。日本語の「」に「夕方」、「」の両義があるのに似ている。手元の英和辞典には「実際の英語ではevenin night とを区別しない」ことが書いてあることが望ましい。ただし、I had a good evening. / I had a good night. の2文は普通は意味が異なるので要注意だ。簡単過ぎるかも知れないが、いつものように旧山岸ゼミ生(および一般読者諸氏)への宿題としておきたい。

We kindly inform you...という型の文

bas1外国人からもらうメールの中で、あるいはインターネット上で、We kindly inform you...という型の文を見かけることがある。まだ詳細には調査していないが、英語圏よりも非英語圏の人たちの書いた英語に多く見られるような気がする。たとえば、次の例がそれである(主語その他の異形もある;また、動詞も inform ではなく ask ほかの場合もある)。

例1)イタリアの名門大学・トリノ国立大学
We kindly inform you that our incoming students will have to complete an on line application form in order to be accepted in the University of Torino. The updated online procedure for incoming students relating to 2012/13 academic year will be available around May/June 2012.
We kindly ask your students to keep visiting our website in the coming months. 

例2)European Institute for Gender Equality (EIGE; 欧州ジェンダー平等研究所)
We kindly inform you that due to public holidays EIGE will be closed on Friday, June 24. 
The Institute will be open again on Monday! We hope to see you soon! / We kindly inform you that due to public holidays EIGE will be closed from 5 to 9 May and will open again on 10 May! / We kindly inform you that due to public holidays EIGE will be closed on Friday, June 24. The Institute will be open again on Monday! We hope to see you soon! / We kindly inform you that due to public holidays EIGE will be closed from 5 to 9 May and will open again on 10 May!

例3)イタリア・ローマ市内の某ホテルのQ $ Aコーナー
Q: Can we get nonsmoking rooms?
A: Dear Sir, we kindly inform you that all our rooms are no smoking.

例4)日本その他にある某宗教団体
For those of you coming for the first time, we kindly inform that procedures are followed very closely in Japan.

例5)ウィーンの某銀行
We kindly ask you to use one of our correspondents from the list below:

例6)ハンガリーの某 National Rural Network
I would like to kindly inform you that a maximum of 2 people per organization may
register.

 さて、そこでいつものように旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題とする。この文型(と言うよりも“語選択”)のどこがどう問題か。考えてみてほしい。 

andの意味解釈の難しさ

英語学習初級者には、接続詞のandは「そして」という日本語と結び付けて覚える傾向がある。そのために、次のような and の意味をきちんととって、その違いを理解することが苦手である。いつものように旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題としておくので、各 and の意味を的確に判断してみてほしい。

  1) Things got worse and worse.
  2)
The battle went on for years and years.
  3) 
There are digital cameras and digital cameras.
  4) The room was nice and  warm.
  5) I’m good and tired today.
  6) Run fast,and you’ll catch the last train home.
  7) Thirty minutes and a cup of coffee later, OK?
  8) She dropped her books and I helped her to pick them up.
 9) The sun came out and  the grass dried.
10) He was tall, dark and  handsome. And he was rich.
11) He studied hard and yet he failed the exam.
12) The small child can read and  write.
13) Where have you been?”“Game fishing. And  it was great.

「シンカクカ」、「深核カ」、「深刻化」

テレビ朝日(?)が放映した「一億総中流から下流老人へ 2016老後の現実!」と題された番組の動画をYouTubeで見た。独り身の私にとっても他人事ではない。重苦しい気持ちでその動画を見ていたら、NHKスペシャル取材班が《老後破産者》について報道した内容を紹介していたレポーター(テレビ朝日関係者?)が老後破産の現実は、地方でもシンカクカ していますと言った。テロップには「『老後破産の現実は、地方でも深刻化しています」とあった(18:23あたり)。ひょっとすると、同レポーターは、「深刻」の「」と「」とを混同して覚えたのかも知れない。あるいは、その時だけの単純な言い誤りかも知れない。いずれにせよ、ちょっと気になったので書き留めておく。

「菌」という日本語

周知のように、新潟市で、40代の担任教諭が小学4年の男子児童の名前に「」をつけて呼んでいたことが問題となっている。児童は、東日本大震災のあと、福島県から新潟市に自主避難していて、2016年に入ってから友人に「」呼ばわりされていると、同教諭に相談していたそうだ。新潟市教育委員会の教育次長の話では、「担任が家庭連絡ノートを本児童に返却する際、○○さんと声をかけられた」と言ったらしい。当の生徒は、11月24日から学校を休んでいるという。同教諭は、「愛称の意味で言った」と話しているそうだ。

ki 報道された範囲でしか様子は分からないが、『○○さん』という言い方は確かに誤解を招くし、通常では、負のイメージしか沸かないが、」という日本語に責任はない。それにも拘わらず、マスコミ報道は「」という語を使ったことが、どうしようもなく悪いことのようなイメージを醸成している。誰にも分かるとおり、日常的に、善玉、悪玉、日和見、ビフィズス、乳酸、納豆、酵母等々の「」は、我々人間が生きて行くためには絶対になくてはならないものである

 文脈により、教師の心根(こころね)により、当該児童を「**クンは、震災や原発事故にも負けずに、私たちに知恵と経験をもたらしてくれた、まさに私たちが生きるために必要な善玉の役割を果たしてくれています。**クン、ありがとう。」 そういう“思い”を熱く持っている教師がその担任であれば、児童が登校拒否になったり、クラスメートたちが同君をいじめの対象にすることはないだろう。
 
 繰り返すが、」という日本語には何の責任もない責任があるのは、他人の悲しみや痛みを分かろうともせずに、悪意やからかいからという語を使う人間たちだ(高齢者たちを一括りにして《老害》と侮蔑する人間たちと同類だ。同級生が使い始めた語だと報じられているが、子供の言葉は大人のそれの反映である周囲の大人たちがそう思っていたり、そう言ったりしていることが直接的・間接的原因になって今回のようなことになるのだと私は思う。いつも言うように、言葉は人間の心が洋服を着たものだ。だから、言葉を見聞きすれば、それを口にした人たちの心の奥底が透けて見えることになる。

税関 (Japan Customs) の英語の間違いが直らない…

k3年前の今日(2013年12月3日)、接続詞 unless の誤用法と題した記事の中で、私は日本の税関(Japan Customs) の英語表現が間違っていることを指摘した。税関にもそのことをきちんと伝え、財務省関税局総務課広報係という担当部局からは「更新の際に《参考にさせていただきたい》」という返事をもらったのだが、3年経った今も間違った英語は訂正されていない。私の指摘は「参考」にすらされていないのだ! 日本中に溢れる間違い英語… ため息が出る。先に出版した『まねてはいけない!マズい英語』(学研プラス刊)でも、我が国の警察や鉄道会社など、公共の福利に資するはずの情報に“間違い英語”が堂々と使われていることを指摘した。本ブログでも数多くの間違い英語を紹介したが、こういう間違いが数多く見られる実態は何を意味するのか。おそらくこれも我が国の英語教育の成果の1つなのだろう。
 我が国は昔から「言霊(ことだま)の幸(さきわ)ふ国」と言われて来た。これは「言葉の霊力が人々に幸せをもたらす国」という意味だが、もっと言葉というものを大切にしてもらいたいと思う…。

【付記】写真は私の散歩道の途中にある真言宗・慶珊寺(けいさんじ)。右手に孫文上陸記念碑が立っている。孫文も見たであろう大銀杏の葉が美しい。

この看板の英語でいいですか(その5)

bs2もう1例、前回と同じアウトレット・モール内で目にした英文である。広場になっているスペースに設置されたゴミ箱に書かれているものだ。この英文(Please don't throw away cigarette butts here.)に問題はないだろうかまたまたこういう質問をするのだから《問題》があるに決まっているが…。いつものように、旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題としておくので問題になる個所を発見してほしい。 問題点がすぐに分かることが望ましい…。

この看板の英語でいいですか(その4)

bs1前回と同じアウトレット・モール内にある某旅行代理店の広告に、写真で見るような英文(Shop till you drop in 13 cities in Japan!) が書いてあるのだが、この英文に問題はないだろうか今回もこういう質問をするのだから《間違い》があるに決まっているが…。ちなみに、13の都市名は別途表記してある。いつものように、旧山岸ゼミ生諸君(および一般読者諸氏)への宿題としておくので問題になる個所を発見してほしい。 問題点がすぐに分かることが望ましい…。
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