2017年07月

今日はハッピーの16歳の誕生日だ。

h2今日は我が家の愛犬で、プリルの夫、ネロと(亡き)マロンの父であるハッピーの16歳の誕生日だ。平成13年 [2001年] の今日、生まれ、我が家には生後2か月の時に来た。毎年書くことだが、幼い頃のハッピーはケンネルコフに悩まされたり、回虫に悩まされたりと、亡き妻の手を煩わせた。だが、その病弱だったハッピーが16歳にもなった。

 これまで我が家の愛犬たちの年齢を人間のそれに換算する場合、小型柴犬のそれで換算していたが、我が家の愛犬たちは《中型》のそれで換算するほうが好いそうだ。その換算表を見ると、小型だとハッピーは80だが、中型として見直すと、なんと93にもなる。改めて驚いた。

 昨年からはっきりして来たことだが、ハッピーは耳と目の機能が著しく衰え、感情の表出も乏しい。歩行もふらふらしながらのそれだ。大小便の始末も私たち家族の者たちが気を配っている。

 昨年の今頃は毎晩のように夜鳴きした。私の書斎はハッピーのすぐ隣にあるので、ハッピーが鳴くたびに、寝床まで見に行った。たぶん、今まで見えていたもの、聞こえていたものが見えなくなり、聞こえなくなって行く、その不安から鳴き続けていたのだろう。悲しそうな、寂しそうな鳴き声だった。h1いつの頃からか、その鳴き声もほとんど聞こえなくなった。おそらく視力・聴力が衰えて来たことに諦めというか、慣れというか、そういう心境になっているのだろう。

 背中も曲がり、ずいぶん《弱々しい姿》になった。だが、私はそのハッピーが愛(いと)おしくてたまらない。大小便の世話を含めて、出来ることは全てやってやるつもりだ。まさに《老老介護》だ。ありがたいことに、息子夫婦がいつも何くれとなくハッピーの世話をしてくれる。

 老体のハッピーの近影を掲載するのにハッピーはきっと反対するだろう。だから、元気一杯だった頃の写真を2葉掲載しておく。ハッピーと出合えて私は本当に幸せだったと思っている。いろいろなことをハッピーの日常を通して学ぶことも出来た。ちなみに、初代のハッピーは15歳(と1か月)でこの世を去った。
 ハッピー、16歳(93歳)の誕生日、本当におめでとう。今日はごちそうをたくさん食べようね。

墓石とheadstone

headstone私が関係した和英辞典の「(はか)」の項の複合語の1つに「墓石(はかいし)」がある。それには gravestonetombstone の2語が添えられているのだが、これにheadstone を加えてはどうかという提案をN氏よりいただいた。その3語を収録することも悪くはないが、headstone を採録するには footstoneへの言及があったほうがよいかと思っている。
 headstone は左の写真が示すとおり、土中に埋葬された遺体の頭部と足部の方向を明示するためにheadstone(頭部石)とfootstone(足部石)を設置する。近年は墓地の経済性のために=場所を取るために、こういう作り方をする人は少なくなったようだが、headstoneという語だけは、「墓石」の意味で、gravestonetombstoneと並んで普通に用いられている。
 ちなみに、gravestone とtombstone の本来の違いは grave と tomb の違いが分かればすぐに納得がいくものだ。旧山岸ゼミ生諸君にはいつものように調べてみてほしい。

北海道民謡「ソーラン節」を英訳した。

j2今年の春先のことだったが、近所の小学校の体育館から、北海道民謡「ソーラン節」が聞こえて来た。子供たちがそれに合わせて踊っていた。たしか昨年もそうだった。運動会の準備のためだったのだろう。北は本場の北海道から、南は沖縄まで、まさに日本全国、あちこちの(保育園・幼稚園・)小・中・高で盛んに踊られているようだ(こちらに小学生による踊りの動画がある)おそらくそれが《体全体を動かせること》《威勢が良い》ことなどから好まれるのだろうが、そのきっかけはたぶん、武田鉄也主演の「3年B組 金八先生」で、中学生たちが踊ったロック調のソーラン節だっただろうただし、ロック調のソーラン節の動きを、当時のニシン船上の漁師たちの動きに当てはめるわけにはいかない。 
 いずれにせよ私はこの民謡が大好きだ。そこでこれを英訳してみることにした。この唄が持つ、あるいは感じさせる雰囲気を英語に移し替えるのはさほど容易ではなかった。散歩の途中、東京湾の水が流れ込む《舟溜まり》(左上写真)のベンチに腰掛けて、あれこれ考えながら出来上がったのがこちらだ。いつも言うように、私が英訳するものは全てがメロディーに合わせて唄えるものばかりだ。唄ってみていただきたい。

「よい」と「よろしい」の意味の違い?

気分のよい時は《断捨離》をしている。先日、残っていた古い大学ノートを数十冊分処分した。中に、大学1年次に必修科目として履修した「文学講読」のノートが1冊あった。「文学」は英米文学、日本文学を問わず好きな学科だったから、「英語学」、「言語学」同様、結構真面目にノートを取っていた(ようだ)。
 その1頁に興味深いことが書いてあった。「よし⇒100%完全」、「よろしい⇒まあまあよい」 私のノートだから、私がメモしたことはたしかだ。だが、どういう状況の中で、そういう説明をノートしたかについては記憶にない。いずれにせよ、その記述は、「よし」と「よろしい」とは意味が少し違うということだ。
 現代の国語辞典で「よろしい」を引くと「よいの改まった言い方」とある。半世紀以上も昔のことなので、よく思い出せないが、面白いことなのでそのうち詳しく調べてみようと思っている。

Haivaiianという綴り字

hのんびりと散歩をしていると、さまざまな横文字が目に飛び込んで来る。つい先日も左の写真のような看板を見つけた。Haivaiian...これはHawaiian のつもりだろう。Hawaiiという名詞は(したがって、その形容詞も)よく誤って綴られている。たとえば、Hawai、Howaii、Hawii、Hawaai 、Hawiia、Hawwai、Hawiaa などだ。Hawaii の発音もまたさまざまだ。たとえば、hawai-i、hawa-i、havai-i、hava-i などが聞かれる。-va-の音は原住島民たちの間で聞かれるようだ(まだ確証は得ていない)。 
 したがって、Havaiian の綴り字は可能性もあるが、Haivaiian の綴りには馴染みがない。ネット検索をしてみると、Haivaiian の綴りの例が散見される。以下に7例だけ挙げておく。

(D) authorizing Native Haivaiian representation on the National Commission on American Indian, Alaska Native, and Native Hawaiian Housing under Public ...
Native Haivaiian early education and care system to provide a continuum of services for Native Haivaiian children from the prenatal period of the children ...
Haivaiian language at the University of Hawaii 
Haivaiian literature & place (Noio, Honolulu, 1999)
The term 'Hawaiian home lands' means all lands given the status of Haivaiian home lands under 
section 204 of the Haivaiian ...

✖「前習へ」、 ⦿「右に[右へ]倣え」

Yahooニュースを見ていたら、「『小池チルドレン』のポンコツ議員たち」というタイトルと、下着の“パンツ”を頭から被った、奇を衒(てら)ったかに見える女性の写真が目に付いた(こちら)。
 今月2日の「東京都議選によって誕生した、55人の“小池チルドレン”。だが、中には相当数の『ポンコツ』議員が含まれているようだ」とあって、南多摩選挙区で初当選を果たした斎藤礼伊奈氏(38)がその最初 に採り上げられている(他の当選者についてはここでは省略)。斎藤氏 にはレゲエシンガー“lecca”としての顔もあるそうだが、その斎藤氏が自分のブログに書いた言葉として「日本政府がアメリカに前習えでなんであんなにガンジャに目くじら立ててるのか分からない」という言葉が引用されている(ガンジャは大麻のことで我が国では指定危険薬物の1つ)。

rd 私が気になったのは彼女がブログに書いたというその「アメリカに前習え」という日本語だ。「アメリカに右に [右へ] 倣え(を)して」と言うのなら分かるが、「アメリカに前習え」という日本語は私には不自然だ(小学生などには「前へ倣え!」と号令するが)。「前習え」の「習え」という字は誤字だ。の人の意見や行動に無条件に同調することを言うのだから「前倣え」(「前習え」ではない)と言えそうだが、「右に[右へ]倣え」は軍隊で横列の隊列を整える時の号令から出たものであり、慣用的なものであるから「右に [右へ倣え」と言わなければならない。彼女が東京都の教育関係の役職に就かないことを願っている。

【付記1】インターネットには、彼女が大麻推進派(か?)というような情報が多数掲載されているが、私は彼女の名前も存在も知らなかったので、その人となりには興味はない。あくまでも日本語の問題に興味を引かれただけだ。
【付記2】上の写真はこちらから拝借しました。

今日はパールの10歳の誕生日だ。

p今日は我が家の白柴・パール(♀)の10歳の誕生日だ。平成19 [2007] 年の今日生まれた。じつは、今日の誕生日、パールは自宅 にいない。息子の妻の実家である釧路まで、息子たちと出かけている。しかもクルマに乗ってだ。1週間前の5日の昼過ぎに横浜の我が家を出て、仙台、大間と経由して青森までで丸2日かかったそうだ。その間、パールはとても行儀よくクルマに乗っていたようだ釧路到着まで3日間だそうだ。左の写真は車内から窓の外を眺めているパールの後ろ姿。シートベルトを締め、可愛いスカートも履いている。クルマの後部座席には専用の席も用意されている。息子夫婦にいかに“溺愛”されているかがよく分かるだろう。クルマはポルシェ・カイエン・ターボだから載っていてもゆったりとPearl2していて、パールも満足ではないかと思う。

 パールは、我が家のほかの柴犬たち同様、とても頭がよい。ちょっと気が強いところがあるが、性格は全体的にはとても可愛らしく、家族の皆から愛される資質を十分に持っている。購入が決まって、息子に抱かれた時の、ちょっと不安そうなパールのことを思い出すと、私の胸は熱くなる(右写真)。亡き妻はパールとは約2年間、共に居た。

 ちなみに、犬の10歳は人間の歳に換算すると56歳になるそうだ。我が家で一番元気な、愛すべき白柴だ。パール、10歳の誕生日、おめでとう! 北海道から気を付けて帰っておいで。

「勤(いそ)しむ」という語の含み

北朝鮮の『撮影禁止区域』で隠し撮りした闇深い画像集!! 闇に包まれている内部の実態が明らかに!!」と題された動画を見ていたら、そのテロップに次の2文が出て来た。写真はフランス人写真家のエリック・ラフォルグ氏によって撮影されたらしい。
*幼くして過酷な肉体労働に勤しむ子供達、その一方で裕福な暮らしを満喫する特権階級の人々など、北朝鮮の生々しい実態を撮影した写真集をご紹介。
*北朝鮮の軍人は、武器を手に取り戦うよりも地味な肉体労働に勤しむ必要があります。
 私の注意を引いたのは、そこに出て来る「勤しむ」という動詞だ。私にとって、「勤しむ」とは「勉学に勤しむ」、「読書に勤しむ」、「仕事に勤しむ」「ピアノの稽古に勤しむ」などのように、「熱心に勤め励む」、「精を出す」ということで、含みとしては、「自らの意思で」、「進んで」、「楽しんで」、「積極的に」、「せっせと」などというプラス評価のものだ。したがって、上記の例のような「過酷な肉体労働に勤しむ」「地味な肉体労働に勤しむ」という表現法には違和感を覚える。それは、そこに添えられた、栄養失調の痩せ細った裸の子供たち4人のうつろな目 (0:08辺り)や、材木を運ぶ1人の少年兵の無表情な顔(2:00辺り)から感じられる《負》のイメージと、「勤しむ」という動詞が持つ《正》のイメージとが衝突するからだろう。

【後刻記】上掲の動画は、その後、削除されたようだ。

「ことわざ」(諺)と「しわざ」(仕業)

k今、キーボードで「ことわざ」を漢字に変換しようとするとまず間違いなく「」と出て来る。また「しわざ」だと「仕業」と出て来る。だが、「ことわざ」は「」の「わざ」(あるいは「」)ということで、昔の人は「わざ」には《神意》が宿ると考えた。「」という漢字は中国語起源で「(化粧する)」から出来た語だ。
 また、「しわざ」は現代語では「多く人にとがめられるような行為についていう」(『デジタル大辞泉』)。たとえば、「これはきっとあいつのしわざだ」という時がそうだ。だが、本来は「」から出来たもので、下に書くように、他人を祝福することを目的として「行ったこと」という意味だ。

 日本語の「ことわざ」は言葉の霊力を誘い出し、お互いを祝福しようという思いのものだ。だから、「言葉を化粧する」と考えるよりも私は好きだ。そうした「お互いを祝福しよう」という思いを行動に移したものが「しわざ」だ。だから、他人から非難されるような行為という含みは後世の人間が考え出したものに違いない。いつも書くように、言葉の語法や意味は時代と共に変化するが、その変化はそれを使う人々が生きている時代を映す鏡でもある。

「お馬」、「お猿」の接頭辞「お」のこと

暇に飽かして教えて!gooを拾い読みしていたら、面白い質問に出くわした(こちら)。題して、「馬と猿だけに接頭語『お』がつくのはなぜでしょう」。そこの質問を引用する。 

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くだらない質問かもしれませんが、「お馬さん」、「お猿さん」とは言いますが、「お猫さん」、「お熊さん」、「お猪さん」、「お豚さん」、「お狐さん」とは言いません。馬と猿だけに接頭語「お」がつくのはなぜでしょうか?
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 これに対する一般からの回答が8通あった。以下に転載する。質問に対する(私が考える)解答に関連する事柄を含んでいるものは赤字とし、その下に下線を引いた。それに次ぐ有益な点を含む回答には下線だけを引いた。つまり、多くの回答は私の目からは解答になっていないということだ。 

1)動物の、お○○さん、は幼児語的な使い方でしょう。幼児に身近な動物の代表で、犬、猫は「わんわん」「にゃんこ」などがあるのに対し、馬、猿にはそれがないので、お○○さん、なんでしょう。あとは、馬や猿が日本人にとって他の動物よりも崇高なイメージがある、ということでしょうか

2)>馬と猿だけに接頭語「お」がつくのはなぜでしょうか?

「お巡りさん」「お相撲さん」と云うが如し。

3)お魚もありますね。

4)当て推量で回答してみますが、人間になつきやすいとか、人間に似ているとか、人間に近いという区分ですかね・・・。猿も、馬も目は人間に似ているような気がします。犬も似ていそうですが、番犬ということで人間を威嚇する要素も多いので使われづらいのかも。

5)接頭辞は単に聞きなれているかどうかです。「お猫さん」、「お熊さん」、「お猪さん」、「お豚さん」、「お狐さん」の中で「お」の代わりに「子」を付ければ通じます。「子」を付けても通じるものと通じないものがあります。子雀とか子鳩は通じますが、子ニワトリや子トンビは使いません。人が聞いて単に通じるかどうかで、理由などありません。子犬や小象はあっても子トカゲや子ミーアキャットとは言わないのと同じです。

6)江戸時代には、犬を「お犬様」と呼んだ時代があったそうです。お馬やお猿は、身近な動物で子供達にも馴染みがあるので親しみを込めた意味があるのではないでしょうか。猫も身近な動物ですが、童話などには出てこない動物ですし、子供には優しいイメージがない動物ですよね。昔の女性は、ツル・カメ・トラ・タカなど動物の名を使った名前が多かったですが、これらは「おツルさん」や「おタカさん」のように親しみを込めて呼ばれてたようです。

7)いくら考えてもわからない。現在のわれわれが「お馬」と呼んで「お牛」とはよばない。「お猿」と呼んで「お犬」とはよばない。「お馬」・・・お馬の親子はなかよしこよし。「お猿」・・・お猿の駕籠屋だホイサッサ。現在のわれわれは、子供のころに唄った童謡の歌詞が身についてしまっている。この童謡ができる以前に「お馬」「お猿」とよんでいたかどうかは不明です。もし、「お牛さん、モウモウサン・・・・」のような童謡ができていたら、現在の私たちは「お牛さん」とよんでいるのではないでしょうか。結論:童謡の歌詞にあるから。

8)思いつきに過ぎませんけど… 馬の発音が「ンま」に近くて一音である(関東方言でしょうか)ために言いにくいから、オをつけて語調を整えるというのと猿が去るに通じるのを避けるという“げんかつぎ”かなと。あと馬は乗り物なので持ち主(乗り手)に対する敬意の場合もあるかと。お狐は言いますよ、お稲荷様の意味で。あとは「お獅子」 →猪、鹿と区別するためでしょうかね。

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【私見】 
 農耕に馬を使い始めたのは比較的遅く、明治時代に入ってからと言われる。それまでの馬は貴重な生き物であり高価だったが、なによりも馬は神の乗り物であると考えられており、特に駿馬(しゅんめ、しゅんば)龍の仲間と見做されていた。そのようなことから、馬に特別な敬意を払って「お馬」と言うようになったのではないかと思う。

n また、猿はその馬を御する不思議な力を持ち、そのために馬の首に猿の首に似せた"縫いぐるみ”をぶら下げた。実際、「厩(うまや)」の守護神は猿だ。だから縁起を担いで、厩の入口も《申(さる)の方角》すなわち西南西に向けて作る傾向があった。このようなことから、やはり猿を特別な生き物と捉えて接頭辞の「」を付けたものと思われる。ちなみに、猿の黒焼きはかつては《万能の妙薬》として珍重された。
 ついでに言えば、
江戸時代に、煙草入れ・印籠などを紐で帯から吊るし持ち歩くときに用いた留め具、すなわち根付(ねつけ、ねづけ)にしばしば馬に乗った猿をデザインしたものがあった(左写真)。

なお、上の回答の6)に「江戸時代には、犬を『お犬様』と呼んだ時代があったそうです。」と出て来るが、周知のごとく、徳川第5代将軍・綱吉(戌 (いぬ) 年生れ)が発した生類憐みの令の影響による、犬に対する人々の恐怖心が生んだ俗称だ。接頭辞の「」のみならず「」という接尾辞まで付けている(お医者」と、医師の存在が希少価値を持っていた時代に「」と「」を付けて尊敬を表した日本人の心理に通じるものがある。だが、綱吉の時代を除けば、「お馬」、「お猿」と異なり、「お犬」とは普通は呼ばない。多分私の推測でよいと思うが、今後とも調べてみようと思っている。 
  なお、8)に「
お狐は言いますよ、お稲荷様の意味で」と出て来るがこれは正しい。やはり稲荷信仰との関係で、私なども物心付いた頃から「さん」、「」という言い方は頻繁に聞いた。

小林麻央さんと「みたまうつしの儀」のこと(続)

sa報道されているところでは(こちら参照)、麻央さんの亡きあと、気丈に振る舞って来られた海老蔵さんが、今、《喪失感》に襲われておられるらしい。「まお、あいたい、あいたいよ。」と漏らしておられるとも聞く。この世で一番愛した人を失った者の計り知れないほどの悲しさ・苦しさは、同じ経験をした私にはよく分かる。

 そういう海老蔵さんに関して意見を求められた日向野クリニック院長(精神科医)日向野春総氏は、「一番いいのは泣くこと。海老蔵さんも会見で涙を流したことはよかった」とコメントしておられるが、「泣くこと」が一番よいという点は私も賛成だ。私も泣いたただし、私の年代の男は他人の面前で泣くことを戒められたから、密かに泣いた。一人で泣きに泣いた。その喪失感・寂寥感は8年近く経った今でも完全には癒えていないが、多く泣いたおかげで、気持ちがずいぶん楽になった。そして《時の流れ》がそれに棹(さお)さしてくれた。

 不思議なもので、泣いているうちに少しずつ諦めがつくのだ。泣きに泣いても、頭を壁にぶつけにぶつけても、愛する人は二度と戻っては来ないということをそのたびに痛感するからだ。そうするといつの間にか、楽しかった、嬉しかった、充実していた日々の想い出のほうが次第に勝って来る。そうして、故人の肉体は滅びてもその魂魄はいつも私(たち家族)の周りにいるのだと思えるようになる。いつも書くように、だから私は「死してなお、生きているがごとく」故人を取り扱うのだ。
 
 お二人のお子さんがまだお小さいだけに、海老蔵さんもお辛いはずだ。ファンの一人として、残された皆さんの今後のご健康とご多幸を心からお祈りしている。遺族が悲しみ苦しむ姿を故人は遠く離れて見たくはないだろう。海老蔵さんは頻繁にブログを更新しておられるそうだ。それもよいことだと思う。気持ちを吐露することは精神衛生上、泣くことと同様の効果をもたらすはずだからだ。

【付記】麻央さんのブログを英訳して世界の人たちに読んで貰う計画を立てているそうだ(出典こちら)。よい計画だと思う。
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