p1昨日、岩手県宮古市在住の某氏から、以下の内容のご質問をお手紙でいただいた。私が編纂した英語の辞書を信頼して使ってくださっている方である。以前からのお知り合いであるから、きちんとしたお返事を差し上げた次第だ。要所だけを箇条書きにすれば次のようになる。

1.過日NHKのテレビ番組で、「鉛筆の芯のfirmである」と言っていた。日本鉛筆工業協同組合というところでも「ファーム(ひきしまった)」という意味に解している。日本のWikipediaも「Firm(しっかりした)」と記しており、日本鉛筆工業協同組合と同内容の書き方をしている。
2.私はこれまで、は「細書き」を意味するfine だと思っていた。手持ちのオックスフォード英英辞典のの項に(of lead in pencils) fine(鉛筆の芯のは細書用)との記述が有り、それが私見の元になっている。友人が調べてくれたOxfordの別の版には、やはり (orig. standing for ‘fine')とあるそうだし、Oxford encyclopedic dictionaryの項にも fine (pencil-lead) とあるそうで、そのことに意を強くした。
3.したがって、Hはhard の略、Bはblack の略と言うのはよいとしても、当該組合の“"に関する認識は、イギリスの発売元(製造元)の意図とは異なるものではないかと思えて仕方がない。私は「Hは鉛筆の芯の《硬度》を示し、Bは《軟度]を示し、は《細書》を示す」と覚えており、firm の略だというのは日本では通用しても、外国では「fine の略である」と認識されているのではないか。「firm は間違いだ」とする私は間違っているのだろうか。勇み足をしているのだろうか。

 以上について、先生(山岸)のご意見を伺いたいというものだった。この問題は英和・和英辞典を編纂する初期の頃、私自身が一度抱いたことがあったので、以下のように、当時の考えを氏への回答とした(推測の域を出ない箇所もある)。

1.に関しては、日本鉛筆工業協同組合ほかの言説(Firmしっかp2りした)を否定する確固たる材料を手元に持たないが、最大の英語辞典であるOxford English Dict. (OED)を初め、イギリス系の辞書は全て「=fine」説である。英語で書かれたWikipedia は断言はしていないが、一応「=fine」説を受け入れている。(Wikipedia の記事は鵜呑みにできないことが少なくないが…。)
2.「は《細書き》を意味するfine だと思っていた」というご意見は正しいと思う。私は、これを「先端を細書き用に鋭くとがらすことができる」(sharpen to a fine pointという意味だと解釈してきた。
3.「firm は間違いだ」という点に関して、私は次のように考えている。

 イギリスでの鉛筆製造史における芯の硬度や濃度を言い表す略字史を知らないので、推測を交えて、私は次のように理解して来た。イギリスの鉛筆業界は歴史的には「=fine (細書き用の)」だっただろう。だが、その後、「firm」と解釈することも可能になったのではないかと思う。つまり、英語のfine は、歴史的には鉛筆のみを指したにしても、その後、ボールペンなどの“筆記用具”が製造されるようになり、その先端 (pen point)に言及する場合にも用いられるようになったことを考えれば、現在では、鉛筆はもちろんのこと、ボールペンなどにもfine (細書き用の)を用いることが出来る。これに対して、firm はあくまでも鉛筆のlead( 鉛)の硬さ (firmness)だけを指すと考えるほうが無難だろう。

【付記1】鉛筆は1564年(室町時代)にイギリスで発明されたもので、わが国では、それから320年以上もあとの1887年(明治20年)に三菱社が量産に成功したと言われている。
【付記2】この問題の歴史的段階を踏まえた解答をお持ちの方は是非ともご教示願いたい。