Lutemoあれこれ身辺整理をしていると、昔懐かしい品が出て来て、作業の手が止まることがある。つい先日も写真にあるような紙片が出て来た。私が大学1年生だった昭和39 [1964] 年11月3日、文化の日に行なわれたある催し物のプログラムだ。第1部のトップバッターに「バンド演奏―ザ、ルテモ、ハワイアン、ブラザーズ」とある。実はこれは私が組織し、そのリーダーを務めていたハワイアンバンドだ。「ルテモ」とはいかにも英語的だが、何のことはない「もてるハワイの兄弟たち」の「もてる」を逆から読んでLutemoとしただけのことだ。
 
 今の若い人たちには馴染みがないだろうが、私たちの世代で、2番手に出て来るコロンビア・トップ・ライトの名を知らない人はまずいないだろう(参照:WikipediaYouTube YouTube)。トップ氏はその後、参議院議員になった(参照:Wikipedia)。3番手の林家三平は初代の林家三平で余りにも有名な落語家(WikipediaYouTube YouTube◆法1さんの海老名香葉子さん、第1子美どりさん、第2泰葉Lutemo3さん、第3子泰孝さん(後の9代目林家正蔵、第4子泰助さん(2代目三平)と、家族してみなさんが著名人だ。3番手のリーガル天才・秀才も有名な漫才コンビ(参照:WikipeidaYouTube) だった。そのほか、当時の錚々(そうそう)たる芸能人の名が並ぶ。

 ただし、我々はそういう有名な芸能人に並び称せられるような存在ではなかった。プログラムの中ほどに「署長あいさつ」とあるところから推測がつくかも知れないが、これはある警察関係者のための催し物で、私の後輩の一人K君の父君が警察関係者であったところから、私たちがその“前座”を務めることになったのだ。スチールギター、ウクレレ、ベース、ギターなどと、一応ハワイアンバンドの体は整えていた。歌手は日本歌謡学院(通信部だが)卒業生であった私がウクレレを手にして務め、"In the Royal Hawaian Hotel”, "Beyond the Reef," “幸せはここに”、“俺はお前に弱いんだ”などを35分間にわたって歌った(こちらの写真14を参照)。遠い60年も昔のことだ…。