私が生まれたのは昭和19年(1944年)だが、物心ついたころに周囲の大人が歌っていた歌は、たとえば佐伯孝夫作詞「湯島の白梅」(昭和17年発表)だった。意味はほとんど分からなかったが、そこで歌われていた日本語の美しさ、響きの素晴らしさだけは、なぜか私の心を捉えて離さなかった。

1 湯島通れば 想い出す
  お蔦(つた)主税(ちから)の 心意気
   知るや白梅 玉垣に
  残る二人の 影法師

2 忘れられよか 筒井筒
   岸の柳の 縁結び
  堅い契りを 義理ゆえに
  水に流すも 江戸育ち


3 青い瓦斯燈 境内を
  出れば本郷 切り通し
  あかぬ別れの 中空に
  鐘は墨絵の 上野山


 今の若者たちに「知るや白梅 玉垣に」の“玉垣”、「残る二人の影法師」の“影法師”、「忘れられよか筒井筒」の“筒井筒(つついづつ)、「水に流すも江戸育ち」の“江戸育ち”、「青い瓦斯燈 境内を」の“青い瓦斯燈”、「出れば本郷 切り通し」の“切り通し”、「あかぬ別れの 中空(なかぞら)」の“あかぬ別れ”、「鐘は墨絵の上野山」の“墨絵”といった語句の意味が分かるだろうか。5、6歳の頃、こういう言葉の意味を私の父や母はすぐに教えてくれた。そして日本語の持つ語句の響きの美しさを知った。
 小学校に上がる1年前に流行った歌は西条八十(やそ)作詞「越後獅子の唄」だった。当時12、3歳だった天才歌手・美空ひばりが歌って大流行した。その4番にある歌詞「ところ変われど 変わらぬものは 人の情の 袖時雨(そでしぐれ)」の“袖時雨”が幼い私の感性を刺激した。美しい響きの語であるだけでなく、父からその意味を教えてもらって、余計感心した思い出がある。
 小学校3年生の頃になると、山崎正作詞「お富さん」が大流行した。春日八郎という大歌手が透き通るような美しい声で歌った。その1番にある「粋な黒塀(くろべい) 見越しの松に 仇(あだ)な姿の 洗い髪」の“”、“見越しの松”、“仇な姿の洗い髪”と、どれをとっても子供心にはその意味は解しかねたが、音の響きの美しさだけは大いに心に残った。4番にある「逢えばなつかし 語るも夢さ 誰が弾くやら 明烏(あけがらす) の“明烏”が新内(しんない)節の・明烏夢泡雪(あけがらすゆめのあわゆき)らしいということは母が教えてくれた。まことにもって美しい歌詞だと思った。 

 私の娘・息子を含めて、昨今の若者たちはこうした歌はまず聞かない(というか、聞こうとしない)。したがって、日本語の伝統的な音韻とその美しさ、語彙の豊富さなどといったことに思いを寄せることもまずない。また、大学でこうした歌を英訳しようとしても、TOEIC900点以上の諸君、英検1級の諸君、英語圏の大学留学・卒業経験者諸君でさえまるで“歯”が立たない。一昨年にそうした諸君ばかりを集めて童謡・唱歌を英訳するゼミを開講したが、受講生諸君は全員頑張ってくれたものの、その成果たるや散々だった。達意の翻訳、「言うは易し、行なうは難し」…なのだ。
 
 次の歌(「北の宿から」)は一昔前、北海道札幌・定山渓の某ホテルで行なわれた、高等学校の英語の先生方への講習会で私が先生方に課題として出したものです。本ブログ読者の方々にも英訳を試みていただきたい。曲に合わせて歌える英訳を心がけていただきたい。

Youtube版「北の宿から」

作詞:阿久 悠、作曲:小林亜星、唄:都はるみ


1 あなた変わりはないですか
  日毎寒さがつのります
  着てはもらえぬセーターを
  寒さこらえて編んでます
  女心の未練でしょう
  あなた恋しい北の宿

2 吹雪まじりに汽車の音
  すすり泣くよに聞こえます
  お酒ならべてただ一人
  涙唄など歌います
  女心の未練でしょう
  あなた恋しい北の宿

3 あなた死んでもいいですか
  胸がしんしん泣いてます
  窓にうつして寝化粧を
  しても心は晴れません
  女心の未練でしょう
  あなた恋しい北の宿