折々の記(生活環境・交通)

「もったいないから消灯」のこと

ueharaYouTubeで昭和28年[1953年]に上映された「煙突の見える場所」(監督:五所平之助 主演:上原謙、田中絹代 高峰秀子)を見ていたら、懐かしい場面が出てきた。

 主人公の緒方隆吉上原謙)が、奥の和室で用事を済ませ、隣接した和室に移ろうとして、その奥間の電灯を消そうとしている場面だ(左の画像)。

 私がそれを懐かしい想いで見たのは、この映画の撮られた戦後の時代(私が小学校2,3年生の頃)は、「もったいないから」ということで、使わない部屋の電気は(用事が済めば)すぐに消灯していたからだ。戦時中、灯火管制で灯りの漏れないように気を配った、私の父母・兄姉世代の人たちであれば、なおさら、“無駄な灯り”を点けておかないような気づかいをした。

 だが、昨今はそういう「もったいないから不要な電気は消す」という考え方・感じ方をする若い世代はひょっとすると“希少価値的存在”になってしまっているのではないか。「夜間、家の中は明るいほうがいい」ということで、点けられる家中の灯りは一晩中点けておくという人たちも少なくないだろう。そういう考え方をする人々を非難するつもりはない。「もったいない」という言葉を日常的に口にしていた両親に育てられれば、戦後70数年が経過しても、やはりそれが骨の髄までしみ込んで“生きている”ものだということを言いたいのだ。
 
 もっとも、使いもしない、要(い)りもしない電灯を「明るいことは好いことだ」と言わんばかりに、一晩中点けっぱなしにしておくことに対しては、やはり「エネルギーの無駄使い」だと感じるのも正直な感想だ。

ネイル・アートと赤色・紅色

nail女性がネイルアートを施しているのを目にするのは、老齢の域にいる私のような男性にとっては良い目の保養になる。それに、年甲斐もなく気持ちがワクワクする。多種多様なアートがあるようだが、私は赤色・紅色を使ったものが一番好きだ。息子の連れ合いが(プロに面倒を見て貰っているらしいが)とても美しいネイルアートを施している。 

 新潟生まれの母(明治37年生まれ;故人)は「紅い鳳仙花ほうせんか」のことを“ツマグレナイ”と呼んhousenkaでいた(“ツマベニ”と言っていたようにも記憶する)。漢字で書けば「爪紅」となる。母が若かった頃(大正時代)、これの花びらの赤色・紅色を“マニキュア”よろしく、自分の爪に塗ったそうで、若い女性なら誰でも好んだネイルアートだったらしい。鳳仙花は、個人の住宅周辺ではなく、寺や神社周辺に植えられることが多かったそうだ。 
 だが、赤色・紅色に爪を塗るのは“おしゃれ”のためだけではなかったらしい。母の話しだと、爪を赤く [紅く] しておくと、田畑の仕事に従事している時にヘビを寄せつけないのだそうだ。また海や川に入る時も“魔除け”と考えられたそうだその信憑性については私には分からない。 そんなわけで、赤色・紅色のネイルアートを施している女性を見ると、今は亡き母のことを懐かしく思い出す。

【付記】いつだったか、最寄りの駅のベンチに座って電車を待っていた時、私の隣に座った若い女性が、指の爪に小さな☆形 (星形)のネイルアートを施していた。本人が知っていてそうしたのかどうかは分からないが、昔は、爪に星が出ると、着物・洋服が増えたり、幸運が舞い込んだりすると言われた。「爪花(ツマバナ)」という名称もある。

迷惑メールは本当に“迷惑”だ

ご注文の品を本日発送致しました」、「ご注文の品をご確認ください」、「不在確認のご連絡」、「宅配便でお送り致しました」、「先日はありがとうございました」、「先日は楽しかったです」、「ご無沙汰しています」…これらはいずれも私のメールアドレスに送られて来た“迷惑メール”の件名の文句だ。心当たりのある人の中には、それを“開封”する人も少なからずいるのではないか。

 私は家族・友人・知人・同僚など、近しい者たちからのメールでなければ“迷惑メール”に直行するようにしているから、その種のメールを開くことはない。
virus ただし、一度だけ、大学院で教えたことのあるスリランカの女子院生の名で届いたメールを、馴染みのある名前だからということで開封して、即、ひどいウイルスに感染し、除去作業で大いに困ったことがある。こちらに馴染みのある名前を使われた場合には“魔手”に掛かりやすい。

 毎日、かなりの数の“迷惑メール”が届くが、結局は“振り込め詐欺”などと同じで、こちらが気を付ける以外に処方箋はないだろう。それでもその種の詐欺に引っかかったり、開封厳禁のメールを開封してしまったりするということは日常的にかなり頻繁に発生しているようだ。世の中には、人を困らせたり騙(だま)したりすることに何の罪悪感も抱かない輩が少なくない。お互い、そういう輩の“餌食”にならないように気を付けたいものだ。

「夫婦・親子・嫁姑…『あいまいな境界線』によるトラブル」という記事に思う。

Yahooニュースを見ていて、「夫婦・親子・嫁姑…『あいまいな境界線』によるトラブル」と題する面白そうな記事が掲載されているのに気づいた(出典こちら)。署名入りで、著者は大美賀直子という女性だ(この方だろう)。メンタル・ジャーナリスト、精神保健福祉士、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントなどと多才な方のようだ。今回扱っているのは題名にあるとおり、「夫婦・親子・嫁姑…『あいまいな境界線』によるトラブル」だ。詳しくは同記事を読んでいただきたいが、私はこれを読んで暗い気持ちになった。なぜか? 著者は言う。

嫁姑問題、夫婦関係の希薄化、親子の依存、子どもの問題行動……こうしたトラブルの多い家庭によく見られるのが、「境界線」(バウンダリー)のあいまいな家族関係です。特に、家庭内の「世代間」の境界線があいまいなケースです。
 たとえば、トラブル家庭の定番である「嫁姑問題」。これは、姑が嫁の家事に口を出し、嫁が姑の味にケチをつける。嫁が姑の世話を焼き、姑が嫁の言いなりになる……このように、世代間の境界線があいまいな同居家庭では、嫁姑の確執がよく見られます。

 干渉されたくない気持ちを「アサーティブ」に表現する心が空疎になると、つい家族の行動が気になり、干渉してしまう人がいます。そうした干渉を受けて息苦しくなったときには、「イヤだ」「不快だ」という自分の気持ちを大事にしましょう。その気持ちは、境界線を侵されて感じる危機感なのです。

 そこで、お勧めしたいのが「アサーション」です。たとえば、姑に干渉されて不快な場合、「教えてくれてありがとうございます」と、まずは相手の気持ちを受け止める。次に「私は自分のペースでやりたいんです」というように、「私」を主語にして自分の気持ちを主張する。このように、相手も自分も大切にした自己主張法を「アサーション」と言います。

 境界線は英語で「バウンダリー」と言い、個とパートナーシップを重んじる欧米では、夫婦、そして家族それぞれの境界線をとても大切にしています。ところが、日本ではこれを「バリア」(防壁)と捉え、拒否されているような寂しさを感じてしまう人が多いもの。しかし、実はいちばん親しい仲であるからこそ、境界線を意識し、個としての自分、プライバシーを大切にしていくことが長くよい関係を保つための秘訣なのです。

 境界線は、「バリア」(防壁)ではなく「線」なので、お互いの様子にすぐに気づくことができます。家族としてお互いを見守りながらも、個としての境界線を尊重していく……そんな居心地のよい関係をつくることを、家族で話し合い、合意しておくことが大切です。
 
 現代的分析という点から見ればあながち間違ってはいない。むしろ現代の若い世代の日本人には受け入れられる主張だろう。だが、私には日本の歴史、とりわけ「家族」、「家族制度」というものを軽視もしくは等閑視しての主張だとしか思えない

ie1 考えてもみるがよい。日本人が何百年間も秩序正しく守って来たものは「家族」であり、「家族制度・家風」だ。また、日本人が営々と築き上げて来た「夫婦・親子・嫁姑」による「家族」に「境界線」などという”線”さえも不要だった。これは日本の家屋の造りを考えてもよく分かる。明かり障子・襖(ふすま)障子・唐紙などで仕切られただけの「プライバシー」のない生活を営んで来たのだ。それらを開放すれば大きな1つの部屋になる(だから英語の privacy に相当する日本語はなかったし、今もない; しかも、日本の高温多湿に適応した構造だ)。庶民の家に嫁に来た女性は舅姑・小姑などとは障子・襖・唐紙などで仕切られただけの“新居”で夫婦生活を営むことが普通だった。自分の生家で培われた習慣を嫁ぎ先でも踏襲しようとすれば、姑から「それは違う」、「ああしなさい、こうしなさい」と事細かく教えられる。当たり前だ。その姑も同じようにして来たのだ。つまり「」を守るためには、守るべき習慣、「家風」というものがある。

 大美賀氏は「トラブル家庭の定番である『嫁姑問題』。これは、姑が嫁の家事に口を出し、嫁が姑の味にケチをつける。」と言われるが、昔(近い所では戦後)なら「姑が嫁の家事に口を出」すのは当たり前のことだった。また、昔なら「嫁が姑の味にケチをつける」などということは(普通は)できなかった。

 姑が嫁が持ち込もうとする「家風」を阻止し、自分流の「家風」を覚えさせようとするのが昔と言っても、つい最近までの日本の家族だ。嫁は姑の“仕打ち”に陰で泣くこともあれば、恨みに思うこともあっただろう。だが、多くの嫁たちは、「〜家(け)の嫁」になったのだからと舅姑に従った。つらいときには、「なんで憎(にく)かろお姑 [お舅] さまが、可愛い殿御(とのご)の親じゃもの」と自らに言い聞かせ、慰めて、嫁としての立場を保った。姑から口うるさく料理の味に文句をつけられても、たいていの嫁は「自分の大事な殿御は生まれて此の方、お姑さんの味を好みとして育って来たのだ。だから、殿御が好きな味をお姑さんが私に教えてくれている」と考え直して、つらく当たられることを我慢しただろう。そうしていつしか、竈(かまど)と財布を預かるその家の女主人となって行ったのだ。これがつい最近までの日本人家庭の大部分を占めた嫁姑・家族の在り方だった。

 何百年間も続いた日本人の家族というものの捉え方は戦後、家族制度の崩壊と共に大きく変貌して来た。「今や見る影もない」と形容してもよいくらいの変わりようだ。大美賀氏が言及しておられるのは戦後それも比較的最近のそうした「 (日本的)個人主義」、「核家族」の臭いの強い、現代社会における「夫婦・親子・嫁姑…」だ

 大美賀氏はまた、「境界線」(バウンダリー)があいまいだ、「アサーション」(自己主張法)を勧める、日本では「境界線」(バウンダリー)を「バリア」(防壁)と捉え、拒否されていると言われるが、氏には、現代日本人に未だ「過去何百年間も守り通してきた家族・家族制度、夫婦・親子・嫁姑」の“文化的DNA”が引き継がれていることを忘れないでいただきたい。戦後、日本人の生活様式や価値観は大きく変化したが、日本人の民族的血流にはさほど大きな変化は観察されないのだ。

 突然、「アサーション」(自己主張法)を勧めると言われても、日本人が一番忌避してきたことの1つが「自己主張」だ共同で守るべき「家」を持つ者同士なら、普通は「自己主張」などは出来るはずがないのだ。もちろん、氏の言われる「アサーション」が英語の assertion に由来することなど、私は百も承知だし、二百も合点しているただし、氏の assertion の理解の仕方に異論がある。氏の言われる「アサーション」はいかにも《両者がウイン・ウインの関係》であることが望まれているかのように響くからだ。そういう場合もあるだろうが、英語文化における assertion は、一般的に言って、そんな“生易しいもの”ではなく、むしろ《食うか食われるか》を明確にするための術策だと考えた方がよい。それが“狩猟民族”、“移動民族”であった英語圏人による assertion の捉え方だ 】。だからこそ言うのだが、個人主義これも日本語では「自分勝手」という含みが強いの国々の「アサーション」(自己主張法)はよほど気を付けて日本人に説かないと、返って日本人を誤解させたり、日本人同士の人間関係を毀損したりすることに繋がる。

 大美賀氏には、以上のような日本の家、家族(制度)、家風、日本人の文化的DNAといった概念を適切に取り込んだ上での提言を行っていただきたい。それ無しで西洋的概念もどきを日本に当てはめようとしたり、日本人社会に導入したりしようとするのは危険だ。断言して言うが、日本人(農耕・定着民族)が欧米人(狩猟・移動民族)と同じように感じたり、考えたり、行動したりできる [する] はずがないのだから…。

【画像はこちらから拝借した】
【付記】拙稿に関して、大美賀氏に異論がおありであれば、お知らせいただきたい。本ブログ上で、もしくは適当な場所で、意見を交わしたい。

東日本大震災から7年が経った。

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平成23 [2011] 年3月11日(金)
午後2時46分

あの日、あの時刻を忘れません 

東日本大震災で亡くなった多くの皆様に対し
改めまして 謹んで哀悼の意を表し ご冥福をお祈り申し上げます
また ご遺族の皆様に対し
改めまして 衷心よりお悔やみ申し上げます 

行方不明のご家族をお持ちの皆様に対し
皆様のご無念と皆様の深いお悲しみを
改めまして 衷心よりお察し申し上げます 
皆様に平穏な日常が戻りますように
改めまして 衷心よりお祈り致します 

************** 

この震災と津波で犠牲となった
人間以外の生きとし生けるものたちよ
その魂のやすらかならんことを
残ったものたちの日々の平穏ならんことを 

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青森県佐井村の「おこもり」のこと

「東奥日報」(2017/12/26 )の「謎多き奇習『おこもり』なぜ/青森・佐井、神社にこもり食べまくり?」と題された記事を興味深く読んだ(こちら)。その記事は次のように始まる。

青森県佐井村牛滝地区で江戸時代から百数十年以上続くとされる奇習「おこもり」。今年も12月15日夜、地区の神社・神明宮に男性らが集い、「めしっ、めしー!」「しる、しる、しるっ!」と威勢のいい声を響かせ、ご飯やすまし汁を満腹になるまで食べ続けた。大漁や無病息災を祈願する行事とされるが、なぜご飯を食べまくるのか?

 詳細は同記事を一読願いたいが、私が疑問に思うことは次の点だ。

 峙会(ききん)に見舞われた年の12月15日にクジラが流れてきたが、岸に届かなかった。そこで漁師たちが神社にこもって願掛けをしたところ、翌年の1月15日にクジラが漂着し、飢饉から救われた」との言い伝えがあるという。

 この点にどの程度の信憑性があるのだろう。“こもる”のは願掛けとしては考えられる行為だが、今も「ご飯やすまし汁を満腹になるまで食べ続け」る行為と“飢饉”との関係がいま一つよく分からない。“クジラ肉をたらふく食う”というのなら分からなくもない。
 上の言葉に、地区総代の坂井一尚さん(60)と元地区総代の中西正(90)さんは続けて、次のように説明している。

◆嵎現颪残っていないので、いわれは正確には分からない」「ご飯をたくさん食べて豊漁を祈るというのは、不思議ではある。ただ、おこもりは地区の人が集まる大切な場」と話す。

 私はこの記事を読んだ時、次のように考えた。

 「金太郎の「腹掛け」と正月儀礼」(2018年01月11日)の中で、私は金太郎が“ふんどし”をしていないのは、まだそれを着用するための通過儀礼を済ませていない年齢だからと書いた。我が国には昔は、そういう儀礼としての“神事”が数多く行われていた。「1年中、神事だらけ」と形容したいほどだ。

 私は青森県佐井村に残るこの「おこもり」は、「ご飯やすまし汁を満腹になるまで食べ続け」ることによって、人間が生きて行くために絶対に必要な飲食物(代表的なものは“ご飯”や“汁”)に宿る神々の霊力・魂といったものを自分たちの体内に摂り込んで、神々への感謝の気持ちを表すと同時に、その霊力・魂といったものの力を借りようとしたものだと思う。その「おこもり」が終わると村人たちは神々と「一体になった」と考えたのではないか。そのきっかけになったのが「クジラが漂着し、飢饉から救われた」ということだったのではないか。そう考えれば、この「おこもり」が“奇習”でも何でもない、昔の人々の神々への篤い信仰心に発したものであることが推測できる。これが“神事”だということは、これが「お神酒(みき)」で始まることからも伺える。

Merry Christmas & Happy New Year

mc
hn

O hear the angels' voices

O night divine
O night when Christ was born
O night divine O night
O night divine

店の客に対する店員の対応差

pYahoo質問箱に面白い質問と回答が載っていた。 
 質問者が、海外にピアスを注文したところ、小さなパッケージに入れて送られて来たのだが、中に小さな虫の死骸が相当数入っていたという。それをメールで相手に伝えたところ「だから?みたいな返事」が返って来て、腹が立ったというものだ。「そんな虫の死骸と一緒に入っていたピアスなど身に着けたくない」と言ってもう一度メールをするらしいが、日本人店員に対してなら予測可能な対応も外国の店員にはまず無理だろう
 これを読んで、どこの国が相手国かは分からないが、たとえば、私が知る英語国では、この種の反応は普通に観察inされるものだと思った。私自身、昔ロンドンで何度か経験した。帰宅して、買った品物を確認したらそれに小さなひびが入っていた。そのことを電話で買った店に伝えると、相手はなんと、「途中であなたがどこかにぶつけたんでしょ?」だった。次に買った品物の場合、「その場で不具合を確認しなかったあなたに責任がある」と言われてしまった。日本では考えられないことだ。
 日本なら、まず虫の死骸が多数入っているパッケージの中にピアスを入れて客に送るなど考えられないし、たとえば間違って1匹分の死骸が入っていたとしても、客からのクレームがあればその品を取り換えてくれるだろう。“気分”の問題、“気持ち”の問題として真剣に捉えてくれるだろう…。
 私がロンドンで経験した場合も、我が国では考えられない対応だ。さて、そこでいつものように旧山岸ゼミ生諸君(及び一般読者諸氏)への質問だが、こういう《反応差》はどこから、なぜ生じるのだろうか。考えてみてほしい。

ルイ・ヴィトン、痩せ過ぎモデル、起用せず ― 女性の体型と英語表現

Sophia Lorenフランスの高級ブランド LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)とKering (ケリング)が、ファッションショーなどで痩せ過ぎのモデル(size zero models=excessively thin models)を起用しないように傘下のデザイナーに義務付ける指針を発表したそうだ こちらにその部類に入るモデルたちの画像が多数ある。摂食障害 eating disordersを助長する恐れがあると非難されることを回避するためのようだ。私は、亡き母も亡き妻も《ぽっちゃり型》だったから、痩せ(過ぎ)た女性よりも太めの女性のほうをいっそうの好みとしている。

 size zero models=excessively thin models で思い出したのが、hourglass figure砂時計タイプ)の女性だ。私の年代の者にとっては誰よりもソフィア・ローレン (SophiaLoren)、ブリジッド・バルドー (Brigitte Bardot) が思い出される。要するに、胸と尻は豊かだhが、胴回りは細く引き締まっていて、その姿が砂時計の形に似ているところから出た形容だ。中学生の頃、兄が持っていた二人のグラビア写真を見て、その余りの美しさに《胸》をときめかせたと言うよりも《息を飲んだ》ものだ。

bb 昨今では、体全体のが肉付きはいいが、やはり胴回りは比較的よく引き締まっている“曲線美”の女性たちが人気らしい。そういう女性の姿を形容する語が  curvy (丁寧には curvaceous )だ。こちらにその形容詞がよく当てはまる女性たちの画像が数多く掲載されている。その中の一人、Ashley Graham の画像だけを採り上げても(こちら)、やはりSophia Loren, Brigitte Bardot などとは胴回りに大きな違いを感じる。したがって、hourglass figure とはとうてい形容できない。
    いつの時代も女性たちの美意識は健在だ。男性としては、女性の気持ちの奥深いところまでは分からないが、女性が美しくいてくれることは、その男性の目から見ても大いに結構なことだ。
   
    ただし、イングランドの哲学者 F. Bacon (1561-1626) は言っている。Beauty is as summer fruits. which are easy to corrupt and cannot last.(美は夏の果物のごとく腐りやすく長持ちせず)と。しかり、名言だ。

I NEED TO TALK TO YOU, MARON.


NERO, ONE OF MY BELOVED SHIBA-DOGS
SOMETIMES LOOKS AS IF
SHE IS SAYING:


I WISH MARON, MY TWIN SISTER, WAS ALIVE.
I  NEED TO TALK TO HER.


MARON AND NERO

ANY DOG CAN BE A FRIEND OF MINE
BUT IT TAKES SOME DOG SPECIAL
TO BE  A SISTER OF MINE.

食べ物と「プリン体」のこと

n先日の血液検査の結果、「尿酸値」が高くなっているので参考までにということで「尿酸値が高い方の食生活のポイント」と題されたプリントをもらった。それには「《プリン体を摂り過ぎないこと」と注意書きがあって、具体的な食品名とプリン体含有量が示されていた。《プリン体》とは何かの詳細についてはこちらに譲るが、要するに.廛螢鸞里脇以の内臓、肉や魚などに多く含まれている、▲廛螢鸞里梁燭た事を続けていると、尿酸値が上がり、その結果、尿路結石・痛風発作・肥満体質に結び付きやすい、ということらしい。

 プリン体は1日400を超えないことが望ましいそうだが、鶏レバーが1回量80gでプリン体が250咫豚レバー80gで228咫牛レバー80gで176咾世ら、焼肉屋で1時間ほど焼肉を楽しめば、すぐにプリン体の摂り過ぎということになる。プリン体の多いものは鶏レバー、豚レバー、牛レバー、牛ハツ(80g /176mg )、鶏ササミ(80g/123mg)などだ。

 魚貝類ではサンマ(およびその干物)、スルメイカ、カツオ、大正エビ、ズワイガニ、マグロなどがプリン体を多く含み、逆にシラス干し、イクラ、ワカメ、ヒジキ、モズク、コンブ、アサリなどがプリン体が少ない鶏卵は50g食べてもプリン体は0gである。野菜類でプリン体が少ないもの長ネギ、オクラ、シイタケ(生)、ハクサイ、タマネギ、エダマメ、モヤシ、ブナシメジ、カリフラワー、ホウレンソウ、ダイズ、ナス、カボチャなどだ。ちなみに、牛乳は200gを摂取してもプリン体は0gである。チーズは20gの摂取でプリン体1gだ。なお、白米は80g(ご飯1杯分)で21咫玄米80g(ご飯1杯分)で30gだ。伝統的な日本食が日本人の体に適していることは、科学的にも証明できそうだ。

今日はプリルの15歳の誕生日だ。

p3今日は我が家の愛犬の1頭、プリルの15歳の誕生日だ。平成14 [2002]年の今日生まれた。《プリル》という名は4月 (April) 生まれだというところから来ている。

 うちには生後1か月半の時に来た。小さな時は少々《おてんば》かと思ったが、とんでもない、その後、文句なしの優雅で、穏やかで、思いやりのある犬に育ち、ハッピーの妻、マロン(昨年3月死亡)とネロの母になった。犬の15歳は人間の歳で言えば76歳だそうだ。つまり、私よりも年上ということになる。

 だが、いつも書くように、プリルはたとえて言えば、グレース・ケリーかオードリ・ヘップバーンのように美人で気品がある親馬鹿だと言われても、それを事実だと思っているから仕方がない。この15年間、一度として親子・夫婦喧嘩の《火種》になったことがない。その間、私もプリルを叱ったり怒ったりしたことがない。その必要が全くなかったからだ。静かで、穏やかな性格は少しも変わることがなかった。途中で子宮蓄膿症という病気に罹り、子宮を全摘出する手術を受けたが、それ以外はほとんど病気をしない。ただ、半年前ぐらいから左目が白内障に罹っており、視力がほとんどPrill_3_5_compないようだ。手術も考えられるが、高齢なのと、右目だけでも日常的 には何の不自由もなく生活しているので、獣医師とも相談して、そのままにしている。

 私はこのプリルと出合って、本当に良かったと思っている。うちへ来てから、喜びや楽しさをいろいろと教えてもらった。左上の写真は昨日撮ったものだが、人間の76歳の女性がこのように美しく居られることは非常 に難しいだろうが、プリルは雌の柴犬の美しさを十分 に保っている。右の写真はうちへ来て間もなくの頃に撮ったもので、出たばかりの若芽の上に座り込んでのんびり日向ぼっこをしているところだ。しかも、後刻、その若芽のほとんどを掘り返してしまった。今、その頃のことを思い出しても、私の胸はジーンと熱くなる。今晩は誕生日祝いをしてやるつもりだ。「プリル、15歳の誕生日、おめでとう。」

【付記】こちらにプリルのほかの写真が何枚もある。 

アルパ(ラテンハープ)の音を楽しんだ。

h1私のリハビリ用散歩コースに「横浜市立大学『UDCN 並木ラボ』」がある。これは学生と地域をつなぐまちづくり拠点として横浜市金沢区の臨海部に位置する「金沢センターシーサイドタウン」4号棟横浜市金沢区並木1) に横浜市立大学によって設置されたものだ。
 ここでは様々なイヴェントが行われているのだが、昨日その前を通ると、美しいラテンハープ正確にはアルパ arpa) の音が聞こえてきた。入場者資格などなく、だれでも自由に出入り出来るので、私もその音に引かれて中に入った。その時はまだ誰もいなかった。演奏者 (アルピスタ  arpista ) に声を掛け、演奏を聴かせていただくことにした左の写真掲載はご本人のご了解をいただいています。そのあと、私の年代の男女が入って来た。お願いをして、私の大好きな曲「コーヒールンバ」の演奏をお願いした。そのあと、「デカーダ」、古曲の「さくら」、森山直太朗の「さくら」、その他を次々と聴かせていただいた。アルピスタ ご自身の生い立ち、5年前に会社勤めを辞めてからアルピスタを志した理由、ご両親(共に台湾のご出身)のことなど、かなり個人的なことまでお話しくださった。2時間近くそこにいたが、本当に楽しかった。
 アルパはパラグアイ、ペルー、メキシコ、ベネズエラなどで演奏されているが、特に盛んなのはパラグアイだそうで、日本では女性のアルピスタが多いようだが、本場では圧倒的に男性だそうだ。確かに、力の入る演奏になるから男性向きかも知れない。ちなみに、アルパ演奏の世界には“楽譜”というものがないそうだ。したがって、演奏者の個性が出る可能性・余地がかなりあるだろう。

 今月の22日 ( 土; 開場午後1時; 演奏午後1時30分〜4時、今日お会いしたアルピスタを含めての音楽会が催されるそうだ(入場無料☛詳細。場所は長浜ホール京急能見台駅下車徒歩13分で、有名な野口英世記念公園に隣接している;向かい側に横浜高校の野球練習場がある。私は歩行訓練を兼ねて散歩がてら出席するつもりだ。

【付記】今月は毎週水曜日の午前10時から午後3時まで、「ハープレッスン」が行われているので、興味がおありのかたは立寄ってみられるとよいだろう。 

国民健康保険に加入して来た。

100xy今朝、のんびりと区役所に行って、国民健康保険加入のための手続きをしてきた。退職までは日本私立学校振興・共済事業団のお世話になり、退職してからも2年間、任意継続加入者として同事業団のお世話になった。掛け金は退職前の年間所得額に左右されるから、無職になってからの2年間 は結構きつい支払状態だったが、加入していたお陰で、昨年の2回の入院・手術の際に、ずいぶんその恩恵にあずかった。
 この歳 になっても、毎年、所得税・復興特別所得税の確定申告をし、市民税・県民税・固定資産税・都市計画税等の納税義務を果たし、国民健康保険・介護保険等の支払いをしなくてはならないから、経済的に言えば、生活は決して楽ではない。だが、そうした義務を果たし得る間は、それだけでも社会の役にやっていることだし、それが出来ることは幸せなことだと思っている。
 何度か書いたことだが、退職後の(準)高齢者でも、健康と意欲に恵まれた人たちに対して、国・県・市・区は仕事を作ってくれないだろうか。そうすれば、それだけ税金を納める人たちが増えることになるし、(準)高齢者も意欲的になれる。いつも散歩をしているコースの途中に(準)高齢者たちがs7xたむろして昼間から酒を飲んでクダをまいている所があるのだが、それを横目に見ながら、「こんなに元気な人たちなら仕事を用意すれば、きっと働きたいと願う人たちが出て来るだろうし、本人のためにも国・県・市・区のためにもいいだろう」と思う。働ける(準)高齢者が税金を納め、健康上・年齢上の理由から働けない、同じ(準)高齢者の福祉に少しでも役立てれば一石二鳥だろう。若い人たちも(準)高齢者を《老害》などと蔑視・嘲笑するのではなく自分たちも必ず通る道だから、(準)高齢者のための仕事作りに名案を出してほしい。
 

逆向きのこと―幼き日の記憶

cYouTubeの動画である刑事物を見ていたら、妻に先立たれた若い刑事が自宅の台所で幼い息子の好きなカレーライスを作る場面が出て来た。下ろし人参を鍋のカレーに注ぎ入れているのだが、その時の動作を見ていて私自身の幼い頃のことを思い出した。

  普通は右手を使って(左手の場合、あるいは左利きの人の場合も)、内側 に向けて何かを注ぎ込むものだが、その刑事は左写真で分かるように、左手を使って外側、すなわち普通とは逆方向 に下ろし人参を注ぎ入れた。

   これを見ていて私自身の幼い頃を思い出したのだ。私の母(明治37年生まれ;故人)は私が物心がついた頃から、柄杓(ひしゃく)で味噌汁などを汲み取る時や、味噌汁に味噌などを入れる時には、その柄杓を内側 に向けるようにと厳しく言った。ある時、私はその理由を母に尋ねた。 母は、「それは死人(しびと)が出た場合にすることだから、縁起が悪いのよ。」と言った。「死者の世界(あの世)はこの世とは逆だからね。」とも言った。そう言えば、死者に経帷子(きょうかたびら)を着せる場合はふだんの“右前”ではなく“左前”だし、「逆さ屏風」と言って、屏風も逆さにする。これは仏式に見られる決まり事だが、今でもそういう“決まり事”を大事にする日本人は多いだろう。
 そんなことを思い出しながら、その動画の一場面を見ていた。今の若い人たちの多くは、そういうことを気にしないだろうし、またそういう決まり事を見聞きしたこともないだろう。 

愛犬たちとワクチン接種

毎年今頃、我が家の愛犬たちはワクチンの(追加)接種を受ける。犬ジステンパ、犬伝染性肝炎(A1)、犬伝染性喉頭気管炎(A2)、犬パラインフルエンザ、犬パルボウイルス感染症、犬コロナウイルス感染症の6種の病気に対するワクチン接種が義務付けられているからだ。今日の午後、その接種に4頭を連れて行く予定だ 。最年長のハッピーは自力では歩けなくなっているので、私が病院まで抱いて連れて行こうと思っている。あとは息子たちが私に同行して連れて行ってくれる予定だ。
 一昨日、今度は横浜市健康福祉局動物愛護センターから狂犬病予防注射を受けるようにとの知らせが届いた。これも毎年のことだ。昨年まではマロンを含めた5頭が6種ワクチンとこの狂犬病予防注射を受けたが、今年はマロンがいないので4頭が受けることになる。
  戦後、私が幼かった頃の飼い犬たちと比べれば、人間の対応ぶりにはそれこそ雲泥の差がある。愛犬(愛猫)に対する医学的・薬学的研究も進み、動物たちは健康で長生きをするようになった。人間と同じだ。いずれにせよ、家族の一員として飼っている以上、飼い主である私には愛犬たちを最後まで適切に面倒をみる義務がある。

松竹新喜劇「夜明けのスモッグ」と洋式トイレの想い出

昭和の喜劇王・藤山寛美(故人)が主演した松竹新喜劇「夜明けのスモッグ」は、昭和20代後半から昭和30年代に入るあたりを時代背景にしているのだろうか、“洋式便所”に戸惑う藤山某会社社長が外で芸者に生ませた一人息子に間違えられて、その社長宅に迎えられる浮浪者の話;《スモッグ》というあだ名の“洋式便所”の説明が面白い。

「朝起きたら顔を洗う。自分は盆と正月しか顔を洗ったことがない。そうだと知らされるまで、それが便所だということを知らなかった、あんな丸っこい、蓋の付いた便所なんか見たことがない、顔を洗う時、水が少ないな〜と思った。どうして洗面器に靴下を履かしてるのかな〜とも思った。よくあそこで口をゆすがなかったものだ…」と泣きべそをかきながら説明して、観客を大笑いさせる(YouTube動画。55:15辺りから)

 生まれた時から“洋式便所”(=洋式トイレ)しか見たことがない、使ったことがないという“現代人”には《スモッグ》の泣きべそをかきながらの説明の可笑しさがよく分からないのではないか。実は《スモッグ》と類似の驚きを私自身も経験した。
 
t 頃は昭和37年(1962年)の初夏のことだ。私は高校2年生だった。当時、系列校の女子高生の一人と付き合っていたのだが、彼女の叔母がアメリカ人と結婚していた。その叔母のうちに遊びに行った時、私は尿意を催した。お手洗いを借りたいと言って、案内されたところが、“洋式便所”だった。それまで“洋式便所”を見たことも使ったこともないので、用足しをするにはどうすればよいのか[どっちを向けばよいのか、用を足したあとはどうすべきなのかなど、皆目見当がつかなかった。藤山寛美ではないが、「蓋の付いた便所など見たことがない」から、さて困った。それでもその蓋を開けて、ここに小便をすればよいのだろうと思い、用を足した。ところがそのあと、どうすればよいかがわからない。あちこち見ていたら、ハンドルが目に入ったので、「おそらくこれを動かすのだろう」と思い、それを恐る恐る押した。《恐ろしいほどの勢いの水》がどっと出て来た! その時の私の《恐怖》は言葉では言い表すことが出来ない。いつまでも水が止まらないように思えた。押せば押すほど、水は止まらなかった。「これは、“洋式便所”を壊してしまった!」と観念し、部屋に戻り、彼女にそのことを打ち明けた。彼女は大笑いをしながら、「お手洗いに行ってみて。」と言った。私はお手洗いに戻った。水は止まっていた。「これが洋式のお手洗いなのか!」 その時の私の驚きと感動とは、半世紀以上も経った今でも忘れがたいものだ。洋式トイレしか知らない現代人には到底理解出来ない類いの驚きと感動だろう。

ハッサクの味

h1息子の連れ合いが知人からミカン箱いっぱいのレモンとハッサクをいただいた。広島の方で、両方の果物を栽培しておられるそうだ。私は山口県出身だから幼い時から萩ダイダイを食べることが多かった。ハッサクも、長兄の連れ合い(両者とも故人)が瀬戸内海の“海賊衆”として有名な“村上水軍”の末裔だから(したがって、旧姓は「村上」だ)、広島(因島)の名産であるハッサクも子供の頃よく食べさせてもらった。亡き私の妻も無類の柑橘類好きだったから、いっしょにダイダイ、ハッサク、(温州)ミカン等を食べた。ご相伴にあずかった今回のハッサクもじつにいい味だった。

 ハッサクという名称の起源についてはWikipediaには次のようにある。

その名の由来は、八朔(陰暦の8月1日)の頃から食べられたからと伝えられているものの、実際にはこの時期にはまだ果実は小さく、食用には適さない。現在では12月〜2月ごろに収穫され、1、2ヶ月ほど冷暗所で熟成させ酸味を落ち着かせたのち、出荷される。

 また、「みかん大事典」には次のようにある。

広島県原産「八朔(はっさく)」
 八朔は1860年頃、広島県因島田熊町のお寺「恵日山浄土寺」の境内で発見された品種です。「八朔」の名は、当時の住職であった小江恵徳が「八朔には食べられる」と言ったことから名付けられたというのが定説となっています。
 ここでの「八朔」とは「八月朔日(さくじつ)」の略で、「朔日」とは「ついたち」、つまり「陰暦の8月1日(新暦の8月30日)には食べられる」ということです。
 しかし八朔の出荷時期は4月頃。8月30日頃では食べるには早すぎますね。(あるいは、前年産のものとしては遅すぎです。)
 
 結局は、名前の由来ははっきりとはしない。だが、それはそれとして、私はこの果実が大好きだ。

「致死性不整脈」と若過ぎる女性の死

女性アイドルグループ、私立恵比寿中学(エビ中)のメンバー、松野莉奈さん(享年18;画像)が8日朝に急死したことは周知のとおり。私はそのアイドルグループのことも松野さんのことも全く知らなかったが、18歳という、余りにも若い、まさにこれからと言う時に亡くなったことに胸が痛む。医師の診断では、死因は「致死性不整脈」(こちらも参照)によるものらしい。

 私も昨年の5月、6月の入院の際にひどい不整脈に悩まされたから他人事ではない。急速で不規則なリズム(頻拍)に襲われて、一晩に何度も気が遠くなるという経験をした。ありがたいことに、私の場合は入院中だったから、ひどい不整脈に襲われても、その状態がすぐにナースセンターに分かるようになっており、担当医もすぐに駆けつけてくださるので、そのたびに事なきを得た。松野さんの場合は、意識消失を起こし、医師による手当がなかったために死期を早めたのかも知れない。

 私の場合、不整脈に襲われると、まず気分が悪くなり、続いて意識が遠ざかって行った。現在、不整脈に襲われた場合に服用する錠剤と、心臓発作が起きた場合に服用する舌下錠(ニトログリセリン)とを常時携帯している。まあ、70数年生きて来て、為すべきことを為したから、いつこの世に別れを告げてもいいのだが、松野さんのような若い人たちの「早過ぎる死」は残念で仕方がない。
 
 若い人たちも若いうちから自分の健康に注意してほしい。手紙文の末尾あたりに、「くれぐれもご自愛ください」と書くことがあるが、言葉だけでなく、本当に自分を大事にしてほしい。合掌。

今年も暮れて行く…

soba今年も今日で終わりだ。子供の頃は、今夜、つまり大晦日の夜が本当に楽しかった。《年取りの晩》と言って、大御馳走を用意して、父母を中心に家族全員(年によって異なったが、10人から13人の家族)が揃って1歳年を取った。正月も、当然、ワクワクしながら迎えた。

 今では大晦日も正月松の内もあの頃の興奮に包まれることはない。一休宗純ではないが、「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」というのが正直な気持ちだからだ。謡曲の「何事も報いありける憂世かな」を痛感し始めたとも言える。

 何度も書いたことだが、今年の4月末以降は私にとって“九死に一生”を得るという、まことに大変な月日だった。心臓手術のために開胸した痕と、左足の30センチほどの手術痕を見るたびに、執刀医・I 医師 を初め、何人もの医師・看護師のみなさんへの感謝の気持ちが強くなる。ただ、毎日、飲む9種類の薬の副作用に悩まされる点がつらいところだ。

 話は明日から松の内の7日間のことに移るが、日本人であれば、 老若男女だれもが「おめでとうございます)」を言い合う。今でこそ、この言葉は慶事の際であれば、誰に対して使ってもかまわないものになっているが、本来は自分よりも上位者・長上者に対して使う「寿詞吉言よごと」だった。正月に関して言うなら、それは旧年に弱ってしまった霊魂を理想的な元の状態に戻すことを祈るための言葉だったのだ。歴史的慣習は別として、弱ってしまった相手の霊魂を再び奮い立たせるために「おめでとうございます)」と言い合うのは大いに結構なことだ。読者諸氏には来年が実り多い一年でありますように。

花婿に《くつ》を投げる習慣のこと

履物の靴にまつわる記事をあれこれ読んでいて、以下のような興味深い記事に出合った(こちら;スペースの関係で行間は詰めた)。少々長いが、古靴の写真を除いて、全文を引用させていただく。
古靴に関する言い伝え
2012-06-17 17:05:28 
テーマ: └ 幸福
幸運を招くラッキーアイテム 古靴

靴にまつわる言い伝えはたくさんあります。
もっともよく知られているのは、実に不思議な習慣ですが、「誰かが去ったあとに古靴を投げるとその人に幸せが訪れる」というものです。とくに欧米などでは、旅に出るときや、結婚式の最後にその人たちに向かって古靴を投げることは有名な話です。ハネムーンに向かう新郎新婦の車の後ろに缶や古靴をつけるのは、このいった古靴に関する言い伝えからきているようです。どのようにして、この風習が始まったのか、そしてなぜ幸運をもたらすのかについては、諸説いろいろとありますが、古代からジプシーたちの間でも古靴には幸運をもたらす力があると言い伝えられていました。イタリアでは、中世のころから新しい部屋を作るとき、壁の内側に古靴をくさびで打ち込んだともいいます。また、古いブーツの中に花を植えると、家に幸運を招くともされました。
古いスニーカーを捨ててしまう前に、もう一度考えてみてくださいね。
 この記事に書かれている言い伝えや習慣は今でも生きていると思うが、問題は「なぜそういう言い伝えや習慣が生まれたのか」ということだ。上掲の記事にはその点への言及はない。私は、これは『聖書』の「詩編 Psalms」(第60篇第8節)に起源があるのではないかと思っている。そこには、Moab is my washpot; over Edom  will I cast out my shoe: Philistia, triumph thou because of me. (モアブはわたしの足だらい、エドムにはわたしのくつを投げ、ペリシテにわたしの叫びを響かせよう) とある。ここを換言した記事がこちらにあるので当該箇所を参照してほしい。
 
 要するに、「くつを投げる」とは「所有者が移る」ことを意味する。35年以上も昔、私がロンドンで世話になった大家さんはスコットランド人(当時60代後半)だったが、スコットランド(やイングランドなど)には、結婚式後、新婦の両親が新郎に向かってくつを投げる習慣があると言っていた。これは自分たちの《娘》すなわち花嫁に対する“全権”が花婿に移ることの証しだということだった。

超豪華クルーザーの年間係留費、10,710,000円!

sh2私が《愛艇実際には釣り目的の船を係留している横浜ベイサイドマリーナは、超豪華クルーザー、超豪華ヨットが数多く係留してある日本最大のマリーナだ。現在、大小の船、千数百隻が係留されている。バース (berth) と呼ばれる係留区画には20種類があり、どの区画になるかは係留する艇の大きさによって決まる。最高のS区画の年間係留費は、一括払いの場合、何と10,710,000円だ! その下のN 区画は6,300,000円、その下のM 区画は5,775,000円と、気が遠くなるような年間利用料だ。私の《釣り船》は下から2番目のB区画だが、それでも420,000円も掛かる。【全て、消費税別】

 聞いたところでは、2隻の超豪華クルーザーが売りに出ているようだ。1隻は3億円(2億5千万円とも)、もう1隻は1億5千万円らしい。驚くことに、両者とも新艇を購入したので売却するのだという。中古でも3億円〜1億5千万円という巨額の売り値だ。1億5千万円のほうのクルーザーのオーナーは日本人だが、雇われているキャプテンはオーストラリア人男性だ。カナダ人女性も従業員として働いている。最近、二人と挨拶を交わし、おしゃべりをするようになった。
bsd1 
 N 区画は言うに及ばず、ほとんどの区画は私には無縁の存在だが、それでもこのマリーナに《愛艇》を係留しているおかげで、《富豪》、《セレブ》と呼ばれる人たちと気軽に日常的挨拶を交わし、雑談に興じることもできる。著名人・有名人も多い。
 退職後の私は、辞書の仕事のない時は、時間の多くを《愛艇》 で過ごす。幼なかった日から、この齢になるまで、海はいつも私が心を休めることのできる場所だ。

 No man was ever as rich as all men ought to be.―Old Saying
  (人間にちょうど良いほどの富を得た者は古来一人もなし―古諺)

ワーファリンとビタミンKのこと

bt2今日はいつものN病院の循環器内科での定期健診に行って来た。血液検査の結果、抗凝血剤であるワーファリンの効き目が前回よりも少々低くなっているらしかった。思い当たることと言えば、《良い》と思って、海藻類や野菜類を多く摂っていたことだ。担当医の話だと、ビタミンKを過量摂取するのはワーファリンの効果を減退させるそうだ。
 
 入院中から厳しく言われたことは、納豆・青汁・クロレラの3つにはビタミンKが多量に含まれているだけでなく、特に納豆は腸内でビタミンKを産出するので絶対に食べないようにということだった。その他、モロヘイヤ・アロエ・スピルリナなどの健康食品も同様らしい。藻類ではホシノリ・わかめ(特に[カット]わかめ)などにはビタミンKが多量に含まれているそうだ。嗜好飲料類、特に緑茶類の玉露・抹茶もそうらしい。私は納豆・青汁・クロレラの3つは禁忌にしていたが、それを除いたものは、退院後、特に節制することなく食べていたので、あるいはその結果が今回の血液検査で判明したのかも知れない。今後、気を付けるつもりだ。

 それにしても、そうしたことを全く気にも留めずに何でも食べられる人たちがうらやましい。健康ほどありがたいものはない。今、私はそのことをしみじみと実感している。私の場合、血液の凝固が一番怖いので、ワーファリンはおそらく死ぬまで手放せないだろう。食生活にも日常生活にも少なからず規制がかかるが、前向きに、明かるい毎日を過ごそうと思っている。  

叱る言葉が違うのでは? (続)

c2前回、表題のもとに、たまたま耳にした若い母親の我が子の叱り方に言及したが、昨日も海辺の波打ち際で類似の叱り方を耳にした。小さな女の子が、満ち潮が打ち寄せる波打ち際に近寄った時、そばにいた若い母親は、「ダメよ! 靴が濡れるでしょ!」と声高に言った。また、そこから数メートル離れたところにいた幼子の若い父親も「ダメだよ! 服が汚れるよ!」と声高に言った。共に《ホンネ》だろう。それを《悪い》とは言わないし、また他人である私にそう言う権利などない。ただ、前回も言ったように、親の第一声としては「叱る言葉が違うのでは?」とは思う。

b1 どうして「濡れる」とか「汚れる」とか、否定的な言葉が先に出るのだろう。気持ちも分からないではない。だが、こういう叱り方を幼い時からされ続けていると、いつの間にか「物事を否定的に捉える習性」を身に着けてしまうのではないか。子供によっては、「ママ [パパ] はワタシ [ボク] よりも靴 [洋服] の方が大事なんだ」、と思ってしまうかも知れない。

 私なら、結果的に靴など「濡れても」構わないし、洋服など「汚れても」構わないと思う。我が子(たち)が、波にさらわれたり、海に落ちたりすることのほうを先に心配するからだ。子供というものは否定的な言葉で叱らずに、肯定的な言葉を多くして諭(さと)すことだ大事ではないかとも思っている。

叱る言葉が違うのでは?

bc1昨日、散歩の途中、20代後半か30代前半の女性が、ベビーカーを押しながら、私の方に向かって来る場面に出くわした。1歳半か2歳位の女児がそれに乗っていた。足が地面に着くようになったのが嬉しいらしく、盛んに足先を地面に着けようとしていた。私とすれ違う時、その母親が、「ダメだよ! 何回言ったらわかんだよ〜! 靴が減っちゃうだろ!」と声高に叱った。昨今の若い女性の言葉づかいの《きつさ》、《荒っぽさ》にはもう慣れてしまったが、それでもその言葉を聞いて、「ちょっと違うのではないか。」と思った。

 確かに、足を地面にこするようにしてベビーカーに乗っていれば、靴はわずかに擦り減るだろう。だが、母親として我が子に言うべきは、何よりも、「(地面に足を着けると危ないよ!」ではないか。 靴が擦り減るなど、些細なことだ。ベビーカーが押されている間に、足を地面に着けていて、その下に足を巻き込まれることのほうがよほど危険だからだ。足を骨折し、それこそ取り返しがつかないことになるかも知れない。母親が我が子に掛ける言葉には、その根底において、我が子の身の安全を考えたものにすべきだろう。靴が擦り減るだの、物が傷むだのは、子供の安全に比べれば、二義的、三義的なことだ。

「逆差別」にならない程度に…

j1x女子会サービス 4名様以上のご予約でワイン1本とデザートサービス」、散100h歩の途中でそんな掲示を出している居酒屋があるのを見た(左写真)。昨日の散歩の途中には、右写真にあるような「女性割引! 全品100円引きです!」と書かれた蕎麦屋の宣伝文句を見た。

 「女性客が少ないので、もっと女性客を呼び込みたい」という店側の思いがこういう宣伝文句を書かせるのかも知れないが、ものごとは《ほどほど》にしておかないと、《逆差別》にならないとも限らない。男性客にも《懐具合》が宜しくない人たちは多いはずだ。「(懐は寂しいが)付き合いで仕方なく」という思いの男性たちも大勢いるだろう。そういう人たちが「4名様以上の男子会は飲み放題」と書かれた掲示を見れば、きっと喜ぶだろうちなみに、昨今、女性の《酒豪》が多くなっている!。男女共に喜ぶような宣伝方法を考えてもらいたいものだ…

【後刻記】乗合の釣り船の宣伝にこんなのもあった(女性は男性の半額だ)。
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公園で女子高生を怒鳴った老人のこと

b1x昨日も昼過ぎに散歩に出掛けた。いつも一休みしている公園のベンチに座っていた時のことだ。私の隣のベンチでは二人の女子高生がお握りを食べていたこの公園の向かい側に男女共学の高等学校がある。すると、一人のほうが、自分が座っているベンチの横のところに、お握りを千切って撒き始めた。食べ切れなかったからかも知れないが、そばにいたスズメやハトに餌としてそれを与えたいらしかった。
 すると、横のほうから、「餌をやるなよ! 公園のベンチが鳥のフンで汚れるだろ!」という大きな声がした。70代後半と見られる老人(男)が怖そうな顔でそう怒鳴ったのだ。その女子高生は、「すいません…」と謝まり、二人でベンチから去って行った。老人も別の方向に歩いて行った。

 この老人の《生い立ち》がどういうものかは知るよしもないが、上記の現場を目撃して、私はあることを思い出した。日本人の多くが農業に従事していた昔、田畑、とりわけ田植えをしている場所で昼飯を食べた場合、そこで余った食べ物をうちに持ち帰ることは許されなかった、という民俗的なことだ。つまり、残り物は必ず鳥や獣(けだもの)に与えて帰るというのが習わしだったこれはおそらく、そうすることが田畑の神様が喜んでくださると考えた結果だろう近くの小川に流して小魚の餌にしてもよかった今でもそういう習慣を残している地域があるはずだ。この老人がそういうことを見聞きしたことがあったら、高校生に向かってそんなに居丈高に怒鳴ることはなかったはずだ。

 私のうちは代々が農業や農園業に従事していたから父はその種の仕事を継ぐのを嫌ったが、今でも「生きとし生けるもの」に残り物を与えることに何ら抵抗を感じない。「公園のベンチが鳥のフンで汚れる」ことなども気にしない第一、座れないほどフンだらけのベンチなど見たことがない。いつの頃からか日本人日本の老若男女の多くが、周りの生き物に対して不寛容になった。残念なことだ。
★参照:「慈しみ ― 仏陀の言葉

《おせち》のこと … 各家庭で作ってこその料理

can4散歩の途中、コーヒーを飲みに立ち寄る某大型スーパーに、もう《おせち》料理と《クリスマスケーキ》の申し込みのためのコーナーが出来ている我が家にも何通かのダイレクトメールが届いている。商魂たくましいと思うが、昨今では自宅で《おせち》を作るところは少なくなって来ているようだ。かく言う我が家でも小家族なのと各人が仕事を持っているのとで、妻が居なくなってからはそれを業者に注文している。

 私が幼かった頃、我が家の《おせち》の7割ぐらいは父(故人)が作った。父は若い頃、東京の某著名割烹料理屋で働いたことがあるので、料理の腕はプロのそれだと言ってよかった。大晦日から正月に掛けて食べる《おせち》のみごとなこと! 近所の人たちも私の友だちもみな驚嘆した。だから、運動会や遠足などの際にも、父が作ってくれた弁当をみなの前で広げるのが誇らしかった私には料理の才能などまったくない!

 ところで、上の写真(左上)には平仮名で「おせち」と書いてあるが、これを漢字で書けば「御節」となる。「」とは読んで字の如しで、「節目」、「折り目」という意味だ。この時に歳神様と共にみなで会食をし、歳を重ね、家族一同の健康と繁栄を祈願する。昔は一日は夕方から始まったから大晦日の夕食を《おせち》と呼び、歳神様を迎えた。日本人にとっては歴史的には、《クリスマスケーキ》などとは比べ物にならないほど重要な《ごちそう》が《おせち》であり、本来は、これを業者という他人に作らせてはその意味がなかったのだ。なぜなら、各人の家庭に寄り付く歳神様はその家庭の祖先であり、子孫たちが感謝と共に共食することが望まれているからだ。今、そんなことを考えながら《おせち》を作る日本人がどのくらいいるだろう。《おせち》を全てを業者任せにするのではなく、せめてその一部だけでも家族の者が作ってほしい。先祖はきっとそれを喜ぶはずだ。

敬老の日に思ったこと

昨日は「敬老の日」だった。明後日には私は満72歳になる。年齢的には、正真正銘の高齢者だ。だが、いつも書くように、私には自分が《高齢者》だという強い自覚はない。もちろんそれは精神面のことであって、肉体面では間違いなく老化現象が目立つようになって来ており、すでに何度も書いたように、この4月末から6月下旬末までに2度も入院して心臓バイパス手術を受けている。

今月15日現在の数字では、65歳以上の高齢者は3461万人に達し、総人口の27.3%を占めることになったそうだ。男性は1499万人、女性は1962万人で、女性は全体に占める高齢者の割合が3割を超したらしい。
 中でも、100歳以上の《超高齢者》は6万5692人だそうだ。これまで100歳を迎えた高齢者には国から表彰状と銀杯が贈られていたが、予算の増加を抑えるために、これまでのように《純銀製》ではなく《銀メッキ》に変えたそうだ。

  退職後、いつも思うことがある。健康と働く意欲に恵まれている高齢者にはどんどん働いてもらえばよい。そうすれば、国は税金を徴収することができ、国家予算も少しは潤(うるお)うだろう。何よりも、若い世代への経済的負担が軽減されることが期待される。  
 fx私の散歩道にある某団地の公園内には、昼間からクーラーに缶ビールを詰め込んで来て《宴会》をやっている高齢者たち(男女)のグループがある。雨の日以外はたいていの日にその光景を目にすることができる。時間も労力ももったいないなと思う。そして思う。意欲のある人たちを募り、国・地方自治体が仕事を作って、働いてもらえばよい、と。60〜65歳で退職して、あとは《年金暮らし》というのでは、国家財政が逼迫(ひっぱく)するばかりだ。

 幸いなことに、我が国には風土的に《体の動くうちは働きたい》という考え方が定着しているし、今でもそれは国民に受け入れられていると思う。だから、どんな仕事でもよい、上記したように、健康と働く意欲に恵まれている高齢者にはどんどん働いてもらえばよい。繰り返すが、国を初め、各地方自治体はそのために各種の仕事を創出すべきだ。やはり根本的には政治家たちや地方議員たちが賢明でなければならないだろう。平安時代の歴史書『続日本後紀』(しょくにほんこうき)にも言う。「国家の隆泰、要は民を富ますに在り」と。国を富ませ、経済を安定させるには、高齢者への十分な配慮・工夫があって、並行して彼らの協力が必要だ…。昨日の敬老の日にそんなことを思った。

【付記】私の願いは、私が永遠に瞑目(めいもく)する日まで、たとえわずかでも《納税》を続けたいということだ。
【後刻記】100歳以上の《超高齢者》は6万5692人」という現実を知らされて、私は謡曲・源氏供養にある「一生夢のごとし。誰あって百年を送る=後半は「人生ほとんど百歳まで生きる人はいない」の意という言葉を思い出した。時代も変われば変わるものだ。

「輸血後感染症検査」に行って来た

roses2今朝一番で、心臓バイパス手術を受けた病院に「輸血後感染症検査」を受けに行って来た。輸血に用いる血液は日本赤十字社が現在の医療技術で可能な限りの感染症検査を行い、安全性を確保したものだが、献血者が感染症を有しているにも拘わらず感染後間もない場合は検査で検出されない場合があるらしい。そういう場合、輸血後肝炎やヒト免疫不全ウイルスAIDSウイルスなどの感染症に罹患する危険性が現在でもわずかに残っているそうだ。今回の検査はその点を確認するためのものだ。この検査は、厚生労働省が輸血後3カ月を目途に実施するよう指導しているものと聞いている。検査結果が判るまで2週間程度掛かるそうだ。何事もないことを願っている。どんな人の血液がどの程度私の体に輸血されたのかは知らないが、献血者には感謝している。有難いことだった。この手術を受けてからというもの、これまでにも何度も書いたように、私は生かされていることと、そのことに関わってくださった全ての方たちに心から感謝している。

毒にも薬にもなるワーファリンのこと

w1養老孟司氏の著書の1つに『毒にも薬にもなる話』と題されたものがあるが、今、毎日の朝食後、3錠ずつ服用している《ワーファリン》を手にするたびに、「これこそ毒にも薬にもなるな」と実感する。というのは、この薬は抗凝固剤の1つで、簡単に言えば《血液をサラサラにするための薬》だ。私のように、心臓の血流に問題がある患者には重要な薬だが、これが何と殺鼠剤(ネズミ取りの薬剤)としても用いられるそうだ。Wikipediaには、「摂取したネズミは、網膜内の内出血で視力低下するため明るいところに出てくるといわれる。最終的には腹腔内の内出血で死亡する」とある。私はこの薬を医師の指示に従って服用しているが、殺鼠剤としても使用されると知ってからは、服用するのが少々怖くなった。副作用・禁忌の実態(「催奇形性が指摘されており、妊婦に対しての投与は禁忌である」Wikipedia)にも興味を引かれるようになった。私が服用している薬には必ず「注意事項・相互作用・副作用」への言及があるが、特に副作用への注意書きを読む限り、「毒にも薬にもなる」という言葉の意味を実感する。

【付記】手術を担当してくださった I 医師からは「私は薬剤(ワーファリン)による抗凝固療法を行なっています。
[病名:冠動脈血管バイパス手術後] もし他のことで治療を必要とする場合は下記へお問い合わせ下さい
。」(病院名・電話番号・主治医名省略)という文字が印刷された《ワーファリンカード》をいただいている。これから推測しても《ワーファリン》は並みの薬ではないような気がする…。

HbA1c値が基準値に収まった!

f今日は、外来患者として、心臓バイパス手術を受けた病院へ、糖尿病のその後の検査と担当医の受診のために出かけてきた。私は、5月7日現在の検査により、HbA1c値(ヘモグロビン・エーワンシー;基準値4.6−6.2)が9.1と、明らかな《糖尿病》と診断された町医者にかかっていた時はそれ以上の数字だった。心臓外科の医師からは、「糖尿病だけでも別途、入院が必要ですよ。」と伝えられた。
 何度も書いたように、「九死に一生」で、命を救っていただいた以上、私に関わってくださった医師・看護師の皆さんに、「私も本気である」ことを証明したかった。まず、退院以後、食事・生活習慣を大幅に変えた。1日1万歩を目標に、約6.5キロの散歩もするようにした。6月21日の検査ではHbA1c6.8にまで下がっていた。7月1日では6.3、そして今日(8月16日)の検査では何と6.2にまで下がっていた。基準値に入ったことになる。担当のN先生からは「よく頑張りましたね。」と褒めていただいた。
 過去、10年以上も高血圧に苦しんでいたが服薬しても、上が140〜50、下が90〜100、退院以降はほとんど常に、上が120〜30、下が70〜80という基準値に収まるようになった。今日、病院で測った数字は上が102、下が69だった。町医者で処方箋を書いてもらい、服用していた高血圧・糖尿病の薬はいったいなんだったのか!? いずれにせよ、「人間、本気になれば、持病を改善することは不可能ではない。」ということを実感した次第だ。

【追記】糖尿病内科に行ったあと、私がお世話になった病棟のナースステーションに立ち寄った。顔なじみの看護師さんたちが忙しく働いておられた。皆さんに入院中にお世話になったお礼を述べて早々にそこを失礼した。

眼科に行って来た。

今朝、近所の眼科に行って来た。入院中にお世話になった糖尿病専門医・N先生のご指示で、糖尿病が目に影響を与えていないかどうかを確認するためだ。糖尿病網膜症、糖尿病黄斑症、白内障の検査と診察を受けた。入院中、病院の管理のもとでの食事制限・服薬のお陰で、糖尿病はだいぶ改善されたという実感があったが、退院してからは食事制限・服薬・毎日の散歩(約1万歩)を続けて来た。その甲斐があってか、今日の眼科の検査と診察の結果、「年齢相応の白内障が少しだけ見られるものの、糖尿病は全く影響していない」という医師の《お墨付き》をいただいた。これで一安心だ。いつも書くように、折角助けていただいた命だから、患者である私も一生懸命に《よくなるように》努力しようと思う。

九死に一生を得て生還(続)。

今日は朝一番で外来患者として病院に行って来た。主治医(手術担当医)の診察の前に、心電図検査・血液検査・レントゲン検査を受けた。待っている間にそうした検査の結果が出て来るのを実体験すると、医学の進歩の早さと正確さに驚嘆させられる。
 
 主治医の I 先生の話では、「術後の経過は良好で、心臓も順調に動いている」そうだ。胸と足の傷口が完全に塞がり、日常生活に支障がないほどになるには、まだだいぶ時間が掛かるらしかった。待望の《入浴》が許された。たったそれだけのことだが、風呂好きの私としては、本当に嬉しいことだった。「もう外科に戻って来ないように」、I 先生は笑いながら私にそう言われた。

 私は私の手術に関わってくださった多くの関係者に心の底からお礼を申し上げたいと思い、I 先生を代表者として改めて謝意を表し、診察室をあとにした。あとは、後日、最初にお世話になった循環器内科のK先生と、糖尿病・内分泌内科のN先生の診察を受けるのみだ。

 繰り返しになるが、私は今回の入院・手術を通じて、「人は生きているのではない。生かされているのだ。」ということを痛感した。私一人では、私の命は今年中にも終わっていただろう。救っていただいた命を無駄にせず、最後の日が来るまで毎日を大切に生きて行きたい。小さな家族だが、私がその家族から受けた私への愛情と思い遣りは筆舌に尽くしがたい。ただただありがたかった。

九死に一生を得て生還。

6月3日、二度目の入院をした。心臓血管・呼吸器外科で冠動脈バイパス手術を受けるためだ。最終的な病名は心筋梗塞ということになった。手術日前の6日までに様々な検査を受け、7日朝9時頃から人工心肺を導入しての大手術が始まった。もちろん私は全身麻酔をかけられているから何も分からない。集中治療室(ICU)で目が覚めた時には、手術日を入れて3日が経過していた。そこには5日間いてから一般病棟に移った。

 バイパスには左足の血管、約30センチが二等分され利用された。あとの1本は心臓近くの血管が利用されたようだ。私には糖尿病の持病があったから、感染症が心配されたが、何とか危機を乗り越えることができた。手術前の私の心臓の状態は5段階の5(最悪の状態)だったそうだ。

 心臓血管・呼吸器外科の諸先生のお陰で命を救っていただいた。多くの看護師の方々にも言葉では言い尽くせぬほどのお世話になった。「生かされている」ということを実感した日々だった。
 3週間後、カテーテル検査を行い、心臓がバイパスに勢いよく流れていることを確認し、退院許可が下りた。だが、胸の傷口の回復にはまだまだ相当な時間がかかるらしく、今後は外来で通院しなければならない。今のところ、シャワーだけが許可されて、入浴は禁じられている。

付記:入院中、多くの方からお見舞いをいただいた。ありがたかった。
 

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