2009年11月17日

【すこら_09-11-16】「おめでとう100歳!」まど・みちおさん

まど・みちお―総特集 (KAWADE夢ムック)
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キリンさん (まど・みちお 詩のえほん)
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-山猫編集長・おすすめの絵本「キリンさん」-
 ・・・


「まどさん、100歳おめでとう!ございます。」
幼い時から、こんなにワタシたちの人生を明るく楽しくしてくれた詩人は、まどさんただ一人です。
(^^)

幼子を勇気づけてくれたまどさんの詩の数々は、永遠に輝く!

「おじいちゃんだけど、でっかいお母さんのようだ。」

その温かなまなざしから生まれたたくさんの詩は、たくさんの人の心に明るい光を照らすのだ・・。

感謝。
まど・みちおさん 1909年11月16日生まれ。100歳。


-やまねこ編集長-

2009年11月12日

【すコラ_「かいじゅうたちのいるところ」映画・公開

怪獣たちの


絵本好きには、たいへん待ち遠しかった映画ダ!!
『かいじゅうたちのいるところ』
 ・・・・・
絵本の魅力を語る時に、この絵本ははずせない。
世界中で愛されている絵本なのであ〜る。
かく云うワタシも、「この絵本の大ファンなのであ〜る!」
おそらく原作とはかなりチガッテいるのかもしれない。が、それもOKだ。

<<過去の絵本BLOGコラム>>
この絵本の<ナゾ>を知りたい方は・・>⇒下記のコラム・「魔の時刻説」をお読みくださいませ。
GO>⇒【2004年11月のコラム『かいじゅうたちのいるところ』】

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GO>→「公式サイト」

(o^∇^o)ノ


-【号外】やまねjこ新聞社-




2009年11月06日

【すコラ_09-11-06】国立能楽堂〜「通(かよい)小町」〜

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<雨の日の能楽堂>
「通小町」
小野小町と深草小将。

「通い小町」にはふさわしい、雨に濡れる能楽堂の中庭・・・。



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2009年10月30日

【243】「いまなぜ青山二郎なのか」白洲正子さん著

いまなぜ青山二郎なのか (新潮文庫)
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いまなぜ青山二郎なのか
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「小林の直観は美しい。
だから実用への応用にはならぬ。
世間はもっとずるいのだ。
パウロはアテネでは語らなかった。」

(by 青山二郎)
 ・・・

小林とは、“小林秀雄さん”のことである。
小林秀雄と言えば、“青山二郎”なのである。
当時、“青山学院”と言われた青山二郎さんを中心とした“愚連隊”の筆頭が小林秀雄さんであった。
“青山学院”と名付けたのは、大岡昇平さん。他に中原中也さん、永井龍男さんもいた。そうそうたる面々の“愚連隊”である。
(^^)

白洲さんは、そんな“青山学院”の最後の弟子であった。
青山二郎さん小林秀雄さんらと共に、同じ時代を生きた人であった。
青山さんと小林さんの関係は、後に「高級な友情」(野々上慶一・著)などと呼ばれることになるので、ご存知の方も少なくないと思う・・・。続きを読む

2009年10月21日

【すコラ_09-10-21】小野小町の里〜小町伝説

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(「小町の里」土浦市新治)

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを

「小野小町の終焉の地」と伝わっています。
真偽は不明です。

旧暦7月7日に「小町万灯」と呼ばれる供養祭が、近年まで長く行われていた由。菩提を守っている小野家には、小町観音なる仏像が伝わっているそうであります。個人宅ゆえ非公開との事。
 ・・・
10月ともなると、このあたりは一面の野山に柿、蜜柑がたくさん色づき、美しい里山の風景となります。
筑波山の麓に位置していますが、旧・新治村と呼ばれているこの村落は、さしずめ『かくれ里』のようであります・・・。
 ・・・・・
*>常磐自動車道「土浦北インターチェンジ」より、車で5〜10分。
  「小町の里公園」には、駐車場があります。
*>「小町の墓」へは、「小町の里公園」から徒歩10分位のところにありますが、  「小町の里公園」で道順をお聞きにならないと、ちょっと迷います。  

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2009年10月19日

【242】小林秀雄著「徒然草」〜07〜「まとめ・妙観が刀・栗娘の話」

小林秀雄さんの「徒然草」(『無常という事』)を読み、これまで書いてきたことの「まとめ」を書いておきましょう。
(^^)

小林秀雄さんの「徒然草」の読みどころは3つあると書きました。
(1)兼好の観(小林秀雄の観)
(2)妙観が刀
(3)栗娘の話

これを踏まえながら、書いてみることと致しましょう。 ・・・・


【 小林秀雄著「徒然草」〜その『序章』について〜 】

小林秀雄さんの『無常という事』は、交響楽と読むことができる。

それは、「当麻」「無常という事」の二つが、『無常という事』の全体の『序章』のメロディを奏でているのである。
「平家物語」「徒然草」「西行」「実朝」のそれぞれの評論は、この二つの『序章』から奏でられた旋律が、ある種の“伏線”となっていると読むことができるでありましょう。

「無常という事」で、小林さんは何を感得したであろうか。

それは、「思い出す」という“思索的な方法の獲得”であったのではなかったか。しかし、この「思い出す」という軽い響きに、読者はだまされてはいけない。
この言葉は、小林秀雄さんの「新しい解釈の否定=史観の否定」(唯物史観・イデオロギー的史観からの決別)という、確固とした宣言なのである。
小林秀雄さんの思想的な背骨の一つを獲得したという表明に他ならない。

新しい解釈なぞでびくともするものでない、そんなものにしてやられるような脆弱なものではない。

解釈を拒絶して動じないものだけが美しい。

 ・・・・・

では、「当麻」は、小林秀雄さんにとってどのような意味を持っているか。
それは、明らかに「観念の否定」(観念からの決別)を意味していたと読める。

無要な諸観念の跳梁しないそういう時代に、世阿弥が美というものをどういうふうに考えたかを思い、そこに何の疑わしいものがないことを確かめた。

美しい花がある。「花」の美しさというようなものはない。

ありし日の「当麻」という能舞台の一時の鑑賞は、紛れもなく小林さんの思索的な方法論の一つを決定づけたと言えるでしょう。
“体験”を以って、それが確信されたのである。
そのような小林さんの“思索体験の獲得”を「当麻」は、語っていると言えるのです。

小林さんにとって、「思い出す」とは、時間を超え、「歴史」の魂に推参するという事でありましょう。「歴史」とは、人間でもあるでしょう。また、「歴史」とは、小林秀雄さんにとって、文学であり、芸術のすべての象徴でもありましょう。

この二つの『序章』に流れる旋律は、その精神、つまり「ワタクシ小林秀雄の観」であることを奏でているのであります。・・・
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2009年10月05日

【241】小林秀雄著「徒然草」〜06〜<親、許さざりけり>

モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)
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 ・・・・・・・
「徒然草」<小林秀雄著より抜粋>

鈍刀を使って彫られた名作のほんの一例を引いておこう。これは全文である。
「因幡の国に、何の入道とかやいふ者の娘容貌(かたち)美(よ)しと聞きて、人あまた言ひわたりけれども、この娘、ただ栗(くり)のみ食ひて、さらに米の類を食はざりければ、かかる異様の者、人に見ゆべきにあらずとて、親、許さざりけり。」(第40段)
 これは珍談ではない。徒然なる心がどんなにたくさんのことを感じ、どんなにたくさんのことを言わずにがまんしたか。<了>
 
・・・・・・・

さて。小林秀雄さんの文章に戻ることにしましょう。

「徒然草」第40段のどこが「名作」であるかについて、それを、まず“文章作法”の角度から考えてみます。
比較して考えてみます。比較する文章は、もちろんこの文章です。
 
(吉田兼好著・「徒然草・第229段」全文)
『よき細工は、少し鈍き刀を使ふ、といふ。妙観が刀は、いたく立たず。』
 
小林秀雄さんは、この段の文章から、兼好の“文章作法”、兼好の文体の秀逸性を指摘されたのでした。「精髄(せいずい)である」と。

これらを比較する事は、あまり難しい事ではないかもしれません。
“文章作法”の上からは、こういうことになりそうです。

「いたく立たず」:「許さざりけり」

このの「比較式」で良いからです。
つまり、兼好の「批評眼」がどこに隠されているか。
そこを考える。
隠されているとすれば、この二つの文節でしょう。
共に、<この言葉の背後にあるもの>と想像できるでしょう。
一方は「いたく立たず」に隠され、一方は「許さざりけり」に隠されているのではないか・・。 
そう、読めると思います。

ワタシたちが、この第40段の「栗娘の話」に、そもそも面喰ってしまう原因は、つまり、この「比較式」が理解しにくいことに尽きるのではないでしょうか。
「許さざりけり」に隠された兼好の感得が一体どこにあるのか、何であったのか、という事でしょう。
 ・・・・・・・

ワタシは、「この点に関しての解説を読んだことが無い」と以前に指摘しておきました。「“小林秀雄の目つぶしの泥”とは、気に入らぬ」とも。
(^^)
ならば、今日は、そのことについて少々語ることと致しましょう。・・・続きを読む

2009年09月14日

【240】小林秀雄著「徒然草」〜05〜<栗娘の話>

徒然草 1 全訳注  講談社学術文庫 428
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「徒然草・第40段」(全文)
「因幡の国に、何の入道とかやいふ者の娘容貌(かたち)美(よ)しと聞きて、人あまた言ひわたりけれども、この娘、ただ栗(くり)のみ食ひて、さらに米の類を食はざりければ、かかる異様の者、人に見ゆべきにあらずとて、親、許さざりけり。」
 
・・・・・

この文章から、あなたはどんなことを心に思い浮かべるだろうか。

さまざまな事柄を、さまざまに思い浮かべることができそうです。
娘の事。父親の事・・。
この文章を幾度となく読み続けていくうち、次第にある思いがワタシの心を占めるようになっていきました。
 ・・・・・

「能」に『物狂い』という演目があります。

以前に、能について少し書きました。「無常観」を背景とした能という演劇(曲・歌劇)と「徒然草」との思想的な関連について考えてみたかったからです。
先日の日曜にNHKで能の番組を見ました。
偶然のことでしたが、「三井寺」という『物狂い』の演目でした。
子と別れて狂人となった母が、悲しみのあまり狂女となり三井寺の鐘をつくという物語です。
最後に、母子が再会するという展開となるのですが、これは、能における『物狂い』のおおよその定型となっているところです。(*「桜川」などが類似)
この「物狂いの能の持つ背景」を考える時、世阿弥もまた、ここに「無常という姿」を物語の背景として捉えていたことは明らかでしょう。
狂女の打つ三井寺の鐘は、まさに曲中に「諸行無常と響くなぁ〜りぃ〜」と謡われているのです。
能における『物狂い』の演目は、「無常を背景とした物語」の構成となっているのだという事を、まず言っておきたいと思います。

一見、まったく違って見える世阿弥の「観」と、兼好の「観」と。
その共通する“心の根底”について語ります。・・・続きを読む