――拝啓、ハルちゃん。私の大切な人。

その後いかがお過ごしですか?

あの夏。四角い宇宙の山の上に大輪の花が咲いたあの決勝戦から、

もう3年が過ぎようとしています。

今、私は――



ミーンミンミンミン…


灼「……青い空……」


ジジジ… ジージージー…


灼「……広がる自然……」


モォォ~…


灼「…………牛。」


モォォォ~…ォオォォォ~…


灼「今日も…暑…」



――北海道で、牛を育てています。



ここには、阿知賀の仲間は誰もいない。

憧がこんな泥まみれの生活をやりたがるはずもないし、

ここの山に呼びかけたって、穏乃は出てこない。

玄の心を惹くものは牛にしかついていないし、

こんな寒冷地に宥さんを連れてきたら、一日持たずに凍えてしまう。

……もちろん、ハルちゃんも。


私一人。


みんなとも故郷からも離れて、いま私の前にあるのは、

厳しい大自然と戦う農業の世界。

なにもかもが初めての、知らないことだらけ。

…でも、それでもここを選んだのは、あなたとの約束のため。

果たせなかった、もう一つの約束……。



本当は、優勝したら…、っていう話だったよね。

だからもう、あなたはきっと覚えてもいない。

余計な心配かけたくなかったから、ここに来ることも黙ってた。

私が勝手に決めたこと。

でも、私にとっては大事なことだった。

叶わなかった約束をそのままにしておけなかったし、

優勝できなかった自分の気持ちに区切りをつけるためにも。


それにね。


最初の形と違っても、それ以上の時間と思いを込めたなら……、

それでいいんじゃないかって。

そんな風にも思うんだ。



プロリーグでのハルちゃんの活躍は、ここ北海道にも届いています。

いまどきはスマホでどこでもネットに繋がるし、写真や動画を共有できたりもするんだよ。

電波さえ届けば…、なんだけど。

憧がやり方を教えてくれて、玄と宥さんが記事を集めてくれて。

穏乃は一緒に、農作業に合ったシューズやジャージを選んでくれた。

みんな私の気持ちをわかってくれて、たくさん協力してくれた。

だから私は、一人じゃないんだよ。

箱いっぱいプロテインが届いたときは、さすがに処理に困ったけれど。



成香「鷺森さーん!」

灼「あ、どうも」


――それに、こっちに来てからの友達もできました。


誓子「お疲れ様、鷺森さん!」

揺杏「今日もがんばってるねー」

由暉子「お疲れさまです」

爽「どう、調子は?疲れてない?」

灼「ありがとうございます」



――あのインターハイから知り合った、元・有珠山高校麻雀部の人たち。

私が牧場で働きたいって話を相談したら、

檜森さんの親戚が経営しているこの牧場を紹介してくれたんだ。

おかげでいろいろ助かった。

何のあてもなく転がり込んできた私を快く受け入れてくれて、

同年代の女の子っていうことで、いろいろと気も遣ってくれた。

たまにこうやって、様子も見に来てくれて。

彼女たちと麻雀も打ってるから、腕は落ちてないよ。



灼「今日はどうしたんですか?」

爽「夏休みシーズンだからさ!みんなで休みを取って遊びに来たんだ!」

誓子「しばらくこっちにいるつもりだから!農作業も手伝うよ!」

灼「…それはどうも」

由暉子「いつものアレも持ってきましたよ」

灼「えっ…嬉し…」

成香「うふふ、じゃーん!こちらです!」

灼「…おお」

揺杏「新作できたんだ!鷺森さん専用の農作業服!」

誓子「早速だけどさ、着てみてよ!」

灼「はい」



着替え中……

灼「…お待たせしました」

成香「わぁ…素敵です…」

誓子「おおー!」

爽「いつ見てもいいね!その魔法少女の作業服!」

由暉子「よくお似合いです」

灼「いつもありがとう」

揺杏「いいっていいって!こっちも感謝してるんだ!」

揺杏「鷺森さんの服があったから、私もこっちの道でやっていこうって思えたんだからね!」



――こっちでできた、新しい楽しみ。

岩舘さんたちが、私の作業服を特注で作ってくれるんだ。

大好きな魔法少女風で、農作業もできる服。

かわいいのに凄く動きやすいんだよ。

穏乃と一緒に買ったジャージだけじゃ足りなくて困っていたら、

岩舘さんが自分に作らせてほしい、って。

彼女、こういう方向性の服を作って売るお店を開きたいんだって。

今は知り合いのお店に置いてもらってるだけだけど、いつか自分の店を持ちたいって話してくれた。

そのための練習だからって、いつも格安で作ってくれるんだ。



爽「しかし毎回凄いなー、この服」

由暉子「よく作るものですね」

揺杏「農作業の機能性と魔法少女の可愛さを両立させる!作り甲斐あるんだよねー!」

誓子「お店の方でも結構評判らしいよ。魔法少女の服屋さんだって」

揺杏「鷺森さんのおかげだよ!凄くいい練習になってるんだ!」

灼「…喜んでくれてるならなにより」

揺杏「ユキのサイズで作ってばっかりだと一般に売れないんだよねー!主に胸まわりがさー!」

成香「あ、あはは…」

由暉子「……鷺森さんのサイズでも正直どうかと思いますが」ボソッ

灼「真屋さん、今何か?」

由暉子「いえ」



――こっちで着れると思ってなかったかわいい服を着るのは楽しいし、

それでみんなの役に立っていると思えるのも、すごく嬉しい。

厳しいことは勿論たくさんあるけれど、支えてくれる人や安らぎもちゃんとある。

楽しく、やってるよ。



ガッシャーン!! ガタガタガタッ!!

由暉子「!?」

爽「何だ!?」

従業員「うわー!鶏舎から鶏が逃げたぞー!!」

灼「!」

グガァゴゴ!! グガァゴゴ!!

成香「大変!」

誓子「捕まえないと!」

グガァゴゴ!! ギャッギャッギャッ!!



ドドドドド…

誓子「こっちに向かってくるよ!」

成香「ど、どうしましょう…」

灼「大丈夫…落ち着いて」

ダダッ

爽「鷺森さん!?」

灼「すみません、これ借ります!」ガシッ

従業員「えっ!?薪の束だよそれ!?」



グガァゴゴ!!

灼「…………」

ギャッギャッギャッ!!

灼(向かってくるこの鶏の並び…)

グガァゴゴ!! グガァゴゴ!!

灼(4-6-7-9-10…グリークチャーチ!)

スウッ

灼「たぁっ!」



灼「ボウリング打法!」

ブンッ

誓子「鶏に薪の束を投げた!」

バラバラッ ゴロゴロゴロ…

バキッ ドカッ ズデン!! ドテドテッ!!

グガァゴゴ!! ナンヤ!! ナンヤネン!!

爽「薪で鶏を転ばせたよ!」

成香「凄い!あんなに全部一遍に!」

グゴゲッ! ギャッギャッ!!

灼「……怪我はさせてないよ、売り物だからね」

揺杏「やったあ!ストライク!」

由暉子「…スペアですね」



従業員「よし!転ばせている間に回収を!」

爽「私たちも手伝おう!」

誓子「うん!」

成香「はい!」

グガァゴゴ!! ナンデヤ!! ナンデヤネン!!

揺杏「このっ!おとなしくしろっ!」

従業員「ありがとう!助かったよ鷺森さん!」

灼「いえ…」



――高校時代に培った技が、あなたのために鍛えた力が役に立っている。

あの頃の私を、あなたとの絆を認めてくれているみたいで、それがなにより嬉しい。

力仕事も多いけど、昔から家の手伝いで重いものを運んでたから、そんなに苦じゃなかった。

結構、頼りにされてるんだよ。



誓子「ふう…どうにか片付きそうだね」

バキバキッ ドンガラガッシャン

??「グアァァァァ!!」

従業員「うわーー!!」

誓子「今度は何!?」

従業員「熊だー!熊が出たぞーー!」

揺杏「げっ…マジか…」

熊「ガウゥゥ!! グワァァ!!」

由暉子「危ない!こっちに来ます!」

爽「逃げた鶏を狙ってるんだ!」



熊「グワァァ!!」

誓子「なるか!鶏はいいから早くこっちに!」

成香「は、はい…」アタフタ


つるっ

ずべん!!


由暉子「!!」

爽「成香!転んじゃった!」

揺杏「危ない!熊がそっちに!!」

熊「グワァァァァ!!」



灼「……下がってて」

ダダッ

誓子「鷺森さん!?危ないよ!!」

由暉子「危険です!」

灼「大丈夫、任せて」

スチャッ

爽「それは!」

揺杏「出た!鷺森さんの銀の鈍器!!」



―回想―

灼「じゃあ行くね、おばあちゃん」

公子「待ちなさい灼。……これを持っていきなさい」

ゴトッ

灼「えっ…? 銀色のボウリングピン?」

公子「ずっとお店に飾ってあった、あの銀のピンよ。これはあなたのもの」

灼「…向こうじゃもうボウリングなんてする暇ないよ…」

公子「いいから」



公子「うちのボウリング場に代々伝わる伝統…。子供が産まれた時に、その子の成長を願って銀のピンを作るのよ」

灼「ただの飾りだと思ってた…」

公子「だから、これはあなたの守り神。あなたを大事に思うたくさんの人の愛情が詰まってるの」

灼「でも…重いしかさばるし…」

公子「いいから持っておきなさい。きっと何かの役に立つから」

灼「…………」

公子「どうしても困ったら…売っちゃえばいいわ。奈良へ帰る電車代くらいにはなるからね」

灼「!」

公子「あなたの決めた道。自分が納得いくまで思い切りやればいいわ」

灼「おばあちゃん……」

公子「でも…いつでも帰ってきていいんだからね…」

灼「……ありがとう」

―回想終―



熊「グワァァ!!」

成香「ひっ…!」

誓子「成香!!」

グワッ


ガシッ


熊「!?」

成香「あ……鷺森さん……?」

爽「銀のピンで…熊の腕を受け止めた!!」



グググググ…

灼(熊の腕をはじいて…ここだっ!)

バシッ

灼「はあっ!」

ドスッ

熊「ウグッ… グガァッ…」

揺杏「やったっ!」

誓子「熊の腹に一撃入れたわ!!」



熊「ゴガァァァァッ!!」

爽「暴れ出したぞ!」

誓子「鷺森さん!」

熊「ガウゥゥゥ!!」

灼(暴れるなら…もう一撃…)

グワッ

灼「えぇーーい!!!」


ゴリッ




爽「あ…頭に……」

熊「グッ…… ウゴッ……」

灼「……巣へお帰り」

灼「ここに来ても、あなたに食べ物はあげられないよ…」

熊「……グゥッ……」

灼「…………」

熊「クゥ~ン…クゥ~ン…」

スゴスゴ

誓子「やった!熊が帰っていく!」

揺杏「さすが!」

灼「……ふう」



誓子「成香!大丈夫!?」

成香「ちかちゃん…怖かった……」

由暉子「…ちゃんと歩けますね、外傷もありません」

揺杏「鶏も無事だぞ!」

成香「あ、ありがとうございました、鷺森さん…」

灼「怪我がなくてよかった」

爽「やったね!鷺森さん!」



誓子「いやー、しかしさすがだね!」

灼「……それほどでも」

爽「銀の鈍器を振りかざし、農家を守る魔法少女!イイね!すごくイイ!!」

揺杏「本当だよ!その服も作った甲斐があるってもんだ!」

灼「……魔法少女の務めだから」



――最初は何なんだろうと思ったこのピンも、結局一番役に立っています。

大事な魔法少女の武器として。

今なら、おばあちゃんの言葉もよくわかる。

寂しくて挫けそうなとき、つらくて動けなかったとき、皆を守る勇気が必要だったとき。

このピンを見ると力が湧いてくる。

ここへ来ると決めた強い気持ちを、あの頃の自分を思い出して。

ありがとう、おばあちゃん。



揺杏「今度さ、この服で写真撮ろうよ!商品ラベルとかも作らない!?」

灼「ラベル?」

揺杏「作った肉とかハムに『この魔法少女が育てました!』って付けたら、絶対売れるって!」

爽「おおー!いいアイディアじゃん!」

成香「素敵です」

灼「…そうかな」

誓子「大丈夫!鷺森さんならきっと似合うよ!」

揺杏「ユキもモデルになるからさ!二人で魔法少女ブランド牛だ!」

由暉子「ええ、いいですよ」

灼「……考えておくね」



――最初は何度も泣きたくて、何度も逃げて帰りたいと思った。

でも今は、続けていてよかったと思えてる。

やさしい仲間、私らしさが活かせる仕事、みんなの役に立てること。

充実、してるよ。


今度ね、産まれる時から世話してきた牛が、初めて品評会に出されるんだ。

いい結果が出せたら、そっちに送りたいなって思ってるんだよ。

その時は… 食べてくれるかな……



いつかまた、笑顔であなたと会えるその日まで。

鷺森灼は、今日も大自然と闘っています。

あの頃の私とあなたとの絆、銀のボウリングピンを携えて――   鷺森灼




従業員「鷺森さーん!今度は馬場の柵がーー!」

灼「はい!今行きます!!」





――21世紀。


世界の麻雀競技人口は数億人を超え、


プロの麻雀プレイヤーは人々の注目を集めていた。


高校では大規模な全国大会が毎年開催され、


そこではプロに直結する成績を残すべく、


高校生麻雀部員たちが覇を競っていた。


これは、その頂点を目指した少女の、それからの軌跡――





揺杏「そういえばさ、鷺森さんがこっちに来た理由って、何だったの?」



灼「……うん。……昔の約束……」






――「優勝したらみんなでステーキおごってね!」



        『咲日和』2巻 阿知賀の巻①――   赤土晴絵










カン




2014/06/15