サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話やけど、

それでも私がいつまでサンタさんという素敵な赤服じいさんを信じとったんか言うたらこれは確信をもって言える、

去年の冬まで疑いもしなかった。

忘れもしない中三のクリスマス。

サンタさんの服を着た知らない女の人が「末原ちゃ~ん、サンタさんやで~」と家に押しかけてきて、

業務用寸胴いっぱいのカレーを部屋に置いていったあの日。

私が幼い頃から積み重ねてきたサンタさんへの夢と憧れは、くっちゃくちゃに吹き飛んだ。


……というかあれは不審者が来ただけの事故や。あいつのせいでサンタさんがびっくりして来ぇへんかったんや。

サンタさんはおるもん。



しかし、現実ってのは意外と厳しい。

年が明けてもその悪夢を引きずり続けた私はすっかり体調を崩し受験勉強にも身が入らず、

あげくに本命だった姫松高校への願書提出を失念するという痛恨のミス。

期限日を過ぎて気が付いたときには後の祭り。

希望進路を二転三転させ結局やっと受かったのは、すべり止めの地元県立北高校だけという有様。

心の中は正直荒れてやさぐれかけていた。

志望校にも入れず夢も希望もありはせん。所詮この世はアホばかり。

そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら、私は大した感慨もなく高校生になり――、


そして、あいつと出会った。




「――阿知賀女子学院中等部出身、赤土晴絵。ただの打ち手には興味ありません。この中に、

自信満々のワンサイドゲームで初心者相手に国士を振り込んだヤツ、

大将戦オーラスに逆転狙い撃ちのチートイ振ってチームを敗退させたヤツ、

敵の打ち筋確かめようと無理めの先行リーチ繰り返したら1位陥落して他にもさんざん魔物たちに暴れられて、挙句なんとか追い上げたと思ったらプラマイゼロやられてたヤツがいたら、

私のところに来なさい! 以上!」






「……ここ、笑うとこ?」







さすがに、思わず横を振り向く。


わりと美人がそこにいた。


永遠に続くかのような静寂が訪れる中……。その声の主は不満げな仏頂面で周囲を一瞥し、静かに席へと腰を下ろした。







こうして私たちは出会ってもうた。


しみじみと思う。そんなオカルトありえへんと。






私、末原恭子の高校生活はそんな感じで幕を開けた。

開けた瞬間躓いたような感じもするけども。隣の席にとんでもないヤツがおったもんや。

どうせ目的も見失ってだらだらと過ごす三年間、変なのには関わらんのが一番やな。

…………とはいえ。

さすがにあの挨拶は意味不明すぎる。

ちょうど席が隣やった私が、奇抜を通り越してどう考えてもチンプンカンプンなその言葉の真意を問おうと話しかけたのは、

ごくごく普通の行動やと思う。



恭子「なあ、さっきのアレってどういう意味やったん?」

晴絵「さっきのって?」

恭子「ようわからん自己紹介してたやん」

晴絵「……あんた、麻雀打つ気あるの?」

恭子「いや、ルールも何も知らんけど」

晴絵「…………」

恭子「えと、麻雀の話やったん、あれ?」

晴絵「……ふぅん……」

恭子「?」

晴絵「別に。麻雀打たないなら話しかけんな」


はい、終了。

結論、アホ。以上。



なんとなく私は、赤土と同じ中学だったという男の谷口、

なぜか私と同じ中学だとか言うてる男、国木田とつるむようになった。

というかあいつ女子校出身て言うてたやんけ。同じ中学てなんやお前は。

国木田よ、お前も全然覚えないで。誰やねん。


谷口「お前、赤土晴絵を狙っているのか?」

どこをどう見たらそう受け取れんねん。

谷口「自己紹介の後で話しかけてたじゃねえか」

あれを放置しておけるほど私もアホやないからな。

谷口「悪いことは言わねえ、やめとけ」

女子同士やろが。

谷口「あいつはやめとけ」

知らんがな。



谷口「オレのオススメはあいつ、蒲原智美」

智美「ワハハー」

谷口「AA+だな、あのぺったんこは。つけてないかもしれねえ」

なんの話やねん。

国木田「気持ち悪いよ谷口」

恭子「うん、気持ち悪い」

谷口「ええっ!?」

……自覚持てや。



北高に入ったところで特にすることもなかった私は、別にしたないけど赤土晴絵を観察してみることにした。

というか、意識せんでも至るところでアホの片鱗が目に入ってくる。


片鱗その1。曜日によってネクタイの本数が変わる。

北高のセーラー服にネクタイなんてついてへんのやけど、あいつは普通によその制服着てネクタイしてきよる。

谷口曰く、あれは奈良の阿知賀女子学院とやらの制服らしい。

いや、北高の制服着ろや。なんで教師も注意せえへんねん。



で、そのネクタイやけど。

曜日を追うごとに一本ずつ増え、月曜日になるとリセットされて元に戻る。

月曜日、0本。火曜日、1本。水曜日、2本。…………

いやいや、二本も三本もネクタイするっておかしいやろ。金曜日なんかクラゲみたいになっとるで。

土日は一体どうしとんねん。別に見たないけどな。



片鱗その2。それは昼休みに起きた。

授業終了のチャイムが鳴るや否や、他人の目線などどこ吹く風。

あいつはいきなり机の上にバサッと麻雀マットを広げ、ジャラジャラと麻雀牌を出してかき混ぜ始めた。

女子生徒から悲鳴が上がり男子生徒がなぜか追い出され、教室内は阿鼻叫喚。

クラス委員長の蒲原が「ワハハ、放課後まではダメだぞー」と気の抜けた声で収めるまで、周囲はドン引きの空気に包まれた。

いや、放課後でもアカンやろ。なんで教師も見て見ぬふりやねん。



片鱗その3。

どうやら赤土晴絵は、入学以来この高校のほぼすべての部活動に仮入部し、

そのすべての部で麻雀を打とうとして追い出されていたらしい。

なにを考えとんねん。高校の部活で麻雀なんてできるわけないやろ。



どうやら総合すると、あいつは高校で麻雀をしたいらしい。他の事など知ったこっちゃない。

それが赤土晴絵の基本姿勢のようやった。

当然、そんなエキセントリックな思考が一般人類に受け容れられるはずもなく、

あいつはクラスで瞬く間に孤立していった。

話しかけようとするのは委員長の蒲原だけやったが、それも自分から邪険に追い払っとるんやから世話ないわ。



そんな赤土晴絵に気まぐれでも話しかけてしまった理由は、席が隣同士やったから。

それ以外の理由なんてあらへん。

ほんの気の迷い、何かの間違い。きっかけなんてそんなもんやったと思うけど。

ある日のこと。私はまたあいつに話しかけてもうた。

恭子「曜日によってネクタイが変わるのは、麻雀打つのに必要なん?」

何を聞いてんねん私は。



晴絵「何あんた? 麻雀打つ気出たの?」

恭子「いや、前も言うたけど。ルールも何も知らんて」

晴絵「…………」

恭子「?」

晴絵「……ふぅん……」

そう言うとこいつは、意味ありげな目で私をジトッと睨み……。



晴絵「…………あんた、以前私に会ったことない?」

恭子「…………いや、無いで」

晴絵「…………」

恭子「…………」

晴絵「…………そう。ならいいわ」

…………なんやねん。



何が気に障ったのか。次の日からあいつは一切ネクタイをせず、しれっと北高の制服で登校してきた。

うん、それが本来の姿やからな。

頭にまだ一本巻いとるんかと思ったけど、あれは髪型や。

晴絵「もらってくれる小学生でも現れるんじゃないかと思ったんだけど。別にそんなことはなかっただけよ」

なんやそれは。なに系の発想やねん。

晴絵「だからもういいの。洗濯もしたかったし」

せやからって全部いっぺんに洗うんかい。極端すぎるわ。



この一件から、どうも私は赤土晴絵に目をつけられたらしい。

席替えで座席が窓際の前後同士になったことも手伝い、ちょこちょこと会話をするようになってしまった。

恭子「せやからな、赤土さん」

晴絵「ハルエでいいわよ、キョン」

誰がキョンやねん。私は恭子や。

谷口「ハハッ、災難だなキョン」

谷口、お前までそう呼ぶなや。しばくで。

国木田「キョンは昔っから変な女に絡まれるよねー」

お前は私の何を知ってんねん。



いつしかお互い呼び方も変わり――私の呼ばれ方は最初からやったけど――周囲はハルエと同類の目を私に向け始めた。

勘弁してーな。

それでも私はあくまで、世間話をするクラスメイト。

相変わらずハルエは毎日仏頂面で、毎日何かを探しているようで何も見つかってないようで。

不満の二文字を顔面いっぱいに貼り付けて日々を過ごしていた。



恭子「全部の部活に入ったて、ホンマなん?」

晴絵「ええ」

恭子「ほな、その全部で麻雀やって追い出されたんも?」

晴絵「そうよ」

恭子「部活で麻雀なんてやったらアカンに決まってるやろ、常識的に考えて」

晴絵「何よ常識って。くだらないわね」

恭子「…………」

晴絵「少なくとも、私の常識とは違うわ」

何を言うとんねん。



晴絵「全然思ってたのと違ったわ。どうしてこの辺の高校には麻雀部がないのかしら?」

恭子「……当たり前やろ。この辺のいうか全国的にあるわけないわ」

晴絵「…………フン」

恭子「常識的に考えて麻雀は部活動やあらへん。一歩間違うたら補導されかねん大人の遊びやで」

晴絵「うっさいわね、常識常識って! 全然納得いかないわ!!」

恭子「既存の部活で我慢したらええやんか」

晴絵「麻雀以外の部活になんて何の意味もないわよ」

恭子「…………さよか」

重症やな。



あいつの思考なぞ知る由もあらへんが、きっかけと言うたらその会話やったんかもしれん。

平穏な英語の授業中、それは起こった。

晴絵「そーか!!」ガタッ

恭子「……なんやねんな」

晴絵「無いんだったら、つくればいいのよ!」

恭子「何をやねん」

晴絵「麻雀部よ! 麻雀部!」



そこからのハルエの行動は早かった。

放課後さっそく首根っこを掴まれ、連れていかれた先は旧校舎文化部室棟。

バタンッ

晴絵「ここが今日から私たちの卓よ!」

何を言うとんねん。



恭子「部室棟やったら、使ってる部があるやろ! 『文芸部』って書いてあったやないか!」

晴絵「居たのあの子だけよ? 部室貸してって言ったら『どうぞ』って」

そう言われて、部室の中を見渡す。

がらんとした何もない空間に、座って本を読んでいる女子生徒が一人だけ。

ずっと本に目を落としていた彼女は一瞬だけ顔をこちらに向け、

透華「龍門渕透華ですわ」

落ち着いた、抑揚のない声で自己紹介された。

冷たい目つきと無表情に不愛想、それでいて口調はお嬢様。なんやこいつ。

関わらんほうがええタイプや。



恭子「えー、っと……、龍門渕さん?」

透華「何か」

恭子「このアホが、今からここを麻雀部にするとか言うてんねんけど」

透華「どうぞ」

恭子「ええの?」

透華「ご自由に」

恭子「迷惑かけようとしてんねんで?」

透華「かまいませんわ」

恭子「…………」

透華「…………」

恭子「……人と話す時くらい本から目ぇ離せや」

透華「だが断る」

なんでそこだけ拒否やねん。



晴絵「ほら! 決まりね!!」

恭子「…………」

透華「…………」

恭子「…………」

透華「…………」

話にならん。こいつもアホか。

アホとアホは惹きつけあうんか。アホの奇妙な冒険か。



次の日より。

文芸部室改造計画は着々と進行していった。

何もなく閑散としていた部室が、ハルエが持ち込んだ物品で瞬く間に埋まっていく。

どこから持って来たんか、麻雀卓に麻雀牌に椅子セット。

パソコンにプリンタにお茶セットにカセットコンロにカレー鍋。

カレー鍋?

なんでそんなもん。よっぽど腕に自信があんねやろか。

こいつの作ったカレーなんて別に食いたないけどな。



そして、持ち込まれたものは物品だけにとどまらず。

バタンッ

晴絵「連れてきたわよ!」

莉子「な……なんですか? なんで私連れてこられたんですかぁ??」

ハルエが引っ張り込んできたのは、怯えきった顔でガタガタと震えとる女子生徒。

おいおい、上履きの色がちゃうで。二年生やないか。

晴絵「彼女! 安福莉子ちゃん!」

晴絵「自動販売機の横に落ちてたから拾ってきたわ! 前から目をつけてたのよね!」

恭子「落ちてたて」

莉子「お、お金落としちゃって拾ってただけです……」



恭子「……で、目ぇつけてたってどういうことやねん」

晴絵「見てよこの顔!」ビシッ

莉子「ひっ」

晴絵「めっちゃめちゃ幸薄そうでしょ!?」

満面の笑顔で何を言うとんねん失礼な。

恭子「…………」

晴絵「…………」

恭子「…………で?」

晴絵「?」

恭子「それだけかい」

晴絵「それだけよ?」

真性のアホやこいつ。わかってたけど再確認。



晴絵「明日からここに集合よ莉子ちゃん! 麻雀部作るから!」

誰がそんな言葉で納得するかい。

莉子「麻雀……部……」

恭子「ええですよ先輩。こんなアホに付き合わんでも」

……しかし、事は私の予想に反して進む。

それまで怯えきっていた安福先輩は、ハルエの言葉を聞くと急に何かに気付いたような顔を見せ……、

莉子「……わかりました」

あっさりと承諾の意思を示した。

どこに納得する要素があったのやら。



別に何をするでもない無気力高校生やった私は、放課後になっても特にやることがなく、

気が付くと文芸部室に通うようになっていた。

ハルエに来ないと死刑とか言われたし、静かな居場所がほしかっただけやけど。

晴絵「もうすぐメンツ揃えるから! それまで待機!!」

そう言って連日ハルエは部室を出ていく。

窓際には相変わらず、本にしか興味がない龍門渕透華が備品のように座り続け、

そして長机の向かいには、書道部を辞めた安福先輩がしょぼんとした顔のまま座っている。

なんでこの人は律儀に付き合ってんねん。



そんなある日、部室でうとうとして気づけば夕方。

目が覚めると誰もおらず、代わりにいつもは居るか居らんのかわからんような龍門渕が傍らに立っていた。

透華「お貸ししますわ」

相変わらず眉一つ動かさない冷たい無表情でそう言われ、分厚い本を何冊も渡された。

『一から始める麻雀の基礎』『やさしい麻雀点数計算』『よくわかる牌譜の読み方』

初心者向けの麻雀参考書……?

透華「あなたには必要ですわ」

いやいや。ハルエに付き合って麻雀なんか打つ気ないっちゅうねん。



そしてまた数日後。

バタンッ

晴絵「連れてきたわよ! 打てる人!」

来てもうたか。

晴絵「本日転校してきた即戦力の転校生!」

ハギヨシ「萩原と申します。お気軽にハギヨシとお呼びください」

恭子「何を言うとんねん」

結構イケメンの優男やったけど。二言目でこいつもアホ確定や。

張り付いた笑顔の奥で何考えとるんか全然読めん。一番近づいたらアカンタイプや。



ハギヨシ「入るのはいいのですが……、なにをする部活なのでしょう?」

うん、私も知らんわ。

晴絵「よく聞いてくれたわ! 私たちの目的はね……」

おお、あったんかい目的。私も初耳や。

晴絵「宇宙人も未来人も超能力者もいない卓で、普通に麻雀することよ!!」

家でせえ。以上。



晴絵「やっとメンツがそろったの! これで麻雀できるわよ!」

ハギヨシ「ふむ。ですが、僕を入れるとここには五名いらっしゃるようですが?」

晴絵「そこにいるキョンは打てないのよ! だから打てるのはあんたで四人目!」

ハギヨシ「…………ほう」チラッ

こっち見んな。私は打つ気なんか無いて。

ハギヨシ「なるほど、わかりました」

わかんのかい。



ハギヨシ「では、喜んで入らせていただきます」

入んのかい。

ハギヨシ「入部届の記入は『麻雀部』でよろしいですか?」

晴絵「おおっと! 表向きはそれでいいけど正確には違うわよ!」

おう、まだ同好会未満やからな。そして今後とも。

晴絵「覚えておきなさい、私たちの正式名称はね!」

あるかそんなもん。

晴絵「世界を大いに盛り上げるための赤土晴絵の団! 略してSOA団よ!」

恭子「そんなオカルトありえへんわ」



次の日より。文芸部室で四人が麻雀を打つ日々が始まった。

ハギヨシも龍門渕も安福先輩も、普通に麻雀打てるらしい。どうなっとんねん、この国の若者たちは。

麻雀自体は特に誰が強いでも弱いでもなく、順番に誰かが勝ち誰かが負けの繰り返し。

何か物凄い異変が起こる感じなど一切なく進んでいた。当たり前やけどな。

毎日淡々と始まり、途中休憩を挟んで半荘――1ゲームをそう言うらしい――が二回終わったところで一日が終了。

私はと言えば。

毎日その様子を後ろからじーっと、自分で決めたルールでたいじょう処分になった小学三年生みたいな顔で眺めてるだけや。

何しとんねやろな、私。



数日後。その日はたまたま、ハルエと安福先輩とハギヨシが早く引き上げていた。

キリのええとこまで宿題でもしてから帰ろうかと部室に残っていた私に、龍門渕が話しかけてきた。

透華「本、お読みになりまして?」

恭子「……本?」

あったなそんなん。すっかり忘れとったわ。

透華「お読みくださいまし。今夜」

恭子「でも麻雀の本やろ? 私はええて」

透華「お読みなさい」ギロッ

こわっ。



帰宅後。龍門渕の迫力にびびった私は、仕方なくもらった本をバサバサと探し――。

パラッ

中に、栞が挟まっているのに気が付いた。

『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』

恭子「…………げっ」

それは確かに、栞という名の呼び出し状。あいつ、これを待っとったんか。

冗談やない、この本もらってから何日過ぎとんねん――。

そう考えながら私は急いで自転車を飛ばし、駅前公園へと走る。

何日待っとったんか、そこにいた龍門渕透華と会うことになった。



案内されたのは、彼女の住むマンションの一室。

相変わらず一言もしゃべらないまま、龍門渕はお茶を淹れてきた。

私、飲む。

無言。

再び、龍門渕が湯飲みにお茶を注ぐ。

私、飲む。

無言。

再び、お茶が注がれる。

私、飲む。

無言。

そうか、そういういやがらせか。

呼び出しすっぽかし続けてたんは謝るから、勘弁してくれへんかな。



長い沈黙の後。ようやく私から聞き出す。

恭子「話って、何なん?」

透華「うまくお伝えできるかどうか。些か不安な面がありますが」

恭子「…………」

透華「あなたにお教えしておくことがございます」

恭子「……何?」

透華「赤土晴絵のこと。この世界のこと。」



透華「わたくしや赤土晴絵は、この世界の人間ではありません」

恭子「……いやまあ、ちょっとどころかものすご変わってるとは思うけどやな」

透華「そうではありませんわ」

恭子「?」

透華「喩え話でなくその通りの意味で。わたくしたちは別の世界に存在していた人間ですの」



透華「今現在より9か月ほど前。暦上は昨年の8月のことになりますわ」

透華「第71回全国高等学校麻雀選手権大会。夏のインターハイ団体戦、決勝戦前夜」

はい、もうわけわからん。私は自分の耳と脳がスルーモードに入るのを感じていた。

透華「わたくしたちが存在していた世界と隔絶された、新しい世界の創造がなされましたの」

恭子「…………」

透華「そのときつくられたのが、いまわたくしたちがいるこの場所」

透華「元の世界と似て非なる全くの別世界」

透華「サイエンスフィクション用語で言うパラレルワールドに該当する世界ですわ」

SFな。



透華「大まかにいえば、わたくしたちが元いた世界となんら変わらないように見えるこの世界」

透華「しかしひとつ、大きく異なる点は」

透華「麻雀という競技に関する一般的認知度と社会的地位」

恭子「…………」

透華「元の世界では世界的人気競技であり、プロリーグやアマ社会人、学校部活動まで幅広く浸透していたこの麻雀が」

透華「こちらではごくマイナーなおもちゃの遊び、場末のギャンブル程度の扱い」

透華「アマチュア競技団体や自称プロすら存在していないレベルですわ」

……ありえんやろ、麻雀がそんな有名競技って。



透華「もうひとつ。それに伴って、と考えるのが自然な推論ですが」

透華「元の世界で麻雀競技にかかわっていた人々――」

透華「具体的に申し上げれば、麻雀プロ、クラブチーム関係者、学校の部活動関係者および生徒児童、報道部門関係者等」

透華「それらの存在が、ごく一部を除いてこちらの世界で確認できておりません」

恭子「…………」

透華「おそらくは、麻雀競技関係者の一切存在しないこの世界がまずつくられ」

透華「その一部の者だけが、元いた世界からこちらの世界へと連れてこられた」

恭子「…………」

透華「ただしその彼らも――」

透華「元の職業や所属と異なるものに属性が置き換えられ、完全に麻雀と関係ない形でこの世界に溶け込まされて」

恭子「…………」



透華「ただひとつ幸いだったことに」

透華「彼らは、自分が麻雀競技のある世界にいたという事実は覚えておりました」

透華「わたくしも同様に」

恭子「…………」

透華「そして、事態に気付いたわたくしたちは極秘裏に集合し調査を続けてまいりました」

透華「この世界が何なのか、一体何が起きているのか」

透華「……そして、現在に至るのですわ」

恭子「…………」

透華「突き止められたのは、この世界をつくりあげた人物が赤土晴絵であるということ」

透華「そして、麻雀関係者がこの世界に存在する者としない者とに分けられた事も、赤土晴絵の意思であるということ」

恭子「…………」

透華「それが、わたくしたちがここにいる理由。あなたがここにいる理由」



恭子「ちょい待って」

透華「…………」

恭子「すまん、さっぱり意味わからんわ」

透華「今はそれで結構。いずれわかることになりますわ」

恭子「そう言われてもな」

透華「理解に時間が掛かれど事実は不変。今ある事実として認識していただくだけでもよろしいですわ」

恭子「…………」

透華「この場で即すべてをご理解いただけるとは思っておりません。ご心配なさらず」

恭子「…………」

透華「いずれわかることになりますわ」



透華「なぜそのようなことを行ったのか。赤土晴絵の意図は不明」

透華「そして、どのような者がこちらの世界に居り、どのような者がいないのか。その基準および総人数も不明」

恭子「ハルエに直接聞いたらええんちゃう?」

透華「赤土晴絵本人には、この世界をつくったという自覚がない模様ですの。おそらく今は、夢を見ているに近い状態であると推察されますわ」

恭子「…………」

透華「赤土晴絵がこの状況を明示的に認知することにより、生じる影響も未知数。逆に悪化する懸念の方が強くありました」

恭子「…………」

透華「そのため、誰もが迂闊に手を出せない膠着した状態が続いていたのですわ」

恭子「…………」

透華「……しかし、この四月。赤土晴絵の県立北高校入学に伴い」

恭子「…………」

透華「事態を動かすことができるかもしれない、唯一と言っていい例外の存在が確認されました」



恭子「……例外?」

透華「ただ一人。間違いなく元の世界にいた麻雀関係者であったはずにもかかわらず、その記憶を一切持ちあわせていないと推認される方がおりましたの」

恭子「…………」

透華「それが――」

恭子「…………」

透華「あなたですわ」



恭子「麻雀なんて打ったことないて」

透華「その言葉こそ、あなたが元の世界の記憶を失っていることの証左」

恭子「いやいや」

透華「赤土晴絵に選ばれた人間であることの証」

恭子「いやいやいや」

透華「信じてくださいまし」

恭子「いやいやいやいや」



透華「わたくしどもは、あなたがこの状況を打破できる鍵であると考えています」

何をさせようっていうねん、この凡人に。

透華「多くの者があなたに関心を持ち、アプローチをかけてくるでしょう」

勘弁してくれへんかな。

透華「様々な考え方の者がおります。あなたに危機が迫る可能性もありますので、十分身辺にご注意いただきたくお願い申し上げますわ」

どうでもええけど、無表情で淡々とお嬢様口調で話されるのはきっついわ。

顔か口調かどっちかだけでもなんとかしてもらえんやろかね。



透華「……さしあたって、身の危険を感じましたら」

恭子「…………」

透華「うちの執事、ハギヨシを頼ってくださいまし。力になるよう命じておきますわ」

恭子「……誰が誰の何やて?」

透華「詳しいことは本人にお聞きなさい」

恭子「…………」



ひとしきり龍門渕が話し終え、私は帰途につく。

とんだ電波話やった。

結局、何日も呼び出しすっぽかしたいやがらせやったんかな。正直、ほとんど頭には残っとらん。

疲れた。ただそれだけや。



ブーッ ブーッ ブーッ …

何をするでもなくのんびりしていた休日、土曜の朝。ケータイのバイブが振動する。

妹「キョンちゃんでんわー」

恭子「…………うん」

ピッ

恭子「もしもし」

晴絵「もしもし! 今どこ!?」

恭子「……どこって、家やけど」

晴絵「はあ!? 九時に駅前集合って言ったでしょ!?」

……そういや、言うとったな昨日。

晴絵「今すぐ来なさい! みんな待ってんのよ!!」



眠い目をこすり自転車で駅前にたどり着くと、非公認団体SOA団とやらのメンバー4人が全員集合していた。

晴絵「明日は皆で出かける、って言ったの聞いてなかったの!?」

聞いてたけどな。麻雀打つ言うてたから、私は対象外やと思うてたわ。

遅刻の罰として私のおごりにさせられた喫茶店の中で、ハルエは今日の趣旨説明を始めだした。

晴絵「雀荘探索よ!」

恭子「はあ?」

晴絵「高校生でも打てる雀荘を手分けして捜索! 見つけたら皆で行くの!」

あるわけないやろが。



くじ引きで二手に分かれ、雀荘を探すことになった。

まあ真面目にする気なんてあらへん。適当にやっとこう。

高校生やから断られたってことにしとけばええ。どうせそれ以外に無いわ。

晴絵「いい? 真面目にやりなさいよ!」

そう言い残してハルエは、相変わらず無言の龍門渕と相変わらずきもちわるい笑顔のハギヨシを連れて去っていった。

残ったのは私と、相変わらず小動物のようにおびえた顔の安福先輩。

恭子「……どないします? 適当でええと思いますけど」

莉子「はい、できれば、あの……」

恭子「?」

莉子「ちょっと……お話ししたいことがあります……」



川べりのベンチに二人で腰を下ろすと、安福先輩はぽつりぽつりと語り始めた。

莉子「えっと、信じてもらえないかもしれないけど……」

恭子「…………」

莉子「私は……。本当は北高の生徒じゃありません」

…………はい?

莉子「劔谷高校の一年生だったんです」

何を言いだすねん、この人は。



まあでも、あれか。よくあるやっちゃ。

恭子「……まあ、わかりますよ安福先輩」

莉子「ホントに!?」

恭子「あれですよね、ホンマはこの高校には来たくなかったていう。よくある話です」

莉子「?」

恭子「そんで妄想の中だけでも、その第一志望の生徒になりたかったと」

莉子「えっ」

恭子「劔谷なんてちょーセレブのお嬢様高校ですもんね。そら憧れますよ」

莉子「??」

恭子「私も正直すべり止めやったんで気持ちはわかりますけど。しゃーないやないですか」

莉子「……あの、そうじゃないんです……」



莉子「えっと、劔谷と言っても、今ある劔谷高校とは違って」

うん、想像上のやんな。

莉子「えっと、あの、麻雀部でインターハイに出る高校で」

恭子「……はい?」

莉子「私、インターハイに出たんです。麻雀の、団体戦で」

あー……。この人もアホか……。



恭子「……麻雀なんて、部活の競技じゃありませんよ」

莉子「うん、そう。今はそうなんですけど」

……今はもなにも。

莉子「あの、昔は違ってたっていうか」

莉子「去年まで、あの日までは確かに違っていたんです」

恭子「…………」



莉子「えっと、その」

莉子「去年の8月……。確か、決勝戦の日の朝のことだったと思います」

莉子「私たちは負けちゃったから神戸に帰ってたんですけど……」

莉子「その日、朝起きたら……いつのまにか私は北高生で、インターハイがなくなってて」

莉子「誰も麻雀をしてなくて……部活麻雀やプロリーグもなくなってて……」

莉子「劔谷を訪ねても入れてもらえなくて……、誰も……行方が分からなくて……グスン、私……ひとりぼっちで……ヒック」

おいおい、泣き出してもうたで。



恭子「……大丈夫ですから。泣かんでください、先輩」

ヨシヨシ

莉子「…………」グスン

見かねて背中を撫でてやる。しばしの沈黙の後、安福先輩は落ち着きを取り戻した。

莉子「ごめんなさい。でも本当なの」

恭子「…………」

莉子「そのときから、今まで誰にも相談できなくて……」

莉子「……新しくお友達はできたんですけど、やっぱり話し難くて」

莉子「…………ずっと心細かったの」

莉子「だから、赤土さんが麻雀部を作るって言ったとき……。すごく、ほっとしたんです」

恭子「…………」

莉子「それで、赤土さんについていけば何かわかるんじゃないかって」

恭子「…………」



恭子「それが、あいつに付き合っている理由ですか」

莉子「…………うん…………」

恭子「…………で、それをなぜ私に?」

莉子「……うん、あのね」

恭子「…………はい」

莉子「キョンちゃんも……インターハイで見覚えがあった選手だったから」

恭子「……はい?」

莉子「キョンちゃんは、姫松高校の選手だったの」

恭子「…………」

莉子「…………覚えて……ないですか……?」

恭子「…………ええ、さっぱり」

莉子「…………そう」



莉子「……今、私は高校二年生で、キョンちゃんは高校一年生ですけど」

恭子「ええ」

莉子「その時は、あの、去年になるんですけど、私は高校一年生で、キョンちゃんは高校三年生で」

去年いうたら中学三年生ですよ、私。

莉子「だからキョンちゃんじゃなくて、キョンちゃん先輩って呼ばないとなんですけど、えっと、あの、その」

恭子「…………」

莉子「……おかしいよね? 自分でも、言ってることおかしいと思うんだけど」

恭子「…………」

莉子「そしたらね、キョンちゃんだけじゃなかったの」

恭子「…………」



莉子「他にも何人も……キョンちゃんと同じように」

恭子「…………」

莉子「私より年上の人のはずなのに、同級生だったり、年下になっちゃってる人がいて」

恭子「…………」

莉子「そういう人たちが今、赤土さんの周りに集まってきているの」

恭子「!」ピクッ

莉子「……ううん、赤土さんが集めていると言えるのかもしれない」

恭子「…………」

莉子「赤土さん自身もそうだし、龍門渕さん、萩原さん……」

莉子「キョンちゃんのクラスの委員長さんも、そうだって聞いています」

莉子「あと、私が書道部でお友達になった――」

恭子「…………」



たどたどしい言葉で、必死に何かを伝えようとしているのはわかんねんけど……。

正直、何ひとつ伝わって来えへん。

何を言うとんねん、この人。

…………やれやれや。

ハルエに感化されておかしくなったんか、もともとこの人もこんなもんのアホなのか。

もう返す言葉も思いつかん。

せやから私にできることはといえば。慈愛に満ちた生暖かい目で、優しくこう慰める他はなかった。

恭子「……ええ病院紹介しますよ、安福先輩」

莉子「はぅぅぅぅ……」



マクド揚げたお芋さん売り場に再び集合し、昼食タイム。

案の定、ハルエたちの方もそんな雀荘一軒も見つからなかったそうやけど、午後も懲りずに続けるらしい。

午後の組分けは、私と龍門渕のペアとなった。

透華「…………」

恭子「……適当にしたらええと思うで」

透華「…………」

恭子「どこか行きたいとこでもあんの?」

透華「…………図書館へ」



恭子「図書館……、好きなん?」

透華「…………別に」

恭子「……ほな、なんで図書館に?」

透華「失われた大会の記録を探しに。必ずどこかにあるはずですわ」

恭子「……大会て、何の」

透華「全国高等学校麻雀選手権大会。インターハイですわ」

はい、アホ。

もう何度目かの再確認。



どいつもこいつも、さっぱり話が通じん奴等。アホのバーゲンセールか。

普通のコミュニケーションさせてーや。

透華「…………」

図書館につくと龍門渕は、そのままフラフラっと書架の林へと姿を消した。

まあ、私に手伝いを強請せんなら別にええ。

淡々と抑揚なく話す分、こいつはハルエより静かに済むし。

好きなだけ好きにやったらええわ。



龍門渕を見送った私は、適当な本を選んでソファーに腰かけ、そのまま眠りの世界へ一直線……。

目が覚めたときにはもう閉館間際。ハルエからの呼び出し電話が殺到していた。

慌てて帰り支度を整え、龍門渕を探す。

恭子「なあ、もう出るで」

透華「もう少し」

恭子「あかんて、ハルエが怒っとるわ」

透華「あと五分」

恭子「本くらい借りたらええやん。カード持ってるやろ?」

透華「…………カード」

恭子「おう」



やっとその発想に至ったようで、龍門渕は懐から一枚のカードを取り出しカウンターへと向かう。

スタスタ

透華「これでこの本を」スッ

受付「えっ」

ちょっと待て、それはクレジットカードやないか。

受付「えっと……申し訳ございません、本館ではそのようなサービスは」

透華「?」

恭子「あっ、わわっ、わかってますよ! 単なるジョークですて! な!?」

透華「??」

まったく……何を考えとんねん。

図書館で何の迷いもなく本を買おうとするなや。世間知らずお嬢様か。

結局、何が悪いのかさっぱりわからんという顔の龍門渕に代わり、私が図書貸し出しカードを作ってやって事なきを得た。



恭子「…………ただいま」

バタン

ふう……。

疲れた。

一日疲れて何の成果があったわけでもない。ただ無為に過ごした休日やった。



その夜。部屋でウトウトとしていると、ノックもしない来訪者が一人。

バタンッ

妹「キョンちゃんはさみー」

妹や。

妹「借りるねー」

恭子「……ああ。ノックくらいせえや」

妹「てへっ☆」

まったく、昔っからこいつは人のことを……

…………

……ん……?

何か、違和感があった。



昔……? 昔て……?

ふと自分の出した言葉に引っかかり、思い起こしてみる。

そういえば、今朝もこいつ…………

恭子「……なあ」

妹「んー?」

恭子「そのアダ名、誰から聞いてん」

妹「?」

恭子「キョンちゃんって名前のことや」

妹「??」



妹「どういうことー?」

恭子「……お前はいつから私をそう呼びだしたんや」

妹「んー、おぼえてなーい」

恭子「…………」

妹「?」

恭子「…………」

妹「キョンちゃんはずっとキョンちゃんだよー」

恭子「…………そうか」



何かがおかしい。

それを言い出したんはハルエのはず、高校入ってからの最近の話……。

いや違うか……谷口……? やなくて、国木田……?

…………いや、それ以前に。


そもそも私に、妹なんかおったか?



恭子「…………なあ」

妹「?」

恭子「……ちょっと、変なこと聞くけどな」

妹「なにー?」

恭子「お前と私の間柄って……。何やったっけ」

妹「あいだがらってー?」

恭子「……私から見て、お前のことって何て言うのかや」

妹「んー? なぞなぞー?」

恭子「……そんなんやなくて」

妹「私はキョンちゃんの妹だよー?」

恭子「…………」



恭子「……ほな」

妹「?」

恭子「お前から見て、私は何や?」

妹「キョンちゃん」

恭子「…………」

妹「?」

恭子「……さよか」

妹「うん」

恭子「…………わかった。すまんかったな、変なこと聞いて」

妹「変なキョンちゃんー」

恭子「…………」

…………

…………

何かが、おかしい。



何かがおかしい。

アホの雪崩攻撃に連日襲われ、脳が疲れ切っているからか。

頭の中のモヤモヤが取れん。納得いかん話が多すぎる。

問いただしたい。

小一時間以上かけて問い詰めたい。

さしあたっては、あの二人の話双方から名前が出たあいつ。

二人より多少なりとも話が通じてほしい希望を込めて、もう一人のうさんくさいあいつに――。



放課後の部活前。そのあいつ、ハギヨシを呼び中庭で話す。

恭子「…………萩原、くん」

ハギヨシ「ハギヨシで結構ですよ」

恭子「……ほな、ハギヨシ。ちょっと聞きたいことあんねんけど」

ハギヨシ「それは好都合。僕も貴女にお話ししたい事がありましたから」

恭子「…………」



恭子「……私が話しかけてくるの、わかってた風やな」

ハギヨシ「ええ、透華お嬢様より仰せつかっておりますので。貴女の力になれと」

……そういやそう言ってたな。お嬢様、ねえ。

恭子「ほな、話したいこともわかってるよな?」

ハギヨシ「ええ、そのつもりでいます」

恭子「答えてくれる?」

ハギヨシ「ええ、喜んで。僕にできうる限り」



ハギヨシ「お二方からは、どこまでお聞きになりましたか?」

恭子「……ハルエにはアホみたいな力があるとかなんとか」

ハギヨシ「そこまでご存じなら話が早い。その通りです」

恭子「アホみたいで通じるのはおかしいやろ」

ハギヨシ「んふっ」



恭子「……単刀直入に言うけどな」

ハギヨシ「はい」

恭子「そんなわけないやろ」

ハギヨシ「んふっ」

恭子「この世界は9か月前につくられた、その前は別の世界があった、しかもやったのはハルエ。全部おかしい」

ハギヨシ「……そうですね、そのあたりからお話ししましょうか」



ハギヨシ「この世界は赤土晴絵さんが9か月前につくったもの。それは事実としか言いようがないのですが」

恭子「……何を根拠に」

ハギヨシ「この世界の至るところで。9か月前以前とその後にて、著しく異なるおかしな部分が存在しているからです」

恭子「……麻雀がどうとか、あいつらの歳がどうとか言うんやないやろな」

ハギヨシ「ええ、そうです。そのあたりは、貴女がお二方から聞いた通りかと」

恭子「…………それが信じられへんっちゅー話なんやけど」



ハギヨシ「……では、少し身近な例から申し上げましょうか」

恭子「…………」

ハギヨシ「例えば、貴女の兄弟姉妹構成……。貴女には妹さんが一人で本当にお間違いないですか?」

恭子「!」ピクッ

ハギヨシ「あるいは、女子校中等部出身である赤土さんと同級生だったと自称する谷口氏」

恭子「…………」

ハギヨシ「それに、貴女にはまったく覚えがないのに貴女と同じ中学だったと申告する国木田氏」

恭子「…………」

ハギヨシ「おかしいですよね?」



ハギヨシ「そして、赤土さんが高校入学時より繰り広げていた奇行の数々」

恭子「…………」

ハギヨシ「他校の制服を着用し、昼休みに麻雀牌を広げ、文芸部室に非公認団体を作り……」

恭子「…………」

ハギヨシ「なぜ、一度も咎められることなく注意すらされないのでしょう?」

恭子「…………」

ドン引きはされてたけどな。



ハギヨシ「文芸部室に集うことになった方々についてもおさらいしておきますと……、まず安福莉子さん」

ハルエに拉致されただけやで、あの人。

ハギヨシ「ご本人より説明を受けたかと思いますが。彼女は本来、貴女よりふたつ年下のお方です」

恭子「…………」

ハギヨシ「そして、龍門渕透華お嬢様も貴女のひとつ下」

恭子「……お嬢様て」

ハギヨシ「ええ、お嬢様です。そして僕は、その透華お嬢様にお仕えする執事であり……。高校は卒業している年齢です」

恭子「……執事て」

ハギヨシ「赤土晴絵さんに至っては、僕より年上。高校一年生だったのは10年以上前の話です」

恭子「…………アホ言うなや」

ハギヨシ「それがなぜか、貴女も僕も透華お嬢様も安福さんも、そして赤土さんも高校生。おかしな話ですよね」

恭子「…………」



恭子「……結局なんやっちゅーの」

ハギヨシ「結論を申し上げれば。それは、赤土さんがそのように変えてしまったからです」

ハギヨシ「……明らかに矛盾が生じていても、無理矢理にね」

恭子「…………」

ハギヨシ「それなのに、大騒ぎにならなかったという事も……。彼女の意思がそうさせたと考えれば辻褄が合います」

恭子「……記憶とか歳とか、おまけに人が騒ぐかとか。そんなん自由に変えられるもんやないやろ」

ハギヨシ「ええ。そんなものを自分の都合がいいように作り変える……。普通の人間にできるわけはありません」

ハギヨシ「……そう」

ハギヨシ「そんなことができる存在。それを人は神と呼びます」

……あいったぁー……そうきたか…………。



恭子「……マジで言うとんの?」

ハギヨシ「えらくマジです。赤土さんにはそうできる力があるんです」

恭子「夢と希望あふれる宗教勧誘ならよそでやってんか」

ハギヨシ「いいえ、そうではありません。それに、貴女に話さねば意味のない話ですよ」

恭子「…………」

やっぱアタマおかしいヤツやったか……。

しかも、前二人を超える最上級。ちょっとイケメンや思うたらこれや。



恭子「……まあええわ。百歩譲って、おかしいことがあったとしよ」

ハギヨシ「はい」

恭子「そのおかしい理由も、お前の言うた通り神様の仕業やとしよ」

ハギヨシ「ええ」

恭子「でもその神様がハルエやと。そればっかりはどう考えても絶対おかしい」

ハギヨシ「…………ふむ」

恭子「そんなん誰が信じるねん、というか……。お前はなんでそうやと言えんねん」

ハギヨシ「僕は確信を持っているんですけどね。9か月前のその瞬間、突然そう理解したのですよ」

恭子「…………」

ハギヨシ「赤土さんの意思を直接感じたと言いましょうか。彼女にはそうさせる力があります」

…………なんでもそれで済まされたらかなわんわ。



恭子「……それでもおかしい」

ハギヨシ「……ほう」

恭子「ハルエがつくった世界なんやろ? ほな、なんでハルエはあんなに毎日不機嫌なん」

ハギヨシ「…………ふむ」

恭子「なんでも思い通りできるいうなら。自分の希望通りの、自分が一番満足するような世界にするやろ普通」

ハギヨシ「…………」

恭子「あいつ麻雀したい言うならそれこそ、もっと麻雀が広まった世界にしたらええやん。逆やんか」

ハギヨシ「……さすが、ご明察です。まさにそこが鍵なんです」

恭子「…………」



ハギヨシ「おっしゃる通り。この世界は今、赤土さんを満足させているとは言い難い」

ハギヨシ「では、なぜか。その理由は現段階では不明ですが……」

ハギヨシ「それを明らかにすることが、赤土さんの目的を知る手がかりであると僕たちは考えています」

ハギヨシ「目下、究明中といったところですよ」

恭子「…………」

ハギヨシ「……あえて、僕の推論を述べさせてもらえば」

恭子「…………」

ハギヨシ「よっぽど急ごしらえだったのでしょうかね」

恭子「はあ?」



ハギヨシ「前々からの計画通りではなく、突発的に事に及んだがゆえ――」

ハギヨシ「完璧な世界とはいかず無理な部分が生じ、そうしたイレギュラーや矛盾の解消まで手が回らなかった」

ハギヨシ「有り体に言えば、未完成ということですね」

恭子「…………」

ハギヨシ「なにしろ、あれだけ世界中に浸透していた麻雀文化をほぼ無かったことにしたわけですからね」

ハギヨシ「それはそれは、辻褄を合わせるとなれば大変な作業かと思われます」

ハギヨシ「そこまでの完成が追い付かなかった。神たる赤土さん自身ですら、すべてを制御しきれなかったと申しましょうか」

恭子「…………なんやそれ」

ハギヨシ「…………ですから。この先が重要です」

恭子「?」



ハギヨシ「この世界のそこかしこに見られる、イレギュラーや矛盾。それを解消するために……」

ハギヨシ「赤土さんは、世界の矛盾を修正するシステムを別に用意していました」

ハギヨシ「実は現在、その修正作業が水面下で進行している最中なんです」

恭子「修正作業……?」

ハギヨシ「…………この世界の裏側。閉鎖空間と呼ばれる場所でね」

恭子「閉鎖空間……?」

ハギヨシ「そのことを知っているから……、僕たちは赤土さんが神であることに確信を持っているとも言えます」

恭子「?」

ハギヨシ「……いずれお見せしますよ。その閉鎖空間、世界の修正現場をね」



ハギヨシ「そして今申し上げたような、おかしな違和感、矛盾、赤土さんの思い通りになってないこと」

ハギヨシ「それらがすべて修正されたとき――この世界は真に完成されたと言えるでしょう」

ハギヨシ「……同時に、その瞬間がタイムリミット」

ハギヨシ「この世界が元の世界に取って代わり、完全に入れ換わってしまう時です」

恭子「この世界が……入れ換わる……?」

ハギヨシ「ノン。この世界『に』入れ換わってしまうのです」

恭子「…………?」



ハギヨシ「……今なら、まだ元に戻れます」

恭子「?」

ハギヨシ「今はまだ、この世界ができた時点……昨年8月某日未明との時空間的つながりがあることが確認されています」

ハギヨシ「俗な言い回しですが、セーブポイントが残っている、と思っていただければよろしいかと」

ハギヨシ「神たる赤土さんがこちらの世界をあきらめれば、9か月前のその時点に戻ることができるでしょう」

ハギヨシ「……しかし」

ハギヨシ「そのつながりが切れてしまえば、そこまで」

ハギヨシ「元の世界に代わって、こちらの世界だけが正しい世界となって存在していくことになるでしょうね」

ハギヨシ「…………世界の『上書き』ですよ」

恭子「…………」



恭子「…………ほな」

ハギヨシ「はい」

恭子「こっちの世界に入れ換わったとしたらや。その、元あった世界ってどうなるん?」

ハギヨシ「さあ? 消えてなくなってしまうんじゃないですか?」

恭子「!」ゾクッ

ハギヨシ「……まあ、それこそ神のみぞ知るといったところですけどね」

恭子「……ほな、こっちの世界におらん人たちって」ドキドキ

ハギヨシ「……どうなるにせよ。二度と会えなくなるという意味では、消滅あるいは死別とも同義と言っていいでしょう」

恭子「…………」

ハギヨシ「…………お分かりいただけましたでしょうか、事の重大さが」

恭子「…………」

ハギヨシ「僕たちは最悪、そうした事態も想定しています。勿論、それだけは阻止したい事として」

恭子「…………ありえん」



ハギヨシ「ご理解いただけましたでしょうか?」

恭子「……うん、わかった」

ハギヨシ「幸いです」

恭子「あいつ病院行かせたったほうがええで。あと、あんたも」

ハギヨシ「んふっ」



ハギヨシ「では他に、ご質問等ございますか? なんでもかまいませんよ」

恭子「……ほないっこ聞くけどや」

ハギヨシ「はい」

恭子「龍門渕透華って、昔っからあんな感じなん?」

ハギヨシ「いえいえ。本来の透華お嬢様は、あのような静かな性格とは正反対」

恭子「…………」

ハギヨシ「目立ってナンボが口癖の、利発で情熱的なお方ですよ」

……信じられん。



ハギヨシ「…………それが」

恭子「?」

ハギヨシ「……この件があって、透華お嬢様は心を閉ざされてしまわれた」

ハギヨシ「今見えていらっしゃるのは、透華お嬢様の中にあるもう一人の彼女……」

ハギヨシ「近しいご友人がたは『冷たい透華』と表現されておりましたね」

恭子「冷たい……透華……」

ハギヨシ「……ですが」

ハギヨシ「僕に言わせれば、今の透華お嬢様は……。その状態の彼女とも少し違う」

恭子「?」



ハギヨシ「わかるんですよ。麻雀を打っていれば……」

ハギヨシ「今の透華お嬢様は……、その『冷たい透華様』とも全く異なる打ち筋」

ハギヨシ「大切な従姉妹の方と、ご友人の皆様方と会えないことに絶望し……。自分自身を閉ざしているんです」

ハギヨシ「……そんなお嬢様の心を再び取り戻すことも……僕の大切な使命です」

ハギヨシ「…………龍門渕家執事の名に懸けて」

恭子「…………」

ハギヨシ「そのあかつきには、ぜひお目にかけたいものです……。元の聡明な透華お嬢様を」

恭子「…………」



結局、解決するどころかわけわからん話が増えただけ。

どいつもこいつも、アホ、アホ、アホ。

アホのオンリー展示即売会か。

それもこれも、こんな高校に入ったせい。

元を返せば、あの変な偽サンタのせい――。

頭のモヤモヤは収まるどころかさらに増し、怒りの矛先もわからなくなってきていた矢先。

また新たな懸案事項が、私の前に降りかかってきた。



それは、下駄箱に入っていた一通の手紙。

『放課後 誰もいない1階多目的教室に来てください』

なんやっちゅーねん。正直、迷惑でしかない。

こんなんで高校生らしい甘酸っぱい出会いでもあるんやろか――なんて喜べるような精神状態やない。

大体これ、どう見ても女の書いた字や。

行きたない。悪い予感しかせえへん。



……それでも、行かなしゃーないんやろな。

結局私は、その日の放課後1階多目的室の前にいた。

恭子「……やれやれや」

覚悟を決め、教室の扉を開ける。

ガラッ

智美「ワハハ」

その手紙の主に、私はかなり意表を突かれた。



智美「入ったらー?」

恭子「……何の用や?」

智美「んー、ちょっとなー」

恭子「…………」

智美「一緒にドライブ行かないかーと思って」

恭子「は?」

智美「人間はさー、乗らずに後悔するより乗って後悔したほうがいいっていうだろー?」

恭子「……?……」

智美「……だから……」

恭子「…………」

智美「あなたを乗せて赤土晴絵と首都高バトル」



恭子「…………は?」

智美「ぽちっとな」ピッ

ピカッ

突然、蒲原の後方からまぶしい光が私を照らした。

恭子「うおっまぶしっ」

智美「ワハハ、最近のライトは凄いなー。リモコン操作で点けられるんだぞー」

気づかんかったが、あいつの後ろに車が止まっていた。確かフォルクスワーゲンいうでっかいやつや。

どうやって教室の中に……と思うたが、答えは単純。車の後ろにきれいな風穴があいとった。

おいおい、校舎の壁ぶち破っとるやないか。



あっけにとられている私を尻目に、蒲原は運転席に乗り――

智美「さ、行くぞー」

いやいや、乗らんて。

智美「待ってろー。今そっちに寄せるからー」

私のことなどおかまいなくエンジンをかけ――

ギョルルルルッ

ズギャッ

恭子「うわっ!」



間一髪で身をかわす。私の数センチ横をワーゲンがかすめていった。

なんでいきなりアクセル全開でこっちに突っ込んで来んねん。

恭子「危ないやろ!! 当たる寸前や!!」

智美「ワハハ、悪い悪いー」

どこまでも呑気なゆるい声をあげ、体勢を立て直そうとする蒲原。



ズギャギャッ ガタガタッ ドンガラガッシャン

恭子「うっわっ、ちょっ、何しとん!!」

どっちにハンドル切ってんねん、どっち向いて運転しとんねん。

せんでええのに生き物のように躍動するワーゲンは、教室中の机や椅子をなぎ倒し、壁に激突を繰り返す。

恭子「ちょっ、わかったからまず教室から出ろて!!」

智美「おkー」

ギャルルルン メキメキッ ドグシャッ

返事だけはええ蒲原やったが、全く様子は変わらへん。

外に出る気あるんかホンマに。単純にまっすぐバックしたらええだけの話やろが。

恭子「車庫出しくらいスッとせえや!」

智美「うん それ無理」

わかっててやってんのかこのアホは!



ガガガッ ドスンッ ガタガタガタッ

恭子「うわっ、おわっ!」

教室内を所狭しと暴れまわるワーゲン、弾け飛ぶ机と椅子、必死にそれらを避ける私。

地獄や。

死ぬ。轢き殺される。

何度かの攻防ののち、とどめとばかりに私へ一直線にワーゲンが突っ込んできた――次の瞬間。

ガオン!!



間一髪。

私の目の前に高級黒ベンツリムジンが割り込んで入り、ワーゲンをブロックした。

恭子「…………え?」

…………生きとる。無傷。

恭子「…………リムジン…………?」

ガチャッ バタン

ホッとしたのもつかの間。

リムジンの後部座席から降りてきた人物の顔に、私は再び意表を突かれた。

恭子「…………龍門渕?」



透華「ひとつひとつの目視確認が甘い」

智美「ワハ?」

透華「ですから死角どころか目に見えるものにまで気が付かない。周囲の状況把握ができていない」

智美「ワハハ」

透華「アクセルとブレーキの力加減が甘い。ゆえに急発進と急制動を繰り返す。車内で受ける反動が大きくなる」

智美「ワハハ」

透華「……何をなさっているのです、蒲原智美」



智美「ただのドライブのお誘いだぞー?」

透華「独断専行は許可されておりませんわ」

智美「楽しく車に乗るだけじゃないかー」

透華「そのドライブで彼女が死ぬ、と申し上げているのです。我々がしてきた努力をふいにするおつもりですの?」

智美「ワハハ、おーげさおーげさ」

透華「大げさかどうかは今この有様を見て判断なさい」

智美「ワハハ」



透華「どういうおつもりなのか。動機をお聞かせなさい」

智美「もうさー……。佳織がうんざりだっていうんだ……。私の車に乗るの……」

透華「それはあなたの自業自得ですわ」

智美「車に乗るなら相方がほしいじゃないか~」

そんなんに私を巻き込むなや! 一人で乗ったらええやろ!!

透華「あなたの運転は危険だと言っているのですわ」

智美「そんなことないって~。安全運転だぞ~」

安全運転て何やろな。哲学的禅問答か。



透華「ならば見せてごらんなさい。バックでゆっくり机を避けて教室から外へ」

智美「ワハハ、お安い御用さ~」

ガッ ズギャギャッ

そう言うと蒲原は案の定、アクセルを思いっきり踏み込み、バックで言うとんのに前方へ向かって走り出す。

周囲の机や椅子が弾き飛ばされ、そのひとつが入り口の扉の方へ――

谷口「オイーッス」ガラッ

あっ

谷口「WAWAWA忘れ物~」

ザンッ



入り口方向に飛んだ机は、丁度入ってきた谷口の顔面を掠め、僅かに左へ突き刺さった。

ちっ、外れたか。

谷口「あ……な……」

固まる谷口。

谷口「ご…………ご…………」

恭子「…………」

谷口「(車の発進は)ごゆっくりぃぃぃ~~~!!!」

ダダダッ

たにぐちはにげだした。

恭子「……タイミング悪いやっちゃ」

透華「撤収いたしますわよ」

智美「ワハハ」



次の日、蒲原智美は一年五組にいなかった。

校内に車で乗り込んだのが学校にバレ、校舎破壊と危険暴走運転も発覚。一発レッドの退学処分となっていた。

当たり前や。

透華「表向きは退学処分ですがご心配なく。とある私設自動車教習所へ缶詰めにさせただけですわ」

ようそれで済んだな。

透華「この程度もみ消すのは造作もないこと。情報操作は得意技ですわ」

どうもみ消したのやら。そっちの方が恐ろしいわ。



透華「彼女は運転技術の再構築が必要。それが終わるまでは免許没収にいたしますわ」

恭子「……没収というか、無免許運転やろ? まだ免許取れる歳やないやんか」

透華「いいえ」

恭子「?」

透華「彼女は元々高校三年生、18歳以上――。普通自動車運転免許の取得要件は満たしている年齢ですわ」

恭子「…………」

透華「…………」

恭子「…………聞かんかったらよかったわ」

……またひとつ、アホの与太話が肯定された気がして。私はその日一日気分が悪かった。



ちなみに、メタメタに壊れたはずの教室は翌日すっかり元通りになっていた。

透華「ハギヨシが一晩でやってくれましたわ」

どこのジェバンニやねん。あいつそんなことできたんかい。

透華「うちの執事を甘く見ないでくださいまし」

いや、知らんがな。



翌日。

またも下駄箱に手紙が入っとった。今度は部室で私に会いたいらしい。

先日の件があり、私には確信があった。間違いなくこいつもアホ。

アホの拡大再生産に加担する気など毛頭ない。ないはずやったけど。

残念なことに、今回ばかりは行く理由があった。

文末に『待ってるで、末原ちゃん。サンタクロースより☆』なんてふざけたことが書いてあったからな。



意を決して部室の扉を開ける。中にいたのは、私の予想通りの人物やった。

ガチャッ

郁乃「来たな~、末原ちゃん」

恭子「…………」

郁乃「久しぶり~」

忘れもせん、去年の冬の偽サンタ。

私の現在に至るアホのドミノ倒しの、最初の一枚を倒しよった元凶の女。



予想と違ったのは、部室内に立ち込めるカレーの匂い。

恭子「……またカレー……」

今回もこいつの手には、カレーが満々に詰まった寸胴鍋。

ホンマ、何のつもりやねん。

恭子「…………なんなんですか」

初手、ブチギレ。

郁乃「ん~?」

恭子「あんたは一体! なんなんですか!! 去年のクリスマスも!!」

郁乃「ま~、そない難しい話はさておきや~」

恭子「さておけるか! ちゃんと答えてください!」

郁乃「とりあえず、カレー食べる~?」

恭子「いりません!」



郁乃「そ~お~?」

言われなわからんのか。

郁乃「カレーって体にええねんで~。栄養満点やし~」

恭子「…………」

郁乃「辛いもん食べたらな~、体がポカポカして頭がシャキッとすんねんで」

恭子「……どういう意味ですか」

郁乃「スパイスの刺激やね」

恭子「…………」

郁乃「…………」

恭子「それだけ?」

郁乃「せやで?」

アホか。アホの塊か。



郁乃「ほな、私の話聞いてくれる~?」

恭子「先にこっちの質問に答えてください」

郁乃「つれないな~」

恭子「どうせろくでもない話でしょう」

郁乃「すぐ済むから~」

恭子「いりません。あんたのおかげで私はこんな本命でもない高校に……」

郁乃「うん。それ」

恭子「?」

郁乃「それな、私の計画通りやってんけど」

恭子「!?」



恭子「…………」

郁乃「聞く気、なってもらえたかな~?」

恭子「……冗談やとしても、笑えませんよそれ」

郁乃「冗談ちゃうよ~」

恭子「…………理由はなんなんですか」

郁乃「まあ簡単に言うたら、規定事項のためやね~」

恭子「…………なんやそれ」

郁乃「ま、いずれわかることや~」

恭子「…………」



郁乃「ほな、本題な~」

恭子「…………」

郁乃「白雪姫って知ってる~?」

恭子「……はあ?」

郁乃「知ってるならええよ~。回りくどいこと言わへんから」

恭子「…………」

郁乃「ちゅーして」

恭子「…………は?」



郁乃「ちゅーしちゃって、晴絵ちゃんと」

恭子「はあぁ!?」

郁乃「それがな、世界を救う鍵やねん」

恭子「ちょっと何言うてるか全くわからへんのですけど」

郁乃「とりあえずやってもーたらええよ。遠慮なくぶちゅーーて」

恭子「…………」



人間、ホンマもんのアホ中のアホに会うと思考が止まる。

私はしばしその場に固まったままやった。

郁乃「ほな、そういうことで~」

クルッ

スタスタ

恭子「ちょっ、終わり!?」

郁乃「またな~」

恭子「ちょっと! 待ってくださいて!」



恭子「このカレーは!? 置いてかんでください!」

郁乃「ええよ~、食べちゃって~」

恭子「こんなよーさん食えませんて!」

郁乃「持ち帰ってご家族でどうぞ~」

恭子「いやいやいや!」

郁乃「ほな~」

恭子「ちょっと! せめてこれだけ答えてくださいよ!」

郁乃「何~?」

恭子「…………」



恭子「……なんでこのカレー、マカロンいっぱい浮いてるん?」

郁乃「…………」

恭子「…………」

郁乃「…………」

恭子「…………」

郁乃「禁則事項ですっ☆」キラリンッ

恭子「…………」

よし、廃棄やな。



結局、私の質問には一切答えず、あの女は姿を消した。

マカロンカレーは処分しようと調理室に運んでいた途中、丁度通りがかった谷口に押し付けた。

とりあえず食べ物を粗末にせんでよかった。谷口なら別にええやろ。

恭子「…………やれやれやで」

どいつもこいつも、次々と私に絡んではワケワカラン電波を吐いて帰っていく。

アホがアホを呼び更なるアホへと堕ちる連鎖。アホのデフレスパイラルか。

聞く側の身にもなれっちゅうねん。



毎日ゴリゴリと体力が削られていき、もういい加減疲れ切っていた数日後。

今度は帰宅時のことやった。

ハギヨシ「やあ、どうも」

恭子「…………次はお前かい」

ハギヨシ「ええ、僕です。少しお時間よろしいですか?」

恭子「ナンパならよそでやってや」

ハギヨシ「いいえ、とんでもない。僕と貴女の人生にかかわる大切なお話です」

恭子「やっぱりナンパやないかい」

ハギヨシ「おや、人生にかかわる男女のおつきあいをご所望ですか?」

恭子「帰れや」

ハギヨシ「ジャストジョークですよ」



そう言うとハギヨシは、片手をあげてタクシーを呼んだ。

えらいええタイミングで来たもんやな、タクシー。

ハギヨシ「どうぞ」

恭子「…………」

断り切れず、タクシーに乗り込む私。

今日も今日とて、アホの話を聞きに出かけることになった。

きっぱり断れへん私自身にもいい加減うんざりや。



車内からハギヨシは話し始めた。

ハギヨシ「以前申し上げました、この世界はまだ不完全であるという話ですが」

恭子「…………」

ハギヨシ「今日はその証拠をご覧に入れたいと思いまして」

恭子「証拠……?」

ハギヨシ「今、車はそこへ向かっているところです」



ハギヨシ「ここです」

何があるわけでもなさそうな、人気のない大通りで車は止まった。

ハギヨシ「どうぞ、マドモアゼル」

ハギヨシがうやうやしく私の手を取り、車から降ろす。

ホンマの執事とお嬢様みたいな扱いに、ちょっとドキッとしたんはここだけの話や。ちょっとだけやからな。

ハギヨシ「ご案内いたします。少しだけ目を閉じていただけますか?」

恭子「変なとこ触ったら大声出すで」

ハギヨシ「んふっ、ご心配なく」



ハギヨシに手を握られたまま、私は目を閉じる。

ハギヨシ「もっふ!」

バチッ バチバチッ

ほんの数歩のこと。何か、境界線を通り抜けたような感覚がした。

ハギヨシ「どうぞ、目をお開けください」

恐る恐る目を開く。

そこは、数秒前に見ていた景色から音と色調だけを取り去ったような……、

静寂に包まれた薄暗い空間やった。

恭子「ここは……?」

ハギヨシ「閉鎖空間です」



ハギヨシ「ここは赤土さんが作り出した――この世界の舞台裏」

ハギヨシ「決して表の世界には出ることのない、閉じられた裏側の空間です」

恭子「…………」

ハギヨシ「この空間に入ることができるのは、僕のほかごく一部の麻雀関係者だった人間だけ」

ハギヨシ「それが、僕が9か月前に授かった能力です」

恭子「…………」

ハギヨシ「なぜ、と聞かれましても、その日突然できるようになったから、としかお答えしようもありませんが……」

ハギヨシ「赤土さんの意思であろうことは、疑う余地もありませんね」



近くの空きビルに二人で登り、街を見下ろす。

恭子「ここが……世界が不完全な証拠て……?」

ハギヨシ「御覧に入れましょう、あれを。ちょっとしたスペクタクルですよ」

恭子「……あれ……?」

その時。

ドォォォーーーン

突然衝撃音が響き、ビルの向こうが青白く光る。

光の中から巨大な何かが起き上がってきた。



恭子「でかっ! なんやあれ!?」

青白い光に包まれて現れたのは、ビルよりでかい巨人の姿。

黒ずくめのブレザーとロングスカートに帽子、腰まで長い髪の女……。

ハギヨシ「如何でしょう。見覚え等ございませんか?」

恭子「……八尺様いうやつやろ? 実際おるとは思わんかったし、八尺どころやなさそうやけど」

ハギヨシ「いえ。似ているようですがそうではありません」

恭子「…………」

ハギヨシ「僕たちはあれを『トヨネ』と呼んでいます」



ズシン… ガラガラッ… バラバラバラッ…

恭子「……なんか出てきた……?」

トヨネの後ろに、巨大な積み木のようなものが大量に出現し積み重なっていく。

あれ……なんか見たことあるわ。

ブロックチョコやっけ。なんかお菓子のおまけであんなんあった気がする。

サイズは桁違い、トヨネが遊んでちょうどいいくらいの大きさやけど。



~♪~~♪

トヨネはブロックの前に座り込み、ニコニコと笑顔でブロックを手に取る。

色とりどりのそれをカチャカチャと積み、くっつけ、並べ。何かの形を作っていく。

恭子「……なんや、ブロック遊びしとるようにしか見えへんのやけど」

ハギヨシ「ええ。ああして新しい世界をつくっているんです」

恭子「世界を……つくるて……?」

ハギヨシ「文字通り。つくっているんですよ、今の世界に足りないものをね」

恭子「……?……」



カンセーイ!

どうやら何かを作り終わったらしい。次の瞬間――

エイッ

ぽんっ

トヨネがブロックに向かって手をかざすと……、目の前にブロックと同じ形の建物が現れた。

恭子「……なんやあれ……」

キャッキャッ

それを見て喜んだ様子のトヨネ。どういうこっちゃねん。



ハギヨシ「あの『トヨネ』は――」

あっけにとられている私に、ハギヨシが語りかけてくる。

ハギヨシ「ああしてこの世界に足りない部分を形づくり……、それを具現化することで矛盾の修正を行っているんです」

ハギヨシ「物理的建造物に限らず……。生物や人々の属性、記憶。概念といったものまでね」

恭子「…………」

ハギヨシ「それが、あのブロック遊びの本質です」



ハギヨシ「――今はまだ」

ハギヨシ「完成までには程遠い。しかし、修正は確実に進行していきます」

ハギヨシ「……不可逆的にね」

ハギヨシ「このまま進めば……。徐々に世界の様子は変わってゆき、おかしいと思っていた事に違和を感じなくなってくる」

ハギヨシ「そしてすべての修正が完了し、赤土さんがそう認めたとき……。元の世界はこの世界に上書きされるでしょう」



恭子「放っといてええの?」

ハギヨシ「トヨネのブロック遊びを止めることは不可能です」

ハギヨシ「正面から邪魔するとトヨネはすごく……泣いてしまいますので」

ハギヨシ「我々にできるのはせいぜい、材料のブロックをトヨネに気付かれないように壊すこと」

恭子「…………」

ハギヨシ「……それが、この空間に入ることを許された僕たちにできる仕事」

ハギヨシ「…………ご覧に入れましょう」



ハギヨシ「はぁっ!」

バチッ バチバチッ

ハギヨシの周囲を赤い光が丸く囲む。スーパーサイヤ人?

恭子「体が……光ってる……?」

ハギヨシ「ふんもっふ!」

赤球となったハギヨシは宙に浮き、トヨネの元へと飛んでいった。

恭子「空……飛んだ……」

それに呼応したのか、他にもいくつか赤球が集まっていくのが見えた。

バシッ ザンッ ガガガッ

トヨネが後ろを向いた隙に、赤球たちは積まれたブロックを破壊し消滅させていく。



数分後。ブロックがなくなったところで――、赤球はこちらに戻ってきた。

シュゥゥゥ…

スタッ

ハギヨシ「……といった感じのことで」

恭子「…………」

もう言葉も無いわ。



ハギヨシ「ブロックがなくなってしまえば……、修正作業は一旦お開き」

ピシッ バキッ ビキビキッ

恭子「空が……割れていく……」

ハギヨシ「さあ、終幕です」

閉鎖空間にひびが入り、空間がバラバラと崩れ落ちていく。

モノトーンの風景に彩色が戻り、辺りは喧騒ざわめく元の世界へと戻っていった。



帰りのタクシーの中。

ようやく放心状態から立ち直った私は、ぽつぽつとハギヨシに問いかける。

恭子「トヨネって……消えたん?」

ハギヨシ「閉鎖空間が発生すれば、またすぐ出てきますよ。普段どこにいるのかは存じ上げませんが」

恭子「……お前はそのたびに、あれやるん?」

ハギヨシ「はい」

恭子「…………」



恭子「…………ひとつ、わからんことある」

ハギヨシ「何でしょう」

恭子「結局、今やってたことってや」

ハギヨシ「ええ」

恭子「修正作業てのが進むのを遅らせてるってことやんな」

ハギヨシ「そうですね」

恭子「なんでそれを、ハルエは許しとるん?」

ハギヨシ「…………」



恭子「ブロックを壊せる赤い球の力かて……。ハルエが用意したんやろ?」

ハギヨシ「はい」

恭子「修正を進めとるのに、遅らせる手段もあるっておかしいやん。修正させたいんか、遅らせたいんか」

ハギヨシ「…………迷っているんでしょうね。まだ赤土さん自身も」

恭子「……迷って?」

ハギヨシ「修正が終わってしまえば……決断せざるを得なくなる。どちらの世界を選ぶのか」

ハギヨシ「深層心理では……。まだそれをしたくないと思う、何かがあるのかもしれませんね」

恭子「…………何なん、その何かて」

ハギヨシ「それもまた、神のみぞ知る、といったところですかね」



恭子「…………ほな、もういっこ聞いてええ?」

ハギヨシ「はい」

恭子「こないだグシャグシャなった多目的教室を一晩で直したそうやけど……、どないしてやったん?」

……それもハルエに与えられた超能力とやら……なんか……?

ハギヨシ「大量に人を雇って突貫工事させましたが、何か?」

ですよねー。

際限なく増えていくアホの倍倍くりまんじゅうの中、ちょっと常識寄りなだけでホッとするわ。

…………って、いやいや。

その大量の人を雇う金はどこから出したんやって。

やっぱアホや。



家にたどり着いた私は、身も心も疲労してベッドに倒れこむ。

恭子「…………ふう…………」

ここ何日間かのことが、ぐるぐると頭を巡っていた。

恭子「…………」

どいつもこいつも、私に向かって勝手なことばかり。

アホの集中投棄センターか私は。

恭子「…………」

……でも。

よくよく思い返せば、結局はすべて同じ方向を向いている話。だから余計に腹が立つ。

赤土晴絵。麻雀インターハイのある別世界。そして世界の入れ換わり……。

恭子「…………」

恭子「……私に、どうせえっちゅーねん……」



陽はまた昇れど、答えは見つからず。

今日も今日とて、何もしないをするために文芸部室へと赴く。

途中で安福先輩と出会い、部室に向かいながら他愛もない世間話をしていると――

咏「やっほい莉子!」

莉子「あ……三尋木さん……」

恭子「お知り合いですか」

莉子「あ、うん……」



咏「どーしたんだいっ、浮かない顔してっ! 逆転七対子直撃の告知でも受けたのっ!?」

莉子「あ、あはは……」

またけったいな人が現れた。

普通に北高の制服姿やけど、なぜかその手には扇子を持ち。

左右から髪をちょろんっと出して前で縛った特徴的な髪型で、上履きの色は安福先輩と同じ。この人も二年生か。

それとなんや、体に巻き付けてるのは白い……猫?

なんやそれ。



咏「こんにちはっ」

恭子「あ、はい、こんにちは」

咏「あなたがキョンちゃんだねぃ」

恭子「…………はあ」

咏「…………知ってたけど」ボソッ

恭子「?」

咏「話は莉子からいろいろ聞いてるよっ」

恭子「そうですか」

莉子「あ、紹介しますね。お友達の三尋木咏さんです……」

咏「よろしくっ!」

恭子「…………はい」



咏「なーんか最近さっ、ずいぶん面白そーなことやってるみたいだよねぃ?」

恭子「……面白いのは多分ハルエだけですよ」

咏「あははっ! 莉子は元気でやってるかいっ?」

恭子「ええ、まあ」

咏「そーかい! 急に書道部辞めちったから心配してたんさ!」

莉子「……その節はごめんなさい、三尋木さん……」

咏「気にしないでっ! 莉子が楽しくやってるんならいいっさね!」

莉子「…………ありがとうございます」

咏「あっはっはっはっはっ!」

ノーテンキな笑い声や。この人に悩みなんてあんねやろか。



恭子「…………あっ」

莉子「あ、赤土さん……」

晴絵「…………」

いつの間にか、三尋木さんの後ろにハルエが立っていた。

咏「おっ、よっすハルにゃん!」

ハルにゃん?

晴絵「…………」プイッ

スタスタスタ

莉子「あ…………」

なんやあいつ。挨拶もせんと仏頂面のまま行ってもうた。



咏「やーれやれ、また逃げられちったねぃ」

恭子「……また?」

咏「ハルにゃんってばさ、私に対してはずーっとああなんだよねー。まだ一回もちゃんと話してないんさ」

……その割に馴れ馴れしいですね。

咏「面白そーなことやってるみたいなのに。私のことぜーんぜんスルーなんだもんねぃ」

…………あのハルエが?

咏「ま、知らんけど」

恭子「…………」



恭子「……なんかすみませんね、ハルエが」

咏「んーん、別にいいってことよっ!」

恭子「…………」

咏「詳しい事情とかわっかんねーからさっ! ハルにゃんのことはみーんなキョンちゃんに任すっさ!」

恭子「……なんで私なんですか」

咏「今ハルにゃんといっちばん仲いいのって、キョンちゃんにょろ? 私はお呼びじゃないってことさねー」

恭子「…………勘弁してください」

咏「お呼びでないなら大人しくすっこんでるさ! もっかいコーコーセーやってるのも悪かないし!」

…………もっかい?

咏「…………でも」

恭子「?」

咏「できりゃー、もーちょいたくさん麻雀打てたらいーんだけどねっ!」

ほなSOA団に入りますか。代わりに私を抜けさせてください。



咏「ほんじゃ、頑張るにょろよ、うら若き少女! 莉子のことよろしくねっ!」

タッタッタッ

言いたいことだけ言うて、消えてもうた。

ま、いつものこっちゃ。

ハルエの方も心配するこたないやろ。どうせいつもと同じ、虫の居所が悪かっただけや。

…………ただ、ひとつ気になったのはすれ違い際。

『あんたも……その人と仲良くするんだ……』

そんな声が、聞こえた気がした。



その日の放課後。なんとなく、ハルエと一緒に下校していた。

今日のハルエは一つも話しかけてこない。放課後からの不機嫌オーラ全開のままや。

私もその無言の圧力に圧されて話しかけることができず、重苦しい雰囲気のまま踏切の前へ。

帰る方向が分かれるところで、ようやくハルエのほうから話しかけてきた。

晴絵「あんた、牌が持てなくなるくらい麻雀に負けたことってある?」

恭子「?」

晴絵「……私はある。忘れもしない」



私に背中を向けたまま、それからハルエは淡々と語りだした。

晴絵「それまでの私は……何者にも負ける気はしなかった」

恭子「…………」

晴絵「どんな天才でもどんな神がかりでも。その行動に必ず傾向や癖ってものがある」

晴絵「適切にデータを集めてそれを見切れば、対策も打てるし対処ができる」

晴絵「麻雀なんだからその場の収支が下になることはある。でもそれは、相手の本質を掴んでいれば大したことじゃない」

晴絵「絶対に勝てない相手なんてありえない」

恭子「…………」

晴絵「……そうやって私は勝ってきた。どんなに強い相手にも」

恭子「…………」

晴絵「…………でも」

晴絵「そのすべてが、あのひとには通用しなかった」



晴絵「団体戦の10万点持ちだったから、オーラスまで続いたものの……」

晴絵「普通の勝負だったら、何回トバされていたか」

晴絵「……むしろ途中でトビ終了してたほうがマシだったかもしれないわね」

恭子「…………」

晴絵「積み上げてきた自信と自負……。私という存在そのものがガラガラと音を立てて崩れていく感じがしたわ」

恭子「…………」

晴絵「……いや、ガラガラなんて悠長じゃない。一瞬で木っ端微塵よ、跡形もなくね」

恭子「…………」

晴絵「この先何をしても、どれだけの力を注いでも。決して届くことのない」

恭子「…………」

晴絵「越えられない壁の向こう側にいる存在ってものを思い知ったわ」

恭子「…………」



晴絵「…………じゃあ」

恭子「?」

そこでハルエは、こちらへ向き直った。

晴絵「自分を信じてついてきてくれた大切な教え子たちが、同じ目に遭うかもしれないと思ったら――」

恭子「……?」

晴絵「……あんたは、どうする?」

恭子「…………?…………」



恭子「…………」

晴絵「…………」

恭子「…………」

晴絵「……フン。くだらない話だったわ」

恭子「…………」

晴絵「じゃあ。私こっちだから」

私の反応も聞かず、ハルエは踏切を渡りだす。

渡り終わって、なにかもう一言つぶやいた気がしたが――。

その声はちょうど鳴り出した踏切と電車の音にかき消された。

なんやねん。

なんやっちゅーねん。



最近、ハギヨシの奴が部活をちょくちょく休むようになっていた。

ハギヨシ「急なバイト(私設自動車教習所教官)が入ってしまいまして」

そうなると、部室内には一人足らん。もちろん、三人で麻雀は打てん。

私は相変わらず、四人がやっとる麻雀をじーっと観てるだけやからな。

麻雀が打てないとなれば、ハルエの機嫌も右肩下がり。

入学当初のような仏頂面で一日を過ごすことが、また増えてきた。



晴絵「あんたが覚えりゃいいのよ、麻雀」

恭子「……知らんて」

晴絵「…………フン」

それ以上は強要してこないところが、不気味と言えば不気味やけど。

恭子「メンバー足りんなら、また探してきたらええんちゃう?」

晴絵「今更ね。もうこの時期、放課後暇を持て余して校内をうろついてる奴なんかいないわよ」

お前がそんな考えに至る方が今更やけどな。

晴絵「みんな部活か酔狂に居残り勉強か、さもなくばさっさと帰ってるわ」

恭子「安福先輩は書道部から拉致してきたやんけ」

晴絵「莉子ちゃんの意思よ。強要はしてないわ」

…………まあ、本人もそうは言うとったけど。



恭子「そういえば、あの人なんかどうなん?」

晴絵「?」

恭子「こないだ会うたやん、安福先輩の友達。三尋木さんやっけ?」

晴絵「!」ピクッ

恭子「知り合いなんやろ? なんか愛称で呼ばれてたやん」

晴絵「…………別に」プイッ

恭子「?」

らしくなくモゴモゴと口をつぐみ、バツが悪そうに目をそらすハルエ。

珍しい反応やな。

晴絵「……誰と打つかくらい私の勝手でしょ」



恭子「麻雀打ちたいとか言うてたで? あの人」

晴絵「いらないわよ。萩原君がいればメンツは足りるわ」

恭子「あいつが最近抜けてるから不機嫌なんちゃうの」

晴絵「……うるさい」

なんやねん。

恭子「三尋木さん、お前が全然かまってくれへんて言うてたで。誘ったったらええやん」

晴絵「…………私の勝手って言ってるでしょ」

恭子「昔は打てるヤツなら誰彼構わずって感じやったやんけ。何を今更選り好みしとんねん」

晴絵「……っさい」

恭子「それともなんや、三尋木さんとやっても勝てへんからか? そんなら私も麻雀教えてもらおかな――」アハハッ

晴絵「うるっさい!!」バンッ

恭子「!?」ビクッ



珍しく声を荒げ、机を叩いたハルエにたじろぐ。

晴絵「…………フン」

スタスタ

一言も発せず、ハルエはそのまま出て行ってしまった。

恭子「なんやねん……」



そしてその日。ハルエは文芸部室に来なかった。




この会話が、ハルエの引き金を引いたんやろう。無神経なこと言うたなて言われたら、返す言葉も無い。


その夜、それは起こった。







…………ョン、キョン!  起きて!!






晴絵「起きろ!」

恭子「…………はっ?」ガバッ

晴絵「…………起きたわね」

自分の部屋で眠っていたと思ったら……、ハルエに起こされた。何故か制服を着て地べたに寝とる。

恭子「ここは……北高?」キョロキョロ

晴絵「目が覚めたらここにいて……、あんたが隣で寝てたの」

恭子「…………そうか」

晴絵「何なんだろこれ? いつもの学校と違う感じ……」

恭子「…………せやな」

無機質なモノトーンに覆われた空間。私は見覚えがあった。

恭子「……閉鎖空間……」



閉鎖空間の中、突然ハルエと二人きり。何が起きたんや。

とりあえず事態を把握しようと二人で校舎内を探索し、たどり着いた先は文芸部室。

ガチャッ

部室に入った瞬間、違和感。

恭子「……うわっ」

長机の上に、またカレーが置いてあった。あいつの仕業やな。

恭子「…………カレーくさっ」

その横にはご丁寧に炊飯器と、お皿にスプーンに福神漬けまで。いらんっちゅーねん。

でも、それ以外は特に変わったところのない部室内やった。

晴絵「探検してくる。あんたはここにいて」

ハルエはそう言い残し、外へ出て行った。



部室に残された私はすることもなく。

ぼんやりと外を眺めていると、窓の外に空飛ぶ赤い球が現れた。

スゥッ

赤球「やあ、どうも」

恭子「……ハギヨシ?」

赤球「ええ、僕です」

恭子「随分イメチェンしよったな。面影ないで」

赤球「ははっ」

恭子「……ほんで何なん、これは?」

赤球「ええ、はっきり申し上げましょう。これは異常事態です」



赤球「つい先ほどのことです」

赤球「僕たちが新しい閉鎖空間の発生を感知したと同時に」

赤球「僕の頭の中に、突如赤土さんの心の声と呼べるものが流れ込んできました」

赤球「……それによって判明したんです」

赤球「今まで掴めなかった、赤土さんがこの世界をつくった真の目的……」

恭子「真の……目的……?」

赤球「まずそれを、貴女にお伝えしておきます。少々長くなりますが……」



赤球「僕たちが元いた世界、麻雀競技が世界中に存在する世界には――」

赤球「他を寄せ付けない圧倒的な強さを見せ、その頂点に君臨する選手たちがおりました」

赤球「貴女が先だって知り合った三尋木咏さんも、そのひとりに該当します」

恭子「!」

赤球「そんな実力者たちの中で……。多くの選手はオカルトと呼べる超常的な特殊技能を有し」

赤球「その力をもって麻雀を打ち、勝利を収めていました」

恭子「オカルト……」

赤球「しかし、そんな度を越した特殊技能というものは……」

赤球「それを持たざる者にとっては、ときに理不尽な存在であるものです」

恭子「…………」

赤球「赤土さんの目的は――」

赤球「この世界を、そのようなオカルト麻雀を排除した世界にすることです」



赤球「…………かつて、赤土さんは高校時代」

赤球「そうした力による、如何ともしがたい高き壁に対峙して……。手痛く敗北を喫したことがありました」

……なんか言うてたな、そういえば。

赤球「……それでも、あのひとは本来」

赤球「一度や二度のそんな負けを苦にするような方ではなかったはず」

赤球「それが……。それが、たった一度のあの敗北で」

赤球「彼女は、自分の中に長く残る傷跡に苦しむことになりました」

恭子「…………傷跡…………」



赤球「その傷の痛みが……。10年後、教え子たちが挑む全国大会決勝戦という舞台を前にして」

赤球「再び、重く首をもたげ……。赤土さんの心に憑りついてしまった」

赤球「仲間に、教え子たちに支えられて……。もう完全に癒えた傷だったはずなのに」

赤球「一時の気の迷いだと、僕は思いたい。……ですが事実として」

赤球「彼女はそこで、目を背けてしまった」



赤球「『かつての自分と同じように、教え子たちが傷つくかもしれない』」

赤球「『大好きな麻雀で、自分と同じ苦しみを味わう人の姿を……もう見たくない』」

赤球「『そんな世界に……私は居たくない』」

赤球「そう考えた末に選んだのが……、この新しい世界です」

恭子「…………」

赤球「超常的な力を持つ者、度を越した実力者たちと打つことなどなく……」

赤球「……誰も傷つかず、ただ楽しく麻雀を打てる世界をつくること」

赤球「彼女と同じように……。麻雀で傷を負い、同じ痛みを持つ人たちを集めてね」

恭子「…………」



赤球「その目的を果たすべく……。今夜ここで、強行手段がとられたというわけです」

赤球「それが、この閉鎖空間。通常の閉鎖空間と大きく異なる代物です」

赤球「現在この空間に存在する人間は、貴女と赤土さんの二人だけ」

赤球「いつもは自由に出入りができる僕たちまで……、入ることを許されず締め出されてしまいました」

赤球「僕も仲間の協力を得てやっとの思いで、今ひとりだけこの状態で入ってこれたという有様です」

恭子「…………」



赤球「赤土さんは、トヨネにすべての修正を終わらせる命令を下すでしょう」

赤球「僕たちすら入ることを拒絶された今、トヨネの邪魔をする者はいません」

赤球「こちらの世界のすべてが修正され、赤土さんが選んだ世界だけが生き残る。その時です」

恭子「……世界が入れ換わる……」

赤球「はい」

恭子「その……、オカルト麻雀のない世界に?」

赤球「はい」



恭子「私が……。三尋木さんと打てとか言うたから……?」

赤球「…………そのことだけでは、ないと思いますが。否定はしません」

恭子「……三尋木さんて……そういう人なん……?」

赤球「三尋木さん自身がオカルト的な打ち手であるのかは断言しかねますが。間違いなく、日本有数の実力者ですよ」

恭子「…………なんてこった…………」

……私のあの言い草。地雷ぶち抜いたもええとこやないか。



恭子「……でも、それなら……」

赤球「はい」

恭子「なんでそもそも、三尋木さんはこっちの世界におったん……? 実力者いうなら最初から連れてこんかったら……」

赤球「……わかりません。それもまた、イレギュラーの一つだったのかもしれません」

恭子「…………」

赤球「…………あるいは」

恭子「?」

赤球「本当は、仲良く打ちたかったのかもしれませんね」

恭子「……えっ」



赤球「赤土さんと三尋木さんは……。元の世界でも学年一つ違い」

赤球「小学校のころから、全国大会で顔をあわせて打つ程度の仲であったと聞いています」

赤球「図抜けた実力者たちの中でも、三尋木さんなら……」

赤球「そんな風に考えたのかもしれません」

恭子「…………」

赤球「……ですが、なまじ近しかっただけに」

赤球「自分がこの世界をつくった理由に、聡い三尋木さんは気付いているんじゃないか」

赤球「面と向かって話すことになったら、それを言い咎められるんじゃないか」

赤球「そんな不安もあったのかもしれません」

恭子「…………」



赤球「…………もしくは」

恭子「?」

赤球「貴女と三尋木さんとの距離が近づいたら、貴女にそれを話してしまうんじゃないか……。とかね」

…………それが何やっちゅーの。

赤球「そこに、焦りや危機感を抱いたのかもしれません」

……なんやそれ。

赤球「他の誰でもない、貴女だけには……。知られたくなかったのかもしれませんね」

…………意味わからん。



赤球「……今日まで。赤土さんの心の中には、様々な迷いと葛藤があったかと思います」

赤球「それが、世界のタイムリミットまでこれほど猶予期間があった理由」

恭子「……迷い……」

赤球「それは。本当にこれでいいのかという、自分がつくった世界に対する不安だったかもしれませんし」

赤球「こちらの世界で見つかっていなかった、自分の教え子さんたちに思うところがあったのかもしれません」

赤球「……あるいは、自分の痛みを素直に打ち明けられないという……、ひとりの少女の悩みだったのかも」

恭子「…………」

赤球「……本当のところは、今となっては知る由もありませんが」



赤球「…………ですがどうあれ」

赤球「先刻聞こえた、赤土さんの心の声の中には……」

赤球「はっきりと一言、こんな言葉がありました」

恭子「…………」

赤球「…………『もういい』と」

恭子「…………」

赤球「……それが、彼女の結論です」



恭子「…………」

赤球「…………」

恭子「…………」

赤球「……正直に申し上げて」

恭子「…………」

赤球「これはあまりに承服しがたい結論です。僕個人にとっても」

恭子「?」



赤球「彼女はそんなことに甘んじる人間ではない。そうであってはならない」

恭子「…………」

赤球「一時の気の迷いなど……必ず払拭できる人のはず」

恭子「…………」

赤球「…………僕は、そう信じているからです」

恭子「…………」



赤球「……個人的な話をさせていただいて恐縮ですが」

恭子「?」

赤球「今より少々、若かったころ。まだ小学生の時分ですが」

赤球「僕にも人並みに、人生に悩んでいたころがありました」

赤球「麻雀に、人間関係に、未来に。子供心に、自分のすべてに悩んでいた時期がありました」

恭子「…………」

赤球「そんな時……。一度だけ、赤土さんにお会いしたことがあったんです」

赤球「彼女は覚えてもいないでしょうが……」



赤球「たまたま訪れた奈良で行われていた、自由参加の小さな麻雀大会」

赤球「勝ち進むような上の大会などもない、ただのお祭りのような大会でしたが」

赤球「そこに、僕も赤土さんも出場していたんです」

赤球「しかし、当時の僕は――」

赤球「麻雀がさほど強かったわけでもなく、伸び悩み。麻雀を続けることに悩んでいました」

赤球「そして、やはりそこでもいいところなく敗退し……。もう終わりにしよう、麻雀をやめようと思っていたその時」

赤球「そんな情けない少年に対し、たまたま声をかけてくれ……」

赤球「小一時間話し相手になってくれたのが、当時中学生だった彼女」

赤球「……そこで僕を励ますようにかけてくれた言葉を、今でも覚えています」



--------------------------------------------------------------------

晴絵「麻雀のいいところってさ」

ハギヨシ「……?」

晴絵「どんなに高い手が揃っても、どんな理不尽な手に振り込んでも」

晴絵「一局終われば、次はまた最初から」

晴絵「リセットされて、ゼロからの勝負になれるとこだと思うんだ」

晴絵「そしたら、次は勝てるかもしれないじゃん?」

ハギヨシ「…………」

晴絵「……でもさ」

晴絵「卓につくのをやめちゃったら、もう勝てないぜ?」

ハギヨシ「!」

晴絵「違うかな?」

ハギヨシ「…………」

晴絵「何度だってやり直したらいい。誰にだってまたチャンスが来るんだ」

晴絵「今日負けたって、明日勝てばいいさ。麻雀なんだから」

ハギヨシ「…………はい」

--------------------------------------------------------------------



赤球「その言葉に当時の僕がどれほど救われ、勇気づけられたことか」

赤球「……その時から、僕にとって彼女は」

赤球「僕の麻雀と人生の目標であり、龍門渕家の皆様方の次に大切な方となりました」

赤球「さすがにそれ以降、名乗り出ることはしませんでしたが」

赤球「こっそりとインターミドル、そしてインターハイの試合を応援に行ったりしたものです」

恭子「…………」



恭子「……好きやったん? あいつのこと」

赤球「ははっ、恋心とは畏れ多い。僕は龍門渕家に一生涯を捧げた身ですので」

恭子「…………」

赤球「…………憧れ……だったんですよ。恥ずかしながらね」

恭子「…………」

赤球「打ち筋、度胸、麻雀に対する考え方……」

赤球「……何よりその、心の強さ」

赤球「あんな人になりたいと、ただそう思う方でした」



赤球「僭越ながら、僕の希望を申し上げさせていただくなら」

恭子「?」

赤球「逃げずに、立ち向かってほしい。彼女はそれができる、強い人のはずです」

恭子「…………」

赤球「……かつて、僕に話してくれたようにね」

恭子「…………」



赤球「……もし、傷つく結果になったとしても」

恭子「?」

赤球「何度だってやり直せばいいじゃないですか!! あの時僕に教えてくれたように!!」

突然、声を荒げる赤い球。

赤球「あなたはそう教えられるじゃないですか!! 大事な教え子たちにだって!!」

球体がそれにあわせてビリビリと揺らめく。

赤球「教え子が決勝進出したとき流した感謝の涙は!! あの人に向けた決意の言葉は!! 何処に行ったんですか!!」

球に感情があるとしたら、激昂してるってこういう感じなんやろな。

赤球の感情なんて知らんけど。



赤球「目の前に迫った壁から逃げること……。それは、彼女が弱い自分に負けていいと自分を認めてしまうこと」

赤球「それが何より、世界が壊れることより僕には耐えられない」

赤球「……おっと、今のは透華お嬢様には内緒でお願いしますね」

恭子「…………」

赤球「…………ですが」

赤球「僕の声を彼女に届けることは……、もはや僕には叶わない」

恭子「…………」

赤球「……貴女に、託します」



恭子「?」

赤球「貴女なら、できるはずです。末原恭子さん」

恭子「…………」

赤球「彼女と同じ傷を負って、それでも壁に立ち向かっていった貴女なら……」

恭子「同じ傷……?」

赤球「……準決勝の闘牌、すばらでしたよ」

恭子「何を……言うて……?」



赤球「……もう時間もありません、お二人から伝言です」

恭子「二人?」

赤球「透華お嬢様からは、パソコンとプリンタの電源をつけるようにと」

恭子「パソコン……?」

赤球「安福莉子さんからは、ごめんなさい、私のせいで劔谷が敗退してしまいごめんなさいと」

恭子「いつもと変わらんやんけ」

赤球「んふっ」



赤球「そうそう、それからもう一人」

恭子「?」

赤球「赤阪郁乃さんからは、部室にカレー作ってあるで~、と」

恭子「…………あるのは知っとるけど。誰やねん」

赤球「おや、ご存じありませんでしたか。貴女の憧れの偽サンタ、と言えばお判りいただけるかと」

恭子「…………まあ、そうやとは思うた」

赤球「辛口にしといたから気ぃつけや~、とのことです」

いらんわ。何の気遣いやねん。



赤球「……時間が来たようです。僕ができることはここまで」

恭子「…………」

赤球「ご武運をお祈りします。……それでは、ご清聴サンクス☆ でした」

恭子「…………」

赤球「バイニー♪」

スウッ


それだけ言うて、自称ハギヨシの赤い球は姿を消した。



恭子「…………パソコンか」

ポチッ

ひとり残され所在なくなった私は、仕方なくパソコンの電源を入れた。

いつもの立ち上げ画面と違う様子で、黒一色に白い文字が延々と流れていく。

まあ、パソコンの立ち上げ画面なんてそないよう知らんけど。

最後にひとつ、読めそうな言葉が出てきたと思えば……


*** Hacked by TOMOKI.S ***


なんのこっちゃ。



その一文が消えると、画面はブラックアウト。

次の瞬間、黒い画面にチャットのような白い文字が現れた。


TOKA.R > 見えていらっしゃる?_


恭子「…………」



誰かはすぐわかった。龍門渕透華。

こんな口調はこいつしかおらん。というかチャットでもそれかい。

キーボードを叩き、返事を返す。

『うん』



TOKA.R > あまり時間がありませんの。取り急ぎ用件からお話いたしますわ_

『何や』

TOKA.R > PDFデータを送信いたします。目を通してくださいまし_

『データて何の』

TOKA.R > 図書館の奥からやっと拾い出した、あのときの牌譜たち_

『あのとき?』

TOKA.R > 赤土晴絵が消しきれなかった、元の世界の残骸ですわ_

恭子「…………」



TOKA.R > まず第61回全国高等学校麻雀選手権大会、準決勝先鋒戦の全牌譜_

TOKA.R > そして第71回大会長野県個人予選、龍門渕透華が満貫以上確定立直をかけた次巡、妹尾佳織に国士無双を振り込んだ局の牌譜_

TOKA.R > 同じく全国大会Aブロック2回戦大将戦オーラス、高鴨穏乃が安福莉子に山越しからの逆転七対子を直撃させた局の牌譜_

TOKA.R > 最後に_

TOKA.R > 姫松高校の全国大会Bブロック2回戦と準決勝、大将戦の全牌譜ですわ_

恭子「…………」



カタカタッ

『どうしたらええの?』

TOKA.R > あなたが読み終えるまで電源が保つ保証がございません。まずは印刷を_

恭子「…………」

画面下に、ダウンロード経過を示すウィンドウが開く。

ひとつが終わると、自動で『印刷しますか?』の表示。『はい』を選んでマウスクリック。

楽な操作や。ホッとした。

TOKA.R > 印刷しながらでかまいませんわ。聞いてくださいまし_



TOKA.R > わたくしは赤土晴絵に失望しております_

恭子「…………」

TOKA.R > 準決勝突破を果たし過去の悪夢は払拭したはず。それが、なぜここへきて_

恭子「…………」

TOKA.R > 最後の決勝を前に怖気づくとは。特訓に付き合った甲斐がないにも程があるというものですわ_

恭子「…………」



TOKA.R > わたくしどもは世界を元の姿へと回帰させることを望んでいます_

TOKA.R > 赤土晴絵がつくろうとしているのは、常軌を逸した麻雀力のない世界。理不尽すぎる敗北に傷つくことのない世界_

TOKA.R > 麻雀勝負にそのような力が必要ナッシングであること自体は、わたくしも否定はしませんが_

TOKA.R > その世界そのものを否定することは、あの子の存在自体をも否定してしまうことになりますもの_

……あの子……?

TOKA.R > そんな世界は――断固お断り申し上げますわ。如何なることがあろうとも_

恭子「…………」

TOKA.R > あなただけが頼りですわ。よろしくご判断いただき、対処いただきますように_

恭子「…………」

TOKA.R > また、東京のファミレスに_

ブツッ



最後の一言はようわからんかったけど。

そこでパソコンは暗転した。

恭子「……終わりかい」

投げっぱなしにも程があるわ。

恭子「…………」

後に残ったのは、電気の消えたパソコンモニターと、印刷された牌譜の束。

恭子「…………見るか」

パラッ



不思議な感じがした。

私は麻雀なんて知らん。牌譜とやらの読み方だってわかるはずないのに。

なんとなく様子がわかる。卓の光景が目に浮かぶ。

パラッ

恭子「これ……、あの『伝説の準決勝』の……」

…………えっ

恭子「……『あの』……? 『伝説の』……?」

自分でつぶやいた言葉を繰り返す。『あの』って何や。こんなもん見たことあるわけが……。

恭子「…………」

私は……何かを忘れている…………?



突然、声が聞こえた気がした。


――ごめんなさい――私の――せいで――


えっ?

恭子「安福先輩……?」


――私のせいで――敗退――  ――大将戦――最後――


恭子「…………おらんよな」キョロキョロ


――ごめんなさい――  ――ごめんなさい――


恭子「幻聴……? いや、なんやこれ……」



パラッ

恭子「Bブロック2回戦……大将戦オーラス……」

パラッ

なんか……覚えてる……知らんはずやのに……

パラッ

そう、ここでこう、こう進んで―― ここであいつが――



――『ツモ 400・800です』シャラン

――「「「えっ」」」



ドクン



なんや……、なんや今のは……?



そのとき。

ドォォォーーーン

窓の外が大きく光り、轟音がとどろく。

前に見た光景や。

恭子「…………トヨネ…………」

窓の向こうを覆いつくすほどのでかさ。

中庭にトヨネが現れた。

晴絵「キョン!! なにあれすげーー!!」

そして、こいつもやってきた。



トヨネの様子は、以前見た時とだいぶん違っていた。

ブロック遊びをしていた楽しそうな姿ではなく、寂しそうに何かを探すような面持ちでフラフラと彷徨っていた。

オッカケルヨー… ハダカタンキダヨー…

晴絵「なんか叫んでる! なんて言ってるんだろ!?」

なぜだか、その声。聞き覚えがある気がした。

先日ハギヨシに紹介された時でなく、いつかもっと前に……。

スエハラサーン… スエハラサーン…

晴絵「なんかあんたのこと呼んでない!?」

スエハラサン… サインー…

恭子「…………サイン?」



トヨネが手に持っていたのは、一枚の色紙。

スエハラサン… サインダヨー…

トヨネのサイズと同じくでかくなっている、巨大なサイン色紙らしきもの。

ワタシタチノ… オモイデナンダヨー…

サインと言うには見る影もないヨレヨレの文字で、そこには確かに「末原」と書いてあった。

あれは………… 私が書いた…………。

恭子「…………」ハッ

私は……あいつを知っている……。

あの「トヨネ」と……。麻雀を打ったことが……ある……!






――――バッ







――『おう、ウチらとつるまへんか?』『くそダサよー』


――『監督!! しっかりしてください!! 早く救急車!!』


――『よし、デコに油性やな』『ひぃぃぃ……』


――『少し追いついたで、絹ちゃん』『先輩……』


――『大将戦終了ー! 南大阪代表は姫松高校に決定ー!!』


――『どやった!? 清老頭!!』『くそダサよー』


――『追っかけ立直だよー!』『ウフフ…メンチンツモ一盃口ね』『ツモ 嶺上開花です』


――『ほな、まずは見た目から~』『くそダサよー』


――『エルティ――オリ――サミ!』『アッコロ……! 16100オール!』『ツモ 嶺上開花です』


――『準決勝……すみませんでしたっ!!』




突如訪れた、見たこともない情景のフラッシュバック。

頭の中に、ここではないどこか、会うたこともない誰かの映像が大量に流れ込んでくる。

いや、違う。私はそれを知っている。

今まで何故か忘れていた、「あっちの世界」の記憶――

…………

……

恭子「……思い出したわ……。完全に……」



晴絵「ねえねえ! 何かすっごい事が起こりそうじゃない!?」

見たこともない満面の笑顔を私に向け、トヨネを見上げるハルエ。

恭子「……ああ」

曖昧に頷き返す。

せやな。凄い事起きるわ。

世界が入れ換わる。

オカルト麻雀打つヤツが誰もおらん、誰もそれで傷つくことのない世界に――。

…………でも。



恭子「お前は……それでええんか?」

晴絵「いいに決まってるじゃない! すごく楽しそうよ!」

恭子「……そうか」

トヨネを見るハルエの目は、溢れんばかりに輝いている。

今からつくられる世界が、ホンマに楽しい世界やと確信するかのように。

でもな。

恭子「私はイヤや」

晴絵「!」



恭子「私は帰りたい」

晴絵「何……言ってんの……?」

恭子「……戻ろうや、元通りの世界に」

晴絵「…………意味わかんないわ」

恭子「悪いけどな。あっちに残してきたもんがあんねん」

晴絵「…………?」

恭子「……まだ、借りを返してへん奴らがおる」

晴絵「…………」

恭子「もう一回打って、ヘコましたらなあかん奴らが山ほどおる……!」



恭子「……聞いたで、あんたがこうする理由」

晴絵「!」

恭子「アホみたいなオカルトに負けて傷つきたくないから……、傷つく人の姿を見たないから……」

晴絵「…………」

恭子「三尋木さん……三尋木プロのこと避けとったんも……、同じ理由やろ?」

晴絵「…………」

恭子「……それって、逃げてるだけなんちゃうん?」

晴絵「!」



恭子「…………そんなもんな」

晴絵「…………」

恭子「そんなもん打った後の話やろ!! 打つ前からウジウジ言うとんなや!!」

晴絵「…………」

恭子「まだ……。決勝戦は終わってへんやないか……!!」

晴絵「…………うるさい」

恭子「監督のあんたがそんなんで、阿知賀の連中はどうせえっちゅうねん!!!」

晴絵「うるさい! うるっさい!!」



晴絵「あんたに……、あんたに何がわかるって言うのよ!!」

恭子「……多少なりとわかる思うたから……、私をここに選んだんちゃうんか」

晴絵「大好きな……、本当に大好きな麻雀が打てなくなる気持ちなんて!! あんただって知らないくせに!!」

恭子「あーわからんな。わかりたくもないわ」

晴絵「最初は卓に座るだけで吐くほど苦しかったのよ!! 手が震えて牌が持てなかったのよ!!」

恭子「手ぇカタカタするくらい日常茶飯事や」

晴絵「部は廃部になって! 友達もみんないなくなって!! 最後まで一緒に居てくれたのなんて一人だけだった!!」

恭子「……一人でも居りゃ十分やろ。私かてそんなん、居って二人や」

晴絵「…………」



恭子「大体な! 阿知賀の連中かて大したオカルト揃いやないか!」

晴絵「…………」

恭子「ずっとそいつら教えてたんやろが! 何を今更オカルト嫌とか言うとんねん!!」

晴絵「…………今更じゃない」

恭子「?」

晴絵「今更じゃない! だからこそよ!!」

恭子「…………?」

晴絵「…………私は、あいつらがずっと怖かった!!」



晴絵「毎日の部活の中で……。あいつらが、私の予想を超えた一撃を見せるたびに……」

晴絵「顔には出さなくても、何度も背筋が凍る思いがした」

晴絵「……心の奥では、震えが止まらなかった」

恭子「…………」

晴絵「指導者として、教え子の成長を素直に褒めてあげないといけない場面なのに……」

晴絵「……その無邪気に喜ぶあいつらの顔が……。あのひとと同じにしか見えない瞬間があった」

恭子「…………」

晴絵「……どこまで行っても、根本的にこいつらは私と違う」

晴絵「"持ってる"やつらなんだ、って…………。そう思う気持ちが抜けなかった」

恭子「…………」

晴絵「……あいつらが、強くなればなるほどに」

恭子「…………」



晴絵「そんなあいつらが……いつか私を押し潰すんじゃないかって……」

晴絵「…………それがずっと怖かった」

晴絵「あのときのあのひとと、同じ顔になって……。私の前に現れたら、って……!」

恭子「…………」

晴絵「そんな風に考えてしまう自分自身も……、嫌で嫌で仕方なかった」

晴絵「……でも、どうしても……」

晴絵「……不安が後から後から湧いてきて……消えてくれなかった……!」

恭子「…………」

晴絵「……そんな思いを抱えながら……信頼されて懐かれて……」

晴絵「……あいつらに背中を押してもらってきた私の気持ちなんて……!」

晴絵「あんたにだって!! わかるわけない!!」



恭子「……せやから言うて……そっから全部目ぇ背けて」

晴絵「…………」

恭子「…………そいつらまでおらん世界をつくって……。それでええんか」

晴絵「…………」

恭子「…………」

晴絵「…………」

…………そうか。




恭子「…………スゥー…………フゥー…………」


……目を瞑り、大きくひとつ深呼吸。

晴絵「……?……」

クワッ


恭子「 ア ホ か ! ! 」


晴絵「!?」



恭子「アホかアホかアホかアホか!! アホの数え役満か!!」

晴絵「…………」

恭子「アホの満塁ホームランか!! アホの人間国宝か!! アホの重要無形文化財か!!」

晴絵「…………なによ」

恭子「アホの産地直送一番搾りか!! アホアホ色の波紋疾走か!! アホ芸セントへレンズ大噴火か!!」

晴絵「…………なんなのよ」

恭子「アーーーーホーーーーかーーーーーーーー!!!!!!!!」

晴絵「なによバカキョンのくせに!! バカキョン!! バーカ!! バァーーカ!!!!」

恭子「アホにアホ言うて何が悪いねんアホ!! ドアホ!! アホ!!! アホーーーー!!!!」

晴絵「黙れ!! うるっさい!! バァーカ!! バカバカバァーーカ!!!!」

恭子「やかましわアホ!! 風邪ひけ!! 熱出てまえボケーー!!!!」



恭子「私かってな!!」

恭子「めっちゃ悔しかったわ!! 山ほど泣きたかったわ!!」

恭子「仲間や後輩や善野監督の前に!! どんな顔して帰ればええんか死ぬほど悩んだわ!!」

恭子「2回戦と準決勝と!! 2回や!! お前の倍の2回もや!!」

恭子「そん中にバケモノやない相手なんてな!! ひっっとりもおらんかったわ!!」

恭子「それでも!! それでもな!!」

恭子「それがなんやねん!! なんやっちゅーねん!!」

恭子「くそくらえやーーーーー!!!!!」



最後の方はもう、自分でも何を言うてるのかわからんかった。

二人とも涙で顔中グシャグシャにして、怒鳴りあい、叫びあい、罵りあい。

普段人前じゃ絶対言わんようなことまで、よーさん叫んだ気がするわ。

恭子「…ハァ…ハァ…ゼェ…ハァ…」

晴絵「……ハァ……ハァ……ハァ……」

お互い叫びつくして疲れてきたところで、ようやく一息つく。



恭子「なあ、ハルエ。…………いや、赤土監督」

晴絵「…………」

恭子「私はあの卓で、めっちゃ楽しい時間を過ごしてたんや」

晴絵「…………」

恭子「……バケモノがなんや、普通でない麻雀打ちがなんやねん」

晴絵「…………」

恭子「アホみたいなオバケ相手かて、アホみたいなオカルト発表会されたからて……なんやっちゅーねん」

晴絵「…………」



恭子「自分は特別やーいうツラして、他人や麻雀のことナメとるような相手やったら……尚更や」

晴絵「…………」

恭子「どんだけ点棒取られたって……、どんだけヘコまされたって……」

恭子「そいつら相手に、データを集めて研究重ねて極限まで考えて工夫して」

恭子「そうやって"普通の麻雀"を貫き通すんがおもろいんやないか」

晴絵「…………」

恭子「…………そう」

恭子「……あなたが、やっていたように」



恭子「『宇宙人も未来人も超能力者もいない卓で、普通に麻雀することよ!』……やったっけ」

晴絵「…………」

恭子「……やったらええやん、普通の麻雀」

晴絵「…………」

恭子「宇宙人も未来人も超能力者も、アホみたいなバケモノばっかり集まった卓やっても……!」

晴絵「…………」



恭子「……もしそれでも、怖い言うなら」

晴絵「…………」

恭子「…………私が、同じ卓に居ったるわ」

晴絵「…………」

恭子「生まれたときから今まで……正真正銘100%普通の人間の……」

晴絵「…………」

恭子「オカルトな麻雀力なんてなんっっも持ってへん凡人の私が」

晴絵「…………」

恭子「あんたの隣で……。普通の麻雀、打ち続けたる」

晴絵「…………」

恭子「……どこまでだって、追っかけてったるから」



淡々と話すうちに、ハルエも多少は落ち着いてきたようやったが。

一度も私と目を合わせようとはせず、うつむいたまま。

聞こえへんくらいの声でブツブツとなんや言うとった。

恭子「…………な?」

晴絵「…………」

恭子「…………」

晴絵「…………」

恭子「…………そうか」

晴絵「…………」

恭子「……ほな」

晴絵「…………?」

恭子「これで――目ぇ覚ませ――!!」




その時の私の行動は、今もって全く理解できん。


なんぼテンション上がってワケワカラン状態なっても、あんな暴挙に出るか普通。


ああ、思う存分笑うがええ。


一番のアホは私、この私やったわ。





恭子「シャキッとせえや!! 赤土晴絵!!!」


そう言うと私は、傍らにあった鍋からカレーをすくい――


ぱくっ


それを口に含んだまま、ハルエの首によじ登るように両腕をかけ――背ぇ高いなこいつ――背伸びして顔を引き寄せて――






ちゅっ










           r'^'vη                            rv'^'η
          ∨/:\         __               /:\__/
.          \: : : :\     ...::´:::::::::::::::::::`:::.、       /:: :\/
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           `ニ=----:_:_: 」:_:_:_::从_:_:_l:.|:_:_:_:_|:_:|八:」
           ニ二ニ/         |二ニニ′
             ニニニニ′        |二ニニ′
             ニニニ′         |二二′
             ニニニ′          |=ニニ′



























恭子「…………はっ!?」

ガバッ

…………目が覚めた場所は、よく見覚えのあった部屋の中。

恭子「…………」キョロキョロ

恭子「ここは……全国大会の宿舎……」

恭子「…………」

恭子「私は……北高一年、いや、姫松高校三年、末原恭子……」

恭子「…………」

恭子「夢……か……」

恭子「…………」

恭子「…………」

恭子「どこからって……。全部……やんな……?」

恭子「……うん、サンタクロースさんがあの代行なわけあらへん……。悪い冗談や……」



恭子「…………」

恭子「…………」

恭子「……なんて……夢やねん…………」

恭子「…………」

恭子「…………」

恭子「…………アホか。アホの極みか」

恭子「善野監督も爆笑DA☆ZE☆」



チュン チュンチュン

恭子「……おはよう」

洋榎「おう、起きたか」

恭子「うん」

洋榎「……スッキリした顔しとるやん」

恭子「…………そう?」

洋榎「随分違うで、昨日終わったときに比べたら」

恭子「……昨日……」



そっか。そうやったな。

恭子「今日は……。決勝戦……?」

洋榎「おう」

恭子「…………」

洋榎「…………」

恭子「……終わったんやな」

洋榎「…………」

恭子「私らの……最後のインターハイ……」

洋榎「…………おう」



恭子「…………」

洋榎「…………」

恭子「……ありがとな」

洋榎「ん?」

恭子「…………ここまで、一緒におってくれて」

洋榎「……なんやそれ」

恭子「…………ううん、なんでもないわ」



洋榎「まあええわ、どないする今日?」

恭子「?」

洋榎「ただ五決出て終わりじゃおもんないやろ。清澄に冷やかしでも行ったるか?」

恭子「…………いや」

洋榎「?」

恭子「行くなら、阿知賀に行ってもええかな?」

洋榎「阿知賀?」



恭子「行きたなかったら、一人で行きますけど」

洋榎「……いやええで、付き合うたるわ」

恭子「ありがと」

洋榎「ほんで、何するつもりやねん?」

恭子「……ちょっとな。一発かましたるわ」

洋榎「ほーん?」

恭子「私らに勝った清澄と臨海相手に……。ヘボい打ち方しとったら承知せえへんで、ってな」

洋榎「おっ、なんや元気でてきたやんけ」

恭子「…………うん、ありがとな」



ふと、テーブルの上を見る。善野監督がくれたあの赤いリボンが目に入った。

恭子「…………よし」

洋榎「?」

恭子「ちょっと気合い入れてくか」

スッ

洋榎「なんや、よっぽど気に入ったんやなそのリボン」

恭子「そんなんやないよ……。でも、善野監督がくれたんやって聞いたから」

洋榎「…………さよか」

リボンを手に取り、髪をまとめる。

私はここから。また新しい始まりや。

きゅっ

洋榎「おっ、ポニテやん。ウチとおそろや」

恭子「…………せやね」



洋榎「…………なあ」

恭子「……何?」

洋榎「…………」

恭子「…………」

洋榎「似合うとるで」

恭子「…………アホ」



~答えはいつも私の胸に~





その後のことを少しだけ語ろう――。

洋榎と一緒に阿知賀女子の控室を訪ねた私やったが、

結論から言うとハルエには会えなかった。

扉を開けた瞬間、阿知賀女子の部長――鷺森さんやっけ――が鬼の形相で殴り掛かってきたからや。

無言の涙目でブンブンとボウリングピンを振り回す様は、正直蒲原のワーゲンより怖かった。

死ぬ。殺される。

そう感じた私と洋榎は、挨拶もそこそこになんとかその場を逃げ出した。

あんな明確な殺意を感じたのは人生初めてや。

蒲原かて殺意は無かったからな。たぶん。



結局、この悪夢のような出来事がホンマに起こったことやったと私が実感したのは、

五位決定戦が終わった後。

大将戦を終え控室に戻ってきた私に、監督代行がかけてきた言葉。

郁乃「どやった~?」

恭子「……ええ、全力を尽くしました。悔いはありません」

郁乃「ん~、そっちのことやなしに~」

恭子「?」

郁乃「カレー味のファーストキス、どやった?」

恭子「!!」

ざわ…



洋榎「ん? なんやて?」

絹恵「キス……とかなんとか……」

漫「カレー味の……?」

由子「のよー?」

恭子「あっ、あーあー!! 昨日の夕飯のキス天ぷら!! あれカレー味でしたっけー!!」

洋榎「なんやそれ」

絹恵「天ぷらがカレー味?」

恭子「あっ、気づかんかったみんな!? お好みでカレー粉ふりかけるんですよあれ!! うまかったでー!!」

漫「へぇー」

由子「のよー」

あまりよく聞こえてへんかったのが不幸中の幸い。なんとかその場はごまかした。

郁乃( ´∀`)ニヤニヤ

代行、あんたは絶対いつかしばく。

というかなんでそこ知ってんねん。



その後すぐに、第二波の襲来。

あの天江衣の保護者が執事を従えて、姫松の控室を訪問してきよった。

透華「うちの執事が、あなたにお話があるそうでして!」

ざわ…

あっちの世界じゃ考えられへん、でっかい目立つ声と態度。別人格て、たとえ話やなかったんか。

ハギヨシ「どうも。昨晩はお世話になりましたね」

漫「昨晩?」

ざわ… ざわ…ざわ…

その誤解を招く表現やめーや。

そして後ろの部員たちから上がる「キャーホンマにー」「末原先輩があの人とー?」「くそイケメンよー」といった声。

おいおい、何を勘違いしとんねん。



そこでようやく、事実の確認。

今日未明から分岐していたあちらの世界の10か月間は、きれいさっぱり巻き戻って無かったことになったらしい。

一連の出来事を覚えているのも、ハルエに近しかった周辺の数名程度やと。

恭子「ほな、谷口や国木田たちは……」

ハギヨシ「ご心配なく。どこかにいるはずですよ、来春北高を受験する中学生としてね」

……そうか。いつか会いにでも行ったるかな。

ハギヨシ「もちろん、貴女のことは知る由もないですけどね」

…………わかってますて。冗談や。



ハギヨシさんからはお礼を言われた。

ハギヨシ「ありがとうございました。関わった一同を代表して、感謝申し上げますよ」

それはええねんけど、気になるのは……。

ハギヨシ「もちろん、この事は誰にも話しませんので。ご心配なく」

うん、それさえ守ってくれたらな。


龍門渕の方は、一切覚えとる感じがせんかった。

忘れとんのか、頓着しとらんのか。人格と一緒に記憶までチェンジしてもうたんか。

まあ、あの悪夢を知らんならそれはそれでええわ。



ハギヨシ「今後とも、何かありましたら遠慮なくお声がけください。いつでもお力になりますので」

恭子「……ありがとうございます」

ハギヨシ「さしあたって、何かございませんか?」

恭子「んー、ほな……」

せっかくやから、ひとつ。

龍門渕高校は阿知賀女子とも付き合いがあるて聞いたから、ハルエに会う場所と時間をセッティングしてもらうことにした。

あの様子じゃ私が直接行っても無理そうやったしな。



そして、次の日。

インターハイ選手たちにとっては、個人戦開始前の束の間の休息。

私は都内の喫茶店で、ハルエと二人で会うことになった。


カランカラン イラッシャイマセー

恭子「…………来たな」


話したいことは山ほどある。

あの出来事を覚えているのか。覚えてるならどう思ってんのか。絶対他人には内緒にせえよ。

あの部長さんって何なん。決勝戦の阿知賀の結果。昔会うたっていう男の子について――。



しかしまあ、結局のところ最初に話すことは決まっとる。

そう、まず――。

宇宙人と未来人と超能力者とでも打ったんかい、いうようなあの伝説の準決勝の牌譜に……、

おもっくそダメ出しをしてやろうと、私は思っている。


カン




AA引用 やる夫AA録2
http://yaruo.b4t.jp/index.php

2016/12/22