――サンシキスミレ、又はサンショクスミレ(三色菫)は、一年生もしくは短命な多年生の野草。

数多くある英名の一つにワイルドパンジーの別名があり、その名で呼ばれることもある。――


wikipedia「サンシキスミレ」より抜粋




恒子「先鋒戦終了ー! 白熱のインターハイ決勝戦、まずは第一ラウンドが決着です!」

ワァァァァーーーー


照「…………ただいま」

菫「……ああ」



菫「…………どうだった」

照「…………うん」

菫「…………」

照「……悪くなかった……と思う」

菫「…………安心したよ」

照「?」

菫「試合開始前は心配したが……。少しは、吹っ切れた顔になったじゃないか」

照「…………」



菫「…………思えば、いろいろとあったもんだな」

照「?」

菫「……だが、これで最後だ」

照「……最後……?」

菫「個人戦だの秋の国麻だのはさておき。この白糸台高校の同じチームで打つのは今日が最後」

照「!」

菫「……三年生の夏だからな」

照「…………三年生の夏だからね」

菫「……悔いの残らんように、打たんとな」

照「…………そうだね」



菫「…………お前は」

照「?」

菫「やり残したことは、無かったか?」

照「…………」

菫「?」

照「…………うん」

菫「そうか」



――違う。





私はあなたに。



まだ言っていないことがある。





照「宇野沢さんはもうちょっと副露したほうが合うと思います」

栞「…………はあ」

照「渡辺さんは…………。棚橋さんは…………」

琉音「…………」

菜月「…………」

照「最後に、沖土居さんは…………」

蘭「…………うん」

…………

……

照「では、そういうことで」



菫「ちょっと待った」

照「…………何、親切な人」

菫「それで終わりか?」

照「?」

菫「…………私には、何か無いのか?」

照「!」ドキッ



照「…………ちょっと何を言ってるのかわからない」

菫「一チームは五人だろう。私が五人目じゃなかったのか」

照「…………そう、だよ」

菫「?」

照「…………えっと、あの」

菫「なんだ、やっぱり自分が出たくなったとか? だったらそう言ってくれれば」

照「…………そうじゃ、なくて」

菫「?」



照「…………」フラフラ

菫「?」

照「…………」キョドキョド

菫「……どうした?」

照「…………」アセアセ

菫「…………」

照「…………弓矢とか、得意?」

菫「弓矢? ……まあ、洋弓の嗜みくらいはあるが」

照「……そう。それを使っていくといいと思う」

菫「?」







――言えなかった。本当のこと。







嘘をついたわけじゃない。

彼女の弓の才能……。和了の相手を狙って射貫くシャープシュートも、間違いなく彼女の資質。

でも、

あのとき私は言えなかった。

彼女を映した鏡に見えていた、もう一つの姿を。

そこから私は……、目を逸らしてしまった。



菫「――親切な人じゃなくて。弘世菫だ」

照「プロレス見れ?」

菫「言ってない」

照「…………」

菫「弘世」

照「ヒロセ」

菫「菫」

照「…………」

菫「……なんでそこは復唱しないんだ」

照「…………」







――言いたくなかった。花の名前を。







初めてあなたを映した鏡に見えたのは。

その名前と同じ、三色菫の花。

あの子と同じ……。その身に花を背負って打つ麻雀。

その名と同じその役とともに、あなたが最も輝いていた姿――



あの日、それを正直に伝えていたら。

彼女はもっと、違う麻雀を打ったかもしれない。

違う名前で世間に知られ、違う成果を残したのかもしれない。

……そうしたら。

私との関係も、今とは違っていたのかな。




…………でもね。


だから、あなたに惹かれたんだ。


大好きな妹と、同じだったから。


だから、一緒に居られたんだ。


大好きな妹と、同じだったから。


……だから、言えなかったんだ。


大好きな妹と…………同じだったなんて。




それを伝えるのは怖かった。

おこられるかもしれない。

それを隠して、今まで一緒にいたことに。

嫌われるかもしれない。

「お前が見てたのは妹で、私を見てはいなかったのかよ」……なんて。

そんな風に思われてしまったら……どうしよう。



違うよ。そんなんじゃないよ。

…………それなのに。

彼女にきちんと話せるだけの……、気持ちと言葉の整理がつかなかった。

今まで積み上げてきたものが、それで壊れるかもしれないって思ったら……。

どうしても、体が動かなかった。



後でいいよ。いつでも言えるよ。

…………もう、いまさらの話だよ。


……そうして結局、ここまで来た。

ずっと、それ以上を考えないで――。




…………


…………


…………


…………でも。




菫「…………この期に及んで、という気もするが」

照「?」

菫「……終わってから言えと、言われるかもしれないが」

照「?」

菫「……楽しかったよ、この二年間」

照「!」

菫「…………ありがとう」

照「……菫……」



菫「…………」

照「…………」

菫「…………じゃあ、行ってくる」クルッ

照「…………待って!」

菫「?」







――気がついたら、言葉が出ていた。







照「…………三色同順」

菫「?」

照「……同刻でもいい。とにかく三色を狙って打って」

菫「…………何?」

照「遠回りに見えても……絶対に引かないで。どんなに無理矢理でもいいから……貫き通して」

菫「…………なんだそりゃ」



照「……大丈夫」

菫「…………」

照「…………大丈夫だから」

菫「……そうか」

照「…………うん」



菫「……あのとき以来だな」

照「?」

菫「お前が、私にそんなアドバイスをくれるのは」

照「…………うん」

菫「…………」

照「…………」

菫「…………善処するよ」

照「…………うん」



菫「じゃあ、行ってくる」

照「…………うん」

クルッ

スタスタスタ



菫(……そういえば……)

菫(……この二年間。幾度となくあいつと打ってきた中で……)

菫(…………たまに、ほんの一瞬。あの照にも絶対に負けないと思える瞬間があった)

菫(理由はわからないが、私の中に力があふれ。……心なしか、あいつが委縮しているような一局があった)

菫(…………そうだ)

菫(……そして、その時の和了は決まって――)





菫「――ツモ。三色同順だ」タンッ



菫(…………)

菫(…………そうだったな、そういえば)


シャラン


照「!」

菫「…………」スタスタスタ



――対局室へと向かう彼女を囲んで、大輪の花が開く光景が見えた。

力強く美しく、凛として輝く彼女そのもののようなその花の名は――


照「…………ワイルドパンジー」ボソッ



遠くなっていくその背中を、もう一度鏡から覗く。

鏡の奥からこちらを振り返った彼女の目は……、

いつもと同じ、私へのやさしさにあふれていて。

ひとりで思い悩んでいた私を、いつものように窘めてくれたようで。


「――なに言ってんだ。そんなの気にするような付き合いかよ」


いつも私にくれる、呆れたような微笑みとともに。そんな声が聞こえたような気がした。



照「がんばって。白糸台のワイルドパンジー」


噛みしめるように、もう一度その名をつぶやいた。


照「…………ありがとう」


恒子「決勝戦は次鋒戦へ突入! 選手入場です――!」


ワァァァァーーーー



カン





2018/10/04