――だから私は、うそをついた。
Bブロック二回戦終了後 大会会場にて
はやり「……ふう、今日の対戦おしまいっ」
はやり「これで二回戦も終わりだね」
はやり「…………」
はやり「…………」
はやり「準決勝……か……」
はやり「毎年のことだけど……」
はやり「やっぱり、特別だよね。準決勝って」
はやり「…………」
はやり「……なぜって、それはもちろん」
はやり「どうしても……いろんな思い出が頭をよぎるから」
はやり「……みんな……元気にしてるかな……」
?「よっしゃー、二回戦勝利だ!」
はやり「!」
偶然通りがかった通路の向こうで、聞こえてきた声。
何気なくそこで足を止めたことが……運命の分かれ道だった。
揺杏「ついに準決勝だな!」
誓子「そうねー」
成香「すてきです」
由暉子「はい」
はやり(今日勝った子たちか……。おめでとう)
揺杏「正直、ここまで来れるとは思わなかったよな」
成香「そうですね……」
誓子「ほんとよね。たまたま空いてた麻雀部室に入り浸って別のゲームやってたような私たちが」
爽「まあなー」
由暉子「びっくりです」
はやり(あの制服は……有珠山高校かな。南北海道だったっけ)
爽「これでまた、打倒はやりんに一歩近づいたな!」
はやり「!」
私の名前が聞こえて、思わず物陰に身を隠す。
別に、やましいことなんて無いはずなのに。
なぜだかどうしても気になって、その場を離れられなかった。
成香「でも、もうその頃の私達とは違うと思います」
誓子「……ええ、もちろん」
揺杏「おう、私達の実力だってみんな伸びてるからな!」
誓子「師匠に鍛えてもらったものね」
由暉子「はい」
爽「うん、シノッチャのおかげだよ!」
…………誰って?
由暉子「……それにしても」
誓子「ん?」
由暉子「不思議な方です、シノッチャさん」
揺杏「だよなー」
成香「私、実はどういう方なのかよく知らないです……」
由暉子「はい、私も」
爽「まあなー」
揺杏「大体、名前からよくわかんねえ。なんだよシノッチャって?」
誓子「うーん、本人がそう言ってるし……」
由暉子「ただの愛称じゃないんでしょうか」
爽「んにゃ、れっきとしたアイヌの名前だよ」
成香「そうなんですか?」
爽「『みんなで楽しむ時に唄を歌う』という意味のアイヌ語で『シノッチャ』。私達の師匠だ」
はやり(アイヌ……?)
由暉子「じゃあ、アイヌの方なんですか?」
爽「んー、どうだろ」
成香「?」
爽「もともと昔は内地にいたんだってさ。10年位前まで?」
誓子「そうなんだ」
爽「お母さんがウチの近くのコタン(村)に移住してたんだって。それで一緒に住むようになったって」
揺杏「へぇー」
爽「それからずっとコタン暮らし。ウチに部活指導しに来てくれてたのだって、奇跡みたいなもんさ」
揺杏「そんな人が、よくうちに来てくれたよな?」
誓子「爽が連れてきたのよね?」
爽「うん。よく遊びに行ってたそのコタンで会ってさ、打倒はやりんって言ったら興味持ってくれて」
成香「そうだったんですね……」
由暉子「運命的です」
爽「それで時々、うちらの部活を見てくれることになったわけだ」
揺杏「私たちの麻雀の師匠……。もう監督だよな」
爽「だな」
誓子「感謝しないといけないわね」
爽「ユキの左手打ちだって、シノッチャに教わったんだろ?」
成香「そうなんですか?」
誓子「それは初耳ね」
由暉子「教わったというほどではありませんが。きっかけは確かに」
揺杏「へー、どんな?」
由暉子「部活の対局中にその日のおやつ……。ポップコーンを食べていたんです」
誓子「うん」
由暉子「私がいちいち手を拭きながら打っていたら、シノッチャさんは右手で牌を持ちながら左手でお箸を持って」
揺杏「あー、やってたな」
成香「器用ですね……」
由暉子「はい。それが凄く印象に残ったので」
由暉子「左利きなんですか? って聞いたら、特にそうではないけどって」
はやり(……そんな人は、他に知らない)
由暉子「そこで、私も左利きなんです、って言ったら……私の手をじっと見つめて」
由暉子「左手で打ってみるのはどう? と」
由暉子「それで、私の左手をぎゅっと握って……」
由暉子「私の左手には……シラッキカムイがいると」
はやり(白築……何て……?)
揺杏「しらっき……、なんだそれ?」
由暉子「白狐の頭骨らしいのですが、幸せを呼ぶ神様ですと」
成香「狐の骨?」
爽「……アイヌの占いの道具だよ」
誓子「そうなの?」
爽「うん」
由暉子「……その手の中にはシラツキがいる。きっとあなたの麻雀をいい結果にしてくれるよ、と」
揺杏「へー」
由暉子「そこからですね、今の形ができたのは」
誓子「そうだったのね」
揺杏「来ればよかったのになー、一緒に東京」
誓子「そうよ、実質監督でしょ?」
爽「うーん……、本人が乗り気じゃなかったからなー」
成香「理由は……やっぱりお母様、ですか?」
爽「うん、そう言ってた。コタンを長く離れられないんだって」
由暉子「そうですか……」
揺杏「じゃあしゃーねーかー」
誓子「何か勿体ない感じもするわねー、あんなに強いのに」
爽「まあなんにせよ! 優勝まであと二つだ!」
揺杏「おう」
誓子「そうね」
爽「この勢いでどっかーんと優勝して! シノッチャにもいい報告しようぜー!」
全員「おー!」
誓子「頼むわよ? あなたにかかってるんですからね、大将」
由暉子「そうですね」
爽「へっ、よせやい」
成香「今までも、ずいぶん助けていただきました」
揺杏「大体、爽の変な運頼りだったもんな!」
爽「…………ああ」
揺杏「ん、どしたん急に」
爽「……いや、別に」
成香「?」
誓子「変な爽」
誓子「じゃ、帰りましょうか」
成香「はい」
揺杏「今日の夕飯何かなー!」
爽「…………」
誓子「爽?」
爽「……先に帰ってて、いいよ」
誓子「何よ」
由暉子「どうかしました?」
爽「……なんにも。ちょっとぶらぶら散歩したくてさ」
誓子「…………そう。いいけど門限は守ってね?」
爽「おう」
爽「…………ふう」
爽「…………」
爽「……変な運、か……。まあ、今はそう思っててよ」
爽「いつか必ず……ちゃんと話すからさ」
はやり(……よく聞こえないな……)
爽「…………よし。次くらいには出番かな……」
爽「頼むぜ、フリカムイ――」
フワッ
はやり「!!」
そのとき、私には見えた。
何処からともなく彼女の肩に降りてきたそれは、間違いなく……
「鳥さん――!!」
爽「よっしゃ! 準備万端!」
タッタッタッ
はやり「あ……」
呼び止める暇もなく、彼女たちは去ってしまった。
……否。
動けなかった。
某放送局スタジオ
スタッフ「瑞原プロ! 今日の放送、よろしくお願いします!」
はやり「うん……。それじゃ出場校のデータ、見せてくれるかな」
スタッフ「オッス」
パラッ
はやり(大会エントリーシート……南北海道代表・有珠山高校)
はやり(顧問の名前……、違う。有名な選手でもない、普通の学校の先生だ)
はやり(監督、コーチは…………)
はやり(…………空欄だ)
確かめたい。一刻も早く。
今すぐにでも、有珠山のあの子を探しにいって問い詰めたい。
…………でも、
自分から動くのは怖かった。
間違いない。慕に間違いない、はずなのに。
もしも違っていたらどうしよう。
ただの勘違いだったら。
自意識過剰の独り相撲の、恥ずかしい暴走でしかなかったら。
いつも心が揺れたときに自分を抑えてきた、ものわかりのいいアイドルの顔が重く邪魔をしていた。
というか何? あの子の左手に白築がいるとかどういうこと? この私を差し置いて何言ってんの? ユキちゃん? 誰? しかもはやりを打倒するとか片腹大激痛だよ? 百年早いんだけど? キレていいかな? いいよね? いっそこの後の生放送でキレ散らかしてゴニョゴニョゴッホンほらすぐそういうこと言い出すでしょ、だからだよ。はい、ごめんなさい。
会いたいくせに。
ずっと待ってたくせに。
でもきっと、いざ会えたなら取り乱す。そんな姿を見せたくない。
どうしようもない矛盾。
…………だから私は、うそをついた。
「一番戦いたくないチームは、有珠山高校ですっ☆」
伝わらないよ、そんなんじゃ。
そんなこと、わかってる。
わかってる、それでも。
それでもこれで……もしかしたら、届いてくれないかな、なんて。
淡い淡い期待と、素直な勇気が出なかった少しの後悔を胸に。
私は今日も、靄が晴れない東京の空を見上げた。
――声が、聞こえた気がした。
テレビもラジオも置いていない、小さなコタンの片隅で。
大好きだったあの人の声が聞こえた気がした。
聞こえるわけない、わかるはずもない。
でも、
それは確かにあの人だった気がして。
私は、初めてできた教え子さんとの会話を思い出していた。
「じゃあシノッチャ! 行ってくるね、東京!」
「うん……。がんばってね」
「でも本当にいいの? 一緒に行かなくて」
「……うん……。母が、ここを動けないからね」
本当は、怖かった。
ずっと会っていない友達に会うことが。
表舞台に立つこともなく、お母さんと静かに暮らしているだけの私を見せることが。
だから私は、うそをついた。
「うーん……ならしょうがないけどさ」
「ごめんね」
「じゃあさ、写真持って行ってもいい!? よくあるじゃん、入場のとき一緒に掲げたりしてさ!」
「んー……。できれば私のことは、内緒にしておいてほしいかな……」
「えぇーなんでさー」
「……ごめんね」
「みんなもシノッチャと一緒だって思ったら、盛り上がると思うんだけどなー」
「…………それなら、そうね」
「あなたのお友達の中に……鳥さん、いるよね?」
「フリカムイ? ……うん、いるけど」
「その子を、一緒に連れて行ってくれないかな? ……それを私と思って」
「えーあいつー? ……まあシノッチャが言うなら」
「うん。…………それでね」
「もしもその鳥さんを呼んだとき……。そのことで、何か聞いてくる人がいたら」
「?」
「そのときだけは、その人に……。私のこと、話してもいいよ」
まったく。
まったくもってだね。
話してもいいよ、じゃないでしょ。
どうか話してください、お願いします、だよね。
本当は会いたいくせに。
だから彼女たちに夢を見て、麻雀指導も引き受けたくせに。
「……不器用だね、お互いに」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………行こうかな、東京」
きっと東京とつながっている北海道の空を見上げて、
私は小さくそうつぶやいた。
カン
玲奈「次回、シノチャヌプコロ(以下検閲削除)
参考画像
シラッキカムイ (『ゴールデンカムイ』7巻より)

真屋由暉子さんの左手 (『咲-Saki-』14巻より)

参考文献:アシリパさんの命名候補の一つに「シノッチャ」があったというゴールデンカムイ原作者様の話
「鹿の脳みそも食べた」 人気漫画『ゴールデンカムイ』の作者のこだわりとは | AERA dot. (アエラドット)
https://dot.asahi.com/articles/-/114689?page=1
2025/03/04