2005年10月17日

大和魂

えーと

すいません。
今日は凄く真面目な話にさせていただきます。

私、今年の5月下旬に友人と二人で、鹿児島へロングツーリングに出かけました。
まぁ、この友人は先日投稿した「キャンプ場で会いましょう」に出てくるYなんですが。

旅の目的はいくつかありました。
 ・黒豚を食す。
 ・博多のラーメンよりも、濃厚な味を持つ鹿児島ラーメンを食す。
 ・「白熊」を食す。
なんだかB級グルメ旅行みたいですが・・・
私の最大の目的は・・・
知覧の「特攻隊記念館」を訪れる事でした。

特攻隊については、色々と説明する必要もないでしょう。
特攻隊記念館を、私が訪れる気になったきっかけは単純なものです。

隠すことでもないので打ち明けますが
小林よしのり氏の著書「戦争論」で紹介されている特攻隊員、植村眞久大尉の遺書を読み
深い感銘を受けたからです。
植村大尉の遺書については、以下のサイトで紹介されていますので興味のある方は是非、ご一読下さい。(涙もろい私はこの遺書を読み、涙を止める事が出来ませんでした)
http://www.geocities.jp/kamikazes_site/isyo/wagako_isyo.html

旅は2泊3日。初日で北九州から鹿児島へ突っ走りました。
市内でラーメンを食べた後、知覧へ。

特攻隊記念館には特攻で散った、若きパイロット達の写真と、彼らが家族に宛てて残した遺書が数多く展示されていました。
何よりその達筆さには驚かされました。そしてその真摯な思いにこみ上げるモノもありました。
そして、一番感情がこみ上げたのは、感情を押さえながら遺書を読み、一息つこうとコーナーから離れた時に目に入った一枚の絵。
それは「特攻隊の母」と言われたトメさんの逝去後に書かれた絵でした。
「再会」と名づけられたその絵は・・・雲の上で笑顔で手を振っている特攻隊員たちが、トメさんを大勢で出迎えるという絵。
ちょっと目が潤んでしまいました。

無論、特攻隊については色んな意見があると思います。
こんな記事を投稿している私も、「特攻」という非人道的な作戦に、賛同するつもりは毛頭ありません。
しかし、彼等がその尊い命を捧げたという事実に、唾を吐きかけるような行為もまた許せないのです。無駄死にには決してしたくない。

彼等は軍部に命令されたから嫌々散っていったのか?
私は違うと思います。
両親だったり、兄弟だったり、恋人だったり、妻だったり、子供だったり・・・愛する人の盾となるために・・・私はそう思っています。

私、それまでは「大和魂」とは「敵に打ち勝つために、遮二無二死を恐れず突っ込んで行く事」だと思ってました。
でもきっとそれは違う。
「愛する人を守る為なら、自分の命を投げ出してもその人の盾になる」きっとそれが「大和魂」・・・
そう思うようになった旅でした。


あ、もちろん私は戦争を美化するつもりはありませんよ。念の為。
善か悪かと問われれば間違いなく悪です。

しかし、時にはその悪の手段を用いてでも、闘わなければならないもっと大きな悪があると思っています。
平和は確かに尊い。しかし自由はもっと尊い。抑圧された平和より、混乱の中の自由の方がはるかに人間らしいと私は思います。

こんな事書いてるから、危険思想とかたまに言われるんでしょうね。
でもここは譲れません。

次回からは、またおちゃらけた更新に戻します。



追記
特攻隊の母

4月22日が

鳥浜トメさんの命日

彼女は特攻隊の母と呼ばれた人

鹿児島県は開聞岳の近く知覧町の基地

江戸時代の武家屋敷

その中に一軒の「富屋食堂」

彼女は若き頃からあまり年の変わらない

20歳前後の特攻隊員たちに

「お母さん」と慕われた。

食難の時代に自分の身の回りのものすべてを
売り払って若き青年達のために無料でごはんを食べさせたという

「みんな国のために極楽に行く人達だからやさしいんです」トメはいう。

若き青年達が、いよいよ明日出撃という夜

一人の宮川隊員が言った。

「お母さん、きっと帰ってきますからね」と。

トメは言った「どうやって?」

特攻隊は片道切符!帰って来れるわけがない。

「僕はいつかホタルになってきっと帰ってくるから」

涙でいっぱいになるトメ。

それから、月日は過ぎて食堂の中に一匹のホタルが舞い込んだ

「宮川さん!」
おもわずそう、叫んだという。

知覧の特攻隊記念館には生々しい、

特攻隊員達の遺書が置かれています。

そして富屋食堂もそのまま再現されています。
若くして命を捧げた特攻隊員達とその母親代わりをつとめた,トメさんの会話が聞こえて来そうな気がして胸が締め付けられます。


※「追記」部分は
http://kazeno77.hp.infoseek.co.jp/si8.htm
にUPされている記述から引用させて頂きました。

yamasann0940 at 20:21│Comments(14)TrackBack(0)日々の思い 

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この記事へのコメント

1. Posted by ロビン   2005年10月17日 23:11
こんばんは
今回は中々深いお話しで。
俺は戦争は反対です。
なぜ反対なのか?それを強く言うほどの自分の確固たる信念というものが、残念ながらありません。
とりあえず世間の風潮で「戦争はよくないこと」と言っていることと、
死への恐怖から来る、ほぼ利己心によるもの、曖昧模糊ではありますが、この二点が理由でしょうか。
ですが、なぜ人を殺してはいけないのでしょうか?
道徳や法律では答えることができるものの、考えこむと、いけないのかどうか、それすらわからなくなっていきます。
ただ、俺はやはり平和をどうしようもなく望むし、二度と悲劇は起こって欲しくありません。
戦争や散っていった若き命、これらを忘却してはいけない、そう感じてなりません。
そしてやまさんの意見、これもまた忘れることはできません。
2. Posted by やまさん   2005年10月17日 23:50
>>ロビンさん
こんばんわ。
そうですね。もちろん戦争は悪ですし
賛成か反対かと問われれば、もちろん私も反対です。
戦争を回避できる手段が残されている限りは
全力で取り組むべきだと考えます。
しかし、それと同時にあの大戦で・・・
もし連合軍がヒットラーをストップさせていなければ、今頃世界は・・・・
もし太平洋戦争で、日本軍がアジア各国を植民地化していた西洋諸国を撃退していなければ、今頃私たち黄色人種は・・・
と考えると戦争が絶対悪だとは言い切れない私です。
3. Posted by 通りすがり   2005年10月18日 00:11
重いテーマだ。悲しいが戦争はなくならんね。ナゼなら人間は学ぶ事ができないからだ。人間飽きっぽいが殺しあいは飽きねーんだな。何千年、戦争を繰り返してんの?いい加減飽きてくれって感じだ。>>ロビンさん ミンチになった人間を目の前で見たら殺しはダメだとわかるよ。絶対ゲロ吐くから。死んだらもう動かねーんだよ。
4. Posted by やまさん   2005年10月18日 00:27
>>通りすがりさん
そうかもしれませんね。
止めれるものなら、とっくの昔に止めてるでしょうね。
これは人間の本能に根ざしたものかもしれません。
悲しい話ですが。
5. Posted by 通りすがり   2005年10月18日 00:35
>>やまさん いま日本も戦争してるから対テロ戦争をな。他人事じゃあない。いつ殺られてもいい覚悟は必要だろうな。
6. Posted by やまさん   2005年10月18日 01:11
>>通りすがりさん
そう思います。軽々しく口に出す事ではないとおもってますが、その心構えは持ってます。
ただ願わくば、香田さんみたいな殺され方は嫌ですが。
7. Posted by けん   2005年10月18日 03:55
やまさんのおかげで、トメさんの話し思いだしたよ、
旅行で知覧に行った時と言うか知覧に向かってるバスの中で「特攻の母、トメさん」の話をバスガイドから聞き涙したことが…、もちろん年配者は皆涙されてました。
このあと書きたい事があるけど、やめとくね、やまさんとそのうち会ったらはなすよ。
8. Posted by けん   2005年10月18日 04:04
訂正:特攻の母じゃなくて、特攻隊の母でした。
9. Posted by やまさん   2005年10月18日 10:26
>>けんさん
うぅむ・・・気になる・・・(笑
会って一杯、杯を交わすまで忘れないでくださいね。
10. Posted by ひでぶ   2005年10月19日 01:50
両親を連れて行きました。
一昔前のことですが、いまだに感謝されます。ひとりはもういませんが。
11. Posted by やまさん   2005年10月19日 02:01
>>ひでぶさん
ひでぶさんも旅行好きみたいですね。
親孝行しましたね。
私の両親は離婚してまして、それぞれが再婚してます。
私は父方に残ったんですが、実母との交流は今でも続いてます。
連れて行くなら・・・どっちの夫婦を連れて行こう・・・
やはり実父かな。(あれ?俺、論点がずれてる)
何にせよ、知覧の印象は今でも強烈に残ってます。
次は是非、靖国神社に!と思っています。
12. Posted by ジジ   2005年10月23日 23:09
過去記事にレスして良いものか悩みましたが…
私は年若い事もあり、父母の子供に対するキモチというのがよくわかりません
もちろん国や大切なものを守るために全力で戦ったという経験も無く
寧ろ逆に守られているような存在ではあります。
正直、靖国神社についてもテレビで問題を取り上げられているのを横目で見るくらいでした。
遺書を全部読みました
私と同じ,または私より年若い青年の最後の言葉,とても重かったです
涙が止まりませんでした
必ず母と訪れたいです
13. Posted by やまさん   2005年10月24日 14:05
>>ジジさん
>過去記事にレスして良いものか悩みましたが…
全然構いませんよ。特攻隊に関しての投稿は、私にとって思い入れが深いものです。
だからこそ、コメントをいただける事は大変嬉しく思います。

14. Posted by やまさん   2005年10月24日 14:09
ここから先は独り言・・・・
彼らの思い・・・故郷・両親・妻・愛児・恋人・・・そして祖国を思う気持ちに唾を吐きかける、一部の政治家や市民を私は信用する事が出来ません。
そして国難に殉じた彼らが戦友や家族と交わした約束・・・
「靖国で待っている」
「靖国で会おう」
彼等の魂は靖国にしかいないんです。そこに手を合わせることが
何故いけないんでしょう。
社会党や民主党の議員たちの発言を聞くにつけ、とても歯がゆい思いがします。
A級戦犯?なんですかそれ?戦勝国が敗戦国に押し付けただけの
事です。日本は戦争回避の為に努力した。それを突っぱねたのは
他ならぬアメリカだった。開戦に追い込まれたのは日本だった。
戦勝国の立場が逆であればどうなったんでしょうね。
日本の敗戦は必至と悟りながら、文字通り命がけで闘った日本兵達を私は誇りに思います。

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