山下ゆの新書ランキング Blogスタイル第2期

ここブログでは新書を10点満点で採点しています。

伊藤公一朗『データ分析の力』(光文社新書) 8点

 現在、シカゴ大学の大学院で教鞭をとる気鋭の経済学者が因果推論について解説した入門書。数式を使わない初学者向けのスタイルでありながら、因果関係を考えるポイントについて的確に指摘しています。
 最近出た、中室牧子・津川友介『「原因と結果」の経済学』とかぶる内容ですが、新書ながらこちらのほうがやや硬めかもしれません(お互いに補うところもあるので、興味があれば両方読んでみるといいでしょう)。

 目次は以下の通り。
第1章 なぜデータから因果関係を導くのは難しいのか
第2章 現実の世界で「実際に実験をしてしまう」――ランダム化比較試験(RCT)
第3章 「境界線」を賢く使うRDデザイン
第4章 「階段状の変化」を賢く使う集積分析
第5章 「複数期間のデータ」を生かすパネル・データ分析
第6章 実践編:データ分析をビジネスや政策形成に生かすためには?
第7章 上級編:データ分析の不完全性や限界を知る
第8章 さらに学びたい方のために:参考図書の紹介

 中室牧子・津川友介『「原因と結果」の経済学』と同じく、この本でもまずは因果関係を推定する難しさを指摘した上で、ランダム化比較実験(RCT)の説明から入っています。
 例えば、広告を出したらアイスクリームの売上が増えたとしても、それは広告のせいではなく、暑さのせいかもしれませんし、口コミなどによるものかもしれません。広告の純粋な効果というのはなかなか推定しにくいものなのです。
 そこで、ランダムに広告を出す地域と出さない地域をつくり、それを比較してみようというのがRCTのやり方です。これによって「もしも広告を出さなかったら…」という介入を受けなかった比較グループをつくり出すことができ、その比較によって因果関係を推定できるのです。

 この本では、オバマ大統領が選挙のときに行ったウェブサイトのデザインの実験(どの写真やメッセージが寄付金を集められるか?)や、著者たちが行った北九州での電力に関する実証実験などが紹介されています。
 この北九州での実験では、ピーク時に価格を引き上げる価格政策が節電効果をもつこと、モラルに訴える節電要請もそれなりに効果を持つが、その効果は価格政策位比べて徐々に薄れていってしまうことなどが示されています。

 しかし、RCTには手間と費用がかかります。そうかんたんには行えないのが実情です。
 そこで、「まるで実験が起こったかのような状況を上手く利用する」のが「自然実験」と呼ばれる手法です(116p)。
 この本では「RDデザイン(回帰不連続設計法)」、「集積分析」、「パネル・データ分析」という3つの手法を紹介しています。

 RDデザインは「不連続」あるいは「境界線」という概念に注目します。
 例えば、日本の医療保険制度では70歳の誕生日を境に医療費の自己負担の割合が変化します(この本で紹介されている実験が行われた時は3割→1割、現在は3割→2割)。
 もし、患者が自己負担額によって医者にかかる回数を変化させるならば、70歳の人は69歳の人よりも医者に多く行っているはずです。
 実際に調べてみると65~69歳いかけて徐々に増えていった外来患者数は70歳でジャンプするようなかたちで増えています(120p)。69歳から70歳になると外来患者数は約10%増えており、これによって自己負担割合が低下すると医者に行く人が増えるという因果関係を示すことが出来たのです。

 他にもこの本ではカリフォルニア州オレンジ郡のなかで2つの電力会社のサービス地域境界線が引かれていることを利用して、電力価格の上昇が電力使用の低下をもたらすということを明らかにした著者たちの研究が紹介されています。

 集積分析は何らかのインセンティブが階段状になっているケースに注目します。例えば、日本の所得税の税率などは収入が高くなるほど階段状に上がっていきます。
 こうした例の中に自動車の燃費規制があります。日本では自動車の燃費は自動車の重量に従って階段状に規制がかかっており、重量が軽いほど燃費の規制が厳しくなっています。
 ですから、自動車メーカーが燃費の基準をクリアーしようとする時、燃費を向上させるという方法だけではなく、自動車の重量を重くするという方法も存在するのです。

 実際に日本で発売された車の重量を調べてみると、ちょうど基準の上限を少し超えたところに集中していることがわかります(156pのグラフを参照)。
 つまり燃費規制によって本来は意図しなかった自動車重量の増加が起きているのです。
 自動車重量が増加すると、燃費規制は当初の意図ほど効果を発揮しませんし、事故のときに相手により大きなダメージを与えることになります。著者たちの研究によると、この事故のときの安全性の点だけでも年間約1000億円の社会的損失になっているそうです(165p)。
 このように集積分析では、実際に運用されている制度から因果関係を推定することが出来るのです。

 パネル・データとは、複数のグループに対し、複数の期間のデータが手に入る場合のデータを指します。履歴的なデータが手に入る時、それを分析することで因果関係が推定できる場合があるのです。
 デンマークでは1991年に税制改正があり、年間所得が10万3000クローネ(約1200万円)を超える外国人労働者の所得税が大幅に低くなりました。もし、多くの人がこの制度改正のもたらすインセンティブに反応したとするなら、91年を境に年間所得が10万3000クローネ以上の外国人労働者が伸びているはずです。
 そして、実際にデンマーク政府のもつ納税データを分析してみると、91年以降、年間所得が10万3000クローネにわずかに届かないグループに比べて、年間所得が10万3000クローネ以上のグループの伸びが目立っています(181pのグラフを参照)。
 これをもって「税率の変更が移民に影響を与えた」という因果関係が推定できそうですが、この本ではそれまでのトレンドや、他の要因(他国で高所得者層への増税があった、など)を分析してみないと因果関係があるとはいえないということに注意を向けています。

 第6章では、本書で紹介したデータ分析の手法が実際にどのように使われているかということが紹介されています。
 特にウーバー社のビッグデータを用いた、価格と客の利用状況についての分析は興味深いです。ウーバーでは地域内で路上に出ている車よりも利用者が大幅に増えた場合、価格を1.2倍、1.5倍、2倍などを引き上げて需要を抑制しています。
 この引き上げはウーバーの計算する需要逼迫指数によって決めれらるのですが、この変化は階段上に行われており(一定の逼迫指数を超えると価格が次の段階へ引き上げられる)、先述のRDデザインの要件を満たしていると考えられます。
 この研究ではデータ分析によってウーバーのリアルな需要曲線を描くことに成功しています(230pのグラフ)。需要曲線や供給曲線は一種の「お約束」として捉えられがちなので、こういった実際のデータに基づくものを見ると「おおっ」となりますね(ちなみに神取道宏『ミクロ経済学の力』では平均費用や限界費用の曲線を東北電力の費用曲線を例にして見せてくれていて「おおっ」となった)。

 第7章では、それぞれの手法の注意すべき点やその限界が述べられています。特に実験参加者に対する因果関係が導かれているかという「内的妥当性」とそれが他のグループにも適用できるかという「外的妥当性」の問題についてはわかりやすく紹介されており、RCTが必ずしも万能ではないということが示されています。
 「内的妥当性の観点から言えば、RCTは王様」ですが、「外的妥当性を考慮すると、RCTが最も優れた分析手法とは言い切れなくなる場合も」あるのです(247p)。

 このようにデータからの因果推論の考え方を丁寧かつ鋭く教えてくれています。
 中室牧子・津川友介『「原因と結果」の経済学』に比べると紹介されている分析方法は少ないですが、RDデザインなどの説明はより丁寧かつ明解だと感じました。『「原因と結果」の経済学』が因果推論についてキャッチーな題材を使ってカタログ的に紹介してくれているのに対して、本書はもう少し手法の細かい点にまでこだわった紹介になっています。
 入門書でありながら、ある程度知識のある人にも重要なポイントを明確にし、新しい知見を与えてくれる優れた本だと思います。


データ分析の力 因果関係に迫る思考法 (光文社新書)
伊藤 公一朗
4334039863

中北浩爾『自民党―「一強」の実像』(中公新書) 8点

 小泉首相が郵政解散で圧勝した後の2006年には竹中治堅『首相支配』(中公新書)が、小泉首相が退陣して自民党が失速し始めた2008年には野中尚人『自民党政治の終わり』(ちくま新書)が世に出て、小泉政権における自民党の変質が議論されました。
 その後自民党は低迷し、小泉政権の成功は小泉首相という特異なパーソナリティによるもので、自民党は長期低落傾向にあるのだという議論もありました。
 ところが、第2次安倍政権のもとで自民党は再び「一強」と呼ばれる状況となっています。安倍首相には小泉首相のようなカリスマ性はないと思われるのにもかかわらずです。

 このような状況に対して、改めて自民党の変質と現在の状況を包括的に論じようとしたのがこの本。
 以下の目次を見れば分かるように、政策決定プロセスや友好団体、地方組織など、新聞を追うだけではなかなか見えてこない自民党の内情に迫った内容になっていますし、それが政治学の知見に裏付けれているのがこの本の大きな特徴と言えるでしょう。

 目次は以下の通り。
第1章 派閥―弱体化する「党中党」
第2章 総裁選挙とポスト配分―総裁権力の増大
第3章 政策決定プロセス―事前審査制と官邸主導
第4章 国政選挙―伏在する二重構造
第5章 友好団体―減少する票とカネ
第6章 地方組織と個人後援会―強さの源泉の行方
終章 自民党の現在―変化する組織と理念

 第1章は派閥について。1つの選挙区から3~5名の議員を選出する中選挙区制のもとでは、自民同士の戦いを勝ち抜くために派閥が発展しました。
 「選挙区レベルの五人の候補者の競合は、総選挙を媒介として、全国レベルの五大派閥への収斂を生み出した」(25p)のです(五大派閥とは田中派・福田派・大平派・中曽根派・三木派)。
 しかし、衆議院の選挙が小選挙区比例代表並立制に変更されて以降、派閥の存在感は徐々に薄れていっています。派閥の支援よりも党の公認が何よりも重要になってきました。

 また、資金面でも派閥の集金力は落ちており、「派閥との政治資金のやり取りは、若手議員で修士が若干のプラス、もしくは均衡、中堅・有力議員になると負担のほうが大きくなるようである」(31p)とのことです。
 このため、人的ネットワークの場として若手が派閥に入る一方で、中堅以降の議員で無派閥が増えているのが現状です。

 そんな中で、例外的に活発なのが麻生太郎率いる為公会と、二階俊博率いる志帥会です。
 特に二階の志帥会は新人議員だけでなく、無所属から自民に入った議員、定数是正で小選挙区を失った議員などを取り込み、弱い立場の議員の「駆け込み寺」のような存在になっています(41p)。
 それとともに二階俊博という政治家の存在感も増していますが、その影響力も二階が安倍首相を積極的に支持しているからで、主導権は安倍首相にあると著者は分析しています(45p)。

 第2章は総裁選とポスト配分について。これは小泉以降で大きく変わった点です。
 小泉純一郎以降、自民党総裁には「選挙の顔」として期待される面が大きくなりましたし、また、小泉政権では派閥の論理を無視した閣僚ポストの配分が行われました。
 以前は当選回数6回で大臣になるという慣行も存在しましたが、自民党が下野した期間があったことや、「大臣に必要とされる能力が高くなっているため」(67p)、このような処遇は難しくなっています。

 ただ、すべてのポストを総理・総裁が決定しているかというと、参議院自民党・公明党といった例外も存在します。閣僚人事においても、参議院は独自の推薦リストを首相に届けている状況です(79p)。
 
 第3章は政策決定プロセスについて。自民党の政策決定プロセスは部会→政調審議会→総務会というボトムアップの形で行われていましたが、ここでもそれに風穴を開けたのが小泉政権です。
 以前は、部会においていわゆる族議員が力を持ち、また部会などでの決定が部会長などの役員に一任されることが多かったため、一部の有力議員が権限を持つことになりまっした。農水部会や総合農政調査会、税制調査会などはその代表的な例です(100-101p)。

 小泉首相はこの郵政民営化の関連法案においてこの事前審査制の突破をはかります。総務会では全会一致の慣行が破られ、多数決によって党議決定となりました。
 しかし、小泉首相は郵政解散の余勢をかって事前審査生を廃止することはありませんでした。郵政民営化が実現したことで、そこで満足したのです。
 
 第2次安倍政権のもとでも事前審査制は維持されていますが、その力関係は変質しています。
 第2次安倍政権では官邸主導のもとさまざまな政策会議が乱立しており、同じテーマに関する機関が自民党内にも設置されるケースが目立ちます。これによって、官邸主導のもとで党内議論が始まるしくみがつくり上げられているのです(116-118p)。
 また、族議員の力も確実に後退しており、2015年には党税調会長の野田毅が安倍首相によって更迭されるなど、総理・総裁の決定権は強まっています。

 しかし、それでも事前審査制が残っている理由として、著者は、公明党との連立、事前審査制を廃止した民主党の失敗の教訓、時間的制約があり内閣が提出後の法案審議に関われない日本の国会制度の特質(この点は大山礼子『日本の国会』(岩波新書)で詳しく述べられている)をあげています(124-134p)。
  
 第4章は国政選挙について、2012年の総選挙、13年の参院選、14年の総選挙、16年の参院選と自民党は国政選挙で4連勝を果たし、しかも議席率も衆院では歴史的な高水準です。
 しかし、2014年の総選挙の絶対得票率(全有権者数における得票率)は小選挙区で24.5%、比例代表で17%で、05年の郵政選挙の小選挙区31.6%、比例代表25.1%に比べると、数字としてはずいぶん見劣りがします(143p)。
 最近の国政選挙で自民党が大きく勝てているのは低投票率と野党の分裂が原因であり、以前よりも大きな支持を受けているわけではないのです。

 基本的に固定票を減らしつつある中で、自民党は、「選挙の顔」となる総裁の選出や広報戦略による無党派対策、低投票率のアシスト、公明党との選挙協力の3つによって勝ち残ってきました(145ー146p)。
 このうち、一時期注目されのは広報戦略ですが、自民党の選対関係者からは「広報には、良いものをより良く見せる効果はあっても、悪いものをよく見せる効果はありません。だから、広報戦略を過信すべきではないと思います。実際、選挙では候補者選びなどのほうがよっぽど大切なのです」(142p)との声も出ており、やはり公明党との選挙協力が重要な位置を占めています。

 候補者選びに関しては、改革の一環として公募と予備選挙の導入が行われましたが、その公募は、現在曲がり角にきています。2012年の総選挙では新人の63.7%が公募でしたが、14年の総選挙ではこの割合は21.4%に大きく下がっています。14年の総選挙が突然の解散によるものだったという要因も大きいですが、空き選挙区が少なくなっていること、公募で選ばれた政治家への評価が低いこと(杉村太蔵、武藤貴也、宮崎謙介ら)なども原因と考えられています(163ー167p)。

 こうしたことを受けて、著者は自民党議員の「二重構造」というものを指摘しています。逆風の中でも選挙に勝ち有力議員と成長していく世襲議員と、選挙では自民に吹く「風」頼みのその他の議員です。
 2009年の総選挙の選挙公約で世襲候補は公認・推薦しないと明記した自民党ですが、個人後援会を擁した世襲議員は選挙に強く、この公約はなし崩しにされてしまっています(179p)。

 第5章は友好団体について。自民党を支持してきた業界団体、職能団体、宗教団体との歴史的な関係をたどりつつ、各団体の現在の集票能力のデータ等を分析しています。また、ここでは財界からの献金についても分析されています。

 第6章は地方組織と個人後援会について。
 国政選挙では浮き沈みのある自民党ですが、都道府県議会では一貫して50%近い議席率を保っています。都市部では大選挙区制・農村部では小選挙区制という都道府県議会の選挙制度は自民党にとって有利な制度であり、これが自民党が強い要因の一つです(233p)。
 市町村議会では自民党の議員は多くはありませんが、その代わりに保守系無所属という実質的に自民党といっていい議員が圧倒的な多数派です。
 これらの地方組織は「平成の大合併」などで揺らいだ面もありますが、09年の総選挙での政権からの転落以来、自民党は地方議会での活動に力を入れており、各地方議会で意見書の採択などをさかんに行いました。これらの意見書は、民主党との違いを出すために「右寄り」のものが目立ちます(248ー250p)。

 個人後援会は中選挙区制時代に比べると弱体化が進んでいますが、それでも日本の選挙運動期間の短さなどを考えると必要なものだと考えられています。
 しかし、個人後援会の立ち上げと運営には多額の資金が必要です。そのため、ここでも個人後援会を引き継ぐことのできる世襲議員の強さが発揮されることになります。

 国会議員と地方議員の関係おいて、中選挙区時代はその系列がはっきりとしていました。国会議員の個人後援会が地方議員を応援し、系列化していったのです。
 しかし、小選挙区となるとこの関係も変化します。一見、小選挙区制によって自民の国会議員が一人に絞られることはより強い系列化を生みそうな気もしますが、個人後援会の弱体化と、「親分を選べなくなった地方議員の忠誠心も衰えた」ことによって、「従来の親分ー子分関係から緩やかなパートナーシップへと変容」しています(267p)。
 また、都道府県議会議員と市町村議会議員の関係が安定していることから地域によっては県連が大きな力を持つようになっています。この本では岐阜県連の猫田孝幹事長のケースなどをあげ、総理・総裁に権限が集中する中でも、中央の決定に県連が必ずしも従わないことがあることを示しています(267ー272p)。

 終章では小泉政権と第2次安倍政権の比較を行い、自民党の「右傾化」の問題にも触れています。著者は民主党との対抗上、自民党の「右傾化」が進んだとする立場です(282ー286p)。

 このようにこの本は自民党を包括的に論じた本です。個々の材料に関しては政治部の新聞記者などでも書ける内容かもしれませんが、これだけの包括的な内容を、しかも政治学の理論に基づきながら提示し、分析して見せている所がこの本の特徴といえるでしょう。
 現在の自民党を論じる上で基本書となる本だと思います。

自民党―「一強」の実像 (中公新書)
中北 浩爾
4121024281

高口康太『現代中国経営者列伝』(星海社新書)

 著者の高口康太氏よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
 (いただきものなので採点はなしです)

 一昔前まで、中国経済や「メイド・イン・チャイナ」の勢いは感じながらも、中国の企業というとハイアールくらいしか思いつかないという状況でした。いわば中国経済というのは「顔の見えない」ものでした(2007年出版の丸川知雄『現代中国の産業』(中公新書)の「はじめに」には、「中国の会社を挙げてください」と言われてどれだけの人が答えられるだろうか、という記述がある)。
 ところが、この本でもとり上げられているアリババの馬雲(ジャック・マー)に代表されるように、ここ数年、中国の企業や経営者が「顔の見える」形で存在感を示し始めています。
 そんなときにタイミングよく出版されたのがこの本。中国の代表的な経営者8人をとり上げて、その成功の軌跡を追っています。

 著者は、中国ウォッチャーとしてさまざまな媒体に寄稿している人物です。前著の『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)では中国の風刺漫画家辣椒(ラージャオ)氏のマンガと彼が置かれた状況から今の中国社会を読み解こうとしていまいたが、この本も中国企業の経営者や中国企業を取り巻く経営環境から中国社会の「今」が見えるような内容になっています。

 目次は以下の通り。
第1章 「下海」から世界のPCメーカーへ 柳傳志(レノボ)
第2章 日本企業を駆逐した最強の中国家電メーカー 張瑞敏(ハイアール)
第3章 ケンカ商法暴れ旅、13億人の胃袋をつかむ中国飲食品メーカー 娃哈哈(ワハハ)
第4章 米国が恐れる異色のイノベーション企業 任正非(ファーウェイ)
第5章 不動産からサッカー、映画まで! 爆買い大富豪の正体とは 王健林(ワンダ・グループ)
第6章 世界一カオスなECは安心から生まれた 馬雲(アリババ)
第7章 世界中のコンテンツが集まる中国動画戦国時代 古永鏘(ヨーク)
第8章 ハードウェア業界の無印良品ってなんだ? 雷軍(シャオミ)
終 章 次世代の起業家たち

 第1章〜第4章の、レノボの柳傳志、ハイアールの張瑞敏、ワハハの宋慶後、ファーウェイ(華為)の任正非はいずれも1940年代の出身で、若い頃に文化大革命の嵐に巻き込まれ苦労した人物です。
 例えば、ハイアールの張瑞敏は文革の影響で大学にいけませんでしたし、ファーウェイの任正非は父が国民党の工場で働いていた経歴を持つことから人民解放軍で働きながらもなかなか勲章をもらうことが出来ませんでした。また、ワハハの宋慶後は曽祖父が清朝の高級官僚という名家出身なのですが、文革期はそれが仇となって師範学校への入学を断られました。

 そんな彼らの転機となったのが78年から始まった改革開放政策です。
 ハイアールの張瑞敏は青島のお荷物的な町工場の立て直しのために送り込まれたことから、ワハハの宋慶後は小学校の購買部の経営請負からそのキャリアをスタートさせています。また、ファーウェイの任正非は国有企業の要職につきましたが、そこでの取引で騙されて職を失い、仕方がなく起業しています。

 彼らの成功を支えたのが日本の高度成長期の経営者に見られるような思い切った決断や人並み外れたバイタリティです。
 ハイアールの張瑞敏は自分の工場の品質の悪さを改善するために冷蔵庫をハンマーで叩き壊したといいますし、ファーウェイの任正非は当時、大企業しかできなかったデジタルの大型電話交換機の製造に挑戦し、無茶なスケジュールのもとでなんとか開発に成功させています。ワハハの宋慶後は超人的営業マンとして活躍し、そこから健康食品にチャンスを見出して成功していきました。

 レノボの章で著者は、その成功のポイントして「愛国主義、コストパフォーマンス、強力な販売網」をあげ、これは他の多くの中国企業に共通するものだとしています(40p)。
 92年の南巡講話以降、外資が本格的に中国に進出し、多くの分野で品質で劣る中国企業は苦境に陥りますが、その中でレノボやハイアールが生き残った理由は外資には真似できない強力な販売網でした。
 
 このようにこの本では日本の高度成長期を思わせるようなエピソードが数多くとり上げられており、それだけでも興味深いのですが、さらに中国経済の面白いところはポスト高度経済成長的な企業や経営者もすでに出現している点です。
 著者は近年の中国を「明治維新と高度成長が一気にやってきた」と形容していますが(5p)、個人的には「高度成長とバブルとIT起業ブームが同時に起こっている」状況のように感じました。
 
 第5章のワンダ・グループの王建林は54年生まれ、大連の地上げ事業から身を起こし、ショッピングモールや映画事業で成功した人物で、かなり「バブル」の香りがします。
 大連出身の王建林は大連市長を務めた薄熙来と深い関係があったはずですが、薄熙来の失脚に巻き込まれることはありませんでした。これは王建林が温家宝や習近平の関係者にも便宜を図っていたからだと考えられています(130ー132p)。

 第6章以降のアリババの馬雲、ヨークの古永鏘、シャオミの雷軍はいずれもIT起業家で、いずれも60年代生まれです。
 このうち最も有名で成功しているのが馬雲。この本を読むとかなり型破りで山っ気のある人間であることがわかります。英語教師から翻訳会社を立ち上げ、その流れでインターネットと出会い、中国のEC事業の王者となっていくその人生は破天荒なものです。馬雲については、孫正義から巨額の資金を得たエピソードが有名ですが(6分の話で4000万ドルの出資を取り付けた)、孫正義とは何か共通するものがあるのでしょう。

 ヨーク(優酷)は中国の動画投稿サイトです。ヨークが生まれた2006年にはすでに中国のネットには動画投稿サイトが林立しており、後発組でしたが、サーバーなどに地道に投資することによって、優酷なら快適に視聴できるという評判を獲得、さらにライバル企業が当局とのトラブルで配信停止に追い込まれる中で中国動画配信サイトのトップに立ちます。
 しかし、動画配信サイトは簡単にユーザーが乗り換えの出来るサービスであり、その後も大手が参入。古永鏘は2016年にヨークの経営権をアリババ・グループに引き渡しています。

 シャオミの雷軍は学生の頃から天才プログラマーの評判をとり、WPS Office(キングソフト・オフィス)の開発に参加、その後、シャオミを起業し、2011年にファッションから何から何までスティーブ・ジョブズの真似をしてスマートフォンを売り出します。
 そのスペックと割安な価格は爆発的な人気を呼び、シャオミは2015年には中国のスマートフォン市場のシェア1位となりました。

 しかし、シャオミの市場シェアは2016年に5位に転落するなど、早くも試練の時を迎えているようです。
 この中国経済のサイクルの早さというのはこの本を読んで改めて感じる点の一つで、実はこの本でとり上げられている企業の多くが、現在、苦戦を強いられています。
 シャオミやヨークだけでなく、レノボもPC市場では相変わらず強いものの、スマートフォン市場では苦戦していますし、ハイアールも海外進出はそれほどうまく行かず、中国市場ではライバル企業に追い上げられています。

 この新陳代謝の速さが、中国経済の成長の速さによるものなのか、コモディティ化が進む中で全世界の企業が直面している問題によるものなのか、それとも中国の知的財産権の保護の弱さなど中国の制度によるものなのかはわかりませんが、注目すべきポイントであることは確かでしょう。

 最初に読んだ時は、著者が詳しいIT業界の経営者に絞ったほうがエピソードの紹介にとどまらないもっと深い内容になったのでは?とも思いましたが、このエントリーを書くために読み直してみると、幅広い経営者をとり上げたことで、先述の「高度成長とバブルとIT起業ブームが同時に起こっている」感じがうまく伝わるようになっています。
 ダイエーの中内功のように名経営者として持ち上げられながら、バブル崩壊後には評価が一転した人物もいます。そういった視点も持ちながら、この本で今の中国の企業と経営者をチェックしてみるのもいいかもしれません。中国経済の経済の可能性とバブル臭い部分の両方の面が見えてくると思います。


現代中国経営者列伝 (星海社新書)
高口 康太
4061386131

亀田達也『モラルの起源』(岩波新書) 7点

 この本の冒頭に置かれた「はじめに」は、現在の日本の人文社会科学の危機から始められています。
 2015年に、教員養成系や人文社会科学系学部・大学院に関しては組織の廃止や見直しに取り組むようにという文科省の通達が出されましたが、この本はそれに対する一つのチャレンジだというのです。
 ただし、この本で紹介されているのは昆虫の社会と人間の社会の違いや、さまざまな実験であり、「これは理系の話ではないのか?」と感じる人も多いでしょう。
 ところが、そうした話は最終的に功利主義やロールズの正義論に接続されます。170ページほどの薄めの本ですが、理系の知見と人文社会科学の知見がシームレスに繋がることを示した刺激的な内容になっています。

 目次は以下の通り。
第1章 「適応」する心
第2章 昆虫の社会性、ヒトの社会性
第3章 「利他性」を支える仕組み
第4章 「共感」する心
第5章 「正義」と「モラル」と私たち

 第1章では、進化などの説明でよく使われる「適応」という言葉を簡単に検討した上で、人間の適応には「自然環境への適応」と「群れの生活への適応」の2つがあることに注意を向けます。
 類人猿の脳が発達した原因も、群れの生活で求められる情報処理量の増大によるものと考えられているのです(15p)。

 第2章では、霊長類と同じく社会的生活を送っている昆虫の社会がとり上げられています。
 アリやハチなどが高度な集団生活を行っていることはよく知られています。しかも、この中で「集団での意思決定」が行われていることも近年の研究で明らかになってきています。この本でとり上げられているミツバチの巣探しでは「集合知」と言ってもいいものが発揮されているのです。

 一方、人間社会では集合知が発揮される場面がある反面、他人の選択によって選択が左右される「情報カスケード」などと呼ばれる現象も起こります。
 ハチよりも頭がいいはずの人間がなぜ「情報カスケード」に巻き込まれるのか?
 著者はこの理由を人間と昆虫の社会の違いに求めます。ハチやアリの社会は強い血縁社会のため、自分が犠牲を払っても群れが生き残ればいいですが、人間は群れの生き残りと個体としての生き残りの両方を考える必要があります。
 つまり、ハチには「空気を読む」必要はありませんが、人間には群れの中での生き残りのために「空気を読む」必要があり、「評価の独立性」を貫徹するのは難しいのです。

 第3章では「利他性」の問題がとり上げられています。
 動物というと「常に遺伝子を残すために闘争している」というイメージが強いかもしれませんが、チスイコウモリの間では血にありつけなかった仲間に分け与える行為が確認されており、血を分けてもらう要因として「過去に血を分け与えたか」というものが大きいそうです。つまり、チスイコウモリの間では互恵的利他主義が確立されているのです(48-53p)。
 この互恵的利他主義は同じ仲間同士の反復的な関係では広く成り立ちますが、人間社会ではより多くの人々を含む相互依存関係がしばしば出現します。
 いわゆる「共有地の悲劇」と呼ばれる問題がその代表例です。これは個人としてはよりたくさんの牛を共有地で放牧したほうが利益があるが、みんながそれをやると放牧地がだめになってしまい、結果的に全員が損をするという問題で、現代の地球温暖化対策なども同じ構造を持っています。

 互恵的利他主義の場合、相手が決まりを破ったら自分を破ればいいわけですが、「共有地の悲劇」の場合は、それは自らの破滅にもつながります。
 そこで、社会規範や罰といったものが登場します。違反者を罰することによって決まりを守らせようとするわけですが、違反者を罰するにもコストはかかりますし、規範から逸脱する誘惑を常に存在します。

 この本では、さまざまな実験を紹介しつつ、罰には効果があること、人間には不正に対して見返りがなくても罰を与えたいと考える傾向があること、規範を守らせるためには他者に視線(その代わりになるもの)が有効だといったことを示しています。
 また、人間社会では評判が重要であり、感情に流されて人助けをする人情家が、人間社会の中ではある種の「適応」を果たしているとも考えられるのです。

 第4章は「共感」について。人間には他人の痛みなどにストレートに反応する「情動的共感」と、相手の立場を推測して共感する「認知的共感」の2つがあることが示されています。
 このうち情動的共感はオキシトシンというホルモンに影響されて自動的に起こる側面が強いそうですが、認知的共感は成長とともに身についていくものです。この認知的共感は、仲間内の集団をこえたクールな共感で、これからの人間社会を考えていく上でも非常に重要だといいます。

 第5章では、いよいよ分配の問題がとり上げられ、扱うテーマがいかにも人文社会科学的なものになります。
 「最後通告ゲーム」と呼ばれるゲームがあります。これは互いに未知のAさんとBさんが1万円を分け合う実験で、AさんがBさんに分ける金額を提示し、それをBさんが受け入れた場合両者は金銭を得ますが、Bさんが拒否すると双方とも1円ももらえないというものです。
 行動経済学などでは有名な実験で、世界各国で実験が行われた結果、基本的に50%ずつ分け合う平等な分配がもっとも多く見られることが知られています。

 ただし、市場経済にほとんど統合されていない地域では不平等な分配(Bさんにあまりお金を渡さない)も多く見られます(127p)。
 分配の原理はその人の属する文化によっても強く規定されており、市場では公平さが求められますが、伝統的社会では身内や特定の相手を贔屓することが求められるケースもあるのです(129ー131p)。
 そして、ジェイコブズの「市場の倫理」と「統治の倫理」に見られるように複数の道徳体系が可能だと考えられるのです。

 また、人間は格差を嫌うことがさまざまな実験から明らかにされていますが、その格差をなくす方法論を提案したのが20世紀の政治哲学者ロールズです。
 ロールズは分配において最も恵まれない人の立場を最大に改善するような「マキシミン原理」と呼ばれる分配を主張しました。
 この本では、本当に人びとがロールズの原理を選択するかを、以下の金額の分配方法のうち、どれを選ぶかという実験(同じ金額でギャンブルでお金を得るならということも聞いている)によって確かめようとしています(152p)。

300

400

1300

250

550

700

120

660

2220


 選択肢の1番上がマキシミン原理、2番目がジニ係数が最小になるタイプ、3番目が総額が最大になる功利主義的なものです。
 実験の結果は、マキシミン原理を選んだのが47%、2番目の平等主義的なものを選んだのが20%、功利主義的な物を選んだのが34%でした(153p)。ロールズの想定する全員一致の結果は得られず、分配の正義に関してはかなり個人差があることがわかりました。
 ただし、上記の金額を隠して、チェックするたびにカードをめくらせるシステムを使うと、多くの人が最悪の状態を気にしていることがわかるそうです。つまり、ロールズ的な配慮は多くの人の頭のなかではたらいているのです(155ー158p)。

 このように、ロールズの理論のようなかなり思弁的なものにも、人間の生得的な感情や認知がはたらいているのを示してくれた点がこの本の面白いところです。
 この本でとり上げられている実験などについては、テレビ番組や本などで見たことのある人も多いかと思いますが、それを一貫した問題意識のもとにたどっているのがこの本の特徴でしょう。
 もちろん、もっと様々な知見が知りたいという気持ちも起こりますが、とりあえず人文社会科学の一つのフロンティアをわかりやすく紹介してくれる本と言えるでしょう。


モラルの起源――実験社会科学からの問い (岩波新書)
亀田 達也
4004316545

深井智朗『プロテスタンティズム』(中公新書) 9点

 1517年、ルターがヴィッテンベルク城の教会に「九五か条の提題」を貼り出し、宗教改革がはじまったとされています。
 そんな記念すべき出来事から500周年の年に、ルターから生まれた「プロテスタンティズム」について書かれたのがこの本です。

 ただし、この本は必ずしも宗教改革だけに焦点を当てた本ではありません。また、ルターやカルヴァンの思想に焦点を当てた本でもありません。プロテスタンティズムがどのような政治的・社会的コンテクストの中で生まれ、そのプロテスタンティズムがどのようにその後の政治や社会に影響を与えていったのかということが、この本の中心的テーマになります。
 ある程度大胆にキリスト教の中にプロテスタンティズムを位置づけ、プロテスタンティズムのその後の展開と政治や社会との関係を描き出す筆致は非常に刺激的で、政治学や社会学に興味のある人にも非常に面白く読めると思います。

 目次は以下の通り。
第1章 中世キリスト教世界と改革前夜
第2章 ハンマーの音は聞こえたのか
第3章 神聖ローマ帝国のリフォーム
第4章 宗教改革の終わり?
第5章 改革の改革へ
第6章 保守主義としてのプロテスタンティズム
第7章 リベラリズムとしてのプロテスタンティズム
終章 未完のプロジェクトとして

  第1章ではルターが現れるまでのヨーロッパのキリスト教の状況を大胆に説明しています。
 キリスト教は地中海世界で誕生したものでありヨーロッパ由来のものではありませんが、例えば聖人信仰などによって多神教的な要素を取り入れながらヨーロッパに浸透していきます。
 この過程でヨーロッパのキリスト教化とともにキリスト教のヨーロッパ化も起こりました。クリスマスにもみの木を飾ったり、死者の魂が帰ってくるハロウィンを祝うようになったことはその一例です(5p)。

 中世においてキリスト教はヨーロッパにおいて確固たる地位を確立するわけですが、著者はその理由として中世の人々が直面していた「死」の問題に、明確な答えを、しかも言葉だけではなく天国の絵などのビジュアルを用いて提供したことだとし、続けて次のように書いています。
 教会は天国とそこにいたる通路を支配した。教会は「あの世」というきわめて宗教的な問題を取り扱っているのだが、実際には「この世」を支配した。なぜなら人は必ず死ぬからである。(8-9p)

 そこで問題となったのが天国に行くための具体的な手段です。初期のキリスト教では死の間際の洗礼によって原罪が取り除かれるようになっていましたが、中世になると洗礼は生まれた直後に行われるようになるため、それに代わって罪を告白する懺悔などがさかんになります。
 しかし、罪を犯した後、懺悔をする前に死んでしまったらどうするか、といった不安は尽きません。そこで、罪に対する罰を聖職者が肩代わりするというしくみが生まれ、さらにその肩代わりの証拠を贖宥状として売り出したのです。
 そして、この贖宥状を「自らの裁量によって発行できたのがローマ教皇で、それがもっとも消費され、ローマに莫大な収益をもたらした市場が神聖ローマ帝国」(16p)、つまりドイツでした。

 1517年10月31日、ルターがヴィッテンベルク城の教会に「九五か条の提題」を貼り出したことによって「宗教改革」が始まったとされていますが、そもそもヴィッテンベルク城の教会に「九五か条の提題」を貼り出したというのが事実がどうかはよくわかっていませんし、ルターが目指したのも改革というよりは教会のリフォームでした。
 彼はあくまでも贖宥状のおかしさについて討論を呼びかけただけだったのです。

 しかし、この呼びかけは次第に大きな問題となっていきます。
 「ルターの支持者は誰だったのか?」という問題に関しては、都市の住人、読書階級、農民などのさまざまな主体が想定されてきましたが、いまだに決め手はないそうです(37ー39p)。
 しかし、当時の神聖ローマ帝国内では、諸侯がバチカンに賄賂を送って利権のある聖職者の地位につこうとするなど(32ー33p)、神聖ローマ帝国内にはさまざまな問題が山積していました。
 翻ればルターの批判は、神聖ローマ帝国に対して山の向こうから政治的に関わり、巨額の富も得ているバチカンの影響力が強い現在の社会システムと縁を切るための絶好の機会をもたらすものでもあった。そのため、ルターの主張は、都市部の商人、諸侯たち、またドイツの騎士などには早くから理解され。(36p *原文は「され。」で終わっているけど、「た」が脱字か?)

 第3章のタイトルが「神聖ローマ帝国のリフォーム」となっているのにはそうした理由があります。
 バチカンはルターの告発に対応するために、ドミニコ会の神学者シルヴェストロ・マッツオィーニにこと、プリエリアスを派遣します。彼はルターを裁くために贖宥状の問題を避け、ルターが教皇を批判しているとしてルターの言動を問題にしました。
 これに対してルターが反発し、自分の立場が聖書にもとづいて異端だと示すように教皇に要求したことから、問題は教皇の権威をめぐるものへとシフトしていきます。

 ローマ教会は1520年にルターに対して「破門脅迫の大教勅」を出し、1521年1月にはルターを破門しますが、このころルターは聖書によって教皇の権威を否定する議論を行うようになっており、万人祭司の考えを固めていきます。 
 最初は贖宥状への批判と教皇への批判を結びつけていなかったルターですが、バチカンが教皇の権威の問題を争点にしたために、教皇の権威を問題とせざるを得なくなったのです(57p)。

 このルターを助けたのが神聖ローマ帝国内の政治的・経済的に反ローマの立場をとる諸侯でした。また、オスマン帝国による圧迫も神聖ローマ皇帝カール5世の行動を制約しました(64-66p)。
 
 神聖ローマ帝国内でのルター派をめぐる争いは、ルターの死後に開かれたアウグスブルクの帝国会議で一つの決着を見ます。
 この会議では領主が自らの領邦の宗教を決定できること、領主と異なる信仰を持つ者の領邦外への移住についての取り決めが行われました(80-82p)。
 ここで著者はカトリックのリフォームを目指した運動が、ルター派(アウグスブルク信仰告白派)という宗派を生み出したことに注意を向けます。
 「プロテスタント」という言葉はカトリック側がルター派を「福音主義者」という言葉で呼ぶことを避けるために使われた言葉ですが、ルター派からすると、この会議の決定によって「プロテスタント」という名において法的地位を確立したと考えたのです(86-87p)。

 1555年の「アウグスブルクの宗教和議」と呼ばれる決定によって、神聖ローマ帝国内の宗教問題については一つの妥協が成立しましたが、ルターが提起した宗教的な問題が解決したわけではありませんでした。
 また、プロテスタントはバチカンという権威から完全に切り離されることになりました。プロテスタントは、教皇の代わりに聖書をその権威としましたが、聖書という書かれた文書の解釈はさまざまです。そのため、プロテスタントはその解釈の数ごとにさまざまな分派を生み出していくことになるのです。

 この本では第4章でカルヴィニズムやアングリカンについても簡単に触れていますが、ここでは第5章の「改革の改革」を主張する新プロテスタンティズムについての議論を紹介したいと思います。

 「アウグスブルクの宗教和議」では、プロテスタントが認められたものの、信じる宗派を決定できるのは政治的支配者であり、個人がその信仰を選択することはできませんでした。これに対してバプテストやその他の洗礼主義は個人の信仰の自由を主張し、幼児洗礼も否定しました。幼児のときの洗礼は自らの主体的な選択とは言えないからです(102-105p)。

 神学者のエルンスト・トレルチは、これらのグループを「新プロテスタンティズム」と読んで区別し、近代の自由思想や人権、抵抗権、良心の自由、デモクラシーの形成に寄与したと考えました(106-109p)。
 ルターやカルヴァンの改革は「一つの政治単位の支配者や制度と結びついた改革」(111p)であり、その点はカトリックと変わりませんが、「新プロテスタンティズム」は自由な教会を自発的につくり上げようとしたものなのです。

 この違いを、著者はルターやカルヴァンの「古プロテスタンティズム」を公立の学校に、「新プロテスタンティズム」を私立の学校に喩えて説明しています。
 公立学校は、税金で運営され、その地域に生まれた子どもを自動的に受け入れ、基本的に全国一律の教育を行います。一方、私立学校は教育方針に賛同する人からお金と生徒を集め、特色のある教育を行います。
 黙っていてもある程度信者が集まる「古プロテスタンティズム」と違い、「新プロテスタンティズム」においては、常に信者の獲得のために努力をしなければなりません。ここに「今日の企業家精神と似たものが芽生えてくる」(115p)のです。

 この「古プロテスタンティズム」と「新プロテスタンティズム」の違いが、同じくプロテスタントがマジョリティとなっているドイツとアメリカの社会の違いに影響を与えています。
 ドイツのルター派中心のプロテスタンティズムは、ドイツ統一時にルターと宗教改革がナショナル・アイデンティティとして用いられたこともあって、基本的には保守的な立場を取りました。
 ナチスの時代において、プロテスタンティズムはドイツ・ナショナリズムの高揚のために利用され、またプロテスタンティズムの側も特にナチスに対して抵抗を示すことはありませんでした。
 
 戦後においても、プロテスタントとカトリックは税務署が教会への献金を代理徴収できるなど特権的な宗教として扱われています(147-148p)。
 ドイツでは、人々がプロテスタントという宗教を選んで入信するわけではなく、地域に生まれることによって自動的にプロテスタントの信者となるというしくみになっています(150p)。
 80年代以降、信者の数は減っているといいますが、2010年代半ばより信者の減少数に歯止めがかかっています。この理由として「「ドイツ人しかいないルターの教会」に安らぎを求めている」(151-152p)という面もあるそうです。
 このような背景もあって、基本的にドイツのプロテスタンティズムは保守的です。

 一方、アメリカで中心となったのは「新プロテスタンティズム」でした。
 植民地時代のアメリカでは州政府によって公認教会が設立されたところもありましたが、「建国の父」であるトーマス・ジェファソンやジェームズ・マディソンは政治と宗教の分離や公認教会制度の廃止を主張し、その考えは合衆国憲法修正第1条に盛り込まれました。
 教会は自発的結社として自由な宗教市場の中で競争していくことになり、「国家嫌い」の風潮も生み出しました(172-173p)。
 巨大なメガチャーチが生まれてきた背景にもこうした考えやしくみがあります。
 さらに著者は世俗化した「二重予定論」(天国に行くか地獄に行くかは生まれる前に決まっているという考え)がアメリカン・ドリームに与えた影響や「アカウンタビリティ」の考えとプロテスタンティズムの考えの親近性などを指摘し、ペンテコステ運動などの新しい動きを紹介しています。 
 
 アメリカの多様な動きをみると、もはやそれはプロテスタンティズムとは言えないような気もしてきますが、著者はパウル・ティリヒのプロテスタンティズムは「自分自身に拘束されない」だという考えを引いて、「プロテスタント原理というのは、自らの宗派にも担いきれないような大きな原理であり、自己批判と自己相対化の原理なのである」(207p)とまとめています。
 
 このようにこの本はルターから現代に至るまで非常に長い射程を持ち、さらに社会や政治にまで目を配った本になります。
 ニーチェは教会の制度を批判したのであってキリスト教を批判したのではない(154p)、といった疑問を感じた点もありましたが(確かにニーチェはイエスの生き方を認めているが、イエスが贖罪のために死んだというキリスト教の根本的教義を批判していると思う)、200ページちょっとの新書のなかにこれほど「大きな絵」を描き出す著者の筆力は見事という他ないです。
 キリスト教に興味をもつ人だけでなく、広く社会や政治や歴史に興味がある人にもお薦めしたい本です。


プロテスタンティズム - 宗教改革から現代政治まで (中公新書)
深井 智朗
4121024230

三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』(岩波新書) 8点

 長年、日本近現代史を研究してきた著者が、改めて明治維新以来の日本の近代国家形成について振り返って分析した本。
 この本の「あとがき」には次のように書かれています。
 私は学問の発展のためには、学術的なコミュニケーションの他に、プロとアマとの交流がきわめて重要だと思います。そのためにも「総論」(general theory)が不可欠であり、それへの貢献が「老年期の学問」の目的の一つではないかと思います。実は今般、あえて正面から「日本の近代とは何であったか」と問いかけ、それについての私の見解を限られた紙幅の中にまとめようとするにいたったのは、私なりに日本近代についての総論的なものを目指したからです。(269p)

 こうした意図のもと、「なぜ日本に政党政治が成立したのか」(第1章)、「なぜ日本に資本主義が形成されたのか」(第2章)、「日本はなぜ、いかにして植民地帝国となったのか」(第3章)、「日本の近代にとって天皇制とは何であったか」(第4章)という4つの問に答えようとしています。
 第2章については著者の見方にやや疑問も残りましたが、今までの研究の蓄積から生まれた問題意識や分析は面白く、まさにプロ・アマ問わず日本の近代について考える者に興味深い視座を提供するのものになっていると思います。

 この本の導き手となっているのは19世紀後半に活躍したイギリスのジャーナリストでもあり経済学者でもあり思想家でもあったウォルター・バジョットです。
 バジョットはその著書『自然学と政治学』の中で、イギリスの近代を生み出したものとして「議論による統治」をあげ、さらにそれに力を与えたものとして「貿易」と「植民地」をあげました。
 このバジョットが近代化の要因としてあげたものを、近代の日本の経験と照らし合わせてみていくのがこの本の基本的なコンセプトになります。

 第1章は「なぜ日本に政党政治が成立したのか」という問について。
 今まで昭和初期に「なぜ政党政治が崩壊したのか?」という問が問われることが多かったですが、むしろ複数政党制が成立・発展したことこそがある意味で「特異」だといいます。
 そして、複数政党制を可能にした権力分立制や議会制もアジアの中では珍しいものだといえるのです。

 まず権力分立制ですが、著者はこの起源を江戸時代の幕府のしくみにみる福沢諭吉の議論に注目しています。
 江戸幕府の政策決定の中心には老中がいましたが、この老中は4~5人いて、基本的には合議制となっていました。さらに月番制という月ごとの短期ローテーション制が行われており、権力の集中は抑制されていました(43p)。 
 福沢諭吉は幕藩体制のイデオロギー、特に儒教に対して厳しい批判を行ったことで知られていますが、幕府の制度に関しては高く評価していました。幕府の権力については「平均の妙を得たるものと云ふ可し」と評していたのです(47p)。
 
 議会制を用意したものとして、著者は江戸時代い成立した「文芸的公共性」をあげています。
 ハーバーマスは「政治的公共性は文芸的公共性から姿を現してくる」と言いましたが(51p)、著者はこの「文芸的公共性」に相当するものが18世紀末以降の江戸時代にも成立していたと考えます。
 幕府の官学である昌平黌は幕臣だけでなく諸藩の陪臣や庶民にも開放され、昌平黌出身者を中心とするネットワークが出現しました。さらにそれは「社中」と呼ばれたさまざまな地域的な知的共同体に結実します(51-52p)。
 そして、これらの知的共同体のコミュニケーションを描いたのが『渋江抽斎』、『北條霞亭』といった森鴎外の「史伝」と呼ばれる作品群でした。

 また、明治憲法についてはその天皇への権力集中が指摘されることが多いですが、著者は覇府(幕府的存在)を排除しようとする姿勢に注目します。
 この幕府的存在を排除する姿勢は戦前まで生き延びており、大政翼賛会は「幕府的存在」と貴族院で指弾されました(69p)。明治憲法は権力の分立を志向した憲法でもあったのです。

 しかし、実際には政治権力を統合・調整する存在が必要になります。明治憲法の場合、それを果たしたのが藩閥と政党でした。
 アメリカ合衆国憲法も権力分立を志向し、ある意味で「反政党的な憲法」でしたが、そのアメリカでも政治権力の統合の主体として政党が発展していったように、日本においても「反政党的な憲法」のもとで政党政治が育っていったのです。
 けれども、その政党政治も、昭和初期によるとその権威はゆるぎ、蝋山政道によって「立憲独裁」が主張されるなど、議会と政党による政治は次第にその居場所をなくしていくのです。

 第2章は日本の資本主義の発展を大久保利通~松方正義~高橋是清~井上準之助というラインで見ていきます。
 大久保利通は内務省をつくって殖産興業を進めましたが、そのための大規模な外債の募集には慎重で、あくまでも租税によってそれを成し遂げようとしました。
 1879年にアメリカの元大統領で北軍の司令官でもあったグラントが来日し、明治天皇に謁見していますが、このときグラントは外債の危険性と戦争の回避を助言したといいます(106-110p)。この助言は明治天皇に強い影響を与えたようで、明治天皇は日清戦争時においても開戦に否定的でした。

 大久保の「消極的外債政策」は同じ薩摩藩出身の松方正義に引き継がれました。
 大久保の後に日本の経済政策を担った大隈重信は西南戦争の戦費調達や殖産興業のために外債の募集を計画しましたが、明治14年の政変で失脚。代わって財政を担った松方は「松方デフレ」で知られる徹底した緊縮政策で外債なしの経済運営を目指します。

 一方、殖産興業論戦を継いだ人物に薩摩藩出身の前田正名、そしてその前田の指導を受けた高橋是清がいます。
 高橋は日露戦争時の外債募集の仕事を成し遂げて名を上げましたが、著者はその本質は外債には本来否定的な「自立的資本主義」の考えを持っていた人物だとしています(130p)。

 その高橋が引き立てたのが井上準之助でした。彼はモルガン商会のラモントから「井上はノーマン(イングランド銀行総裁)、ストロング(ニューヨーク連邦準備銀行総裁)や我々すべてと同じ金融語を話す」(137p)と評された人物で、英米からの外債の導入などに力を発揮しますが、彼が蔵相として推し進めた金解禁は失敗に終わりました。
 著者は「満州事変によって、金本位制を支える緊縮政策の根幹(軍縮)が揺るがされ、結果として井上の金海禁政策は失敗に終わります」と書いていますが、金解禁の失敗とその後の経済混乱が満州事変を招いたとも言えると思います。
 この章は全体的に、松方デフレの影響にしろ、金解禁の影響にしろ、国民が被ったマイナスといったものがあまり考慮されていない印象を受けます。

 第3章は日本の植民地支配について。
 イギリスなどの植民地と日本の植民地が違う点は、朝鮮半島にしろ満州にしろ、日本の進出先が自国の防衛と深く関わっていた点と、韓国併合に見られるように植民地を自国の一部として統治しようとして点です。
 この動きを著者は枢密院の審議などを題材として見ていきます。韓国の初代統監は伊藤博文ですが、ここで問題となったのは文官である伊藤が軍隊の統率権をもつことから発生する「統帥権の独立」の問題です。
 
 この後、陸軍が巻き返し韓国併合後は朝鮮総督に武官総督制が導入されるわけですが、一方で原敬を中心に植民地統治を陸軍から奪おうという動きも起こります。
 原は朝鮮総督に山県有朋の養嗣子で文官の山県伊三郎をあてようとし、これは挫折しますが、台湾総督に山県系の官僚の田健治郎をあてる人事には成功します。山県との摩擦を最小限に抑えつつ、文官支配を広げていく作戦をとったのです(176-179p)。

 この後、田中義一内閣のときに植民地開発のための拓務省が設けられますが、このとき枢密院から「拓殖務省のほうが適切ではないか?」との意見が出ますが、田中首相は「拓殖務省では朝鮮人の感情を害するおそれがある」との説明しています。「同化」を掲げる中、「植民地」という言葉の使用は避けられたのです(187-189p)。

 昭和期になると、日本は「汎ヨーロッパ主義」や「モンロー主義」を手がかりにアジアにおける地域主義を主張しますが、文化的な基礎付けを欠いた地域主義は挫折せざるを得ませんでした。

 第4章は天皇制について。
 明治憲法制定に影響を与えたプロイセンの公法学者グナイストは、宗教の重要性を説き、「日本は仏教を以って国教と為すべし」(215p)と勧告しましたが、伊藤博文は既存の宗教ではなく、天皇制を宗教にあたるものとして国家の基軸に据えようとしました。
 
 しかし、ここで問題となるのが明治憲法の第一条の統治の主体としての天皇と、第3条の「神聖不可侵性」の関係です。
 天皇は憲法の枠内で統治を行う主体なのか、それとも憲法を超越した存在なのか、ここに天皇に関する二重性があるのです。
 
 この二重性のうち、「神聖不可侵性」を前面に打ち出したのが「教育勅語」でした。
 教育勅語は当初、中村正直が起草者となり準備が進められましたが、これを批判し、中村に代わって起草者となったのが井上毅です。
 井上は、道徳の基盤に「天」や「神」を求めたことや国際政治の状況などについて触れていることを批判し、教育勅語から道徳の哲学的基礎づけや政治的状況判断を排除すべきだとしたのです。
 井上は、教育勅語は天皇自身の意思の表明であり、その権威は「皇祖皇宗」に求めるべきだとしました。そして、教育勅語の命題の普遍的妥当性は「その宗教的および哲学的根拠づけが排除された結果、それがもっぱら歴史を通じて妥当してきたという事実、そして現に妥当しているという事実に求められること」(238p)になったのです(ですから「教育勅語には現代にも通じる徳目がある」というのは当たり前で、それは教育勅語を持ち出さなくて
も歴史的に通用してきた事実ということでしょう)。

 さらに井上は教育勅語に国務大臣の副署をつけないことによって、教育勅語を政治的な命令から切り離し、「社会に対する天皇の著作の公表とみなした」(239p)のです。

 このように様々な視点から日本の近代が問われているのがこの本の特徴です。
 個々の分野に関してはさらに新しい研究や分析も行われているのでしょうが、1冊の本の中にこれだけ幅広く、しかも具体的な事柄が論じられているものは少ないと思います。
 坂野潤治『日本近代史』(ちくま新書)とともに、司馬遼太郎で日本の近代史に興味を持った人が次に読む本としてお薦めできますし、日本近代史に関してそれなりに本を読んできた人にも、今まで見えていなかった視点を提供してくれる刺激的な本です。


日本の近代とは何であったか――問題史的考察 (岩波新書)
三谷 太一郎
4004316502

川島真『中国のフロンティア』(岩波新書) 7点

 中国外交史を専門とする著者が、現在の中国の外交の最前線を探るべくアフリカや東南アジアとの国境、東チモール、金門島(台湾と中国大陸の間にある島)などを訪ね、国家間の外交だけではない中国の対外的な動きを考察した本。2011年から2013年にかけての『UP』での連載がもとになっています。
 中国政府というアクターだけではなく、相手国や地方政府などの動きを重層的に見ることで、一種の「運動体」としての中国を捉えようとしています。

 目次は以下の通り。
序章 フロンティアから中国を考える
第1部 アフリカの中国人、中国のアフリカ人
第1章 アフリカの「保定村」物語
第2章 広州のアフリカ人街
第3章 雑誌『非洲』の世界
第2部 マラウイはなぜ中国を選んだのか
第4章 マラウイと中国の国交正常化
第5章 マラウイと台湾の断交
第3部 溢れ出す中国―周辺外交の舞台
第6章 中国・ASEAN南寧博覧会参観記
第7章 二一世紀の援蒋ルート
第8章 東チモールから見る中国
第4部 中華圏の内なるフロンティア―金門島から見る
第9章 金門島の経験した近代
第10章 金門アイデンティティを求めて
終章 運動体としての中国をとらまえること

 まずは第1部。ここではアフリカに進出する中国人と中国にやってきたアフリカ人の姿が紹介されています。
 平野克己『経済大陸アフリカ』(中公新書)でも紹介されていたように、資源獲得などを目的として近年中国からアフリカへ莫大な額の直接投資が行われているわけですが、人の移動についてはどうなのか?中国政府はアフリカをどう捉えているか?といったことも探ろうとしています。

 第1章は「保定村」という「物語」について。00年代後半に中国で「保定村」の「物語」が流布しました。河北省の内陸にある保定という都市の出身者が出稼ぎでザンビアに行き、そのまま帰らずにそこで農業をはじめて成功したというお話です。
 著者は2009年にザンビアに行ったものの「保定村」の存在は確認できませんでした。しかし、中国人が経営する農園などは確かにあり、中国野菜などを育ててそれなりに成功していました。 
 こうした動きは、政府の後押しというよりも現地在住の華人のネットワークなどをつてにして行われているようです。

 第2章は広州市に住むアフリカ人たちについて。彼らは中国製品を買い付けてアフリカに送る少貿易商や運送業者などが多いのですが、地元のタクシーの運転手からは「黒鬼子」と呼ばれ嫌われています(料金の踏み倒しや香水の匂いがきついなどの理由(44p))。
 彼らの中には不法滞在者も少なくないのですが、例えばナイジェリア人への取り締まりがナイジェリア在住の中国人への報復的な取り締まりを呼んだりもしているそうです。

 第3章は『非州』という中国語でアフリカを表すタイトルを持つ政府のPR誌について。
 内容としては中国の企業が受注した工事が日本企業よりもうまくいったことを誇るような記事もあれば、メイド・イン・チャイナの粗悪品を嘆くような記事もあり、さらに中国のアフリカ援助を正当化するような内容もあるそうです。
 中国政府の立場を主張しつつ、企業にも公共外交を担うように仕向けている内容だと著者は分析しています。

  第2部は2007年の年末に台湾(中華民国)と断交し中国(中華人民共和国)と国交を結んだアフリカのマラウイについて、実際にマラウイを訪れてその背景を探っています。
 ご存知のように中国と台湾は長年、承認合戦を続けてきましたが2008年に成立した馬英九政権は中国側に承認合戦の休止を呼びかけ、中国側も基本的にこれに応じました。マラウイは休戦前の最後のケースになります。

 マラウイ側の背景として、著者は中国と友好関係を築く周囲の南部アフリカ諸国との関係、中国の経済援助への期待、2009年の大統領選挙で再選を目指していたムタリカ大統領の選挙戦を有利に運ぼうとする思惑の3つをあげています(74-77p)。
 また、台湾の援助はあくまでも国際社会の価値観と歩調を合わせた先進国型の援助であり、マラウイにとってはもっとストレートにインフラなどに投資していくれる中国の援助の方に魅力があったという面もあるようです。
 一方、中国側がこれに応えた要因として、中国側の友好国で隣国のザンビアの大統領選において、台湾の駐マラウイ大使が中国を批判する野党候補を支援したことの意趣返しだとの理由があげられており、興味深いです(77-78p)。
 
 第3部は東南アジアと中国の関わりがとり上げられています。
 第6章はベトナムに隣接する広西チュワン族自治区の南寧で開催された中国・ASEAN博覧会について。
 博覧会の会場では中国側の展示物が圧倒的に多く、台湾からのものも比較的多かったとのことです。ASEAN側のブースは中国人向けの小売店といった性格が強く、中国人向けのイベントといった色彩の強いものだったといいます。
 実際のところ、南寧は東南アジアへの窓口に位置づけられているものの、陸路を使った貿易額は少なく、広西チュワン族自治区や南寧市の地方政府が「ASEAN」という標語を使って開発を模索している面もあるといいます。

 第7章は雲南とミャンマーの国境について。
 かつて援蒋ルートとして使われたこの貿易ルートですが、ミャンマー側のカチン州の治安悪化によって、この当時(2012年)の対ミャンマー貿易は滞っていました。
 カチン州で建設が予定されていたミッソン・ダムの建設が中止になり、中国とミャンマーの関係が悪化が囁かれたりもしましたが、現地に行ってみるとミャンマー側の治安問題がやはり大きいようです。

 第8章は東チモールについて。08~09年にかけて、中国が東チモール周辺の海底資源に強い興味を持っている、東チモール海軍に小艦艇を売却した、中国が大統領府や外務省などの官庁街を建設しているとのニュースが流れ、東チモールに対する中国の進出を印象づけました。
 しかし、実際に行ってみるとその官庁は質素で中国の郷鎮政府や小中学校をモデルにしたようなものであり(148p)、海底資源についても興味は示したものの採掘には動き出しませんでした。
 また小艦艇の売却は人民解放軍系の企業と東チモール政府の間で進められたもので中国大使館があわてて状況を調べて関与するようなこともあったそうです(151p)。
 ただ、東チモールへのはたらきかけには同じ旧ポルトガル領のマカオが絡んでおり、マカオの有していたポルトガル語圏のネットワークが現在の中国外交にも活かされているそうです。

 第4部は台湾と中国大陸の間にあり、台湾が実効支配している金門島について。
 金門島は福建省の厦門の対岸にあり、大陸に近接しています。金門は古くから華僑の排出地で、華僑からの送金によって近代的な建築物がつくられ、学校がつくられました。
 しかし、この島の運命は中華人民共和国の成立と中華民国政府が台湾に移ったことによって大きく変わります。この島は戦いの最前線となったのです。

 ただし、この最前線は奇妙なものでもありました。
 1958年の第二次台湾海峡危機では大量の砲弾が大陸から金門島に降り注ぎますが、やがて隔日砲撃、奇数日に砲撃し、偶数日には砲撃しないというやり方が行われるようになります(175p)。
 また、金門島では中華民国国軍がペスト撲滅のために島民に1ヶ月に1匹ネズミを捕まえるように命令し、その証拠として尻尾の提出を命じました。ノルマが未達成の場合は強制労働もあったそうです。その結果、ネズミの尻尾市場が出現し、ネズミの尻尾は贈答品や賄賂にも使われたのです。やがて人々はネズミを捕まえても尻尾だけ切って逃がすようになったり、雄は殺すけど雌は殺さないようになったりしたといいます(177ー179p)。
 金門島ではこのような戯画的な世界が繰り広げられていたのです。

 1992年に金門島における戒厳令は解除されます。基本的にこれはいいことですが、このころから台湾は「台湾アイデンティティ」を深めていきます。しかし、これは同時に金門が「台湾」においていっそう周縁化されていくことでもあります。そのため、現在、「金門アイデンティティ」が模索されているのです。

 以上のように、この本は中国の外交の最前線=フロンティアを実際に調査することで、中国外交、あるいは中国人の行動の重層性をあぶりだした本になります。とにかく、著者の行動力には頭が下がりますし、なかなか面白いネタがつまっています。
 ただ一つ残念なのは出版のタイミング。連載は2013年に終わっていたということなので、その後間を置かずに出版できていたら、もっとアクチュアルな本になったと思います。


中国のフロンティア――揺れ動く境界から考える (岩波新書)
川島 真
4004316529

相川俊英『地方議会を再生する』(集英社新書) 6点

 Amazonのページに載っている内相紹介は以下の通り。
各地で相次ぐ政務活動費不正使用や、東京都に象徴される首長と議会の「対立」など、いま、地方政治は国政以上に重要なトピックになっている。そんな中、格好のモデルケースがある。長野県飯綱町だ。財政破綻寸前の状態に陥った同町は、「住民参加」「首長に妥協しない議会」を旗印にした議会改革に着手。その成果が認められ、全国の自治体から視察団が殺到する「日本一有名な町議会」となった。本書は、この町の「政治再生のプロセス」を描
く。具体的な事例に基づいた地方政治の処方箋であり、「地域再生」への挑戦を綴った感動的なドキュメントでもある。

 このように本書は、他の地方議会と同じように停滞していた長野県飯綱町の町議会が、いかにして「地方議会改革の成功モデル」と言われるような改革に成功したのか、ということを辿ったものになります。
 著者はダイヤモンド・オンラインで「相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記」を連載するなど、長年、地方自治について追ってきたジャーナリストです。

 地方議会、地方議員というと多くの人に「無用の長物」というイメージがあると思います。例えば、東京都の小池知事に期待している人はたくさんいると思いますが、都議会の議員に期待している人はあまりいないでしょう。
 日本の地方自治は議会と首長の二元代表制をとっていますが、地方議会の議員が自分たちのことを代表しているという実感をもつ人は少ないと思います。

 そんな中で活発な活動を行い、他の地方議会からの視察が絶えないのが長野県飯綱町の町議会。飯綱町議会では、議員同士の活発な議論が行われ、政策サポーター制度によって住民の意見を取り入れ、行政に対してもしっかりとしたチェック機能を果たしているといいます。
 しかし、飯綱町議会も以前から活発な活動を果たしていたわけではありません。実際、町が経営していた第三セクターの経営難は破綻するまで見過ごされていました。
 そんな本来の役割を果たせなかった町議会の再生の立役者が寺島渉議長でした。

 この本の面白さの一つはこの寺島渉という人物の面白さです。
 寺島氏は元は共産党の村議で、立命館大学時代から民青に入り、大学卒業後は民青の立命館大学地区委員会委員長になるなどバリバリの活動家で、共産党の長野県委員会の専従から37歳のときに生まれ故郷の牟礼村の村議となりました。
 村議になってからも持ち前の追及力は一目置かれる存在で、94年にはゴミ焼却場をめぐる官製談合疑惑を告発するなど多くの実績をあげました。
 97年には村議会の議長となりますが、周囲からの反発も強く、また共産党との折り合いも悪くなっていまいた。共産党を離党し、2001年の村長選挙に立候補するものの大差で敗北してしまいます。

 一方、牟礼村は隣の三水村との合併話が持ち上がり、紆余曲折がありつつも2005年に合併し、飯綱町となりました。
 再び牟礼村の村議になっていた寺島氏も飯綱町の町議に選ばれますが、合併に反対していたこともあって、飯綱町の町議会では役職などが与えられない状況が続きました。

 しかし、誕生した飯綱町では牟礼村が出資していたスキー場を経営する第三セクターが破綻。そのうえ、町が銀行に訴えられて全面的に敗訴するというひどい状況に陥ります。
 この第三セクターの経営をめぐる問題は顧問弁護士に丸投げという状態であり、議会もまったくチェック機能を果たせていませんでした。

 そんな中で、議会の改革に立ち上がったのが寺島氏です。
 2007年に議会運営委員長に就任した寺島氏は、町民アンケートを実施し、すべての議員を巻き込んで改革を進めようとします。寺島氏は議員全員による学習会を実施し、「一般質問に一問一答形式を導入し、町長に反問権を認める」、「町民に対して議会の議決責任と説明責任を果たす」といった改革の方針を決め、順次実行していきます(98p)。

 2009年の町議選の後、寺島氏は議長に就任。この選挙で改革に前向きな町議も当選したことから、飯綱町の町議会改革はさらに進んでいきます。
 寺島氏は議会事務局職員にあまり熱心ではない人物をあてようとする町側の人事を二度突き返し(地方自治法で議会事務局職員の任免権は議長にあると規定されている(109p)、さらに住民からの意見を吸い上げるために「政策サポーター制度」を立ち上げました。政策サポーターは公募で集めると同時に、議員が「この人なら」と考える人に手分けして声をかけ集めました。
 この政策サポーター制度によって、町議会への関心が高まり、、また政策サポーターから議員に転身する人も現れました。

 もちろんこうした改革に内心不満をもっていた議員もいましたが、寺島氏の強いリーダーシップのもと町議会の体質改善も進み、緊急性の低い補正予算を否決するなど、町長との緊張関係も生まれました。
 
 ただ、そんな飯綱町の町議会でも町議のなり手は不足しています。飯綱町の町議の報酬は月額16万円。この本の冒頭では、都議会議員の報酬と比べてあたかも「良い点」のように書かれていますが、この本の後半では議員報酬をどうやって引き上げるかということがとり上げられています(この書き方は著者の作戦でしょう)。
 本業の傍らにやる名誉職であれば、月額16万円でもいいかもしれませんが、それなりの活動をしようとすれば16万円ではなり手がいません。町民の意見として「兼業禁止なら報酬をアップさせても良い」といったものが紹介されていますが(194p)、やはり議員にきちんとした仕事をしてもらうにはそれなりの報酬も必要なのです。

 このようにこの本は地方議会のあり方を考えさせる内容になっており、たんなる事例紹介にとどまらない面白さがあります。

 あと、この本に付け加える視点があるとすれば、それは政党の存在でしょう。
 飯綱町の町議会の定数は15であり、このレベルであればとりあえず政党は必要ないように思えます。しかし、途中で喧嘩別れのようになったとはいえ寺島氏がここまでリーダーシップを発揮できたのは、共産党という政党における経験やトレーニングがあったからだと思うのです。
 ましてや定数が50を超えるような議会になれば、議員の質を担保する手段として有効なのは政党によるコントロールでしょう。
 この本は飯綱町議会に焦点をあてた本であるため、政党のことまで考察する必要はないのですが、地方議会のあり方を考える上では押さえておくべきポイントでしょう。


地方議会を再生する (集英社新書)
相川 俊英
4087208737

齋藤純一『不平等を考える』(ちくま新書) 6点

 現在、日本でも世界でも不平等(格差)が大きな問題となっています。この本は政治学者でもある著者が、「デモクラシーを脅かすもの」として不平等の問題点をとり上げ、不平等を解消していくための制度とあるべきデモクラシーの姿を探った本になります。
 デモクラシーがうまくいくためには成員間の平等が必要だという議論は最近出た稲葉振一郎『政治の理論』と共通しますし、背景にアレントの政治理論がある点も同じですがが(もっともこの本ではあまり表には出てきていない)、そのアプローチの仕方はかなり違います。

 構成は、「第1部 平等な関係」、「第2部 社会保障と平等」、「第3部 デモクラシーと平等」の3部仕立てになっています。

 まず、この本で問題としている「不平等」の問題は「貧困」の問題とイコールではありません。
 貧困はセーフティーネットを張ることで解消することができます。現在の日本にそれができているかはともかくとして、ある程度の福祉国家であればナショナル・ミニマムを定め、それ以下の人を援助することによって貧困の解消は可能です。
 しかし、貧困が解消されても依然として不平等は残っています。そして、著者はこの不平等も解消されるべきだと考えるのです。

 ロールズは人々が関係において占める立場(ポジション)として、「平等な市民としての立場」と「所得および富の分配において各人が占める場所によって規定される立場」の2つをあげました(23p)。
 著者は、前者は後者によって影響を被らざるを得ず、「平等な市民」としての関係をつくり出すためには、所得や富の分配の問題にまで踏み込んでいく必要があると言います。

 この所得や富の問題を規定するのが再分配や社会保障などさまざまな「制度」ですが、近年はこの制度への不信が広がっており、また、制度が特定の人や地域に負担を押し付けるような構造になっているケースもあります。
 これに対して、著者はこうした制度や負担を、「公共的理由」(あらゆる市民の立場から批判的に検討を加えてもなお維持できる理由(51p))の有無によって吟味していくことが重要だといいます。
 「合理性」だけでなく「道理性」(理にかなっていること)が重要なのです(53-55p)。

 このあと第1部では、「相互承認」や「連帯」といった概念を検討していきますが、ここまででも著者が想定するのがかなり「強い平等」であることがわかると思います。
 著者の考える「平等」は、「ジニ係数がいくつ以内」とか「相対的貧困率の低減」とかではなく、「市民間の平等な関係性」というかなり強いものなのです。

 とは言っても、先程も述べたように所得や富がある程度平等でなければ、平等な関係性を築くことは難しいです。そこで、第2部でとり上げられるのが社会保障の問題です。

 著者は「互いを平等な者として扱うために必要なのは等しい扱いであるとは限らない」とのドウォーキンの考えを引用し、財の分配だけではなく、それを通じて市民が他者との社会的関係においてどのような立場を占めることができるかに注目する必要があると言います(92p)。
 障碍者やマイノリティには特別な支援が必要になることも多いのです。

 ここで著者が持ち出してくるのが「社会的連帯」という言葉です。
 われわれは国内の人々だけと諸制度を共有しているわけではありませんが、市民が共有する国内の制度には厚みがあり、特に社会保障制度は主要な制度の一つです。
 この制度内にいる者は制度を共有する者に対する責任を負っており、ここから社会的連帯の必要性が出てきます。
 それぞれの人間の生はさまざまなリスクや偶然性にさらされており、脆い存在です。また生の多様性は社会の豊かさをもたらします。こうした理由からも社会的連帯は必要とされるのです。

 そのためには事後的な支援だけではなく、事前の支援も重要です。この本ではそれに対処するものとして、ロールズの「財産所有デモクラシー」の議論を紹介しています。
 これは各期のはじめに生産用資産と人的資本が広く行き渡った状態を確保しようとするもので、市民の対等な足場をつくろうとするものです(121-122p)。
 
 著者は、結果的に貧しくなってしまった人を支援する今の社会保障制度は不十分であり、「その人がなしうる事柄、すなわち実効的に享受しうる自由」に注目するケイパビリティ・アプローチ(138p)が適切だと言います。
 もちろん、すべての望みが保障されるわけではありませんが、社会保障の制度は、「まずあらゆる市民が十分性に達するように生活条件の改善をはかり、そのうえで、十分性を超えたレベルでの不平等については、より不利な立場にある人々の生活条件を最大限改善するよう保障するよう編成されるべきである」(154p)と主張しています。

 また、保障の仕方としては所得補償(現金給付)よりもアクセス保障(現物給付)が優れていると言います。所得補償だけではより不利な立場にいる人が十分な福祉を受けられない可能性があるからです。
 このため著者はベーシック・インカムにも否定的です。ベーシック・インカムは労働への圧力から人々を開放するという長所があることを認めつつも、財源的に難しく、働く人のルサンチマンが働かない人へ向かうのではないかと危惧しています(161-163p)。

 第3部では、市民を平等な者として尊重する方法として熟議デモクラシーがプッシュされています。
 デモクラシーは一般的に多数意思を尊重するものだと考えられがちですが、多数意思は誤りうるものであり、また、多数派によって少数派が抑圧されてしまう可能性もあります。多数の意思を尊重しつつも「多数の暴政」を避けるためのしくみが必要なのです。
 そこで著者が必要だと考えるのが「理由の検討」です。ある政策を正当化する理由は何か?反対意見の理由は何か?といったことを検討することによって、市民の意思が形成されていくのです。
 
 熟議には専門家によるものと市民によるものがあります。著者は専門家による熟議の異議を認めつつも、議論に多様性をもたらすためにも市民による熟議は必要だと言います。「専門家の熟議は主として問題の解決に方向づけられるが、市民の熟議は、問題解決だけではなく新たな問題の発見にもひらかれている」(193p)のです。

 こうした熟議の積み重ねを通じて、「妥当なものとして広く受容される理由は、共通の確信として政治文化のなかに蓄積され」(198p)ていきます。このように蓄積された「理由のプール」がその後の熟議の基盤となり、政治を規定してくのです。
 ちなみに著者は理由を重視する立場から、人々の欲求をデータとして顕在化して政治に取り入れようとする東浩紀『一般意志2.0』の議論に否定的です(211ー212p)。

 このような熟議デモクラシーに対して、「市民にとって要求が高すぎるのではないか」という批判がありますが、著者は「市民として意見を形成したり、活動するための政治的資源はその意味で稀少であることは否めない」としながらも、実際に「反原発」、「外国人の権利擁護」、「限界集落の問題」などに取り組んでいる市民がいることをあげてこの批判を退けています(254ー255p)。

 このようにこの本では、「平等とは何か」、「いかに平等を実現するか」、「デモクラシーと平等の関係」という問題が緊密に絡みあう形で議論が進められています。
 議論があちこちに行くので決して読みやすい本ではないですが、著者の一貫した立場や議論を読み取ることはできるでしょう。

 ただ、個人的にはどうしても著者の理想とする社会を実現するためのコストというものが気になります。
 著者はベーシックインカムをその財源問題から否定していますが、著者の考える社会保障や政治の制度を実現するのはベーシックインカム以上の財源が必要になるのではないかと、漠然と思いました。
 また、著者は熟議のコストの問題に対して、現実にコストを払っている市民がいることをあげてその問題は小さいように書いていますが、こうした市民の中には政治に対して自らの資源のすべてを投入している「運動家」のような人もいます。
 もちろん「運動家」をすべて否定するわけではないですが、熟議デモクラシーとなるとそのような「運動家」がイニシアティブを握ることにならないのでしょうか?(このような「運動家」は無制限に残業する社員にも似ている)

 基本的にこの本は「理念」についてのもので、「理念を鍛える」といった内容です。
 こうしたことは必要だと思うのですが、そうした「理念」をどう現実の制度やしくみに落とし込めるのかということをもう少し考えてみるべきではないかと感じました(例えば、「負の貯蓄」を将来世代に残してはならず財政赤字は問題だというような議論をしながら(125p)、別の場所では「氷河期世代」のような不運を許してはならないという議論をしていましたが、「氷河期世代」を救うには財政赤字の拡大は受け入れざるを得ないと思う)。


不平等を考える: 政治理論入門 (ちくま新書1241)
齋藤 純一
4480069496

白波瀬達也『貧困と地域』(中公新書) 8点

 副題は「あいりん地区から見る高齢化と孤立死」。日雇い労働者の町であった大阪西成区のあいりん地区(釜ヶ崎)の歴史と実情、そして将来の展望を分析した本になります。
 著者は長年に渡ってあいりん地区でソーシャルワーカーとしても働いたことのある社会学者です。あいりん地区については、近年、「西成特区構想」が進められており、その内容は推進役となった経済学者の鈴木亘が『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』という本にまとめています(この本は面白い!)。著者はこの構想のプロジェクトの中心的な役割をになったまちづくり検討会議にファシリテーターとして参加しており、『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』の内容を補う本としても面白く読めます。

 『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』では、日雇い労働者が集まる「集積のメリット」が、景気低迷と日雇い労働者の高齢化により生活困窮者の集まる「集積のデメリット」になってしまった変化が語られていましたが、この本ではそうした面も押さえた上で、生活困窮者にとってあいりん地区は今なお「集積のメリット」がある場所でもあるということを示しており、数字にはなかなか現れてこない町と人々の暮らしの関係を浮かび上がらせることに成功しています。

 目次は以下の通り。
序章 暴動までの歴史的背景
第1章 日雇労働者の町として
第2章 ホームレス問題とセーフティネット
第3章 生活困窮者の住まいと支援のあり方
第4章 社会的孤立と死をめぐって
第5章 再開発と向き合うあいりん地区
終章 地域の経験を活かすために

 戦前から釜ヶ崎地区は木賃宿が立ち並ぶ貧困層が集まる場所でしたが、1961年の第一次釜ヶ崎暴動までは女性や子どもも多い地域で、いわゆる一般的なスラム街でした。
 それが高度成長と度重なる暴動の中で徐々に日雇い労働者が集まる「ドヤ街」として性格を強めていきます。
 この本の24pには社会学者・大橋薫によるスラムとドヤのちがいが表としてまとめられていますが、スラムの住居は恒久的であり、助け合いの必要性から人間関係は緊密になります。一方、ドヤでは住居は一時的なものであり、人間関係は匿名的なものとなります。また、得た収入を目の前の消費に使ってしまう傾向があり、そのことが生活の余裕を奪うともいいます。

 こうした釜ヶ崎地区の変化を加速させたのが61年から数次に渡る暴動です。
 交通事故の自己処理における警察の人名軽視の姿勢に端を発した第一次暴動は3日間に渡って続き、警察は6000人以上の警察官を投入してこれを鎮めました。
 この後も暴動はたびたび起こり、61~73年にかけて21次にわたる暴動がありました(36p)。特に70年以降は、新左翼が釜ヶ崎を「革命の拠点」と位置づけて組織化を進めたこともあって、70~73年の間に13回もの暴動が起きました(37p)。

 1966年、大阪市・大阪府・大阪府警は釜ヶ崎を「愛隣地区」と改称し、対策を進めますが、こうした過程の中で、家族を持つ者が徐々に流出していくことになります。32pにはこの地区の萩之茶屋小学校の児童数の変遷がまとめられていますが、61年に1290人いた児童は、70年に632人、80年に421人、90年に137人とその数を減らし続けました。
 あいりん地区のマイナスイメージが住人の就職や結婚にマイナスにはたらくということもあったそうです(39p)。
 一方、キリスト教関係者などはこの地区の支援に入ってくるようにもなり、独特のセーフティーネットを形成していくことになります。

 また、港湾運輸業、製造業などさまざまであった日雇いの求人も80年代以降になると、建設業に一元化されていきます。建設業の需要は天候や時期(年度はじめは工事が減り年度末は増える)によって左右され、ただでさえ不安定な日雇い労働者の立場をさらに不安定にしました(46p)。
 バブル期にはあいりん地区は活況を呈し、外国人労働者の流入などもありました。一方で、90年には17ぶりの暴動が起き、さらにその後のバブル崩壊でホームレスが増え、住人の高齢化も進んでいきます。

 ホームレスに関しては、2002年に「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」が制定され対策が進みます。また、09年に厚労省から当該自治体に住所を持たない者でも生活保護の申請ができるという通知が出たこともあり、ホームレスは生活保護を受給し、この地区に定住するようになっていきます。
 あいりん地区は「単身男性を中心とする非定住型の貧困地域=労働者の町」から「単身男性を中心とする定住型の貧困地域=福祉の町」へと変貌したのです(74p)。  
 
 あいりん地区は長い歴史をもった貧困地域であることから、ある意味で貧困者向けのセーフティーネットが充実した町だともいえます。
 生活保護だけでなく、市と府と国による「あいりん対策」、キリスト教系団体、社会運動団体によるあわせて4つのセーフティーネットがあるといいます(78-90p)。
 しかし、その一方で生活保護受給者を囲い込む業者が現れたもしましたし、キリスト教系団体の無料食事会や社会運動団体の行う炊き出しは「生活保護費を計画的に利用する意識を弛緩させる負の効果を持つ」(81p)こともあります。
 貧困の集積は、他に比べて充実したセーフティーネットをもたらす一方で、必ずしも社会全体のメリットとはなっていない面もあるのです。

 中盤以降は、住宅と孤立死の問題がとり上げられています。
 先述のように、あいりん地区では生活保護の受給によってホームレスは減少していますが、その住居問題が解決されたとはいえません。
 あいりん地区では、無料低額宿泊所が生活保護受給者に住居を提供していますが、生活保護費から住居費やケアの費用を徴収するスタイルは特に公的既成がないために「貧困ビジネス」の温床ともなっています。
 しかし、これらの無料低額宿泊所を規制すべきかという、これらの施設がケアを担っている面もあり、意見が分かれるところとなっています。

 また、近年は簡易宿泊所を回収したサポーティブハウスという施設も増えています。
 サポーティブハウスは簡易宿泊所を転用しているため、居室は三畳ほど、トイレ・風呂・炊事場は共用というものが多いです。スタッフが24時間常駐して必要な生活支援を行い、共同のリビングを設置しているのもサポーティブハウスの特徴になります。
 しかし、居住面積の狭さという問題があり、2015年の生活保護の住宅扶助の引き下げによりその経営は苦しくなっています。
 
 次に孤立死の問題です。
 あいりん地区の居住者の多くは単身男性であり、その死を看取る家族がいるケースはまれです。あいりん地区のある西成区の一人暮らし高齢者の出現率は2010年で66.1%(130p)、さらに、あいりん地区の女性人口は約15%にすぎず(132p)、高齢者男性の町であることがうかがえます。
 また、日雇いの町であったあいりん地区では、互いの過去に踏み込まないことが一種の社会規範となっており、そういった流動的な人間関係から生活保護に定住生活への以降の中で孤立してしまう人間もいるとのことです(133-137p)。
 
 孤立死を防ぐためには人のつながりを再構築することが必要ですが、家族的ネットワークの再構築は期待できず、また町内会などへの加入状況も非常に低い割合にとどまっており、何らかの新たな地縁の創造が必要になっています。
 当然ながら無縁仏も増えており、あいりん地区ではそれに対するさまざまな取り組みがなされています。ある意味で日本の今後の課題を先取りしていると言えるかもしれません。

 後半は西成特区構想とあいりん地区の今後について。
 最初にも述べたように現在、あいりん地区では経済学者の鈴木亘などを中心として西成特区構想が進められています。外から見ると橋下市長がトップダウンで進めている改革にも見えましたが、実際は特区構想以前から活動していた「釜ヶ崎のまち再生フォーラム」の主催する「定例まちづくりひろば」などの仕事を受け継ぐ形で進められており、住民や関係団体の意見を取り入れたものとなっています。

 著者もファシリテーターとして参加したようにこの構想に完全に反対しているわけではありません。あいりん地区の貧困問題には何らかの対処が必要ですし、実際にこの構想が動き出してからあいりん地区の治安や景観は改善されています。
 一方、著者は「手厚いケアが「強い管理」をもたらすのではないか?」、「再開発によって簡易宿泊所などがなくなり日雇い労働者が暮らしていくことが困難になるのではないか?」といった懸念も抱いています。
 実際に新今宮駅周辺の簡易宿泊所は外国人旅行者向けに改修されつつあり、特区構想の成功によって日雇い労働者たちが居場所を失う可能性は十分に考えられます。

 あいりん地区は日本でも例外的な場所であり、貧困の集積は問題を産むと同時に、さまざまな取り組みやセーフティネットも生み出しました。しかし、一つの地域に貧困を押し付けるやり方は限界となっています。
 また、あいりん地区であらわになっている孤立死をはじめとする高齢単身世帯の問題は、これから他の地域が直面する問題でもあります。
 何かスパッとした解決方法が示されているわけではないですが、問題を考えていく上でのいろいろなヒントが詰まった本と言えるでしょう。


貧困と地域 - あいりん地区から見る高齢化と孤立死 (中公新書)
白波瀬 達也
4121024222
記事検索
月別アーカイブ
★★プロフィール★★
名前:山下ゆ
通勤途中に新書を読んでいる社会科の教員です。
新書以外のことは
「西東京日記 IN はてな」で。
メールはblueautomobile*gmail.com(*を@にしてください)
タグクラウド
  • ライブドアブログ