ブログも有名な濱口桂一郎が新書初登場。ブログでは、宿敵の池田信夫氏と同様、口の悪いところがあるので、いい印象がない人もいるかもしれませんが、この本はいいと思います。
 ここ最近、数多くでている労働問題に関する新書の中でも出色の出来。今後、労働問題を語る上で必読の本と言ってもいいのではないでしょうか。

 労働問題に関しては、一方に正社員の既得権を攻撃し規制緩和を主張する池田信夫、城繁幸などがいて。その対極に「小泉改革はすべて悪」みたいな左翼がいて、さらに、若い非正規雇用の人びとの声を代弁するとしている「ロスジェネ」論壇の一陣がいる状況です。
 規制緩和派は正社員の既得権の廃止、特に「整理解雇四要件」を撤廃すれば、雇用が流動化され、非正規雇用の若者にもチャンスが生まれると説きますし、一方、左の人びとは製造業への派遣解禁をはじめとする小泉改革が今の若者の苦境を生んだと主張します。
 そうした対立の中で若者そして多くの労働者は、なかなかこの問題の処方箋を見出し難いというが今の現状でしょう。

 そんな状況に対して、問題を歴史的に分析し、過去からのボタンの掛け違いをきちんと説明してくれているのがこの本。
 この本を読めば、日本独自の労働のスタイル、社会保障と労働条件の齟齬、労使関係の行き詰まり、そういったものが複合的に合わさって今の状況を生み出していることがわかるでしょう。

 序章でも指摘されていますが、日本の労働問題の根っこには「職務のない雇用契約」というものがあります。これは雇用契約を結ぶ時にどのような仕事をするか決まっていないというもので、新卒一括採用のシステムを思い出せば納得がいくと思います。
 新入社員はその会社に「入社」しますが、多くの場合どのような仕事をするのかということは決まっていません。
 この日本独自の雇用契約のあり方が、「同一労働同一賃金」という原則の実現を阻み、年功序列型の賃金や整理解雇の規制を生み出しているのです。
 日本では仕事をするということは、会社のメンバーになることであり、メンバーとして賃金を受け取り、メンバーだから雇用が保護されるという現実があります。

 こういった日本の特殊な雇用契約から、著者は「名ばかり管理職」、「ホワイトカラー・エグゼンプション」、「ワークライフバランス」、「派遣」、「ワーキングプア」などの問題に切り込んでいきます。
 ここで、すべてを説明するわけにはいきませんが、どの問題に置いても歴史や法律を踏まえた上での鋭い分析がなされていると思います。

 例えば、「解雇」の問題を例にとると、確かに日本では整理解雇を行うのは難しいです。しかし、一方で上司の命令した残業を拒否したものに対する懲戒解雇は認められています(日立製作所武蔵工場事件)。また、高齢の母と二歳の子どもを抱える社員が配転を拒否したことから起こった解雇も最高裁で認められています(東亜ペイント事件)。
 このように正社員の既得権というものも絶対的なものでは決してなく、整理解雇に対する規制が厳しいだけなのです。
 そしてこの本では、そうした現状を認識した上で、整理解雇の要件を緩め、懲戒解雇の要件を厳しくするべきだというきわめてまっとうな方向性が示されます。

 こんな形で、専門家の立場から労働問題のボタンの掛け違いが丁寧に指摘されているのがこの本。
 労働省出身の著者がこれだけ問題を理解しているなら、もうちょっと労働法制もなんとかならなかったのか、とは思いますし、最後の第4章の議論に関してはやや意見の違うところもありますが(日本のような同質性の高い社会ではコーポラティズムはうまく機能しないと思う)、この本が非常にためになる本であるのは間違いないと思います。


新しい労働社会―雇用システムの再構築へ (岩波新書 新赤版 1194)
4004311942