『新しい労働社会』(岩波新書)が非常によかった著者による「若者と労働」をめぐる問題点を分析した本。地に足の着いた議論を進めていながら、同時のかなり論争的な本でもあると思います。
 目次は以下の通り。
序章 若者雇用問題がなかった日本
第1章 「就職」型社会と「入社」型社会
第2章 「社員」の仕組み
第3章 「入社」のための教育システム
第4章 「入社」システムの縮小と排除された若者
第5章 若者雇用問題の「政策」化
第6章 正社員は幸せか?
第7章 若者雇用問題への「処方箋」

 『新しい労働社会』を書評した時に、「日本の労働問題の根っこには「職務のない雇用契約」というものがあります。これは雇用契約を結ぶ時にどのような仕事をするか決まっていないというもので、新卒一括採用のシステムを思い出せば納得がいくと思います」、「日本では仕事をするということは、会社のメンバーになることであり、メンバーとして賃金を受け取り、メンバーだから雇用が保護されるという現実があります」と書きましたが、この本でも、まず日本の雇用というものが欧米のように特定の職務につく「ジョブ型」ではなく、会社という組織のメンバーになる「メンバーシップ型」であるということが示されます。

 そして、この「メンバーシップ型」雇用という特殊なシステムがバブル経済崩壊まで、「若者雇用問題がなかった日本」をつくりあげてきました。
 石油危機後、欧米では景気の後退とともに「何の経験もスキルもない」若者の失業問題が社会問題となりました。特定の職務について労働者を募集する「ジョブ型」の社会では、経験のない若者には仕事はなかなか回ってこないのです。
 ところが、日本は逆でした。「日本では何の経験もスキルもない「まっさら」な人材であることがむしろ高く評価されて、「社員」として「入社」できるのが当たり前であったのです」(108ー109p)。

 ですから、日本の雇用問題といえば賃金が高いがゆえにリストラの対象になりやすく再就職も難しい中高年の問題であり、バブル期の「フリーター」のイメージもあって、若者の雇用問題はなかなか認知されませんでした。

 また、この「まっさら」な人材を求める企業の姿勢は、教育にも大きな影響を与えました。学校(特に大学)は「地頭がいい」人材を提供してくれればよく、教育と職業の関連性は希薄化し、「教育と職業の密接な無関係」(137p)といった現象が、特に大学、その中でも非実学系の文科系大学で進むことになります。
 しかし、このある意味で若者にとって有利な状況は、バブル経済崩壊後の「就職氷河期」で終わりを迎えます。
 企業が「新卒採用」という入口を絞ったことにより、「「社員」として「入社」できるのが当たり前」という状態はなくなり、「社員」になれなかった大量の若者が生まれることになったのです。また、同時に若者は限られた「社員」のパイをめぐって、自らがいかに優れた「まっさら」な人材であるかをアピールする「就活」に奔走することになります(ここでも「ジョブ型」社会とは違ってアピールポイントが具体的な経験やスキルにならないために、「自己分析」などの迷走が続くことになる)。
 さらに、運よく社員になったとしても「メンバーシップ型」雇用の都合のいいところだけをつまみ食いし、社員に見返りを与えない「ブラック企業」の問題も浮上してきました。
 このように「メンバーシップ型」雇用の行き詰まりが今の若者に集中的にのしかかっているのです。

 こうした現状に対する処方箋として、著者が突破口として考えるのが「ジョブ型正社員」です。
 もはや全員が「メンバーシップ」であるような雇用形態は難しくなっています。一方、「同一労働同一賃金」の原則のもとに社会を「ジョブ型」に転換するというやり方は、欧米に見られるように若者にとって不利な社会でもあります。
 そこで、職務や勤務地、労働時間などが限定されている代わりに、当該の職務がなくなった場合には解雇もできるという「ジョブ型正社員」の導入によって、雇用形態の多様化をはかり、「メンバーシップ型」中心の社会を漸進的に変えていこうというのが著者の考えになります。
 最近、問題になっている「五年以上有期雇用契約を反復して更新してきた有期契約労働者が希望をすれば無期契約に転換できる」という労働契約法の改正についても、非正規雇用を「ジョブ型正社員」に転換していく大きなきっかけになるというのです。

 最初に「論争的な本」と書きましたが、この処方箋に関しては賛否両論あるでしょうし、また必ずしも著者の考えるような無期契約への転換は進まず、非正規雇用の労働者の雇用環境がますます厳しくなると予想する人もいると思います。
 個人的にも、国や地方公共団体等の公的セクターが、この無期への転換を積極的に進め、年功賃金ではない「ジョブ型公務員」を生み出して行かないと、この改革はうまくいかないと思います(厚生労働省がハローワークの職員の雇用などで率先してこうしたことをやればいい思うのですが難しいのかな…?)。

 また、「文科系大学」に対して、「学生の職業展望に何の利益ももたらさないような大学教師を、総量としてどの程度社会的に維持しなければならないかについては、社会全体で改めて考える必要があるはずです」(139p)と書くなど、かなり厳しい批判をしています。
 このあたりの「学問」を「職業」に従属させるような書き方にカチンと来る人もいると思います(個人的には大学がこれからぶち当たらざるをえない問題と思いますが)。
 
 ただ、「論争的」とはいっても、「放言」的な部分はなく、いずれも歴史的な分析などに基づいています。提言については賛成出来ない部分がある人であっても、現状認識として読んで有益な本であることは確かです。

若者と労働 「入社」の仕組みから解きほぐす (中公新書ラクレ)
濱口 桂一郎
4121504658