民主党政権の挑戦と挫折を丁寧に検証した本。このような本だと第三者が後出しジャンケン的に「民主党政権のここがダメだった、あれがダメだった」となりやすいのですが、この本は、菅直人、野田佳彦、岡田克也、仙谷由人、細野豪志、海江田万里、松井孝治といった民主党政権の中心人物へのヒアリングと、民主党議員へのアンケートなども行っており、当事者の意見も踏まえた失敗の検証がしてあると思います。

 また、単純に批判するだけではなく、高校無償化によって高校中退者が減ったこと、診療報酬のプラス改定など、民主党政権の成果についてもしっかりと書かれており、全体としてフェアな印象です。
「日本再建イニシアティブ」という著者名はやや怪しげな名前に思えますが、元朝日新聞の記者・船橋洋一が理事長を務めるシンクタンクで、福島第1原発事故の民間事故調の報告書をつくった機関です。以下、章ごとに執筆者も紹介しますが、これを見るとなかなかのメンバーが揃っていることもわかると思います。
 
第1章 マニフェスト――なぜ実現できなかったのか(中北浩爾)
 民主党の政権交代の原動力となったマニフェストですが、その過大な内容は政権獲得後に政権の足を引っ張ることになります。
 ここで筆者が問題にするのは選挙の度に目玉政策が付け加えられマニフェストが肥大化してこと。2003年の総選挙のときに菅代表のもとで掲げられたマニフェストの必要経費は2.5兆円。ところが、この金額は選挙の度に膨らんでいき2009年の総選挙では16.8兆円に達します。
 これに関しては「小沢代表が非現実的なマニフェストに変えてしまったからだ」という批判と、逆に「小沢一郎なら実行できた」という見方がありますが、予算不足で立ち往生してしまった2010年度予算案で、ガソリン税の暫定税率廃止を引っ込め(マニフェストを一部反古)現実的な対応をしたのも小沢一郎。小沢一郎という個人にこの問題の全てを帰することはできないというのが筆者の見方です。

第2章 政治主導――頓挫した「五策」(塩崎彰久)
 ここでは民主党の掲げる「政治主導」がいかに崩れ去ったかということを検証しています。
 「政治主導」といっても、「主導」するのは首相なのか?各大臣なのか?その辺りがはっきりしておらず結果的に「官邸崩壊」的な事態になっていたことがわかります。例えば、「政治主導」の象徴でもあった事務次官会議の廃止は官邸の情報収集に支障をきたし、事務の内閣官房副長官は「なにもやることがなくなった」そうです(63p)。
 そして何よりも頻繁な首相の交代とそれ以上の頻度で行われた内閣改造のせいで、最後まで政治家が「主導」できるような環境が整わなかったことが大きな問題です。

第3章 経済と財政――変革への挑戦と挫折(田中秀明)
 筆者は同じ中公新書から『日本の財政』という本を出しており、内容的にはやや被るところもあります。
 公共事業費の削減、「行政事業レビュー」など上手くいったものもありましたが、全体的に民主党政権の財政運営は上手くいったとは言い難いものでした。筆者は民主党が予算編成の改革を思考しながら、結局有効な予算を縛るルールを確立できなかったことが「失敗の本質」と見ています。

第4章 外交・安保――理念追求から現実路線へ(神保 謙)
 ここでは「普天間基地問題」、「尖閣諸島沖での漁船衝突事件」、「尖閣国有化」という民主政権外交の3つの蹉跌を分析しています。
 尖閣をめぐる「漁船衝突事件」と「国有化」に関しては、民主党政権もそれなりに中国側と接触していたことがわかりますが、結果的に中国側の動きを見誤っています。民主党の中国とのパイプの弱さと、そして野田首相に代表される「ぶれない」ことを重視する政治スタイルが結果的に大きな失敗を招いた感じです。

第5章 子ども手当――チルドレン・ファーストの蹉跌( 萩原久美子)
 完全実施はならなかったものの民主党政権の中ではそれなりにインパクトなある政策となった子ども手当。この章ではその子ども手当とそれ以外の子育て政策を取り上げています。
 「子どもを社会で育てる」、「控除から手当へ」という子ども手当の理念は、今までの社会のあり方を変えうる新しいものでしたが、財源論をめぐって初年度にしっかりとした制度を作れなかったことと、配偶者控除の撤廃に踏み切れなかったことから迷走を始めます。後者の配偶者控除の撤廃について、岡田克也は2009年の衆院選で新人が大量に当選し、「専業主婦を政党に評価するべき」と考える議員が増えてしまったと語っています(173p)。
 また、子ども手当以外の保育政策については、「幼保一体化」というテクニカルな問題に集中し過ぎ、保育園の増設を望む子育て世代の支持を得られなかったと分析しています。

第6章 政権・党運営――小沢一郎だけが原因か (中野晃一)
 同じ民主党議員の中にも「小沢氏だけが将来の日本のビジョンを示す」(東祥三)と言う人もいれば、「選挙と政局以外にほとんど興味のない人」(仙谷由人)と言う人もいます。民主党政権の3年3ヶ月はまさに小沢一郎をめぐる内部対立の歴史でもありました。
 そんな「小沢一郎問題」を小沢一郎のパーソナリティだけではなく、民主党の構造的な要因から分析した章。個人的には一番面白かったです。

 鳩山内閣では各大臣が副大臣や政務官を選んだことから党内の優秀な人間は次々に政府にとられ、若手ばかりが党に残ることになります。この図式は鳩山内閣以降も解消せず、結局は年功序列のような形で当選回数の多い議員が入閣し、新人議員たちは党に取り残されました。結果的に「日向組」「日陰組」が生まれ、「日陰組」の若手議員が小沢一郎に頼る構図が出来上がりました。
 選挙に強い「日向組」に対して、マニフェストと「風」に頼って選挙を勝ち抜いた「日陰組」の若手議員にとって、「マニフェスト違反」、「消費税増税」は議員としての死を意味ます。消費税問題で党を割って出るのは仕方のないことでもあったのです(実際、一年生議員に関しては民主党に残った議員よりも離党した議員のほうが生き残った確率が高い)。

 また、「財源などいくらでもある」と豪語しながら、財務大臣就任後はマニフェストをの実現をあきらめ、消費税増税へと突き進んだ藤井裕久の問題にも触れています(彼が消費税増税論者の野田佳彦を強引に副大臣に引っ張った)。ここでは少ししか触れられていませんが民主党政権の失敗を語る上で「藤井裕久問題」というのも外せないものだと思います。

第7章 選挙戦略――大勝と惨敗を生んだジレンマ (フィリップ・リプシー)
 2009年の総選挙は民主党の圧勝だったわけですが、その「圧勝」がかえって民主党を不安定にさせたとこの章では分析されています。大量の新人議員の中には必ずしも今までの民主党の理念と合わない議員もいましたし、また「風」によって当選した議員は次の選挙への不安から今まで民主党が批判してきた利益団体に接近します。
 また、事実上、人口の少ない県の一人区の勝敗によって大勢が決まる参議院選挙の欠陥も、民主の理念をぶれさせました。小沢一郎の「川上戦略」によって民主党は2007年の参院選に勝利しましたが、民主党内ではこのやり方をめぐって対立も起きてきます。そして2010年の参院選の敗北によって「ねじれ国会」が生じ、民主党政権は停滞するのですが、比例・選挙区とも票数だけであれば民主は自民に勝っていました。
 2010年の参院選敗北の要因はなんといっても菅首相の「消費税増税発言」だったわけですが。この選挙制度自体の欠陥というのも忘れてはならないポイントでしょう(このあたりはせいじ学者の菅原琢氏も指摘している所)。


 このように様々な角度から民主党政権の失敗の要因が分析されています。ここでは紹介できなかった議員の生の声にもそれぞれ面白いものがありますし、政治に興味がある人なら読んで損はない本だと思います。
 似たような本に御厨貴編『「政治主導」の教訓』があって、この本も面白いのですが、なんといってもこちらは新書で読みやすいですし、「議員の生の声」があるというのがこの本の特徴であり、売りでしょうね。

民主党政権 失敗の検証 - 日本政治は何を活かすか (中公新書)
日本再建イニシアティブ
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