著者の濱口桂一郎は、去年『若者と労働』(中公新書ラクレ)という新書を出しましたが、それと対になるテーマの本です。
 日本の雇用が、仕事に人を割り振る「ジョブ型」ではなく、人に仕事を割り振る「メンバーシップ型」であり、それが時代の変化とともに歪みを生じさせている、という現状認識は『若者と労働』、あるいはその前の『新しい労働社会』(岩波新書)と共通。
 『若者と労働』では、そうした現実に対して「ジョブ型正社員」という解決策のビジョンと大学改革の必要性を示したわけですが、この本では政策レベルの議論を丁寧にしつつ、最後に労働政策だけではなく福祉制度の変革を訴える内容になっています。
 
 日本では年功賃金が根強く、中高年は若者に比べて高い賃金をもらっています。だから、不景気になり会社の経営が苦しくなると、賃金の高い中高年がリストラのターゲットになります。これは日本人は当たり前のように受け入れている「事実」です。
 ところが、諸外国ではこれは当たり前でもなんでもありません。いくら年齢が高くなってもやっている仕事が同じであれば賃金は基本的に同じですし、レイオフは普通、勤続年数の短い順に行われていきます。

 あるいは、大企業の部長経験者が面接に来て、「あなたは何ができますか?」と聞かれて「部長ならできます」と答えたという「笑い話」。この本の164pでも紹介されていますが、実は欧米ではこの小咄が「笑い話」にはなりません。欧米ではビジネススクールを出た人間が最初から管理職として登用されるわけで、日本のように管理職が一種の「社内身分」になっているわけではないのです。

 このように日本の雇用の「常識」は、決して世界の「常識」ではないですし、非正規雇用や女性を犠牲にしたかなりいびつなものでもあります。
 ただ、それが高度成長にマッチし、石油危機語の世界経済の低迷をうまく切り抜け、さらいには小池和男の「知的熟練論」(中高年は経験の蓄積などにより単純に仕事給では評価できないスキルを持っているという考え)などの理論づけもなされたことから、日本の「常識」として定着していったのです。

 しかし、こうした「常識」が崩れつつあるのはご存知のとおりです。
 そして、この本を読むと日本型の雇用システムが、今になって急に壁にぶち当たったわけではなく、以前からさまざまな矛盾を抱えていたことがわかります。
 
 例えば、定年制。もし、「知的熟練」によって労働者のスキルが向上し続けるならば、定年などというものはいらないのかもしれませんが、現実には年功賃金によって高給取りになった社員を切るために必要不可欠なものです。
 2012年にほぼ例外なく義務化された65歳までの継続雇用制度。ここでも「65歳定年」ではなく、「継続雇用制度」となっているのは、60歳で一回定年とし、契約内容を見なおさないと企業の負担が大きすぎるからです(98~111p)。

 また、最近話題のホワイトカラー・エグゼンプションも、企業の問題意識としては、かなり年齢のいったホワイトカラーに残業代を出していると、残業代の出ない若い管理職(当然、課長とかが労働基準法のいう管理職なのか?という問題もあり、この本ではその点にも触れています)よりも給与が高くなってしまうというものがあります。
 
 「やっぱり年功賃金をやめて成果主義だ!」
 そう考える人もいるでしょうが、日本の成果主義とは中高年の賃金を削減するための手段に過ぎず、それは中高年にとって過大な負担となりかねません。
 なぜ、過大な負担となるかというと、日本の福祉システムがそうなっているからです。日本の福祉システムは企業を退職した高齢者に関してはしっかりとカバーしていますが、現役世代にとって必要な児童手当、住宅政策、教育政策といった分野がすっぽりと抜け落ちています。
 これらは企業が年功賃金によってカバーするものだとみなされ、公的支援の対象から外され続けていたのです。

 『若者と労働』では、日本の雇用システムと高校や大学の教育が「噛み合っている」様子が描かれていましたが、この本では日本の雇用システムと福祉システムが「噛み合っている」ことが示されています。
 「噛み合っている」=「良い」ということではなく、お互いを「縛りあっている」ことでもあります。「縛りあっている」ぶん、個々のシステムの自由度は低く、改革は難しくなります。
 
 しかし、いくつかの仕組みを同時に変えていくことができるのであれば、改革の可能性はありますし、この本は少なくともその方向性については示すことができています。
 前半の日本の雇用の歴史の部分についてはやや煩雑に感じる人もいるかもしれませんが、このややこしさを丁寧に示すことで、「魔法の薬はない」という現在の状況がより実感できるような構成になっていると思います。
 また、触れられませんでしたけど第5章2の「中高年女性の居場所」の部分も、世間並みに結婚しない女性がいかにひどい状況に置かれていいたかということを知るためにも、ぜひ読むべきところだと思います。

日本の雇用と中高年 (ちくま新書)
濱口 桂一郎
4480067736