タイトルは「アメリカ自動車産業」ですが、その中でも特にアメリカの工場の労使関係に焦点を当てた本。
 「アメリカの自動車業界」について知りたい人にとっては物足りないかもしれませんが、アメリカ、日本を問わず雇用問題に興味のある人にとってはとても面白い本だと思います。
 日本の雇用改革では「同一労働同一賃金」、「ジョブ型正社員」といった言葉がよく使われていますが、その特徴と、それに伴う厄介な面も知ることができます。

 目次は以下の通り。
第1章 アメリカ自動車産業―国際競争力と労使関係
第2章 アメリカの非能力主義・日本の能力主義
第3章 アメリカにも年功制がある?―先任権の及ぶ領域
第4章 チーム・コンセプトという日本化―トップダウン経営の限界
第5章 新生GMにおける経営改革の課題―国際競争力・労使関係・職長の役割
第6章 新生GMと日本への示唆

 目次を見ると、「アメリカの非能力主義・日本の能力主義」、「アメリカにも年功制」といった言葉に目がいきます。
 広く知れ渡っている常識では、アメリカは能力主義で日本は年功制、アメリカは能力主義によって上と下の格差が大きく、それに対して日本では給与ではそれほど差がつかないということになっています。
 しかし、アメリカの「能力主義」というのは、基本的にホワイトカラーの職場のものであって(さらにホワイトカラーでもすべてがそうというわけではないのでしょう)、ブルーカラーの職場にはまったくちがうルールがあるのです。

 2009年にリーマン・ショックの影響でGMとクライスラーが破綻に追い込まれましたが、最近は復活しつつあり、GMは販売台数でもトヨタやフォルクスワーゲンとトップを争っています。
 GMやクライスラーは経営破綻によって医療保険コストや年金支給関連コストの削減に成功し、賃金面では日本企業や他の海外メーカーに対して競争力を取り戻しましたが、改革のネックとなっているのが、現場の改革であり、それを阻んでいる労使関係です。

 アメリカの工場では、一般的に、ある職務についての詳細なマニュアル(職務記述書)があり、そのとおりに働くことが求められます。伝統的な自動車工場であれば、組立工、溶接工、塗装工など200種類以上の職務があることもあり、それぞれの職務には厳密なマニュアルとその賃金が決まっています。
 そしてもしマニュアル通りの仕事ができなかれば何らかの懲戒処分を受けますが、マニュアル以上の働きを見せても評価されるわけではありません(44ー45p)。

 アメリカの工場では基本的に「同一労働同一賃金」の原則が貫徹されており、個々の働きぶりは査定されません。
 経営側は何とかして、日本のような「査定賃金制度」を導入したいと考えているのですが、アメリカの現場では働きぶりによって差が出ること、つまり能力主義的な賃金制度に対して、「公平ではない」と考える労働者が多いようです(49p)。
 
 一方、日本の働き方の特徴は著者に言わせれば「査定つき定期昇給制度」になります。
 定期昇給があるために、短期的に労働者の間に大きな差がつくことはありませんが、少しずつ賃金の格差が出てくることになり、また優秀な人材は内部昇進していきます。
 日本では戦後、「ブルーカラーのホワイトカラー化」が起き、このような「能力主義」が工場の現場にも根付いていくことになったのです。

 次にアメリカの「年功制」について。
 先ほど述べたように、アメリカでは「同一労働同一賃金」の原則が貫かれているため、賃金は年功制ではありません。しかし、「先任権」という一種の強固な「年功制」が存在しています。
 先任権については、レイオフに関してのものが知られています。レイオフは新しく雇用された人から順番にされていきますし、景気が回復した後に仕事に復帰できる順番はその逆の古くから勤めていた順になります。

 しかし先任権はこのレイオフだけに関係するのではありません。
 移動や昇進(この場合の昇進とは生産労働者の内部でより賃率の高い職場に移ること)も先任権によって規定されています。
 アメリカの工場での人気職種は、ラインにつかないオフラインワークである工場内の清掃職やフォークリフトの運転手などだそうです(101p)。日本だと、ちょっと想像しにくいですが、これらの仕事はベルトコンベアのスピードではなく、自分のペースで働けるために人気だったそうです(最近は現場の改革でこれらの仕事は減りつつある)。
 もし、これらのオフラインワークに空席が出た場合、先任権によって、古くから働いている労働者がそうした仕事に移っていくわけです。
 
 これらの先任権は工場の職長の恣意的な権限の行使を防ぐために、長い年月をかけて労働組合が勝ち取ってきたものですが、ご覧のように現在ではかなり硬直的なものになっています。

 一方、権限を失った職長の位置づけは次第に軽くなり、2000年前後には職長を正社員ではない大卒の請負労働者に置き換える動きが加速しました。
 日本では現場を知り尽くしている人がなると考えられている職長ですが、アメリカでは大卒で「大学卒業時の成績(GPA)が三.〇あれば良い」(156p)というような位置づけだったそうです。
 「経営側=頭を使う人」対「労働者=体を使う人」(158p)という図式が経営側にも労働者側にも染み付いているために、現場からの内部昇進はほとんどなく、ベテランの労働者は先任権によってより楽な仕事を求め、経営側はそんな現場を「管理」するために、とりあえず大卒の社員をあてがうという状況だったのです。

 ですから、日本のような「現場からの改革」というものはうまくいきません。
 日本では「作業者自身による改善活動によって現場のムダを省き、それで工数が減ることによって、現場要員数を無理なく減らすこと」(112p)が行われているのですが、アメリカではそれをしても評価されることはありませんし、工数が減れば自分が仕事を失う可能性も出てくるのです。

 もちろん、アメリカではこのままではいけないという思いがあり、悪戦苦闘しながらさまざまな改革が行われています。その辺りは実際にこの本を読んで欲しいのですが、それでも大きな問題として残っているのが、労使関係と、予め自分のするべき仕事と賃金がはっきりと決まっている「職務主義」です。

 この「職務主義」や「同一労働同一賃金」の原則は、現在の日本ではむしろ進んで取り入れるべきものとされています。濱口桂一郎氏などが主張している「ジョブ型正社員」も、そういった位置づけの上にあります。
 しかし、「同一労働同一賃金」の原則を導入すればそれでいいかというとそうではないことを、このアメリカの自動車産業の現場の状況は示していると思います。
 個人的には日本ももっと「職務主義」を取り入れていいんじゃないか、と思っていますが、「職務主義」で押し通すと、この本で書かれているような問題も起きてくるわけです。

 先日出た濱口桂一郎『日本の雇用と中高年』(ちくま新書)とこの本を合わせて読むと、日本と海外の働き方の違いについての理解が深まると思いますし、何よりも雇用問題について単純な解決策はないということがわかると思います。
 
アメリカ自動車産業 (中公新書)
篠原 健一
4121022750