昔に比べれば、産休・育休や育児支援の制度が整ったかに見える今、それでも総合職に就職した女性の多くが、出産もしくは育休後の復帰を経て、会社を辞めている。男性と肩を並べて受験や就職活動にも勝ち抜き、出産後の就業継続の意欲もあった女性たちでさえ、そのような選択に至るのはなぜなのか。また会社に残ったとしても、意欲が低下したように捉えられてしまうのはなぜなのか。
 この本では、実質的に制度が整った2000年代に総合職として入社し、その後出産をした15人の女性(=「育休世代」と呼ぶ)に綿密なインタビューを実施。それぞれの環境やライフヒストリーの分析と、選択結果との関連を見ていく中で、予測外の展開にさまざまな思いを抱えて悩む女性たちの姿と、そう至らしめた社会の構造を明らかにする。
 
 これが本の見返しに載っている本書の内容紹介です。
 著者は東京大学教育学部卒業後、新聞社に入社、その後子育てをしながら、立命館大学大学院の上野千鶴子ゼミに参加し、この本の論文を仕上げたという人物。
 上野千鶴子の薫陶を受けて光文社新書でデビューというと、ブレイクした古市憲寿の『希望難民ご一行様』や新雅史『商店街はなぜ滅びるのか』がありますね。

 ただ、これら2冊の本が社会学の本としてもそれなりの体裁を整えていたものであったのに比べると、本書は社会学(社会科学)の本としてはダメです。詳しい理由は後述しますが、対象を分析する際の比較の対象がなく、自分の言いたいことを言いたいがために都合のいいデータを持ってきていると言われても仕方のないものになっています。
 が、同時に「自分の言いたいこと」はきちんと、そしてかなりの「熱く」主張できている本。「序」に「私を、この本の執筆に走らせたのは苛立ちだった。好き勝手言われることへの。そして、好き勝手言っている人たちに、的確な説明を出来ない自分への」(5p)という文章がありますが、まさにこの本には「自分たちの苦しみをわかってほしい」という強い思いがあり、そこに面白さがあります。

 まずは、社会学(社会科学)の本としてはダメという点から。
 この本では最初に紹介したように15人の女性へのインタビューとそこからの分析が内容の根幹になるのですが、この15人の内訳が非常に偏ったものなのです。
 15人全員が総合職で、出身大学は8人が旧帝一工(旧帝大+一橋+東工)、その他の国公立が1人、早慶が2人、女子大が4人で、女子大のレベルはわかりませんが共学だとMARCH以下は以下はいないということになります。15人中14人は都内の大学出身で、公務員や資格職、キャビンアテンダントや保険の営業職などの女性が多い職場の人は除外してあります。さらに子育てについて日常的に親の援助を受けている人も除外しています。
 つまり、全員が学歴エリートで就職活動の「勝ち組」、その一方で子育てに関して最初から親の援助を計算に入れていたわけではないという「不器用」とも言える一面を持った女性がずらりとそろっているわけです。

 ですからこの本では、総合職と一般職、民間と公務員、親の援助のあるなし、都心と地方(この本を読む限りほとんどが東京日本車のある企業に努めている模様)、職場の女性比率などの比較を通して、「女性の働きやすさ」の要因を考えたりすることは出来ません。
 また、本の中にはこの15人を分類分けしたクロス表も度々登場するのですが、15人という人数と、この恣意的な15人の選ばれ方を見ると、そのクロス表が信頼性のあるものだとも思えません。

 けれども、著者と似たような条件の15人を集めることによって浮き上がってくる現実というのも確かにあるのです。
 先ほど述べたように、この15人は就活の「勝ち組」です。その多くが「名誉男性」のような形で男性並みにバリバリ働きながら、結婚・出産とともに急に周囲から「女扱い」され、戸惑いを感じています。その1人であった著者は、「初めて出会う「女扱い」に戸惑う中、多くのことを分かち合ってきたはずの男友達と、決して越えることができないと感じるような距離を感じるようになった」(334p)そうです。

 この本の中では、この15人中でも特に就活の時に「女性の働きやすさ」を重視せずに、自分と同じような職場の男性と結婚し、その職場を知るがゆえに夫への育児の分担も積極的には求めない「マッチョ志向」のタイプが辞めてしまいやすいということが示されています。
 彼女たちは、男に混じっての競争を勝ち抜いてきたゆえに、「女性の働きやすさ」といった要素で仕事を選ぶことをよしとせず、自分と同じような価値観をもつ「マッチョ志向」の男性と結婚し、そして出産とともに以前のように「男なみ」に働けなくなった自分や、補助的な仕事しか回してこない職場や上司に絶望して辞めていくわけです。

 つまり、日本の男中心の企業社会によく適応していたからこそ、壁にぶち当たったとも言えます。
 世間での競争を勝ち抜き、正解を選んできたはずなのに妊娠・出産とともに急に行き止まりにぶち当たる。そんな悲劇がこの本では描かれているのです。

 もっとも悲劇と言っても、ここでとり上げられている女性たちは育休もきちんととれる職場にいますし、夫の給与もかなり良い人が多いです。マミートラック(仕事と子育ての両立はできるものの、昇進・昇格とは縁遠いキャリアコース)に乗ることもできます。
 彼女たちが問題にするのは、仕事の「やりがい」がなくなったとか、夫のような面白い仕事ができなくなったとかそういう悩みです。

 もし、この本が大ベストセラーとなれば、「わがままだ、贅沢だ」、「もっと困っている人がいる」、「私は両立できた」といった批判が沸き起こるでしょう。
 「そんなに仕事が好きなら稼ぎがイマイチでも家事・育児が好きな男性と結婚すべきだ」という意見も出てくると思います。
 それは確かにそうなのですが、世間でよしとされる価値観に乗っかっていったがゆえに苦しんでいるということは、そこに日本社会の大きな問題点があるわけで、それを教えてくれる本であることは間違いないです。

「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか? (光文社新書)
中野 円佳
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