ワタミ過労自殺事件などの取材を行ってきた新聞記者による、日本の長時間労働とその問題点をめぐるルポ。
 目次を見ればわかるように、政府の労働規制緩和に対しては批判的なスタンスで書かれていて、前半はやや煽り気味に感じるかもしれません。ただ、後半では、幅広い取材によって、煽られている危惧がそれなりに裏づけられており、全体としてはバランスのとれた内容になっていると思います。

目次は以下の通り。
第1章 「残業代ゼロ制度」の舞台裏
第2章 労働規制緩和を疑う
第3章 はびこる長時間労働
第4章 すさんだ職場
第5章 誰も守ってくれない
第6章 長時間労働からの脱却

 第1章と第2章はタイトルからもわかるように、安倍政権が導入を目指す「ホワイトカラーエグゼンプション」などの労働規制の緩和の動きを追っています。
 「ホワイトカラーエグゼンプション」とは、働いた時間で成果を測りづらい一部のホワイトカラーに対して、「1日8時間以上働いた場合残業代を払う」という規制から外すものです。
 野党などはこれを「残業代ゼロ法案」と呼んで批判しており、この本でも基本的には「残業代ゼロ法案」と呼んで、その導入の動きを批判しています。

 日本に「ホワイトカラーエグゼンプション」を導入する試みは、2006~07年の第一次安倍政権のときにもなされましたが、「残業代ゼロ法案」との批判を受け失敗しています。
 この本では、安倍首相の「世界で一番、企業が活動しやすい国にする」という発言を度々引用して、「ホワイトカラーエグゼンプション」は、企業の利益追求のために労働者を犠牲にする制度であり、その導入は安倍政権の宿願であるというトーンで書かれています。

 「ホワイトカラーエグゼンプション」については、同じちくま新書の濱口桂一郎『日本の雇用と中高年』に書かれているように、「かなり年齢のいったホワイトカラーに残業代を出していると、残業代の出ない若い管理職よりも給与が高くなってしまう(当然、課長とかが労働基準法のいう管理職なのか?という問題もありますが)」という企業側の問題意識があり、単純に「企業の利益追求のために労働者を犠牲にする制度」と批判するのは偏った見方だと思います。

 ただ、第3章以降に書かれている長時間労働や過労死をめぐる企業の姿勢を見ると、「ホワイトカラーエグゼンプション」が「企業の利益追求のために労働者を犠牲にする制度」に転化してしまう可能性というのも感じてしまいます。

 第3章では、日本の大手企業の7割が「過労死ライン」を上回る残業時間を36協定で認めていることが書かれています。この「過労死ライン」とは1ヶ月80時間以上の残業で、過労死を認定する際の1つの目安となっています。
 ところが、著者たちの調査によると、大企業の多くが労働組合との間に締結する36協定によって、この月80時間を越える残業の上限を設定しています。

 この調査の結果は本書の91pに表としてまとめてありますが、それによると関西電力193時間、JT180時間、三菱自動車160時間、ソニー150時間、清水建設150時間、NTT139時間、東芝130時間、日立3ヶ月で384時間、パナソニック120時間など、誰もが知っている大企業で過労死ラインを大幅に上回る残業時間が設定されています(部署ごとに違う場合は最も長い部署を載せているとのこと)。また、日本一の企業であるトヨタ自動車も80時間と過労死ラインの残業時間を設定しています。
 もちろん、繁忙期やトラブル時の対応などのためにできるだけ長い時間を設定しておきたいという考えは分かりますし、実際、この上限にまで達するケースは少ないのかもしれません。
 それでも、これだけの残業時間を設定しておいて、「ホワイトカラーエグゼンプション」の導入を望むとなると、「社員をタダ働きさせるつもりだ、搾取するつもりだ」と思われてもしかたがないでしょう。

 また、第5章では、サービス残業などの企業の違法行為を取り締まるべき労働基準監督署の実情が、労働基準監督官への聞き取りなどもまじえて紹介されています。
 労働基準監督署の動きの鈍さというのは常日頃から感じていることですが、この本によると、とにかく現場での圧倒的なマンパワー不足だそうです。ILOは労働者1万人あたり1人以上の監督官が望ましいとしていますが、日本は0.53人。
 人員不足から、きちんとした実態調査や摘発よりも文書渡すだけの指導が良しとされる現状があり、また、36協定が摘発を難しくしている現状もあるそうです。
 さらに、この第5章では労働組合が長時間労働の是正に対して頼りにならない現状も報告されています。

 過労死防止に対しては司法も及び腰な面があります。
 第6章では、「全国過労死を考える遺族の会」が大阪労働局に労災認定に関する公文書を公開請求した所、企業名が黒く塗られていたため、企業名の開示を求めた裁判の経緯が書かれています。
 国は「企業の社会的評価が下がる」「労働基準監督署の調査や監督に企業の協力が得られなくなる」などと主張しましたが、一審では原告側が勝ち、企業名の開示が認められました。
 ところが、第二審と上告審では国の言い分を認め、原告側は逆転敗訴。企業名の不開示が認められたのです。

 このように、この本を読むと「過労死」という大きな問題に対し、企業も国も及び腰であることがわかります。そして、長時間労働を問題視しない国や企業の態度が、「残業代ゼロ法案」といったヒステリックな反発を生むのでしょう。
 まずは、残業時間の上限規制やインターバル休息制度(次の勤務までに一定の休息を義務付ける制度)なのだと思います。

ルポ 過労社会: 八時間労働は岩盤規制か (ちくま新書)
中澤 誠
4480068457