朝日新聞で注目を集めたトランプ支持者へのルポの書籍化。
 「いずれは失速する」と言われ続けたトランプですが、結局は共和党の予備選を制し、さらには本選でも大本命のヒラリー・クリントンを破りました。この原動力となった支持者の熱気と素顔を伝えてくれる本です。
 日本では、ニューヨークやワシントンの東海岸、あるいはロサンゼルスやシアトルなどの西海岸発の記事が多いですが、その真ん中に広がるアメリカの現在の雰囲気も教えてくれます。

 著者はニューヨーク駐在の記者ですが、周囲にトランプ支持者はほとんどいなかったといいます。実際、本選でのトランプの得票率はニューヨークのマンハッタンで10%、ブロンクスで9.6%、ブルックリンで17.9%、ワシントンでは4.1%(ii p)。都市部からの票はほとんどなかったのです。

 一方で、トランプはアメリカの真ん中で勝ちました。255pのエピローグの扉絵にはトランプ支持者の描いたアメリカの真ん中を共和党のカラーの赤で塗りつぶした絵が載っています。
 そして、この絵を書いたオハイオ州の溶接工の男性は次のようにトランプ勝利後に次のように言っています。
 「大陸の真ん中が真のアメリカだ。鉄を作り、食糧を育て、石炭や天然ガスを掘る。両手を汚し、汗を流して働くのはオレたち労働者。もはやオレたちはかつてのようなミドルクラスではなくなり、貧困に転落する寸前だ。今回は、真ん中の勝利だ」(257p)

 この本では、この「アメリカの真ん中」、特に今回の大統領選の勝敗を決定づけたと言われる五大湖周辺の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」を中心にトランプ支持者の話を聞いています。
 トランプの言動だけを追っていると、「こんな政治家を誰が支持するんだ?」という疑問も湧いてきますが、この本を読むと、その支持者たちはいたって真っ当な人物が多く、トランプを支持する理由というものも見えてくると思います。
  個人個人の話に関しては、著者がうまく引き出しているのでぜひ本書を読んでほしいのですが、ここではこの本に描かれているトランプ支持者のいくつかの特徴を紹介したいと思います。

 「貧しい」というより「以前より貧しくなった」
 トランプの支持者は貧乏な白人が多いと言われており(所得だけでいくと5万ドル以下の層はクリントンに投票した人が多いのですが(巻末264pのCNNの出口調査を参照)、困窮した白人がイチかバチかでトランプに票を入れたというイメージがありますが、著者が取材した人には意外と大きな家に住み、さまざまなものをもっている人が多いです。
 著者がインタビュー相手を地域のダイナー(食堂)で探したこともあって、インタビューされている人は高齢者が多いのですが、彼らは学歴がなくても真面目に働けば家と車を買い、年に一度は旅行に出かけられた世代で、現在もその時に買った家に住んでいます。
 彼らの生活はけっして余裕のあるものではないのですが、それよりも「昔はよかったけど今は…」という不満、あるいは将来への不安がトランプ支持の原動力の一つとなっているのです。

 オバマはそんなに嫌われていない
 オバマ大統領のもとで民主党と共和党の分断は深まりましたし、議会の共和党はオバマのやることなすことに文句をつけていたイメージがあるのですが、この本に出てくるトランプ支持者はオバマに対して好意的な人も多いです。
 オハイオ州に住むフェンス工場勤務のロニーは「オバマも好きだ。他人を攻撃しない彼を100%支持してきた。彼が思うように実績を残せないのは、(共和党多数の)議会の協力を得られないからだ」(94p)と冷静な分析を披露し、トランプを「オバマと正反対で下品なヤツだ」と言いつつ「今回はトランプもおもしろいかもな」と言うのです。
 オバマの「チェンジ」に期待した層が、今回の選挙ではその「チェンジ」への期待をトランプにかけたということなのでしょう。

 ヒラリー・クリントンはすごく嫌われている
 ヒラリー・クリントンについては「エリート」「傲慢」「カネに汚い」というイメージが定着しており、「エスタブリッシュメント(既得権益層)」の代表者として見られています。
 ヒラリー自身は弁護士時代に貧困問題や教育問題に熱心に取り組んだことがあり、「カネに汚い」わけではないと思うのですが、ゴールドマン・サックスから3回の講演料として67万5000ドル(7760万円)を受け取ったという話(55p)がすべてを打ち消している感じです。また、2016年9月9日にヒラリーがトランプ支持者を「deplorable(惨めな、嘆かわしい)人々の集まりだ」と発言したことは相当反発を買ったようで、トランプの女性蔑視発言よりもこちらが実は大きかったのかもしれません。

 ビル・クリントンは意外と好かれている
 ヒラリーへの悪いイメージは、夫のビル・クリントンのニューデモクラット路線やNAFTAの締結などが影響しているのかと思いましたが、この本ではビル・クリントンを評価するトランプ支持者が複数登場します。
 前出のロニーは「ビル・クリントンが最高の大統領だった。ヒラリーでもいいかな、と思うのは、ついでにビルが政治の世界に戻ってくるからだ」(94p)と言っていますし、ケンタッキー州のアパラチア地方の町の建設業者のブッチャーは「これまでの大統領で一番は(民主党の)ビル・クリントンだ。雇用状態もよく、(大きな)戦争もなく繁栄した。ブッシュは最悪。若者の命とカネを犠牲にしたイラク戦争を始めた」(160p)と言います。こうした人が今回の選挙ではトランプ支持に回ったのです。

 アメリカは広いし、人生は長い
 「NAFTAをはじめとする90年代から進んだグルーバル化が格差の拡大と不法移民の増加をもたらし、それが今回のトランプ勝利の背景となった」といった理解がなされていますが、この本を読むとそんな単純なことだけではないことがわかります。
 ペンシルベニア州のエドナという80歳の女性は、「街に知らない人が増えた。いろんな人種が増えた」と言うのですが、その「知らない人」とはヒスパニックやアジア系ではなく、「ポーランド人とかスロベニア人とか、新しい人たちが増えた」と言うのです(172p)。彼女にとってアメリカが最高だったのは1950年代であり、近年のグローバル化とは違ったスパンでアメリカを憂いているのです。

 トランプは急に出てきたわけではない
 この本の第2章ではオハイオ州出身の下院議員ジム・トラフィカントの話が紹介されているのですが、彼は国境警備の強化を訴え、雇用の重要性を訴えって個別の企業を名指しで批判しました。「労働者のホンネをありのまま表現した」(64p)と評されるトラフィカントは、ある意味でトランプを先取りした存在でした。
 また、この本の第7章では「北米自由貿易協定(NAFTA)が間違いというのはまったくその通り」、「私はNAFTA改定を試みるため、メキシコなどの大統領にすぐに電話を入れます」、「雇用を海外に出す企業への税の優遇措置は止め、アメリカに投資する企業を優遇しないといけません」といった大統領候補の言葉が紹介されていますが(236p)、これはトランプの言葉ではなく、ヒラリー・クリントンと戦った時のオバマの言葉なのです。
 トランプのような主張が受けるというのは、以前から知られていたことでもあったのです。

 トランプの強さは「独立している」こと
 支持者の多くが口にするのは、トランプは自己資金を使っていて大企業から献金を受けていないからえらいし、実行力も期待できるというもの。アメリカでは「独立している」ということが高く評価されているのだと改めて思いました(以前、日本で政治家を評価する言葉として「クリーン」というものがありましたが、それとは少しずれるのでしょうね)。

 他にも第6章ではサンダースの支持者も取材していますし、この本を読めば今回のアメリカ大統領選の様子や現在のアメリカの雰囲気というものが見えてくると思います。
 センセーショナルな取材対象を選ぶのではなく、いろいろなタイプのトランプ支持者を取材しており、テレビの報道などに比べても厚みのある内容に仕上がっているといえるでしょう。面白くタイムリーな本です。

ルポ トランプ王国――もう一つのアメリカを行く (岩波新書)
金成 隆一
4004316448