この本の冒頭に置かれた「はじめに」は、現在の日本の人文社会科学の危機から始められています。
 2015年に、教員養成系や人文社会科学系学部・大学院に関しては組織の廃止や見直しに取り組むようにという文科省の通達が出されましたが、この本はそれに対する一つのチャレンジだというのです。
 ただし、この本で紹介されているのは昆虫の社会と人間の社会の違いや、さまざまな実験であり、「これは理系の話ではないのか?」と感じる人も多いでしょう。
 ところが、そうした話は最終的に功利主義やロールズの正義論に接続されます。170ページほどの薄めの本ですが、理系の知見と人文社会科学の知見がシームレスに繋がることを示した刺激的な内容になっています。

 目次は以下の通り。
第1章 「適応」する心
第2章 昆虫の社会性、ヒトの社会性
第3章 「利他性」を支える仕組み
第4章 「共感」する心
第5章 「正義」と「モラル」と私たち

 第1章では、進化などの説明でよく使われる「適応」という言葉を簡単に検討した上で、人間の適応には「自然環境への適応」と「群れの生活への適応」の2つがあることに注意を向けます。
 類人猿の脳が発達した原因も、群れの生活で求められる情報処理量の増大によるものと考えられているのです(15p)。

 第2章では、霊長類と同じく社会的生活を送っている昆虫の社会がとり上げられています。
 アリやハチなどが高度な集団生活を行っていることはよく知られています。しかも、この中で「集団での意思決定」が行われていることも近年の研究で明らかになってきています。この本でとり上げられているミツバチの巣探しでは「集合知」と言ってもいいものが発揮されているのです。

 一方、人間社会では集合知が発揮される場面がある反面、他人の選択によって選択が左右される「情報カスケード」などと呼ばれる現象も起こります。
 ハチよりも頭がいいはずの人間がなぜ「情報カスケード」に巻き込まれるのか?
 著者はこの理由を人間と昆虫の社会の違いに求めます。ハチやアリの社会は強い血縁社会のため、自分が犠牲を払っても群れが生き残ればいいですが、人間は群れの生き残りと個体としての生き残りの両方を考える必要があります。
 つまり、ハチには「空気を読む」必要はありませんが、人間には群れの中での生き残りのために「空気を読む」必要があり、「評価の独立性」を貫徹するのは難しいのです。

 第3章では「利他性」の問題がとり上げられています。
 動物というと「常に遺伝子を残すために闘争している」というイメージが強いかもしれませんが、チスイコウモリの間では血にありつけなかった仲間に分け与える行為が確認されており、血を分けてもらう要因として「過去に血を分け与えたか」というものが大きいそうです。つまり、チスイコウモリの間では互恵的利他主義が確立されているのです(48-53p)。
 この互恵的利他主義は同じ仲間同士の反復的な関係では広く成り立ちますが、人間社会ではより多くの人々を含む相互依存関係がしばしば出現します。
 いわゆる「共有地の悲劇」と呼ばれる問題がその代表例です。これは個人としてはよりたくさんの牛を共有地で放牧したほうが利益があるが、みんながそれをやると放牧地がだめになってしまい、結果的に全員が損をするという問題で、現代の地球温暖化対策なども同じ構造を持っています。

 互恵的利他主義の場合、相手が決まりを破ったら自分を破ればいいわけですが、「共有地の悲劇」の場合は、それは自らの破滅にもつながります。
 そこで、社会規範や罰といったものが登場します。違反者を罰することによって決まりを守らせようとするわけですが、違反者を罰するにもコストはかかりますし、規範から逸脱する誘惑を常に存在します。

 この本では、さまざまな実験を紹介しつつ、罰には効果があること、人間には不正に対して見返りがなくても罰を与えたいと考える傾向があること、規範を守らせるためには他者に視線(その代わりになるもの)が有効だといったことを示しています。
 また、人間社会では評判が重要であり、感情に流されて人助けをする人情家が、人間社会の中ではある種の「適応」を果たしているとも考えられるのです。

 第4章は「共感」について。人間には他人の痛みなどにストレートに反応する「情動的共感」と、相手の立場を推測して共感する「認知的共感」の2つがあることが示されています。
 このうち情動的共感はオキシトシンというホルモンに影響されて自動的に起こる側面が強いそうですが、認知的共感は成長とともに身についていくものです。この認知的共感は、仲間内の集団をこえたクールな共感で、これからの人間社会を考えていく上でも非常に重要だといいます。

 第5章では、いよいよ分配の問題がとり上げられ、扱うテーマがいかにも人文社会科学的なものになります。
 「最後通告ゲーム」と呼ばれるゲームがあります。これは互いに未知のAさんとBさんが1万円を分け合う実験で、AさんがBさんに分ける金額を提示し、それをBさんが受け入れた場合両者は金銭を得ますが、Bさんが拒否すると双方とも1円ももらえないというものです。
 行動経済学などでは有名な実験で、世界各国で実験が行われた結果、基本的に50%ずつ分け合う平等な分配がもっとも多く見られることが知られています。

 ただし、市場経済にほとんど統合されていない地域では不平等な分配(Bさんにあまりお金を渡さない)も多く見られます(127p)。
 分配の原理はその人の属する文化によっても強く規定されており、市場では公平さが求められますが、伝統的社会では身内や特定の相手を贔屓することが求められるケースもあるのです(129ー131p)。
 そして、ジェイコブズの「市場の倫理」と「統治の倫理」に見られるように複数の道徳体系が可能だと考えられるのです。

 また、人間は格差を嫌うことがさまざまな実験から明らかにされていますが、その格差をなくす方法論を提案したのが20世紀の政治哲学者ロールズです。
 ロールズは分配において最も恵まれない人の立場を最大に改善するような「マキシミン原理」と呼ばれる分配を主張しました。
 この本では、本当に人びとがロールズの原理を選択するかを、以下の金額の分配方法のうち、どれを選ぶかという実験(同じ金額でギャンブルでお金を得るならということも聞いている)によって確かめようとしています(152p)。

300

400

1300

250

550

700

120

660

2220


 選択肢の1番上がマキシミン原理、2番目がジニ係数が最小になるタイプ、3番目が総額が最大になる功利主義的なものです。
 実験の結果は、マキシミン原理を選んだのが47%、2番目の平等主義的なものを選んだのが20%、功利主義的な物を選んだのが34%でした(153p)。ロールズの想定する全員一致の結果は得られず、分配の正義に関してはかなり個人差があることがわかりました。
 ただし、上記の金額を隠して、チェックするたびにカードをめくらせるシステムを使うと、多くの人が最悪の状態を気にしていることがわかるそうです。つまり、ロールズ的な配慮は多くの人の頭のなかではたらいているのです(155ー158p)。

 このように、ロールズの理論のようなかなり思弁的なものにも、人間の生得的な感情や認知がはたらいているのを示してくれた点がこの本の面白いところです。
 この本でとり上げられている実験などについては、テレビ番組や本などで見たことのある人も多いかと思いますが、それを一貫した問題意識のもとにたどっているのがこの本の特徴でしょう。
 もちろん、もっと様々な知見が知りたいという気持ちも起こりますが、とりあえず人文社会科学の一つのフロンティアをわかりやすく紹介してくれる本と言えるでしょう。


モラルの起源――実験社会科学からの問い (岩波新書)
亀田 達也
4004316545