著者の高口康太氏よりご恵投いただきました。ありがとうございます。
 (いただきものなので採点はなしです)

 一昔前まで、中国経済や「メイド・イン・チャイナ」の勢いは感じながらも、中国の企業というとハイアールくらいしか思いつかないという状況でした。いわば中国経済というのは「顔の見えない」ものでした(2007年出版の丸川知雄『現代中国の産業』(中公新書)の「はじめに」には、「中国の会社を挙げてください」と言われてどれだけの人が答えられるだろうか、という記述がある)。
 ところが、この本でもとり上げられているアリババの馬雲(ジャック・マー)に代表されるように、ここ数年、中国の企業や経営者が「顔の見える」形で存在感を示し始めています。
 そんなときにタイミングよく出版されたのがこの本。中国の代表的な経営者8人をとり上げて、その成功の軌跡を追っています。

 著者は、中国ウォッチャーとしてさまざまな媒体に寄稿している人物です。前著の『なぜ、習近平は激怒したのか』(祥伝社新書)では中国の風刺漫画家辣椒(ラージャオ)氏のマンガと彼が置かれた状況から今の中国社会を読み解こうとしていまいたが、この本も中国企業の経営者や中国企業を取り巻く経営環境から中国社会の「今」が見えるような内容になっています。

 目次は以下の通り。
第1章 「下海」から世界のPCメーカーへ 柳傳志(レノボ)
第2章 日本企業を駆逐した最強の中国家電メーカー 張瑞敏(ハイアール)
第3章 ケンカ商法暴れ旅、13億人の胃袋をつかむ中国飲食品メーカー 娃哈哈(ワハハ)
第4章 米国が恐れる異色のイノベーション企業 任正非(ファーウェイ)
第5章 不動産からサッカー、映画まで! 爆買い大富豪の正体とは 王健林(ワンダ・グループ)
第6章 世界一カオスなECは安心から生まれた 馬雲(アリババ)
第7章 世界中のコンテンツが集まる中国動画戦国時代 古永鏘(ヨーク)
第8章 ハードウェア業界の無印良品ってなんだ? 雷軍(シャオミ)
終 章 次世代の起業家たち

 第1章〜第4章の、レノボの柳傳志、ハイアールの張瑞敏、ワハハの宋慶後、ファーウェイ(華為)の任正非はいずれも1940年代の出身で、若い頃に文化大革命の嵐に巻き込まれ苦労した人物です。
 例えば、ハイアールの張瑞敏は文革の影響で大学にいけませんでしたし、ファーウェイの任正非は父が国民党の工場で働いていた経歴を持つことから人民解放軍で働きながらもなかなか勲章をもらうことが出来ませんでした。また、ワハハの宋慶後は曽祖父が清朝の高級官僚という名家出身なのですが、文革期はそれが仇となって師範学校への入学を断られました。

 そんな彼らの転機となったのが78年から始まった改革開放政策です。
 ハイアールの張瑞敏は青島のお荷物的な町工場の立て直しのために送り込まれたことから、ワハハの宋慶後は小学校の購買部の経営請負からそのキャリアをスタートさせています。また、ファーウェイの任正非は国有企業の要職につきましたが、そこでの取引で騙されて職を失い、仕方がなく起業しています。

 彼らの成功を支えたのが日本の高度成長期の経営者に見られるような思い切った決断や人並み外れたバイタリティです。
 ハイアールの張瑞敏は自分の工場の品質の悪さを改善するために冷蔵庫をハンマーで叩き壊したといいますし、ファーウェイの任正非は当時、大企業しかできなかったデジタルの大型電話交換機の製造に挑戦し、無茶なスケジュールのもとでなんとか開発に成功させています。ワハハの宋慶後は超人的営業マンとして活躍し、そこから健康食品にチャンスを見出して成功していきました。

 レノボの章で著者は、その成功のポイントして「愛国主義、コストパフォーマンス、強力な販売網」をあげ、これは他の多くの中国企業に共通するものだとしています(40p)。
 92年の南巡講話以降、外資が本格的に中国に進出し、多くの分野で品質で劣る中国企業は苦境に陥りますが、その中でレノボやハイアールが生き残った理由は外資には真似できない強力な販売網でした。
 
 このようにこの本では日本の高度成長期を思わせるようなエピソードが数多くとり上げられており、それだけでも興味深いのですが、さらに中国経済の面白いところはポスト高度経済成長的な企業や経営者もすでに出現している点です。
 著者は近年の中国を「明治維新と高度成長が一気にやってきた」と形容していますが(5p)、個人的には「高度成長とバブルとIT起業ブームが同時に起こっている」状況のように感じました。
 
 第5章のワンダ・グループの王建林は54年生まれ、大連の地上げ事業から身を起こし、ショッピングモールや映画事業で成功した人物で、かなり「バブル」の香りがします。
 大連出身の王建林は大連市長を務めた薄熙来と深い関係があったはずですが、薄熙来の失脚に巻き込まれることはありませんでした。これは王建林が温家宝や習近平の関係者にも便宜を図っていたからだと考えられています(130ー132p)。

 第6章以降のアリババの馬雲、ヨークの古永鏘、シャオミの雷軍はいずれもIT起業家で、いずれも60年代生まれです。
 このうち最も有名で成功しているのが馬雲。この本を読むとかなり型破りで山っ気のある人間であることがわかります。英語教師から翻訳会社を立ち上げ、その流れでインターネットと出会い、中国のEC事業の王者となっていくその人生は破天荒なものです。馬雲については、孫正義から巨額の資金を得たエピソードが有名ですが(6分の話で4000万ドルの出資を取り付けた)、孫正義とは何か共通するものがあるのでしょう。

 ヨーク(優酷)は中国の動画投稿サイトです。ヨークが生まれた2006年にはすでに中国のネットには動画投稿サイトが林立しており、後発組でしたが、サーバーなどに地道に投資することによって、優酷なら快適に視聴できるという評判を獲得、さらにライバル企業が当局とのトラブルで配信停止に追い込まれる中で中国動画配信サイトのトップに立ちます。
 しかし、動画配信サイトは簡単にユーザーが乗り換えの出来るサービスであり、その後も大手が参入。古永鏘は2016年にヨークの経営権をアリババ・グループに引き渡しています。

 シャオミの雷軍は学生の頃から天才プログラマーの評判をとり、WPS Office(キングソフト・オフィス)の開発に参加、その後、シャオミを起業し、2011年にファッションから何から何までスティーブ・ジョブズの真似をしてスマートフォンを売り出します。
 そのスペックと割安な価格は爆発的な人気を呼び、シャオミは2015年には中国のスマートフォン市場のシェア1位となりました。

 しかし、シャオミの市場シェアは2016年に5位に転落するなど、早くも試練の時を迎えているようです。
 この中国経済のサイクルの早さというのはこの本を読んで改めて感じる点の一つで、実はこの本でとり上げられている企業の多くが、現在、苦戦を強いられています。
 シャオミやヨークだけでなく、レノボもPC市場では相変わらず強いものの、スマートフォン市場では苦戦していますし、ハイアールも海外進出はそれほどうまく行かず、中国市場ではライバル企業に追い上げられています。

 この新陳代謝の速さが、中国経済の成長の速さによるものなのか、コモディティ化が進む中で全世界の企業が直面している問題によるものなのか、それとも中国の知的財産権の保護の弱さなど中国の制度によるものなのかはわかりませんが、注目すべきポイントであることは確かでしょう。

 最初に読んだ時は、著者が詳しいIT業界の経営者に絞ったほうがエピソードの紹介にとどまらないもっと深い内容になったのでは?とも思いましたが、このエントリーを書くために読み直してみると、幅広い経営者をとり上げたことで、先述の「高度成長とバブルとIT起業ブームが同時に起こっている」感じがうまく伝わるようになっています。
 ダイエーの中内功のように名経営者として持ち上げられながら、バブル崩壊後には評価が一転した人物もいます。そういった視点も持ちながら、この本で今の中国の企業と経営者をチェックしてみるのもいいかもしれません。中国経済の経済の可能性とバブル臭い部分の両方の面が見えてくると思います。


現代中国経営者列伝 (星海社新書)
高口 康太
4061386131