小泉首相が郵政解散で圧勝した後の2006年には竹中治堅『首相支配』(中公新書)が、小泉首相が退陣して自民党が失速し始めた2008年には野中尚人『自民党政治の終わり』(ちくま新書)が世に出て、小泉政権における自民党の変質が議論されました。
 その後自民党は低迷し、小泉政権の成功は小泉首相という特異なパーソナリティによるもので、自民党は長期低落傾向にあるのだという議論もありました。
 ところが、第2次安倍政権のもとで自民党は再び「一強」と呼ばれる状況となっています。安倍首相には小泉首相のようなカリスマ性はないと思われるのにもかかわらずです。

 このような状況に対して、改めて自民党の変質と現在の状況を包括的に論じようとしたのがこの本。
 以下の目次を見れば分かるように、政策決定プロセスや友好団体、地方組織など、新聞を追うだけではなかなか見えてこない自民党の内情に迫った内容になっていますし、それが政治学の知見に裏付けれているのがこの本の大きな特徴と言えるでしょう。

 目次は以下の通り。
第1章 派閥―弱体化する「党中党」
第2章 総裁選挙とポスト配分―総裁権力の増大
第3章 政策決定プロセス―事前審査制と官邸主導
第4章 国政選挙―伏在する二重構造
第5章 友好団体―減少する票とカネ
第6章 地方組織と個人後援会―強さの源泉の行方
終章 自民党の現在―変化する組織と理念

 第1章は派閥について。1つの選挙区から3~5名の議員を選出する中選挙区制のもとでは、自民同士の戦いを勝ち抜くために派閥が発展しました。
 「選挙区レベルの五人の候補者の競合は、総選挙を媒介として、全国レベルの五大派閥への収斂を生み出した」(25p)のです(五大派閥とは田中派・福田派・大平派・中曽根派・三木派)。
 しかし、衆議院の選挙が小選挙区比例代表並立制に変更されて以降、派閥の存在感は徐々に薄れていっています。派閥の支援よりも党の公認が何よりも重要になってきました。

 また、資金面でも派閥の集金力は落ちており、「派閥との政治資金のやり取りは、若手議員で修士が若干のプラス、もしくは均衡、中堅・有力議員になると負担のほうが大きくなるようである」(31p)とのことです。
 このため、人的ネットワークの場として若手が派閥に入る一方で、中堅以降の議員で無派閥が増えているのが現状です。

 そんな中で、例外的に活発なのが麻生太郎率いる為公会と、二階俊博率いる志帥会です。
 特に二階の志帥会は新人議員だけでなく、無所属から自民に入った議員、定数是正で小選挙区を失った議員などを取り込み、弱い立場の議員の「駆け込み寺」のような存在になっています(41p)。
 それとともに二階俊博という政治家の存在感も増していますが、その影響力も二階が安倍首相を積極的に支持しているからで、主導権は安倍首相にあると著者は分析しています(45p)。

 第2章は総裁選とポスト配分について。これは小泉以降で大きく変わった点です。
 小泉純一郎以降、自民党総裁には「選挙の顔」として期待される面が大きくなりましたし、また、小泉政権では派閥の論理を無視した閣僚ポストの配分が行われました。
 以前は当選回数6回で大臣になるという慣行も存在しましたが、自民党が下野した期間があったことや、「大臣に必要とされる能力が高くなっているため」(67p)、このような処遇は難しくなっています。

 ただ、すべてのポストを総理・総裁が決定しているかというと、参議院自民党・公明党といった例外も存在します。閣僚人事においても、参議院は独自の推薦リストを首相に届けている状況です(79p)。
 
 第3章は政策決定プロセスについて。自民党の政策決定プロセスは部会→政調審議会→総務会というボトムアップの形で行われていましたが、ここでもそれに風穴を開けたのが小泉政権です。
 以前は、部会においていわゆる族議員が力を持ち、また部会などでの決定が部会長などの役員に一任されることが多かったため、一部の有力議員が権限を持つことになりまっした。農水部会や総合農政調査会、税制調査会などはその代表的な例です(100-101p)。

 小泉首相はこの郵政民営化の関連法案においてこの事前審査制の突破をはかります。総務会では全会一致の慣行が破られ、多数決によって党議決定となりました。
 しかし、小泉首相は郵政解散の余勢をかって事前審査生を廃止することはありませんでした。郵政民営化が実現したことで、そこで満足したのです。
 
 第2次安倍政権のもとでも事前審査制は維持されていますが、その力関係は変質しています。
 第2次安倍政権では官邸主導のもとさまざまな政策会議が乱立しており、同じテーマに関する機関が自民党内にも設置されるケースが目立ちます。これによって、官邸主導のもとで党内議論が始まるしくみがつくり上げられているのです(116-118p)。
 また、族議員の力も確実に後退しており、2015年には党税調会長の野田毅が安倍首相によって更迭されるなど、総理・総裁の決定権は強まっています。

 しかし、それでも事前審査制が残っている理由として、著者は、公明党との連立、事前審査制を廃止した民主党の失敗の教訓、時間的制約があり内閣が提出後の法案審議に関われない日本の国会制度の特質(この点は大山礼子『日本の国会』(岩波新書)で詳しく述べられている)をあげています(124-134p)。
  
 第4章は国政選挙について、2012年の総選挙、13年の参院選、14年の総選挙、16年の参院選と自民党は国政選挙で4連勝を果たし、しかも議席率も衆院では歴史的な高水準です。
 しかし、2014年の総選挙の絶対得票率(全有権者数における得票率)は小選挙区で24.5%、比例代表で17%で、05年の郵政選挙の小選挙区31.6%、比例代表25.1%に比べると、数字としてはずいぶん見劣りがします(143p)。
 最近の国政選挙で自民党が大きく勝てているのは低投票率と野党の分裂が原因であり、以前よりも大きな支持を受けているわけではないのです。

 基本的に固定票を減らしつつある中で、自民党は、「選挙の顔」となる総裁の選出や広報戦略による無党派対策、低投票率のアシスト、公明党との選挙協力の3つによって勝ち残ってきました(145ー146p)。
 このうち、一時期注目されのは広報戦略ですが、自民党の選対関係者からは「広報には、良いものをより良く見せる効果はあっても、悪いものをよく見せる効果はありません。だから、広報戦略を過信すべきではないと思います。実際、選挙では候補者選びなどのほうがよっぽど大切なのです」(142p)との声も出ており、やはり公明党との選挙協力が重要な位置を占めています。

 候補者選びに関しては、改革の一環として公募と予備選挙の導入が行われましたが、その公募は、現在曲がり角にきています。2012年の総選挙では新人の63.7%が公募でしたが、14年の総選挙ではこの割合は21.4%に大きく下がっています。14年の総選挙が突然の解散によるものだったという要因も大きいですが、空き選挙区が少なくなっていること、公募で選ばれた政治家への評価が低いこと(杉村太蔵、武藤貴也、宮崎謙介ら)なども原因と考えられています(163ー167p)。

 こうしたことを受けて、著者は自民党議員の「二重構造」というものを指摘しています。逆風の中でも選挙に勝ち有力議員と成長していく世襲議員と、選挙では自民に吹く「風」頼みのその他の議員です。
 2009年の総選挙の選挙公約で世襲候補は公認・推薦しないと明記した自民党ですが、個人後援会を擁した世襲議員は選挙に強く、この公約はなし崩しにされてしまっています(179p)。

 第5章は友好団体について。自民党を支持してきた業界団体、職能団体、宗教団体との歴史的な関係をたどりつつ、各団体の現在の集票能力のデータ等を分析しています。また、ここでは財界からの献金についても分析されています。

 第6章は地方組織と個人後援会について。
 国政選挙では浮き沈みのある自民党ですが、都道府県議会では一貫して50%近い議席率を保っています。都市部では大選挙区制・農村部では小選挙区制という都道府県議会の選挙制度は自民党にとって有利な制度であり、これが自民党が強い要因の一つです(233p)。
 市町村議会では自民党の議員は多くはありませんが、その代わりに保守系無所属という実質的に自民党といっていい議員が圧倒的な多数派です。
 これらの地方組織は「平成の大合併」などで揺らいだ面もありますが、09年の総選挙での政権からの転落以来、自民党は地方議会での活動に力を入れており、各地方議会で意見書の採択などをさかんに行いました。これらの意見書は、民主党との違いを出すために「右寄り」のものが目立ちます(248ー250p)。

 個人後援会は中選挙区制時代に比べると弱体化が進んでいますが、それでも日本の選挙運動期間の短さなどを考えると必要なものだと考えられています。
 しかし、個人後援会の立ち上げと運営には多額の資金が必要です。そのため、ここでも個人後援会を引き継ぐことのできる世襲議員の強さが発揮されることになります。

 国会議員と地方議員の関係おいて、中選挙区時代はその系列がはっきりとしていました。国会議員の個人後援会が地方議員を応援し、系列化していったのです。
 しかし、小選挙区となるとこの関係も変化します。一見、小選挙区制によって自民の国会議員が一人に絞られることはより強い系列化を生みそうな気もしますが、個人後援会の弱体化と、「親分を選べなくなった地方議員の忠誠心も衰えた」ことによって、「従来の親分ー子分関係から緩やかなパートナーシップへと変容」しています(267p)。
 また、都道府県議会議員と市町村議会議員の関係が安定していることから地域によっては県連が大きな力を持つようになっています。この本では岐阜県連の猫田孝幹事長のケースなどをあげ、総理・総裁に権限が集中する中でも、中央の決定に県連が必ずしも従わないことがあることを示しています(267ー272p)。

 終章では小泉政権と第2次安倍政権の比較を行い、自民党の「右傾化」の問題にも触れています。著者は民主党との対抗上、自民党の「右傾化」が進んだとする立場です(282ー286p)。

 このようにこの本は自民党を包括的に論じた本です。個々の材料に関しては政治部の新聞記者などでも書ける内容かもしれませんが、これだけの包括的な内容を、しかも政治学の理論に基づきながら提示し、分析して見せている所がこの本の特徴といえるでしょう。
 現在の自民党を論じる上で基本書となる本だと思います。

自民党―「一強」の実像 (中公新書)
中北 浩爾
4121024281